挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

141/219

第26話

「さて、結果的に十分すぎるほどの数、サンプルが集まった訳だが……」

 死屍累々と言った感じで横たわる変異ユニコーンを見ながら、どことなく乾いた口調で達也が言う。真琴と一緒にユニコーンを引きずって戻ってきたベースキャンプは、なかなかの惨状となっていた。

 ベースキャンプの結界の中では、地味にバーストが逆さ吊りにされて鹿系獣人の女性に何やらされていたが、どうせ何か性的な問題につながる真似をして報復を受けているとかそんなところだろうと、とりあえずこの場ではスルーしている。

 なお、森の中で澪達が遭遇したユニコーンに関しては、アルチェムの狼が最大サイズに戻った上で、まとめて咥えて運んできた。微妙に牙が刺さっていたようだが、誰も気にも留めなかったのはユニコーン達の自業自得であろう。

 森から戻ってくるまでの間に、バーストがセシリアの太ももを触って肌荒れだけでなく内臓周りの問題を指摘、その対処方法を伝授してセシリアから浮気を持ちかけられて断るという一幕があったが、長くなるので割愛する。

「当然、これで全部って訳じゃねえよな?」

『はい。この愚か者どもは、氷山の一角にすぎません』

「こんなのがまだまだうじゃうじゃ居るってのは、本気で頭痛いよなあ……」

 達也の言葉に、ユニコーンがため息をつく。そうでなくても少々偏った習性から色々陰口をたたかれているというのに、その内容をさらに悪化させるような連中が闊歩しているのは非常に頭が痛い。

 しかも性質が悪い事に、ユニコーン全体のイメージを貶めるだけでなく、こいつらは他の種族にも迷惑をかけている。それでも今まではごく一部を除いて、自分達から攻撃を仕掛けにはいっていなかったし、そのごく一部も言いがかりに近いながらも、まだ辛うじて自衛の範囲であった。

 だが、今回は違う。今回は問答無用で先制攻撃を仕掛け、そのあとで本人達にしか通じない理屈で正当性を主張し、相手が悪いとわめきたてている。ここまでくると、たとえ幻獣と長く共生してきたマルクトといえども、ユニコーン全てを滅ぼすしかないと結論を出しても不思議ではない。

 そうなる前に、この愚か者どもを全て始末しないといけない。それが、ユニコーンの群れを預かる自分の使命だ。そう考える巨大ユニコーン。

『焼け石に水とはいえ、ここでこの愚か者どもを減らしておくのは意味のある事です。とりあえず、始末してしまいますので、死体はご自由にお使いください』

「ちょい待ちちょい待ち。始末するんはいつでもできるし、まずは実験してからや」

『ああ、さっきほどの話ですね』

 宏に待ったをかけられて、素直に振り上げた足を戻す巨大ユニコーン。その会話に、春菜以外の全員が首をかしげる。

「実験? 何の話だ?」

「お経聞かせたら、何ぞ効果あるかもしれんっちゅう気がしてな。いっぺん実験してみよかって」

「またそのパターンかよ……」

「仏教は偉大やで」

 宏の言い分に、呆れたように肩をすくめる達也。確かに仏教の経典は、イメージ的にキリスト教あたりの聖句などよりはこういう連中によく効きそうな気はする。だが、何でもかんでもお経で解決しようと動かれても、仏の方も困ってしまうだろう。

「まあ、言うたかて所詮は全く修行したことない素人やねんから、どんだけ効果あるかっちゅうたら疑問やけどな」

「そりゃそうよね。ってか、試すのがあたし達日本人だけってんだったら、そんな修行とか誰もした事ないんだしさ。それでびっくりするほどの効果なんてものが出たら、厳しい修行積んでるお坊さんに申し訳が立たないわよ」

「それ以前の問題として、春菜さん以外はよう聞く般若心経ぐらいしか覚えてへんしなあ」

 とことんまでいい加減な話をする宏と真琴。日本の仏教は割とおおらかだから許される種類の会話である。

 その般若心経にしたところで、般若心経ゴスペルの歌詞として覚えたようなものなので、厳密な意味で覚えているといえるかどうかは微妙なところだ。それを試そうとすること自体、普通なら喧嘩を売っていると取られても仕方がない。

 今回はあくまで実験の一環で、別に仏教の新たな宗派を立ち上げるとか阿舎利を名乗るとかそういう事は一切考えていないので、とりあえず辛うじて子供の悪ふざけ程度で済む範囲であろう。

