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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第5話

「そろそろイグレオス神殿、いかんとな」

「ああ、そういえば湖のあれこれ、手付かずだったよね」

 宏がコアの鍛造を終えてから数日後。ドラゴンスケイルの大量生産も終え、ようやく一息ついたところで宏がそう宣言する。

「確かあの湖、湖底にピラミッドがあって、その中にザナフェル様が眠ってるんだよな?」

「イグレオス様の話やと、そう言う事になっとんな」

「復活とか、できそうなのか?」

「状態次第や。ただ、話聞く限り、少なくとも消滅したりとかはなさそうやけどな」

 宏の言葉に小さく頷く達也。舞台装置がどうとか以前に、神々はたとえ小神であっても、一柱消滅したり復活不能なほど弱ってしまったりするだけでも、世界のバランスが大きく崩れる。ザナフェルのような重要な神が消滅したとなると、とうの昔にこの世界は滅んでいるだろう。

 それが今のところ、ぎりぎりのところではあるが上手く回っているのだから、少なくともそこまで弱ってはいないはずだ。

「ザナフェル様の事にどんだけかかるか分からんけど、行って帰ってきたらコアも丁度ええ感じになってるやろう」

「もう処理は終わりなのか?」

「コアの方はな。土地の方にも処理はいるけど、それは設置の前にやる事やしなあ」

「って事は、殿下からの連絡待ちか?」

「そうなるな」

 意外と作業が進んでいる事を知り、そろそろいろんな意味で終わりの気配を感じる達也。仮にちゃんと行き来できるようになったとしても、達也の場合は他のメンバーと違い、一度向こうに帰った後再びこちらに来るかと言われるとかなり微妙である。

 行き来できる方法で向こうに帰った場合、こちらで身につけた能力をそのまま向こうに持ち込むことになるようだが、達也はマジックユーザーだ。他の四人と違い、身体能力を上げるようなスキルはそれほど身につけていないので、加減を間違えて困ったことになる可能性も低い。少なくとも今の時点では、宏や真琴のように中身の入った未開封のスチール缶を軽く握り潰せるような、そんなばかげた肉体は持ち合わせていない。

 魔法に関しても、向こうの生活で使う事はまずないだろう。攻撃魔法など強盗にでも襲われない限り出番は無いし、各種便利魔法もほとんどは百円ショップで買えるようなグッズで十分賄える。使うとすれば回復魔法ぐらいだが、それも目の前で余程酷い、それこそ命に関わるような怪我をした人が出たときでもなければ、積極的に使おうという気にはならないだろう。転移魔法に至っては、見られるリスク以上に交通事故のリスクが大きいので論外だ。

 そう言ったもろもろを考えると、他の四人と違い日本で生活しづらくなる要素は少ない。人間関係的にも宏や春菜ほどドツボにはまっている訳でもないので、日本に戻った後は一度もこの世界に来ない可能性も否定できない。

 なんだかんだと言って、一年以上。当然ながらそれなりに愛着もある。ファムやライムは半ば自分の子供と代わらない感覚になっているし、完全に途切れるとなると寂しい相手もいる。だが、言うなればそれは、今は付き合いが途切れた中学時代の親友なんかと大した違いは無い。寂しくはあり消息が気にはなっても、会えなくなって気が狂うほどか、と言われればそうでもない。

 そういう意味で、達也にとってはこちらの世界での活動が終わりに近付いていると感じるのである。

「となると、明日は朝一でイグレオス神殿か?」

「そのつもりや。後で一応オクトガルに頼んで、向こうに連絡してもらう予定やねん」

「なるほどな。俺達の方で、準備が必要な事とかはあるか?」

「特には無いな。湖底には潜地艇で行くし、装備全部に水中行動のエンチャントかかっとるし、ザナフェル様をどうやって復活さすかは見てみんと決めれんし」

「だったら、今日は早めに寝て、明日の早朝から向こうで調査開始だな」

「せやな」

 今感じるにはいくらなんでも先走り過ぎといえる一抹の寂しさを振り払い、翌日の予定を確認していく達也。そのあたりを意識するのは、せめてザナフェルを復活させ、神の城が完成してからの話だろう。

「っちゅう訳やから、ちょっと頼んでええか?」

「今から行ってくるの~」

 いつの間にやら普通に工房に住むようになったオクトガルが、宏の頼みを聞いて転移する。普段からご飯をもらったり遊んでもらったりしているためか、頼まれごとに対して特に報酬などは求めないようだ。

「じゃあ、早くお風呂入って寝よっか」

「ん」

「一緒に入るの~」

「成長チェック~」

「寄せてあげる~」

「セクハラ禁止」

 風呂に行こうとする春菜と澪に便乗しようとして、澪にぴしゃりと釘を刺されるオクトガル達。風呂場だとダイレクトにあちらこちらにいたずらされるため、色々洒落にならない上に湯あたりの危険もある。

 余談ながら、現在の澪は来た当初の辛うじてブラが必要なぐらいなバストサイズから、カップサイズだけなら二つぐらい上がっている。まだまだDカップには届かないが、ちゃんとした下着をつけるか前屈みになるかすれば、無理に背中やわき腹の肉を寄せてあげなくても普通に谷間ぐらいはできる大きさになっている。

