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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第14話

「さて、落ち着いたところで、反省会だ」

 一通りメンバーの蘇生について泣いて喜び終えたところで、達也が真剣な顔でそう切り出す。

 とはいえ、本気で真面目に話を進めるつもりの達也だが、先ほど我に返った宏達に真琴とセットでよかったよかったと派手に泣きながら喜ばれた事に対する照れがまだ残っており、よく見ると顔が赤い。真琴もこの辺の事情は同じなのは、言うまでもない。

「達兄照れてる。可愛い」

「やかましい。真面目な話してんだから、いちいち混ぜっ返すな」

 こういう時にいちいち余計な事を言う澪をきつめの口調で叩き潰し、話を戻す達也。

 照れ隠しの要素も多分にある行動だが、それ以上にそのまま続けていると話が進まないので、かなり容赦なく叩き潰しに回っている。

「と言うか、あの時は考える事が多すぎてそこまで気が回ってなかったけど、奥さんの事は良かったの?」

「今更それ聞くか? っつうか、正直色々情けない話になってくるから、できればそのままスルーしてて欲しかったんだが……」

 本気であまり触れて欲しくなかったらしい達也の態度に、いまいち納得できずに不思議そうな表情を浮かべる春菜。情けない話、と言うのがピンとこないようだ。

 その表情を見て、仕方がないと正直に気持ちを伝える事にする達也。

「そりゃ、生き返るか聞かれた時に、真っ先に考えたさ。あのまま戻って、すぐに詩織と抱き合いたいって、本気で思ってたのも事実だよ。多分、あの場でお前さんに嫁の事で念押しされてたら、心が折れて向こうに戻ってただろうな」

「だったら……」

「でもな。そのまま戻ったら、俺はいろんな意味で終わってたよ。だってな、俺も詩織も、澪とはリアルで顔を合わせる仲で、ゲームじゃヒロともよくつるんでるんだぞ?
 俺の記憶が無かったとしてもヒロも澪も今回の事は絶対に態度に出るだろうし、残ってたら残ってたで、どの面下げてお前さん達と顔あわせりゃいいんだ?
 そういうのは絶対に気付かれる。それで俺の事を責めるような女じゃないが、俺の方が多分耐えられねえよ。
 ま、あん時はそこまで深く考えなかった、っつうか、考えるのが怖くて深く考えないようにしたんだよ。
 意気地無しって思われるのが怖くて、意地張って嫁捨てるような選択したんだ。情けないだろう?」

「ごめんなさい……」

 達也の正直で赤裸々な内心の吐露に、そこまで言わせてしまった春菜が申し訳なさそうに一つ頭を下げる。あまりの察しの悪さが情けないようで、今にも土下座しそうな雰囲気だ。

 そんな春菜の肩を苦笑しながらぽんと叩き、これでこの話は終わり、と合図して見せる達也。今度は意図と空気を読んで、罪悪感と情けなさを心の片隅に追いやって気分を切り替える春菜。

「反省会はよろしいのですが、できれば先に、エアリス様とアルチェム様のお見舞いをしていただけたら、と思います」

 春菜が納得したところを見て、それでは、と話を進めようとした達也に、ローリエが水を注す。エアリスとアルチェムの見舞いと聞いて、春菜が真剣な顔をする。

 エアリスとアルチェムがどれほど無理をしたか、その実感があるのはこの場では春菜だけだ。それゆえに、二人の現状はとても気にはなっていたが、見舞いとなると色々デリケートな問題が絡む。特に相手が自分同様恋する乙女なのもあり、弱っているところを見られるのは嫌がる可能性もない訳ではない。

 自分達も精神面では完全に落ちついたとは言えないこともあり、反省会などで一旦クールダウンしてから確認しようと考えていたのである。実際、早速達也相手に春菜がやってしまった感のある言動をしているのだから、その判断が一概に薄情だとも言い切れない。

 その判断の裏には、今のように致命的な問題や急を要する問題があれば、ローリエがタイミングを見計らって釘を刺してくれるだろうという、丸投げと取るか信頼と取るか微妙な判断があったのはここだけの話である。

 もっとも、春菜が確認をしそびれた一番の理由は、なんだかんだ言っても先ほどの敗北が心の奥に突き刺さっており、達也の勢いについつい同調してなんとなく口にしそびれた事にあるのだが。

「お見舞いに行っても大丈夫なの?」

「むしろ、できるだけ迅速に向かっていただければと思います。特にマスターは、絶対に向かっていただく必要があります」

 春菜の確認を受け、何か他にも言いたそうなのをこらえる様子を見せながら、ローリエがどことなく淡々と見舞いの意味について説明を続ける。

「今回の件について、お二人とも随分と色々頑張ってくださいまして、その反動で現在寝込んでおられます。恐らく、お二人がこの城で全力の儀式をしてくださらなければ、いかにハルナ様が神となられたところで、あれほど速やかにこの城へ逃げてくる事はできなかったでしょう」

 ローリエの言葉に、思い当たる節がある春菜が顔色を変える。

 まだ力を使いこなせていない事を差し引いても、ダンジョンを潰した後に転移した場所は、神化した春菜ですらまともな空間探知ができないほど、色々な妨害が行われていた。

 そこをぶち抜いて春菜達に加護を届けるほどの儀式を行っていたのだ。いかに歴代最高の資質を持つエアリスと歴代屈指の資質に加えて世界樹の知恵を継承したアルチェムが組んだといえど、肉体的には普通の人間系種族でしかない巫女たちが平気でこなせるような負荷ではない。

 しかも二人は、達也と真琴の復活のためにアルフェミナに力を届けてくれている。因果関係としてはアルフェミナに届いていた力を復活のために使った、と言うのが正しいが、どちらにしても随分助けられているのは変わらない。

「エルちゃんとアルチェムさんは、大丈夫なの?」

「はい。命に別条はありません。ただし、エアリス様は随分とマスターやハルナ様の側に近付いています。肉体的には最盛期に至っているとはとても言えませんのでまだまだ成長するでしょうが、もはや普通のエルフと同程度の寿命では済まなくなってしまっているかと思われます。
 アルチェム様も同様の無茶を続けると、存在が世界樹と同質化してしまう可能性があります。この場合も、数千年程度はエルフとしての特性が残りますので、おそらく人間系種族との子孫を残す事は可能でしょう。ですがその場合、相手が余程力を持っていないと、恐らく子をなす事は出来ないかと思われます」

