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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第21話

「ジュリア・エイト、あなたは本日これより、ディフォルティアの一員となりました。その名に恥じぬよう、常に己を磨き続けるように」

「ありがとうございます!」

 ジュリア・エイト、十五歳。厳しい修業を乗り越え、この日ついに彼女は憧れのディフォルティアに入団を果たした。

 もっとも、セバスティアンと双璧をなす特殊部隊であり、要人警護から電撃戦によるモンスターの駆逐、更には演劇やレビューによる慰問なども一手に引き受けるのが侍女騎士団ディフォルティアだ。入団はゴールではなく、あくまでスタートラインに立たせてもらう、その資格を得ただけにすぎない。

 そのスタートラインに立つのでさえ容易ではなく、スタートラインに立つ前段階である見習いでさえ毎年何千人もの志願者が数十人まで絞られるような競争率なのだが、何処の世界も花形の職業というのはそういうものである。

「貴女のロッカーは一階東百八十六番、これがそのカギです。そこに、制服をはじめとした一式を用意してありますので、直ちに着替えて練兵所へ向かいなさい。ロッカールームの場所は分かりますか?」

「はい! 問題ありません!」

「では、急ぎなさい」

 ディフォルティアの侍女としての上司である女官長から説明を受け、意気揚々とジュリアはロッカールームへ移動する。所詮見習いが新人になった程度なので、用意されている制服も一番下っ端のものではあるが、それでもディフォルティアの制服なのは変わらない。

 ディフォルティアの制服は、一番下の階級のものでも、他とは一線を画す秀麗さと性能を誇っていた。

「これが、私の制服……」

 軽い足取りで己のロッカーを探し当て、中に入っていた一見侍女服に見える布鎧(クロースアーマー)を取り出し、己の身体にあてがいながら思わず感激に浸るジュリア。彼女はこの時、ディフォルティアの新米に対する最初の洗礼がすぐ傍まで迫っていた事には、欠片たりとも気がつかなかった。

「えっと、この服は、こうなってこうなって……、あれ?」

 いつまでも浸っていてもしょうがない。三分ほどで我に返り、一緒に置いてあった説明書を見ながら布鎧を身につけていく。慣れれば数秒で身につけられる物だが、鎧は鎧。そう簡単に脱げないよう、かつ破損しないようかなり特殊な構造になっていることもあり、初心者のジュリアが身につけるとなると、なかなか大変な作業となる。

「まずはそっちの袖に腕を通して、前から後ろに回すようにして身体に巻きつけていくんだ」

 苦戦するジュリアを見かねてか、何者かがそう教えてくれる。まぎれもなく男の声だが、中々のイケメンボイスだ。

「えっ? あ、こうか」

「そうそう。それで、一通り巻き終ったら反対側の袖に腕を通して、前のボタンを止める」

「あ~、なるほど、こうなってるんだ」

「新人さんは、いつも最初のこの構造に戸惑うんだよな。あ、前止めたら次後ろだから」

「むう、難しい……」

「お兄ちゃんがやってやるよ。時間押してるんだろ?」

「あ、お願い」

 やけにフレンドリーに話しかけてきた正体不明の人物に、何故か警戒心をまったく抱かずに着替えの手伝いを頼んでしまうジュリア。警戒心、という面では中々将来が不安になる光景だ。

「これでよし、っと。終わったぜ」

「ありがと~」

 礼を言いながら振り返ったジュリアの視界に飛び込んできたのは、幾何学模様のマスクを身につけた、なかなか立派な体格の怪しげな男であった。

 この情報やこれまでのやり取りで、もうお分かりであろう。そう、ジュリアの着替えを手伝っていたのは、自称お兄様(スイート・ブラザー)こと、コードネーム・バーストであった。