 ただし、基本的に体重が落ち始めるとあっという間に病的にやせる体質と、その状態で油断すると肋骨が浮き出てウェストが四十八センチを割りそうになる痩せ型体型は変わらないため、アンダーバストの問題でボリューム的には一般人な女性のBカップか、下手をすればAカップと同じぐらいになってしまう。いい加減貧乳とは言えない体型になっているのに、そのあたりの問題で服装によってはいまだに幼児体型に見えてしまうのが哀れなところであろう。

 オクトガルがいたずらしたがるのも、そう言う部分をいじるのが面白いからという、悪意は無いが割と酷い理由なのが涙を誘う。

 こういうのも脱いだらすごいの分類に入るのかは、永遠の議題かもしれない。

「ほな、女性陣が風呂の間に、道具類のチェックだけしとくわ」

「じゃあ、俺はジノとジェクトをこき使って、ドラゴンスケイルの納品準備だな。万単位だから結構いい仕事になるぞ、これ」

 手持無沙汰な時間ができると、ついつい何がしかの仕事を探してしまう、ワーカーホリックの影がちらつく宏と達也。そんな彼らの奮闘の結果、見つけた仕事も割とさっくり終わるのであった。







「これは何処の積み荷だ?」

「ダールからだ。中身は石材千トンだな」

「……降ろすのはともかく、ここから全部運びだすのに二日はかかるな」

「だろうな。まあ、後がつかえてるし、俺らは降ろすだけ降ろしたらさっさと退散するわ」

「ああ」

 メリージュ北部の仮設港湾では、ダールからの第二便をはじめとした各国からの船が、続々と到着していた。

「それにしても仮設の港だってのに、やけに屋台とかが多いんだな」

「その気になれば、メリージュから半日ぐらいで着くからな。今はまだ特に場所代とかがとられる訳でもないし、実入りも悪くないんだろうよ」

「何処にでも、そう言う目ざとい連中はいるって事か」

 荷物の積み下ろしを阻害しないよう場所を空けつつ、船着き場をぐるりと取り囲むように林立する屋台。開拓作業で日銭をもらっているらしい人足達が、船からの荷降ろしが終わるのを待つ間に串焼きなどを食べている姿がやけに目立つ。

「残念ながら、宿とかは今のところ出来る感じじゃないんだが、ありがたい事に食いもんに関しては意外に色々ある上にどれもそれなりに美味い」

「ほう。だが、あんなにがっつくほど、出されてる飯は不味かったり量が少なかったりするのか?」

「いんや。こんな仕事で食わせてもらえる飯としては、あり得ないぐらいいいもんが出てる。酒もちゃんと出るしな。それに飽きてるって訳でもなきゃ量に不満がある訳でもない。単純に、飯に文句があるのとああいうのを食いたくなるのとは、また別の問題ってこった。お前さんも、色々覚えはあるだろう?」

「まあ、な」

 手続きを終え、荷物を降ろす指示を出した後に作業を見守りながら雑談を続ける船長と係員。分量が分量だけに、降ろす作業も結構な時間がかかる。

「だったら、メリージュまで行ってもいいんじゃないか? それとも休みは無いのか?」

「休みも普通にもらえるが、メリージュまで行くのも結構しんどいからな。一杯やるぐらいはここで十分だし、手頃な娯楽って訳だ」

「なるほどな」

「まあ、根性のある奴は、メリージュまで女買いに行ったりしてる訳だが」

「そりゃ、そう言う奴もいるだろう」

 などと雑談しているうちに、石材の荷降ろしが終わる。仮設といえどファーレーンの港湾施設は優秀で、トン単位の荷物であろうと割と早く降ろす事ができる。

「さて、後がつかえてるから、さっさと出航するわ。野郎ども! 出航準備急げよ!」

 完全に作業が終わったのを確認し、船長が船員達に声をかける。その声にあわせるように、石材を大量に積んだ荷馬車が次々に出発する。ダールの船が出港し、フォーレから来た船が入港した頃には、合計で十台以上の馬車が出発していた。

「さて、フォーレって事は鉄関係か。だったら、あの辺に積んでおけばいいな」

 港に降ろした荷物の状況を見て、次の荷物を何処に降ろすかさっくり決定する係員。鉄関係は一昨日に大量に運んだところなので、多少鉄骨が積まれているだけでスペースは十分に空いている。

「それにしても、城一つを一から作るとなると、実に大量の資材を必要とするものよのう」

「うむ。新たな築城などここ何十年か無かったから忘れておったが、要塞としての側面に場合によっては国のメンツも関わってくるからのう。儂らが驚くほど資材を食うのも、当然といえば当然であろうな」

「いやいやいや。ウルス城やスティレン城を基準に考えられても困る。少なくとも、ルーフェウス城はこれほどの資材を使うような規模ではなかった」

 係員の指示を受け鉄骨の荷降ろしが始まったところで、いつの間にか現れた数名の性別も年齢も人種もばらばらな集団が、係員の背後でそんな話をしていた。性別、年齢、人種ともに共通点は無いが、身なりや立ち居振る舞いから、恐らくかなりの上流階級に属する集団なのは間違いない。

