挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

16/223

第15話

 ウルス城の謁見の間は、静かな緊張感に包まれていた。

「面を上げよ」

 玉座に座っている国王陛下の言葉に従い、跪いた状態で顔を上げる一同。彼らの一挙手一投足を値踏みするように、参列している十数人の重鎮およびその補佐官の視線が突き刺さる。基本的には、完全にアウェイの空気。国王の隣にいる王妃と、二人の両隣に立っている側妃から感じるのが友好的な視線である事が、日本人一同にとってのせめてもの救いだろう。

 なお、凄腕の冒険者に見えると言う理由で、謁見の間では綺麗に汚れを落としたワイバーンレザーアーマーを身につけている。実際、宏が作り上げたレザーアーマーは、彼の卓越したデザインにワイバーンと言う素材も合わさって、不思議な風格を見せている。何を着てもダサい宏の、そのダサさがマイナスに働かない数少ない服装、と言うか装備だ。

「此度の事、まことに大義であった。国王として、一人の父親として礼を言おう」

「勿体ないお言葉です」

 事前の打ち合わせに従い、達也が代表して国王陛下のお言葉、と言うやつに対して返事を返す。このチームの交渉窓口は彼である事を印象付けるために、名指しされた場合を除いて全て達也がアドリブで対応することにしたのだ。その言葉を、儀礼にのっとり侍従長が代弁し、一連の問答を終える。

「楽にせよ」

 いつまでも跪いたまま、と言うのもいろいろと座りが悪いのだろう。国王の指示に従って立ち上がり、とりあえず気をつけの姿勢をとる一同。こういう時、どういう立ち姿が無礼にならないのかを知らないのだが、と確認を取ったところ、あからさまにだらけた態度でなければ文句を言われる事は無い、との返事を貰ったので、無難に気をつけの姿勢にすることにしたのだ。

「さて、此度の多大なる功績、言葉を投げ与えて報いた事にするのは、さすがに王家の沽券にかかわる。何か望みがあるのであれば、遠慮せずに言うてみよ」

 昨日こっそり打ち合わせした通りの国王陛下の台詞に対し、最初から決めてあった返事を達也が侍従長に対して告げようとする。その様子を見た国王陛下がそれを制し、さらに言葉を継ぎ足す。

「直接発言する事を許可する。そなたらの口からそなたらの言葉で直接述べよ」

 侍従長に中身を捻じ曲げられる事を恐れたのだろう。国王陛下が直接の発言を望む。

「それでは、恐縮ながら直接発言させていただきます。許されるのであれば、書庫の書物の閲覧許可を頂けないでしょうか?」

「問題ないが、なにゆえに?」

「我々は、不慮の事故で自身の意思とはかかわりなくこの国に飛ばされてきました。この国と我々の祖国とは余りに遠くに離れているため、この国と祖国との位置関係すら分かりません。ですが、私は祖国に妻がいます。他の者も、それぞれに家族がいる身の上。どうしても故郷に帰りたく、そのための手がかりが欲しいのです」

「なるほど。知られざる大陸からの客人か。ならば、確かにこの国の位置を知らぬのも道理。なれば、他にも支援は必要だろうが、それだけで十分なのか?」

 国王陛下の問いかけにしっかりと頷く達也。そもそも情報が無い今、それ以上の支援など何を求めればいいのかも分からない。生活するだけなら現状でもどうとでもなるし、それ以上の事をするにはそもそも何をしなければいけないのかが分からない。つまり、禁書庫も含めたすべての書物を閲覧できる事、それ以上にありがたい褒美など無いのである。

「よし、分かった。なれば書庫にある書物のうち閲覧可能なもの、全ての閲覧を許可しよう。ただし、禁書庫にあるものは導師長および司書を必ず同席させる事。中には、触れる事すら許されぬものもあるからな」

「ありがとうございます」

 達也の言葉に合わせ、一同が一礼する。この時点で、謁見式は終了の予定である。

「では、此度の事、まことに大義であった。下がってよいぞ」

「はっ!」

 国王の言葉に一礼し、予定通り退席しようとしたところで、控えていた重鎮から言葉が飛んでくる。

「お待ちください、陛下!」

「何だ?」

「直接発言することをお許しください」

「許可しよう」

 重鎮の一人の言葉に、重々しく頷いて見せる国王。可能性の一つとして、この場で物言いがつくかもしれない、と言う事は最初から聞かされていた。故に、内心で面倒くさいなあ、などとは思っていても、表には出さずに状況の推移を見守る事にする一同。

「本当に、この者達がエレーナ様のお体を治療し、エアリス様を蜘蛛の巣から助け出したのですか?」

「当人が言うておるし、治療の過程はレイオットが何度も確認しておる。背後関係にも後ろ暗いものが無い以上、間違いない事実であると判断出来る。それとも、そなたはレイオットやエレーナが、そこまで節穴だと言いたいのか?」

「め、滅相もない! ですが、そのような若造に、この国一番の名医ですら治療できなかった症状が……」

「知られざる大陸からの客人を、我らごときの狭い価値観で判断するな。過去にも、見た目に反してとんでもない能力を持った者がいた事など、残っている記録だけでもいくらでも事例があろう?」

「それとこれとは別問題です! 流石に今回の件まで、一人を除いて冒険者協会の依頼以外で王宮とのつながりが一切なかった事は認めますので、全て自作自演だった、などと言う事は申しませんが、当事者の証言だけを根拠とするのは、私を含め納得できない者の方が多いでしょう!」

 その重鎮の言葉を聞き、ちょっとビビリながら手を上げる宏。

「どうした?」

「直接発言してよろしいですか?」

 訛りのきつい口調で、宏が発言の許可を求める。許可を求める発言自体がすでに直接発言している事になるのだが、ここら辺は形式だと言う事で突っ込むのは野暮だろう。

「許可しよう」

 訛りのきつい宏の言葉遣いだが、その事については国王を含む誰一人嘲るような態度は見せない。このあたりはさすがに大国の重鎮、と言ったところか。

「まず最初に一つ。田舎もんなんで、訛りがきつくて無礼な言葉遣いになるんはお許しを」

「構わぬ。訛る事を嘲ったり、無礼だと言うような不見識なものはこの場にはおらぬからな」

 国王陛下の言葉に、当然だと言わんばかりに頷く重鎮一同。訛りを否定すると言う事は、その人物の故郷を否定すると言う事だ。それはすなわち、回り回って自国を否定することにつながる。流石に意思疎通が困難なレベルで訛っているのであれば話は別だが、言っている言葉が理解できる範囲であるならば、一般人の言葉遣いが訛っている事を、無礼と言って糾弾するような人間はいない。