「えっ? えっ?」

 何故男がここにいて、自分の着替えを手伝っているのか。それを理解できずに、思わず口をパクパクさせるジュリア。余りに衝撃的な状況に、思考回路はショート寸前である。

 ただ、その状態でも、理解できてしまった事が一つ。ディフォルティアの制服は、特殊な構造ゆえに専用の下着を身につけなければいけない。それゆえ、少なくとも上半身は一糸まとわぬ姿になる必要があり、大したサイズではなく成長の様子も見られないささやかなジュリアのバストを、間違いなくこの男にはっきり見られている。

「な、何で男がここにいるのよーーーーーーーー!?」

 現実を完全に理解しきる前に、ジュリアの口から絶叫が飛び出す。ディフォルティア見習いの訓練課程で腹式呼吸をはじめとした歌劇系の訓練を積んでいるだけあって、素晴らしい声量だ。

「おや、ディフォルティアに新人が来たのか」

「この時期って事は、そこそこ優秀だな」

「いやいや、絶叫してる時点でまだまだ甘いさね」

 アルファト城の執務エリアまで届いたジュリアの絶叫を聞き、文官達が仕事の手を止めることなく好き放題さえずる。もはや風物詩となっているので、せいぜい雑談のタネにしかならないのだ。

 なんだかんだと言って、この日は大事な客が訪れている以外は特に事もなく、実に平和な一日であった。







「なんか、すごい悲鳴が聞こえてきたんですけど……」

「そう言えば、今日は新人が入隊する日でした」

 応接室まで届いた悲鳴。それに若干引きながら疑問を口にした春菜に対し、お茶を準備していた侍女がおっとりと特に問題なさそうにそう答える。

 そう。この日アルファト城を訪れた大事な客とは、アズマ工房一行の事であった。

「新人、ですか」

「ええ。我々侍女騎士団ディフォルティアに、訓練を終えた新人が入団するんですよ」

「それと、あの悲鳴とは何の関係が……」

「うちの更衣室、出るんですよね。……変態が」

 出ると聞いて怪奇現象の方を連想した宏達の耳に、小さくぽつりと付け足された言葉が飛びこんでくる。その、割と聞き捨てならない単語に、一行の表情が不審そうになる。

 その表情を見て、壁際に控えている比較的若い執事が内心で苦笑する。女子更衣室に出没する変態を放置する。普通に考えればあり得ない話で、客人達が不審に思うのも無理はない。それは重々承知していても、非常識で有名なアズマ工房の、それも中枢を担うメンバーが、そんな常識的なところで驚いている事に対して苦笑を禁じ得なかったのだ。

「どんなに侵入者対策を強化しても、どうやってか潜り込んできては着替えを手伝うアサシンギルドの男がいるんですよ。基本的に裸を見られるぐらいしか害がなく、美容や健康についても的確なアドバイスがもらえたりするので、まあいいか、と」

「まあいいか、で済ませてるんですか……」

「ええ。私を含む古参の人間は割と寛容な気持ちで接してます。騒ぐのは入団一年目か、上でも二年目ぐらいまでの新人だけですね」

 それでいいのか、と小一時間ほど問い詰めたくなるような事を、侍女が平気で口にする。侍女も騎士も、割と身分の高い貴族がつくことも多い職業だ。その二つが複合した、マルクトで三本の指に入るエリート部隊の隊員が、そんなに簡単に男に肌をさらしてもいいのか、その部分が非常に気になるところだ。

 そんな宏達の、それも特に春菜の疑問に気がついたようで、侍女がその点について説明を始める。

「そもそも、騎士なんて仕事をする以上、戦場で装備が破損し、男の前に肌をさらす事など珍しくもありません。特に我々の装備は、今着用している布鎧です。特殊な製法で並の金属鎧と互角の防御力を得ているとはいえ、決して頑丈なものではありません。任務によっては、一回の出撃で修理不能なほどぼろぼろになることもあります。
 アサシンギルド所属の無害な変態に裸を見られたぐらい、それと比べれば大した問題はありません」

