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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第23話

「どんな感じじゃ?」

「難儀なことになっちょるっちゃね」

 シカ系獣人の老人の問いかけに、地面に手を当てて何やらやっていたエルフの女性が、首を左右に振りながら非常に怪しげな訛りの入った言葉で答える。

 ユニコーンの森は、マルクトの上層部が思うよりはるかに厄介なことになっていた。

「とりあえず、このあたりの大地は浄化したっちゃ。柵作ってここに無事なユニコーンさ避難させるべ」

「そうじゃな。当面はそれしかないか……」

「やらねえよりははるかにましだべ。手遅れになる前に、サクサク動くっちゃ」

「うむ」

 エルフの女性に促され、老人が指笛を吹く。その音に呼ばれ、十数頭のユニコーンがぞろぞろと現れる。

「しばらくはここにいるっちゃ。ここは普通の森になったっちゃ」

『世話をかけます』

「これもウチの役目っちゃ。でも、感謝してくれるなら、グリフォンの時に手伝ってくれたらありがたいべ」

『分かりました。その時は、私の名にかけて協力しましょう』

 エルフの言葉に、ユニコーンの中でも特に立派な角と体躯を持つ一頭がそう応じる。その後、どのあたりまでなら現状大丈夫かを告げ、慌ただしく他の場所にエルフが移動する。

 異変は静かに、だが着実に進んでいた。







「それでは、気をつけるのだぞ?」

「アンジェリカさんも気をつけて。私達の手が欲しい時は、いつでも言ってね」

「その時は連絡する。マークもあるし、状況次第では連絡してすぐに、直接転移する」

「うん。分かったよ」

 アルファトの工房に転送陣を設置した二日後。予定通り、三千年以上生きた長命種としての能力で情報収集を行うため、アンジェリカが工房を後にする。

「ほな、僕らも行くか」

「そうだね。アルチェムさん、あまり猶予なさそうなんだっけ?」

「そうですね。多分、急いだ方がいいかと思います」

 その後ろ姿を見送った後、宏達も調査隊と合流すべく、アルファト城へと向かう。急ぐと言っても相手のある事ゆえ限度はあるが、その前提で行動するかどうかは最終的に大きな違いとなってくる。

「ハニー」

 そんな風に急ぎ足での移動途中に、唐突に表れたレイニーに声をかけられ、不思議そうな顔をしてしまう一同。隙あらば宏を押し倒して色々やろうとする変態ではあるが、理由も許可もなしの接触は禁止というレイオットの通達をちゃんと守る律儀な面もある彼女が、何の前触れも無しに声をかけてきたのだ。不思議に思わない方がおかしい。

 なお、今のレイニーは、マルクトで一般的な普段着を着用している。微妙に色の浮いた表情もあって、間違ってもその筋の人間とは思えない。

「どうしたのよ、レイニー」

「殿下の指示で、同行することになった。今回のミッション、多分潜入系の人間は多いに越したことは無いと思う」

「なるほどね。殿下の指示なら、問題ないわ。ただし、あくまでも任務なんだから、宏にちょっかい出すのは禁止ね」

「分かってる。わたしだって、それぐらいの空気は読む」

 宏と接触すると、空気を読むどころか、待ても碌にできない駄犬に成り下がっていたレイニーとは思えない台詞に、日本人チームだけでなくアルチェムの顔まで驚愕に染まる。確かに最近はある程度自制がきくようになっていたが、それでも空気を読まない人間の代名詞的存在を脱却できるほどではなかった。

 会えない時間がそれだけの成長を促したのか、それとも変態で空気も読めず大した自制が効かないはずのレイニーをして自重しようと思うほど状況が悪いのか。どちらにしても、異常事態なのは間違いない。

「……まあ、ええわ。ちんたらしとる状況でもあらへんし、さっさと向こうさんと合流や」

「……そ、そうだね。でも、レイニーさんは一緒にお城に入っちゃっていいの?」

「何人かと顔つなぎはしてるから、大丈夫。それに、わたしとかここの変態とかに侵入できない場所は、現時点ではハニーの工房だけ」

 さらっと恐ろしい事を言ってのけるレイニーに、いろんな意味で各国の中枢が不安になってくる一行。そういうことにうといアルチェムですら、レイニーが言っていることの危険性はなんとなく分かっている。

「侵入できるのと暗殺できるのとは、それはそれで別問題」

「いやまあ、そりゃそうなんだが……」

「フォーレの王さまとか、最初の一撃で仕留めるの失敗したら、わたしとかの腕じゃまず殺せる気がしない」

「それもまあ、同意するところだが……」

 地味に戦闘能力の低い国王自体が少ないこの世界においても、フォーレとクレスターの国王は単体戦闘能力にかけては頭二つぐらい抜けている。一級の戦闘能力特化型冒険者数名に完勝できるクレスター王ほどではないが、フォーレ王もパンチ一発でワイバーンの頭ぐらいは軽く粉砕し、ケルベロスクラスの爪やブレス程度なら気合だけで無効化してのける防御能力を持つ、この世界最強クラスの個人である。

 このあたりにタイマンで勝てれば、間違いなく胸を張って人類最強を名乗れる。この二人はそんな規格外の国王なのだ。

「何にしても、レイっちの指示で動いとって、その上で顔割れとっても問題ない、っちゅうんやったら、僕らがごちゃごちゃ言う筋合いやあらへんでな。それに、手ぇ足りへんやろうっちゅうんも予想できとるし」

