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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第3話

「おはようございます」

「おう、エルか。おはようさん。えらい早いやん」

 カーバンクルの異変を解決した翌日。今後のために一度ウルスの工房に戻って一夜を過ごした宏達のもとに、朝早くからエアリスが現れた。

「なんか困った事でもあったん?」

「はい。それで、相談に乗っていただきたくて」

「了解や。具体的にどんなことや?」

「先日、ヒロシ様から頂いた報告書をもとに、対抗策としてメダルを作ったのですが……」

 そう言ってエアリスが差し出したメダルを手に取り、ざっと観察する宏。手に取った瞬間にある程度の問題点を把握し、観察したところで確信を得る。

「なるほど。砂落とし兼ねた磨きが間にあわん、っちゅうこっちゃな」

「はい。必要となる数が数ですので……」

「せやなあ。神殿の炉やと、一回でそんな数鋳造できる訳やないしなあ……」

「そのあたりも、相談に乗っていただきたい点でして」

 さすがはこの世界最高の職人だけあって、宏は問題点の理解が早い。王家の会合ではフォーレ王しか理解しなかった問題点を、手に取っただけで全て見抜いてみせる。

「二割三割やったら小手先の対策で何とかできる話やけど、ウォルディスとの全面戦争に備えて、っちゅう前提やとそういう訳にはいかんで」

「やっぱり、設備を作りかえるしか方法はありませんか?」

「そうなるな。まあ、幸いにしてレンガとかの材料はあるし、神殿の鍛冶場に余裕があるんやったら、設備更新自体は半日あれば十分やな。ついでやから、砂型作るん効率化する道具と冷ました素材放り込んだら自動で砂落として磨き上げる設備も用意しとこか」

「そこまでしていただかなくても……」

「いんや。こういう事は徹底的にやっとかんとな。ウォルディスが行動に出とるっぽい現状、この手の対策は早いとこ進めてかんと、被害が無駄に増えおるで」

 妙に凛々しく断言する宏、その実に正しい言い分に納得し、素直に頷いてその厚意に甘える事にするエアリス。実際、他にもいろいろと作らなければいけないアルフェミナ神殿の生産能力は、今の世界情勢的にいくら上げても上げ過ぎという事は無い。

「ほな、飯食ったらそっち行くわ。エルは朝飯は?」

「神殿で済ませてまいりました。お気づかい、ありがとうございます」

「そうか。ほな、悪いけど待っとってな。なんやったら先に神殿に戻って、普段の修行とか仕事とかやってくれとってもええで」

「はい。それではお言葉に甘えて、失礼します」

 宏の言葉に素直に甘え、何処となく慌ただしい雰囲気をばらまきながら転移で神殿に戻るエアリス。どうやら、朝食の席に同席できないほど忙しいらしい。

「なんや、結構ややこしい事になってそうやなあ……」

 そう呟きながら、何の気なしに厨房の方に視線を向ける宏。丁度そのタイミングで、春菜と澪が朝食を運んでくる。

「あれ? エルちゃん、もう帰っちゃったの?」

「何ぞ、ものすごい忙しいみたいでな。大慌てで帰ってったわ」

「……なんか、ややこしい事になってそうだよね」

「春菜さんもおんなじ意見か……」

 普段なら宏達の朝食が終わるまで付き合うエアリスが、大慌てで仕事しに帰っていく。それだけでも、アルフェミナ神殿が相当面倒なことになっているのが分かる。

 基本的に、冠婚葬祭以外で宗教関係が忙しい時は、大抵ろくなことが無い。ましてや、対外的にはゆったりと構えていなければならないエアリスが、いかに親しいといえども宏達の前でその様子を隠すことなく立ち去ったとなると、それを見せられた方としてはかなり不安を誘う。

 持ちかけてきた相談内容と合わせて考えると、どうにもアルフェミナ神殿は色々厄介な仕事を押し付けられている風情だ。

「こら、半日とかそんなちんたら時間かけんと、さっくり終わらせたった方がよさそうやな」

「私達が手伝えそうな事は?」

「細かい事は色々あるけど、どっちかっちゅうたらそれ以外で色々やっといてほしい感じやな」

「了解」

 宏の言葉に頷きながら、さっさと朝食の配膳を済ませる春菜。エアリスと入れ違いで食堂に入ってきていたのは、春菜と澪だけでなく達也や真琴もだ。タイミングの問題で達也と真琴はエアリスの姿を見ていないが、声は聞こえていたので来ていた事は知っている。

 余談ながら、今日の朝食はフレンチトーストとサラダ、コンソメスープ、ベーコンやソーセージなどの燻製肉、ミルクにフレッシュジュースというやや手の込んだ洋食のモーニングセットといった感じのメニューだ。ベーコンがベーコンエッグではない理由は単純で、フレンチトーストで卵を使っているからである。

 ただし、高級食材が有り余っている宏達の事。そん所そこらの飲食店でワンコイン未満の値段で提供されるような、ちゃちなモーニングなんて出てくるはずが無い。卵がジズのものなのは当然として、ソーセージもベーコンもベヒモスの肉を加工したものだし、サラダやコンソメスープに使われている材料も全て神の食材だ。

 フレンチトースト以外は基本作り置きをそのまま器に入れるか、せいぜいそれらに軽く火を通すか材料を切ってドレッシングをかけるかしかしていないため、調理という点ではまったく手間がかかっていないメニューだが、元々朝食なんてそんなものだ。作り置きである以上、この時点で手間をかけていないだけでどこかではちゃんと自分達で手間をかけていることも考えると、素材の事を差し引いても普通にそれなり以上のグレードのホテルで提供されている朝食とまったく遜色が無い。

