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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第24話

第23話の感想に関しましては、活動報告でお返事させていただいております。
「そーいや、自己紹介して無かったな。オレはシームリット。この村で鍛冶屋をやってる」

「僕は東宏。ウルスでアズマ工房っちゅう工房やっとる。こっちの四人は一緒に工房やっとる仲間やな」

「藤堂春菜。アズマ工房で職人兼経理をやってます」

「水橋澪。職人」

「溝口真琴よ。採取の時の護衛ってとこかしら」

「アルチェムです。中庭の手入れと素材の納入やってます」

「私はジョゼットと申します。ディフォルティアの副団長をさせていただいております」

 宏とジョゼット、シームリット以外、嘘ではないがそれだけでもない自己紹介を済ませる。

「で、今村長と打ち合わせ中やねんけど、もう一人香月達也さんっちゅうお兄さんがこっち来とってな」

「へえ、ちゃんと男もいるんだな」

「個人的には、男女比は逆の方が楽でええんやけど……」

「あ~、なんか女性関係では幸薄そうな感じするもんなあ、アンタ……」

 しみじみとままならぬ身の上を嘆く宏に、どことなく同情的な視線を向けるシームリット。歳相応に女好きではあるが、女性とか恋愛の類を無条件で素晴らしいとは思わない程度には色々経験しているらしく、宏に微妙に熱視線を向けてる春菜達の様子に気がついていながら、そちらに味方するつもりは無いようだ。

 達也同様現時点では奥さん一筋の新婚さんであり、正直女房の素晴らしさに骨の髄までやられている現状他の女などどうでもいいシームリットだが、女性に懲りている未婚の人間に結婚の素晴らしさを語ったりする気は無い程度にはデリカシーの類は持っているらしい。

「まあ、そのあたりはこれからの話に関係ねえから置いとく。まずは前提条件として、この村がどういうところから話をしないと事情を理解できねえんだが、その説明からでいいか?」

「その方がありがたいわね。どうにも、この村ちょっと特殊な立地みたいだし」

 シームリットの申し出に、真琴が代表して同意する。内心では、地雷たっぷりなのに興味を引きそうな話題をサクッと終わらせた事で、シームリットの印象を軽そうな兄ちゃんからちゃんと良識のある人物に上方修正していたのはここだけの話である。

「この村の主要産業は、農業とユニコーンの森関連のあれこれ。ユニコーン自体は幻獣で基本狩るのは禁止されてるが、あいつらが住む森ってだけで色々特殊な植物があるからな。森の産業資源はどっちかってっと、ユニコーンより主にそっちだ。
 で、さっきもちらっと話したと思うが、このオルガ村は、ユニコーンの森から徒歩で一日って立地条件だから、冒険者が結構来る。冒険者の目当ては基本的に今話した森の特殊な植物だが、他にも王都なんかで国が出してる依頼なんかでもこっちに来るな。
 国が出す依頼の内容は、メインがユニコーンから無謀な密猟者を保護した上で、犯罪者としてアルファトに護送する事」

 村の立地云々に関してサクッと省き、まず重要であると思われる産業周りを話し始めるシームリット。その予想外の内容に、話の途中で思わず真琴が待ったをかける。

「ちょっと待ってよ。ユニコーンから密猟者を守るの? 逆じゃなくて?」

「あのなあ。並の冒険者が二十人ぐらいのチーム組んでも傷一つつけられねえんだぞ? 密猟なんか成立すると思うか?」

「……あ~、ユニコーンって、そこまでの暴れ馬なのね……」

「おう。しかも、単に殺すだけならまだいいんだが、気性の荒い奴はケツの穴を角で掘ったりするからな。何年に一回かの生え換わりの時に回収するんだから、ケツの穴掘った角なんざ触りたくないだろ?」

「うわあ……」

 密猟者を保護する理由を聞かされ、思わずうめく真琴。ただし、掘られると聞いた瞬間に少し目が輝いていたのは隠しきれていない。

「ユニコーンがケツ掘る話の何がそんなに気に入ったかは知らねえが、話を先に進めるぞ」

「あ、うん。あたしの事は気にしないで、進めてくれていいわよ」

「真琴姉の病気が出ただけだから、別に問題ない」

「どんな病気だよ、ってあ~、そういう事か……」

「こっちの大陸の、しかも男の人なのになんか悟って納得してる!?」

 それだけの事で色々悟って納得したシームリットに戦慄し、思わず真琴が絶叫する。

「ここも一応マルクトだからなあ。最近ルーフェウスあたりでひそかに流行ってるっていう、男同士が裸で絡んで掘りつ掘られつやってる物語見て喜んでる、ある種の病気持ってる人間が結構いるんだわ……」

「おまけに物凄く正確に理解してるし!?」

 遠い目をしながらきっちり止めを刺してくれたシームリットに、全力で頭を抱える真琴。腐女子であることを恥じる気は無いが、予想などはるかにぶっちぎった伝播力と感染力には、さすがに色々申し訳ないものを感じてしまう。