「うわあ……」

 ローリエのとんでもない言葉に、春菜の顔が引きつる。エアリスの事だから、まっとうなヒューマン種王族としての人生など最初から投げ捨ててはいようが、それでも洒落にならないぐらい致命的な現在の状況に、正直かなり申し訳なくなってくる。アルチェムにしても、エルフとしての寿命や経験を考えると、ここで今後の人生を決めさせるのはちょっとどころでなく申し訳ない。

 何より申し訳ない事に、そこまで頑張ってくれた二人に、少なくとも春菜はこれと言って明確に報いる事ができそうにない。恐らく、それができるのは宏だけだろうが、自身の恋心を横においても、なんとなく宏だけに頼るのは悲しい。

 どうやら、他のメンバーも大なり小なり似たような気持ちがあるらしく、ローリエに言われるまで二人がそこまで頑張っていたとは思ってもいなかったこともあり、非常に情けなそうな申し訳なさそうな表情になる。

「と言うか、ローリエ。お前さんはお前さんで何か言いたいようだが、いいのか?」

「はい。正直、今から言うのはなんとなく間抜けな気がしますし、それに、本音を言うのは空気が読めていない気がしますし……」

「お前さんぐらいの子供がそう言う事を気にしすぎるのも、それはそれでどうかと思うがね」

 このまますぐにでもお見舞い、となりそうな流れに対し、色々引っかかるものがあった達也がローリエに色々と突っ込む。口にすべきかどうか内心でかなり迷いはしたが、なんとなく直感で一応気にかけている事は示していた方がいい、と判断したのである。

 ローリエの場合、中身の年齢が見た目とも実際に自我が成立してからの時間とも食い違ってややこしいが、それでも総じてまだ子供の範囲なのだけは間違いない。話す時がクールな口調で、会話の内容の大半がシステマチックなものだから勘違いしがちだが、情緒の部分は外見年齢とそれほど大きな食い違いはない。

 単に今のローリエとなってからの時間が短く、感情表現の仕方が未熟なだけなのだ。

 もっとも、ローリエのどことなく不満そうな理由、その根っこについて全面的に察しきれていない点は、ローリエの能力と役割を完全に把握できるのが宏だけなのを差し引いても、達也のまだまだ未熟なところであろう。

「まあ、言いたい事ってのはうぬぼれじゃなかったら多分こうだろうってのは想像がついてるし、それが正しかったら確かに今から言うのはちょっと間抜けかも、って気にするのも分かるけどね」

「察しているのであれば、いちいち言わないでください」

「いやいやいや。確かにちょっとタイミングを外したかもしれないけどね、言ってもらえればやっぱり嬉しいもの」

「真琴。わざわざそこに突っ込んだ俺が言うのも何だが、いい大人がそういう事をねだるんじゃない、みっともない」

「ホントそれ、お前が言うな、よね」

 悪乗りモードに入った真琴に無理やり言わされかけ、達也に止められた事で思わずホッとするローリエ。なんとなくこういう事は、ねだられて口にするのはタイミングを外す以上に言葉の価値が暴落しそうで嫌だったのだ。

 ほとんど死んだような状態で戻ってきた宏も、明らかに出ていく前と別の存在になっている春菜も、あちらこちらに無理をした形跡があった達也達三人も、ローリエにとっては衝撃的な姿だった。そこから元通りとは言えないがちゃんと立ち直り、普段と変わらぬ会話をしているのにはほっとしたし嬉しくもある。

 だが、それを口にできるタイミングが一切なかったのは、正直言って物凄く不満だ。これではまるで、心を持たぬ機械のようではないか。

 そんな気持ちを察してくれたのはありがたいが、かといって、さっきも言ったようにねだられて口にするのは何か違う。そのあたりのもやもやした気持ちを微妙に持て余しつつ、どうにか表面上はいつもどおりに取り繕い、話を進めようとするローリエ。

 別に取り繕わなくてもいいのに取り繕ってしまうローリエの妙な不器用さを打ち砕くように、何かに気がついた様子の宏が口を開いた。

「せやせや。そう言えばローリエ、さっきの事で自分にも結構な負担かけたんちゃう?」

「……私はハルナ様やエアリス様、アルチェム様と比べれば大したことはしていません」

「いやいや、そないなことあらへんで。普段の城の管理を続けたままでエルとアルチェムのフォローに城のガード、ぶった切られた僕とのリンクの回復に春菜さんの誘導。その上で使いもんにならんかった僕らのためにこの部屋用意して、って、無茶苦茶忙しかったはずやで。
 今まで気ぃつかんで悪かったな。正直助かったわ、ありがとう」

 ほとんど不意打ちのように告げられた宏のねぎらいと感謝の言葉に、ローリエの顔が普段のクールな無表情のまま真っ赤に染まる。

 通常業務に関してはともかく、今回の事はローリエもかなり忙しく、しかもシビアな制御が必要な状況も多かった。なのに、やっている事が地味すぎて誰にも気がついてもらえない。そんな、心の片隅でほんの少しだけ持っていた現状への不満。

 他の関係者がそれ以上に大変な状況に追い込まれていたため、思っていても表に出せなかったその不満を、宏の言葉が見事に吹き飛ばしてしまったのだ。

 これが、単に形だけのねぎらいの言葉なら、ここまで感激する事はなかっただろう。だが、宏は物を作る側だからか、縁の下の力持ちと言う奴の大変さと重要さを理解しているようで、その口調と表情には、疑いようがないほどの本心が込められていた。

「ま、マスター……。あ、ありがとうございます……」

 不満はあっても期待していなかった、だが本心では心の底から欲しかった言葉。それをあろうことか創造主であり上司であり、この世の誰よりも慕っている男から言われたのだ。不意打ち気味だったこともあり、ローリエは喜びと驚きで上手く反応できなくなっていた。

「……ねえ、達也」

「……言いたい事は大体分かるが、個人的には天地開闢砲レベルの墓穴を掘りまくってるようにしか見えないぞ」

「……あ、やっぱりあんたもそうなんだ……」

 最近、時折ものすごくたらしっぽさを発揮する事がある宏に呆れる年長組。女性恐怖症が完治している訳でもないのに、釣った魚に餌をこれでもかと与えてしまう宏は、この方面の学習能力をどこかに置き忘れているに違いない。

