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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第15話

「さて、この状況から、どうやって巻き返すべきか……」

 宏達が反省会を開いているのと同時刻、ウォルディス城。己の大失敗に頭を抱え、オルディアは険しい顔でつぶやいた。

 持ちうるリソースを注ぎ込み、必殺の布陣で仕掛けた作戦。途中までは上手く行っていたのだが、最後の最後に春菜の神化により力技でひっくり返されてしまい、追撃しようにも痕跡もたどれない形で逃げ切られてしまったのだ。顔が険しくなるのも当然であろう。

 春菜に対してはマークはしていたが、これと言って対策の類は立てていなかった。と言うより、神化という現象に対しては、対策が立てられるようで立てられない。

 死ぬ事がトリガーになっているケースも多く、かといって何もしなくても神化する時は神化するのだから、立てられる対策などあってないようなものである。

「これ以上ミスを繰り返さないためにも一応確認しておきたいのだけど、今回の件、藪蛇だったと思う?」

「何とも言い難いところではあるな。ただ、あの女が時空系の女神に神化した事に関しては、恐らく我らが行動を起こした時点で手遅れだった可能性は高いが」

『あの女神強い。完全に時間止められた。抵抗不可能』

「どちらにせよ、一人神化していた時点で、用意できる戦力がたかが闇の主十五では、厳しかったのは間違いあるまいよ」

 オルディアの問いにザーバルドとオクトゥムが思うところを正直に答え、偽王が厳しい現実を突きつける。

 宏が戦闘向きではなく、更に神になって日が浅くて未熟であるが故に勝負が成立しているだけで、本来は神もしくはそれと同等の存在相手に正面から喧嘩をふっかけても、オルディア達には一切勝ち目などない。

 取りうる手段全てを駆使して自分を強化した上で相手を弱体化させ、更に弱点を突くことでようやく神殺しが成立する、という点では、邪神の眷族としては最強であるオルディア達と普通の人間とに違いは無いのだ。

「とはいえ、補給を断って追い込む、という観点で言うならば、連中を先に仕留めようとするのは正しい行動だ。単に、最後の最後で強引にひっくり返されただけで、手段が間違っていたとも藪蛇だったとも思わん」

「恐らく、御三方が復活したタイミングが決定的に遅かったか、連中の成長・変化が異常に早かったかのどちらかであろう。正直、今回の失敗は不可抗力、問題を指摘するとしてもせいぜいが準備に時間をかけ過ぎたとしか言えんよ」

 厳しい意見から一転、甘い評価を口にするザーバルドと偽王。実際、じわじわ絞り取るやり方も宏に対応され始めており、アズマ工房を先に潰さねばジリ貧になりつつあった。

 更に悪い事に、西部諸国をはじめとした後方支援をやっている国に戦力を送り込もうにも、闇の主も雑兵もコストがあわない上にいくつかの無視できないルールに引っかかって、現実的な効果はまず出ない。地球の戦争がどれほどルール違反をしても物理法則や経済的な問題を無視できないように、この世界の神と外来種である邪神との戦いにも無視できないルールというのはあり、残念ながらそのあたりのルールに引っかかって現状では事実上不可能なのだ。

 特に闇の主は高性能であるが故に戦闘用としては致命的なコスパの悪さを誇り、戦闘に使うとなると一体程度ではウルスのような主要都市を即座に壊滅させるのは難しく、かといってそれ以外の都市では楽勝ではあるがやらない方がマシ、という次元で収支が合わない。

 しかも現在の五大国家は、宏達が好き放題やり倒した結果異常なまでに瘴気濃度が低くなっている上、西部を担当していた闇の主がやられた際に東部との瘴気のやり取りをする補給線が完全に断たれている。そのため、下準備なしで闇の主を送り込んでも、戦闘形態に移ることすらできない可能性が高い。

 更に、闇の主クラスになると、バルドのように人間形態を取って内部に侵入するのも結界に阻まれて不可能だ。オルディアが戦闘能力の割に立場が高いのも、闇の主十五体分以上の戦闘能力を持ちながら、街の中を自由に出入りできるからという一点に尽きる。その戦闘能力にしても、ファーレーンのバルドがやったように相手の王族を自分の側に取り込むなどをしない限り、大都市の中ではその戦闘能力の一パーセントも発揮できない。瘴気濃度の問題もあり、活動はできても戦闘はほぼ不可能、というのが西部諸国に行った場合のオルディアの現状である。

 この点に関してはそもそもの話、単独で何とかなるのであれば、最初からバルドで内部かく乱などせずに闇の主が正面から仕掛けているはずだと考えれば理解できるだろう。闇の主クラスが五体以下で国家の根幹を担う都市に直接攻撃を仕掛ける場合、まずは十分に瘴気を増やして下準備を済ませた上で王族と神殿を無力化してからでなければ、各種防衛システムにより意外とあっさり返り討ちにあうのだ。ファーレーンのバルドがあれだけ頑張れたのも、長い時間をかけてカタリナを完全に籠絡した事により、システム面での王族の機能をほぼ無力化できていたからにすぎない。

 レイドボス的なものが闊歩している割に人類が文明を謳歌しているのも、こういうからくりによる点が大きい。

 更に余談ながら、人口五万人以上の都市はモンスターの大進攻にさらされやすいため、街自体に結構な防備が施されている。大都市という奴は亜種ポメのような仕様の隙間を突くような手段で内部から崩されると非常にもろいが、外部からの攻撃に関しては結構強く、今回の合体闇の主が放った即死咆哮でも、一回ぐらいなら完全にブロックする。さすがにたかが五万人ぐらいの都市だと、その後は圧倒的な攻撃力であっさり壊滅させられるのだが。

