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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第4話

「……なんだか、大分まっすぐ縫えるようになってきた気がするよ」

「気がする、じゃなくてまっすぐ縫えるようになってる」

 鎧作り開始から二日。もはや何着縫ったか分からないぐらいの数縫い上げたところで、手元の鎧の出来栄えを見て春菜と澪がそんな話をしていた。

「熟練度が上がったんだとしたら、こんなに早く上がるものなの?」

「普通は上がらない。ボクだって大分かかった」

 新たな鎧に取り掛かりながら質問する春菜に、澪が正直に答える。恐らく、師弟システムの恩恵その他で成長が早くなってはいるだろうが、それらは中級に入ったスキルの成長に、これほどまで劇的に影響するようなものではない。

 春菜の技量の伸び具合は、そんなちゃちな話では済まないスピードになっている。

「それに、作業しててあんまり疲れないんだけど、何かあるのかな?」

「ちゃんとした工房でいい道具使って作業すれば、魔力とかスタミナの消費は軽くなる。でも、それも消費が二割三割軽くなる程度」

「なるほど。そっちもそんなレベルじゃないから、案外そのあたりに理由があるのかもしれないよね」

「ん、可能性はある」

 春菜の意見に澪が同意する。ゲームの時は工房に成長促進の機能などなかったが、この世界はゲームとは違う。似たような要素はいくらでもあるが、大きく違うところの方がむしろ多い。

 実のところ、現在ウルスの工房は宏の神殿及び聖域になっており、本人も知らぬ間にその加護による影響を及ぼしている。この事に誰も気が付いていないが、春菜の急成長は、工房が聖域としての機能を持ってしまった事によるものである。宏が暫定ではあるが神になってしまった影響なのだが、その後は料理以外工房で作業する機会が少なかったために、日本人一同は誰も気が付いていない。

 そもそも、ゲームの方にはプレイヤーが神性を得て神になるなんて仕様は存在せず、また、スキルの成長を早めるなんていうゲームの根幹にかかわる仕様など、当然用意するはずもない。師弟システムや訓練所などの例外はあるが、それも効果は限定的であり、中級に入ったスキルで成長速度の違いが実感できるほどの影響があるものではない。

 更に、これまた誰も気が付いていないが、ウルスの工房はソルマイセンが根付いた頃から、中にいる人間の回復力を大きく強化する機能を得ている。その機能は世界樹を植樹したあたりで更に強化され、精神的にはともかく肉体的・魔力的には、余程えげつない作業に手を出さない限りそうそう消耗しなくなっているのである。

 もっとも、この工房で修業すれば、誰もがこれらの恩恵を受けられる訳ではない。回復力向上はともかく、成長促進の恩恵は宏が弟子、身内、若しくは職員として認めたものにしか働かない。それも修行歴の長さや宏との距離感によって効果が大きく変わるため、春菜や澪とノーラ達、それからジノ達新米チームとでは、受けている影響が全然違う。

 勘違いしてはいけないのは、工房にこの手の機能がついたのは、宏が神々の晩餐を作り上げ、暫定ながら神にまで自身の格を上げた後の事だという点である。ライムが妙に成長が早いのも、ファム達がウルスでも上から数えた方が早いぐらいの力量を身につけているのも、全て当人達の素質と努力によるものだ。宏からの恩恵は師匠としての教育以上のものは一切ない。

「まあ、理由は何であれ、腕が上がるのはいいことだし、このまま頑張ろう」

「ん。このまま頑張れば、春姉もすぐに鱗縫いつける作業出来るようになると思う」

「だといいけど」

 そんな会話をしながら、どんどん作業速度を上げていく二人。今や裁断からスタートして下地の完成まで二分前後、鱗の縫いつけが終わるまで一分半ぐらいという驚異的な作業速度に到達している。

 さすがに増強されたアルフェミナ神殿のメダル生産能力には遠く及ばないが、あと三日もあれば正規軍のそれなりの規模の部隊ならまかなえるぐらいの数は完成しそうである。

「それはそうと、師匠は?」

「今、真火炉棟で何かやってる。今日一日こもるんだって。多分、神の城のコアを作る作業だと思うけど……」

「なるほど」

 春菜から宏の動向を聞き、納得しつつ一旦針を置く澪。肉体的な疲れは無いが、さすがに気分的にそろそろ一息入れたくなってきたのだ。

 なお、澪が宏の動向を知らなかったのは、朝食に宏がいなかったからだ。春菜が知っている理由は、単に朝食の片付けを終えたタイミングで宏が現れ、これから真火炉棟にこもると宣言されていたからである。

「そろそろ、皮なめした方がよさそう」

「あ、そうだね」

 席を立ち、伸びをしながら材料の残りに目をやる澪。それにつられて材料を確認し、小さく頷く春菜。

「それに、もうちょっとしたらお昼ご飯考えないと」

「ドラゴン丼?」

「それでいいならドラゴン丼にするけど?」

「ん、問題ない」

 昼食、という言葉で反射的に口を衝いて出てきた料理名、ドラゴン丼。おそらく今の今までドラゴン素材を加工していたのが原因だろうが、食材としては地味に今更感のようなものがある。

「そう言えば、ドラゴンのお肉って、尻尾を丸ごとローストした以外にはほとんど料理したこと無かったよね」

「ん。ジズとか優先して食べなきゃダメな肉が一杯あった」

「普通、ドラゴン丼とかドラゴンステーキって、料理としては割と到達点だよね?」

「ドラゴンにランクがあると、話は変わる」

 そのまま休憩という空気になったからか、なんとなくそんなどうでもいい話題でだらだら駄弁る春菜と澪。三日も根を詰めてまったく同じものを作り続けているためか、さすがに少々飽きてきているようだ。