「いやいやいや! 大した問題ですよ、普通に」

 非常に割り切った侍女の言葉に、春菜が全力で突っ込む。戦闘で破損するのと変態に見られるのとでは、意味合いが大違いだ。

「つうか、この国のアサシンもレイニーの同類か……」

「アサシンって、変態しかいないのかしら……」

「我が国のアサシン全員が変態なのではありません。その男が変態なのです」

 達也と真琴の感想を、今まで黙っていた執事がきっぱりと否定する。国の名誉のためにも、そこは絶対否定しておかねばならない。

「そもそも、アサシンって存在自体が褒められたもんじゃねえと思うんだが……」

「我が国ではアサシンとは、あくまで暗殺も視野に入れた潜入工作のプロフェッショナルであって、依頼があれば誰彼関係なく殺して回る職業殺人者ではありません」

「なるほど、マルクトだとそういう扱いか……」

 執事の説明を受け、感心したように達也が頷く。そもそもの話、ウォルディスが近い上に主要都市から徒歩二日圏内に割と強いモンスターが多数生息している地域が散在するマルクトの場合、内部の政治闘争で他人をいちいち暗殺しているような余裕はなかったのだろう。

「根本的な話、我々セバスティアンやディフォルティアと共同作戦を行うこともあるのです。全員が変態であっては、まともに連携を取ることなど不可能です」

「……凄い説得力ね」

「ん。でも、変態相手でも連携だけなら可能」

 執事が力説した内容に真琴が同意し、澪が余計な事を言う。レイニーの事例を見るまでもなく、性癖と連携が取れるかどうかとは、関連こそ大いにあれど究極的には別の問題だ。

 ただ、性癖は性格と深くかかわっており、連携が取れる取れないは性格の要素が割と大きい。故に、全員が変態だとまともに連携が取れない、というのも否定できない話である。

 そんな話をしていると、一組の男女が応接室に入ってきた。女性の方は妊婦らしく、大きなお腹をしている。

「待たせてしまったようで、申し訳ない」

 既に空になっているティーカップやお茶受けの皿を見て、男性の方が深々と頭を下げる。

「いやいや。そんなに待ってませんし、執事さんらにいろいろ教えてもらっとりましたし、気にせんでください」

 やけに丁寧に頭を下げる男性に、宏が慌てて声をかける。いまいち自分の立場を理解していない宏は、こういう明らかに高い地位にいる人間に頭を下げられると、どうしても居心地が悪くなるのである。

「アズマ工房の工房主やらせてもらっとります、東宏です。マルクトの宰相閣下と、レイオット殿下のお姉様でよろしいですか?」

「ああ。この国で宰相をさせていただいている、ゼファー・モルテンダだ。陛下の弟ということで、公爵位をいただいている。こちらは妻のマリア、元ファーレーン第三王女だ。本当は、ファルダニアで挨拶をしたかったのだが……」

「アヴィン殿下の結婚式の時は、何ぞ皆さん忙しそうでしたしねえ」

 相手が国の中枢を担う人物であるため、一応工房の代表である宏が挨拶をする。言葉づかいやら何やらを考えると、応接室とはいえ公式の場で挨拶するには余り適切とはいえない人選なのだが、最近は宏がちゃんと挨拶をしたという事が重要になりつつあるので仕方がない。

 それに、この世界は全般的に、方言だったり敬語が崩れていたりといった事には非常に寛大だ。特に敬語の場合、単に相手に対して敬意を払っているというポーズを取るためのものであり、せいぜい正しく使えていればそれなりの教養を持っていることを示せる程度のものだ、というのが、この世界の王侯貴族の一般的な認識である。

 当然、それを理由に徹底的に相手を攻撃し、貶めて見下す人間も少なからずいる。いるのだが、TPOをわきまえずにそういう事をする人間が重用されることはまずない。大抵の場合、王の謁見が必要となるような相手はとてつもなく重要な案件を持っているか、何か無視できない功績を上げた、もしくはそもそも存在そのものがとんでもない何かであるかのいずれかなので、余程侮辱的な発言をしない限りは言葉遣いなどにかまっていられないのだ。