「まあ、ヒロなら男女関係がこじれて刺されてもダメージ受けないだろうし、周りの行動が行き過ぎたら発作起こしてそれどころじゃなくなるだろうし、何とかなるんじゃないか?」

「それはそれでどうかと思うんだけどさ……」

「つうか、春菜も澪もむっとした様子がないってのが、一番怖いんだがどうだ?」

「子供褒めたぐらいでむっとしてたら、人間として駄目すぎるんじゃない?」

「それもそうなんだがなあ……」

 何とも形容しがたい据わりの悪さに、達也一人だけ唸っている。

 真琴の言うように、今回の事は言ってしまえば子供を褒めてねぎらっただけだ。実際に目立たなかっただけでローリエは物凄く頑張っていたし、それに宏達がずいぶん助けられたのも否定できない事実だ。

 更に言うと、この件については自分達日本人同士では既に、褒めたり感謝したり謝罪したり泣いたりと言った事は一通り終わっている。だが、それを踏まえたうえで、宏が誰かれ構わず褒めることを許容するのは、いくらなんでも春菜も澪もちょっとチョロすぎるのではないか。達也が感じているのは、そんな感じの据わりの悪さである。

 そのあたりの達也の言いたい事を理解しつつ、では真琴はどう思っているのかと言うと、ネタと分かる形でネタと分かる言葉を選んでやってるならともかく、ガチでやきもちを焼いて攻撃するほど春菜も澪も恋愛脳に染まってるとは思えない、である。

「ま、マスターも皆様も、無事、ではなかったかもしれませんが、普段の皆様に戻る事ができたようで、とてもうれしいです。戻ってきた時の皆様の様子は、本当に賢者の石が機能停止するかと思いました」

「うん、心配かけてごめんね。色々ありがとう」

 内心で、自分のあまりのチョロさに呆れつつ、喜びを抑えきれずに挙動不審になって、タイミングを外したと思っていた言葉を告げてしまうローリエ。そんな様子を生温かい目で見守りながら、宏に便乗してちゃんとお礼の言葉を告げる春菜。

 達也の感じる据わりの悪さとは裏腹に、学生組とローリエの関係は、どこまで行っても親子や兄弟の域を出ないのであった。







「……良かった」

 見舞いに訪れた宏達を見て、青白い顔のエアリスが最初に発したのはその一言だった。アルチェムの方は、意識こそはっきりしているものの、とても口を開けるような状態ではない。

 二人とも、数分前に意識を取り戻したところである。正直言って、本来なら見舞いなど受け入れられるような体調ではない。だが、今回に限って言えば、宏達の姿と状態を確認しない事には、おちおち寝込むこともできないのである。

 ローリエもそれを理解していたからこそ、エアリスとアルチェムの体調を踏まえたうえで、宏達を見舞いに来させたのだ。反省会の話に移るまで見舞いの事を告げなかったのも、二人が起きていないと意味がないとあえて口にしなかったのである。

「えらい負担かけてもうたみたいやけど、大丈夫か……?」

「……はい。……一晩、……眠れば、……落ち着き、……ます」

 そう言いながら、弱弱しく、だが心の底から嬉しそうな笑みを浮かべるエアリス。最悪の事態も覚悟し、その場合下手をすれば完全に壊れた状態で戻ってきかねない宏とどう接すればいいのか悩んでいたのだ。たとえ最良の結果ではなくとも、五体満足の状態で全員揃っているというだけで、エアリスにとってもアルチェムにとっても望外の喜びなのである。

 実際、二人が見たイメージは、宏達がオルディアにやられた時の展開そのままだったのだ。そのイメージをちゃんと伝えられない状態でローリエからリンクが途絶えたと告げられたのだから、ずっと気が気でなかった。限界を超えるまで精神力を振り絞り、アルフェミナのものとは違う力を使いながらも、心の中では春菜達が無事に帰ってくる事を祈ることしかできなかった。

 その最悪の想像と比較すれば、現状は出来過ぎなぐらいだと言えよう。

 この結果に落ちつけるために春菜が多大な犠牲を払ったらしい、という事は、春菜が入ってきた瞬間に分かった。恐らく、自分達の努力はほとんど役に立っていなかっただろう、という事もなんとなく察している。

 だが、春菜の事はともかく、自分達の努力についてはどうでもいい。結果が悲劇でなければ、無駄な努力だったとしても気分的には十分報われる。

 ただ、結果的に春菜一人に全てのしわ寄せが行ってしまった感があり、その点だけは自分達の無力が情けなく、申し訳ない部分ではある。

「エルちゃん、アルチェムさん。アルフェミナ様に力を届けてくれてたのと私に場所を教えてくれたの、すごく助かったよ。あれがなきゃ達也さんと真琴さんの事はもっときつかっただろうし、間違いなくもうちょっとこっちに戻ってくるのに苦労してたよ。下手をするともう一発ぐらい攻撃受けてたかもしれないから」

「……お役に、……立てたようで、……何よりです」

「お礼言いたかっただけだから、無理に返事とかしなくていいよ。今はちゃんと身体休めてて。と言うか、お願いだから、今は私達の事なんて気にしないで、しっかり休んで元気になって」

 微妙に泣きそうな春菜の言葉に小さく微笑み、軽く瞳を閉じるエアリス。アルチェムの方は、迂闊に眠ると変質しようとする力に引きずられるため、無理に限界を超えた反動が抜けるまでは、ひたすら根性で耐え続けるしかない。

「……あの」

「……どうしたの?」

 うつらうつらしながら、まだ宏達がここに居る事を察して、エアリスが小さく声をかける。その声に反応して、春菜が聞き返す。

「……わがままを、……申し上げて、……よろしいでしょうか?」

「できる事やったら何でもするから、何でも言うてや」

「……あの、……厚かましい、……お願いですが、……ヒロシ様、……私達の、……手を」

 そこまで口にして、力尽きたように息を整え直すエアリス。命に別条こそないが、今の彼女はこの程度の会話ですら難しいほど衰弱しているのだ。

 そんなエアリスが口にしたわがまま。その内容に、宏達の表情が凍りつく。この状況で、よもやエアリスがそんな事を言い出すとは思いもよらなかったのだ。

 状況が状況だけに、エアリスが宏達の身に何があったのか、正確な事を知らなくてもおかしくはない。だが、知っているいないに関わらず、今までのエアリスの態度を考えると、そんな要求が出てくる事自体があり得ない。