「そうね。というか、今となってはレイニーをそういう種類の工作に使う事って、あんまりないんじゃないかって気がするし」

 恐らくいろんな意味で問題ないだろうと考え、さっくり同行を許す事にする宏達。ダールの頃を考えれば随分レイニーの待遇も良くなったが、これに関しては間違いなく努力の結果による実績であろう。

 基本的に望む事は何一つ変わっていないレイニーだが、仕事を通じて一般常識をある程度身につけた結果、単に飛びかかって押し倒そうとしても目的は絶対に達成できないと学習したのだ。本性を隠して努力し実績を積み重ねれば、周囲の認識や評価も変わり、結果として直接事をいたそうとするより確実に望みをかなえられる事を学んだのである。

 もっとも、レイニーの本質は何一つ変わっていない。可能性としては相当低いが、恐らく望みを達成できるとなったら、今までと変わらぬ変態性を発揮していろんな意味でアブノーマルな事を楽しみつくすであろう。

 間違っても、春菜のようなほのぼのとした青春や色恋にはならない。レイニーの場合、そこのところだけは永遠に不変だ。

「さて、向こうさんはどんな人材を用意してるんやら」

「一人は変態なのは断言する」

「そういう、夢も希望もあらへん事断言するんはやめてんか……」

 レイニーの一言に色々不安になりながらも、王宮まで急ぎ足で進む宏達であった。







「くれぐれも、くれぐれも! 粗相の無いようにお願いします!!」

「おう! お兄ちゃんに任せとけ!」

 宏達が到着する少し前。合流場所ではそんな会話が繰り広げられていた。

「まったく、アサシンギルドも何を考えているのか……」

 今回調査隊に同行するセバスティアンの副団長・ティアンが、同じく同行者であるディフォルティア副団長・ジョゼットとバーストのやり取りを見ながらそう嘆く。

「あれの出身地がオルガ村らしいから、その絡みなんだろうな」

 それに対して、宰相が苦笑しながらそのあたりの理由を説明する。

「あのラインの実力者を選定するとなると、どうにも女癖が悪い奴が多い。あれは変態ではあるが、貞操的な意味では他に誰を連れていくよりも安全だからな。多少の顰蹙を買うぐらいは我慢するしかなかろう」

「顰蹙を買うのが前提、という時点で非常に遺憾なのですが……」

 宰相のその言葉に、ティアンが苦々しい顔でため息を漏らす。女癖が悪い奴が多い、という指摘に、反論の余地がなかったのだ。

「おはようございます。お待たせしました」

 そこへ、待ち人である宏達がやってくる。

「まだ集合時間には時間があるから、気になさらぬように。そもそも、城に住んでいる我らが早く集合して待っているのは、当然のこと故」

「お兄ちゃんは城に住んでる訳じゃないけどな」

 春菜の謝罪に気にしないように告げる宰相の言葉に、バーストが余計な茶々を入れる。

「お前は毎朝早朝からディフォルティアの更衣室に不法侵入してるから、集合が早かっただけだろうが……」

「不法侵入じゃない! あくまで城で生活しているお姉さま方の着替えの手伝いと健康管理に来てるだけだ!」

「やっぱり変質者がいた」

 ティアンの突っ込みに悪意も何も見せずに、胸を張って堂々と言い切るバースト。それに対してレイニーが正直な感想を言う。

「なあ、レイニー」

「何?」

「お前さんも、変質者度合いでは人の事言えないって自覚、あるか?」

「わたしはハニー限定。そこの変質者みたいに、誰彼構わず堂々と触らない」

 五十歩百歩とかドングリの背比べとか、そんな慣用句が頭をよぎるレイニーの言い分。それに対して慣用句通りに突っ込みを入れるべきか、それともレイニーが宏限定とはいえ十分変質者になっている自覚があったことに驚くべきか達也が一瞬迷っている間に、先にバーストがレイニーの言葉に反論する。

「変質者とは失礼な! お兄ちゃんは、あまねく女性の美と健康のために、持てる技能と人生を捧げているだけだ!」

「その信念は理解せんでもないが、やってる事を聞く限りは、明らかに世間一般で不法侵入と痴漢に分類されるからな」

「世間一般の評価なんか、お兄ちゃんは気にしてない!!」

「だったら失礼だとか言うなよ……」

 バーストの悪びれない態度に、心の底から疲れ切ったように肩を落とす達也。ボケ気質の変態を相手に突っ込んでいると、延々突っ込まされて疲れる。

「で、結局この変態は何もんなん?」

「そいつはコードネーム・バースト。マルクトのアサシンギルド構成員の中でも、三本の指に入る腕利きだ。もっとも見ての通りの変態で、五指に入るほど扱いづらい人物でもあるがな」

「五指に入るって、こんなんが後四人もおるんかい……」

「ああ。敵対しない限りは害のない変態、という点以外は一切共通点がないほど、性格的にはバラバラだがな……」

「難儀な話やな……」

 宏の疑問に、宰相が答える。余談ながら、初対面の日の最後に、公式の場以外では敬語の類は使わない事で合意しているため、こういう状況で宏達が宰相と話す時はタメ口だ。

「それにしても、ふむ……」

 丸い穴を三つ開けただけの何とも言えないデザインの仮面の下から、アズマ工房の女性陣を値踏みするバースト。そこには色欲だとか性欲の類は一切なく、いわゆるプロフェッショナルだけが持つ真摯さがにじみ出ている。