 少なくとも、その中の一人はウルス出身の係員が祭りなどで何度か見た、ファーレーンで最も偉いはずの人物なのだから。

「それにしても、これだけの資材を運び出すとなると、荷馬車だけでは辛かろう。そこのところはどうなのじゃ?」

 ダール人だと思われる、妙に熟した色香を振りまくややトウが立った感じの女性が、唐突に係員にそう問いかけてくる。その厄介な状況に冷や汗を流しながら、できるだけ平静を装ってどう答えるかを考える係員。

 実際のところ、女性の指摘は実に正しい。使われている荷馬車はローレンが提供してくれた特別製で、一度に荷馬車としては破格の十トンの資材を運び出せる。台数も五十台ほどと普通なら十分すぎるほど融通してもらっているのだが、一回に運ばれてくるのが数百トンから千トンの単位だ。正直言って、まったく足りていない。

 何処まで頑張っても馬車は馬車、時速は最大でも二十五キロが限界だ。三十キロを超える運搬距離の問題で、二時間では一往復できない。そこに積み降ろしが関わってくるのだから、一台の馬車が運べる分量は二日で五十トン、馬車を全てフル稼働させたとして、一日に千二百から千三百トンが運搬量の限界である。

 無論、その計算は馬と人間をフルにこき使うという前提でのみ、成立するものだ。馬が地球の馬よりはるかに荷役に強く、この手の仕事をしている人間が地球人よりもはるかにタフだといっても、そこまで連続で作業などできるものではない。道にしてもそれほど広く作っておらず、何台も一度に走らせられるほどではない。それらを考えれば、作業効率は理論上の最大値の三十パーセントぐらいが限界だろう。

 しかも、十トン積んでも普通の馬二頭で普通に引ける荷台とはいえ、重量をゼロにしている訳ではない。贅沢に重量軽減のエンチャントが施された車両ではあるが、それでも最大積載だと人が押すのはほぼ不可能な程度には重い。

 そんなものが一日に何十台も往復すれば、ちゃんとした舗装をしている訳でもない今の道が持つ訳がない。現在、朝晩は轍を埋める作業に時間が割り当てられ、そこに結構な人数が投入されている。

 先に石材を使って道を舗装することも考えたのだが、ダールの人足と一緒に運び込まれた石材はサイズの問題で道の舗装には向かず、また、開拓した土地に道をどう接ぐかと言った部分も曖昧だったため、とりあえず簡単に修正ができ、かつ人海戦術で十分維持ができる現在の状態で進めることになったのだ。

 誤算があるとすれば、ここのところ海路がやたらと安定しており、資材の到着速度が非常に速くて運び出しが間に合わなくなってしまったことだろう。予想通りに来ていれば、ここまで一杯一杯になる事は無かったはずなのだ。

「そう、ですね。確かに、荷馬車だけでは厳しいです。ですが、ここからだと転送ゲートを設置するのも、少しばかり非効率的です」

「そうであろうな」

「丁度、起動のコストが跳ね上がるぐらいの距離じゃからのう。かと言うて、コストを考えた位置にゲートを設置すると、今度は港からも開拓地からも中途半端に離れて管理が面倒になる。難儀な話じゃ」

 係員の説明に同意するフォーレ人らしい大柄な老人男性とダール人女性。距離を考えると、どう振り分けても開拓地や港から最低で一キロ二キロ離れてしまうため、女性の言葉通り少しばかり管理が面倒になってしまうのである。

「いっそ、資材は連中に運ばせるか?」

「最終的にはそれでもよかろうが、この港ではそれまでに資材を積み上げておく場所が足りん。かといって、今後の需要も見通せぬうちから余り立派な港を作っても維持ができん」

「連中の作業が終わった後、本格的に街をつくるのであれば、その時もまた同じ問題が発生するのではないか? ならば、最初からそう割り切って、その方向で港を拡張し道を整備してしまえばいいと妾は思うのじゃがのう」

「結局それでは、運搬能力不足に関して多少ましになる程度でしかないぞ」

 などと偉い人たちが議論している間にも、石材は次々と運び出され鉄骨は次々と船から降ろされていく。結局、出た結論はと言うと……。

「まあ、今後、ここまで短期間にこれほどの量の資材が集まることもなかろう。余としては、今だけどうにかしのいで、その後は需要や街の設計にあわせて拡張していきたいところだ」

「そうじゃな。資材の運搬に快速船を総動員するのも今回だけじゃし、海の様子もそういつまでもいい訳でもあるまい」

「それに、儂らが資材を優先的に回すのもこの期間だけじゃしのう」

 現状維持という何の解決にもならないものであった。

「何にしても、早いところ街の設計を始めて、ちゃんとした道の整備を進める必要はあろうな。折角だし、ローレンのにはこの地の特性を踏まえた産業その他について、知恵を貸してもらいたい」

「ああ。学院長に相談して、近いうちに学者を派遣しよう。だが、その様子では、一応何らかの腹案はあるようだが……」

「確かに、無くは無い。いくつか思い当る作物があるからな。ただ、まだウルスで試験栽培をしている所ゆえに、上手くいく保証が無い」

「そのあたりも、派遣する学者に相談してもらえればいい」

「助かる」

 運び出されていく資材を眺めながら、偉い人たちが勝手に結論を出していく。そんな様子を、早くこの人たち帰ってくれないかなと思いながら見守るしかない哀れな係員であった。