「まず、エアリス様をピアラノークから助けた、言うんは協会の討伐証明で信用してもらうしかないとして、エレーナ様の治療に関しては、この場でこの城にある材料と機材使うて、何ぞ薬でも作ってみせれば問題ないかと思うんですがどうでしょう?」

 ビビリつつも出来るだけ丁寧になるように必死になって言葉づかいを取り繕う宏に思わず微妙に生温かい視線を向けてしまいながら、言っている内容の剛毅さにはどよめきを隠せない重鎮たち。実のところ、彼らの大半は口ほど疑っているわけではない。ただ、何がしかの決定的な証拠がないとまた余計なことを言い出す連中がいるので、あえて泥を被って言いがかりをつけているだけである。

 正直な話、以前レイオットが受け取ったと言う四級ポーションか、そこまででなくても六級以上の薬類でも献上してくれれば、それでよしとするつもりだったのだ。六級程度のポーションでも一般の冒険者が容易に手に入れられるものではないので、少なくとも高度な薬類を入手する手段を持っていることは十分に証明できる。わざわざ目の前で作ってもらう必要はまったくないのだ。

「ふむ、出来るのか?」

「材料次第です。ただ、そこらの材料でも一つ二つにちょっと高級な素材があれば、やりようによっては六級ぐらいは行けますし、大霊峰の中腹ぐらいで採れるようなんがあれば、もうちょい上も狙えます。ただ、質、っちゅう面では正規の材料で作るよりは落ちますけど」

「六級以上が作れるのであれば、少々質が劣ったところで問題ない」

 そう答えて、城にある薬草類、その全ての種類と機材を、持ち込めるだけ謁見室に持ち込ませる。因みに、この場合の質が劣る、と言うのは、回復量が正規の材料で作った場合より落ちる、と言う事である。とは言え、宏が作るのだから、正規の材料で作るより劣ったところで、標準品と比較すれば回復量は上回るのだが。

「なんだか、面倒くさい事になったね」

「まあ、予想通りと言えば予想通りだが……」

 材料が揃うまでの暇な時間、周りに聞こえないように小声でこそこそコメントし合う春菜と達也。正直なところ、薬については今更失敗するとはかけらも思っていないため、そこについては全く心配していない。むしろ、いろいろやりすぎて余計に目立ってしまう事の方が厄介そうだ。

「これだけか?」

「はい。以上です」

「それで、どの程度の物が作れる?」

「……これやったら、普段使うてる機材一種類と、ストックしてある素材があれば……」

 国王の問いかけに、じっくり素材を吟味しながらぶつぶつと段取りを考え、一番上限を見定める。その結論は

「預けてある鞄から、機材一種類と材料二種類を使わせてもらえるんやったら、三級まで狙えますわ」

「……まことか?」

「こんなところで嘘をつくほど、頭悪いつもりはありません。あ、でも、材料だけやなく瓶も出しとかなあかんか。ケルベロスの牙で作った奴が五十本やから、そこが限界かなあ……」

 物騒な事を言い出す宏に、ぎょっとした顔で視線を向けてしまう一同。

「け、ケルベロスだと?」

「何ぞ先日、ドーガ卿が持ってきてくれたんですわ。もっとも、あれは肉は不味いし内臓は薬にならんしで、でかいくせに皮と骨と爪と牙ぐらいしか素材として使いもんにならへんがっかりモンスターやったりしますけど」

 辛うじて敬語と言うレベルまで崩れた口調で、あっさり言い切る宏。作るものが定まったからか、先ほどまでのビビリまくった様子は消えている。そのとんでもない返事の内容に、顔が引きつるのが止められない重鎮たち。ケルベロスと言えば、ユリウスやドーガ、レイナのような一部の例外を除き、一頭仕留めるのに最低でも熟練の騎士十人と魔術師一人は必要な、強力なモンスターである。それをでかい癖に大した素材が取れないがっかりモンスターなどと言い切るその剛毅な神経には、どうコメントしていいのか分からない。

「その牙で、瓶?」

「そうですねん。ただ、作れる、言うだけで、ごっつ効率悪うて、三頭分の牙で五十本程度の空き瓶しか作られへんのですけど」

 しれっととんでもない事を言われ、反応に困る一同。ドーガならケルベロスぐらい鼻歌交じりで始末するのは事実だが、最近素材として使ったとなると、そもそもいつ狩ったものなのかが疑問である。

「そんなもの、いつ作ってたの?」

「湯治いってる最中に、窯借りてこっそりな」

 春菜の問いかけに応えながら、使う薬草を仕分けしていく宏。

「それで、どないでしょう?」

「そうだな。許可しよう。誰か、この者の鞄をここへ!」

 宏の確認に即断すると、その言葉に呼応するように宏の荷物が運び込まれる。使い慣れた自分の鞄を返してもらった宏は、もしもの時のために倉庫に突っ込んでおいた熟成加速器とワイバーンの肝臓を一欠けら、ソルマイセン、そしてやたらといかつい魔力を放つ空きビンを取り出して並べる。

「その赤黒い肉は?」

「ワイバーンの肝臓です」

「そちらの妙な果実は?」

「エレーナ様の治療にも使うた、ソルマイセン言う果物です。非常に腐りやすいんで、多分見た事もない人の方が多いと思います」

 などと質問に答えながら、ソルマイセンの果汁を煮詰めて濃縮しつつ、その他の素材を非常にあれで何な感じに処理していく。何か一つ処理するたびに発生する洒落にならない魔力に、宮廷魔術師一同は、思わず顔が引きつるのを止められない。

「何か手伝える事は?」

「流石にこのクラスになると、澪ぐらいの技量が最低ラインや。今回は量も大したことないし、とりあえず大人しゅう見とって」

「了解」

 見ていて分かっていた事を一応宏に確認し、大人しく薬作りの観察を続ける春菜。正直、自分に手を出せる領域で無い事は、最初の段階で大体分かっていた。

「ほっ! はっ!」

 複数の薬草を混ぜて何やら気合を入れると、大量の魔力とともに何やら怪しげな変化を起こし始める。

「澪ちゃん、何やってるか分かる?」

「錬金術。二つの素材を混ぜて、上位の別のものに変換」

 宏の作業音以外全ての音が消えていた謁見の間に、春菜と澪の言葉が響き渡る。無いなら作ればいいと言うやり方で素材すらどうにかする宏に、絶句するしかない参列者たち。因みに余談ながら、味噌や醤油を作るための麹なども、このやり方であれこれ合成して作ったものである(正確には、強引に変異をさせたのだが)。さすがに今はそんな無茶をせずに、普通に培養して増やしているが。