 宗教に関してとことんまでアバウトでいまいち敬意を払わない日本人らしさが、実によく表れている行動といえる。

「ほな、まずはその般若心経から」

「はいはい」

 宏にうながされ、半ばしぶしぶと言った感じで配置につく真琴。地味に数珠だけでなく、木魚をはじめとした鳴りものが用意されているあたりが、無駄に芸が細かい。

 もっとも、般若心経の文言こそ覚えてはいても、内容を理解している訳でもなければ作法を知っている訳でもない宏達。どういう始め方をしたかを思い出せず、それを覚えていそうな春菜に視線が集中する。

「春姉、教えて」

「あ~、うん、分かったよ……」

 どうせそうなるだろうと思って、春菜は般若心経の作法を思い出していた。どうせなんちゃってなんだからそこまできっちりやらなくても、とか、そもそも藤堂家は家系をたどっていくと父方は神道で母方は無宗教かイギリス国教会に行きつくんだけど、とか思いつつ、素直に思い出せた範囲で般若心経を始める。

 そんな雑念が入っていたのも最初だけ。三十秒もお経を唱えた頃には余計な事は考えなくなり、お経の内容に没入し始めたのは、さすがに般若心経といったところか。

 お経の内容に没入し始めたのは春菜だけではなく、共に経文を諳んじていた他の四人もいつの間にかすっかり雑念が消え、世界と一体化するような不思議な感覚を味わっていた。

『くっ! 負けるか!』

『人間が決めたルールになんぞ屈して、清らかな乙女を守れるものか!』

『やめて! これ以上私の心をえぐるのはやめて!』

『我々の業界ではご褒美です!!』

 宏達が経文に没入し始めたあたりで微妙にぴくぴく反応していたユニコーン達が、般若心経の経文を折り返す頃に、ついにダイナミックにのたうちまわりながら叫び始めた。

 ただし、その苦しみ方は痛みとか恐怖でというよりは、むしろ年配者に昔の黒歴史を徹底的にえぐられ羞恥心をこれでもかとあおられた時のそれに近い。どうやら、お経の影響で若干思考が正常に戻り始め、自身の今までの言動や行動が周囲にどう映っていたかを理解し始めたらしい。

 その結果、今まで経験したことが無いほどの羞恥に苛まれ、のたうちまわりながら叫ぶ事でどうにかしてアイデンティティを保つしかなくなってしまったのだ。

「ふむ。あれだけ恥じてるのにまだ抵抗しようとか、かなり問題は根深いのかね」

「むしろ私としては、お兄様が全く影響を受けていない事が不思議で仕方ないですよ?」

「だってお兄ちゃん、ああいう種類の煩悩で行動してないし。てか、女性の美とか魅力って、その人の人柄とか生活習慣とかが重要で、別に処女かどうかなんて関係ねえじゃん」

 そんなユニコーン達の様子を見ていた鹿系獣人の女性ことマーヤと、いまだに芋虫状態で逆さづりのままのバーストが、現状について正直な感想を言い合う。

 普通に考えれば、方向性は異なれど変異ユニコーンと同等ぐらい変態であるバーストが、変異ユニコーンを正気に戻してのたうちまわらせるほどの威力を持つお経の影響を受けないのは不自然にもほどがある。

 だが、残念なことに、バーストは女性の身体を観察したりいじったりするときには、性欲を含む一切の煩悩を持っていない。あくまでもメンテナンスが目当てである以上、相手に性的な感覚を持たせたり自分が性的な欲求を持ったりするのはもってのほかなのだ。

 更に言うなれば、変態ゆえの倫理観からか、バーストは年齢で相手を差別しない。中身が女性であれば幼女だろうが老婆だろうが、それこそ身体が男であっても、バーストにとっては美しく磨きあげるべき対象である。

 そういった、ある種の悟りを開いているのではとすら思わせる無駄に一本筋が通った思考や行動原理と、己のあり方を一切恥じることない生き様ゆえに、本当に物凄く心底残念なことに、バーストは今回のお経の影響を一切受けない。

 毎度のことながら、この男に関しては妙なところで変態大勝利である。

「言いたい事は理解しますが、どうにもお仕置きが足りてないみたいです。戦士見てた事ですし、念のためにもう一回審判をしておきましょうか」

「えっ? それってルール違反じゃね?」

「社会のルールを不必要な方向でさんざん破ってるお兄様が言っても、全然説得力がありませんよ~?」

 そういいながら、審判の術を発動させて軽くバーストの腹筋を軽く小突くマーヤ。どうやらまだまだ有罪らしく、バーストの身体がビクンビクンとヤバい感じで痙攣し始める。

 お経的には変態大勝利でも、やはり犯罪は犯罪らしい。いかに性欲その他が無かろうと、神の目で見て有罪であれば審判の術でダメージを受けるのである。

 なお、一応注意しておく必要がある点として、今回のお経は煩悩とか色欲とかそちら方面に強く作用するものだったためにバーストが影響を受けなかっただけで、仏教だとバーストは無罪だ、という訳では決してない。手段や判定基準を変えれば、当然バーストには仏罰が下る。あくまでも、今回のお経は効果が無かった、というだけである。