 方言に至っては、公爵だの辺境伯だのといった大貴族の中にも、普段は方言駄々漏れで会話をしている人物が珍しくない。辺境伯の中には、普段住んでいる場所が国境沿いで隣国とのやりとりが多いという理由で、方言だけでなく他所の国の言葉も混ざった非常に怪しいしゃべり方をする人もいる。そのため、しゃべり方が訛っているぐらいで相手を馬鹿にしていると、どこからどんな攻撃が返ってくるか分からないので、まともでちゃんと頭が回る人間は訛りぐらいは気にしないのである。

 故に、宏が方言バリバリの崩れまくった怪しい敬語で挨拶したぐらいでは、国の中枢にいるような人間は何一つ気にしないのでまったく問題にならないのが実情である。むしろ、訛っていようが崩れていようがマルクト語で挨拶も会話もしていることに対して、大いに驚き感心しているくらいだ。

「それで、マリア様はそろそろいつ生まれてもおかしなさそうな感じですけど、大丈夫です?」

「ええ。体調は万全です。ただ、レイオットとエアリスの事を聞きたいあまり、いつ生まれてもおかしくないような体で皆様の前に出てきたことは、謝らねばいけませんが」

「いやいやいや、謝るような事やありませんやん。ただ、無理はせんといてくださいね。あ、そうや」

 話をしている最中に、宏が何かを思いつく。達也の方をむくと、彼が首からぶら下げているタコつぼに視線を向ける。

「オクトガルはおるか?」

「呼んだ~?」

「なになに~?」

 宏の呼びかけに応え、たこつぼからわらわらとオクトガルが出てくる。その数五体。余程暇していたらしい。

「自分ら、助産師とかできるか?」

「当然なの~」

「任せて~」

「問題なし~」

「身体清潔~」

「無菌状態~」

 宏の問いかけに、実に嬉しそうにそう主張するオクトガル達。

 実際、オクトガルは地味に、助産師の経験豊富である。普通に自然分娩で問題なく産まれてくる場合は特に出番は無いが、医師が的確にあれこれ手を出す必要がでてくるような難産だと、いきなり大活躍するのだ。

 例えば、医師の手で赤子を引っ張り出してやらねばならない時、オクトガルの吸盤は非常に強力な武器となる。母体保護のために薬が必要であれば、オクトガルネットワークですぐにでも取り寄せることができる。そして何より反則なのが、帝王切開で取り出さねばならないような赤子を、転移能力で直接外に引っ張り出す事ができることだろう。

 他にも、急な破水に対する対処法を心得ていたりと、下手な医者よりよほど頼りになる能力を持ち合わせているオクトガル。

 難を言えば、シリアスな場面でも妙な連想ゲームを始めたり、母子共に危険でオクトガルの力を借りたい時に限って捕まらなかったりと、能力とは関係ないところで信頼性が低い面がある事であろう。