 フレンチトーストとの兼ね合いで出されていないが、仮に洋風の朝食で定番のプレーンオムレツが用意されていたとして、恐らく技が問われるそれも一流ホテルの一流のシェフの手によるものと比べてまったく引けを取らないものが提供されていたであろう事は疑う余地もない。

 もはや、手間を省いた料理ですら最高級のものにならざるを得ないアズマ工房。少なくとも、神官の修行にはまったく向かない環境であろう。

「それで、今日私達は何をしたらいいの?」

 いただきますの挨拶を済ませ、ある程度食事が進んだところで、春菜が今日の仕事について確認を始める。

「やってもらう事は単純や。山盛りある未解体のドラゴン素材な、レッサードラゴンのを全部解体して、鱗と皮を用意してほしいねん。澪はある程度の量ばらし終わったら、革なめしてドラゴンスケイルメイル作り始めて欲しい」

「師匠、それって要するに……」

「せや。対ウォルディス軍用の防具、先手打って用意しとこうっちゅう話しや」

 ドラゴンの解体。その指示を受けた時点で予想できた内容。だが、その余りに極端で極悪な計画は、終わった後のパワーバランスを心配せざるを得ないものである。

 いくら宏が作ったものだとはいえ、ワイバーンレザーアーマーですら、革鎧の長所・特性を持ちながら既存のフルプレートより防御力が高かったのだ。それを軽く上回る性能で、しかも金属素材ではないため革鎧と性質が大して変わらないドラゴンスケイルメイルとなると、いくら素材がレッサードラゴンだといっても、洒落にならないインパクトがあるだろう。

 少なくとも、それを身にまとった部隊には、普通の鍛冶屋が作る武器での攻撃や普通の魔導師の攻撃魔法は一切通用しなくなる。

「……さすがにボク一人だと、そんなに沢山は作れない」

「多分、下地縫うだけやったら春菜さんでもそろそろいけるやろう。それに、僕も神殿での仕事と材料集め、それから神の城作りのための最初の工程終わらせたら作業に混ざるから、そないに時間もかからんはずや。そもそも、今回は数作るん優先やから、仕上げとかにこだわってられへんし」

「それなら確かに……」

 宏の意見に納得する澪。確かに最近の春菜は、自分の下着や普段着をせっせと作り続けた甲斐あってか、ワイバーンやレッサードラゴンの革を、一番簡単な鎧に縫い上げるぐらいはできる。残念ながら必要最低限の技量しかないため完成品の品質や性能はお察しレベルにしかならないが、それでも鎧としてちゃんと機能した上でスケイルメイルの下地に使える物には仕上がるのだ。

 その上に鱗を縫いつけていく作業というのが非常に手間がかかるのだが、残念ながらそちらは春菜にはまだ手を出せない。鱗類は基本的に、革より扱いが難しい素材なのである。

 だが、それでも春菜が下地を作るだけでも、作業量はぐっと減る。そこに途中からとは言え宏が作業に加わるのであれば、千や二千はすぐできるだろう。ドラゴンスケイルメイルの場合、極論すればドラゴンの鱗さえちゃんと縫いつけてあれば、下地の出来は防御力にほとんど影響しない。その下地にしても、曲がりなりにもドラゴンの革を使った代物だ。春菜の腕では素材の質からすればお察しレベルにしかならないだけで、鎧としては普通にフルプレートよりも防御力が高くなる。

 出来るだけ末端まで装備を行きわたらせるのが目的である以上、落とし所としても妥当なところであろう。

 いくら最低品質だと言い募ったところで、一般流通しているどんな防具よりも数倍は性能が高いのだが、そこについては目をつぶってもらうしかない。

「でもさ、宏君。ウォルディス軍を相手にするための底上げが目的だったら、別にスケイルメイルにしなくてもいいんじゃないかな?」

「今回に関しては、防御力よりもドラゴンの鱗の各種耐性補正、それも特に精神耐性強化が目当てやからな」

「ああ、なるほど」

 その説明で、作るのに手間と技量が必要となるドラゴンスケイルメイルに宏がこだわった理由を、春菜達が理解する。実際にアンジェリカについて村を囲んでいたモンスターを見てきた春菜と達也はもちろん、真琴と澪も邪神一派の攻撃が精神抵抗を必要とするものが多い事をよく分かっている。

 一般兵が取り込まれたり、正気を失って逃げ惑ったりしては、どんな名将がどれほど効果的な策を持って挑んでも意味が無い。そのための対策としてエアリスがアルフェミナ神殿でメダルを作ろうとしているのだが、根本的な所はそれと同じである。

「で、俺達も解体に回るって事は、他のドラゴン素材は気にしなくていい、って事だな?」

「しばらくは澪もばらす方に回るから、うちらが使う可能性がある量ぐらいは確保できるやろう。それに、春菜さんが扱われへんから、今回はグレータードラゴンは触らんしな」

「あ~、なるほどな。って事は、俺達は一週間ぐらいドラゴンをばらし続けることになる訳か……」

「分量から言うたら、そうなるなあ。後は、合間見て明らかに使いもんにならん鱗弾く作業やな」

 地味で面倒な仕事を言い渡され、始める前からうんざりした表情を浮かべる達也と真琴。解体作業自体も中々の重労働だが、そちらはまだ身体を動かす仕事なので問題は無い。

 だが、鱗の仕分けは想像するだけでも辛気臭い作業であり、しかも面白みに欠ける。重要性は十分理解できるので文句が言えず、だが実際にやるとなると実際の作業以上に疲れた気分になること請け合いだ。