 しかも、この時真琴は気がついていなかったが、同席していたジョゼットが同じように遠い目をしていたあたり、なかなか深刻な状況になっていそうだ。

「真琴姉、今の気持ちは?」

「流石に自分の業の深さに、ちょっと恐れを抱いてるわね……」

 やや虚ろな目で聞いてきた澪の質問に、もっと虚ろな目で真琴が答える。アニメなどなら、完全にハイライトが消えている類の目だ。

 腐女子であることを恥じていないのと、初対面のノンケの一般人に訳知り顔で頷かれ、分かっているからと妙に優しい態度で接されるのとは別の問題だ。残念ながら、真琴はこういう時に誇らしく思えるほど心臓が強い訳でもなければ開き直れてもいない。

 むしろ、そこで開き直れなかったからこそ、クズな元彼に痛い種類の腐女子であるとばらされたぐらいで引きこもってしまったのだ。

「腐女子がらみの話は関係ないから置いとくとして、続き頼むわ」

「ああ、そうだな。何処まで話した?」

「ユニコーンから密猟者を保護するうんぬんやったと思う」

「ああ、そうそう。で、密猟者うんぬんにも若干関わってくる事なんだが、ユニコーンの森には、ディーア族って言う鹿系獣人の部族が住む村がある。
 ディーア族はユニコーンの森の調和を維持する役目をアランウェン様から与えられた部族で、部外者がユニコーンに無茶をしないように監視するのと、その逆にユニコーンが森から出ていってまで部外者に喧嘩を売らないように監視するのが基本的な仕事だ。
 その仕事の関係でオルガ村にも良く出入りするし、冒険者協会や雑貨屋なんかで森の恵みを換金したり、逆にその金で必要な雑貨や道具を買ったりもしてる。それ目当てに行商人が結構な頻度で来るってのも、この規模の、しかも街道って観点ではどん詰まりにある村なのに、妙に商店や宿が充実してる理由の一つだな」

 シームリットの説明を聞き、いろいろ納得する宏達。やはり、商店が充実するには、それなりの理由があるのだ。

「で、農業関連で目立ったものは、さっき注文した酒の原料のルメルチ以外にゃ特に無いから省略する。今回の異変とも、まだ無関係だしな」

「まだ? どう言う事よ?」

「異変って奴が、ユニコーンの森の土壌に出てるらしいんだ。で、その異変がまだ森の中、それもユニコーンが群れてる場所を中心に五キロぐらいの範囲で収まってるから、今のところはまだ村の農業にまでは影響してきてない」

「土壌に出とるっちゅうんは、厄介やなあ……」

「そうなんだよ。幸いにして、今のところは土壌とユニコーンに影響が出てるだけで、水の方は問題ないからさしあたって村がパニックにならずに済んでるんだが、ユニコーンがおかしくなってるから、ディーア族がそっちに手一杯で異変の原因追求までは手が回ってねえんだよ」

 かなり深刻な状況に、一行の表情が渋くなる。アルチェムはあまり猶予が無いと言っていたが、本当に猶予がなさそうだ。

「で、個人的にかなり切実な問題なのが、オレの嫁さんがディーア族の戦士で、今回の問題でたびたび集落に戻っては一週間、二週間と帰ってこれなくなる事。結婚してまだ半年でこれは正直つらいし、帰ってくるたびに武器も防具もかなりヘタってるから気が気でないし、でなあ……」

「それは……、辛いよね……」

「ああ。だから、少しでも解決につながりそうな人間が来てくれたのは、正直物凄いありがたいんだわ」

 心底うれしそうに言うシームリットに、宏達は事態の深刻さを再認識する。シームリットは個人的に切実な問題だと言っているが、結婚して村を出た人間まで駆り出されているというのは、かなりのっぴきならない状況なのだろう。

「こら、早い事森に入って、原因つきとめなあかんな。アルチェム、アランウェン様とか世界樹はなんかその絡みの情報言うとった?」

「えっとですね、こっちに私にゆかりのある人がいて、既に事態の収拾に動いているので、その人と合流して事に当たるように、と」

「なるほどなあ。しかし、アルチェムにゆかりのある人間って、オルテムから脱走したエルフっちゅう事やんなあ」

「脱走って、ヒロシさん。オルテム村は、別に村人が外に出る事を禁止したりはしてませんよ」

「あそこから人里までっちゅうたらかなりの難関やから、なんとなく脱走っちゅうイメージがあるんよ。出て行ったら帰ってけえへんのもそういうイメージになっとるし」

 宏に言われた言葉に反論できず、微妙に困ったような苦笑を浮かべてごまかすアルチェム。言われて自分でもそう思ってしまったのだから、どうにもならない。

「で、具体的に異変っちゅうんはどんな感じなん?」

「まあ、一言で言うと、昨日まで白かったユニコーンが黒くなって、言葉が通じなくなって凶暴化してるって感じだ。もっとも、これは報告書に記載してある内容で、厳密に言うと違うんだがなあ……」