 いかにやりがいがあろうと、ずっと同じ作業を続けていれば飽きてくるのも仕方が無い。このあたりが、世界樹やソルマイセンには、精神的な疲労を回復する機能が薄い事を端的に示しているといえる。

「とりあえず、皮なめしてくる」

「じゃあ、ちょっとレッサードラゴンのお肉で色々実験してみるよ」

 一度中断すると、再度同じ作業に戻るには、色々気合を入れ直さなければならないものだ。結局、二人とも気分転換も兼ねて、一時的に別の作業に移るのであった。







「……さて、神鋼でここまでの大物作るんは初めてやから、気合入れなあかんな」

 同時刻。各地から色々な素材を集めてきた宏は、真火炉の前で表情を引き締めていた。

 宏が今から作ろうとしているのは神の城のコア、その中心となる森羅結晶を納める器である。エネルギーの伝達を阻害せず、かつ発散するエネルギーを暴走させずにコントロールし、その上でそのエネルギーで壊れないだけの強度を持つ。

 その特性を満たす素材は、神鋼にさまざまな添加物を混ぜた特殊な合金しか存在しない。その合金を作るため、宏がわざわざ作業を始める前にきっちり身を清めてきているぐらいだから、その難易度と重要度は推して知るべしである。

 まずは神の食材たる三大魔獣の骨髄とひよひよ及び大霊峰の守護者から分けてもらった抜け毛、芋虫のラーちゃんがわざわざ吐き出してくれた糸を混ぜ、少々特殊な儀式を行う。儀式により相互の素材をなじませゲル状にし、今回の重要な添加物として性質を固定したところで、真火炉の火を大きくし、大霊峰の神域で再び分けてもらってきた世界樹の薪を投入する。

 余談ながら、今回の素材は昨日アルフェミナ神殿を出た後に、大霊窟へ行って集めてきたものだ。神の城のコアを作るには、材料が微妙な分量で色々と足りなかったのである。

 実のところ、真火炉には神の火種が使われているため、火を起こすために燃料を使う必要は一切ない。もっと正確に言えば、最初に火を入れてからは、真火炉の火種は一度も絶えた事が無い。

 それなのに、わざわざ薪を投入したことからも、今回は世界樹を燃やす必要がある事が良く分かる。

「……火種の調子は良し。鉱石の量は十分。添加物に問題なし。あとは、僕がしくじらんかったら最初のステップは完了や」

 そう呟き、一つ深呼吸をし、神鉄鉱石を真火炉に放り込む。そこから、神鉄や神鋼を精製する際に必ず投入する、大霊窟でしか取れない各種植物からつくりだした粉末や液体を投入し、真剣な目で反応を観察する。

 ゲームの頃には何百回、いや、少なくとも千回以上は行っている作業。インゴットの数で言うなら数万、いや、下手をすればもう一桁多いぐらいの数を作ってきたその熟練の技をもってしても、毎回一歩間違えれば失敗しかねない微妙な作業。

 その極小の変化をとらえ、先ほど作ったゲル状の添加物を追加する。うっすら輝きを増した熔鉄に、大量の魔力を注ぎ込んで変化を促進する。

 その途中で、唐突に魔力が反発し、押し戻される。オーバーフローして入らなくなったのではない。明らかに意思を持って拒絶し押しかえそうとしているのだ。その頑固な反応に、だが宏は一切ひるむこともまごつくこともなく、じっくり相手の受け入れやすそうな波長を探っていく。

 神鉄や神鋼を精製する時の最初の関門。それが、この魔力反発だ。ライムの衣装や宏の新たな工具類に使った程度の量ならともかく、今回は数百キロを一度に精製している。しかも、神の城のコアにするために色々特別な添加剤を使っており、普通に精製するよりはるかに性質が手ごわくなっている。そのためその反発力も強く、一歩間違えれば押し戻された魔力で命を落としかねない。

 そんな危険な勝負を辛抱強く続けること一時間。ついに熔鉄を説き伏せ、新たな反応に移行させる。

 そこで、今回の精練作業の第二関門が立ちふさがる。今度は先ほどとは打って変わって、一般人を一瞬でミイラにするほどの量の魔力を吸い上げ始めたのだ。いや、魔力だけではない。生命力も同時に吸い上げられている。

 元々、神鉄や神鋼の精練は、十分な生命力と魔力を持っていなければ途中で普通に死ぬこともある、リスクの大きな作業である。せいぜい長時間暑い部屋で作業することによるダメージぐらいしかない他の金属と違い、精練作業そのもので生命力を吸い上げられる神鉄。神と名がつくものを作り出し加工するのだから、命の一つや二つは賭けなければいけないのだろう。

 もっとも、今回は宏が過去に同じ量を作った時と比べて、圧倒的に持っていかれる量が多いのだが。

「まだまだ甘いで……!」

 血反吐を吐きそうになるのをこらえながら、大きく吠えて熔鉄をねじ伏せる。地味に、こちらの世界に飛ばされてから一番大きなダメージを受けているのだが、そんな事を気にしている余裕は一切ない。

 更に言えば、作業が進めば進むほど宏自身もどんどん高みへと昇っているが、そちらについてもそれどころではないのでまったく意識していない。

 頑固で反骨精神豊富な神鋼。それを実用品にする最初の段階をどうにか突破したところで、反応が進んでいるのを見守りつつ宏が一つため息をつく。

「こらきついわ。やっぱ、ゲームはゲームっちゅう事か……」

 ゲームでスキルを習得した時とは、比較にならないほどきつい作業内容。その余りの苛烈さに、思わずヘタレの虫が顔を出す。

 物を作るのは楽しい。その作業が少々しんどいぐらいは全然気にならない。だが、さすがに命の危機を感じるような作業は正直、ノーサンキューである。

「今回はさすがに、ポーション飲んだ方がええな……」

 他のメンバーなら三回は死亡し、数回は魔力を枯渇させスタミナ切れで気絶しているほどの消耗に、滅多なことではポーションを使わない宏も、迷うことなく一級ポーション三種を服用する。王達に献上した際、保険としていくらか残しておけと言われて取り置いてあったものが役に立った形である。