 そのまま二度三度うなずいたと思うと、不意に姿を消す。

「ひゃっ!?」

 レイニー以外の誰一人反応できない速度で春菜の背後を取った変態は、何やら納得しながらオーバーニーソックスに包まれた春菜の足をさすっていた。

 そのままプロフェッショナルな動きで、真琴、澪、アルチェムと次々に毒牙にかけていく。身構えていた真琴や澪すら出し抜くあたり、無駄に高い技量を感じさせる。

 何より恐ろしいことに、面と向かって触れられたというのに、油断して転寝しているときに不意に動物ややわらかいゴムボールなどが膝の上を通過したとか、そういった種類の驚きと反射的な不快感しか感じなかったため、触れられた全員の反応が一拍遅れる。

「いい仕事、してますねえ……」

「いい仕事って、何!? てか、いきなり変なとこ触るとか、普通に犯罪だと思うんだけど!?」

 いきなりのバーストの非常識な行動に春菜が食って掛かろうとした瞬間、バーストに向かって巨大な剣がなぎ払われる。

「危ねえなあ。お兄ちゃんじゃなかったら死んでるぞ」

「国賓に粗相を働くような変態は、そのまま死になさい」

 春菜をはじめとした女性陣が行動を起こすより先に、ジョゼットがどこからともなく取り出した巨大な両手剣を振り回し、バーストを斬り捨てようと奮起する。

「まあ、待て、落ち着け。客人の前だ」

「あなたがそれを言いますか!?」

「つうか、ちょっと話聞け」 

 ジョゼットが振り回している剣の上に着地したバーストが、場を仕切りなおすように真剣な声を出す。その妙な真剣さに、どうせたわごとであろうと頭の片隅で考えつつも、何か重要な理由があったのかもしれないと一旦矛を収めるジョゼット。

 たとえたわごとであったとしても、今までの経験上、自分たちでは制裁が成功するとは思えない。

 もっと難儀なことに、人数が多い、常習犯である、といっても、太ももを短時間さすった程度では本来たいした処罰はできない。というか、その程度で重罰を科していると、この世界のほとんどの国は回らない。

 対外的に考えても、国賓相手というのを考慮してもたいした罪には問えない。トラブルの内容が低次元過ぎて外に漏れること自体が恥な上に、仮に漏れたとして、他国もセクハラに対しては似たような認識なので、公式に罪状としてあげること自体が大人気ないとかそういう目で見られることになる。

 この場での制裁に失敗している以上、閻魔帳に記載して後で専属の仕置き人に制裁をしてもらった上で、客人たちに納得してもらえる補償その他をしたほうが丸く収まるかもしれない。

 そう考ええて、ジョゼットはティアンや宰相とアイコンタクトを取り、ある種のあきらめのため息とともにバーストの言い分を聞くことにした。

「お兄ちゃんとしたことが、あまりにいい仕事してるお嬢さん方を見て、ついつい本当にこんな奇跡があるのか確認したいって衝動に負けちまったんだ。つうか、この場で行動に移しちまったのはうかつだが、美容業界にいる人間なら誰でも目を疑うぞ?」

「……その、いい仕事というのは何ですが? あまりにしょうもないことを言うようなら、今度こそ叩き斬りますよ?」

「いい仕事ってのはだな。肌の張り、つや、手触り、更には筋肉の付き方に脂肪の割合その他、健康で健全かつ美容にちゃんと注意を払っている証拠が揃ってるって話。食生活に睡眠時間に肌の手入れ、更には精神的な要素まで、どれ一つとっても完璧だよ。参った」

 いきなりの派手な立ち回りに怒りを忘れて唖然としていた春菜の前に立ち、何やらありがたそうに柏手を打って拝むバースト。そもそもこの世界に柏手を打つなどという作法がなぜ存在しているのか、という地味ながら考えようによっては重大な疑問は、それ以前のバーストの行動のせいで、思考の隅に追いやられざるを得なくなる。

 救いようのない変態ではあっても、美容がらみに関しては一目おかざるを得ないバーストの言葉に、ついつい制裁のことも忘れて春菜の姿をしげしげと確認し、言いたいことを理解してしまうジョゼット。

 行動の是非で言うと圧倒的に非ではあるが、不覚にも本当に印象どおりなのかを触れて確認したいという意見に納得してしまったのだ。

「お兄ちゃんの目指す境地にして極意に自力で辿り着いた上に、誰に言われるでもなくそれを維持してるその秘訣、是非とも教えてもらいたいもんだ」

「教えろって言われても、一日トータルで栄養バランスとカロリー考えた上で三食きっちり食べるのと、ちゃんと体質にあった化粧水と乳液で肌の手入れするのと、用事がない時はちゃんと睡眠時間を確保する以外の事は特に何もしてないよ?」

 やけに真剣なバーストの質問に、ジョゼットの行動で出鼻をくじかれた上にその雰囲気に呑まれた春菜が、いろんな意味で困惑しながら正直に答える。自分達の職務範囲に関わってくるからか、この期に及んで詰め寄って質問していたバーストをしかりつけようとしていたティアンとジョゼットも春菜の回答を真剣に聞いて頷いていた。

 三食に必ずモンスター食材か神の食材が使われている事や使っている基礎化粧品が宏特製のやたら効果が抜群なものである事、寝具が王族ですら使っていない特級の寝心地と目覚めの快適さを誇るものである事を横に置けば、春菜の回答は一切間違っていない。

 もはや当たり前になっているために春菜の頭からすぽんと抜け落ちているが、春菜達と同じ前提条件を満たせば、恐らく誰だって肌や髪に関しては一番魅力的な状態を保てるだろう。