「どんなふうに?」

「言葉が通じなくなったってのがちと違う。言葉は通じてるし、意思疎通もできない訳じゃない。ただ、会話が成立しないんだよ」

「会話が成立せえへん、って、その言い方やと要するに、自分勝手で独りよがりなアホを説得しようとするような感じで考えればええん?」

「そんな感じだ。ただ、会話が成立しない理由ってのが微妙でなあ……」

 嫌な予感をさそうシームリットの物言い。どうにも、ここまでのちょっとシリアスな話が一気に崩れそうな、そんな予感が宏達の背中に嫌な汗をかかせる。

 なんとなく、話の流れが読めてしまったのだ。オルテム村のエルフをはじめとした、いわゆる一般的なファンタジーの幻想的なイメージが一瞬で崩れ去るような、聞くと色々後悔しそうな、そんな不吉なイメージが頭にこびりついて離れないのである。

 特に、今回話題になっているのは、近年イメージダウンが著しいユニコーンだ。一体どんな話を聞かされるのか、正直不安でしょうがない。

「とりあえず、そのあたりの理由を話す前に、あんた達のユニコーンのイメージと森に住む実物のユニコーンとの差をすり合わせした方がいいだろうな。あんた達のユニコーンって、どんなイメージだ?」

「えっと、私達の故郷だと、穢れ無き乙女にしか触らせない気位の高い馬、って言うのが基本イメージだよね?」

「えっ? マグナムな感じのビーム兵器持ってたりよく分からないシステムでガチガチに固められてて普通のパイロットでは動かせなかったり、唐突にそのシステムが起動して妙な変形して赤い光出しながら暴走したりするんじゃないの?」

「言うと思ったけどさ、澪。この世界でそんなものが普通にうろうろしてたら、とっくの昔にマルクトは滅んでるか世界の覇者になってるわよ」

「じゃあ、素直に処女厨と表現」

「……同じ事考えたあたしが言うのも何だけど、仮にも幻獣に対してする評価じゃないわよね……」

 春菜の語る基本イメージに対して、予想通り澪がこちらの世界では絶対通用しない種類のボケと身も蓋もない評価を口にし、真琴に色々突っ込まれる。

 その怒涛の流れについていけず、アルチェムが目を白黒させているのは御愛嬌であろう。こういう時には忘れ去られがちなラーちゃんは、人形ダンジョンで糸を吐いた時に鳴く事を覚えたのか、たまに合いの手を入れるようにぴぃ、とかぴぎゅ、とか鳴いている。

「ビーム云々はよく分からんが、基本はハルナが言うようなイメージだわな。実際には、ユニコーンが嫌うのは、欲に負けて密猟しようとしたり、浮気して次々に肉体関係もったりするような、いわゆる低俗な精神の持ち主って奴だがね。生娘云々は、要するに肉体関係を持った経験が無い女なら、そういう性格してる確率が低いってだけの話だしな」

「我々ディフォルティアやセバスティアンで管理しているユニコーンも、気位が高いのは確かにそうなのですが、別に穢れ無き乙女にだけしか触れさせないという事はありません」

「因みに、貴族が常識の範囲でちゃんとした側室を持つとか、そういうのはあんまり気にしてない感じだな。精神的にどうかってのが重要で、一般的に浮気してるって思われがちなケースでもユニコーン的にはありだったりとかも普通にするし」

 春菜の持つ一般イメージに対し、シームリットとジョゼットが実物について説明して若干の修正をする。

 その修正内容から察するに、この世界のユニコーンはエルフと違い、さほどファンタジーに対して喧嘩を売っている存在ではないらしい。ただし、一般的なファンタジーのイメージ通りでもないようだが。

「で、異変で黒くなったユニコーンってのがなあ……」

「もしかして?」

「ああ。処女以外の人類を一切認めない感じで、しかも人間の言葉になんざ一切耳を傾けなくなってなあ。言いたい事を一方的に宣言して、処女以外を殲滅しようとしやがるんだよ」

 異変の内容を聞き、嫌な予感が見事に的中してしまった事を悟る日本人チーム。シームリットが語るユニコーンは、近年日本でよくネタにされる、処女厨そのものの低俗な生き物だ。

「……そんな事になっていたのですか?」

「ああ。報告書には無かったか?」

「ええ、残念ながら」

「あ~、調査した奴としちゃ、報告書に書きづらい内容かもしれないから、しょうがないかもなあ……」

 シームリットのぼやきに、無言で頷くジョゼット。実際、報告書に処女うんぬんが書かれていても、反応や対処に困っただろう。

「で、だ。実のところ、昔から何年かに一頭ぐらいはそういうユニコーンが産まれるんだが、母体から産まれてすぐに群れのトップが自分で手を下して処分するから、大体問題にならなかった。今までは、だが」

「今までは、になるよね実際……」

「ああ。今回は数が数な上に、今までと違って白い普通のユニコーンが黒くなって、精神がおかしくなってやがるんだ。いや、もしかして順序が逆で、精神がおかしくなったから黒くなったのかもしれないが」