「良く来てくれたのである!」

 宏達がイグレオス神殿本殿に入った瞬間、待ち構えていたイグレオスが暑苦しいポーズとともに熱烈歓迎をしてくれた。

「これで、ザナフェルが復活できるのである!!」

「今回すぐにどうにかできるっちゅう訳やないんですけどね」

「それでも、手も出せなかった今までよりは進歩するのである!!」

 やけに興奮しているイグレオスに苦笑し、まずやるべき事の整理に入る宏。色々確認する必要があるが、その中でも特に優先順位の高い問題が一つ。

「応急処置のまま長い事ほったらかしになっとったんですけど、その後宝物殿の邪神の欠片、どないなってます?」

「随分と力を失っているのである。後ひと押し、と言ったところか」

「さいでっか。ほな、先にそっちをどうにかした方がよさそうですね」

 以前、時間が無くて応急処置で放置した邪神の欠片について確認すると、そんな言葉があっさりと返ってくる。その言葉に一瞬微妙な表情を浮かべ、それならそれでいいかと割り切る宏。

「ほな、ちょっと止めさしときましょか」

「うむ、頼むのである。吾輩でもできぬではないが、ザナフェルを抑えておく力が弱くなるのが怖くてな」

 イグレオスの言葉に頷き、まずは宝物殿に移動する一行。あの後時間をかけてちゃんと整理された宝物殿の中は、少し異様な状態になっていた。

「こらまた、何とも言えんことになっとんなあ……」

「応急処置って聞いた時点で大体予想はついてたが、よくもまあ耐性を持たれずに今まで続いてたなあ……」

「っちゅうか、録音のはずやのに、前より威力上がってへんか?」

 宝物殿の中心、びっしり呪文が縫い込まれた布の上に安置されている邪神の欠片。非常にまがまがしい感じに尖ったそれを覆うように二重の結界が張られ、聖属性を強化・増幅する複数の術式が結界内を満たす。その空間に朗々と響きわたる般若心経ゴスペル。

 結界から漏れた威力が相当落ちているはずの音だけでも、恐らくグールやワイトぐらいの中級アンデッドは一瞬で浄化されてしまうだろう。いくらイグレオスの力でガチガチに増幅されているといっても、録音の般若心経ゴスペルで出せる威力ではない。少なくとも、フォーレにいた頃の春菜では不可能だ。

「フォーレの頃の事でしかも応急処置だから文句を言う気は無いんだけど、私の歌って何なんだろうね……」

「春姉、深く考えちゃダメ!」

「そうそう! 単に価値観が正反対なだけだから!!」

 自身の歌の扱いや性質にダウナー状態に入りそうな春菜を、澪と真琴が必死に励まし慰める。ここまでとなると、自分達でも同じような反応をするだろうと分かるだけに、一時のような悪乗りをする気も起こらない。

 恐らく、先ほど宏がイグレオスの言葉に微妙な顔をしたのも、同じような理由なのだろう。今も、申し訳なさそうな困っているような、そんな微妙な表情を浮かべている。

 アンデッドを昇天させ、大地の穢れを払う歌。そう書けば非常に神々しいイメージになるのに、その内容が般若心経ゴスペルで、扱いが対アンデッド・邪神関係者用の兵器となっていて、アンデッドや邪神関係のモンスターが聞くともだえ苦しむと書くと途端に残念な印象になるのはなぜだろう?

 何にしても、現状に関してはやけを起こした春菜が悪乗りした結果という面もあるので、ある種自業自得と言えなくもない。

「まあ、とりあえず、や。春菜さん、ちょっと結界の中入って、向こうの村でやったぐらいに本気で歌ってみたったって」

「……うん」

 色々釈然としない思いをため息一つで追い出し、深呼吸で気持ちを切り替えて頷く春菜。ギターを手に結界の内側に入り、宏が用意してくれたマイクの前に立つ。

 一度瞳を閉じ、軽く気合を入れる。閉じた瞳を開き、宏に軽く視線を送る。

 視線を受けた宏が般若心経ゴスペルの再生を止め、音の余韻が消えると同時に本気の歌声を響かせる。

「……うわあ……」

 春菜の本気の生歌。それが持つ神聖で圧倒的なエネルギーを前に、邪神の欠片はひとたまりも無かった。

 最初の一音と同時に色が漂白され、五音で表面にひびが入り、十音で崩れ落ちて二十音で痕跡一つ残さず浄化され尽くす。

 知らず知らずのうちに能力が伸びていた春菜。宏のように名指しされた訳でもなければ、一目見て分かるほど人間離れした要素もないが、彼女もまた、本人が自覚しないままにいつ神と呼ばれるようになってもおかしくない状態になっていたのだ。

「……邪神の相手って、春菜だけで十分なんじゃない?」

「どうやろうなあ」

 最後まで歌を聞いた真琴の感想に、宏が懐疑的な声を上げる。

 確かに、今の春菜の歌には圧倒的な何かがある。恐らく、生半可なマイナスのエネルギーでは一切抵抗できないだろう。

 だが、それでも春菜はまだ、肉体的には生物の範囲を超えていない。今回のように一瞬で浄化しきれる相手でもなければ、歌い終わる前に反撃で殺されかねない。それに、今回は数カ月歌にさらして弱体化させた上での結果だ。基本的にウォルディス方面でのあれこれで急速に力を取り戻し伸ばしている邪神本体には、まず間違いなくここまで劇的な影響は与えられないのだ。