 また、合体闇の主の即死咆哮は、使えるのは基本的に一発のみでチャージ不能だ。この世界における最強クラスの人間が一切抵抗できないような、しかも数キロ四方を死滅させられる即死技が、何度も使えないのは当然であろう。対策不能な即死攻撃の連発が許されるのは、成功率が低いケースのみである。

「それで、私のミスで結果的に相手をパワーアップさせてしまった訳だけど、正直自爆特攻をかけるにしても確実な方法が思い付かないの」

「こちらとしては、御三方には自爆特攻などより、どこかの都市にダイレクトアタックでも仕掛けていただいた方が、収支の面でもありがたいのだがね」

「分かっているわ。ある程度聖気を取り戻すためにも、何日かは適当な都市を潰して回る予定よ。でも、あの連中のおかげで、五大国家の首都はかつてないほど防衛力が高まっているわ。いずれかの時点で少しでも連中にダメージを与えないと、いずれにっちもさっちも行かなくなる」

「だが、ようやく復活した御三方がここで失われると、それこそこちらにとって取り返しのつかぬ痛手となる。その責任を取るというのであれば、いっそ連中の前でこれ見よがしに精鋭部隊を叩いてもらった方がありがたい」

「なるほど、それもありね。恐らく確実に連中を釣れる方法だから、いい自爆特攻の方法を考えたら、その計画の一環としてやらせてもらうわ」

 無駄に悲壮感たっぷりのオルディアを翻意させようと、偽王が必死になって言葉を重ねる。

 オルディアが出した損害を考えると、この手のいわゆる悪の組織の場合、普通はとうの昔に粛清されている。恐らく三千年前の邪神教団なら、戻ってきた瞬間に粛清されていただろう。

 だが、ファーレーン建国王との戦いで痛手を負い、邪神自身も月を乗っ取って長きにわたる眠りについた今、ようやく蘇ったオルディアほどの戦力を、たった一度の大失敗で粛清するような余裕は無いのだ。

 それに、アズマ工房に関しては、邪神教団全体が色々と判断ミスを重ねている。ここまでパワーアップさせてしまったのは、オルディアだけの責任とは到底言えない。むしろ、アズマ工房を軽視したり、東部にリソースを割き過ぎたりした邪神教団のしりぬぐいを、オルディアに押し付けた側面が強い。

 そういった意味でも、オルディアに自爆特攻するような責任の取り方をしてもらいたくはないのである。

「……三身合体は、可能かしら?」

「……不可能では無かろうが、百パーセントとはいえぬ」

 オルディアの唐突な質問に、思わず顔色を変えながらも偽王が正直に答える。具体的に何と三身合体をする、とは一言も言っていないオルディアだが、今までの流れから考えると、後の二体が何かは決まっている。

「可能性は、あるのね?」

「うむ。だが、御三方による三身合体となると、恐らく成功しても制御は効かぬ。暴走して自滅するのが……」

 念を押されて答えられる範囲で答えようとし、オルディアの狙いを察してしまう偽王。

 暴走して自滅。恐らくそれがオルディアの狙いなのだろう。自滅するといっても、オルディア達だけが死ぬわけではない。間違いなくその過程で周囲に多大な被害を与えようし、また自滅して消滅する際に発生するエネルギーは、神といえども無事では済まない。

 普通にやっても勝ち目がなく、効き目がありそうな策は失敗した。後は自爆特攻でも仕掛けるしかないが、そのまま馬鹿正直に実行したところであっさり防がれかねない。そんなオルディアが合体という手段に目をつけるのも、ある意味当然といえば当然なのかもしれない。

「……正直に言おう。やめておいた方がいい」

「成功率だけの問題なら、気合と根性と執念でどうとでもして見せるけど?」

「そういう問題ではない。オルディア殿は、何故闇の主を最初から合体させぬか分かっておるか?」

「分割しておかなければ、消費コスト的に長時間運用できないからでしょう?」

「それもあるが、一度合体すれば分離できん、と言うのもある。また、合体させるのにもそれなりに聖気を使う。自滅するためだけに行うにはあまりに効率が悪く、まかり間違って制御に成功し更に連中に勝ってしまった場合、今度は御三方の存在によりこちらがなにもできなくなる可能性がある。
 かといって、制御に成功した上で負けるなど、あってはならない事だ。どう転んでも、残される我々に先がない」

 赤裸々に内情を告げる偽王に、オルディアがしばし考え込む。

「地脈を新しく三カ所ほど乗っ取れば、少しはましになるかしら?」

「何とも言えんのう」

「でも、連中に邪魔されずに、となるとそれが限界よ? 私達が自爆特攻や合体を選ばなくても、連中が生きている限りいずれ頭打ちになるわ」

「……気は進まぬが、少しでも成功率とコストダウンを追求した合体方法を研究するかの。そのまま御三方に強行されるよりはましよ」

 どうにも意思が固い、と言うより意地になっている風情のオルディアを見て色々諦め、妥協案を告げる偽王。三日や四日でできるものではないが、何もしないよりはマシである。

 それに、オルディアの言い分も間違いではないのだ。

「さて、今度こそ目にもの見せるためにも、まずはどこを潰して回るか決めないとね」

『全部食っていいか?』

「できるだけ絞り取るつもりだから、一カ所だけにしなさい」

「あまり派手にやると、すぐに目をつけられるぞ」

「分かっているわ。目立たず、かつ地味にじわじわと影響が出てくる場所を厳選する予定よ」

 自爆特攻にも準備は必要だ、とばかりに、裏方として暴れる計画を立てるオルディア達。実際のところ、地脈はともかく都市へのダイレクトアタックに関しては、基本的にオルディア達がやっても費用対効果が合わないのだが、遊んでいても必要最小限とはいえコストがかかる。