 判定基準がキリスト教の七つの大罪だったとしても、残念ながらバーストは制裁の対象にはならないのだ。理不尽に思えるかもしれないが、それが現実である。

「あんたもおっとりしてるようで、なかなか容赦がないっちゃねえ」

 その様子を見ていたセシリアが、色々感心したようにマーヤに声をかける。

「本当は、お兄様に関してはルルヤちゃんかイーヴァスさんの役目なんですけどねえ……」

「どっちも居ないんだべ?」

「はい。イーヴァスさんは呪いを解くための修行の旅で、ルルヤちゃんは応援要請でカーバンクルの里に出張中です」

 そう言ってため息をつくマーヤの隣で、なおもやばい感じにビクンビクンと痙攣し続けるバースト。こういうところはまともなのか、苦痛に耐える様子には喜びの色は浮かんでいない。仮面で隠れていて分からないが、表情が見えていれば間違いなく苦しんでいたであろう。

 喜びの色が浮かんでいるようであれば、もはや生き物として終わっているレベルの変態だと断言できたのだが、流石にそこまでではなかったらしい。そこまでではなかったのは残念ながらと言えばいいのか、幸いにしてと言えばいいのか悩ましいところであるが。

「あっ、ユニコーンの様子が……」

 そんな妙な寸劇から視線をそらしたアルチェムが、いろんな意味で様子が変わった変異ユニコーンに注目を集めるために声を上げる。気がつけば、聞くに堪えない事を叫んでいた変異ユニコーン達が、お経の前に完全に沈黙していた。

「なんか、斑になっとるっちゃね」

「何ともまあ、不細工だな」

 ユニコーンのもっとも大きな変化に、セシリアとバーストが正直な感想を言う。もっとも、バーストの方は痙攣しながらなので、折角の色男ボイスが妙な感じになっているが。

 セシリアとバーストの言葉通り、お経を聞かされて苦しんでいた変異ユニコーン達の身体は、白と黒の斑模様に変化していた。それも綺麗な模様ではなく、不細工とか間抜けとか言いたくなるような、実に絶妙な色彩の配置になっている。

 その他にも、妙な感じにねじれていた角が、普通のユニコーンのそれと同じくまっすぐ天を突くドリル状に戻っていたり、随所に細かい変化は見られている。

 そこまで変化しているのだから、先ほどまでのユニコーンの恥という状態ではなさそうだが、かといってまともな状態に戻ったと判断しようにも、白黒の斑模様となった毛並みがそれを拒む。

 何とも結論を出しづらい姿に変貌したユニコーン達。読経に没入しているからか、宏達はその変化に気づくことなく、四つ目のお経に入っていた。

「アルチェム、そろそろ止めた方がいいんでねえべ?」

「あ、そうですね」

 ユニコーンの観察に意識を持っていかれていたアルチェムが、セシリアの指摘を受けて我に返り、いまだにお経を読みつづける宏達を止めに入るべく動き始めた。

「あの、ヒロシさん、ハルナさん……」

 なんとなくトランス状態に入っている感じがする宏達にアルチェムが声をかけた瞬間、地面に横たわっていたユニコーンが次々に立ち上がる。

「へっ?」

 突然立ち上がったユニコーン達を見て、一瞬びくっと立ちすくむアルチェム。たとえ結界の外であっても、今まで散々暴れて暴言を吐いてきた連中が急に立ちあがったのだから、仕方が無い反応であろう。

 だが、そこから先のユニコーン達の行動は、誰にも予想がつかないものだった。

『南無大師遍照金剛南無……』

「えっ?」

 起き上ったユニコーン達が、次々にお経を唱え始める。その声が宏達の声と混ざりあい、あたり一帯を妙に荘厳で厳粛な空気に染め上げる。

『これは一体、どうした事でしょう……?』

「さ、さあ……」

 いろんな意味であまりにも変貌を遂げた変異ユニコーン達に、巨大ユニコーンも戸惑いを隠しきれない。しかも

「南無大師遍照金剛南無……」

「ば、バーストさんまで!?」

 いつの間にか逆さ吊りから復帰していたバーストが、同じようにお経を唱え始める。ここまでくると、お経を唱えていないアルチェムやセシリア、マーヤの方がおかしいのではないかという気がしてくる。