「何にしても、思った以上に切羽詰まっとる可能性が高いから、色々後回しやな」

「てか、宏。今日はなにする予定だったのよ?」

「ドラゴンスケイル先やってレイっちらに押し付けるか、それともザナフェル様の事確認しに行くかで、実はちょっと迷っとったんよ。まあ、エルがけえへんかったら、多分先にザナフェル様のを済ませとったとは思うけどな」

「なるほどね」

「まあ、そういうわけやから、新しい装備が大分後ろ回ってまうけど、そこは勘弁な」

 自分達の装備は後回し。宏のその宣言に、春菜達は誰一人異を唱えない。自分達は現時点で装備を更新しなくても特に困らないが、ドラゴンスケイルの方は早めに作って押し付けないと被害が派手に拡大しかねない。

「ほな、ケツに火ぃついとる感じやし、サクサクけりつけてこか」

 朝食とその片付けを終えたところで、宏がそう号令をかける。その号令を受けて、春菜達が慌ただしく動き始める。

 現状、ウォルディスの侵略行為が何処まで進んでいるか誰一人把握しないまま、実に際どいタイムスケジュールながら的確に対策を積み上げていくアズマ工房であった。







「とりあえず、炉の方はこんなもんやろ」

 朝食を終えてから一時間後。あり得ない速さで溶鉱炉を作り変えた宏が、伸びをしながらあっさりそう言い放つ。

「……もう、できたのですか?」

「まあ、試運転と試作はせんとあかんけどな」

 恐れ慄きながらの技師の問いかけに、あっけらかんとそう答える宏。とは言え、試運転はともかく試作の方には手を出すつもりは無い。一応曲がりなりにもアルフェミナ神殿が秘匿している金属配合だ。いくら大体予想がついていても、宏が勝手に精製するのはよろしくない。

 更に問題なのが、神殿の技師より宏の方が明らかに、しかも圧倒的に技量が上だという点である。勝手に作った挙句の果てに再現不能な領域で圧倒的に高品質なものを作ってしまっては、いろんな意味で問題が多すぎる。宏の現在の特性を考えると、下手をすれば妙な付加機能が付いてしまいかねないのも厄介なところだ。

 残念ながらその可能性がまったく否定できないどころか、むしろ起こると思っていた方が間違いが無いのが、今の東宏である。

「っちゅう訳やから、試作の準備頼むわ。とりあえずその間に軽く試運転で、普通の純鉄のインゴット作っとくから」

「分かりました」

 宏に促され、試作のための砂型を作り始める技師。普段は量産品は圧搾機のようなものを使って砂型を作るが、今回は作るのは数個である。なので、手作業によるもっとも基本的な砂型の作り方を行っているのである。

 材料の準備を後に回したのは、いかにバレバレだと分かっていようと、一応は秘匿技術だからだ。

「……炉としての機能に問題はあらへんな」

 砂型を固め終え、中に入っている木型を取り出したタイミングで、宏が試運転の終了を宣言する。その速さに驚いて振り向くと、そこには山積みとなった鉄のインゴットが。

 アルフェミナ神殿の鍛冶場は、炉の規模に比べてかなり広い作業スペースを持つ。いくつかの神事の下準備以外で活かされる事は無い空間だが、今回はその作業スペースに大いに助けられた形だ。

 もっとも、そんなどうでもいい事情は、この技師の心を慰める役には一切たたないが。

「……そんなに沢山、この短時間でですか……?」

「そのための新型炉やん」

 軽く見積もって十数トン分はありそうなインゴットの山に、思わずじっとりと冷や汗を浮かべる技師。純鉄というのだから、恐らく最低でも九十八パーセント以上、いや、作ったのが宏なのだから、軽く見積もって小数点以下三桁は九が並ぶ純度を誇る鉄であろう。

 一つ一つは恐らく三十キロ前後、その気になれば一人でも手で運べる程度の大きさだが、それだけに数がものすごい事になっている。成分調整の都合上一度は純度を上げる必要があるため、大量の純鉄自体はありがたい。ありがたいのだが、目の前に山があるとただただ圧倒されるしかない。

 その鉄の山を見ると、数個分の鋳型しか作らなかったのは失敗だったのでは、と、自身の見積もりの甘さを悔やむしかない技師。だが、今から圧搾機を使って量産用の型を作るのは二度手間過ぎる。それにそもそも、今から行うのは試作だ。試作品を量産して、使い物にならなかったら大惨事である。

「ほな、とりあえず試作したって。使えるんやったら、このインゴット使ってくれたらええし」

「分かりました」

「その間に、量産用の型作る設備と砂落としの設備も作ってまうわ」

 さすがに試作品に使うには多すぎたらしく、インゴットをスルーした技師が鉄鉱石を用意して溶鉱炉へ向かう。それを確認したところで、木材をはじめとしたいくつかの材料と魔石を取り出して作業に入る。