 それに、自爆特攻をかけるにしても、策の不発に加え春菜のタイム・ドミネイションを振り払う際に結構消耗している。このままでは、下手をすると自爆するコストすら足りなくなるかもしれない。そのためにも、比較的手を出しやすい状況になった場所にある地脈ぐらいは、全て確保しておかなければならない。

「次こそはどうにかしないと、ね」

 微妙ではあるが無意味ではない範囲の襲撃計画を立て、決意を新たにするオルディアであった。







「……っ!」

 口の中に広がる血の味に、顔をしかめながら必死になって耐える春菜。

 反省会終了から約三十分後。現在春菜は、神の城の自室で必死になって先送りした反動に耐えていた。

「がはっ!」

 吐き出さぬよう必死になってこらえるも空しく、胃の中から次々に送り出される胃液と血の塊に限界を超え、ついに枕もとに置いたバケツの中に口の中身を吐き捨てる。

 反動の先送りを解除してから、そろそろ十五分が経過している。その程度の短時間だというのに、枕もとにおけるサイズとしては最大であろうバケツの中には、既に容積の三分の二ほど血塊と胃液の混合物が溜まっている。

 それだけでも春菜が受けている反動のきつさがよく分かろう。

 しかも難儀な事に、今回受けている反動で春菜が死んだり消滅したりする事はあり得ない。言ってはなんだが、余程の人材でもない限り、たかが一人二人死者を蘇生した程度では、派手な影響は出ても世界が滅ぶ所まで行くことなどまずあり得ない。その程度の事に対するペナルティとして神化した存在が消滅するなど、釣り合いが取れないのだからある意味当然であろう。

 そもそもの話、同一世界内での生命の蘇生が禁じ手になっているのは、単純に魂魄管理の問題によるところが大きい。管理システムを無視するようにぽこぽこ生き返らてしまうと、どんな不具合が出るか分かったものではない。それだけの理由でしかないが故に、最初から古いゲームによくあるような、きちっとしたルールのある死者蘇生システムを用意してある世界もある。

 実のところ、ゲーム的な死者蘇生システムが存在しない世界でも、不完全なものなら大抵は存在している。例を上げるとすれば、アンデッドモンスターなどは多くの世界に存在する不完全な死者蘇生の典型といえる。高位のものともなると肉体が死んでいて固有の弱点を持っている以外は生前とまったく変わらず、恐ろしい事に場合によっては子供をつくる事さえできるのだからとんでもない話だ。

 他にも春菜がやってのけたように、神などの高次生命体になる事で肉体に対する依存度合いを相対的に下げ、死んで復活したのと変わらない結果を出す、というのも、ほぼ全ての世界に存在する不完全な蘇生の手段である。

 アンデッドや神化などの事例から察せられるように、結局のところ、魂魄管理や環境バランスなどの問題と死んで復活する事に対し世界が納得する理由が必要という点をクリアし、道理を捻じ曲げるための対価を支払う事ができれば、死者蘇生自体は不可能ではないのだ。そして、死者蘇生の結果が不完全であればあるほど、ハードルを越えるのは簡単になっていく。

 だが、その両者を単なる人間がどうにかする事はほぼ不可能であり、問題なく実行できるとしてせいぜいアンデッド化程度。仮にハードルを越える準備ができていない状態で手段だけを構築して完全に近い死者蘇生を強行してしまうと、フェアクロ世界にて何件か発生している大惨事のような事態となってしまう。そして、成功したとしても道理を捻じ曲げた対価は必要であり、それが今回の春菜の場合、今現在苦しめられている反動という形で支払っているのである。

 特に今回の達也と真琴の蘇生に関しては、いくつか肉体に変質が起こっているとはいえほぼ死ぬ前と変わらぬ完全に近い死者蘇生ということもあり、普通よりかなりきついペナルティを支払っている。一日未満、どころか半日に満たないとはいえ反動を先送りしたため、雪だるま式に膨れ上がった利息が乗っているので更にきつい。

「……ちょっと、甘く見てたかな」

 何度目かの血反吐の後、必死になって爆ぜそうになった腕を維持しながら疲れたように呟く春菜。達也と真琴を生き返らせた事はもちろん、その対価としての反動を全部自分で背負ったことも、後始末のために今まで反動を受けるタイミングを先送りにした事も、一切後悔はしていない。

 だが、後悔していないのときつさに弱音を吐きたくなるのとは別問題で、春菜の肉体は現在、物凄くグロッキーになっていた。

「……うう、今鏡見るの怖い……」

 気が狂いそうなほどの痛みと同時に不気味なほど腫れ上がり、一瞬で元に戻った左腕を見ながら、泣きそうな気持でぼやく春菜。心を折ることだけを目的とした訳の分からない恐怖映像やおどろおどろしい恨み言とセットで世界からふるわれる暴力は、春菜の気力をじわじわと削っていく。

 春菜が受けている反動は、言ってしまえば同じように志半ばで倒れ成仏しきれない者達が、ルール違反をして自分の身内だけ助けた事に対して怒りの制裁を行っているのである。

 こう書くと単なるリンチのようでいきなりしょぼくなったように感じるが、こういう事を軽く扱うと、大抵ろくでもない形で破局につながる。古今東西、本気で怒って暴動を起こした民衆は、無視できないほどの爪痕を残すものだ。暴動の切っ掛けがどんな理不尽な理由であろうと関係ない。