 いくら心身ともに弱っていると言えど、この件に関しては春菜と同じぐらい慎重なエアリスが、このタイミングで口にするのだ。何か意味があるのだろうが、それでも日本人一行としては、はいそうですかと受け入れるには心理的な抵抗が大きい。

「……恐らく、……何があったか、……大体の事は、……想像がついて、……います」

 そんな宏達に、更に追い打ちをかけるように、エアリスが先ほどのチーム壊滅の顛末をおおよそ察している事を正直に告げる。エアリスからその事を告げられ、更に宏達の混乱が深くなる。

「……それを、……知っていて、……わがままを言うのが、……どれほど、……恥知らずなのか、……重々」

 本来なら体を休めるべき時に無理をしているが故に、どんどんと弱くかすれていくエアリスの声。それを見かねた宏が、エアリスの言葉を手で制して質問をする。

「知っとってそれを言う、っちゅうことは、どないしても必要な事やねんな? あ、声は無理に出さんでええで」

 宏に問われ、力なく頷くエアリス。実のところ、手をつないで欲しいという要望は今回に限っては、単に惚れた男に甘えたい、などという次元ではないほど恥知らずな頼みなのだが、それを正直に告げたくとももはやそんな体力すら残っていない。

 エアリスだけのことであれば、このまま素直に意識を飛ばし、さっさと身体を変質させて終わらせていただろう。だが、これに関しては、エアリスのような逃避が許されないアルチェムにこそ必要であり、だが本人にそれを口にする余裕がない。

 嫌われようがどうしようが、エアリスはここで引く訳にはいかないのだ。

「……分かった。ただ、僕の身体にどんな反応が出るか、僕自身にも分からん。物凄い失礼な反応するかもしれんけど、そこは勘弁してや」

「……もちろん、……です。……申し訳、……ありません」

 そんなただならぬ様子のエアリスに、ついに宏が覚悟を決める。

 宏の返事を聞き、申し訳なさそうに、だがほっとしたように小さく吐息を漏らすエアリス。誰がどう見ても、そろそろ彼女は限界だ。

 とはいえ、手をつないで欲しいと言ったエアリスにも、エアリスの発言に巻き込まれた形のアルチェムにも、布団の中から手を伸ばせるような体力は残っていない。その事を最初から分かっていたローリエが、宏の返事を聞いてすぐにエアリスとアルチェムの手を取り、布団の外へ優しく引き出す。

 ローリエが二人の準備をする間、もう一度覚悟を決め直すように深呼吸を繰り返す宏。正直な話、既に身体の方は拒否反応が起こり始めている。頼んだのがエアリスでなければ、そして、その状況がここまで切実そうでなければ、今からでも断っていただろう。

 だが、そうやって甘えて逃げた結果があの惨劇だとすれば、ここで逃げるのはあまりにも情けなく進歩も反省もない。友好的な相手で決して自分を積極的に傷つけることなどしないと分かっているエアリスから逃げているようでは、もう一度邪神連中が同じ事をしてきた時に立ち向かう事などできる訳がない。

 くじけそうな情けない己の心にそうやって喝を入れ、中々思うように動かぬ己の腕を根性で動かし、震えながらぎこちない動きでそっとエアリスとアルチェムの手を握る。女性らしい柔らかな二人の手の感触に震えが酷くなり、全身に鳥肌が立ち、今にも胃袋の中身をぶちまけたくなるほどの吐き気が襲ってくる。

 一瞬にして、頭の中を恐怖が埋め尽くし、反射的にパニックに陥りかける宏。今までだったら、ここまでくれば何の抵抗もできずにパニック症状を起こしていたであろう。もっともそれ以前に、日本人チーム壊滅の惨劇さえなければ、さすがにエアリスとアルチェムの手を握ったぐらいでここまでの症状は出なかったのだが。

(これぐらい……、何ぼのもんや!!)

 弱弱しい力でそっと握り返しながら、心配そうな申し訳なさそうな視線を向けてくるエアリスを見て、心の中で再び喝を入れる宏。残念ながら恐怖が完全に消える事はないが、それだけで心が落ち着くのを自覚する。

 そもそも、先ほど春菜と澪を抱きしめた時はそこに気がつく余裕がなかっただけで、やはり心の底では女体に触れることに対する恐怖を感じていたのだ。二人が生きていた事に対する安堵や一度は死なせてしまった事に対する申し訳なさと言った感情が強く、そちらの方で震えながら涙を流していたためにお互い気がつかなかったが、実際には接触面積が広かった分、今よりはるかに強い拒絶反応が出ていたのである。

 あの惨劇の後に女体を抱きしめてすら、結果的には大丈夫だったのだ。それから比べれば、向こうから乞われて気遣われながら手を握るぐらい、それこそ何ぼのものでもない。

「あの……」

「大丈夫や、安心し」

 不安そうなエアリスの声に、強がりでも何でもなくそう答える宏。実際、今後の事を考えると、これぐらいでビビっていては話にならない。

「それにしても、なるほどなあ。そういう事か」

「……はい。……申し訳ありません」

 落ち着いた事により、エアリスが本当は何を求めていたのかを理解する宏。理解してしまえば、自然とアルチェムの様子にも目がいく。

「落ち着いてよう見たら、アルチェムかなりヤバかった感じやな」

 エルフと植物の境界線をふらふらしていたアルチェムを見て、ため息交じりに宏がぼやく。エアリスの様子に目を奪われて、本当に危険な状況だったアルチェムの状態に気がつかないとか、節穴にもほどがある。

「結局、どう言う事だ?」

「エルがほんまに欲しかったんは、僕が垂れ流しにしとるエネルギーと僕らが持っとる普段の二人の情報の方やったみたいでな」

「あ~。エネルギーの方は、アンジェリカの時と似たようなもんか?」

「そんな感じやな。言うたら地脈の余剰エネルギー使うんと変わらんねんけど、今の身体が弱っとるエルとアルチェムやと、接触なしで取りこんで制御するとか無理やった訳や」

 完全に落ちついたらしい宏に解説され、恥ずかしそうに申し訳なさそうにそっと目を伏せるエアリス。手を握って欲しい、と言うだけでもあさましい話なのに、本当に必要としていたのはエネルギーの方、なんて、普通に考えれば失礼なんて話ではない。