 まず最初に作るのは、鋳型の成型機。大きさにこそ制約が出るが、最初に木型を投入して登録しておけば、後は勝手に鋳型用の砂を取りこんで鋳型を作り上げる仕様のものだ。

 一度の鋳込みで完成品をいくつ作るか、何種類の製品を作るか、といった設定も簡単に行え、湯口の位置から湯が流れる経路まで全て勝手に最適な物を作ってくれ、動力も地脈から漏れた魔力を集めて動くため、魔力が低い人間でも操作できる優れモノだ。動力に関しては、アルフェミナ神殿が地脈溜り、それもかなり地表に近い位置にある場所の真上に立っているからこそできる荒技である。

 鋳型を作るときにはいくつかネックとなる工程があり、その中でも特に、溶かした鋳鉄、鋳造の現場では一般的に「湯」と呼ばれているそれを流し込むための経路を作るのは、十分な理論を理解した上で経験と勘が必要となる難しい作業だ。これが悪いと流れが滞ったり空気を多く含んで鬆ができたり、型の隅々まで鋳鉄が流れ込む前に冷えて固まってしまったりと、鋳造の問題の多くは型の成型のトラブルに起因する。

 今回のメダルぐらいなら、一回の鋳込みで一個しか作らないのであれば大した問題にならないが、神殿で作られるものの中にはそれなりのサイズで非常に複雑な形状のものも少なくない。その手のものの場合、湯道や湯口をちゃんとしないと、腕のいい職人が鋳込みを行っても、あちらこちらに鬆ができてしまうのだ。

 他にも空気抜きの穴の深さや数、木型を外すために型をどう分割するかなど、独学ではそう簡単に身につかない要素が色々あり、その上鋳鉄の温度や成分などによってさらに色々条件が変わってくる。鋳造というのは、単に型を作って適当に溶かした金属を流し込むだけ、と言うほど簡単な作業ではない。鍛造に比べて作業工程が少ないというだけで、鋳造の難易度は決して鍛造に劣るものではないのだ。実際、ゲームでは鋳造の難易度は総合的には鍛造とほとんど変わらなかった。

 そのネックとなる型の設計や型作りの工程を素人でもできるようにしてしまったのだから、宏の行動は職人にあるまじき非常識なものである。

 もっとも、先に述べたように、鋳造というのは単に溶かした鉄を適当に流し込めばできる、なんてものではない。ちゃんとした鋳鉄を作るのはいかに炉の性能を上げたところで素人には難しいし、湯の温度や流し込む速度にもノウハウが絡む。

 更に言うと、金属は全般的に温度変化による収縮率が大きいこともあり、どれぐらいの大きさの製品だとどれぐらいの量を流し込む必要があるか、それを把握するのにも経験が物を言う。特に機械の土台に使われているような大型の鋳物は、湯の温度から流し込む速度、冷える時間まで全てその日の気温や湿度にあわせて人間が管理してやらねばならない、非常に厄介な作業だ。

 今回作るのは手のひらサイズのメダルなので、そんな大物に比べればどの要素もはるかにましだが、だからといって誰がやっても失敗しなくなるほど極端に簡単になる訳ではない。誰が作っても同じ品質の鋳型が作れる手段を構築したところで、技師の腕が必要となる作業は無くならないのだ。

 あくまで宏は、時間がかかる手作業での鋳型作りを、小物の量産品を作るときに限り省略しただけである。

「とりあえず、こんなもんやな」

 約十五分という驚異的な速さで成型機を完成させ、試運転で実際に成形された砂型をチェックした宏が、満足そうに頷く。その後ろでは、技師が試作の湯を型に流し込んでいた。

「どないな感じ?」

「少なくとも、湯の段階では問題ありません。ただ、今回は試作ですので量を控えめに作っていますので、炉の能力限界まで一気に作った場合どうなのか、というのはやってみないと分かりません」

「なるほどな。とりあえず、試作で四十個分一気に抜ける型作ってみたから、それで実験やな」

「四十個、ですか……」

「正確には、一つの型の中に十個一組を四組突っ込んだ、っちゅう感じやけどな。湯口が四カ所あるから、そこから順々に流し込んだって。数足らんねんやったら、あと何個か砂型作るし」

「分かりました。……そうですね。この炉の容量なら、限界まで一度に作って三千はいけると思いますので、念のために鋳型を百ほど、お願いできますか?」

「了解や」

 宏の指示に従い、再び湯を作りながら技師が宏に鋳型作りを頼む。その頼みを受け、大量に鋳型を作っていく宏。鋳型が完成し、先ほどの試作品がほどほどの温度に冷めたあたりで、新たな湯が完成する。

 その間に磨き装置の方も完成させているが、こちらは試運転のためには素手で触れる程度の温度まで冷めた製品が必要なため、しばらく出番は無い。

 余談ながら、研磨機ではなく磨き装置と呼んでいるのは、あくまで表面の凸凹を落とすためだけの機械であって、一般的な研削盤のように寸法精度を出せるものではないからである。そのあたりは、実家が研磨といえば精密研削を指す業種」である宏の譲れないこだわりらしい。

「数が多いから、僕も手伝うわ」

「申し訳ありません、お願いします」

「普段は、どないしてんの? 根性入れれば今まででも千個ぐらいは何とかなる、っちゅう風に聞いてるんやけど」

「今は昨日の生産分を仕上げるために席を外しておりますが、アルフェミナ神殿には私と同等の腕を持つ技師が、あと十五名おります。私を含めた十六名で、体力と相談しながら型作り、湯作り、鋳込み、砂落としと磨きを回り持ちでこなしておりました」