 結局そのあたりの要素に誰も気がつかず、バーストもティアンもジョゼットも、当たり前のことを極めるしかないらしいとある意味において正しい結論に到達する。

「まったく、美容の道は奥が深いな」

「本当ですね……」

 基本を極めるだけでこうなる、という究極例を目の当たりにし、バーストとジョゼットがしみじみと頷き合う。

 顔や身長、胸の大きさなど、ある程度生まれ持っての資質に左右されてしまう要素はともかく、髪や肌の状態は神々でもない限り条件は同じである。

 春菜達に関しては、体質にあった基礎化粧品という形で神の手が入っているといえなくはないが、それでもいわゆる普通の人間でここまでできる、という実例は大いに参考になるとともに、その到達点の遠さは今後の研究に気合を入れざるを得なくなるのには十分だ。

 どんなに到達点が遠くても、バーストやジョゼットに諦めるという選択肢は無い。アズマ工房の女性陣、特に顔の造形だけなら何処までも普通である真琴を見れば、女性の美と健康に並々ならぬこだわりと愛をそそぐバーストや、外見を磨くことも重要なセバスティアンおよびディフォルティアの面々が気合を入れない訳がない。

 この時点で、とうとうバーストが粗相を働いた事は忘れ去られていた。

「物凄く盛り上がっているところに悪いが、バーストの変態的な行動がうやむやになっている件について怒らなくていいのか?」

「……あっ」

「なんか、すごく大真面目に美容と健康について質問された上に、そっちのお兄さんとお姉さんもやけに真剣だったもんだから、やられた事が本来は普通に痴漢だって事をさっくり忘れちゃってたわよね……」

 ディフォルティアのお姉さま方がなんとなくバーストの更衣室侵入を許してしまっているのと同じ流れで、思わず普通に太ももを撫でまわされた事をスルーしていた事を、宰相に指摘されてようやく気がつく春菜と真琴。

 アルチェムにとってはこの程度のセクハラはいつもの事で、澪は向こうにいた頃に治療の一環で受けたマッサージと同じ触り方だったため、そもそも最初からそれが痴漢行為にあたるなんて欠片も思っていなかったりする。

 更にいえば、レイニーにレーフィアの巫女にスノーレディにと濃い変態に遭遇しすぎたせいか、それとも油断するとオクトガルにセクハラされるせいか、全体的に慣れて麻痺してしまった部分が多分にある。

 結果、そういう面で比較的常識が残っていたはずの春菜と真琴ですら、命や貞操に関わるところまで行かないと、今回のように怒りを表明するタイミングで出鼻をくじかれた場合、勢いなどで押されてスルーしがちになってしまっていたのだ。

 そこに特に春菜にとって重要な事情として、自分自身の軽度な被害に対して、宏の前であまり攻撃的で暴力的な対応を取ると、その宏の女性恐怖症がどんな反応を見せるのかが予想できなくて怖い、という問題もある。そういった諸々の事情から、年頃の女性としてはありえないほど寛大な対応になってしまったのだ。

 もっとも、ジョゼットがバーストに対して制裁を加えようとしたシーンを目撃しているはずの宏は、その流れがあまりにも予定調和すぎたためか、唖然とはしていても特に恐怖症的な反応は見せていない。

 変態大勝利の構図である。

「も、申し訳ありません!」

「重ね重ね無礼をいたしまして……」

 宰相の指摘を受け、ティアンとジョゼットが大慌てで謝罪する。やらかした当人はそもそも肌の状態確認のための触診という意識なので、場所をわきまえずにいきなり触ったこと以外は、悪い事をしたなどとは一切思っていない。

「これ以上許可なしで触るのは制裁案件だけど、今回はあたし達もスルーしちゃったし、そもそも執事のお兄さんと侍女のお姉さんが謝る事でもないんじゃない?
 流石に次は無いけど」

「そうだよね。それに、胸とかみたいに絶対触られたくないところは触られてないし、こんなどうでもいい事、というか乙女のプライド的には本当はどうでもよくは無いんだけど、この程度のこと一回ぐらいで謝ってもらったりとか制裁とかに時間使うのは、今の状況だとどうかと思うし。たしか、割と緊急事態なんだよね?
 流石に次は無いけど」

 苦笑しながらの真琴の言葉を受け、春菜がこれ以上この話は蒸し返さない事を宣言しつつ、余りくだらない事で時間をかけられる状況ではない事を確認する。

 春菜に緊急事態であることを確認され、宰相とアルチェムが真剣な顔で同時に頷く。とはいえ、宰相は国を預かる立場としてこのままスルーする気は一切なく、閻魔帳に記載した上で後で制裁案件として、現在修行の旅に出ざるを得なくなって不在の専属制裁人に制裁させることは決定しているが。

「ほな、さっさと移動しよか。調査隊のメンバーはこれで全部なん?」

「ああ。立場上私は同行できないが、調査に入るメンバーはこれで全部だ」

 バーストが余計な事をしている間に、関わらないように再度機材の漏れが無いかのチェックなどをしていた他の調査隊メンバー約三十名ほどが、宰相の言葉を聞いて整列して一礼する。半分ぐらいはアルファト城に勤務している学者や魔導師で、そこに斥候隊と一般兵士、セバスティアンとディフォルティアの隊員が数名ずつ加わる構成である。

「この人数と荷物の量やったらうちらの船で十分運べるし、空からさっくりいこか」

「空から? 噂に聞く例のあれか?」

「せやで。いわゆる神の船っちゅう奴や」

「ありがたい申し出だが、使わせてもらって、いいのか?」

「こっちが言い出した事やから、気にせんと使ってくれてええで。移動も楽しむ観光やったらともかく、調査目当てで移動にそんなちんたら時間かけてられへんしな。馬車やと、ごっつ時間かかるんやろ?」