「とりあえず、実際に春菜さん一人で十分やったとして、リスク一人だけに押し付けるんは怖いでな」

「まあ、そうなんだけどね」

 などと宏と真琴が微妙に無責任な話をしている間に、春菜が深呼吸を繰り返してクールダウンし、結界の外に出てくる。

「多分、これで終わったと思うけど……」

「せやな。ここにあった破片は、間違いなく完全に消えとる」

「だったら、イグレオス様に報告して、次は湖だよね」

「せやな」

 宏と真琴の会話を聞かなかったとこにし、とりあえず受け取ったのど飴をなめながら次の行動に移ろうと促す春菜。こう言ってはなんだが、邪神の破片など単なるおまけにすぎない。

「見ていたので、報告は必要ないのである」

「あれ? イグレオス様、いつの間に?」

「様子を見に、歌の途中でこちらに来たのである。来た時には既に、邪神の欠片は完膚なきまでに消失していたのであるが」

 今の今まで存在に気がつかなかったイグレオスに声をかけられ、微妙に慌てた様子を見せる澪。これだけむやみやたらと存在感を発揮する神に気がつかないなど、彼女の立ち位置を考えると色々と問題がある。

「あれだけの歌である。神に属する存在は性質が近いが故に、歌のエネルギーにまぎれてどうしても感知しづらくなるのである」

「そういうもの?」

「うむ。そういうものである」

 索敵役失格と言われてもおかしくない失態を見せた澪を庇うように、そんな事実をイグレオスが説明する。

 実際、神の歌や神の踊りによっておこなわれる祭祀は、その場にいる人間を祀られる神と一体化させる性質がある。その性質故に、場の空気に神が馴染み過ぎて、場合によってはいつ現れたか分からなくなることも珍しくないのだ。

「なんにせよ、この場の問題は片付いた。後始末はしておく故に、ザナフェルを見てきて欲しいのである」

「分かりました。すぐに行きます」

「うむ。頼んだのである」

 イグレオスに促され、宝物殿を出て湖に移動する一行。

「ほな、潜地艇出すで」

「おう」

 砂漠の湖に忽然と現れるドリル付きの潜水艇。その物凄い違和感に誰も突っ込むことなく、潜地艇は静かに湖に潜っていくのであった。







「それにしても、神殿から見た時も思っとったんやけど、広い湖やな」

「ん。ルーデル湖と勝負できるかも」

「さすがにあそこまででかくは無いやろうけど、間違いなくウルスぐらいは何個かすっぽり入るでな」

 イグレオス神殿の湖と呼ばれ、これと言った固有名詞を持たないその湖は、砂漠の真ん中という立地とは思えないほど大きかった。

「それにしても、広い割には魚とか少ないのね」

「砂漠だからなのか、聖域だからなのか、どっちだろうな」

「邪神の影響かもしれないわよ」

 魚探レーダーにほとんど魚影が引っ掛からない事に、真琴と達也が不思議そうな表情を浮かべながらそんな考察を言い合う。これだけの湖なのだから、普通なら漁師が生活できるぐらいの魚はいるはずだ。なのに、ここまでに引っかかった魚の数はせいぜい数百。それなりの大きさはあったがファンタジー特有の非常識なサイズではなく、群れていれば一回網を投入するだけで一網打尽にできそうな数と大きさでしかない。

 はっきり言って、魚の密度はスカスカもいい所だ。モニターに映されている湖底の様子を見た限り、水草や貝などもそれほど多くない。まだ半分も進んではいないので湖全体がこんな状態だとは断言できないが、どう控えめに表現しても異様としか言えない状況である。

 生き物というのは不思議なもので、今まで存在しなかった水場でも水質その他に問題なければ、いつの間にか水草が生え、貝や魚が住み、生態系を成立させる事が多々ある。更に言うなら、最低限でも水が手に入るのであれば、少々過酷な環境でも勝手に適応して子孫繁栄するのが生物というものだ。

 なのに、生き物が少ない。それも、皆無ではなく少数ながら生息はしている。ここまで少ないとむしろ、まったく生き物が生息していない死の湖になっている方が自然だろう。基本何一つ手を加えずに、強いて言うなら軽く濾過して念のために煮沸する程度で普通に飲める、いわゆる生き物がいて不思議ではない水質、ファンタジーでなくても魚介類が普通に生存できる水温と酸素濃度を考えると、不自然なこと極まりないのである。

 この状態は、何か理由が無ければおかしいのだ。

「まあ、そのあたりの理由は、今考えてもしゃあない。まずは目的の水中ピラミッド探さんとな」

 おおよそ真ん中を目指すように進路を取りながら、宏が言う。この手の不自然な状況は、神とかその手のファンタジー的な何かが関わっていると相場が決まっている。一応イグレオスのお膝元なのだから、宏達にとって致命的な理由ではあるまい。

「どのあたりにあるんだろうね?」

「まあ、相場通りやったら、大体真ん中あたりやろ」

 春菜の疑問に適当に答えながら、軽く速度を上げる宏。魚も水草も少ないが、それ以上に湖底の凹凸が少ない。何かに衝突する要素がほぼない半面、現在位置を把握するための目印となるものもない、非常に遭難しやすい湖だ。広さを考えると恐らく、湖上を船で移動していても迷子になるだろう。