「なるほどなあ。とりあえずしばらくは鋳込みが作業の中心になるから、冷める時間稼げる分少しは身体楽になると思うで」

 片手鍋で次々に型に湯を注ぎこみながらの宏の言葉に、同じように手際よく湯を注ぎながら頷く技師。この作業は時間との勝負なので、しゃべっている間にも手を止める訳にはいかない。

 いくら普段は無駄に広い鍛冶場といえど、さすがに百個もの型を並べるとスペースはあまり残らない。一見してまだまだ余裕があるように見えるが、残念ながら砂型ほど場所を食わないといっても、完成品だって何千個単位になれば結構な場所取りになる。

 それに、いくら鋳造が大量生産に向く加工方法だといっても、型から取り出して冷ませばすぐ使える訳ではない。湯道に沿ってのヘタや湯口のバリ、型の構造によっては上型と下型の合わせ面に出るバリなど、鋳造作業特有の異物を処理する必要がある。形状によっては中子と呼ばれる製品内部に空洞を作る部品を外して取り出してやならなければならない場合もあり、表面についた砂を落とす工程も含めると結構な後加工が必要となる。今回アルフェミナ神殿でネックとなっているのがこのあたりの作業だという事を考えても、後工程が一般にイメージされているより大変なのが良く分かるだろう。

 そう言った作業のスペースも考えれば、鋳型百個というのがアルフェミナ神殿で一度に鋳造できる数の限界であろう。

「とりあえず、こんなもんか」

「そうですね。そろそろ最初の試作品が型から取り出せると思いますので、そっちを確認しましょう」

 予定通り製品三千個分、七十五個の型に金属を流し終えたところで、宏と技師が作業結果をざっと確認して次に移る。取鍋自体に湯の温度が下がらないようにする機能が付与されてはいるが、それでも最初の方に鋳込んだ型は既にあらかた固まっている。この分なら、量産試作の結果もそれほど遠からず確認できそうだ。

 そんな事を考えながら、取り出せる温度になった試作品を砂型を崩してチェックしていると、様子を見に来たらしいエアリスが取り出されたメダルを鍛冶場の入り口からじっと見つめていた。

 余談ながら、今回は宏の影響で製品が冷え固まるのが早くなっている。製品の大きさが小さいのでそれほどの差は出ないだろうが、恐らく神官たちだけで作業をすればもう少し型から取り出せるようになるまで時間がかかるであろう。

「こ、これはエアリス様!!」

「あ、そんなにかしこまらなくて構いませんよ。無理なお願いをしたので、問題が出ていないか確認しに来ただけですから」

 唐突に表れたエアリスに、緊張のあまりガチガチに固まってしまう技師。日ごろほとんど接点のない聖女が直接様子を見に来たのだ。一応神官位を持っているとはいえ、技師にとっては雲の上の存在であり、緊張するなという方が無理なのだろう。

 これがせめて、メダルの仕様決定だなんだを話し合う席で直接顔を合わせていたならともかく、エアリスは別の用件が重なってしまい、その話し合いに参加できなかった。結果として、こんな風に不意打ちで顔を合わせる事になってしまったのである。

「それで、どんな状況でしょうか?」

「今んとこ順調やな。試作の十個ほどは見本と変わらん思うで」

 そう言いながら、素手で触れるぐらいの温度まで冷めた試作品を、ざっとバリを取ってエアリスに渡す宏。表面は荒いままだが、注意して持てば怪我をするほどではない。

「……確かに、問題はなさそうです。この後の工程については、どうでしょうか?」

「それ、今から確認する予定やってん。ここまで冷めとったらそんなに派手に歪まんやろうし、ちょい全部磨いてまおか」

 次々と砂型を崩し試作品を取り出しながら、宏が次の作業に入る事を宣言する。次の作業は機械に放りこんで磨く前に、湯道に沿ってできた大きめのバリを叩き折って取り除く作業である。

 一見手間がかかるように見えるが、これをやらないと型から取り出した製品を積み上げる事ができない。特に今後は一つの湯口で複数個流し込むのだから、プラモデルのランナーのように全部つながってしまう事もある。

 バリの自動除去機能ぐらいは設備につけてあるのでそのまま入れても問題ないが、磨き装置に流し込むように投入するとなると、それらのバリはどうしても邪魔になるのだ。

「さて、スイッチオン」

 材料投入口に試作品を全て入れ、勿体をつけることもなくあっさり磨き装置を起動する宏。中でガタガタと音がしたと思ったら、数秒で最初の一個が反対側から転がり落ちる。

「は、速い……」

「まあ、所詮は小物のメダルやからな」

 一分たたず十個ほどが磨きあがったのを見て、またしても慄く技師。そんな技師の様子に苦笑しながら、宏は味もそっけもないそのメダルを手にとって観察した。

「もうちょっと、何か装飾の類ほしいなあ……」

「そうですね。今だと単なる無地の円板ですから……」

 余りに味もそっけもないメダルに、宏とエアリスの意見が一致する。実用上の問題は一切ないが、このままでは余りに寂しい。

「適当に色でも塗るか?」

「生産性を考えると、出来てそれぐらいでしょうね」

「まあ逆に、ここまで味もそっけもないとそれはそれでっちゅう意見もあるけどな。それに、結構な数つくっとるから、今更手ぇ入れるんも大変やし」

「難しい問題です」

 メダルを手に、そんな風に頭を悩ませる宏とエアリス。結局、納期がシビアだという事でとりあえず今ある分はそのまま単純に磨き処理だけして、ある程度余裕ができてから考えるという事でその場は収まる。