「なんか、こんだけ追い込まれると、ほんまにアルフェミナ様とかが言うほど人間やめとんのか、疑わしなるでな……」

 無意識に集気法でエネルギーを集め、練気法で消耗した各種リソースを回復させながら、なおもぼやく宏。

 実のところ、そもそもこの作業に耐えられるというだけで、既に人間と称するのは詐欺以外の何物でもないのだが、いわゆる神様というやつがどれほどなのかを知らない宏にはそんな事は分からない。

 分からないまま、力の弱い神なら消滅寸前にまで追い込まれる作業を続ける。

「こっからがまた、痛いねんなあ……」

 鍛造に丁度いいぐらいの温度まで下がった神鋼の塊を炉から引っ張り出し、いくつかに小分けしてからある意味本番といえる鍛造作業に入る。

 いかに神鋼といえど、鍛造作業そのものは他の金属と大して変わらない。衝撃を与えて不純物を追い出し、成分を整え組成を揃え、更に大雑把な形状を作り上げる。その際、ヒヒイロカネのように言葉攻めをする必要は特にない。

 だが、あくまで言葉攻めが必要ないだけで、神鋼が大人しい金属だという訳ではない。むしろ、言葉などかけずに、力と技で語り合わなければいけないのだ。

 まずは一撃。形状的にも組成的にも一番最初に叩く必要がある場所に、全身全霊を込めてハンマーを振り下ろす。叩き込んだ以上の威力で衝撃が反射される。無視してもう一撃。何故か左足に衝撃。足をへし折られるかと思うほどの威力に一瞬表情を動かしそうになりつつも、必死の思いで表情を固定する。

 ゲーム「フェアリーテイル・クロニクル」において、ヒヒイロカネの精神攻撃を突破したプレイヤーが神鋼に屈する最大の理由。それが、この反撃である。

 規制の問題で戦闘などによる痛みは大幅に制限されているフェアクロだが、ごく一部のコンテンツに限り、規制を超えた痛みを感じる事がある。そのほとんどが生産がらみだが、せいぜいが大工作業で手元を狂わせて指を打ちつけた、料理の時にミスって指を切ったなど、大半は注意していれば普通に避けられるものばかりで、注意しても避けられないものでかつ、規制を超えた痛みを感じるものはごく一部だ。

 そのごく一部の中でも一番痛いのが、この神鋼からの反撃なのである。その痛みは発狂しないぎりぎりをついているとしか思えないほどで、多くの鍛冶師が痛みに耐えきれずに膝を屈したものだ。

 一応、数回製品を作ったあたりからスキル補正でだんだん痛みを感じなくなってくるのだが、その数回がとにかくきつい。結果として、鍛冶の上級を上限まで鍛えられたプレイヤーが少数にとどまる事になってしまったのである。

 因みに、宏が神鋼の加工に初めて成功したのは、例の事件以降の事。当時は治療過程で精神的に妙な不安定さがあったこともあり、本人に自覚はまったく無かったが、むしろ痛みを感じることで自分が生きている、自分がまともになってきている、と確信を持とうとしていた。恐らくそうでなければ、いかにいじめられっ子で割と痛みに慣れていたといっても、基本ヘタレの宏が惰性だけで乗り越えられたかと言われると分が悪いかもしれない。

 もっとも、ヘタレてはいるが予想外の理由で、そのまま惰性に任せて乗り越えてしまう可能性も否定できないのが、東宏という男の厄介なところではある。

「……これで、終わりや!!」

 一時間ほど激痛と戦いながら、どうにか最初のパーツを叩き終える。あくまで痛いだけでダメージは受けていないが、正直何回もやりたくはない。

 しかも今回は少しでも情けないところを見せてはダメな気配があり、どれほど痛かろうと平気な顔をしなければならないのがきつい。普通の神鋼ならたとえどれほど痛みに顔をゆがめようと、涙で顔面が崩壊していようと、最後まで叩き終えさえすればものになったのだから、中々の強情さである。

「小物一個でこれか。本気で先が思いやられんでな……」

 余りの過酷さに遠い目になり、深呼吸して気持ちを切り替える。神塩を舐め水分を補給し、集気法と練気法で調子を整え直して次のパーツに移る。

 そのまま三時間ほど、食事もとらずにひたすら鍛造を続け、小物パーツを全て叩き終えたところで再び深呼吸。全身の汗を流しこもった熱を冷ますために、頭から思いっきり水をかぶる。

「さて、最大の難関や。一丁勝負と行くで!」

 バスタオルでざっと頭を拭い、再びハンマーとやっとこを手に神鋼の塊と向きあう。

 本音を言えば、これ以上作業するのは嫌だ。投げだしていいならとっとと投げだしてしまいたい。だが、ここまでやって最後の最後で逃げるのは、あまりにもったいない。

 それ以上に、既に開拓作業をレイオットに依頼してしまっている、という、後に引けない理由がある。その事でいろんな人間に後々までちくちくといびられるのは、正直言って勘弁願いたい。恐らく春菜あたりは宏を全面的にかばうだろうが、むしろそのせいで更に居心地が悪くなるのが目に見えている。