 少なくとも、イグレオス神殿から目視できる範囲には、目印にできるような島や岩などは無かった。

「それにしても、本当に生き物が少ないよね」

「プランクトン濃度とかもかなり薄いでな」

「プランクトンが少ないって事は、餌が少ないってことだよね」

「そうなるわな。っちゅうか、なんとなく分かったわ。全体的に、生命活動がものすごい緩やかで、繁殖とかがゆっくりやねん。こら、完全に意図的にコントロールされとるな」

 春菜に相槌を打つような形で、唐突に宏がとんでもない事を言う。その言葉の内容にぎょっとし、全員の視線が宏に集中する。

「師匠、どう言う事?」

「まあ、大した話やあらへんねんけどな。入った直後に内部にとりこんだ細菌類の細胞分裂がな、ほとんど終わってへんねん」

 そう言いながら、澪に分かるように数値データを表示してやる宏。そのデータには、数十分前にすでに半ば以上終わっていた細胞分裂がほとんど進行していない事が示されていた。

 細菌類といってもかなり巨大な細胞を持つ生物なのでは、という疑問は、一般的な細菌のサイズだとデータに明記されているため完全に否定される。それ以前に、一般的な細菌の分裂速度で分裂開始から終了までに何時間もかかるような巨大で複雑な細胞なら、恐らく澪の視力があれば肉眼で見える。

「感じから言うて、食事とか繁殖とかそのあたりが非常に緩やかに進んどって、生物の数が中々増えへんようにされとるっちゅうとこやな。この種のコントロールができるんは、権能から言うてアルフェミナ様か?」

「……神様の仕業だって断言するんだ」

「人間にゃ無理やし、邪神の破片がやったにしちゃあ瘴気が無さ過ぎるしな。成立過程に神様が関わっとるんやから、消去法で神様の仕業やっちゅう判断になるで」

「なるほど」

 宏の考察に、春菜が納得の声を上げる。他の三人も、特に異論は無いようだ。

「ただ、ちょっと気になったんだけどさ。あたし、神様の権能って詳しくないんだけど、アルフェミナ様って命に関係する権能は持ってた?」

「五大神に属する神様と四大属性とか五行、八卦当たりに絡む属性を担当しとる神様は、強弱別にしたら大概命に関する権能ももっとるはずやで」

「宏君の言う通り、そのあたりの属性を持つ神様は、ある程度命に関する権能を持ってるよ。逆に、命だけを担当する神様はいないんだけどね」

 真琴の疑問に、宏と春菜が答える。このあたりの内容は、大図書館の禁書庫で一番最後に統括個体から押し付けられた情報で知ったものだ。ただし、あの時に得た情報は割と個人差があり、神々に絡んだ内容は宏と春菜以外はほとんど得ていないのである。

 恐らく、戦闘だけでなく様々な権能を持つ神となる可能性が高い宏と春菜に、重点的に情報を押し付けた結果であろう。

「ただ、そうちゃうかっちゅう考察は出来ても、何のために、っちゅうんは分からんけどな」

「とりあえずそのあたりは、後でイグレオス様にでも直接聞けばいいんじゃないか?」

「せやな。あの御仁が正確な事を教えてくれるかどうか分からんけど」

 達也の言葉に頷きつつ、イグレオス自身のキャラクター性と神々のルール、双方の問題でイグレオスから情報が得られるかどうかを疑問視する宏。そんな事を話している間に、各種センサーによる地形情報に変化が。

「それっぽいもんがあるみたいやな」

 探知範囲ぎりぎりの位置に角錐状の建物を発見し、そちらに進路を向けながらメンバーにそう告げる宏。ついでにマップを拡大して、後ろの座席からでも分かりやすいようにする。

「ねえ、宏君。今どのあたりに居るの?」

「いっぺん浮上して空からポイント見んと分からんけど、移動速度とか考えたら真ん中あたりとちゃうか?」

「真ん中って事は、陸地はどっち向いても見えない感じ?」

「多分、見えんやろうなあ。五キロ十キロやあらへんし」

「それはちょっと、厄介だよね」

 目的地が見えてきたところで、春菜が位置関係を確認する。そんなこんなをしているうちに、正面カメラで目視できる距離までピラミッドに近付く。

「こっちから見た感じ、入口らしいところはあらへんな。ちょい確認して。……見た感じ、分かりやすい入り口はあらへんな。まあ、レーフィア様の神殿やあるまいし、水の浸入防がなあかんねんやったら、水中に入り口は作らんか」

「師匠、どうやって入る?」

「もうちょい調べて入口らしいんがなかったら、地中から行くつもりや」

 などと言いながら近場の怪しい場所を調べていると、突然春菜が口を開く。

「宏君、左へ約三十度旋回して、三十メートルぐらい進んで」

「なんかあったん?」

「あったというか、見えたというか……」

 その妙な言葉に思わず振り向き、そのまま絶句する宏。

 それもそのはず。春菜の青い瞳が、不思議な輝きを宿していたのだから。

 いや、よく見れば、不思議な輝きを宿しているのは瞳だけではない。その黄金色の髪も、白い肌も、うっすらと輝きを放っている。ぱっと見てでは分からない程度で、おそらく気が付いているのは宏だけであろう。