 割合切羽詰まっているらしいと聞いていた宏が、移動時間短縮のためにそう申し出る。

 いかにこの世界の馬車が運搬の面で地球の馬車より優れていても、調査用の機材を運ぶとなれば人だけを運ぶより余分に時間がかかるのは避けられない。荷車自体が荒地走破性能が低めで速度を出すのに向かない構造な上、運搬する機材にはデリケートなものもあり、何より機材に重いものが多く普通の移動より重量がかさむからだ。

 人でも馬でも引ける構造の運搬用の荷車は、重量軽減と容量拡張のエンチャントを徹底的に強化したところで、普通は何もしていない物の三十倍ぐらいが限度だ。軍用のもので四十倍から五十倍、荒地走破性能が高く速度が出しやすいというものもあるが、そんなに数を作れるものではないし、モンスター討伐などの行軍でいつ必要になるか分からない。辛うじて人員輸送用に高速馬車を三台ほど用立てしてもらっているが、人員輸送用ゆえにこの手の物資運搬には向いていない。

 今回は食料などはある程度現地調達させてもらうことで合意しているが、それでも物資満載の荷馬車が三台ほどは必要となる。物資満載の荷馬車を三台も連れて移動となると、乗合馬車などで移動するより三割から五割、天候や路面状態によっては倍近く時間がかかることもある。

 魔導師を十人ほど投入しているため、重要な機材以外を捨てさえすれば戻ってくるのは一瞬だが、ファーレーン王家の人間か邪神の手先でもなければ、現在の荷物と人員を転移魔法で運ぶ事は不可能。そういったもろもろを考え、宏が申し出たのだ。

「で、目的地まではどんぐらいかかるん?」

「乗合馬車で一週間、機材の運搬も考えれば十日といったところか」

「ほな、目的地知らんからゆっくり目に飛ぶっちゅうこと考えても、三十分ぐらいやな。一カ月二カ月とか言い出したらともかく、三十分ぐらいやったら部外者乗っても全然問題あらへん」

 そういいながら、ざっと集合場所付近を確認し、船の展開場所を見つくろう。

「あの辺やったら十分船出せるけど、出してもうてええ?」

「ああ。頼む」

 宰相の許可を得て、集合場所から五百メートルほど離れた場所に神の船を展開する宏。唐突に表れた神の船に、調査隊の間からどよめきがわき起こる。

「ほな、さっさと荷物積んで出発や。念のために、馬車と馬も積んでこか」

「そう言えば、この船って動物用のスペースあった」

「こういうケースもあるやろ思ってな」

 使うかどうかも分からない動物用のスペースがあった事に感心する澪に、宏が胸を張ってドヤ顔でそういってのける。マッドサイエンティストの必殺技・こんなこともあろうかと。タイプは違えどマッドの系譜につながる宏も、問題なく習得しているようだ。

 搭載できる容量は馬車十台分とそれを引くための馬。見た目や本来の容積よりも居住スペースやペイロードがかなり大きい神の船だからこその荒技である。

「なあ。出発前にちょっと確認したいんだが、いいか?」

 荷物の積み込み作業が始まったところで、バーストが宏達に声をかける。相変わらず仮面をつけたままなのでその表情は分からないが、その雰囲気は実に真面目なものである。

「何、バーストさん? 調査がらみ?」

「いや。調査がらみじゃない。あと、お兄ちゃんの事は愛と敬意をこめてお兄様(スイート・ブラザー)と呼んでくれ」

「調査がらみじゃないなら、何?」

 バーストの戯言をさらっと流し、質問の続きを促す春菜。戯言に付き合っていてはキリがないと早くも学習したようで、そのスルーぶりは堂々としたものだ。

「お兄ちゃん、前の任務でリーファ王女の面倒見てたんだが、あの時あの子は酷い状態でなあ……」

「つまり、今どうなのか情報持ってないか、って事?」

「ああ。あんた達、ファーレーン王家と仲いいんだろ? なんだかんだで情に厚いあの王家に保護されてるから、そんなには心配してないんだが……」

「最近、エルちゃんに連れられてうちに来たって聞いてるよ。ライムちゃんと剣玉とかで一緒に遊んだってアンジェリカさんは言ってたかな」

「そっか。少しは子供らしくやってるのか。そいつは良かった」

 春菜からの情報に、心の底から喜んだ様子を見せるバースト。その喜び方の種類が澪的な定義で言うところの紳士のものではなく、我が子的な感じで面倒を見ている近所のおじさんとかが、入学などを喜ぶ感じなのが趣深い。

 行動も言動も基本変態でその自覚がない男だが、純粋に面倒見はいいらしい。

「あんな絶望しきった鳥ガラ寸前のロリータなんて、お兄ちゃんとしては到底認められるものじゃなかったからなあ。その様子だと、近いうちに身体の方も魅惑的なロリぷにボディを取り戻してくれそうだし、上手く行けばそのまま健全で健康な形で思春期の危うい心と体を経て純情な魔性を秘めた肢体に育ってくれそうだし、本当にひと安心だ」

 見直しかけた所に、この弁護しようのない百パーセント変態発言。本人の特性をなんとなく理解した今では、言いたいことも分かるし本質部分は同意するところでもあるのだが、もう少し言い方とか言い回しというものを考えてほしいと思ってしまう春菜。

 そこへ、話がひと段落ついたと見て、レイニーがよってくる。バースト同様、積み込み作業の間は特にする事がないので、ある程度の打ち合わせや認識のすり合わせに時間を使うことにしたらしい。