 どっちに進んでも地獄なら、一回で済む方がまだマシだ。そんな、割と情けないというかヘタレた理由で、宏は神鋼の塊に立ち向かう事にしたのだ。

「ふん!!」

 怖気づかぬよう、気合の声とともに最初の一撃を振り下ろす。みぞおちに衝撃。一瞬息が詰まりそうになるのを、根性でどうにかこらえる。弱みを見せぬよう、淡々と次の一撃。レバーのあたりに重い反撃。

 その後も次々と急所を狙った重い一撃が反撃として飛んできては、宏の根性を試してくる。頭蓋骨が粉砕されそうなほどの衝撃が眼球に入った時はさすがに失明を覚悟したが、今回の作業で更に鍛えられた宏の肉体は、どうにか大きくのけぞるだけで被害を押さえこんだ。

 そんな風にあの手この手で心を折りに来る神鋼の塊と三時間にわたって勝負を続け、ついに最後の一撃を叩き込むに至る。その一撃を振り下ろそうとした瞬間、背筋にゾクリとしたものが走る。その直感に従い、いや、直感に従ったという意識すら持たぬまま、反射的にエクストラスキルを発動する。

「金剛不壊!!」

 いまだに長時間の発動が不可能な防御技が発動した瞬間、最後の一撃が神鋼に当たる。神鋼からの反撃。思わず踏んばる宏。ハンマーの柄が粉砕され、着ていた作業服が半ば吹き飛び、両足が地面に大きくめり込んだところで、どうにか全ての衝撃を逃がしきる。

 金剛不壊を使ったというのに、宏の身体も無事では済んでいない。右肩の関節は外れ手首と肘にはひびが入り、両足の足首は踏ん張った際に捻挫を起こして腫れ上がっている。膝や股関節、腰などにも多大なダメージが入っており、一カ所も完全な骨折に至っていないのが奇跡としか言いようのない惨状となっていた。

 見た目ではそこまでだと分かりづらいが、宏の身体を一言で言うなら満身創痍だろう。

 かつて真琴が言っていた、宏の防御力が必要な相手がいるはず、という発言。それが見事に的中した形である。もっとも、さすがにいくらなんでも生産活動で、それも宏がゲーム時代に散々加工し、こちらの世界でもライムの誕生日プレゼントのために一度は加工している神鋼がその位置に来る事までは、いくらなんでも予想外ではあったが。

「宏君!?」

「師匠!?」

「ヒロシ様!!」

「明らかにやばい音がしてたぞ!!」

「ちょっと宏、大丈夫なの!?」

 宏が派手にダメージを受けるだけあって、どうやら真火炉棟の外まで聞こえるほどの音が響いていたらしい。春菜と澪が真っ先に、その後に続くようにエアリスが、そして最後に達也と真琴がファム達とともに飛び込んでくる。ジノ達見習いは、工房で待機だ。

 そのタイミングで前のめりに倒れ込み、どうにか膝をつくだけでこらえる宏。明らかにまともではない宏の様子に思わず側に駆け寄ろうとして、どうにかすんでのところで踏みとどまる春菜達恋する女性陣。その代理として、達也が宏の傍らに近付く。

「ここまでぼろぼろになってるのはタワーゴーレム以来だが、本気で何があったんだ?」

「ちょっとばかし……、神の城のコア作りを甘ぁ見とったわ……」

「……そんなにか?」

「単なるパーツの鍛造やっちゅうのに……、神鋼の反撃で金剛不壊使わされた揚句にこの体たらくや……」

 宏の回答に目をむきながら、達也が抱き起こして回復魔法・女神の癒しをかける。

「ほんま、痛いし疲れるし死にかけるしで、正直二度とやりたないで……」

 疲れ切った様子でぼやく宏に、ファム達職員組が絶句している。今まで物を作るというカテゴリーであるなら、どんなきつい内容でもそれ自体には不満を漏らさなかった宏が、二度とやりたくないとまで言う。それだけで、いかに壮絶な作業だったかを理解してしまったのだ。

 そんな姉達の様子を顧みることなく、ひよひよを抱っこしたライムがとことこと宏のもとに歩み寄り、心配そうに顔を覗き込む。

「親方、痛いの……?」

「キュキュッ……?」

「兄貴のおかげで、痛いんは大分楽になったで……。ただなあ……、無茶苦茶しんどくてなあ……」

「しんどいときは、お腹とか背中とかさすったら楽になるの。ライム、さすってあげる」

「キュッ!」

 声を出すのもおっくうそうな宏を見て、ライムがその小さな手で宏の腹筋を優しくさする。少しくすぐったそうにしながら、宏は全身から力を抜いてライムの好きにさせる。その間にも体内では凄まじい勢いで傷を癒し、己を作り変え、魔力とスタミナを充填し続けているのだが、その目まぐるしい変化は宏本人も含めて誰にも気付かれていない。

「とりあえず、詳しい話はあとだな。一旦人体洗浄の魔法をかけて部屋に運ぶか」

「せやな……、頼むわ……」

 それだけ言って、意識を手放す宏。意地を張ればまだまだ起きてはいられるが、別段緊急事態が発生している訳でもなければ意識を飛ばすとまずい環境でもない。宏が起きて控えていなければいけない種類の作業も特に行っていないので、疲労に任せて素直にひと眠りすることにしたのだ。

「……こういうとき、結局私達って何もできないんだよね……」

「そうね……」

「何か、負担をかけずに手当とかできるいい方法があればいいんだけど、なかなか思いつかないんだよね……」

「師匠に長く触って大丈夫なのって、戦闘中と緊急事態の時だけ……」

「だからって、あたし達でも手当とかできるように、もうちょっと女性恐怖症を克服しろ、ってのもちょっと違うわよね、実際……」

 宏を背負って立ち去った達也を見送り、掃除道具を手にとりながら、ため息交じりにぼやき合う女性陣。原因やこちらに来た当初の状態を考えれば、宏の現状は奇跡といっていいほど改善している。いくつかの根源となるトラウマに関しては手つかずだが、元来この手の恐怖症は、時間をかけてじっくり治療していく種類のものだ。