 幸か不幸か制裁にもルールはあり、純潔がどうとかそちら方面の制裁は行われていないが、その分苛烈さは凄まじいものがある。反動という名の制裁で春菜が死んだり消滅したりする事はないが、逆に言えば死んだ方がマシでも死ぬこともできないのだ。残念ながら、血反吐入りバケツが何百杯並ぼうと、全身が爆砕しようと、女神となった春菜の身体はその程度では死ねないのである。

 更に厄介な事に、ここで反動に対して膝を屈してしまうと、顔がはじけたり腕が腫れ上がったりといったおどろおどろしい姿で固定されてしまう事がある。

 恋する乙女的には、そんな姿は到底許容できない。美人であればあるほどいいとは思わないが、さすがに見ている人間が引いたり痛ましい気持ちになったりするような姿になるのは、宏のトラウマ的にも自身の恋心的にも勘弁してほしい。

 故に、いかに弱音を吐いても、いかに心が折れそうでも、春菜は最後まで耐え抜かねばならないのだ。

「……とりあえず、今度からは……」

 何かの決意を口にしかけ、ごぼっと音をたてながら血反吐を吐く春菜。そろそろバケツに頭を突っ込みそうな感じである。

「……余程の事情があっても……、……安易な死者蘇生は絶対しない……」

 弱弱しく決意を口にし、再び血反吐を吐き出すと、そのまま枕に突っ伏しる春菜。もはやいろいろ取り繕う気力もない。

 今回に限って言えば、別段安易に蘇生を行った訳ではない。だが、覚悟が足りなかったのも事実だ。少なくとも、死んだ方がマシだという目にあう覚悟まではできていなかった。

 結局、約三日続いた反動との戦いに勝利し普段とまったく変わらぬ姿を死守した春菜は、三桁を超える数が並んだ血反吐入りバケツを前に、二度と感情だけで死者蘇生はしないと決意を固めることになるのであった。







「春姉、起きて来ないけど大丈夫かな……」

 少し時間はさかのぼり、反省会翌日の朝食の席。いつもならとうの昔に起きてきて、元気にこだわりの朝ご飯を作っているはずの春菜の不在に、澪が心底心配そうに呟く。

 それを聞いていた宏が、小さくため息をつきながら首を左右に振る。

「世界樹情報やと、死にはせんっちゅうより死ぬこともできん、っちゅう感じらしいから、大丈夫とはよう言えんでな……」

「ん……」

 宏の言葉に目を伏せる澪。何かできる事は無いのか、と口にしないのは、あるならとっくに宏が行動していると分かっているからだ。

 不安だが肩代わりもできず、と言うより肩代わりなどしようものなら、受け持った分はそのままに春菜の反動がよりひどくなるという、誰も得しない結果になる事を知ってしまっている宏達。故に、できる事は心配する事と今後のための準備をする事だけなのである。

「正直情けない話やけど、春菜さんに関しては現状、僕らにできる事は何もあらへん。こっちはこっちでできる事を着実にやっていくしかないで」

「ん……」

 厳しい顔で朝食を作っていく宏に頷き、自分の担当料理を作っていく。作っても食べられまい、という宏の言葉に従い、春菜の分は復活した時に体調を見て作る事にする。エアリスとアルチェムも、起きた時に体調に合わせた物を作った方がいいので、この時点では作っていない。

 いまいち重い空気のまま、料理を続けること二十分。春菜を除く日本人チームとローリエが、朝食の席に揃う。

「とりあえず、こっちから仕掛けるまでは、この城から外出たらあかんで」

「ああ、分かってるさ」

 朝食前に宏に言われ、真面目な顔で頷く達也。昨日の今日で何一つ準備が整っていないのだ。襲撃されそうな隙を作るような真似は出来ない。

「そういや、治療関係はどうなってるの?」

「現時点では、外部から受け入れた負傷者の治療はすべて完了しています。また、ウォルディスのモンスター兵に関しましても、再進攻してきた部隊は全て、国境間際で止められています」

「国境で、ねえ。それって一般の部隊?」

「いえ。精鋭部隊がローテーションを組んで抑え込んでいるようです。彼らは対軍用の広域攻撃を得意としていますので、これまでのようにフレンドリィファイアの危険が無く、かつ殲滅後次の部隊が来るまでに十分な時間が稼げる現在の状況では、負ける要素がありません。
 また、部隊の入れ替わりを支援するように、ワイバーンやドラゴンがウォルディス軍に襲撃をかけていることも確認されています。以前のように大量の兵を領土内に侵入させなければ、十分に堰き止める事ができると予想されます」

 現在の対ウォルディス戦線について、ローリエがある程度詳しい事を教えてくれる。それを聞いた宏が、少し考え込む。

「もう一回、時間稼ぎのためにダンジョンやっといた方がええか?」

「いえ、恐らく不要でしょう。昨日マスターが戻って以降は世界全体の瘴気量が大きく減っていますので、恐らく精鋭部隊を痛めつけられるような強力なモンスターを用意するのは難しいかと思われます」

「僕らを襲った連中が仕掛けてくる可能性は?」

「無いとは言い切れませんが、それこそダンジョンを作っても無駄かと思われます」

「せやな……」

 ローリエの鋭すぎる指摘に苦笑し、今は余計な事は考えない事にする宏。連中が精鋭部隊に仕掛けてきたなら、今度こそ気合と根性でトラウマをねじ伏せて叩き潰せばいい。

 そのためにも、まずは作るべきものに専念しなければならない。

「とりあえず、これ食ったら採取場チェックして、ソーマとアムリタの準備からやな。ローリエ、今取れそうな素材リストあるか?」

「採取場でしたらこちらになります」

 宏の問いかけに、即座にローリエがリストをパネル投影する。その中から目当てのものがあるかを絞り込み検索し、満足げに頷く宏。

「よし、そこそこええ品質のが取れそうや。それ回収したら材料使いきるまでアムリタとソーマやな」

 素材リストの内容に満足し、味噌汁を飲み干した所で、同じぐらいのタイミングで朝食を終えた達也と真琴の顔に違和感を覚え、少し眉をひそめる。ぱっと見て分からなかったが、間違いなくどこかが違う。