 だが、気がついてしまえば、無視は出来ない。今の春菜が持つ雰囲気は、アルフェミナが降臨している時のエアリスによく似ているのだ。

「どうしたの? 私の顔に、何かついてる?」

「何か、っちゅうか……」

 雰囲気はともかく、言動は明らかに普段通りの春菜。その様子に微妙に混乱しつつ、まあいいかと頭を切り替える宏。よく考えなくても、春菜は時々こういう状態になる。神秘的な要素に関して言えば、もはや神になったと言われている宏より、はるかに春菜の方がそれっぽい。

 一歩間違えれば電波扱いされかねない神秘系・神託系固有の残念さも、妙なところで残念さを発揮する春菜の個性にベストマッチしている、というのは言い過ぎだろうか。

「まあええわ。左に三十度、三十メートルやな?」

「うん」

 とりあえずそういうものだろうと割り切って、宏は深く考えるのをやめて指示に従い船を動かしていく。

 このイグレオス神殿宝物庫の邪神の欠片とザナフェルに関する、一連のあれこれ。それが春菜の身に起こっている変化が初めて明確に表に出た瞬間であり、後のちの彼女の選択にも大きく影響を及ぼすのだが、その事を宏が思い知るのはかなり先の事となる。

 もっとも、仮にこの時点で宏達が春菜の変化に気がついたとしても、恐らくどうしようもなかったであろう。この変化自体は春菜が無意識に望んでいたものであり、本人に止める意思もなければ止めようと思ったところで止まるものでもなかったのだから。

「そこから右に四十五度振って五メートルぐらい進んだところをちょっと掘ってみて」

「はいな。このあたりか」

 宏が地面を掘り始めたところで、そんな春菜の様子にようやく気が付く達也、真琴、澪の三人。だが雰囲気が色ボケしてる時のものとも怒っている時のものとも違うため、おかしなことにはならないだろうと特に何も言わない。

 ウルスの禁書庫でオーバーアクセラレートを身につけた時をはじめ、エルザの巫女をジュディスが継承した時やユニコーンにお経を聞かせた時など、春菜がこの手の神懸かり状態になる事は多々あったのだ。いまさら、このぐらいの事で突っ込みを入れるほど、三人ともウブではない。

 もしこの時、達也か真琴が宏ぐらいに春菜の様子のおかしさに気が付いていれば、多少は突っ込みを入れていたであろう。だが悲しいかな、達也も真琴も宏ほど感覚が鋭くない。宏ですら、今の春菜を正面から見てようやく気がつくぐらいの変化だ。感覚で劣る年長組が、横から見ただけでそれを悟るのは不可能である。

「おっ? 何ぞでかい空洞があるな」

「潜地艇で入れそう?」

「十分や」

 結局、本人も含め誰一人として深く意識を向けないまま、春菜の変化は深く静かに、だが大きく進んで行くのであった。







「なんかこう、うちらが来る前提、みたいな構造になっとんなあ……」

 ピラミッドの真下と思われる場所に浮上し、潜地艇から降りたところで、宏が疑念のこもった言葉をぽつりと言った。

「さすがにそれは考え過ぎ、と言いたいところだが……」

「否定も肯定もできないところよね……」

 宏の言葉に、達也と真琴も眉をひそめながら思うところを口にする。結構なサイズがある潜地艇が、普通に通れる穴が通路としてあいていたのだ。おかしいと思わない方がどうかしている。

「別にそうだったとして、誰も困らない」

「確かに困りはしないんだが、な」

「神様ってのはそういうもんだって言っても、ピラミッド作った段階であたし達が来るの分かってたんだったら、もうちょっと何とかならなかったのか、って思っちゃうのよね~……」

 澪の身も蓋もない意見に達也が渋い顔で同意し、真琴がその上で言うだけ無駄と知りながらも文句を言う。神様が人間の都合など考える訳が無いとはいえ、来るのが分かっているのならせめてもう少し支援してほしいと思うのは仕方が無いことだろう。

「……ん~。多分、私達が来る前提、って訳じゃなかったんだと思う」

「そりゃどういう事だ、春菜?」

 達也達の疑念に、春菜がノーを告げる。多分、と言いながら妙に自信ありげな態度が気になり、達也が質問をする。

「その話をする前に、まず大前提として、多分アルフェミナ様以外の神様には時間を移動する能力は無い、って言うのと、現在から見れば過去と未来は同じぐらい未確定である、って言う条件を認識しておいてほしいんだ」

「……どう言う事だ?」

「ちょっとややこしい説明になるんだけど、タイムトラベルって一口にいっても、現在からみた未来は色々分岐してるし、今につながってる過去もいろんなルートがあるよね? たとえば、物凄く影響が少ない部分で言うなら、昨日エルちゃんがおそばを食べたパターンとそれ以外を食べたパターン、どっちでも今の私達のいる時間軸につながるし、この後の事が終わってからでも、私達やエルちゃんが何を食べるかってだけでもかなり分岐する」

「まあ、確かにするわな。ほとんど影響は無いが」

「うん。今のパターンだと、基本的に歴史って観点ではほぼ何の影響もない。だけど、これが例えば過去に戻って私達がエルちゃんを助ける前に移動したとするよね。そのあと戻ってくるときに道を間違えたとすると、エルちゃんが死んでファーレーンが滅んだ未来に移動しちゃう可能性もある。
 逆に、私達の立場だと知りようが無い細かい違いが積み重なって、私達がエルちゃんを助けた、って事以外はほとんど別物って過去に移動しちゃうこともある。私がさっき言った過去と未来は同じぐらい未確定、って言うのはそういう話」