 それに関しては、少々のことでは意識を飛ばさなくなったどころかおびえもしなくなったのだから、宏は十分すぎるほど努力している。最善が宏の完治であったとしても、宏だけにこれ以上の努力と歩み寄りを強いるのは、いくらなんでもフェアではない。

 故に、宏の負担を軽くするために色々考えているのだが、これがまたいい方法という奴がなかなか思いつかない。それでも最近は宏自身の改善が大きく、普段なら至近距離で傷の具合を見ながら治療するぐらいは問題なくなっているが、今回のように心身ともに極端に消耗している場合、近寄っても大丈夫なのかどうかすら分からないのが現状だ。

 健常者ですら、疲れている時は普段気にもしないような事でも勘に触ったり無駄にへこんだりする。宏のようにはっきりとした地雷を持っている人間だと、なおのこと注意しなければいけない。それが更に、負担を軽くしながら介護の類をする方法、それを考える上でのハードルを上げている。

 単純に日ごろの負担を軽くするだけなら、春菜は十分すぎるほど貢献している。恐らく彼女が頑張っていなければ、ここまで改善する事はあり得なかった。一時期感情に振り回されていた時期こそあれど、恋する乙女として当然の欲求を抑えてちゃんと距離を取っていたのだから、春菜の努力が足りないなどとは誰も言わないだろう。

 それでも、いざ宏が倒れたりすると、対処を達也に丸投げするしかないという現実があり、何もできない事にどうしても落ち込んでしまうのである。

「……恐らく、これ以上は何かの切っ掛けが無いと難しいでしょうし、身体を起こしたり運んだりといった事はタツヤ様にお任せして、私達は距離を取っても傷の状態が分かる方法とか、その方面で考えた方がいいかと思います」

 真琴が瓦礫をどけた後を掃き掃除しながら、エアリスが一番現実的であろう提案をする。こういう事は適材適所。元々、いくら看病だといっても、歳の近い異性にべたべた触れるのは褒められた行為ではない。体力や腕力の問題もあるのだから、そういった仕事は女性恐怖症関係なく達也に振ればいいのである。

「親方の代わりに後片付けするだけでも、十分だとノーラは思うのです」

「確かに親方だったら、下手に看病してもらうより治ったらすぐ作業できるようになってる方が喜びそう」

 ノーラの意見に対するテレスの感想に、その場にいる全員が妙に納得する。

「おねーちゃん、これどこに置いておけばいいのかな?」

「さすがにそのあたりのは、下手に触らない方がいいんじゃないかな? というか、今さっきまで作業してたんだから、素手で触れないほど熱いかもしれないし」

「分かった、このままにしておくの!」

 年長者達の議論に加わらず、黙々と片付けを進めていたライムの質問に、ファムが一番安全な答えを返す。さすがに作っていたパーツに関しては、作業者以外が下手に触ると何が起こるか分からない。

「後は、この穴をどうやって埋めるかよね」

「土間のヒビ、基礎まで食い込んじゃってるね」

 瓦礫の撤去その他をあらかた終え、最後に残った難問に眉をひそめながら話し合いを始める真琴と春菜。これではさすがに、鍛造作業は難しい。

「澪ちゃん、何かいい方法知らない?」

「……基礎のヒビは表面に浅く入ってるだけだから、軽くセメント塗り込んでおけば大丈夫だと思う。土間の穴は、応急処置でとりあえず土を埋めて、師匠の作業が全部終わってから本格的にやり直す方がいいかも」

 なかなか複雑怪奇な割れ方をしている土間を見て、とりあえず後回しを提案する澪。この後宏がどんな作業をするか不明だが、この土間をちゃんと修理してからとなると、間違いなくかなり作業が滞る。

「とりあえず、後片付けも大方終わったようですし、私は一旦戻りますね」

「うん。ありがとうね、エルちゃん」

「いえいえ。ただ、詳しいお話は聞きたいので、ヒロシ様が目覚められたら連絡をいただけたらと思います」

「了解。オクトガルに連絡してもらうよ」

「お願いします」

 そう言って、転移魔法で神殿に戻るエアリス。その鮮やかな引き際に感心しながら、自分達もさっさと作業に戻る事にする一同であった。







「そろそろ休憩すんぞ!」

「あいよ」

 メリージュ北の工事現場。そこでは現在、ジュスティア平原にある開拓予定地と仮設の港を繋ぐ道を作る工事が順調に進んでいた。

 目的地である開拓予定地まで、港から大体三十キロ。現在の人員なら、恐らく後二日ぐらいで辿り着けるだろう。そこから多少の開拓を進めながら、資材および後続の人員を待つ予定となっている。

「それにしても、このあたりは寒いなあ……」

「そりゃ、ダールと比べれば寒いだろうがな。それでもこのあたりはまだマシな方だぞ?」

「そうそう。俺の故郷なんて、もうとっくに雪が積もり始めてんだぜ?」

「そういや、お前はグライスト出身だったか。あの辺は夏でも二十度はなかなか超えないからなあ……」

 汗が乾いて急激に冷えた身体をさすり、震えるダールから来た作業員。そんな彼を気の毒そうに見ながら、焚き火にあたって故郷の話で盛り上がるファーレーンの作業員たち。そこに交代時間になった護衛の兵士達が混ざる。こんな感じの人の輪が、あちらこちらにできていた。

 一口にファーレーンと言っても、北は極点に近く南にはほぼ熱帯の地域を抱える、南北に長い大きな国だ。当然、派遣されてくる土木作業員もいろんな地域の人間がおり、同じ国とは思えないほど話に出てくる気候風土がバラエティに富んでいる。