 いくつかの素材をそうやって上位の別のものに変換した後、がっつり濃縮したソルマイセンとワイバーンの肝臓を混ぜて加熱して行く。ある程度煮込んだ後、魔法でざっと冷却してから、別の容器に入れて熟成加速器に投入する。

「そう言えば、今回熟成加速器って何に使うの?」

「魔力反応の加速や。普通に放置しとったら一週間ぐらいかかりおるのを、こいつで五分ぐらいまで短縮したるねん」

 宏の返事に、上位の薬はいろいろややこしいのだと感心してしまう春菜。普段は味噌や醤油、鰹節、みりんやポン酢、各種ソース類に果ては焼き鳥のタレまで、発酵食品や調味料を作るのに大活躍している熟成加速器、地味に薬を作るのにつかわれるのは前回の四級ポーションに続いて、これが二度目の事である。

「そろそろいけるんちゃうかな?」

 そう言って熟成加速器から取り出した薬は、綺麗な澄んだ赤色に変化していた。

「いけたわ。後は瓶詰や」

 そう言って、春菜や澪が手伝いを申し出る間もなく、あっという間に瓶に薬を詰めて蓋をし、五十本の三級ヒーリングポーションを完成させる。

「因みに、ワイバーンの肝臓をマナイーターのコアに変えれば、同じ材料でもマナポーションに早変わりやから」

「スタミナポーションは?」

「ワイバーンの肝臓とマナイーターのコアをブレンドして、薬草を一部入れ替えればできるで」

 そう言いながら、とりあえず完成品を献上する。献上された瓶を受け取り、ちらっと医師と薬師に視線を送る陛下。その視線を受け、震える声で返事を返す。

「ヒーリングポーションである事は間違いありません。それは断言できます。ですが……」

「我々も、三級以上となると、直接目にするのは初めてでして……」

「先日持ち込まれた四級ポーションなど比較にならないほど効力が強い。それは断言できるのですが、では三級ポーションなのかと言われると……」

 三級以上のポーションは、半ば伝説の領域に足を踏み入れている。レシピは残されているのだが、それを実践できる薬師がいないのだ。そもそも宏がやったような変則レシピでなければ、どこに存在するか分からない素材が大半を占めるため、仮に腕が伴っていても正攻法で作る事は難しい。

 つまり、これが三級であると証明する事は、現時点では非常に難しいのである。

「三級か。これを確認しようとするなら……」

「ドーガ卿かフェルノーク殿に相当な大けがを負ってもらうしかありませんな」

「もしくは、誰かの腕でも切り落とすか……」

 物騒な事を真剣に検討し始める連中に、思いっきり引いた顔をする日本人一同。

「まあ、とりあえず、だ」

 物騒な会話を断ち切るように、国王が一言宣言する。

「これが本当に三級のポーションかどうかは、本来関係のない話だ。そもそも、この薬を作らせた理由は、ヒロシ殿がエレーナを治療した事を証明する、ただそれだけの事。そして、その証明は十分になったと考えられるが、異論はあるか?」

「……これに異を唱えると、次は何を持ち出してくるか分かりませんな」

「……流石に、認めん訳にはいきますまい」

「……しかし、何とも心臓に悪い話です」

 国王の言葉に、次々と同意する重鎮たち。正直、目の前で見せつけられた異常な光景に、脂汗が止まらない。何が恐ろしいと言って、やらかした本人が平常運転である事が恐ろしい。

「では、今度こそ謁見は終わりとする。なお、言うまでもないが、この事は他言無用」

「無論です」

「とりあえず、今回はこの場で四級のポーションを作った、と言う事で誤魔化しておきましょう。検証方法は、出来るだけ穏当で無駄にならずかつ確実な方法を探しておきます」

「うむ、任せる。では、下がってよいぞ」

 なんだかんだ言って最初から最後まで平常運転だった国王の言葉で、ようやく謁見を終える事が出来たのであった。







「先ほどは手間をかけた。すまんな」

 礼服で控室に待機していた宏達のもとへ、執務を抜け出して謝罪に来た国王。微妙にフットワークの軽い人である。なお、言うまでもないことながら、日本人は五人ともそろっている。

 因みに、礼服と言っても夜会などに出るような服装では無く、王族の私的な会などに参加する時に着る類のもので、デザインラインはスーツに近い感じの、かっちりとした印象の服装である。男女でデザインの違いは無いので、全員同じ服を着ている。ファーレーンの服装デザインは、比較的近現代に近いものも存在するのだ。

「いえいえ。最初からこうなるかも、っちゅうんは分かっとった事ですし。それに、あのパターンはむしろ対処しやすい方ですし」

「とは言え、これで少なくとも、あの場にいた連中がお前を軽んじる事は無いだろう」

 国王の言葉に、微妙に乾いた笑みが浮かぶ達也と真琴。むしろ、あれを見て軽んじるようであれば、それこそ頭の出来を疑うレベルである。

「それで、何ぞ妙に騒がしいんですけど、事件でも?」

 面倒な話を避けるため、話題を変える宏。実際、妙に騒がしいのだ。

「見習いの訓練で事故があったらしい。どうも、実剣を使った修練の途中で剣が折れて、破片で大けがをしたものが出たようでな」

「の、割には騒ぎが大きすぎませんか?」

 達也が、騒ぎの理由に対して疑問に思った事を指摘する。その指摘を聞いた国王陛下が、にやりと笑ってとんでもない言葉を口にする。

「騒ぎにもなるだろう。いくら片目が潰れたからと言って、たかが見習いに国宝級とも言われる三級ポーションを使ったとなればな」

 思ったよりも深刻な事故に、思わず絶句する一同。最初に立ち直ったのが宏だったのは、やはりと言うべきだろうか。

「目ぇ潰れるような怪我して、三級のポーションで治るんですか?」

 ここ二カ月ほどの経験則でいうと、いくら新しい怪我でも、そのレベルの負傷はポーションでは治らない。たとえ、腕を食いちぎられた子供に五級ぐらいの回復量過多なポーションを飲ませたところで、傷口がふさがるだけで部位欠損は治らないのだ。