 無論、病人の心理と言う面でも、エアリスは宏に手を握ってもらいたかった。だが、そちらの方は宏の心情を考えると、いくらでも我慢できる、と言うより我慢できなくても無理にでも我慢してしまう種類の欲求だ。

 アルチェムの致命的な変質を防ぐ、という建前が無ければ、昔のようにその欲求は意識することすらなく心の奥底に閉じ込めていただろう。

 宏から彼特有の穏やかで制御しやすいエネルギーをもらい、変質前の自分達の情報をコピーさせてもらった事で反動が落ち着きいろんな面で余裕が出てきた事で、実のところエアリスは、かえって自分の本音が分からなくなっていた。

「で、情報ってのは?」

「今回の事は、二人にも大分無茶させてもうたみたいでなあ。正直、どっちも存在レベルでの定義が怪しなっとってん。特にアルチェムはかなりヤバくて、ローリエが言うとった程度では済まんとこまで変質しかかっとったみたいやで」

「……それ、むちゃくちゃヤバかったんじゃねえか?」

「むちゃくちゃヤバかってん。せやから、僕から情報引っ張り出して、ついでに僕のエネルギー使って強引に定義書き換え直した、っちゅう所やな。春菜さんらと同じで完全に元のままや、っちゅうんは無理やけど、少なくとも性格とか魂とかのレベルでは問題ない所に落ちつくと思うで」

「なるほどな。正直、具体的にどうなったのかを聞くのは怖いからスルーさせてもらうが、致命的な事にならなかったのならそれでいい」

 達也の言葉に頷く宏。二人とも肉体的には主に寿命の面で色々すごい事になっているが、子供が作れなくなるとか今の時点で成長・老化が完全に止まってしまうとか、その手の致命的な問題は起こっていない。

 これが現代地球の先進国であれば、種族平均から極端に寿命が延びるとかなりあれこれ面倒な問題が出てくる。特に日本の場合、戸籍一つとっても非常にややこしい事になるだろう。

 だが、こちらの世界ではエルフをはじめとした長命種が何種類も存在し、短命種の寿命が極端に伸びる事例もそれほど珍しいものではない。故に社会の構造そのものが数百年生きる存在を前提にしており、寿命が延びるのは喜ぶ要素ではあってもマイナスの要素ではない。

 そして、性格をはじめとした精神面に関しては、二人とも限界まで根性を振り絞った甲斐があって、これといった影響はほぼ出ていない。皆無ではないが、この手の修羅場をくぐり抜ければ、誰だって完全に元のままではいられない。むしろ成長したと言っていい種類の変化なので、致命的な事になどなりようがない。

 故に、これらを否定して少しでも変質しているとアウトとしてしまうと、宏や春菜の存在まで否定することになる。もっと言うなら、肉体的には達也や真琴、澪にしてもまったく変質していない訳ではないので、精神的に問題が出なければ良しとしないと、ブーメランとなって自分達の頭に突き刺さってしまう。

 故に、大筋においては問題ないと判断するしかないのである。

「っつうか、春菜じゃ駄目だったのか?」

「春菜さん自身がまだ安定してへんから、僕やないとあかんかったんやと思う。それに、春菜さんは僕ほど外にエネルギーだだ漏れでもあらへんし、僕からやったらそのまま神の城の世界樹とか森羅結晶まで情報リンクが取れるから、精度も高なるしなあ」

「あ~、完全に納得した。お前も大変だな……」

「今回に関しては、僕がやらかした問題の後始末や。こんぐらいはやらんと罰当たるで」

「ま、お前が納得するって意味でも、この方が良かったみたいだしな」

 宏の言葉に達也が何度も頷く。宏がちょっと焦りすぎな気がしなくもないが、それで納得するなら後の問題は達也達がフォローすればいい。

 そもそも、達也と真琴はこのあたりの部分をフォローするために生き返ったのだ。それを苦にするつもりはない。

「……アルチェムの方も完全に落ちついたみたいやな」

「……ちょっと印象変わった気がするんだけど、あたしの気のせいかしら?」

「完全に外見に影響出てへん訳やないから、間違いなく印象は変わっとるやろうな。っちゅうか、髪の色がちょっと変っとんで。具体的にはRGBのカラーパレットに直して、全体の色相が5か6かぐらい緑色の側に寄ったっちゅうとこやな」

 宏に告げられた非常に微妙な変化。それをまじまじと観察して確認する一同。

「……比較対象もないのに、よくすぐに気がついたよね、宏君」

「……正直、ボクはこういうの、直接カラーパレットをいじりながら見ないと判断できない」

「アルチェムの金髪は色が明るいからなあ。つうか、一ケタ台の数値で色相が変わっても、CGとかでもやってない限り分からないんじゃねえか? 正直、俺はどれだけ観察しても違いが分からん……」

「てか、えらく具体的な数値でしかも妙に正確だけど、あんたそういうの触った経験あるの?」

「アバター作る時にいろいろいじって遊んだぐらいやけど、あるっちゅうたらあるで。ただ、アバターいじった時の記憶やから、結構ええ加減やけど」

 観察した結果、この種の観察力に優れている春菜と同人作家としてCGもいじっていた真琴が辛うじて明確に、生産スキルと感覚値が高い澪が言われてみればそうかもという程度に把握するにとどまる。言ってしまえばそれだけ微妙な、下手をすると髪が日焼けしただけで分からなくなる程度の変化でしかない。

 その程度の変化でも印象が変わったと判断する人が出てくるのだから、人間の認識能力と言うのは侮れないものである。

「まあ、この程度で済んで良かったで、ほんま。下手したら皮膚が木の皮になるとか足が根っこになるとか、かなり取り返しのつかんことになっとったんやし」

 安堵の溜息とともに口にした宏の言葉に、その場にいる全員が頷く。そろそろ緊張の糸が途切れて意識がもうろうとしてきているエアリスまで同意するあたり、アルチェムの状態がいかに危険だったかがよく分かる。