 そして、現在地であるメリージュ北三十キロの地点。ここはウルスから見て三百キロ以上北にあるが、気候に関してはウルスとそれほど変わらない。北にある分平均気温が二度から三度低くはなるが、最低気温も最高気温もそれほどの差は無い。ウルスやメリージュに比べると冬場の降水量が少なく、また年間通しての平均気温は少し低いが、冬場の平均気温はむしろウルスより暖かい事もあり、結果としてほとんど雪が降らない地域となっている。

 だが、ほとんど雪が降らないといっても、冬は冬。暖房や防寒対策なしで過ごせる気候でもない。現在はまだ冬の入り口という時期ゆえに、ようやく朝晩が一ケタ台の気温になり始めたぐらいだが、冬でも滅多に十度以下にならない地域が多いダールの人間にとっては、震えあがるほど寒く感じられるのも仕方が無いのかもしれない。

「それにしても、このあたりが全部水没するって、本当かよ?」

「本当だ。まあ、このあたりは大分海に近くなってるから、水没するって言ってもせいぜい足首ぐらいまでなんだがな」

「それだって、結構なもんだぞ。ってか、このあたりでそれって事は、これから開拓しに行くあたりってどんなんだよ?」

「あのあたりは、大体膝ぐらいまでだったかな? もう少し東に、そうだな、東に三十キロぐらい行くと土地全体がやや窪地になっててな、そのへんだと腰から胸ぐらいまで来る」

「うへえ。そりゃ厄介だな……」

「ああ。だから、あのあたりに水没しない道をつけるなら、水の逃げ場を考えて設計しないと大災害の引き金になりかねない」

 この地域出身の作業員の言葉に、他の作業員の顔にどこかうんざりしたような表情が浮かぶ。これまで整備した道も、馬車数台分の道幅を数十センチ浮かせるように作っているのだ。どれがこの後どんどん高くなっていくと聞かされれば、嫌な顔の一つや二つはして当然だろう。

「まったく、こんなところで氾濫させるんだったら、その水ダールに欲しいよなあ……」

「本気でままならない話だよな」

「つうか、河の堤防をかさ上げして、氾濫しないようにってのは駄目なのか?」

「氾濫する時期にしか獲れない魚とか鳥もいるし、それで土が入れ替わってるから土地が豊かだって話だから、それはまずい」

「なるほど、難しいんだな」

 地元民の言葉に、小さく唸る他の作業員たち。自然というのは上手く出来ているもので、この土地のように毎年水没する地域では、それを前提とした生態系が築かれている。迂闊にそれを崩すような真似をしてしまうと、大抵ろくなことにならない。

 故に、ファーレーンの開拓計画も氾濫を起こさせない方向ではなく、氾濫した河から道や街を守る方向で立てられている。開拓場所を物流に便利な大河の側に持って来なかったのも、河沿いの土地は幅数キロぐらいの範囲が季節に関係なく雨が降るたびに足首程度まで浸水するため、とてもではないがまともに開拓作業をするのは不可能だと判断したからである。

「まあ、どんな土地でも、開拓するって言ったらそれなりに厄介な問題があるもんだ。しかもこの時代まで誰も住んだ事が無いとくりゃ、難しい問題があって当然さ」

「違いない」

 この班の班長でもあり、土木の技師でもある作業員の言葉に笑って頷きながら、休憩を終えて立ち上がる作業員たち。日が落ちるまであと二時間ほど。その後の夕飯を美味しくいただくために、もうひと踏ん張りである。

 今回の開拓作業は、アズマ同盟参加国が本気を出している事もあって、いろんな面で恵まれている。その中でも特に恵まれているのが、ちゃんとした料理人が派遣されている事であろう。

 その料理人達は開拓作業そのものには一切手を出さないが、昼間は護衛の兵士が仕留めたモンスターのうち食べられるものをせっせと解体し、昼食や夕食に持ちこんである本格的な野外調理器具できちっとした料理にして出してくれる。こんな好条件の開拓は滅多にあるものではない。

 何をするにしても、飯が美味いかどうかは大いに士気に関わってくる。割と些細なことかもしれないが、こんなところにもアズマ同盟の本気が垣間見えている。

「今日もよく働いたな」

「ダールからの連中が頑張ってくれたから、随分はかどったよな」

「今日の飯はなんだろうな?」

「色々解体してたから、また美味いのが出てくるんだろうな」

「ダールの連中、絶対驚くぞ」

 日も暮れて、作業を切り上げた作業員たちがぞろぞろと料理人のもとへ歩いてゆく。その目的地に見覚えのない人物を発見し、思わず怪訝な顔をする作業員たち。

 そこに居たのは、まだ年若い、明らかに高貴な身分の人間だと分かる男であった。その眼光の鋭さは、間違いなく既に国家に関わる仕事に携わっている。そんな人物が、現場監督と何やら話をしているのだ。

 作業員たちが不思議そうな顔をするのも、当然であろう。

「主任よ、今日の作業は終わったようだ。挨拶をさせてもらっていいか?」

「あ、申し訳ありません。今説明しますんで……」

「別に慌てる必要はないが、あまり横柄にならないようにな。彼らが不安になると、開拓作業に支障が出る」

「はい、注意します」

 あらかた作業員が戻ってきたのを見て、貴族らしい人物が主任にそう告げる。よく見ると、まだ成人してそれほど経ってはいない年齢なのが分かる。だが、それがどうした、と見るもの全てが思うだけの風格を持ち合わせている。