 残されたアルチェム達の困惑をよそに、そんなよく分からない空気は結局全てのお経が終わる約十分後ぐらいまで続くのであった。







「いやー、世の中奥が深い!」

 お経が終わり、全員が通常空間に復帰した約十分後。バーストが開口一発、やけに上機嫌にそんな事を言い放った。

「いいアガペーだった。あんなすばらしい境地があったとは、お兄ちゃんもまだまだ未熟だわ」

「俺達からすれば、あんたが普通に何ともなかった方が奥が深いと思うんだが……」

「精神と言動とか行動とかは別、っちゅう事なんやろうなあ……」

 やたら上機嫌で先ほど覚えたばかりのお経を口にするバーストに、思わず世の中の残酷さとかそういったものを噛みしめてしまう達也と宏。腹立たしいというか胡散臭い事に、どうやらバーストの精神面は、そこらの下手な聖職者より悟りの境地に近いらしい。

 変態である事と悟りの境地に近い事、常識やら良識の類がずれている事は普通、同時に成立するとは思えないのだが、どうやら悟りの境地に至るまでの過程においては、一時的に成立する事があるようだ。

 古くからある宗教などでも時々、明らかにセクハラや犯罪に当たる行為を教祖や高弟がしているのに、誰も異を唱えないどころか進んで積極的に身を差し出したりする事があるのも、権威や権力などをかさに来て強要しているケースばかりでは無いのかもしれない。こういう人間がたまたま上に来ていて、なんとなく妙なカリスマや説得力で変態的な行為が問題にならなかった、もしくはむしろ自発的に信徒の方が行為に身を任せに来た、という事例もあったのではないか、などとバーストを見ていて思う。

 というより、そういうことにしておかないと納得できないほど、バーストに関しては色々いびつなのだ。何をどうすればこんな人物が出来上がるのか、誰か説明してほしいところである。

「まあ、あれの事は置いときましょう。それで、さっきのは一体何があったのよ?」

「分かんない。って言うか、私達、あんな事態を発生させられるような修行積んでないどころか、そもそも修行そのものをした経験ない単なる素人なのに……」

「それ以前の問題として、あたし般若心経以外のお経なんて全然知らないけど、さっき勝手に聞いたこともないお経が口から出てたわよ? やってるときは没頭してて気にもなってなかったけど、あれ一体何よ?」

「私に聞かれても困るよ。私だって、とりあえず聞いた事があるお経を思い出せるままに唱えてただけだし」

 さきほどの、ある種の奇跡といえなくもない状況。どうやら起こした当事者も、何が起こったかは全く理解できていなかったらしい。

「春姉の血筋が、仏教の偉い人につながってるとか」

「家系を言い出したら父方は基本的に神道だし母方はイギリス国教会か無宗教になるし、そもそも日本人の血筋は最終的に全員神武天皇に行きつくって聞いた事があるから、血筋は多分関係ないと思う」

「むう……」

 澪がひねり出した説を、完膚なきまでに春菜が叩き潰す。実際のところ、残念ながら春菜の家系には、名のある仏教徒はいない。料亭という一見仏教と縁が深そうな職業を営んでいた父方の曽祖父ですら、神棚に拝む事はあっても仏壇は持ってなかった。

 経歴的にもビジュアル的にも、基本的に仏教とは縁が薄い春菜。母の知人だの親戚の関係者だの曽祖父のお得意様だのといった関係で、いわゆる高僧と呼ばれる人物幾人かとは知り合いではあるが、仏教的な経験などそのつながりでたまに説法を聞いたり写経体験をしたり、もしくは知人友人の葬儀や法事に参加したりといった程度だ。

 般若心経その他も、その説法の時に修行僧が必死になって読んでいるのを聞きながらなんとなく内容を教えてもらった程度で、春菜の記憶力でなければ普通に内容など覚えていなかっただろう。お経ごとの作法は妙に正しいのに順番がいい加減だったりするのも、結局のところはそのあたりが原因だ。

 考えれば考えるほど、あんな現象を起こせる道理が無い。

「あの、少しいいですか?」

 さっきのあれが何だったのか。その話し合いが行き詰ったところで、マーヤが口を挟んでくる。どうやら、何か思うところがあるようだ。

「何か心当たりあるの? えっと……」

「あ、私はディーア族の戦士で、マーヤと申します。シームリットさんという方をご存知でしたら、その人の妻でもあります」

「へえ、あなたがあの飲兵衛の奥さんなのね。酒代大変でしょう?」

「ルメルチ酒は自家製のものがメインですから、そうでもないですよ~?」

 マーヤの自己紹介を聞き、いきなり話題をあさっての方向にずらす真琴。しかも、その内容が真琴は決して人の事を言えない酒代の話。時折真琴は、中々のブーメランの使い手となる。