「知らないのか? 三級以上のポーションは、部位欠損を修復する効果があるのだぞ?」

「……全然知りませんでしたわ」

「自分で作った薬なのに、そのあたりを全く知らないとは面白い話だな」

「そう言う人にそう言うポーションを使う機会が無かったもんで」

 うめくような宏の返答に、愉快そうに笑う国王陛下。そこでようやく、騒ぎの本当の原因を理解する一同。

「もしかして、騒ぎになっているのは、目が治ったから?」

「それ以外に何がある?」

 春菜が恐る恐る発した質問に、本当に愉快そうに答える国王陛下。確かにそれならば騒ぎにもなろうが、何もそんなに耳目を集めている状況で使わなくても、という苦情は言いたくなる。

「因みに、使ったポーションは出どころ不明のもので、正確に鑑定ができなかったから駄目もとで実験した、と言う事にしてあるそうだ。ちゃんと保護者の許可も取って実験してあるから、こちらが苦情を受ける事は無い」

「もしかして、ちょうどいい実験台が出来た、とかいって喜んでません?」

「さてな。だが、怪我をした小僧には悪いが、少なくとも重鎮どもをお前達の味方に引き入れるための、その最後の駄目押しが出来た事はありがたい。流石に間に合わせレベルで三級ポーションを作ってのけるような人間を、くだらない疑惑で国として敵に回すような真似はせんさ」

 春菜の畳み込むような問いかけに、腹黒い事をしれっと言い切る国王。

「流石国王……」

「一国の主ともなると、こうでないと駄目なのよね、多分……」

「と言うか、何でこの人が、エルがこうなるまで放置してたんだろう……」

 達也と真琴の呆れと感嘆の混じった感想を聞き、澪が素朴な疑問を漏らす。

「残念ながら、国王なんぞただの人だ。突発的な事故をある程度利用する事ぐらいはできても、娘を完全に守ってやるには全く力が足りぬ、実に情けない生き物に過ぎん。それどころか、己が子供同士の喧嘩すら、ちゃんと仲裁して仲を取り持つ事が出来んのだから、情けないにもほどがある」

 澪に応える形での父親としての懺悔を聞き、彼の立場の複雑さ、その一端をなんとなく感じ取る一同。残念ながら、どれほど偉大な人物でも、全てに目を行き届かせることなど不可能だ。どれほどの名君でも、一切の反乱分子、不満分子を作らずに統治することなど出来ない。ましてやレグナス王は、周辺諸国の評価とは裏腹に、継承権争いを起こす芽を最初からつぶせる程度の有能さしか持ち合わせていない。

 ファーレーンはなまじ豊かで国として安定しているからか、問題があってもなかなか表面化しない傾向がある。また、表面化した問題も、放置するリスクより下手に手を打ってこじらせるリスクの方が大きい傾向があり、なかなか手をつけられない事が多い。特に統治周りの法体系や監視体制はやたらとがちがちに固められていてそうそう汚職などできないこともあり、そう簡単に貴族の横暴で民に直接ダメージが行く状況にはならないことは、先代の手柄ではあろう。

 そもそも、連中は言動こそ不穏当だが、それ以外は基本的にまともだからそれほど大きな罪を着せることは出来ない。法というのは、国のトップが守るからこそ末端も守るものだし、残念ながら先代が構築した現在のシステムにおいては、法は王家にすら優越する。しかも、先々代のことがよほど効いたのか、法改定のハードルがむやみやたらと高すぎて、事実上誰もが変えなければと言う意見で一致する問題を抱えたものしか変えられない。

 こういった状況が特権階級の不満を高めており、特に先代の改革で不利益をこうむった連中がバルドのような輩と結託してはしょうもない言いがかりをつけて、法の不備を利用して逃げるという面倒くさいまねを許してしまっているのである。こういう連中を排除しようにも、それをするには法を改正するところからのスタートが必要で、だが現状では政権内部で王家と貴族の権威が共倒れ的に失墜している以外に特に実害がなく、しかもそういう連中でもよその国の使者や客人の前ではきっちり猫を被りとおすため、恥を忍んで外圧に頼るというのも難しい。

 ここしばらくの一連の事件は、そういった国としての体質、そのしわ寄せがすべてエアリスに行ってしまった感が強い。

「だが、貴公らが来てくれたおかげで、一連の問題、その解決に向けて突破口が開けそうだ。本当に、どれほど感謝しても感謝しきれぬ」

「僕らは乗りかかった船やから、自己満足で手を貸しとるだけです。それに、まだ何も終わってへん。今の状態は、ようやく最悪の事態になるんを防いだ、っちゅうだけです」

「そうだな。そう言えば、この後を乗り越えるための万能薬、準備はできているのか?」

「ばっちりです。服にもエンチャントかけたし、後はこいつを飲むだけで準備万端です」

 そう言って宏が取り出した小瓶を、全員で一気にあおる。ベースがソルマイセンゆえの極端に薄い、だが他の薬効成分による何とも言えない微妙な味わいに顔をしかめつつ、コーヒーフレッシュと大差ない分量の薬を喉の奥に流し込む。

「さて、次の勝負どころやな」

「多分、カタリナが無礼を働くと思うが……」

「見て分かるような無礼は、まだまだ生温いレベルですから安心してください」

 国王陛下に向かって、かなりきつい事を言ってのける達也。はっきり言って安心できるような言葉ではないのだが、非公式の場であえて本音で話す事を求めているとはいえ、国王相手にこれを言ってのける達也に感心し、妙な安心感を覚える。

「さて、余は一度引き揚げさせてもらう。後ほど、会食の場で」

「はいな」

 宏から人数分×二回分の薬を預かり、悠然とした態度で控室を出ていく国王。前哨戦第二幕の開幕時間は、着々と迫っていくのであった。







 カタリナ王女は、とにかく不機嫌であった。

「何よ、あの図々しい冒険者たちは!」

 先ほどの食事の席を思い出し、怒りのこもった声で吐き捨てる。王族との食事会など、冒険者ごときには過ぎた待遇だと言うのに、委縮する様子もなくやたら堂々としていた。

 これが、大霊峰を挟んでファーレーンに隣接するミダス連合諸国の構成国のように、これと言って見るべきものもないような小国の王族相手ならともかく、世界でも三本の指に入る大国のファーレーン王国、その王家相手にあの態度、あまりにも図々しく無礼ではないか。

 しかも腹が立つことに、五人ともこちらには見向きもせず、レイオットやエレーナ、エアリスとばかり、それも取り繕ってはいたが、見るものが見れば実になれなれしい態度で話をしていた。

 まだ百歩譲って、レイオットやエレーナの言葉を自分より優先するのは許そう。立場としては二人とも自分より上に来るのだから。だが、このカタリナが口を開こうとしているのを無視して、エアリスに話しかけると言うのはどういう了見か。しかも、この国の王太子相手に、たかが下民ごときが十年来の親友のような態度で接するとは!