 そのどこかがどこなのかを一生懸命探していると、男に凝視される形になった達也が微妙な表情で口を開く。

「なあ、ヒロ。俺の顔に何かついてるか?」

「それを今探しとんねんわ。……ああ、分かった。兄貴も真琴さんも、左右の眼の色が揃ってへん」

「「はあ!?」」

 唐突に投下された宏の爆弾発言に、思わず同時に素っ頓狂な声を上げる達也と真琴。昨日も今朝も鏡を見ているが、どうにも身に覚えがない。

「まあ、揃ってへんっちゅうても、よう見な分からん程度に色の濃さがちゃうだけで、赤と青とか金と銀とかに化けとるとか、そんな後で黒歴史になりそうな痛々しい感じの差やあらへんけど」

「……ん。確かに、気のせいで通せる程度に色が揃ってない」

 宏に指摘されて確認し、澪が何度も頷く。

「いやいやいや。それでも結構困るんだが……」

「てか、それ本当?」

「ローリエ、鏡頼むわ」

「かしこまりました」

 達也と真琴の疑わしそうな声に応じ、ローリエに鏡の準備を頼む宏。宏の指示を受け、達也と真琴の手元に手鏡を出現させるローリエ。

 用意された手鏡を覗きこんだ達也と真琴が、瞳の色を確認して絶句する。鏡に映る自分の瞳が、間違いなく左右で色が揃っていなかったのだ。

「……何だこりゃ……」

「……もしかして、これも身体の変質って奴かしら……」

 今もじわじわと色が変わっていく右目を見ながら、どうにか声を絞り出す達也と真琴。他におかしなところがないかとピリピリした感じで自分の顔を確認していると、いつの間にか左右の瞳の色が揃っている。

「……どういう事だ、こりゃ?」

「……分かんないけど、なんとなく精神状態に依存してそうな感じはするわね」

 法則は分からねど間違いなく変化している己の瞳に、本気で渋い顔をする達也と真琴。生き返った代償としては大したことはないのは確かだが、なんとなく自分達が人間じゃなくなったようで微妙にショックである。

「なあ、兄貴、真琴さん。昨日チェックした時、他におかしなっとったところはなかったか?」

「大した事じゃない、っつうか、おかしくなってるのカテゴリーには入らないようなのがあったな」

「あたしも」

 宏に問われ、素直にそう答える達也と真琴。あまりに大したことが無さ過ぎたために、昨日の反省会でも特に口にしていなかったのだ。

「どんなん?」

「ん? ああ。服とか水着とか着てると目立たないようなところ何カ所かにな、Revive:01ってはっきり読める染みって言うかほくろって言うかが小さく浮き出てたんだよ」

「あたしも同じね。普段見えるような場所じゃないし刺青とかには絶対見えない感じだったから、特に気にする必要ないかなってスルーしたのよ」

 二人の回答を聞き、肩の力を抜く宏と澪。どこに出ているかは知らないが、そんな騒ぎになるようなものではないのは確かだ。文字列の意味が関係者としてはかなり痛いが、知らない人間に見られた所で、恐らく大した問題にはならない。と言うか、よほど痛い人でもなければ、わざわざ問題にしないだろう。

 少なくとも、濃淡が軽く変わるだけとはいえ瞳の色が不安定というのよりは、どうでもいい内容なのは間違いない。

「……こりゃ、他にも何かあるかもしれねえな」

「……澪、あんたは特に何もなかったの?」

「ん。傷跡一つ残ってない」

「そっか。良かったわ」

 さすがに事が事だけに、思ったより沢山後遺症的なものが残っているらしい。その事に気がついた達也と真琴が、手鏡を置いて真剣な顔で悩み始める。

 その間にドールサーバントが食器を下げて厨房へ運んでいくが、全員完全に慣れてしまっているので誰も気にしない。

「……なあ、ヒロ。ダンジョンってどうなってる?」

「……そこそこ、っちゅうとこやと思う。少なくとも、クレストケイブ鉱山奥地とかオルテム村のダンジョンとかみたいな、殺意高い仕様にはなってへん」

「なるほどな。だとしたら丁度いい。俺らがちゃんと戦えるか、一度確認した方がいいな」

「そうね、賛成」

 宏の答えを聞き、本日からの予定を決める達也と真琴。どう転んだところで、宏が製作予定の物を作り終えて春菜が復帰するまでは、この城から出る事は出来ないのだ。だったら、訓練に丁度いい施設を使って、甘ったれた心身を鍛え直すべきであろう。

「ほな、ちょっとだけ待って。訓練で死ぬんもあれやし、ダンジョンの仕様変更するわ」

「変更って、どんな風にだ?」

「死ぬようなダメージ受けたらペナつきで入り口に戻される仕様に変更や。ペナはダンジョン内でゲットしたもん全部没収と、全滅回数にあわせた行動阻害あたりがええな。行動阻害の方は時間経過で徐々に解消。とりあえず、個別設定がややこしいから今稼働しとるダンジョンは全部この仕様で、今後作る奴は普通に死ぬようにするわ」