「もう手ぇ離して大丈夫やとは思うけど、一応自分らが寝るまではこうやって握っとくわ。嫌やったら言うてや」

「……ぜひ、……お願いします」

「……私も、……お願いします。……こういう時、……こうやって手を握ってもらえると、……すごく安心できるんですね」

 宏の確認の言葉に、エアリスだけでなくアルチェムまで握っていて欲しいと告げてくる。その返事に一つ頷き、いまだにしつこくしつこく鳥肌を立てようとする恐怖心を根性で押さえこむ宏。肉体の条件反射までは完全に制御できないが、恐怖心に関しては正直、苦手なものを我慢して食べるほどの苦痛もないので、一時間ぐらいこうしていても特に問題はない。

「じゃあ、私は一度自分の部屋に戻るよ。あんまり大勢で病室に居座るのも申し訳ないし、念のために身体の確認もしておきたいし」

「あ、だったら宏以外は全員、部屋に戻って着替えとか確認とかの方がよさそうね」

 春菜の申し出に真琴が乗っかり、達也と澪も頷いて同意する。

「ほな、全員もうちょい落ち着いたら、反省会やな」

「そうだね」

 春菜の言葉でこの後の予定が決まったと見て、宏が反省会に言及する。宏の提案に特に異を唱える理由もなく、代表するように春菜が返事をしてそのまま部屋を出ていく。

 結局、エアリス達が完全に寝入って宏が解放されたのは、それから十五分後の事であった。







「で、まあ、今度こそ反省会を始めるとして、だ。正直、今回は反省する事が多すぎる。春菜がいたからこそこうして無事に反省会もできるが、普通ならヒロ一人だけ生き延びて、碌でもない形で全部終わらせることになってたぞ」

「そうね。後から落ち着いて考えてみれば、はっきり言って駄目すぎる判断ばかりしてるわよね」

「まったくだ。その結果ヒロは壊れかかるし春菜は人間やめる羽目になるしで、俺らは一体何してたんだ、って感じだぞ……」

 エアリス達の見舞いから一時間後。ようやく反省会に入れると勢いで大まかな流れを口にして、自分達のダメなところを色々自覚してそのままの勢いでズドンとへこむ達也と真琴。少しぐらいは危機に反応して動けた澪と違い、割とぎりぎりまで呆然としていた点に関しては言い訳できない。

「それ言い出したら、一番あかんの間違いなく僕やん……。明らかに偽モンの、しかもどっからどう見ても敵以外の何もんでもあらへん相手にビビっておびえて、そのままええようにやられてもうてんから……」

「いや、それ自体が俺達のミスだ。正直に言って、ヒロのそれは最初から分かってた事で、しかもお前自身の努力とか根性だけでどうにかできる範囲を超えてる事柄だ。今までたまたま邪神教団がそこを突いてこなかっただけで、本来ならああなった時の俺達の対策・対応をちゃんと考えておかなきゃならなかったんだよ」

「そうそう。そうでなくても、生身の防御力不足を全部宏君にカバーしてもらってたんだから、それ以外の部分はちゃんと私達でフォローしなきゃだめだったんだよ」

 自分が役立たずになったことでパーティが壊滅してしまった事に対し、再びどん底まで落ち込みそうになっている宏に対し、その事を全否定する達也と春菜。

 根本的な問題として、いくら役割分担だといっても、一人の人間に防御全てを依存している事自体がアウトである。どうしようもないような攻撃も確かにあるが、今回のはそこまででもなかった。

 最初の澪が下半身を食いちぎられた攻撃も、春菜が心臓を破壊された攻撃も、まったく対処できないほどのものかと言われればそうではなかった。春菜が冷静であればそもそも食らう事もなかっただろうし、澪の察知能力と回避能力なら逃げ伸びることも難しくはない攻撃だった。

 達也と真琴が食らった攻撃に関しては、あの時点での二人に完全な形で防ぐ手段はなかった。だが、あの攻撃は基本、射線上から退避すれば一切ダメージを受けない。故に、これも澪が健在であれば恐らく警告が間にあい、達也達が直撃を受けることもなかったであろう。

 結局のところ、普通なら本人が個別に対処できる攻撃すら全部宏が潰していたため、そのあたりのノウハウが蓄積されていないのだ。蓄積されていないどころか、下手をするとダールで活動していたくらいの頃より劣化している可能性すらある。

 信頼関係の上に成り立っている状況とはいえ、最低限の自衛を考えていないのは色々駄目だ。宏を全面的に信頼する事と、もしもの時のために自衛能力を鍛えておく事は別問題だろう。

「まあ、俺らが図に乗って油断してたのは間違いない事実だとして、だ。とりあえず、最初から検討するとして、神託聞かずに飛び出した事はどう思う?」

「難しいところね。あれって結局、自分の命と他の人たちの命を天秤にかけてるのと同じだもの。知らないところで縁もゆかりもない街が襲われてる、とか言うのならともかく、目と鼻の先で、そんなに深くないにしても交流があった人たちが襲われて犠牲になるってなると、ね。
 しかも、基本的にあたし達だけで倒せる可能性が高かった相手だったじゃない。現実問題として、あいつら自体はあたし達だけでどうにかなった訳だし。罠ってのは分かってたけど、じゃあスルーできたかって言うとねえ。
 あと、阻止の目がある場所で儀式してる大物を放置とか、戦術レベルでも基本的にアウトだし」

「だよな。ただ、今にして思えば、やりようはあったんじゃねえか、とは思うんだよ。たとえば誰か一人、そうだな、この場合は俺か春菜が妥当か? その一人が残って、神託の詳細をちゃんと聞いてから出てくるとか、な」

「それはそれで分断されてた危険があるから、何とも言えないところね」

「例えば、の話だ」

 達也の思いつきに対して真琴が問題点を指摘する。ただ、達也の言わんとする事は理解しているので、全否定をする気はないようだ。

「どっちにしても、タイミングの問題だけで、罠と分かってても突っ込んでいかざるを得ない感じだったのは確かね。で、その後の戦闘はまあ、何とも言えないところかしらね」

「神の船出して天地開闢砲で良かったんじゃないか、って説もあるが、あの空間がどんな設定だったのか結局分かってないしな。それに、船もヒロよりは脆いから、連中に撃墜されないとも限らない。大穴があいてる状態で撃墜されたら、場合によっちゃフライトで着地もできんしなあ」