「……そっか。新生児じゃなくて大人が変異体になっちゃうと、いくら群れのトップでも確実に仕留められる訳じゃないんだ……」

「そういうことだな」

 そこまで話したあたりで、酒と一緒に昼食が運ばれてくる。飲み物以外メニューなんて選べないような田舎の酒場ゆえ、出てきた昼食は全員同じものだが、郷土料理中心の中々旨そうなメニューが食欲をそそる。

「お、いいタイミング」

「話がある程度聞こえてたからね。シームリットちゃんは飲み始めると止まらないから、料理出すタイミングとか見計らってたんだよ」

 料理を持ってきたおばちゃんが、肩をすくめながらそう言う。真琴と意気投合した時点で薄々予想できてはいたが、シームリットはかなりの飲兵衛らしい。

 意外と話が長引いたこともあり、料理が出てきたときはそろそろ早めの昼、という時間になっていた。そういう意味でも、おばちゃんが酒と料理を持ってきたタイミングは丁度良かったと言える。

 どうでもいいことながら、実はシームリットが注文したのは酒と適当なつまみであって、昼飯ではなかったりする。どうせメニューなんて飲み物以外存在しない店だけあって、そこらへんも気を利かせてくれたらしい。

「で、そっちのお嬢ちゃんは分かるとして、あんた達は本当にお茶でいいのかい?」

「僕らは国に帰ったらまだ未成年やから、酒飲んだらあかんのよ」

「別にここで飲んでも咎められないんだけど、習慣になっちゃうと帰ってから苦労しそうだから、飲んでいい歳になるまでは我慢しようかな、って」

 宏と春菜の回答に納得したように頷くと、おばちゃんはアルチェムに視線を向ける。

「あまり自覚は無いんですけど、私酒癖が悪いらしくて、外では絶対に飲むなって言われてるんです」

「なるほどねえ。そういう事情ならしょうがないかね」

 酒場をやっているだけあって、おばちゃんも酒癖を出されてしまうと反論の余地などない。酔っぱらいの相手には慣れているが、しなくていいならしないで済ませたい。

 因みに、アルチェムの酒癖はアルチェム本人が問題を起こすタイプではない。というより、本人は少々酒が入ったところで、普段とまったく変わらない。

 ただし、普段はアルチェム一人かせいぜい巻き込まれた一人二人だけでとどまるエロトラブルが、無作為かつ無尽蔵に発生するようになるのだ。

 オルテム村の中や工房にいる時なら大した問題にならないが、出先で発生すると色々まずい。そのぐらいの常識と良識はあるらしく、アルチェムが外で作業するときは、オルテム村の人間全員が顔を見るたびに口を酸っぱくしていうのが面白いところだろう。

「さて、これがオルガ村自慢のルメルチ酒だ。後、そっちのパイはルメルチが入った奴で、これがまた甘さ控えめで美味いんだよ」

「へえ、ちょっと楽しみ」

 目の前に並んだ料理の数々に目を奪われながら、ルメルチに対する期待をどんどん高めていく春菜。

 今回用意された料理は昼食だからか、料理の数々と言ってもそれほどの品数は無い。肉類は無く、山菜の煮物とスープにパン、ルメルチのパイという、パイ以外は割合簡素なものだ。

 だが、簡素な料理だからまずいとか手を抜いているとは限らないのはよくある話である。それに、特産品などの味を見るには、簡単な料理の方が向いている事は多い。

「か~っ! この一杯のために生きてるって感じ!」

 デザートらしいパイを後に回し、とりあえず野草を使ったらしいスープに手をつけようとした春菜の隣で、最初の一杯を一気に飲み干した真琴がおっさんくさい言葉を吐く。

「姉ちゃんいい飲みっぷりだな。もう一杯いくか?」

「もちろん!」

 異変の調査をはじめとしたあれこれをあっという間に頭の片隅に追いやって、目の前の酒にのめり込む真琴。昼に出されるルメルチ酒はそれほどきつくないものなので、真琴の酒豪ぶりなら何杯飲んでも酔いはしないのは間違いない。だが、酔う酔わないと、調査という名目で訪れた村で昼間から浴びるほど飲むのとは別問題である。

「達也が仕事してる時にこんないいお酒にめぐり逢っちゃって、いいのかしら~」

 などと言いながら、杯をあける手を一切緩めない真琴。完全にダメ人間の行動である。

「因みに、夜はもうちょっと熟成させて酒精を数段きつくした奴がメインになるんだ。そっちはそっちでいけるけど、真昼間から客に堂々と出す人間はこの村にゃいねえからなあ」