 そんな人物に窘められ、明らかに恐縮している現場監督。非常に不安になる光景である。

「今日も一日、ご苦労! ファーレーンのレイオット王太子殿下が、視察に来られている。誰かを罰するとかそういう話ではないので安心するように。殿下は態度や言葉遣いにそれほどうるさい方ではないが、だからといって何をしても許される訳ではない。失礼が無いように!」

「主任よ、それでは威圧しているのと変わらんぞ?」

「も、申し訳ありません!」

「いや、そこまでかしこまられても困るのだが……」

 宏との付き合いの延長線上で、庶民との接点も多いレイオット。それゆえに、ファーレーンの王太子という肩書がどう言う威力を発揮するのかは割とよく知っているのだが、今回のように派手にかしこまられると、色々と対応に困るものがある。

 そんなあからさまに困ったような表情を見せるレイオットに緊張が解け、ほんのり親近感がわく作業員たち。狙ってやったのだとしたらかなりの策士だが、普段はともかく今回に関しては完全に素だ。

「開拓作業、ご苦労。今、話に上がったレイオットだ。ダールからの資材と応援が到着したと聞き、何か不自由が無いかを確認しにきた。気温や天候はどうにもならないが、それ以外の事なら何でも言ってくれ。可能な限り対処する」

 レイオットの言葉に、作業員たちの間でざわめきが大きくなる。こう言ってはなんだが、今回各国から派遣されてくる人員など、氏素性がはっきりしているだけで、身分や立場は最下層に近い。普通ならレイオットのような身分の人間が気を使う事などあり得ず、基本的にこき使われて捨てられても何の文句も言えない存在だ。

 そんな、人を人とも思わない扱いをされる事に慣れた作業員たちにとって、ちゃんとした飯が出てある程度しっかりしたテントと寝具が与えられ、給料だけでなく休みももらえる時点で、不満など考えつかないのである。

「それはそうと、女王から聞いていたより随分と速い到着だったが……」

「今回の航海は、やけに海が穏やかで、しかも潮を掴みやすかったと聞いています。風向きも常によく、我々を運んできた船員達も、ここまで好条件な航海は人生で初めてだと言っておりました」

「なるほど。船旅は天候や海の様子で随分色々と変わるから、そんなこともあるのだろうな」

 レイオットの疑問に、ダール人の一人が答える。その答えを聞いて納得し、次の目的に移るレイオット。

 実のところ、今回の好条件はレーフィアが絡んでいる。自身の巫女の粗相を償いきれていないと判断した彼女は、今回の開拓作業に関わる船全てを、開拓が終わるまで最高条件で運ぶことにしたのだ。

 ルール違反ぎりぎりの行為だが、邪神以外の誰にとっても都合がいい展開であるため、他の神々も黙認している。これ以上レーフィアをつつくと自分達の脛の傷もえぐられるので自重している、というのはここだけの秘密だ。

「さて、単なる視察だけでは芸が無いと思ってな。ささやかだが差し入れを持ってきている。夕食にでも食べてくれ」

 そう言ってレイオットが料理人に預けたのは、巨鳥・アルゲンタヴィスのモモ肉をローストしたものだ。食材としてはヘルハウンドとワイバーンのちょうど中間ぐらい、王宮の料理人達が腕を磨くのに丁度いいランクの鳥肉である。

 その後、食事をしながら作業員たちと色々な話をし、なんだかんだと巧みに話を振って当人達も気が付いていなかった不便を探り当て、それなりに仲良くなってから転移魔法で立ち去る。

「……オレ、こんなでかい国の王太子殿下と直接話する機会があるとは思わなかった……」

「オレもだよ……」

 レイオットが立ち去った後、興奮冷めやらぬと言った感じでテントの中で語り合う作業員たち。意外と下世話な話にも付き合ってくれたこともあり、好感度はうなぎ登りである。

「ただ、いつもの調子で女買いに行く話とかする奴がでねえか、ひやひやしたけどなあ……」

「さすがに言えねえよ、そんな事」

「つうか、それを殿下に言う奴は、勇者を通り越してただの愚かもんだぞ?」

 さすがに国が直接選んで送り出しただけあって、下品な部分は多かれどそれなりに良識はあるらしい。下手をすれば自分の子供と変わらない歳の、それも生粋の王子様相手には、さすがに場末の娼婦を買いに行く話を出来る人間は一人もいなかったのであった。







「もう大丈夫なの?」

「さすがに完調っちゅう訳にゃいかんけど、飯食って話するぐらいは大丈夫やで」

「だったらいいんだけど……」

 普段より遅い夕食の時間。目を覚ました宏は、夕食のドラゴンステーキを前にそう宣言していた。

 いつ目を覚ますか分からないから、という理由で、ファム達は既に夕食を済ませている。春菜達も後三十分待って目を覚まさなかったら、先に済ませるつもりであった。

「それにしても、今日はドラゴンステーキやねんな」

「お昼がドラゴン丼だったからその流れで、ね」

「そういや、今日は昼飯食う余裕なかったわ。ほんまやったら、あの後に食うつもりやったんやけど……」

「そうだと思って、宏君の分は多めにしておいたよ」

 春菜の言葉を聞き、目の前のステーキに視線を落とす宏。春菜の言う通り、宏のステーキは他のメンバーのものより面積が五割以上大きい。厚みではないのは、切るのも食べるのも一番丁度いい厚みで肉をカットしてあるからだ。

「それで、結局何があったのでしょうか?」

 いただきますの挨拶の後、他のメンバーと同じように出されたドラゴンステーキに手をつけながらエアリスが問う。この日は実に忙しくて夕食を食べる時間が無く、とりあえずあり合わせで何か作るか、それともインスタントラーメンで済ませようかと悩んでいるタイミングで春菜から連絡が来たので、御相伴にあずからせてもらったのだ。