 表面上は平静を保っていたが、内心ではあふれ出る怒りを抑えるのに必死であった。今までの人生で、これほどの我慢を強いられた事などかつて無かったと言いきれるぐらいである。

「レイオットもレイオットです! あんなどこの馬の骨とも知れぬ下賤な薬師ごときをわたくしより優先するなど、あれが大国ファーレーンの王太子の態度ですか!?」

 支離滅裂な事を言い放ち、八つ当たりのように枕を殴りつけるカタリナ。実際のところ、カタリナが怒りを覚えている一連の内容も、傍から見ていれば言いがかりもはなはだしいものである。エアリスを優先も何も、カタリナは食事会の間、一度も自分から口を開いてはいない。それどころか、会話の流れを受けて発せられた問いを、綺麗に無視していたぐらいである。第一、なれなれしい態度で接していたのは王族側で、宏達はちゃんと一線を引いた態度で対応していた。人目のない、もしくは見られてもかまわない場所でならともかく、それ以外の場ではちゃんとわきまえているのである。

 だが、表面上はともかく、内面においては日に日に現実との乖離が進んでいる様子が見受けられる彼女に、その手の事実を突き付けたところで全く意味が無い。

「バルド! あの愚か者たちを、どうにか始末できないの!?」

「まあ、慌てない事です、カタリナ様」

 激情に任せて物騒な事を口走るカタリナを、その場にいた事すら分からないほど存在感の薄い男がなだめる。先のエアリスの神殿への帰還、その時に襲撃をかけてきた男同様、一瞬でも目をそらせば一切合財の情報を忘れてしまいかねないほど、個性だとか印象だとかいうものに乏しい男である。

「今動けば、我々にも疑いがかかることは必定。それでなくとも、先のエアリス様の一件で、我々は目をつけられております」

「疑いが? どうしてです?」

「神殿でエアリス様を襲おうとした男が、私にそっくりだったそうです」

「言いがかりもはなはだしいわね」

 聞く人が聞けば、お前が言うなと突っ込むこと間違いなしの言葉を言ってのけるカタリナ。その言葉に深々と頷き、言葉を続けるバルド。最初から疑いがかかっていることも、法の不備をつけば大概は潜り抜けられる自信があることもおくびにも出さない。

「確かに、言いがかりもはなはだしい。ですが、人間とは思いこみの生き物。一度疑いを抱けば、それをぬぐい去るのは生半な事ではありません」

 バルドの言葉に、憎々しげに頷くカタリナ。自身の経験から、バルドの言葉を何一つ否定できないのだ。無論、彼女が思いこみで非難されている、などと思っている事の大半が自業自得か、そもそも悪く思われていないのに自分で勝手にそう思い込んでいるかのどちらかなのだが。

「なので、しばらくは直接何かをする事は避け、彼らが馬脚を現すのを待つのが上策かと思われます。何なら、有象無象を誘導して、彼らがどうあっても粗相せざるを得ないように追い詰める方法も検討しますが」

「そうね。最近は随分動きづらくなっている事ですし、直接的な事は避けるとしましょう。バルド、詳細はあなたに一任します」

「かしこまりました」

 バルドの言葉にあっさり納得し、全てを丸投げしてくるカタリナ。その言葉を引き出し、内心でちょろいものだな、などとせせら笑うバルド。

 カタリナは確かに、教養豊かな女性ではある。国の内外問わず奇跡と謳われるその美貌も、いまだ発展途上のエアリスを除けば、姉妹の中では頭一つ抜けていると言っていい。公式の場での振る舞いは、間違いなく賢明な女性と評していいものである。だが、それでは彼女は有能なのか、と問われれば、間違いなく否である。一般的な意味で教養豊かな人間が、必ずしも人格的に優れているわけではない。彼女はその典型例とも言える。何よりカタリナは、学んだ理論と現実が食い違う場合、現実がおかしいと切り捨てるタイプだ。これではせっかくの教養も生きなくて当然だろう。

 表面を取り繕うことと言い逃れをする事だけは上手いが、それ以外の事にはまるで頭が回らない女で、おめでたい事に上手く言い逃れをした後、自分の評価は下がっていない、などと考えている人間を、間違っても有能と呼ぶ事は出来まい。エアリスにやったように、人の目をかいくぐって抵抗する手段を持たない人間を徹底的にいじめる事には長けていても、今回の冒険者たちのように、ある程度自力で対処する能力を持つ相手と敵対するような能力は無く、何一つ深く考えずに、己の感情だけで汚れ仕事を部下に丸投げする。

 それでも失敗した時の結果を自分で背負うのであれば、それはそれで上に立つ者としては間違いではないあり方ではあるが、カタリナは自分は無関係だと責任逃れをし、どれほど明確な証拠があっても無関係なものが勝手にやったことにしてしまうタイプである。その美貌と王族というバックグラウンド、そして予備の予備とはいえ姫巫女の資質を持つ、という要素が無ければ、あっという間に孤立しているような女だ。最初にエアリス相手に行った裏工作が上手くいき、年齢一桁の子供にはあり得ない人格を大半の人間に信じ込ませることに成功したから、たまたま今まで問題なくやってこれたのだが、今後エアリスが表に出てくれば、これまでにやらかしたことすべてが本人に返って来ることは疑いのない事実だ。

(とは言え、ここまでうまくいっていたのに、奴らが現れてから急に状況が悪くなったのは確かだ)

 もう少しと言うところまで進んでいた地脈の汚染が、たった一日で元に戻るどころか、前以上に清浄な状態で力を取り戻している。こんなことなら、無理やりにでもエアリスを仕留めておくべきだったと考えても後の祭り。確実を期すためにピアラノークの巣を確認しに行ったが、血統魔法による強力な防御によってバルドの手札では影響を与えられなかったため、そのままにしておいたのだ。持続時間自体は一カ月程度だと言う事もあり、それだけあればすべて終わっていたはずなのだ。