「この子たちが、レイオットやエアリスの手紙にあったオクトガルですか?」

「ええ。アランウェン様の眷族のオクトガルです。仲良くしとると、色々便利ですねん」

「私達~」

「お役立ち~」

「伝令~」

「配達~」

「遺体遺棄~」

「遺棄すんな」

 例によって流れるように物騒な単語につなぐオクトガルに、展開を予想していた達也からノータイムで突っ込みが炸裂する。

 その見事な流れに目を白黒させるゼファーと、くすくす笑うマリア。そんな二人の様子に、オクトガルが嬉しそうに分離合体をくり返しながら飛びまわる。

 と、その時、数回分離合体を繰り返したオクトガル達が、唐突に動きを止めて目をキュピーンという擬音をつけたくなる感じで輝かせる。そして、

「知ってる変態はっけ~ん」

「突撃~」

 などと勝手な事を言いながら、あっさり転移してどこかに消えるオクトガル達。一応二匹残っているのは、宏の頼みごとを聞いたからであろう。

「知ってる変態、ねえ」

「レイニーの事かしら? でもあの娘、王宮に出入りするような任務は今は無かったはずだけど……」

 オクトガルの言葉に、達也と真琴が首をかしげる。マルクトに知り合いがいるとはとても思えないのだ。

「まあ、どっか行った連中の事はほっとこか。どうせ大したことはせえへん」

「いいのかなあ……」

「僕らがここに来た時点で、自由に出入りするようになるから一緒やろ」

「あ~、それもそうだね」

 宏に言われ、心の底から納得してしまう春菜。いまだかつて、オクトガルの出入りを防ぐことができた王宮は存在しない。宏達が訪れた国で王宮にオクトガルが出入りしていないのは、ミダス連邦の国やクレスター、ベリルなどの彼らが王宮に行く用事がなかった国だけである。

「で、用件として、まずはマリア様にレイオット殿下とエアリス殿下から預かってきた映像メッセージを」

「ええ。ありがとうございます」

「で、次に、恐らく西部各国の国王陛下からも話が来とると思いますけど、アルファトに工房の支部と転送陣の設置許可をいただきたいんですわ」

「そちらの方は、むしろ我々から申し入れる予定だったから、既に準備ができている。工房にするための建物を何軒か見つくろっておいたので、後で確認して好きなところを使ってくれ」

「ありがとうございます。ほんで、こっちからのお願いは後一つ。この国の伝承とか歴史、それも、約三百年前にこの国に飛ばされてきた知られざる大陸からの客人、その人について調べたいんで、書庫の閲覧許可と学者とか語り部とかの紹介をお願いしたいんですわ」

「それも聞いている。そちらの方も既に手配を済ませているから、好きなだけ調査してくれればいい。代わりと言っては何だが、最近我が国の領地で、幻獣がらみの異変が散発している。できればそのあたりの調査と解決を手伝ってもらえれば助かる」

 交換条件として出された頼みごと、その内容に思わず宏と春菜が顔を見合わせる。幻獣という時点で、どちらかといえば国が出てくる問題だ。それを、わざわざ宏達に頼む理由が分からない。

 余談ながら、実のところ幻獣と言っても基本的にはモンスターと変わらない。単純に、人間と意思疎通ができて共生関係を築け、数が少なく人間との交配が不可能なモンスターを幻獣と呼んでいるだけである。流石に、そういう生き物をモンスターでくくるのは、人間の側に抵抗があったのだ。

「本来なら、我々が自分達の手でどうにかするべき問題なのは分かっている。だが、ウォルディスの絡みで色々きな臭い事になっていて、正直そこまで手が回っていない。かといって、事が事だけに迂闊に冒険者に依頼を出す訳にもいかなくてな。
 西部三大国の信頼を得ている貴殿らなら、こういう問題を安心して頼めるし、対外的にも一方的に便宜を図ったと思われぬよう、予防線を張ることができる。割と身勝手な話であることは承知しているが、そういう理由だから手を貸していただけるとありがたい」

 宏達の表情を読んでか、ゼファーが内幕をサクッと教えてくれる。その内幕を聞き、受けるしかないかと宏達が苦笑する。その返事を宏が口にする前に

「何この変な生き物!?」

 先ほどと同じ声で悲鳴が上がる。声に妙な色艶が混ざっているところから察するに、どうやらオクトガルからセクハラ攻撃を受けたらしい。

「あ~、オクトガルが早速遊んでるな……」

「流石に発声の訓練受けてるだけあって、悲鳴もよく通るわね……」

 久しぶりにオクトガルがダイレクトにセクハラしているシーンに遭遇し、どこかずれた感想を漏らす達也と真琴。

「平和なのはいい事」

「澪ちゃん、被害受けてる人は平和じゃないと思うよ?」

 なんだかんだで、どんどん話がずれていく。結局、なんとなく真面目な話をする空気ではなくなり、頼まれごと自体は承知したものの詳細は後日になってしまうのであった。







 ここで、少しばかりマルクトについて触れておく。

 マルクトは、大陸中央南部から南東部にかけて存在する、世界第七位の大国である。ただし、第六位のローレンと比較すると国力に結構差があるため、七大国家と呼ばれる事は無い。