「それも含めて、あれでよかったとも悪かったとも言い難いのよね。そもそもあたし達自身は無傷で倒せてるし」

「まあ、さすがに戦闘中に余計な話題で盛り上がって気を抜いちまってるのは、間違いなく反省点だろうがね」

 合体した闇の主については、全員何とも言えない感じのようだ。もっといい対応もあったのでは、という気持ちもあるが、ワンボックスと潜地艇の破損以外の被害なしに、東部地域を壊滅させかねない化け物を仕留めているのだ。それ以上を求めるのはそれはそれで贅沢かもしれない。

「問題は、そこから先だ。いくらなんでも、あんな怪しい女を前に呆然としてるとか、駄目すぎるだろう」

「それ以外にもいろいろあるわよ。ってかね、これはトラウマえぐられてた宏を除く全員なんだけど、あの時らしくない行動が多かった気がするわよね」

「そうだな。いくら頭に血が上ってたとしても、春菜が何の準備もせずに真正面から突っ込んで行くとか、普段を考えるとおかしい。普段なら、積層詠唱でオーバーアクセラレートとハイパーリジェネートを発動させるぐらいの下準備は普通にするよな」

「春菜の場合、宏の絡みで頭に血が上ってるときこそ、後先考えずにそのあたりのスキルをさっさと使う傾向があるのよね、実際。なのに、今回はそれを一切しなかった訳よ。おかしいでしょ?」

「だよな。俺にしても、なんでどの魔法の詠唱も始めてなかったんだ、って感じだったし、真琴も澪も微妙に反応がおかしかった」

「言われなくても、自覚あるわよ。今にして思えば、あの時は妙に頭が回らなかった感じなのよね」

「そうだよな。ヒロの弱点を明確に攻撃された焦りがあったのは事実だが、それを差し引いてもあんまりにも頭が回ってない感じだった。恐らくだが、春菜と澪もそんな感じだったんだろう?」

 達也と真琴の指摘に、覚えがある春菜と澪が同意するように頷く。

 全員同時で、しかも内容が共通している、となると、答えは一つしかない。

「多分、あの空間そのものの特性か、あの女が出てきた時にかけられたかのどっちかで、軽度の混乱系の状態異常を食らってたんだと思う。あの手の状態異常は軽度だと、多分かかってる事に気がつかない」

「だろうな」

 澪の推測に、達也が同意する。精神系の状態異常の厄介さは、基本的に食らっている事を自覚しづらい事にある。

 それでもあまり派手に影響が出ていれば、全員同時に食らっていても誰かが違和感を持つ。今回は事が起こるまで、全員見て分かるほどの挙動は一切していなかったため、結果としてとっさの時の判断と言う形でしか状態異常を食らっていた事に気がつかなかったのだ。

「っちゅうか、よう考えたら合体ボス倒した後、物凄い大ポカしとったで」

「大ポカ? っつうか今回、やっちまったのは全部物凄い大ポカだと思うんだが?」

「対処ミスったとかそんなレベルやなくてな。あいつにバフとか全部解除されたんに気ぃついとったっちゅうに、万能薬飲み直すん完全に忘れとったやん」

「……言われてみりゃ、確かにそうだな」

「万能薬飲み直しとったら、多分状態異常は食らってへんで」

 宏の指摘に、全員が思わず沈黙する。持続型の万能薬による状態異常耐性が、いわゆるバフ枠に入るという認識がまったくなかったのだ。

「本気で迂闊やったわ。あの手のバフ解除攻撃、薬やろうがなんやろうがまとめて一気にチャラにしとったんをゲームん時に経験しとったはずやのに……」

「それに関しちゃ、気がつかなかったのは全員の責任だ。っつうか、よく考えたら、バフの掛け直しもしてなかったよな、俺達」

「スケープドールとかやられたのに完全に気を取られてて、そっちにまで気が回ってなかったよね、実際」

 宏の言葉に、それも達也と春菜が全員の反省事項だと窘めようとする。実際のところ、丁度そうやって慌てていた時に状態異常を食らっていたため、本来誰かが気付きそうな事に全員気がつかぬまま、嫌な予感に流されて駄目な判断を重ねてしまった部分が強い。

「てか、今後のために一応確認しときたいんだけど、内服薬系まで駄目になるんだったら、大丈夫なバフってあるの?」

「……恐らく、アムリタとソーマは解除できん。もっと正確に言うたら、そのあたりのん解除する場合、他のバフまではつぶせん。あのあたりはエクストラスキルが噛んどるから、そんなまとめて解除っちゅうんはできんはずや。同じパターンで言うんやったら、オーバーアクセラレートとかイグニッションソウル、金剛不壊なんかもそうやな」

 真琴の問いに、正直に思いつく事を伝える宏。宏の言葉に頷き、納得して見せる真琴。

 エクストラスキルやそれによる生産品が絡む強化の場合、一個解除するたびにエクストラスキルもしくはそれに相当する手段を一回使う必要がある。

 アムリタもソーマもエクストラスキルによるものなので、当然強制的に解除するなら同じだけの手段が必要となる。

 ゲーム時代はこのあたりの事はちゃんと確認も検証もされていないが、実のところソーマだけは作られていた関係上、職人たちの間ではある程度仮説が立てられていたりする。

「ただこれ、逆に言うたら、同じ強度のデバフ複数一気に食らったら、解除にとんでもない手間がかかるっちゅうことでもあるんやけどな。多分、パーフェクトキャンセレーションでも、そのまま普通にやったら解除できんやろうし」

「なるほどね。ってか、ゲーム時代はエクストラスキルなんてほとんど無かったから、その辺は全然検証されてないんだけど、どうしてそれを知ってるのよ?
 あっ、なんとなくメタな方向で予想した、とかは無しね。あんたの口ぶり、割と確信してる感じだし。まあ、神様になったからってんだったら、それでもいいんだけどさ」

「まあ、別に今更やし言えん事でもあらへんから正直に言うとや。ゲームやっとった頃、ソーマの材料だけはそれなりに調達できとってな。僕含めて三人ほどはソーマの量産やっとったんよ。っちゅうても、作った数はまともなんが全員分集めて何千、とかそれぐらいやけどな。
 で、その流れでソーマの性能試験やった事があってな。何の工夫もしてへんパーフェクトキャンセレーションとかは、普通に弾くんまでは確認してんねんわ。
 後、もう一つ分かっとんのが、ソーマの効果時間中は、解除判定の一番最初にソーマが来るからか、バフ解除系の魔法とか全部弾かれおんねんわ。残念ながら、生産エクストラで作れる解除系アイテムってその当時あらへんかったから、そいつ使った場合どうなるかまでは確認してへんけどな」