「当り前さね。ああいうのは仕事の後にやるからいいんだよ。昼間っから仕事もせずに酒浸りになる穀潰しを抱え込む余裕は、こんな小さな村にゃありゃしないってね」

「昼間っから飲んで仕事してるオレに対するあてつけかい?」

「シームリットちゃんは黙認さね。あんた、一番強いルメルチ酒飲んで酔っ払っちまっても、修理ぐらいミスんないだろ?」

「鍋の穴ふさぐぐらいはなあ」

 などと、なかなかとんでもない話をしながら、シームリットが三杯目のルメルチ酒を飲み干す。どうやらこのウサギ男、昼間からの飲酒は常習犯らしい。

「相変わらず飲んでるねえ」

 昼食も大方終わり、真琴が八杯目、シームリットが六杯目に入ったところで、いつの間にか現れたバーストが呆れたように声をかけてきた。

「兄貴、いつの間に?」

「今来たところ」

 シームリットの問いかけに、まるでデートの待ち合わせのような返事をするバースト。その気安い態度と種族的特徴の一致、さらに兄貴という呼びかけ。そこから、恐らく血縁関係なのではないかと察した宏が、確認のために口を開く。

「念のために聞いきたいんやけど……」

「ああ、この変質者はオレの実の兄だ」

「この飲んだくれは、俺の実の弟さ」

 宏の問いかけに、兄弟そろって明確に肯定の言葉を口にする。変質者と飲んだくれ、社会的により駄目なのは兄の方ではあろうが、世間一般では度合いの差はあれどっちもダメ人間扱いされる人種だ。

 そういうところに共通点があるあたり、どっちもどっちのよく似た兄弟だといえなくもない。

「なるほどなあ。他に兄弟は?」

「神官やってる弟がいる。ただ、神官の割に呪われてるんじゃないかと疑いたくなるほど運が悪くてなあ」

「そうそう。オレらの弟とは思えないぐらい真面目で、なかなか見事な突っ込み気質なんだが、物凄く運が悪いから、そのあたりの克服のために今、修行の旅に出されてるんだよな」

「また濃いのがおるんやなあ」

 バーストとシームリットの説明に、宏がちょっと遠い目をする。その様子からは、自分達も人の事は言えないという自覚は一切感じられない。

「つかさあ、兄貴。調査隊と一緒に戻ってきてるってのは聞いてたけど、俺のとこに顔出すのが今頃ってどうよ?」

「お兄ちゃん、これでもいろいろ仕事してたのよ?」

「兄貴の仕事なんて、今日はせいぜい調査隊と村長との顔つなぎぐらいだろ? こんなに時間かかるようなことじゃねえじゃん。あと、転移魔法使えんだからさ、年一回、新年ぐらいは顔出しに来たらどうだ? マーヤも気にしてたぞ」

 そのまま、余人が割って入りづらい感じの兄弟トークに移るバーストとシームリット。どんどんと微妙になっていく内容に、ここはスルーだという事で日本人組とアルチェムの意見が一致する。

「春姉、春姉」

「何?」

「このルメルチって果物、ウルスとかで栽培できないかな?」

「今度、ドルフェットと一緒に栽培してみよっか」

 アイコンタクトで今決めた方針に従い、春菜と澪がバースト達に関して一切コメントせず、ルメルチの確保をどうするかで話し合う。

 二組のマイペースな連中に挟まれ、反応に困っているジョゼットが妙に哀れを誘う。そんなオルガ村初日の昼食であった。








「で、俺が村長や調査隊と飯食いながらいろいろ詰めてる間、飲んだくれと一緒に鯨飲してた、と」

「ごめんごめん。でも、ちゃんとお酒は確保してきてるからさ」

「それはいいんだが、本来の目的は酒でも飯でも果物でもなく、異変の調査だって事は忘れてねえだろうな?」

「だいじょぶだいじょぶ。あれぐらいじゃ酔わないって分かってたから、飲めるだけって感じでやらせてもらったんだし」

 バーストに言われ、調査隊の駐在場所まで移動した宏達を待っていたのは、一仕事終えた達也からの冷たい視線であった。

「で、この後どうするんだ?」

「周辺の地図はレイニーに丸投げしたし、村の商店とかの配置は酔いどれウサギに案内してもろたからなあ。やるとしたら、車出して森ちょっと見に行くぐらいか?」

「まあ、そんなとこか。歩いて一日ぐらいって事は、ワンボックスなら一時間ぐらいか?」

「多分、そんなもんやろう」

 滞在のための準備を進めている調査隊を横目に、今後の予定を話し合う宏達。今回は人数的にも資材や機材の分量的にも全員が宿に泊まる事は不可能なため、まだ開墾されていない村の空き地を間借りしてテントその他を準備する必要があるのだ。

 携帯用コテージのおかげでその種の作業が必要なく、また設営の手伝いも断られている宏達は、どうしてもこの後の時間は中途半端に手が空いてしまう。ならば、少しでも調査の足しとなる行動をした方が建設的であろう。