 期待しなかったといえば嘘になるが、別段狙った訳ではない。冗談抜きで、大神官をはじめとする幹部達が心配するほど忙しかったのである。

「神鋼の抵抗がな、添加物の問題で物凄い事なっとってな。久しぶりに仕様の違いっちゅう奴を思い知らされたで」

「神鋼の抵抗?」

「神鋼っちゅう奴はな、鍛造の時に衝撃を増幅して反射してきおんねん。それだけやのうて、叩かなあかん場所とか叩かなあかん順番間違えただけで、鍛造ができへんなる物凄い気難しい奴でな。相手を納得させんと鍛造はできても使いもんにならんなったりするから、むちゃくちゃ難しいねん」

「あ、それがヒヒイロカネの特性に近いってところ?」

「せやねん。ただまあ、何事も慣れっちゅう奴はあってな。何回か鍛造したら、衝撃の方は痛みも感じんなるねんわ。で、向こうおった時にそこまではやっとる訳で、ライムのプレゼントん時には全然問題ならんかったんよ」

「それが今回は、物凄くきつかった、と」

「そんな感じや」

 春菜の確認に、一つづつ答えていく宏。正直、多少きつくなる可能性は認識していたが、ここまでとは予想外にもほどがあった。

 考えてみれば新しい世界を作るのと変わらない作業であり、下手をすればこの世界では誰も作った事が無い可能性すらあるのだ。相応のリスクがあってしかるべきではあるが、それでもゲームの時には普通に作れるものだったのも事実で、そのあたりに騙されたとも言える。

「正直言うとな。精錬の段階でむちゃくちゃきつかったんよ。それこそ一級ポーションに手ぇ伸びるぐらいには」

「だったら、その時にやめときなさいよ。別に無理して作らなきゃいけないものでもないはずなんだし」

「せやねんけどな。ここまで準備して、精錬までしてっちゅうと、何か非常にもったいない気ぃしてなあ」

「あのねえ。それってギャンブルとか株式投資とかでどつぼにはまって、雪だるま式に借金増える典型的な考え方よ?」

「そうそう。仕事で失敗するのも、そうやって今まで投入したリソースを惜しんで引き際を誤るからだしな」

 うだつの上がらない人間が成果を求めて失敗する、その典型例のような事を口走る宏に対し、年長組が渋い顔で釘をさす。

 金銭的な事なら、このメンバーならどうとでもなる。だが今回に関しては、素材やこれまでの手間を惜しんで作業を続けた場合、失うのは金銭ではなく宏の命、という事になりかねない。

 神の城にしても神器にしても、最終的に自分達の命に関わってくる可能性が高いのは事実だが、そのためにリスクを背負うのが宏一人というのはよろしくない。

 そんな年長者の思いを理解しつつ、それでも宏は首を横に振る。

「今回に関しては、終わりが見えとるからな。ここで手ぇ止めるんは、何ぼなんでも勿体なすぎるわ」

「だがなあ……」

「この後の工程は多分、命に関わるほどの事はあらへんと思う。基本的に仕上げて組み立てるだけやからな。ただ、油断はできんから、明日は一日その作業にあてるつもりにしとくわ」

「……今日倒れて明日、ってのはちょっと承服しづらいわね。やるにしてもその作業、いつまでにやらなきゃダメ、みたいな制限が無いんだったら、せめて一日は置きなさい」

「そうしたいとこやねんけどな。多分、あいつらが素直に従ってくれるんは、明日一杯が限度やと思うねん。せやから、今回はリスク考えて明日組み立てまで全部終わらせてもうて、他の神器作るときはそのへん注意してやることにするわ」

 引く気配を見せない宏に、その場にいる全員が諦めのため息をつく。はっきり言って、宏の考え方は危ういにもほどがある。今までは基本的に、リスクというほどのリスクが無かったので好きにやらせていたが、今回はそうもいかない。

 だが、それを言っても多分聞き入れないだろう。宏は宏で、職人根性以外にも他のメンバーの命に関わるという点で、この件については引く気は無いようだ。しかも、作業完了まであと少しの所まで来ている。そうなると、妥協点を見出して少しは安全管理をするしかない。

「……そうだな。春菜、澪」

「ん」

「危ないと思ったら、抱きついてでも止めるよ」

 達也の言いたい事を察し、明日の予定を即座に変更する春菜と澪。ヘタレゆえに作業を捨てられず、だらだらと危険領域まで行ってしまう可能性が高い以上、誰かがブレーキをかけねばならない。

「とりあえず、私もアルフェミナ様やオクトガルの皆さんにお願いして、何かあった時にはすぐに動けるようにしておきます」

「頼むわね」

「はい、お任せください」

 ヘタレゆえにだらだらと無茶をしがちな宏に対し、ついに女達の包囲網が完成する。それについてどことなく青い顔をしている宏を見て小さく苦笑し、達也がなんとなく気になった事を質問する。

「それにしても、そんなに痛いのによくもまあ、神鋼の鍛造ができるようになったよな?」

「いじめられっ子っちゅう奴を、なめたらあかんで。普通に痛いんは、それこそ慣れとって我慢できるしな。それに、いくらゲームっちゅうても、それこそここまで鍛えたのにたかがちょっとの間痛い目見るぐらいで諦めんのは、勿体ないにもほどがあるで」

「結局それかよ……」

「伊達に慣れと惰性と根気と諦めで職人やってへんからな。痛いとか熱いとか、それこそようある事やし」

 我慢強いんだかヘタレてるんだか分からない事を、胸を張って宣言する宏。その妙な安定感を感じさせる危うさに、自分達がしっかりしなきゃと決意を新たにする春菜達女性陣。

 そんな危機感を共有した春菜達の心配とは裏腹に、丸一日かかりつつも特に事もなく神の城のコアは完成するのであった。
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