「相変わらず変質者全開」

「言うなよ、てれるじゃないか」

「褒めてない」

「あ、やっぱり?」

 ファーレーンが誇る変態とマルクトが頭を抱える変態が軽く言葉のジャブをぶつけあいはじめたの見て、そっとその場を離れる春菜。巻き込まれては大変だと思ったらしい。

「それにしても、割と本気で二度と顔を合わせない事を祈ってたってのに、またお前さんと一緒に任務をこなすとはなあ……」

「世の中そういうもの」

「縁とか実力の問題とか言っちまえばそれまでだが、それだけ今の情勢が厄介で物騒って事なのかねえ」

「少なくとも、ウォルディス関係は厄介で物騒」

「だよなあ……」

 そんな春菜をスルーし、挨拶代わりの前置きを軽くすませ、一呼吸置くレイニーとバースト。その一呼吸でお互いに話の持って行き方をまとめ、レイニーがまず口を開く。

「今回の異変、どの程度の情報を持ってる?」

「事前に渡された資料以上の事は分からない。というか、恐らくギルドも王宮の諜報部も、これ以上の情報は無いから今回の調査なんじゃないか?」

「言い方を変える。あなたは今回調査にいく土地の出身だと聞いた。その知識と照らし合わせて、特に大きく引っかかる事は?」

「いくつかあるが、前提としてあの森のユニコーンについてよく知ってる事ってのがあるからなあ。難儀なことに、その事前知識がないと、お兄ちゃんの違和感を理解してもらえないんだよなあ……」

「むう……」

 変態同士とは思えない、非常に真面目な会話を始めるバーストとレイニー。こういうところは、やはり腕利きの特殊工作員である。

「最初からあの態度なら、触診とかも誰からも文句言われないのに」

「本当にそうですよね……」

 シリアスな雰囲気で打ち合わせと情報共有を続けているバーストとレイニーを見て、澪とアルチェムがそんな感想を漏らし合う。

 大概のセクハラをセクハラと感じず、いまだに性的な要素では常識がかなりずれているアルチェムにすらそんな事を言われてしまう、ある種筋金入りのバーストであった。







「空の旅ってのはいいもんだな。お兄ちゃんも個人用に一つ欲しいぞ」

 出発から三十分後。予定通りにオルガ村郊外街道脇の未開地に船を下ろしたところで、空にいる間は実に静かだったバーストがしみじみそんな事を言い出した。

「欲しいのは理解も同意もするが、何処の王家も持っていないようなものを、たかが一介のアサシン風情が個人所有できる訳がないだろうが」

「わーってるって。単に、持ってたら今回みたいな任務の時に便利だよなあ、って思っただけで、もらえるとか思ってないさ」

 ティアンの厳しい突っ込みに、おどけて両手を上げそう弁明するバースト。とは言え、ここまでの規模でなくていいから、個人用に飛べる船が欲しいと思っている人間は、実のところかなりの人数がいる。

「そういや、レイニーのバイクって飛べたよな?」

「うん。飛べる」

「使ってるか?」

「結構便利に使ってる」

 バーストとティアンの会話を聞くとはなしに聞いていた達也が、ふと思い出した事をレイニーに確認する。実のところ、宏がこちらの世界で初めて作った飛行手段はレイニーのバイクなのだが、あまりに個人の身体能力に依存し過ぎる仕様ゆえに、飛べると知っていてもレイオットから追加注文は来ていない。

 時速五百キロ以上で空を走るバイクは、レイニーのようにあちらこちらに潜入しては情報を集めたり、秘密裏に重要人物と接触したりする人間には非常に便利なのは間違いない。だが、あくまでも運べる単位が人間一人とその手回り品少々、頑張って二人乗りが限界となると、軍や王族が使うには色々と難があるのだ。特に、荷物が馬ほど運べないのが厳しい。

 しかも、使われている素材を考えると、馬の代わりに数を用意するにはコストがかかりすぎる。馬とは必要な訓練も大きく違うので、ファーレーン政府はレイニー以外の分を調達するつもりは今のところない。

「まあ、それはそれとして、だ。流石に派手に空を来たもんだから、村人たちが驚いて集まってきてるんだが、どうする?」

「そういう時のために、バーストが同行している。だろう?」

「ま、そういうことだな。お兄ちゃん、ちょっと行ってくるわ」

 調査隊が荷物を降ろしている間に、人を食った態度のままバーストが村人たちの方へと迷いない足取りで歩いていく。

 そのまま何やら村人たちとやり取りをし、村長らしい誰かから一発しばかれた所で、責任者であるティアンとジョゼット、それから今回の調査での重要人物である宏達を手招きして呼ぶ。

「とりあえず話は通したから、後の細かい事はそっちで詰めてくれや」

「了解」

 バーストに振られ、ティアンが前面に出る。今回の調査隊がらみでは、細かい条件面での打ち合わせや交渉はティアンの役目となっているのだ。

「こっちの話は俺がやっとくから、お前らは村の中と周辺を確認しといてくれ」

「そうですね。こちらの話は私とタツヤ様だけで十分でしょうし、他の皆様はジョゼットと一緒に実務方面で色々詰めていただけたら助かります」

「了解や」

 村長に一通り自己紹介を済ませた後、達也とティアンの申し出を受けて村長の前を辞去する。村長の方も滅多に来ないようなえらいさんと、そのえらいさんが重要なゲストとして扱っている存在にビビっており、人数が減ると聞いて助かったという表情をしている。そういう方面でも、宏達が同席しているのはマイナスになりそうだ。