 エアリスを排除する、という点で言えば、最善は直接殺す事だったのは間違いないが、残念ながら時限式の転移魔法と違い、城の中で直接攻撃魔法を使ってエアリスを手にかけると、たとえ時限式でやっても確実に術者を特定されて、言い逃れが効かなくなる。それに、ドーガとレイナは魔法抵抗こそ低いが、魔法防御は意外と高い。あの二人、特に範囲攻撃に対する防御に長けたドーガを排除しない限り、直接的な方法でエアリスを殺す事は出来なかった。かといって暗殺というカテゴリーでは素人のバルドが、いくら子供といえども王族を武器を使って殺すのは無理がある。暗殺者を雇うにしても、ドーガ達を出し抜くのは厳しい。

 ゆえに、失踪と言う形をとった方が都合がいい事もあり、バインド魔法と転移魔法で罠にはめて、飛ばせる範囲の中で最も戦闘能力が高く、致命的な能力を持つ相手であるピアラノークにぶつけたのだが、よもや三日もたたずに救出されるとは思わなかった。何しろ、事件の前に最後にピアラノークと冒険者が戦闘をしたのが半年以上前の話である。確率から言って、普通は救助の可能性など考えない。

 いや、そもそも、二カ月ほど前のポイズンウルフの大発生、あの事件が彼らのせいで犠牲者なしで終わってしまったことが、ケチのつき始めだったのかもしれない。使われた毒消しの数は二百二十ほどだと聞くが、裏を返せば、上手くいけば最大で二百二十人、この城の戦力を削り取る事が出来、二百二十人分の瘴気で地脈を汚す事が出来たはずなのである。いや、即座に回復すると言う毒消しの特性を考えれば、もっと犠牲者を増やせたかもしれないのだ。そう考えれば、もう二か月前から、連中には煮え湯を飲まされ続けている事になる。

 挙句の果てにエレーナを完治させ、使っていた毒物を特定し、毒を盛るためのルートを全て潰されてしまった。警戒も厳重になってしまった今、種類を変えたところで毒殺などそうそううまくは行かないだろう。上手くいけば運がいい、程度の考えで、今日の夜会でもエレーナとエアリス、そして冒険者たちが飲む予定となっている飲み物には無味無臭の毒を混入させるつもりではいるが、まず対策を取られていると考えて間違いない。

(この女はそろそろ切るにしても、まずは連中を観察せねば話にもならんな)

 カタリナのように馬鹿正直に表に出しはしないが、腹にすえかねているのはバルドも同じである。今から巻き返すのは厳しいだろうが、可能性を繋ぐためにも、まずは邪魔な冒険者どもを排除しなければならない。マイナスからのやり直しになるが、それでもせめて、エレーナとエアリスを何らかの形で仕留める事が出来れば、たとえカタリナが処刑されても、一時的にとはいえここで姫巫女が断絶する。そうすれば、何もせずとも地脈が瘴気に侵され(バルド達にとっては浄化される、という認識なのだが)、いずれは目的を達成できるはずなのである。

 本心を言えば、今すぐにでもまとめて排除するために動きたい。それでもカタリナを制止して様子見をすることにしたのは、連中が関わってからの展開があまりにもきれいにこっちの計画を破綻させていったことが理由である。相手のことを理解せずに手を出すのは、あまりにもうかつに過ぎるだろう。

「とりあえず、カタリナ様。まずは今宵の夜会、あなた様の美貌で格の違い、と言うやつを見せつけて差し上げてはいかがでしょうか?」

「言われるまでもありません」

 不愉快そうに一つ鼻を鳴らすと、傲然とバルドに応える。カタリナもバルドも知らない。彼女がこの方面においてさえ、完敗を認めざるを得なくなる事を。







「皆のもの、忙しい中、よく集まってくれた」

 運命の夜会。その開始を告げる最初の一言を、国王陛下は高らかに告げる。

「今宵のパーティは、我が娘エレーナの快気祝いとエアリスの無事の帰還を祝い、二人の命を救うために大きな力となってくれた者達をねぎらうためのものだ」

 国王陛下の言葉に、場が微妙にざわめく。パーティの名目となっていたのは、エレーナの快気祝いだけだったのである。エアリスが行方不明になっていた事、つい一週間ほど前に帰還し、神殿で浄化の儀式を行った後再び姿をくらませた事は聞き及んでいたが、よもや今日この場で公式の場に顔を出すとは、招待客のほとんどは思ってもいなかったのだ。

 エアリスの事に関しては、招待客の反応は真っ二つに割れている。良く恥ずかしげもなく王女面して帰って来て、挙句の果てにのうのうと公の場に顔を出せるものだと言う反応と、少なくとも無事であった事に対しては素直に喜ぶ反応とだ。後者についても、姫巫女としてはともかく、まだ十歳の、それも王家の直系の姫君に何かあるなどと言う事は国家としては大事件であり、それが致命的な事態になる前に解決した事を喜ぶ反応がほとんどで、エアリス個人を認めている物ではない。

 最近のカタリナの行状をよく観察している者たちの中には、エアリスが生きて戻った以上、このまま続けさせた方がカタリナがやるよりはマシだろう、と考えている人物も少なからずいるが、それとてエアリス個人を認めている訳ではない。ちゃんと浄化自体は出来ていたという実績と、噂されているエアリスの人格とカタリナの実態とを比較すれば、噂通りの人格でもなお、今のカタリナよりマシだと判断しているだけに過ぎない。

 残念ながら、エアリス王女では無くエアリスという少女の無事を本当の意味で喜んでいる招待客は、この場には皆無に等しかった。

「まずは、皆の者に心配をかけた当人達から、一言あいさつがある」

 そう言って合図をすると、奥から楚々とした態度でエレーナが出てくる。まだまだ健康体と言うほど肉付きは戻っていないが、一時のような正視に堪えないほどのやつれ方は無くなり、その体からは年相応の生命力が漏れて見えている。この様子なら、さして長くかからず、元の健康な身体つきを取り戻す事が出来るだろう。

「皆様、長きにわたり、御心配をおかけしたことを謝罪いたします」

 凛とした張りのある声で会場中に最初の一言を行きわたらせ、一つ深々と頭を下げる。そのエレーナのあいさつを出待ちの扉の陰から見守りつつ、達也と真琴、春菜の三人は現時点の反応から、誰が比較的まともそうかを観察し、仕分ける作業に集中していた。空気に飲まれ気味の宏と、エアリスの緊張を解くために普段では考えられないほどの口数で話しかけている澪は、この状況では完全に戦力外である。