 ファーレーンほどではないが南北に広い領土を持ち、ヒューマン種の人種が三種類ぐらい入り混じっている。また、大きな平野や大規模な森林地帯がいくつかあり食料には恵まれているものの、ファーレーンほど山に恵まれておらず、水資源は
いくつかの大河に依存している。

 ただし、大きな山は少ないが小規模な山はそれなりにあり、そのほとんどが鉱山なので、フォーレにこそどう逆立ちしてもかなわないものの、鉱物資源には困っていない。

 結果として、大陸中南部の食料および鉱物資源はマルクトに依存している国が多く、地味にそれらの生産・輸出はこの世界で第二位の位置を占めている。もっとも、工業生産は第一位の国の生産量と比較すると倍近く、食料品に至っては倍以上引き離されているあたり、ファーレーンやフォーレの生産能力がどれほど過剰かが良く分かろうというものではあるが。

 また、マルクトはその所在が微妙である。自身も大国であり周囲に多数の小さな国はあれど、六大国家のうちファルダニアとファーレーンを除く四カ国にほぼ囲まれているような立地にあり、しかも部分的にウォルディスと接しているため、地政学的にどうしても色々な火種を抱え込みやすい。西部三大国家は無体な事は言ってこないが、それでもウォルディスとの代理戦争の舞台にされることは度々あった。

 それらの特殊事情に加え、穀倉地帯と集落近郊以外は強いモンスターが多いこともあり、国内は種族・民族のるつぼに近い環境にあるにもかかわらず、国民の結束は妙に強い。農閑期暗殺者、なんて職業が成立し、それが特殊部隊としてさほど忌避されずに堂々と存在しているのも、地政学的な立場から来る国内事情と国民の結束力の強さに由来しているのは間違いない。

 ただし、マルクトを語る上でもっとも重要なのは、地政学的な立地でもなく食料や鉱物資源の生産量でもない。ペガサスやユニコーン、グリフォンといった幻獣と、三百年前に現れた英雄が持ち込んだ独自の文化風習である。

 マルクトは国内に幻獣の群生地を多数抱え、彼らと長きにわたって共存共栄を続けている。国旗にペガサスが描かれ、カーバンクルやユニコーンを紋章にしている貴族が多数いることからも、そのことがうかがえる。一部の騎士団に至っては、ユニコーンやペガサスの背に乗せてもらえる人間しか入団出来ない。

 文化風習に関しては、通信教育をはじめとした特殊なものはいくつかあるが、もっとも有名なものは踊りと歌劇であろう。特に踊りはマルクトの代名詞となっており、特殊部隊である執事騎士団セバスティアンや侍女騎士団ディフォルティアの必須科目となっている。