「とりあえず、俺とか真琴が人の事言えない酒代の話は置いとくとして、だ」

「そーいや、自己紹介してなかったっちゃね」

 達也の言いたい事を察し、セシリアが言う。アルチェムは顔見知りで澪とは自己紹介を済ませており、しかも先ほどのお経大合唱の間にアルチェムから大体の紹介を受けていたために、マーヤもセシリアもすっかり忘れていたのだ。

「うちはセシリア。オルテム村はファーム地区の出身だっちゃ。そっちの事はさっきアルチェムから説明聞いてるから、自己紹介は晩飯あたりで改めてでいいべ」

「了解。で、話を戻すとして、マーヤさんは何か心当たりが?」

「あ、はい。というか、ものすごく不思議なのですが、ヒロシさんもハルナさんも、ご自身の持つ聖性というかそう言ったものをご存知ないのでしょうか?」

 マーヤに言われて、宏と春菜がしぶい顔をする。宏に関しては新神だのなんだのと行く先々で言われているが、春菜までとなると色々ときな臭い。

「正直、それだけの聖性をお持ちで、それだけのエネルギーを扱える方が、あれだけ力のある言葉を唱えておいてあの結果を予想できなかったのは、ちょっと不思議ですよ~?」

 さらに、マーヤが畳みかけるように言葉を継ぐ。そうやってどんどん逃げ道をふさがれ、とてつもなく泣きたくなってくる宏と春菜。

「ま、まあ、あれだ。春菜の歌とかがああいう事を起こすのはよくある事だし、お経も歌の一種だって事にしておけばそれほど不自然でもないし、な?」

「そ、そうそう。それに、変な事は起こったけど、別にそれで何かが解決した訳じゃないし。森は変わってないのよね、澪?」

「ん、変わってない」

 フォローなのか止めなのか分からない達也の言葉に乗っかり、強引に話を軌道修正する真琴。現実問題、先ほどのお経は変異ユニコーンにこそ何かしらの影響を与えたが、森の異変自体は何一つ変わっていない。

「つまり、さっきのお経は変異ユニコーンには何かの効果があったが、森の異変には一切無意味って事だな」

「ん。多分、森には意味が無い」

「で、その変異ユニコーンに関しても、一体どんな影響があったのか、詳細は現時点では分かってない、と」

 やけに大人しい変異ユニコーン達を見ながら、頭をガシガシかいて達也が現状を整理する。連中にどんな影響があったのかを調べるには、当の変異ユニコーンの口からも色々語らせる必要がある。

 だが、大人しくなっただけで中身が変わっていなかったりすると、またしても話が進まなくなる。そのあたりのジレンマが、達也の頭を悩ませていた。

『拙者達になにが起こったのか、それが重要な事なのでございましょうか?』

 その様子を見ていた変異ユニコーンのうち一体が、おずおずとといった感じで口を開く。その言葉に、変異ユニコーンを警戒していた巨大ユニコーンが、驚いた風情で首をそちらに向ける。

『拙者、だと? お前は今まで、そんな一人称は使っていなかっただろう?』

『先ほど御仏の教えに触れ、いかに自分が愚かで未熟だったかを思い知りました。本当なら拙僧と名乗りたいところですが、まだ修行どころか出家すらしておらぬ身の上。ですので、己の愚かさを忘れぬように、自身のことは拙者と呼ばせて頂く事にしました』

 巨大ユニコーンの問いかけに対して、やけに澄んだ目で心の底から力説する変異ユニコーン。その様子に、宏達は先ほど何があったのかを悟る。

「なんか、妙に腹立たしい事なんだけど、宏の思惑通りに進んじゃったみたいねえ……」

「別に期待しとった訳やないんやけどなあ……」

 遠い目をしながら結果を受け止めた真琴の言葉に、死んだ魚のような目で宏が応じる。半ば以上冗談で行った、とりあえずやってみよう、ぐらいの行動でここまでの成果とダメージが発生する事は、滅多にない事であろう。

 ほぼすべて自業自得ではあるが、マルクトに来てから宏達は妙な精神ダメージを食らう事が多い。

「とりあえず、お経については何があったか分かったし、いったん横置いとくとして、や。こいつらがあんまりにもあんまりやったから、何かこう色々終わった気分になっとるけど、正直結局何の糸口もつかめてへんねんなあ」

「ヒロシさん、タツヤさん。地脈から、何か分かりませんか?」

「なあ、アルチェム。それ、どっちかっちゅうたら自分の方が専門分野やない?」

「私の専門とは、ちょっとずれてる感じなんですよ。何かが引っ掛かってる感じはするんですが、何が引っ掛かってるかって言うと……」

 アルチェムの正直なコメントに、再び唸ってしまう宏達。経験の問題もあるだろうが、アルチェムが分からずアランウェンが神託をよこさないとなると、恐らく森というジャンルは直接関係しないのだろう。