 その後、量産試作の分と今現在手作業で磨いている分をまとめて磨き装置にかけ、完成品にエアリスが儀式で最終処理を行ったところ……

「ヒロシ様、表面に六芒星が浮かび上がっています!」

「試作品、表面処理が手抜きやったから分からんかっただけみたいやな……」

 味もそっけもないシンプルなメダルは最終処理の結果、光の加減で多少色が変わるシンプルな六芒星が記された装飾性の少ないメダルに進化したのであった。







「しかしこう、こいつは色々たまらんもんがあるなあ……」

「本当、終わりが見えないわよねえ……」

 同じ日の午後。アズマ工房では、せっせとレッサードラゴンの解体が進められていた。

「これで何体目だっけ……?」

「半端な奴は、確か五十体を超えたと思うぞ……」

 手際よくドラゴンを解体しながら、真琴と達也がぼやき合う。そろそろ精神的に疲れてきてぼやきが増えてきている。

 なお、達也が言うところの半端な奴、というのは、半身になっていたり上半身の右半分が吹っ飛んでいたりしている、いわゆる欠損部分が多い個体の事を指す。大体は重要部位やレア素材が消失しているため、達也と真琴がいい加減かつ大雑把に解体しても特に問題が無い。

 宏は全部と言ったが、この重要部位が死んでいるドラゴンは四ケタの大台に乗りかねない数があり、しかも、それ一頭で百や二百のドラゴンスケイルは余裕で作れるだけの素材が採れる。恐らくだが、全部解体する前に必要な量の素材が集まってしまうだろう。

 余談ながら、倉庫のリストでは未解体のモンスターは、損傷度合いに応じて最高品質、高品質、普通、低品質、最低品質で分けられている。最高品質はオキサイドサークルなどでほとんど傷を与えずに仕留めたものだけなので、神の船で仕留めたドラゴンには、基本的に最高品質のものは存在しない。

 今回はとにかく皮と鱗だけが必要なので、澪が数体高品質を解体した以外は全て最低品質のものを優先して処理している。どんな損傷の仕方をしているかは取り出してみないと分からないため、時折見るに堪えない個体が出てくるのが難儀なところである。

「タツヤさんもマコトさんも大変なのです……」

「手伝いたいけど、アタシ達だとナイフもなかなか通らないんだよね……」

「私達がモンスターを解体する機会って、そんなにないものね……」

 半ば死んだ目になりながらひたすら解体を続ける達也と真琴に、ファム達が微妙に同情的な視線を向ける。

 さすがにモンスターの中でも最高峰だけあって、ドラゴンの解体は非常に難しい。ただ難しいだけならいいが、体力も大量に使う。

 しかも、半身になっていてもドラゴンは大きい。元々が大きいドラゴンだというのに、ジズのダンジョンにいたドラゴンはどれも標準から比べて異常に大きく、一般的なレッサードラゴンが全長二十五メートル前後なのに対し、あのダンジョンのはレッサードラゴン五十メートル、グレータードラゴン七十メートルが平均だった。つまり、半身になっても平均で二十メートル以上あるのだ。

 いくら皮と鱗以外は気にしていないとはいえ、サイズをはじめとしたもろもろを考えるなら、半日で五十体以上を解体している事の方がおかしいのである。

「あ~、お前ら、手ぇ空いてるか?」

「一応ノルマは終わったし、空いてるって言えば空いてるけど……」

「さっきも言った通り、ノーラ達にはドラゴンは無理なのです」

「別に、ドラゴンをやれって訳じゃないから、安心しろ」

 内臓がいい具合に垂れ下がったスプラッタなドラゴンを解体しつつ、達也が遠巻きにしているファム達に声をかける。どうやら先ほどの会話が聞こえていたようで、何か思いついたらしい。

「倉庫の中に、まだまだ未解体のモンスターが山盛り眠ってるのは知ってるよな?」

「はい。どうするんだろう、とは思っていたんですけど、私達の力量だと重要な素材とか傷つけそうで手を出せなかったんですよ」

「いい機会だから、練習でそれを適当にばらしてもらおうかと思うんだが、やってみるか?」

 いきなり達也に振られ、思わず顔を見合わせるファム達。いずれ避けては通れない道だろうとは思っていたが、あまりにも唐突である。

「色々バタバタしててそっちまで頭回らなかったけど、よく考えたら今、すごく丁度いい死体が一杯あるのよね」

「そうなんだよな。いつまたこの手の無茶ぶりが来るか分からねえし、ばらして肉にするしかないようなぼろぼろのトロール鳥とかが山盛りあるし、今のうちに練習しといたほうがいいだろうって思ったんだよ」

 真琴の言葉に頷きながら、達也が思うところを告げる。

 実際問題、倉庫にある最低品質のトロール鳥は、どんな下手くそが解体しても可食部が減る以上の被害は無い。まともな身が取れる部位がほとんど消滅しており、残っていて足が一本とか右の翼だけとかそういうのが大多数である。

 そこまで行くと、誰がやっても肉など取れないか、逆に素人でも羽をむしって適当にナイフを入れれば肉が取れるかのどちらかなので、練習に使うにはもってこいなのだ。

「トロール鳥で練習するんだったら、ついでに出たガラでチキンコンソメ作る練習してもいいんじゃない?」

「そうだな。ばらした骨は売り物にもならねえが、チキンコンソメなら売り物にできる」

「そういう訳だから、とっとと自分のナイフ持ってきて始めなさい」

 などといい加減な事を言いながら、ファム達に作業を強要する達也と真琴。できて損は無いのは事実だが、かなりいきなりの話だ。

「タツヤおにーちゃん、マコトおねーちゃん、解体するのって、これでいいの?」

 どうやら拒否権は無いだろうと悟ったファム達が、自身の道具を取りに戻ろうと踵を返すと同時に、庭の奥から出てきたライムが、倉庫につながっている自分のポシェットから自身の身体ほどもあろうかというトロール鳥の足を引っ張り出して、年長組に元気に質問していた。