 春菜の分かるような分からないような説明に、微妙に納得できないような顔で唸る達也。理解できない訳ではないが、あまり考えてしまうとドツボにはまりそうで、保身のために理解する努力を積極的に放棄する真琴と澪。最初に疑惑を口にした宏は、細かい突っ込みは説明が終わってからにしようと、先に進みながら静かに話を聞いている。

「このあたりはあくまでタイムトラベルをするならば、って言う話で、私達が歩んできた歴史自体が変わるって言う訳じゃないんだ。あくまで、さっきの話が関わってくるのは、自由に時間軸を移動できる存在だけ。で、ここでさっき言った、時間移動ができるのはアルフェミナ様だけ、って条件が関わってくるの」

「それがどうかしたんだ?」

「恐らくアルフェミナ様は、ダルジャン様とは違う意味でこの世界で起きた、起こりえた、そして起こりうるありとあらゆる事を把握してるとは思う。時間軸の移動ができるんだから、当然だよね。
 だけど、あくまで把握できるだけで世界に干渉できる訳じゃないから、このピラミッドを作った時点では私達がザナフェル様を解放するかどうかは判断できなかったはずなんだ。だって、どう分岐するかは今の時点まで未確定なんだし。
 だから、ピラミッドを作った時、アルフェミナ様はここにザナフェル様を解放しにくる可能性がある存在のうち、一番サイズの大きな移動手段で侵入する者にあわせて通路を作らせたんじゃないかな、って思うんだ。
 他の神様が無理なんじゃないかって言うのは、単純に日ごろの言動や反応が、絶対時間を自由に移動できる類の権能は持ってないって感じだから。っていうか、アルフェミナ様が妙に忙しそうなのって、多分その権能で先回りして世界に発生する不具合を潰して回ってるせいだと思う」

「……まあ、筋は通ってる気はするな。でも、それならそれで、俺達にもっと支援ができたんじゃねえか?」

「多分無理。仮に私達が過去に戻って、どんな些細な動作もまったく同じになるように行動したって、今につながるとは限らない。私達の行動は同じでも、関わった人たちがまったく同じ行動をするとは限らないからね。
 それに、下手に誘導して破滅的な方向に行く未来も、当然見てるはずなんだ。だから、ひよひよの時みたいに干渉しないと間違いなく破滅するって分かってるパターン以外は、出来るだけ口を出さないようにしてるんだと思うよ。
 神様たちのルールも、実際のところはアルフェミナ様をちゃんと舞台装置として縛りつけておく意味が一番大きいんじゃないかな?」

 春菜による説明を、何とも言えない表情で聞く達也。普通の人間である身の上では、どう頑張っても思考実験にしかなりえない要素が多すぎるため、矛盾しているかどうかを判断するのも難しい。

「なんて、色々えらそうなこと言ったけど、これってほとんどは私の親戚のおばさんの受け売りなんだよね。正直、私もちゃんと理解できてるって確信は無いんだ」

「……ちゃんと理解できてるかどうかも分からない理屈を話さんでくれるか?」

「ん、まあそうなんだけどね。ただ、私達が来る前提ではないのと、アルフェミナ様どころか恐らく全知全能の神様ですら、私達がどう動くかはその瞬間になるまで完璧には分からない、って言うのだけは断言するよ。もっとも、複数のパターンのどれになるかがその瞬間になるまで完全には確定しない、って言うのが、全知全能の神様なんていないって言う論拠になるんだけどね」

 神様なんて大したことは無い、ともとれる春菜の発言に、その内心をなんとなく悟った宏が小さく苦笑する。実際問題、自身を舞台装置だと言いきっているこの世界の神様に関しては、当人達が大した事は出来ないと言いきっているし、それ以前の問題として他所の邪神がこの世界で好き勝手している時点で、アルフェミナに未来を自由に決定するような力が無い事は明らかなのだが。

「まあ、アルフェミナ様がどうとかそういう事はちょっと横に置いておくとして、多分そろそろお仕事だと思う」

「せやな。何とも表現しづらい気配が近付いとる」

 春菜の言葉に宏が頷き、正邪入り混じった非常に形容しがたい気配の発生源に視線を向ける。その先には、妙に神々しく妙にまがまがしい、姿も印象も一定しない何者かの姿が。

「こら、かなり厄介なことになっとんなあ」

「……宏君。色々お願いがあるんだけど、いい?」

「別にかまへんけど、手持ちの道具でできん事は無理やで」

「うん、分かってるよ」

 既に己の姿すら曖昧になっているらしいザナフェルを悲しそうに見ていた春菜が、宏の当たり前の言い分に小さく頷く。

「歌わなきゃいけない歌が分かったから、ちょっとコンサート会場を作ってほしいんだ」

「……そう来たか……」

 春菜の確信に満ちた一言。それを聞いた宏がいろんな事を察してため息をつく。

 宏達にとって、そして春菜自身にとって、いろんな意味で後戻りできなくなる瞬間が、刻一刻と迫ってくるのであった。
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