「えらいビビってはったけど、別に権力者っちゅうわけやないんやから、うちら相手にそんなにビビらんでもええやんなあ?」

「だよね~」

 村長との話し合いの席を離れ、十分に距離を取ってから先ほどの光景に対して素直に思うところを口にする宏と春菜。確かに最近は王族とのつながりも多くなってきてはいるが、宏達の認識では基本ただの少人数の工房にしか過ぎない。ほぼ自給自足が成立している上に逃げ込む先を多数確保しているため、仮に何かあって国から追われる身になっても問題は無いが、逆に言えばその程度の強みしかない。

 という感じの自己認識をベースに会話を続ける宏達を、困った顔で観察するジョゼット。各国の認識、というより本当のアズマ工房の実態は、そんな生温いものではないのだが、それをどう理解させればいいのかが分からないのである。

 一部の貴族のように無駄に特権意識に凝り固まって、むやみやたらと身分や権力を振りかざして好き放題やるのも困るが、宏達のように自身の立場や実態、影響力などといったものを正確に認識せずに振舞われるのも、厄介さで言えば大差ないだろう。

「まあ、村長さんの態度は別にいいとして、まずは何確認する? このままぶらぶら歩き回るだけってのはいくらなんでもまずいわよね?」

「せやなあ。とりあえずさしあたって、この村にある店とかは全部チェックしとこか。大概のもんは何とかなるにしても、やっぱりすぐに手持ちがなくてこの村から調達せなあかんもんとかも出てくるやろし」

「師匠に賛成」

「わたしは村の周りと、森までの道その他について確認してくる」

「頼むわ。できたら簡単にでええから、地図も作っといてな」

「ハニーに喜んでもらえるように、ちゃんとしたのを作るから期待してて」

 村の外に関しての情報収集をレイニーに振り、さしあたっての方針として、村の経済活動について把握しておくことにした宏達。オルガ村は人口五百人ほど、世帯数は百世帯を行ったり来たりする程度の、吹けば飛ぶようなという表現から辛うじて脱出しつつある規模の村でしかない。

 そこに、総勢四十名ぐらいが押し掛けてきたのだから、村長と代表者の話し合いで決めた事以外にも色々と気を使う必要がある。

「ここもレイテ村なんかと同じで、家とかは一カ所に集まっとんねんなあ」

「お隣まで何キロ、とかそういう事はなさそうだよね」

「師匠、宿と雑貨屋発見」

「あ、本当です。オルテム村には存在しない、専業のお店です!」

 最低限の商売は成り立つ規模なのか、オルガ村には専業の店がいくつかあった。この中で特に驚きなのが宿屋で、乗合馬車で一週間とはいえ街道の終点にあり、ここを通ってどこかに行くという事がない立地にある村にあるのはかなり珍しい。

 基本、村の範囲に収まっている集落は規模の大小にかかわらず、街道沿いで宿場町と宿場町の間にあるような場合を除いて専業の宿などない。理由は簡単で、来るのが行商人ぐらいしかおらず、泊まる人数も頻度も知れているため商売が成り立たないからだ。

 そういう一般常識からすれば、オルガ村の立地で専業の宿屋が存在するのは、絶対あり得ないとはいえないまでもかなり異例の事ではある。

 なお、十倍以上の規模があるはずのオルテム村が、専業の店どころか貨幣経済すら成立していないのは、外部から完全に隔離された完全自給自足の集落である事が影響している。話し合いと物々交換で全てが解決しており、わざわざルールを決めて貨幣を用意する必要がなかったのだ。結果、少々の不便と貨幣経済導入の面倒くささを天秤にかけて面倒くささが勝り、人口が一万人もいるのに貨幣経済が成立しなかったのである。

 因みに、この状況はオルテム村に限らずエルフの集落全般に言えることであり、独自に貨幣経済まで移行したのは十万人規模の都市を作った四集落だけである。種族の総人口は一千万人近くいるのだが、その大半がヒューマン種主体の都市にいることもあって、案外エルフだけの集落というのは規模が小さいものしかないのもこの傾向に拍車をかけている。

「宿と雑貨屋以外はパン屋と鍛冶屋、ちょっとした食料品の店に……、冒険者協会の出張所まであるんか」

「ここはユニコーンの森があるからなあ。その絡みで冒険者協会も出張所ぐらいは置かにゃならんのよ」

 宏がつぶやいた疑問に、知らぬ男の声が答える。その声に振りかえると、鍛冶屋から出てきたらしいウサギ系獣人の男がやけに友好的な笑顔を浮かべて立っていた。他の国ではほとんど見た事のない、サングラスのような何かをかけているのが特徴的である。

「あんた達、空から派手に下りてきた調査隊の人だよな?」

「派手に下りた記憶はあらへんけど、調査隊の人間なんは間違いあらへんな」

「だよな。本当に助かったよ。こんなに早く来てくれるとは思ってなかったからさあ」

「そないに切羽詰まっとったん?」

 心から歓迎している様子の男の態度に、色々不吉なものを感じた宏が問いかける。

「いや、オルガ村だけで見れば、まだそこまでは行ってねえな。ただ、オレ個人としては、今回の異変が結構切実な問題につながってるんだわ」

「切実、っちゅうと?」

「立ち話するにはちっと長くなる。ついでにこの村とかユニコーンの森とかについても説明するから、そこの酒場まで付き合ってくれ。一杯おごるよ」

「昼間っから酒かいな」

「オレにとっちゃあいつもの事だ。それに、この村の酒は安くてうまいからな」

 いまいち答えになっていない答えを返す男の言葉に、真琴が食いつく。

「安くて美味しいお酒があるって、本当に?」

「おう! オルガ村特産のルメルチ酒は、ほどよい強さと深い味わいが自慢でな。そのまま飲んでよし、料理に使ってよし、カクテルによしと最強の酒なんだよ。新酒も熟成したのもそれぞれに美味いし、おまけに、素人が適当に熟成しても失敗しないっていうありがたい性質もあるしな」