 因みに、ジョゼットは設営の方に回っている。宏達と違ってマルクトの指揮系統に組み込まれている人間なので、こういう時は普通に設営その他の仕事に入る。

「森の方に行くんだったら、お兄ちゃんも一緒に行きたいんだがいいか?」

 宏達の相談を聞いていたらしく、バーストが同行を申し出てくる。その申し出に、宏達がどうしたものかと顔を見合わせる。

「あ~、何警戒してるかは大体分かるけど、お兄ちゃん今割と真面目モードだから、今回は何もしないぞ?」

「説得力あらへんなあ……」

「いやいやいや。お兄ちゃんが女体に触るのは、触診と着替えの手伝いと研究の時だけと決まってるんだ。で、触診と着替えの手伝いはともかく研究は相手の許可を取らなきゃ触らないし、触診は来る前にやってるし、着替えの手伝いは今必要ないだろう?」

「大真面目に、ものすごい変態的な事言うとるけどどない思う?」

 バーストの主張を聞き、物凄く困った表情を浮かべてしまう一同。正直言って、説得力は欠片もない。微妙に信用もできない。なのに、何故か色々納得できてしまう。この、説得力も信用も無いのに納得はできてしまう不思議な感覚が、いろんな意味で難儀だ。

「多分、本人の主張通り手は出してこないとは思うんだけど……」

「不安は不安なのよねえ。あたしとしては、一緒に車に乗るのまでは妥協できても、隣に座られるのだけは嫌って気分」

「あ~、うん。それは私もかな……」

 とかく微妙な相手に、非常に困った話が続く。男性サイドも春菜と真琴の意見は実に頷けるが、バーストを連れていく事にもそれなりに意味はあるので、結論を出せずに悩んでいる。

「いっそ、空から行くとか」

 色々面倒になったらしい澪が、いろんな意味で手っ取り早い解決策を提案する。はっきり言って、別にワンボックスカーで移動しなければいけない理由は特にない。

「せやな。うちらが空飛ぶ船持っとんのは知られてんねんし、面倒やから飛んでくか」

「宏君。神の船だと、五分ぐらい?」

「そんなもんやな。短縮しよう思ったら一秒未満までいけるけど」

 歩いて一日の距離が、わずか五分。高速飛行できる移動手段があると、距離的な意味では物凄く世界が小さくなる。

「ほな、空飛んでいくことなったから、一緒に乗ってけばええわ」

「そいつはありがたい。ってか、やっぱ便利だよな。お兄ちゃんも魔法じゃない個人用の飛行手段が欲しいぞ、切実に」

「こいつはそうガンガン作れるもんやないから、悪いけどあきらめて」

「分かってるさ。その手のは、お兄ちゃんみたいなのに回ってくるより先に、国が数を確保するもんだ」

 やけに物分かりがいいバーストに、そういう判断ができるのに何故女性の美容がらみでは常識とか良識とかそういうのを捨て去るのか、だとか、その絡みの発言は非常に言葉の選択が誤解を招きやすい変態チックなものなのかとか色々小一時間ほど問い詰めたくなる達也。問い詰めた所でのらりくらりとかわされるのが目に見えているのでやらないが、なぜ彼がこうなったのかは、達也的に非常に気になるところだ。

 余談ながら、バーストは色々と意表を突く形で個人用の飛行手段を確保する事になるのだが、それはまだ先の話である。

「じゃあ、ここじゃちょっとあれだから、村の外にでよっか」

「そうですね。ここだと、色々と邪魔になりますし」

 色々決まったところで春菜が提案し、アルチェムが同意する。実際、村の中で船を出すといろんな意味で激しく邪魔になる。飛び立つまでの短時間とはいえ、配慮せずにすませていい問題ではない。

「あ、森の近くまで行くのでしたら、これを入り口に設置してきて頂けたら助かります」

「だったら、こいつもお願いします」

「了解。っちゅうか、簡易の転移陣も設置してきた方がよさそうやな」

「できるんですか?」

「色々制限はかかるけど、大した問題やあらへん」

「だったら、お願いします。費用は予算から出しますから」

 宏達が神の船で森まで行くと聞き、調査隊の面々がついでの用事をどっさりと頼んでくる。それらの打ち合わせで出発時間がずれ、結局村を出るのはそれから三十分後になるのであった。







「こら、あかんな……」

「うん。詳細は入ってみないと分からないけど、かなりまずい事になってるよね……」

「師匠、予想以上に切迫してる」

 ユニコーンの森を目にした瞬間、感覚周りの能力が高い宏と春菜、澪の三人が真剣な表情で深刻そうな事を言う。森が専門のアルチェムに至っては、今までに見たこともないような怖い顔で黙りこくっている。

 その様子と雰囲気に気圧されたか、達也と真琴がたじろいでバーストの方に視線をむけた。

「……正直、お兄ちゃんにはおかしくなってるって事ぐらいしか分からないんだが、具体的にどれぐらいヤバいか教えてもらっていいか?」

「詳しくはまだ分からん。ただ、僕らに言えるんは、この異変は今年入ってからとかそんな短期間の話やないっちゅう事と、このまま放置しとくといろんな意味で取り返しつかん事になりかねんっちゅう事ぐらいや」