 その二つの要素から、別名幻想の国とも呼ばれている国。それがマルクトである。







「とりあえず、用意してもらっとる建物、確認してこか」

「そうだね。レイオット殿下やエルちゃんからも、マルクトには早いうちに転送陣を設置してほしい、って言われてるし」

 王宮を辞去し、冒険者協会と商業ギルドに顔を出して最低限の手続きを終えた宏達は、とりあえず今日のうちに済ませておきたい事がらについて話していた。

「晩は王様やゼファー閣下と一緒に、観劇しながら食事、だったよな?」

「そう聞いとる。今日のところは寝床もアルファト城で用意してくれてはるみたいやから、今からやっとくんは拠点決めて転送陣張って、最低限の防備固める所までやな」

「最低限の防備、なあ……」

 宏の考える最低限、という奴がどの程度なのか、微妙に怖くて確認できない達也。ただ、間違いなく必要なレベルではあっても、世間一般では最低限とはとらえないだろう。

「で、どこから確認する?」

「近いところからでいいんじゃない?」

「ここから一番近いのは、北通りの裏通りかな?」

 地図に書き込まれた印と現在位置を見比べ、春菜が最初の目的地を決める。ありがたい事に、手元にある地図はかなり詳細なもので、目印となる建物を見失わない限りは外部の人間でもある程度迷わずに歩ける。

 実のところ、王宮側は案内をつける予定だった。だが、すぐに目的を忘れて脇道にそれる宏達の事。どうせ今回も途中から好奇心に負けて、明後日の方向に突き進むのが目に見えていたため、満場一致で丁重にお断りしたのだ。

 自分達に巻き込まれた結果、職務を果たしていないと言われて評定に響いたりした日には、あまりにも案内人が哀れであろう。達也ですらそう思ってしまったあたり、色々と根が深いものがある。

 もっとも、ある意味当たり前のことながらさすがに野放しにする訳にはいかないと判断しているようで、宏達には少なくとも本人と派遣した人間は隠れているつもりの護衛兼監視がついており、完全に放流されている訳ではない。残念ながら、普通なら十分隠れて監視できるだけの力量を持っているはずの監視人も、普通の監視ターゲットとは到底言えない宏達にはその存在が筒抜けなのが可哀想な所だが。

 余談ながら、マルクトの首都アルファトは、中央にあるアルファト城を囲むように広がっている。街の大きさは大体ウルスの三分の一、人口は四割弱ぐらいだが、南側の港、もしくは三方にある街の入り口からアルファト城までは、普通の人の足だと徒歩では普通に二時間以上、という距離になる。そのあたりは、さすがに大国の首都だといえよう。

 宏達が今居るのは城を出て北側の貴族街を抜けたあたり、一般的に中心街と呼ばれている区域になる。

「裏通りって言っても、結構人通り多いのね」

「ん。商売には十分」

 数分後。目的地につながる裏通り、その一番端に足を踏み入れて、真琴と澪がそんな感想を言いあっていた。

 何処の国の何処の町も、大通りから一本筋が違うと、急にさびれていたり治安が悪くなったりすることも珍しくない。そのイメージで裏通りという言葉を認識していたため、少々意外だったのである。

 冷静になって考えてみれば、他の国からの要請もあって用意した建物、それも、王族が使う可能性があるようなものを、そんなイメージの悪い場所に持ってくる訳がないのだが、なんとなくそこまでは頭が回らなかったらしい。

「まあ、このあたりはまだまだ中心街だからなあ。そりゃ、一本筋が外れた程度じゃ寂れたりはしないだろうさ」

「うん。あたしも今それ思った」

「そもそも北通りって街道だから、あれを基準に人通りを考えちゃ駄目だよね、実際」

 苦笑交じりの達也の指摘に、真琴と春菜も苦笑交じりに応じる。基本的に北通り、東通り、西通りの三つは、城を迂回するようにそれぞれを繋ぐ道も含めて、普通に街道として使われている。交通量も商店の数も多くて当然なのだ。

「っちゅうか、僕らが求めてる種類の利便性とは違う利便性がありそうやな」

「ん。というか、むしろボク達の基準からすると、街道に近すぎる」

「せやな」

 商売で考えるならかなりの好立地。それに微妙に不安と不満を覚える宏と澪。そもそも、基本的にアズマ工房は普通の商店と違い、客の入りを気にするような商売はしていない。言ってしまえばメーカー、それも公的機関向け主体の企業に近い立ち位置なので、もともと一般人に対する直接売買は考えていない。それゆえに、冒険者協会や商業ギルドの支部に近いのはありがたいが、最近の状況を考えると、あまり人通りが多すぎるのは少々困る。