「しかし、カタリナ王女は派手だなあ……」

「本当にねえ。まあ、確かに良く似合ってて綺麗は綺麗なんだけど……」

 そんな事を言いながら、春菜とエアリスに視線を向ける。

「何?」

「ん? ああ、多分あんた達が出てきたら、みんな驚くだろうなあ、って思っただけよ」

 真琴の視線に不思議そうな表情を浮かべていた春菜に、とりあえず思うところを正直に告げる。

「それにしても、あんたは落ち着いてるわねえ」

「緊張してない訳じゃないけど、こういう場面はそれなりに経験があるし、それに後ろにフォローしなきゃいけない人がいるし」

 そう言って、この二カ月ずっとパートナーとして行動してきた男を見て苦笑する。謁見の時は割と堂々としていたのに、こういう状況には簡単にのまれるあたり、良く分からない男ではある。もっとも、謁見の時にいた人たちは、基本的には割とまともな方に分類される人物ばかりだったし、国王陛下も王妃殿下も側室の御二方も、自分達に余計なプレッシャーをかけないように、周りを牽制する方向で視線や雰囲気で圧力をかけていた。多分、普通に謁見などやっていれば、宏だけでなく春菜達も半分使い物にならなくなっていただろう。

 今の自分の姿を最初に見た時、宏以外は呆けるか硬直するかのどちらかであった。その時の様子から他のメンバーが大丈夫なのかなどと思ったものだが、状況が変われば変わるものである。因みに、宏が春菜の艶姿に全く影響を受けなかったのは、天敵相手に見とれたりしたら終わるから、と言う、春菜の側からすれば微妙に泣きたくなる理由からだ。いかに現状、互いに一切恋愛感情らしきものを持っていないとはいえ、あんまりにもあんまりな言い分である。

 とはいえ、まともな時とヘタレて見える時の状況の違いが、いまだにいまいちよくわからない。エアリスを連れて城に侵入しようとした時はまあ、専門外の事をやらされて腰が引けていた感じだから分からなくもないのだが、時折どうでもいい、しかも女性が絡んでいる訳でもないような事で、異常にヘタレた行動をとる事がある。専門分野として判断出来る時ほどとは言わないが、せめて明らかな嘘に踊らされておたおたするのはどうにかならないか、と思う事はある。

 何にしても、宏が最初の想定よりはるかに使い物にならなくなりそうである以上、春菜がおたおたする訳にはいかない。そもそもこういうシーンは、緊張した時こそ堂々とすべきなのである。それが出来ない人間がいる以上、できる人間はより一層頑張るしかないのだ。

「そろそろ、エルの出番」

「は、はい」

「がんばれ」

 澪に励まされ、むんと気合を入れて胸を張って背筋を伸ばし、真剣な表情を浮かべて会場に入っていくエアリス。その瞬間、会場が水を打ったように静まり返る。

「皆様、この度は本当にご迷惑をおかけしました」

 会場の隅から隅まで、可憐な澄んだ声が沁みとおる。その言葉が終わると同時に、無礼にならないようにゆっくりと、深く深く頭を下げる。その姿に、会場中が飲まれる。まだ十歳の少女の姿に、カタリナでさえ、国王や王妃でさえ霞んでしまう。

 現れたエアリスは実に美しく、清楚で、気高かった。







 ところどころ拙い言い回しがありながらも、心からの言葉を切々とつづるエアリスを、招待客は呆然と見守っていた。演技かもしれないとはいえ、壇上で言葉を続けるその姿は、少なくとも最悪と噂される姫君のイメージとは、欠片たりとも重ならなかった。涙をこらえながら自身に絡む陰謀に巻き込まれて命を落とした者達の事を謝罪する彼女を見て、人を人とも思わぬ残酷で酷薄な姫君だという印象を抱き続けるのは難しい。仮に演技だとしたら大したものだが、言葉に込められた熱が本物だと思える以上、多少演じている部分があったところで、語る内容が全て嘘と言う事もあるまい。

 噂と違う点は、もう一つあった。噂どおりならエアリスの容姿は、内心を写したかのように醜悪で酷薄であるはずだ。だが、壇上にて切々と想いを訴える少女は、まだまだ幼く完成された美貌とはいえないまでも、幼いなりに可憐で気高く、神秘的な美しさを誇っていた。髪や瞳の色、顔立ちなどから、彼女が国王と王妃の直系である事は疑う余地もないが、その容姿は醜いという評価とはほど遠い。同じ年頃だった頃のカタリナ王女も神秘的であるか華やかであるかの違いはあれど、今のエアリスのように幼いながらも可憐で気高い美しさを誇っていたのだから、あと五年もすれば誰もが認める美姫になるであろう。

 カタリナはそんな妹の様子を、そして、妹をそう評価する人間が時間とともに増えていく会場を、表面は平静に、その実内心怒りで猛り狂いながら、無関心を装って観察し続けていた。

(全く、忌々しい)

 エアリスが身にまとっているのは、パーティドレスでは無く神官としての正装である。普段見る事が無いその衣装は、彼女の清楚で気品あるたたずまいを引きたて、より一層神秘的な印象を強くする役目を果たしている。カタリナがどれほど渇望しても身にまとう事がかなわぬその衣装を、当たり前のように着こなしている事がまた腹立たしい。せめて、服に着られている感じが少しでもあればまだ留飲も下がろうが、板についていると言う評価はできても、間違っても服に負けているなどとは言えない。プライドがあるからこそ、言えない。

「どうやら、終わったようですな」

 再び深々と頭を下げたエアリスを見ながら、バルドが温度を感じさせぬ声でつぶやく。

「あの連中が出てくるようね」

「お手並み拝見、と言ったところでしょうか」

 その言葉が終わらぬうちに、王の言葉に従い五人の男女が入って来る。三人目に入ってきた、少女を卒業しかかったぐらいの年頃の女性の姿に、再び会場内が飲まれる。今度はカタリナも、そしてバルドも例外ではいられなかった。

 三人目に入ってきた春菜は、マーメイドスタイルの露出が少ない、シンプルな青いドレスを身にまとっていた。長い黄金色の髪をあえてそのまま背中に流し、これまた実にシンプルなイヤリングとネックレスだけで身を飾ったその姿は、飾り気が少ないからこそ、素材の突出した美しさが引き立っていた。

 普通、彼女の体型なら、同じマーメイドスタイルのドレスでも胸元や背中がある程度大きく開くデザインにするものだが、彼女のドレスはせいぜい首筋から上と肩が露出している程度で、肌が見える場所は圧倒的に少ない。だが、それゆえに秀でた美しいボディラインがよりいっそう強調され、なまじ露出しているよりも強烈なエロスを感じさせる。