「取り返しがつかん、ってえと、ダンジョンにでもなっちまうのか?」

「それぐらいで済めば、まだましやろな」

「お兄ちゃん、そのあたり全然詳しくないんだが、異界化してダンジョンに変質するより取り返しがつかない事ってあるのか?」

「パターンとしては三つほどあってな。一つ目は森全体がモンスター化するケース、二つ目はこの森が生き物が入った瞬間に変質してモンスターになったり発狂したりする土地になってまうケース、最後が邪神すら触れんほどきつい呪われた不毛の土地になってまうケース。
 どれも、なってもうたが最後でな。神様でもどうにもできんし下手するとどんどん広がって行きおる」

 宏の説明を聞き、バーストの雰囲気まで剣呑な方向に変わる。生まれ故郷が存亡の危機にさらされていると知り、完全にシリアスモードに切り替わったようだ。

「一応説明続けるとやな、ダンジョンの場合、誰かが連れ出さん限りは中のモンスターが外に出る事はあらへん。せやけど、森全体がモンスター化したり土地が変質してもうたりすると、そこで生まれたモンスターは普通に外で暴れまわりおる。
 しかも、そういうところで生まれたモンスターは、そこらのフィールドボスなんざ鼻で笑うほど強いケースが多い上に、必死なって仕留めてもまともに素材としても食材としても使えん奴がやたら多いねん」

「素材とか食材にならないのがどうまずいかはよく分からんが、それ以外については大体理解した」

「素材とか食材にならんのは、うちらの趣味以外の部分でも結構致命的やで。依頼以外やといくら仕留めても収入につながらんねんから」

「正直、そのランクになるとどうせ大概の人間にゃ加工も調理もできないから、あんまり関係ないような気もするがね」

「実際のところは案外、強さと加工とか調理の難しさに相関関係なかったりするけどな。それにそもそもの話、倒しても誰の収入にもならん相手に報酬かけて駆除するっちゅうても、出せる金には限度あるやん。しかも相手は無尽蔵に湧きおるんやから」

 宏の言わんとする事を理解し、かなり厄介な事態になっている事を改めて認識するバースト。どうやら、故郷どころかマルクト存亡の危機にまで発展しかねない状況にあるらしい。

 バーストに対する宏の説明が終わったところで、何かを決心した様子のアルチェムが近くにくる。

「ヒロシさん、ちょっと入って様子を見てきます」

「アルチェム一人で大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。そもそも森は私達エルフのフィールドですし、それに今回は私単独ではありませんから」

 一人で様子を見に行くというアルチェムに、不安そうに確認を取る宏。その不安を解消すべく、アルチェムが自身のガーディアンを呼び出す。

「……狼?」

「っちゅうか、大霊窟におるんと同じタイプやん」

「はい。大霊窟の守護者からいただきました」

 アルチェムが呼び出したガーディアンを囲み、春菜と宏がアルチェムとそんなやり取りをする。今まで存在すら知らなかった、アルチェムのガーディアン。大霊窟の守護者から貰ったというそれに、興味が集まるのは当然である。

「……色々気になる事はあるけど、まずは偵察を優先やな」

「そうだね。ただ、森の中をアルチェムさんだけに行かせるのはちょっと不安だから……」

「師匠、春姉。ボクがついてく」

「俺も行くさ。元々おたくらに同乗させてもらったのも、それが目的だからな」

 色々質問したい事はあるが、まずは目先の問題を解決してから。そんな宏の提案にのっかり、立派な毛皮に惹かれそうになっている気分をやや無理やり切り替えて追従する春菜と澪に、バーストが当初の目的に沿った申し出をしてくる。

 その申し出に一つ頷くと、澪とアルチェム以外の行動を決める他の相談に入る宏達。雰囲気や口調、そして何より放置しておくと故郷が滅ぶかもしれないという要素から、今回はバーストの事を信用するらしい。

「となると、あたしと達也は森の外側を調査、ってとこね」

「そうだな。安全を考えるなら全員で森、なんだが、ヒロは色々作業せにゃならんしな」

「じゃあ、私は……」

「春菜は残って、ヒロの手伝い兼護衛だ。正確には、護衛ってより支援と火力って感じだが」

「ん、分かったよ」

 もう一年以上の付き合いだけあって、あっという間に役割分担を決めてしまう宏達。それを見て、バーストが仮面の下で感心したような表情を浮かべている。

 その立場上、冒険者に限らず騎士団から学者、宮廷魔導師、アサシンギルドなど様々なチームを見てきたが、こういう異変に対応する際にここまでスムーズに役割分担を決められるチームは、意外と多くなかったのだ。

 そして、こういうチームは例外なく実力があり、簡単に被害を受けたりはしない。正直なところバーストは、アズマ工房に関しては普段の行動その他から、冒険者としては単に極端な技術力と生産力をバックに、道具任せで押し切るだけの連中かと思っていた。その評価が明確に間違っていた事を認識し、自分の中のあれこれを修正する。