 そうなってくると、違う角度からの検証となる。とりあえず、地脈をチェックしてみるかと地面に手を当てようとしたところで、セシリアが口を開く。

「森の中はどんどんおかしくなっていってるだが、浄化と解呪を同時にやって結界さ張れば、とりあえず異変はそこで止まるっちゃ」

「っちゅう事は、呪い関連やな。まあ、今までの経緯からいうても、瘴気がらみやないんだけは確定やったしなあ」

「瘴気だったら、もっと対応は簡単だっちゃ。アルチェムが来た時点で勝負はついてるっちゃ。ただ、単純に呪いってわけでもなさそうだべ」

「まあ、そうなるわなあ」

 セシリアから情報を得て、今度こそ地脈から情報を吸い上げる。その結果、分かった事といえば……

「あ~、アルチェムが分からん訳やな、こら」

「宏君、何か分かったの?」

「正攻法やったら、絶対何も分からんっちゅう事は分かった。っちゅうか、セシリアさんのヒントなかったら、多分見落としとったな」

「どう言う事?」

「地脈の情報がな、ほんの少しだけやねんけど部分的にえらいバグっとる」

 非常に致命的な事実であった。

「コンピューターでいうたら、設定周りのファイルが一部分文字化けしとる、っちゅう感じやな。それも、人間にゃ理解できんでもコンピューター的には読み込める形で化けとるから、正常な動作として訳の分からん処理しとる、っちゅう難儀な形になっとるわ」

「それ、何とかできるの?」

「できるできんで言うたら、そらできるけどな。ここで遠隔操作で修正できるレベルやあらへん。まずは原因になっとるポイント探り当てて、そこを完璧に修正するところからスタートや」

「つまり、すぐには終わらないんだ?」

「そうなるな。道具も作らなあかんし、報告も兼ねていっぺんオルガ村に戻った方がよさそうや。ついでにレイっちに頼んどきたい事も出来たから、レイニーに連絡とってもらいたいしな」

 宏の言葉に、その場にいる全員が頷く。内容的にも状況的にも猶予は少なそうだが、だからこそちゃんと準備を整える必要がある。

「問題は、こいつらそのままで大丈夫なのか、ってことなんだが……」

『拙者達の事なら、心配しないでください』

『そうです。この恥の証である黒い斑点、どうやら呪いへの耐性となっておるようでしてな。今も森から忌々しい声が聞こえておりますが、忌々しいだけでまったくと言っていいほど心が動きませぬ』

『それに、いざとなれば御仏の教えを口にすれば、あの程度のマーラーなど取るに足りませぬ』

 達也の懸念事項について、変異ユニコーン達がやけに力強く問題ない事を告げてくる。後に僧形ユニコーンと呼ばれるようになるこの変異体達、実際にやたらと精神系の呪いに対する耐性が強くなっていたりする。

 単にそのジャンルに限定するのであれば、それこそこちらに飛ばされてきた頃の宏に匹敵しかねないほどの呪い耐性。それが、一度ユニコーンの暗黒面に堕し、御仏の教えに触れて悟りの道を歩み出したユニコーン達が得た、新たな特性であった。

「ま、まあ、大丈夫だってんだったらいいか……」

「なんだったら、うちが作った安全圏に引っ込ませればいいっちゃ」

『そうですね。なんでしたら、道中先ほどのお経というものを唱えながら歩けば、少しはましかもしれませんし』

 無暗に力強く断言するユニコーン達に微妙に引きつつ納得した達也。それに対しフォローするように、セシリアと巨大ユニコーンが重ねて行う対応策を口にする。

「そこまでやるんだったら、大丈夫そうだな」

「そうね。さっきまでの様子を見る限り、お経も多分気休めよりは効果があるでしょうし」

「ん、さすが仏教」

 色々と罰あたりな納得の仕方をする達也達。そんな三人に微妙に苦い顔をする宏と春菜。引き金を引いた以上何を言う資格もないが、向こうに帰った時に仏罰が下りそうで怖い。

「あ、お兄ちゃんちょっと野暮用」

「野暮用? こんなところで?」

「ま、色々あんだわ」

 色々、と言いながらマーヤの方に視線を向けると、マーヤがどこか諦めたように苦笑しながら小さく頷く。

「うちの村、前回お兄様が来た時点で既に、戦士見てても審判の効果が薄くなっちゃってるんですよね~……」

「いや、それまずいだろうに……」

「なんかもう、無断で触ること以外にアウト判定が出ないみたいで……」

 ディーア族の村に関する、本当に大丈夫かといいたくなるような内部事情。それを遠い目をしながらマーヤが語る。

「つうか、せめて許可取って触れよな……」

「お兄ちゃんが正面からお願いして、許可くれると思うか?」

「あ~、色々納得した」

 変態の、実に正しい自己認識。余りに正しすぎて、達也もコメントしようがない。

「まったく、最終的な目的自体は悪い事じゃないんだから、もうちょっとやり方とかどうにかできないの? 成果出てるケースもあるって話なのに、そんなんじゃ感謝してもらえないわよ?」