「へえ。それは試さなきゃ駄目ね」

 飲兵衛の真琴が飲兵衛らしい男と一瞬で意気投合する。男と女なのに色気の欠片もないところが、いろんな意味で泣けてくる。

「じゃあ、ちっと悪いが先に行っててくれ。雑貨屋で調達するものがあるんだ」

「あ、雑貨屋で売ってるものが気になるから、ついていくよ」

「せやな。場合によっては長居する事になりそうやし」

 春菜の提案に便乗し、ぞろぞろと雑貨屋についていく一行。なし崩しに同席することになったジョゼットも、村の現状やら男の事情やらには興味があるらしく、特に文句は言わない。

 オルガ村の雑貨屋は冒険者が使うような消耗品と生活雑貨を扱うごく普通の雑貨屋で、男が塩をはじめとしたあれこれを注文している間、真琴は懐かしそうに、宏と春菜と澪は何処となく感激したように、アルチェムは物珍しそうに店内を見て回るのであった。







 一方その頃、アルファトでは。

「中々、隙がないな……」

 新たな隠れ家に潜んでいたタオ・ヨルジャが、忌々しそうにそう吐き捨てる。

 宏達の拠点をどうにか割り出し、アルファト城に向かうタイミングで接触しようとしたものの、唐突に現れたレイニーに機先を制されて失敗したのだ。

 幸か不幸か王女のお守という役目が無くなったため割と身軽に動け、路銀その他の心配も冒険者協会で依頼を受けることで虎の子の財産に手をつけずにやって行けてはいる。

 だが、本来の目的であるウォルディスの打倒と現王家の処刑、そして祖国ミンハオの再建に関しては一切目処が立っていない。

 否、ウォルディスの打倒に関しては、ある意味目処が立っている。ファーレーンがウォルディスに対抗するための大義名分を手に入れ、西側諸国とマルクト、ローレンが急速に手を組み始めているからだ。

 内部事情を知るタオ・ヨルジャからすれば、恐らくモンスターの集団である軍部はともかく、国家としてのウォルディスにはそれに対抗する能力などないと断言出来てしまう。故に、少なくない被害は出るだろうが、ウォルディスが滅ぶのは時間の問題だろう。

 だが、それでは駄目なのだ。その流れでは、タオ・ヨルジャは何一つ功績を上げられず、新たに立ち上がるであろう国に対して、一切の発言権を得られない。それに、今の対ウォルディス連合だけで決着をつけてしまえば、ミンハオの再建も不透明になってしまう。

 いくら聞き分けが良かったとはいえ、ただのお荷物であったリーファをかなりの財産を投入して救出したのにそれでは、何のために命をかけたのか分からない。

 そのため、せめて現状の巻き返しを図るための切っ掛けを、タオ・ヨルジャは虎視眈々と狙っていた。

「タオよ、もう諦めたらどうだ?」

「諦めきれるものか! ここで諦めたら、某は何のために先祖伝来の宝物を手放してまで王女を逃がしたのか分からぬ!」

「そんな考えでいるから、警戒されて排除されたんだろうが」

 宰相の懐刀、レーゼット・ヨールがタオ・ヨルジャの言い分を冷たく切り捨てる。変わり果てた旧友の姿に、哀しみのあまりため息が止まらない。

 年齢こそかなり離れてはいるが、レーゼットとタオ・ヨルジャは親友と言ってもいい間柄だった。互いに尊敬しあえる仲で、自身の祖国に弓引かぬ限りは助け合うことを誓うのに躊躇いは一切なかった。

 だが、今のタオのためには、どうしても動く気にはなれない。

「リーファ王女に忠誠を誓え、とまでは言わない。ファーレーンで心を取り戻すまでは、あの方は生ける屍も同然だったからな。だが、忠誠を誓っていない事と、そんな幼い子供を食い物にしようとする事は、別問題だ」

「ふん! 某がおらねば、あの子供は城を出る暇も与えられずに殺されておったわ! それを助け出し、ちゃんと王女としてマルクトまで届けたのだから、何らかの褒美を求めるのは当然だろうが!」

「褒美目当てに行動する事を悪いとは言わん。だが、それでもせめて、王女の事をもう少し気にかけるそぶりぐらいは見せろ。大国の王族や首脳部が、いかに功績があろうと人でなしに莫大な褒賞を与える事はあり得ない」

「某が人でなしなら、国を動かしている連中は皆人でなしだろうが!」

 一切聞く耳を持たないタオ・ヨルジャに、レーゼットが深々とため息をつく。公人としては完全に見限ったものの、それでもかつては友と慕い、尊敬した相手だ。できる事なら問答無用で切り捨てたくなどない。

 それに、一切信頼できぬ所まで堕した男とはいえ、功績があったのも動かしようのない事実である。それを信頼できぬから、とか、折角助けた王女に対して害になるからとかそんな理由で物理的に排除するのは、ウォルディスのやり口と変わらないのではないかという悩みもある。

 王女という歯止めが無くなり、いろんな意味で堕ちるところまで堕ちたタオ・ヨルジャ。その絡みで色々な悩みを抱え、ため息を止められぬレーゼット・ヨールであった。
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