「おっ、丁度いい奴を引っ張り出したな」

「それを頑張って骨と肉と羽毛に分ければいいの」

「はーい!」

 どうやら、世界樹の世話をしながら好奇心いっぱいのまなざしで達也達の作業を見ていたらしい。早速楽しそうにトロール鳥の羽毛をむしり始める。

「ファム、テレス。ノーラ達も急いで始めるのです」

「あ、道具はアタシがとってくるから、二人はライムを見ててよ」

「うん。私のナイフは部屋に置いてあるから」

「ノーラのもです」

「了解」

 身体のサイズに合わない大物と格闘するライムをほったらかしにできないと、ファム達工房三人娘も大慌てで解体作業に参加する。

 結局この日、神殿を出てから材料収集に直行した宏が戻ってくるまでの間に、最低品質のドラゴン百二十体とトロール鳥八体が解体されるのであった。







 翌日、ウォルディスの首都ジェーアンの玉座の間。

「マルクトに手を出せるまで、あとどれぐらいかかりそうだ?」

「そうですな。間に挟まっている国が多数ございますので、移動も考えますと一番近いところでも、最短で一月はかかりましょうか」

「一月か。随分とのんびりしておるのう」

「残念ながら、此度の祭りに使っておるおもちゃは、さほど足が速くはございません。しかも難儀なことに、彼の国とこことの間には、あちらこちらに高い山がございます。飛べもせず、足も遅いあのおもちゃでは、それほど機敏には難しゅうございます」

「ふむ。まあ、よい」

 王の姿をした化け物が、宰相の姿をした何かの言葉に、鷹揚に頷いて見せる。マルクトに手を出せるまで時間がかかる。ならば、その間にもっと楽しめそうな手段を考えればいい。そう頭を切り替えたのだ。

「そう言えば今思ったのだが、バカ息子達の手勢ではどうだ?」

「進攻方向が微妙に違いますし、曲がりなりにも軍勢ですので、通り道及びその周辺をある程度きっちり制圧しておきませんと、いざというところで分断されて効果が出ますまい」

「ふむ。一長一短ということか。難儀な事よのう」

 宰相の言葉を聞き、納得しつつも不満の色を隠さない王。着々と周辺の小村や小国家を滅ぼして行っているとはいえ、その進みが遅く、反応も地味なためにいまいち楽しくないらしい。

 そんな王の反応を予想していたらしく、宰相が代わりとなる情報を提供する。

「ですが陛下。マルクトに手を出すのは難しゅうございますが、ガストールになら来週末にも最初の一撃が届き、再来週の末には全面攻撃を開始できるかと思われます」

「ほう? そっちが先か?」

「ええ。他の五大国家を釣り上げられぬ、という点で少々派手さに欠けますが、逆に言えば確実に多数の生き物を苦しめ、蹂躙し、絶望の末に断末魔を上げさせることができます」

 とっておきの情報に、王が興味津々と言った体で食いついてくる。その狙い通りの反応に、内心でにやりと笑う宰相。もっとも、宰相のこの反応は、王を軽んじている訳ではない。王の嗜好と自身の戦略が噛み合っている事が単純にうれしく、つい内心でこういう反応をしてしまうだけだ。

 なお、ガストールとはウォルディスの北にある、人口・国土面積ともにマルクトにやや劣るぐらいの規模の国だ。マルクトよりやや小さくはあるが、少なくとも上位十位以内に入るだけの規模はある、十分に大国と呼んでいい国である。

 マルクト同様多数の衛星国家や都市国家をウォルディスとの間に持ち、何度か直接侵略にさらされつつも常に圧倒的な戦力でウォルディスを退けてきた精強な国でもある。

 そこに再びちょっかいをかけ、その成果に自信を持っているのだから、間違いなく何やら非常に悪辣な事を考えているのだろう。

「なるほどのう。ファーレーンが、というか例の工房が発足させた同盟、確かガストールは一切関わっておらんかったか」

「はい。むしろ、あの同盟とは距離を置きたがっていた、もっと正確に言えば反発して対立しようとしていたかと存じます」

「ふむ。では、釣り上げられぬ代りに援軍も来ぬ、もしくは、来たところで手遅れというところまで追い込める、という事か」

「はい。そうなるかと思われます」

 宰相からもたらされた情報に、王が実に楽しそうな笑みを浮かべる。派手に戦端を開けないという点で、マルクトに不意打ちをかけるのに比べればどうしても地味な印象になるが、普通に大国に分類できるガストールが一人の生存者も残せずになす術もなく滅亡する。