 そういいながら、パネルをせっせと操作する宏。ローリエが管理者としての技術を伸ばしているおかげで、コアルームまで行かなくても仕様変更その他ができるようになったのは、こういう時便利である。

「さすがに死ぬ気はないが、その仕様で仮に中で死んだ場合、出てきた時は怪我とかはどうなるんだ?」

「状態異常は全部解除で、怪我は死んだり後遺症でたりせん程度に残るはずやで。いわゆるHP1状態やな」

「なるほどな」

 宏の言葉に納得し、一つ頷く達也。少々過保護な気もしなくはないが、鍛え直すとなるとある程度無茶ができるようにしてもらった方がいい。

 そうでなくても現在、死亡無効化系はどれも再使用可能になっていない。しかも、戦えるかどうか自体が不安な状態であり、達也と真琴は死ねば次はないのだ。

 過保護なぐらいでちょうどいいだろう。

「達兄、真琴姉、ボクも行く」

「分かった。だったら、準備したらすぐ行くぞ」

「ん」

 現在、すぐに使えるように準備したアイテム類はすべて破壊されている。倉庫には十分在庫があるが、とっさに取り出して使うには種類が多すぎる。

 そんなこんなでアイテムを厳選して準備し、達也達がダンジョンに出発したのは十分後の事であった。







「親方、ハルナおねーちゃんは大丈夫なの?」

 ソーマとアムリタの材料を取りに来た宏にたいし、待ち構えていたように飛びついてきたライムが不安そうにそう質問する。

「死にはせえへんのだけは間違いあらへんけど、大丈夫、とはよう言わんなあ……」

「親方、エル様達やハルナさんに、お見舞いに伺ってもよろしいですか?」

「エルとアルチェムは明日ぐらいに確認、っちゅう感じやけど、春菜さんはあかん」

「そうですか……」

 ライムに乗っかる形で質問してきたテレスに対し、宏がきっぱりと答える。その回答を聞き、素直に引き下がる職員達。

 昨日の戦闘でエアリスとアルチェムがダウンし、しかも宏達が酷い目にあって逃げてきたと聞いていたので、色々不安だったのだ。

 一応風呂の時に春菜を除く日本人四人の健在は確認していたものの、その時点で既に春菜は反動の先送りを解除していたため、テレス達はまだ一度も春菜の姿を見ていないのである。

「心配やろうけど、今日は我慢していつも通り薬作っといてな」

「分かっているのです。まだ戦争が終わっていない以上、しばらくはポーションの備蓄を増やさなければならないのです」

「しばらくはメリザさんのところに納品するのも、ヘンドリックさんとかに頼るしかない感じなんだよね」

「納品関係どないしよか思っとったけど、ヘンドリックさんが代わりにやってくれとったんか」

「アンジェリカさんも手伝ってくれてますね」

 ファムとテレスから聞かされた意外な情報に、宏が目を丸くする。

「何でも、微妙に手持無沙汰だそうでして」

「あの二人、暇やったんかい……」

「暇って言うより、動きづらい状況なんだって」

「なるほどなあ」

 ファムの一言に、ヘンドリックとアンジェリカの現状を理解する。

 二人が現在神の城に滞在している理由は、念のためにこちらに避難して来ている二人の保護下の村人たちと、アンデッドのヴァンパイアに対応するための二点である。

 そのため、基本的にはマルクトとウォルディスの戦争に対しては中立を宣言しており、現状ではどうにも行動しづらい立場にあるのだ。

「それで、親方は今日は?」

「色々痛い目にあわされて反省したからな。その問題対策のために、今作れる最高のもんを作るつもりや」

「……とりあえず、ノーラ達が見てても参考にならないのだけは理解したのです。ノーラ達はさっさと材料集めて、本日の仕事に取り掛かるのです」

「おう。何かあったらすぐ呼びや」

 宏の言葉に頷き、思い思いの場所に散って素材を採りはじめる職員一同。ライムだけは宏の側で黙々と分かる種類の薬草を集めているが、他の三人は結構距離がある。

「……親方、それ何?」

「これはな、ラメディカっちゅう草や。今回必要なんは茎と根っこやけど、一応葉っぱも花も使い道はあるで。ただ、使えるように取るには結構手間がかかってな」

 宏が次々に集めていく草が気になったのか、ライムが質問する。それに答えながら採り方を見せる宏。宏の実演を見て、自分にはまだ無理だとサクッと諦め、別の薬草を集めていくライム。

 そんな光景を続ける事約三十分。必要な素材が集まったところで、ファム達に一声かけて宏が作業場に戻る。

「さて、ここからが正念場やな」

 ユニコーンの角、ラメディカ、大霊峰で確保した苔のバルセラ、世界樹の葉、生命の海など、最上級の素材を次々作業台の上に並べながら、いつになく真剣な表情を浮かべる宏。

 ソーマとアムリタの材料のうち、宏の手持ちに無かったのはラメディカとベラロナという草の二つ。ラメディカは今まさに戦場になっているあたりの草原に自生している薬草で、ベラロナはウォルディス領内の一部高山に咲く花である。

 どちらも神の城が現在位置に長時間居座る事で素材情報を収集、今日の早朝にようやく城内で採取できるようになったものだ。

 その分ラメディカはともかくベラロナは若干品質に難があるが、それぐらいは腕で何とかカバーできるだろう。

 余談ながら、ゲームの時はユニコーンの角はマルクトでの活動をメインにしている友人に高レベルポーションと引き換えに調達してもらい、生命の海は霊糸を手に入れるついでに入手、世界樹の葉を含む他の素材は大霊窟の中で採り放題であった。その他の素材は普通に採取である。