「……一部聞かなきゃよかった情報が混じってるけど、まあいいわ。ただそれ、パーフェクトキャンセレーションが失敗した、って事じゃないの?」

「それはあらへんで。見せてもろたログに、きっちり成功って出とったし。
 因みにな、検証した時は変なノイズ入らんようにっちゅうことで、装備品は店売りの普通の服だけでやっとってな。パーフェクトキャンセレーションでエンチャ消されるっちゅうんは知らんかったんよ。
 今にして思えば、検証言い出した奴、その情報知っとったから店売り装備でやらせたんちゃうか、っちゅう気はするけどな」

「なるほど、確かにそれなら失敗って事はないわね。で、ソーマを作った事がある、って言う事は、神の酒、だったかしら? あのスキルは育ってるのね?」

「実は、こっち飛ばされる直前にカンストしとる」

 宏のカミングアウトに、一瞬遠い目をする真琴。

 そう。飛ばされる直前に宏が行っていた作業は、実はソーマ作りだったのである。本来の予定では、誘ってきた相手にカンストしたスキルで作った当時の最高品質のソーマを見せて、そんなものまで作れると思っていなかった彼らの度肝を抜いて遊ぶつもりだったのだ。

 宏の主観ではもうずいぶん昔の事で、言われるまでサクッと忘れていた事実ではあるが、今にして思えば悪趣味な事をしていると反省しきりである。

「まあ、バフ解除に絡む話はそんなとこやな。対策っちゅうても、エクストラスキル系のバフで固める、ぐらいの非現実的な方法しかあらへんし」

「そうだよね。あれって、レジストするのに私達の能力とか一切関係ないし」

 宏の出した結論に、春菜が同意する。厳密に言えば完全に無関係ではないのだが、関わってくる項目はスキルの場合はスキルのランクと熟練度、アイテムの場合はアイテムのランクと品質なので、一切関係ないのと大差はない。

 なので、宏が言った以上の対策など立てようもなく、これ以上は話し合いの意義も薄い。

「とりあえず、他の問題に話を移すか。現状、致命的な要素としては、相手の火力が上がってるせいで真琴や澪でもあっさりぶち抜かれるようになっちまった防御力と、万能薬頼りの状態異常対策だな」

「そうね。って言っても、状態異常はともかく防御力に関しては、前々から定期的に問題にはなってたわよね」

「そうなんだよな。ただ、対策っつっても装備を更新する以外は、フォートレスみたいな防御系のアクティブスキルを片っ端から覚えて鍛える、とか、俺や春菜だといまいち効果が薄い手段しかないんだよな」

「そこが難儀なのよねえ。前回ぐらいの火力になっちゃうと、フォートレスなんてあたしでも焼け石に水だし。あ、そう言えば、サークルガーダーってどうだったの?」

「ああ、あれか。まず、今の俺の技量と魔力じゃ、俺達が消し飛ばされたような攻撃には無力だ。それに、今の技量じゃ早口でも三秒ぐらい呪文詠唱にかかるから、積層詠唱を使いこなしてる春菜ならともかく、俺がとっさに出すのはきつい。
 考え方としては、ボスが準備動作とタメを始めたタイミングで詠唱開始で、大技の被害を軽減するために使う感じのスキルだな」

 達也の解説に、なるほどと頷く一同。習得していない春菜や真琴、澪はともかく、覚えているはずの宏まで感心しているのはどうなのかと問い詰められそうな話だが、詠唱が必要な時点で前衛の宏が使うのは厳しい事を考えると、把握していなくても仕方がないのかもしれない。

「とりあえず、防具系の神器作るまで、つなぎで全員分神鋼とかあの辺の素材で作っとくわ。それだけでも大分ちゃうはずやし」

「なんか、すごく贅沢なつなぎ装備だよね」

「春姉、さすがに勿体ないとか言ってられない」

「分かってるんだけどね」

 結局、最初からそこしかないという結論に至る一同。スキルの習得・修練は一朝一夕では不可能で、しかも極めても焼け石に水なのだから、急場しのぎとしては装備を変えるしか選択肢がない。

 無論、スキルの習得や修練をさぼるつもりはない。やらないよりはやった方がいいのは間違いないし、その程度の積み重ねに命を救われることもあるのだから。

 だが、焼け石に水だと分かっているものに、過剰な期待などできない。折角新米とは言え創造神様がいるのだ。そこはこき使うべきだろう。

「ついでやから、今の手持ちで作れる神器は全部作っとくわ。あと、ガーディアンフィールドの強化と維持の自動化も手ぇつけとく。多分、ガーディアンフィールドだけでも今回みたいな事は防げるはずやし」

「状態異常の方は?」

「アクセとかで何とかしよう思ったら神器の領域になりおるから、基本は万能薬、強敵相手はソーマかアムリタやな。確認したら、城で採れる素材でどっちも作れそうな感じやし」

「作れるんだ……」

「まあ、代用素材やから、品質はどないしても落ちるし、足らん素材に関してはそろそろここで採れるはずや、っちゅうだけで、すぐに作れるかどうかは要確認やけどな」

 結局、問題に対する対策は、このチームらしくアイテムを作ってどうにかする、というところに落ちつく。

 現実問題として、いつ再びオルディア達が仕掛けてくるかが分からない以上、マンガのように特訓で新技を身につける、なんて悠長な真似をしている余裕はない。

 第一、新技なんてぶっつけ本番で使うのは、信頼性の面で怖すぎる。特に今回問題になっている防御周りの技となると、攻撃系以上に不慣れによるミスが致命傷に直結する。

「さて、方針も決まった事やし、あのアマが次仕掛けてきたら、喧嘩ふっかけてきた事後悔させたるで」

「師匠、それ悪役の台詞……」

 非常にダーティな表情で悪役くさいセリフを吐き捨てる宏に、微妙に引きながら澪が突っ込む。

 一度チームが壊滅した結果、必要以上に張りきっている宏に、一週間好き放題やらせた時以上の不安を抱く一同であった。
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