 そのくせ、ドレスの青と言う色と当人が身にまとう物静かで理性的な雰囲気が、それだけ強烈なエロスを感じさせながらも性的な目で見る事を憚らせ、知性を感じさせる穏やかな青い瞳が、彼女がそういった誘いに容易く乗るような人間でない事を雄弁に物語る。全てを一言で言うなら、高嶺の花。その秀でた姿で人々を惑わしながらも、決して誰の手にも触れさせない気高き孤高の一輪。彼女の姿を見た、普段を知っている人々の感想は

「化けたな」

 で一致していた。

 彼女の前後に出てきたそれぞれに魅力的な二人の女も、いや、それどころか会場中にいる全ての女が、その存在感の前にかすむ。唯一並び立つことが許されたのは、同じくその神秘性で圧倒的な存在感を見せつけたエアリスだけであった。女だけではない。美男美女があふれるこの会場で、そこに埋没しないだけの容姿を誇る達也が、ものの見事に空気となっている。宏のようなただダサいだけの田舎者は、視界にすら入っていないだろう。

「何よ、あれ……」

 今や数少ないよりどころとなった美貌、それすらも妹とどこの馬の骨とも知れぬ女、その二人に蹂躙され、震える声でつぶやくカタリナ。誰も彼も春菜とエアリスばかりを見ていて、代表でごく短い挨拶をしていた達也の事など見てもいない。正直、この状況で春菜以外がどんな粗相をしたところで、誰一人気が付きはしないだろう。何しろ、春菜が少し身じろぎをするだけで、周囲から息をのむ声が聞こえるのだ。軽く目が合うだけで動きが止まり、その穏やかながらすべてを見透かすような瞳で見つめられれば、腹に一物ある者はみな慌てて眼をそらし、だがすぐに彼女に視線を奪われる。

 会場は、ある意味において春菜の思う通りにコントロールされていた。

「さて、本日はエレーナの体調の事もあるので、ダンスは無しと言う事になる。その代わりと言ってはなんだが、ハルナ殿が一曲披露してくれると言っていた。聞くところによると、彼女は相当な名手だそうだ。頼んでいいか?」

 乾杯を終え、あとは自由に歓談を、と言うところで、国王がそんな事を言い放つ。その言葉に対し優雅に一礼し、返事を返す春菜。

「拙い歌でよろしければ、喜んで。どのような曲をお望みですか?」

「そうだな。貴方の故郷で歌われている、喜びの歌を」

「かしこまりました」

 王の言葉に一礼し、上品ながら堂々とした態度で前に出る。

「正確には私の故郷とは違う国の歌ですが、年の終わりにたくさんの人で歌うなど、ある意味において故郷に根付いた歌を歌わせていただきます」

 そう言って、一つ大きく息を吸い込むと、春菜は朗々と歌い始めた。

 とあるクラシックの名曲。日本でも年の瀬に全国各地でこの時だけの声楽隊が結成され、無事に年の瀬を迎えた事を祝って歌う光景が当たり前になった、そんな一曲。本来なら複数で歌ってはじめて様になる曲を、彼女はアカペラで力強く歌った。

「……っ!」

 その声が耳に入った瞬間、カタリナとバルドは同時に、言いようのない不快感を覚える。余程感受性が摩耗している人間でも、素晴らしいと言う事だけは理解出来るであろう歌。この場にいるほとんどの人間が、先ほどとは違う意味で息をのみ、その素晴らしさに酔いしれる歌。本来ならタイトルの通り、全身を歓喜が包むであろうその歌が、カタリナとバルドを苦しめる。

 春菜が喜びの歌を歌い終えたとき、二人は表面を取り繕う事すら難しいほど消耗していた。いや、二人だけではない。バルドが長年をかけて取り込んだ貴族や官僚、使用人などが、軒並み脂汗をかいて荒い息を吐いている。壁際に待機していた使用人の中には、意識を失い倒れているものすらいる。共通点はバルドによって洗脳され、大量の瘴気を身に蓄えていることだろう。そこから出される結論など、一つしかない。

「女神の、力、だと……?」

 周囲に合わせて力の無い拍手だけをどうにか返し、愕然とした声でつぶやくしかないバルド。そのつぶやきは、万雷の拍手にかき消されて、カタリナにすら届かない。

「あの女、味な真似を……」

 取り繕っていた態度をかなぐり捨て、思わず春菜を睨みつける。その視線を感じてか、バルドに対して柔らかな笑みを浮かべる春菜。何も考えずに殴りつけたくなる衝動を必死に耐え、仕込んだはずの毒が効果を見せるかどうかに注目する。流石にすぐに影響が出る種類の毒物ではないが、あれだけのエネルギーを使って歌を歌った以上、多少は影響が出るはずである。

「……やはり、対策ぐらいはしているか」

 カタリナを除く王族と普通に歓談しながら、勧められたものを特に警戒する事無く口にする様子を見て、この場での敗北を認めるバルド。予想以上に深いダメージを受けた今、流石に彼らがぼろを出すように誘導するのは難しい。ちょっかいを出そうにも、地味に王族のガードが堅く、下手な真似をすれば藪をつついて蛇を出すことになる。

「ハルナ様、おねだりをしてよろしいですか?」

「何でしょうか?」

「少しでも皆様に楽しんでいただくためにもう一曲、今度は明るく楽しい、童謡のような歌をお願いしてよろしいですか?」

「喜んで」

 先ほどとは違い、年相応の子供のような態度で可愛らしいおねだりをするエアリスの頼みを、笑顔とともに二つ返事で了承する春菜。その言葉が聞こえたバルドの背筋を、冷たいものが走る。

「カタリナ様、引きあげましょう」

「……どうして?」

「もう一曲、だそうです」

 バルドの言葉に青ざめる。見ると、先ほどの歌でダメージを受けた人間は、歌が終わってすぐに引き上げている。

「腹立たしいけど、どうにもならないようね……」

「残念ながら、普通の人間にとって素晴らしい歌である事自体は、我々ですら否定できません」

 凄まじい敗北感を抱きながら、急に体調を崩したと言ってさっさと引き上げる。丁度会場から脱出したところで歌が始まり、追加ダメージに崩れ落ちそうになりながらもどうにか安全圏まで逃げ切る。

「あの女、どんな手を使ってでも排除しなければいけないようね……」

「そのようですね……」

 もはや目的がどうとか、そんな事に構っていられない。あの春菜と言う女を排除しなければ、自分達の命が危ない。皮肉にも敗北のダメージによって、彼らの結束は固くなるのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