 ゲームの時でもユニコーンは狩るとマルクトに睨まれる上になかなか手ごわいモンスターだったが、マルクトで一定以上の名声を持っていると、生え換わりの時に抜けた角をそれなりの値段で分けてもらえるのである。

 そう言ったもろもろから、ソーマとアムリタはゲーム時代、唯一素材を揃える事ができたエクストラスキルでの生産アイテムだった。

「まずは、ユニコーンの角の処理からやな」

 主観時間では、作ったのはもはや一年以上前になる神の飲み物。満足な品質のものが作れるかどうかはともかく、少なくとも効果時間中は死亡を防いでくれるものが作れるはずだ。

 頭の中でちらつく惨劇の記憶を必死になって振り払い、深呼吸して肩の力を抜きながら、手元の材料で作れる最高のものを作るべしと作業に集中する。

 実のところ、宏は昨日の夜から一睡もしていない。仲間達が殺された瞬間がずっと頭の中をぐるぐると回り続け、とても眠れなかったのである。また、人と話をしている時は話の内容に集中しているために意識の外へ追い出せるが、今のように作業の合間に一人でいると、すぐにそちらに意識が行ってしまう。

 普通ならこんなコンディションで生産作業などすれば、それこそ等級外ポーションでも普通に失敗するであろう。だが、良くも悪くも今の宏はモノづくりに権能を特化した神となっている。いくらコンディションが悪くても、物を作る作業で失敗する事はない。

 そんな己の権能を目の前の材料に集中し、順調に作業を進めていく。品質で劣っていたはずのベラロナも、宏から注ぎ込まれる神力で活性化し、勝手に最高品質のものになっていく。

 だが、そんな素材の変質など目に入っていないように、宏はひたむきに作業を続ける。削って粉にしてベラロナと反応させることで効能を限界まで増幅したユニコーンの角を、世界樹の葉で活性化させた生命の海に投入して混ぜ合わせる。

 急激に反発した両者をバルセラを投入することで落ち着かせ、十分ほどかき混ぜた後に、原液の性質をソーマに方向付けるためにラメディカの茎を入れる。そこそこ上手く反応し、ほんのかすかに酒の香りが漂ってきたところでソルマイセンの果汁を流し込み、ひたすら混ぜながら発酵を促進させる。

 そうしてできた澄んだ薄い琥珀色の液体、これこそが回復アイテムの最高峰・ソーマである。

「……よし、ちゃんとできたな」

 見る者の目をとらえて離さない美しい琥珀色の液体を、ほんのわずかな妥協も許さぬ厳しい目で観察した宏が、納得したように一つ頷く。

 今回の作業で作ったソーマの量は、大体酒樽一つ分。一回分ずつ小分けするなら百回分前後と言ったところだろう。

 実はソーマとアムリタは、一回で最低でも酒樽一つ分は作らなければいけない。当然、一回の作業で必要となる素材の量も多くなり、作業難易度も跳ね上がる。

 宏は三人分集めて数千、と言っていたが、それは五分間全ての状態異常をはじき、即死を防ぎ、常に生命力や魔力、スタミナを最大値に維持する能力を持ったものの数だけである。単に飲んだ直後に最大値回復するだけのものや、それに加えて一分ほど死亡を防ぐ機能があるものなどは、全部合わせると一級ポーション、ゲームの表記で言うLV8ポーションの数よりはるかに多い。

 無論、失敗作はその更に数倍は作っている。初級生産スキルのように失敗では熟練度が上がらない仕様だったら、恐らくとてもではないがカンストまで持っていく事はできなかったであろう。作業時間が三十分ほどと意外と短いのも、一回で作る数が多い分生産エクストラスキルの割には熟練度の上昇幅が大きかったのも追い風ではあったが。やはり失敗でもスキルが育つ、というのはとても大きい。

「一応念のために、効果あるか確認しとくか」

 できたソーマを一回分グラスに入れ、クイっと一気に飲み干す宏。一瞬かすかなアルコールの味を感じ、その直後に芳醇な香りが喉から鼻につきぬける。恐らく酒としての味は甘口、と言う事になるのだろうが、基本的に調味料として味見程度しか酒を口にしない宏では、飲み物として美味いとは分かっても、酒としてどうなのかとかは分からない。ただ、少なくともジュースのような甘みはないので、大抵の料理にはあう気がする。

 本来なら度数的にぎりぎり酒分類であるソーマを宏が飲むのは、日本では普通に法に触れる。だが問題は、ソーマの場合は子供が飲んでも酔う事はなく、肝機能や腎機能に問題を抱えて禁酒を言い渡されている人間が飲めばたちまち肝臓も腎臓も完全な状態まで回復する、百薬の長としての酒を酔う機能以外の面で極めたような代物だという事であろう。アルコールが含まれているだけで身体に一切悪影響を与えない酒となると、それは一部の栄養ドリンクよりも健全な代物である。

 それでも法は法なので、日本では成人するまで飲むつもりは一切ない宏。だが、こちらの世界ではもともと誰も飲酒をとがめない年齢なので、これだけはバフつき回復アイテムの枠に分類し、気にせずに普通に飲むつもりである。

「……よし、ちゃんと最低限の効果は出とるな。ほな、次はアムリタやな」

 ソーマの効果が続いている間に、検証も兼ねてアムリタの製造に入る。とはいえ、バルセラを投入するまでは、ソーマもアムリタも製法は変わらない。違いはソーマでは茎を入れたラメディカ、アムリタでは根を入れるのだ。