 王の姿をした化け物にとって、非常に好みの展開である。

「あらあら、ずいぶん楽しそうな話をしているじゃない」

「おお、オルディア殿ではないか」

「どうやら、そこそこ順調に進んでいるようね」

 唐突に表れたオルディアを歓迎するように、王の姿をした化け物が玉座から立ち上がる。それを手で制しながら、オルディアが己の要望を口にする。

「楽しみにしているところ悪いのだけど、マルクトにちょっかいを出すのはもう少し後回しにしてもらえないかしら?」

「ほう、それはどう言う理由で?」

「まだオクトゥムやザーバルドが本調子になっていないし、それに私の方もまだ、例のアズマ工房に対する対策が立てられていないのよ」

「ふむ。そのために、全面的に事を構えるまで少し時間が欲しい、と」

「ええ。相手にも時間を与えてしまうけど、ざっと調査した感じではそれで連中がすぐに強化される訳でもなさそうなのよ。だから、確実に仕留めるための一手を構築する時間が欲しい訳」

 オルディアの要請にしばし考え込み、王が小さく一つ頷く。なんだかんだといって、王も宰相もアズマ工房についてはそれなりに警戒をしている。

「あえて遅らせること自体は構わぬのだが、余分に時間を与えても連中が大して強化されない、と断言できる理由を聞いてもよいか?」

「大した根拠ではないのだけど、邪神教団の色々な伝手で調べた感じ、アズマ工房は現在マルクトをはじめとした各国の兵士を底上げする方向で動いているらしいの。それ以外の怪しい動きとしては、この期に及んでファーレーン国内で今までなかった開拓作業が唐突に始まって、それにアズマ工房の同盟国が支援をしている事ぐらい、ね」

「ふむ。その開拓の方が気になるが、余の知識では何とも言えぬ。オルディア殿は、心当たりをお持ちか?」

「恐らくだけど、森羅結晶を使った神の城、というところではないかしら。確かに完成すれば脅威ではあるけど、連中の行動原理を聞く限り、ウォルディスが動き出したとなれば常に城にこもっているなんて事はしないはずよ」

「なるほど、道理だ」

 オルディアの分析に、小さく頷く王。城にこもられれば対処できないのは事実だが、そうであれば何らかの策を講じて外に引っ張り出せばいい。当然の道理である。

「だが、城の攻撃能力は甘く見る訳にはいかぬ。それはどうお考えか?」

「そうね。確かにあなた達の手駒にとって、神の船や城から繰り出される攻撃は致命的でしょうね。でも、あくまでも船は移動手段で城は防衛兵器。持ち合わせている攻撃手段は破壊力の面では驚異的でも、致傷力で言うならば生身の人間が放つ熟達した神の技には到底届かない。そんなもの、何発飛んできたところで私達には通じない」

「なるほど」

「もっとも、逆に言えばそうやって攻撃を無効化した上で、相手を引っ張り出して一度の攻撃で仕留めなければ、少なくとも主様以外の存在には勝機は無いわ。だから、その一度だけのチャンスを確実にものにするために、しっかりとした対策を立てておきたいの」

 格下の存在とはいえ、部下ではない相手に譲歩を強要したこともあり、邪神の腹心とは思えないほど誠実に実情を述べるオルディア。とっかかりは掴んでいるが、正直なところ今直接ぶつかっても、確実に仕留める自信はまったくない。

 故に、その可能性を少しでも減らしておきたいのだ。

「委細了解した。マルクトに関してはしばらく手出しを控え、ガストールも滅んでからファーレーンに情報が行くよう工夫しよう」

「助かるわ」

「だが、我らがここまで譲歩するのだ。当然、勝機は掴んでおるのだろうな?」

「ええ。私にとってある意味極上とも言える情報を、ね。偶然とはいえ、今までよくこの弱点を突かずにいてくれたと、感謝したいところよ」

「ほう、そんな弱点が?」

「あるのよ。ただ、この手の弱点はつけて一度かせいぜい二度。それ以上は絶対になにがしかの対策を取られるし、それ以上に相手が慣れて克服してしまう可能性もあるわ。だから、機会は一度だけなの」

「ふむ。オルディア殿がそこまで言うのであれば、我らはもう何も言わんよ。その弱点とやらも気にはなるが、聞いてしまうと要らぬちょっかいをかけたくなる。故に、ここではあえて詳細な情報は聞かぬ事にする」

「ありがとう」

 オルディアと王の間で、最終的な合意が成立する。アズマ工房を確実に追い詰める、そのための策のあおりを受け、ウォルディスの周辺国家はなぶり殺しにされるのが決定してしまうのであった。
ファンタジーで鋳造について突っ込んだ話をした作品を見たことがない件について。ちゃんとした内容で突っ込んだ話をしてる作品募集中。

とりあえず、作者的には鍛冶屋がメインの作品でよく見かける
「鍛造の武器の一撃で鋳造の武器をへし折る」描写について、微妙に思うところがあったりします。
とりあえず基本フィクションなので個別の作品に突っ込むような無粋なまねはしませんが、現実でもあそこまで鋳鉄がもろいと思われるとちょっともやっとはします。

確かに鋳鉄はもろいのですが、あくまでもろいといっても角が欠けやすいとかその程度で、生身の人間が鋼の塊でぶん殴った程度で、普通に武器に使えるほどの肉厚がある鋳鉄の塊があっさりへし折れたりとかはそうそうしません。
何度も殴れば話は別ですが。

むしろ、生身の人間同士が打ち合いして一撃でへし折れるってのは、焼きの入れ方が悪くて焼きが入りすぎ、しかも焼き戻しもうまくできてなくて戻ってない鍛造の刃物で起こる現象です。
そこまで焼き入っちまうと、単に落としただけで割れたりしますので。

まあぶっちゃけた話、そこまでもろい材料が工業的に使い物になるかっていうとなるわけがなく、現代まで技術が生き残ったりするはずが無いのです。
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