「つうか、感謝してもらう必要あるのか?」

「えっ?」

「あくまでお兄ちゃんは綺麗で健康な女性が増えて欲しいって言う自己満足で行動してるだけだぞ? 自分勝手に自己満足で自分の意見押し付けてんだから、感謝される方がおかしいわな」

「分かってるんだったら……」

「むしろ、お兄ちゃんにヘイト集めておけば、言い訳に使えて女性の精神衛生管理って面では便利だし」

 飄々と、かなり達観した事をあっさり言ってのけるバーストに、苦言を呈した真琴が絶句させられてしまう。

 人間、普通はまったく見返りを求めずに行動することなどできない。自己満足とは言っても、やはり他人のために動いたなら、せめて感謝ぐらいはしてほしいと思うのが当たり前の人間の心の動きである。

 なのに、バーストは先ほどの言葉を、口先だけでなく本気で言っていた。その余りの異常さに、本気だと思ったのが勘違いだったのではないかと思った真琴が他の人間に視線を向けると、物凄く渋い、いっそ悲しげなと言ってしまえる表情のマーヤが目に飛び込んでくる。

 その表情が何より、バーストの本気を物語っている。

「じゃ、ちょっと行ってくるわ。この簡易転移陣、お兄ちゃんが使っても大丈夫なんだよな?」

「好きに使えばええで」

「助かる。んじゃ、また後で」

 まっとうにやればちゃんと立派な職業として成立する事を、あえて変態という立場に立った状態で命がけで全力を尽くして行う。何がバーストをそこまで駆り立てるのか分からず混乱している真琴を尻目に、その平常運転のままバーストが立ち去る。

「変わった男だべなあ」

「変わった、で済む範囲じゃない」

 立ち去ったバーストを見て、しみじみとそう言うセシリアに、澪が容赦なく厳しい評価をぶつける。

「セシリアさんは触られなかったの?」

「触られたっちゃよ? 触り方が不満だったから、浮気持ちかけたら断れたべ」

「えっ? セシリアさんって確か人妻……」

「オルテム村じゃ珍しくねえべ。それにうち、村出てからずっと男日照りで溜まってるっちゃ」

 春菜の問いかけに、エルフらしいつつましやかな胸を張って非常に駄目な事を言いきるセシリア。セシリアの返答に、目を白黒させる春菜。やっている事は末期的な変態であるバーストの方が、オルテム村の連中より倫理的にまともに見えそうな所が奥が深い。

「……それでよく、ユニコーンが普通に接してくれますね……」

「オルテム村のスタンダードだからじゃねえべか? それに、別に溜まってるからってだけで誰彼構わず誘う訳じゃねえだしな。少なくとも、こいつの子供なら産んで育てたい、って思った相手以外には持ちかけてねえっちゃ」

 あっけらかんと、ユニコーン的にもかなり駄目そうな事を言うセシリアに、一瞬唖然とする女性陣。本当に、何故ユニコーンが普通に接しているのかが分からない。

「あの、それでいいんですか?」

『普通なら、我々が一番嫌う話なのですが……』

「あ~、バーストさんと同じ、って事ですか……」

『多分、そうなのでしょうね。セシリアからは、不思議と我々が嫌う種類の匂いが感じ取れません。無理に理屈をつけるなら、優れた子供を産むという生き物として当たり前の本能に忠実なだけで、性欲とか快楽におぼれている訳ではないから、という事になるのでしょうね……』

「それでいいんだったら、少々の浮気ぐらい全然問題にならないような……」

『あくまでも、無理に理屈をつけるなら、です。というか、何事にも例外が存在する、という事でしょう。我々だって、何故セシリアが側に居ても平気なのか、理解できていなのですよ?』

 色々と、奥の深い話が出てくるセシリアとユニコーン達の関係。内容的に、もしかして変異ユニコーンのこじらせっぷりはセシリアの本質も影響しているのではないか、などとうがった事を考えてしまう。