 作業開始から最初の五分弱、ソーマの効果が切れるまで魔力もスタミナも一切減る様子が感じられなかったことから、十分な効果があった事を確信する宏。身体の中に残るソーマの残滓が消える頃に、最難関であるバルセラの投入のタイミングが来たのを確認する。

 バルセラを投入し、反発が収まったあたりでかきまぜる手を止めずにもう一杯ソーマを飲む。ここからは難易度は下がるが消耗が一気に激しくなるので、ここで飲んでおくと非常に楽になるのだ。

 別に飲まなくても魔力もスタミナもまったく問題ない、という事実は指摘してはいけない。今回の飲酒はクールタイムの確認も兼ねているのだから、魔力やスタミナの残量はあまり関係ないのである。ただ、消耗するよりは減らない方が楽なのは当然なので、価値がやや薄いだけで回復に意味がない訳ではないのだが。

「……生産エキストラ全部揃えたからか? 向こうで作ったんと比べたら、明らかにクールタイムが短かったで」

 身体で覚えている作業時間と比較し、明らかに再使用時間が短かった事に首を傾げる宏。記憶にある通りであれば、もう一度飲めるようになるのはバルセラの粒が消え、尖っていた反応が消えたあたりの事。時間で言うなら二分から三分ほどずれている。

「まあ、ちゃんと効果出てるし、クールタイムが短い分にはええか」

 効果が劣っているのにクールタイムが短い、とかであればともかく、欲しい効果が出た上でクールタイムが短縮されているのだ。問題視する理由はない。

 などとやっているうちに、アムリタの方も完成する。効果は心身双方の能力を派手に増幅する事。その際、肉体を健康に作り替えるため、ソーマ同様酔う事もなければ効果時間中に死ぬこともない。健康を保つのがソーマなら、無敵の肉体を与えるのがアムリタである。

 アムリタの色は澄んだ薄い赤。味はどちらかといえば辛口だが、さっぱりと飲みやすく複雑な美味さがあり、大体の料理と相性がよさそうと言う点はソーマと変わらない。

「両方問題なさそうやな。正直、これで春菜さんの反動が軽くなるんやったらよかったんやけどなあ……」

 現在進行形で使われているバケツが増えていっているのを見ながら、どこか悲しそうにぼやく宏。反動に耐えている最中にこんなものを飲ませた日には、苛烈さと時間が倍々ゲームで伸びていくのが目に見えている。

 世界と言う奴は、こういう事に関しては実に厳格なのである。

 どうでもいいことながら、バケツは城の機能で無限に用意できるようにしてある。設定したのはローリエだが、指示を出したのは春菜だ。

「……さて、次は……」

「マスター、エアリス様とアルチェム様がお目覚めになりました。診察をしますので、お食事の用意をお願いします」

「おう、了解や。見舞いの方はどないや?」

「……本日はおやめになった方がよろしいかと思われます。お二人とも、さすがに今日は身づくろいもできていないところをお見せしたくないとおっしゃっておられますし」

「まあ、せやろうなあ。僕の方はそれで問題ないから、テレスらにそう連絡しといたって」

「かしこまりました」

 丁度区切りのタイミングで現れたローリエの要請に応え、さっさと厨房へ移動する宏。現在のエアリスとアルチェムは、春菜とは違う意味でソーマやアムリタを飲ませるのは危険なため、それ抜きでメニューを考える必要がある。

 ローリエから送られてくるバイタルデータや診察結果をもとにメニューを決め料理を作りながら、新たなトラウマとなった例の事件に、ずっと真正面から向き合い続けるしかない宏であった。







「……ははは。情けねえな、おい」

 もはや原形を残さぬほど魔法を叩き込まれたミノタウロスの死骸を前に、震える声で乾いた笑いを上げる達也。過剰な火力で吹き散らされたその死骸は、どう頑張ったところで素材など取れはしないだろう。

 奥から出てきたミノタウロスが大声でほえながら突っ込んできた瞬間、達也は腰を抜かしそうになりながら大慌てで発動が早く火力の高い魔法を連射し、死んだのを確認してもまだ魔法を叩き込みつづけてしまったのだ。

「……本当、あたし達って情けないわね……」

 疾風斬でばらばらに斬り捨てたシルバーバックを呆然と見降ろしながら、やはり震える声で呟く真琴。背後から飛びかかられた時に、恐怖でパニックになって我を忘れ、思わず反射的に疾風斬・地を叩き込んでしまったのだ。

「……これは、相当リハビリが必要」

 達也と真琴ほど過剰ではないが、同様に恐怖で焦って過剰攻撃をしてしまった澪が渋い顔をする。達也や真琴ほどではなかったのは、単にそこまで過剰な火力の技を持っていなかったからにすぎない。

 どうやら、なんだかんだ言って一度死んだ、もしくは死ぬ直前まで追い込まれた事は、結構なトラウマになっているようだ。

「この分だと、フォートレスの訓練どころじゃなさそうねえ……」

「そうだよなあ……」

「まずは、冷静に戦えるようにならないと……」

「とりあえず、このダンジョンがあってよかったわよね……」

 思ったより深い爪痕を残した敗戦。そこから立ち直るために、達也達は相当な覚悟でリハビリする事になるのであった。
いまさらの話ですが、実はバルドが初めて接触した時点でカタリナを物理的に排除できていれば、ファーレーン編のラストバトルはドーガかユリウスかレイナかの誰か一人いればけりがついていたという事実が。まあ、情勢とか立場を言えば、その時点で排除するのはバルドのほうなのが筋ですが。

数千年かけて技術を磨いてきただけあって、大都市を守っている結界の効力はそのぐらい強いのですが、所詮人がやってることなので妙な抜け道がぽこぽこと。
具体的には亜種ポメとか。
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