「じゃ、サクサク行動開始ね」

「とりあえず、こっちの作業は一時間ぐらいやから、それ目処に集合っちゅうことで」

「了解」

 決めるべき事を決め、さっさと行動に移すべく安全圏である船から降りる一行。そこには、今までのような緩い空気は一切残っていないのであった。







 一方、その頃。

「お待ちしておりました」

「すまんのう。世話をかける」

「ヴァンパイアの真祖、その現在生存する最年長の方のお役にたてるのです。ダルジャン様の巫女として、これほど誇らしい事はございません」

「そう言ってもらえるとありがたい」

 ルーフェウスの工房では、大図書館を利用するためにヘンドリックがサーシャと合流していた。

「さて、大図書館を利用できるのはありがたいが、アンジェリカが不在なのが痛いのう」

「隠れ里、ですか?」

「うむ。一応里の連中は異文化交流という事で、一人残さず大地の民に預けてはきたがの。正直あまり長く預けられる訳でもなくてなあ」

「でしたら、図書館ですので最悪貸し出しという手も使えます」

 サーシャの提案に、ヘンドリックが意外そうな顔をする。一時ほど書物が貴重ではなくなっているとは言っても、やはり大図書館が収蔵しているものは稀少で高級なものが主体だ。物によっては、それが現存する唯一の書物、なんていう本もあり、そう簡単に貸し出しなどしていいともできるとも思えない。

 もはや原本が手に入らないような本は大半が写本を済ませているようだが、その写本も何冊もある訳ではない。迂闊に貸し出して破損でもしたら、色々と取り返しがつかない。

 歳を取っているだけにそのあたりの機微に敏いヘンドリックは、その敏さからサーシャの申し出を意外だと思ってしまったのだ。

「貸し出しなどして、大丈夫なのか? 儂がちゃんと返すという保証もないし、そもそも大図書館に収蔵しておる本は、貸し借りに向かんものが主体ではないのか?」

「あくまでヘンドリック様だから、という事になります。それに、稀少という訳ではない、印刷によりある程度大量に発行されている本は、保証料を預かった上で普通に貸し出しをしていますし」

「ふむ。世の中変わったものじゃなあ……」

 サーシャの説明を聞き、世相の変化にしみじみと感じ入るヘンドリック。

 そもそもの話、ヘンドリックが知る外の世界は、都市部でも識字率が低い。故に、本の貸し出し以前に図書館を利用するような人間自体が少なかった。識字率が低いのだから一年で書かれる書物の数も少なく、図書館が図書館と呼べるだけの蔵書を蓄えるだけでも一苦労だった。

 それが、今では印刷技術により大量に(と言っても地球の先進国とは比較にならないほど小部数だが)発行され、それを一般庶民が普通に手にとって読み、図書館から貸し出しを受ける。大図書館があるルーフェウス特有の事情ではあろうが、それでも昔を知るヘンドリックからすれば信じられない変化である。

「さて、そういう事なら、保証料を払えばいいのじゃな?」

「必要ありません」

「ふむ? そういうシステムじゃと、今話しておったではないか?」

「ヘンドリック様は、エアリス様からの紹介です。それに、アズマ工房というこれ以上ない身元保証人もございますし、何より数千年を生きた真祖の方です。本を粗雑に扱うことも、借りたまま返さないということもないはずです」

「返すつもりはあっても、事故や事件で返すに返せなくなる可能性はあるが?」

「その時はその時、その本はそこで失われる運命だったのでしょう」

 ヘンドリックの質問に対し、サーシャはダルジャンが言いそうな言葉できっぱりと答える。

 本に限らず、どんな物もいずれは無くなるのだ。書物というのは写本という手段がある分寿命が長いというだけで、失われる時は失われるのである。

 ダルジャンの巫女なんて役職についていると、その事は痛いほど実感させられる。管理がちゃんとできていなくて紙魚に食い荒らされ、復元できなくなって失われた書物など枚挙にいとまがない。不慮の事故や戦火、証拠隠滅のための焚書などを含めると、その数はもっと跳ね上がる。

「さて、こうして話をしていてもキリがありません。大図書館に向かいましょう。と言っても、この工房からはそれほど離れていませんけどね」

「うむ。頼む」

 どうやら、サーシャの言葉に色々納得したらしい。ヘンドリックが素直に大図書館までの案内をサーシャに頼む。

 もっとも

「外に出た途端、実に食欲をそそる匂いが漂っておるが……」

「そう言えば、そろそろアズマ食堂の営業時間でしたね」

「ふむ。食堂の営業時間という事は、昼飯時か」

 隣に建てられているアズマ食堂が営業を開始したタイミングと丁度重なり、スムーズに案内とは行かなくなるのだが。

「……そうですね。ここで食事を済ませますか?」

「かまわんのか?」

「ええ。大図書館の食堂になるか、ここになるかの違いだけですし」

 結局、宏達が乗り移ったかのように、飯のために寄り道をするヘンドリックであった。
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