「……とりあえず、戻りましょう」

「……そうだな。ここでくっちゃべってても仕方ない。さっさと戻って、やるべき事をやっちまおう」

 色々触れてはいけない感じの話が出てきたと見て、さっさと戦略的撤退を始める事にする真琴と達也。実際、やるべき事はいくらでもある。

「じゃあ、俺達はオルガ村に戻るから、そっちも気をつけて帰ってくれ」

『分かりました。転移陣を使うとはいえ、皆様も気をつけて』

 ユニコーン達とあいさつを交わし、転移陣に入っていく達也。それに続いて移動を開始する日本人一行。その後をオルテム村の知らなかった、それも非常に駄目な一面を知ってしまい混乱しているアルチェムと、それを見てけらけら笑っているセシリアが続く。

 アルチェムがどれだけ混乱していたかというと、いつの間にか緩んでいた帯を踏みつけて完全にボトムがずり落ちたのに、それに気がつかずに転移陣をくぐりかけたといえば想像できるだろうか。

「今日のお夕飯、お兄様の分は要らなくなりそうですね~」

 バーストが残った理由。それを額面通りには受け取っていないマーヤが、もう一度森の方を見てそう呟き、転移陣に入る。

 こうして、ベースキャンプ予定地には、誰もいなくなったのであった。







 ディーア族の村に向かうと言って単独行動に移ったバースト。途中まではその言葉のとおりにディーア族の村に向かっていたのだが、途中で森に入る前に感じた虫の知らせのとおり、きわめて巧妙に偽装された侵入者の気配を拾い……

「ふむ、やっぱりいたか」

「何奴!?」

「あ、それこっちの台詞だから」

 そろそろ日が落ちようかという時間帯まで森の中を縦横無尽に走り回り、ユニコーンの森の中をうろつく不審人物と対峙していた。

 ただし、例によってアサシン装束に穴が三つあいただけの仮面をつけたバーストと、いかにも不審人物ですよという感じの黒ずくめとでは、どっちの方がより不審人物度合いが上かは何とも言えないところであるが。

「ん~、あんた、人間じゃないね?」

「だとしたらどうする?」

「前に駆除したバルドってのに比べると大したこと無し。恐らく単なる下っ端で与えられた作業をしてるだけ。周辺に他のも居ないとなると、生かしておいたところで背後関係にゃつながらんか」

 などと言いながら、一瞬で首を跳ね飛ばし心臓を粉砕し、四肢を分断して間違っても復活できないように処分するバースト。仕留められた時点で擬態が解け、悪魔のような姿になる不審人物。

 シリアスモードだと、やはり実力は十分なのだ。

「ん~、デーモン系のモンスターか。最近人間に化けて侵入してくるのが増えたねえ」

 とりあえず証拠になりそうなパーツを適当に鞄につめ、邪魔になる部位を瞬間燃焼の魔法で焼却しながら思考を巡らせる。

 実のところ、リーファの護衛をしていた頃から、このタイプの密入国者はかなりの数始末している。数が多すぎてカウントできず、多数としてしか報告できなかったぐらいだ。

 単体で言うと、恐らく五級の冒険者の中でもトップクラスの連中が、一対一でやや手に余るかもしれない程度。弱点自体は人間と同じで、たまに心臓が無事で四肢がつながっていると復活する奴が居るのが厄介だが、基本的にアサシンにとっては殺しやすい相手だ。

「さて、異変の規模やら何やらを考えると、どうせ他にも居るだろうな」

 移動しながらそう呟いたタイミングで、索敵範囲内に新たな一体が入ってくる。

「しかし、絶妙な人選だねえ。俺がいなきゃ、恐らく誰も気がつかなかっただろうな」

 実に見事に森の気配にとけこんでいる侵入者の気配。それに心の底から感心するバースト。

 森に詳しいマーヤ達は、戦士ゆえに割と至近距離まで近づかねば、このクラスの隠密能力を持つ相手を発見することはできない。

 逆に、索敵能力が高い澪やレイニーは、この森の気配について無知だ。それに、澪は基本的に隠れて逃げ回る相手を追い回すタイプではないし、レイニーは長い間人格そのものがなかったため、持っている知識などに付け焼刃な部分が目立つ。

 双方に共通して、未知の環境で巧妙に隠れている侵入者を発見するとなると、能力は足りていても経験が足りない。今のように感知能力が高い人間なら誰でも分かる種類の異変が発生していると、間違いなく異変にまぎれてしまって分からなくなる。

 この森について詳しく、人格を持った上でアサシンとして十分な訓練と経験を積んだ人物。つまり、バースト以外には、この連中を発見するのは不可能だったといえる。

「っ!? 何者!?」

「不審人物に名乗る名前はねえよ」

 新たな不審人物の誰何の声に、お前が言うなと突っ込まれること間違いなしの言葉を返しながら、問答無用で襲いかかるバースト。

 彼のこの日の夜は、実に長くなるのであった。
作中のお経周りがいろいろ怪しいのは、なんちゃって仏教だってことで大目に見てやってください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