 ルーフェウスに作った工房は例外的に、ルーフェウス学院のすぐ近くという人通りが多い場所にあるが、これに関してはルーフェウス学院の改革に協力するためという理由に加え、成り行きで立ち上げたアズマ食堂のためにも現在の場所がベストだった。

 当時はまだファーレーンを出ると、支部があるダール、スティレン、クレストケイブ以外ではそれほど知名度があった訳でもなく、ルーフェウスという街の特性もあって、少々目立つ場所に工房があっても問題は無かったのだ。

 だが、今回の場合、アズマ食堂を開く予定も管理人以外の誰かを常駐させる予定もなく、作ったものを直売するつもりもない宏達からすれば、メインストリートに近い商業地にあるのは少々具合が悪い。マルクト自身の地政学的な立ち位置とマルクトの工房が果たすであろう役割を考えると、街道から近いのも防備の面で少々問題が大きい。

「なんっちゅうかこう、今回は見る前から没っちゅう雰囲気がただよっとるなあ……」

「そうだよね……」

 もはや、建物を見るまでもなく没、という結論にほぼ固まりながらも、一応念のために建物が見える所まで向かう。その結果……。

「あ~、うん。凄く素敵な建物だよね。大きさも申し分ないし」

「ここがマルクトじゃなくて、立地がもう少し街道から離れた場所にあるなら即決だったわよね」

「むしろ、何でここが空いとんのかが不思議な物件やな。今回没やけど」

「職場環境としては普通にあこがれるけど、ボク達の求めてる物件じゃない」

「むしろこれ、絶対試されてるだろう」

 周囲と見事に調和しつつも十分な個性を見せ、その割に色々使い勝手のよさそうな工夫が施されているのが外観からも分かる素晴らしいその建物は、満場一致で没判定を食らう。

「他のがこの調子やったら、自分でよさげな物件探すんも視野に入れなあかんな」

「そうだね。正直、没にするのが惜しいほどいい建物だし、ここがマルクトじゃなきゃ、っていうか、ウォルディスがもっとまともな国なら、用意してくれた宰相閣下に感謝して堂々と使わせてもらうところなんだけど……」

「話を聞く限り、少なくとも今の体制が続いてるうちは、あの地域がまともになるとは思えねえからなあ。言っちゃあなんだが、お前らが食いもんの魔改造を考えなくなるのを期待するようなもんだ」

 達也の指摘に、宏と春菜がそっと視線をそらす。他人事のようにその様子を見ている澪だが、この二人ほどではないだけで、傍から見れば十分同類である。

「師匠、春姉、お腹減った」

「あ、そうだね。丁度いい時間だし、どこかでお昼にしよっか。ちょっとお勧めの店、聞いてくるよ」

 澪の要請を受け、井戸端会議をしている主婦連を見つくろって突撃する春菜。何分かの世間話の末、いくつかの店の情報を引っ張り出して戻ってくる。

「お待たせ。とりあえず、次の物件に行くルート上にいい店があるみたいだから、そこで食べよっか」

「そのあたりは任せるわ」

「了解。……お城があっちだから、こっちだね」

 地図に書き込んだ印を見ながら、王宮を右手にして歩きだす春菜。春菜の後を、黙ってついていく一行。特に迷うことなく歩くこと十分。無事に教えてもらった店に入った一行は本日のお勧めを注文し、すぐに出てきた最初の一品に舌鼓を打っていた。

「地域が近いからか、ベースになってるスープはベリルで食った奴と同じなんだな」

「うん。でも、ベリルのよりは穏やかな味だよね」

 スパイシーな酸味が効いたスープを実に美味しそうに食べながら、早速他の地域との比較に入る達也と春菜。ベリル同様東南アジア系の味付けがメインと思われるマルクト料理だが、全般的に日本人の好みに近い味になっている。

 それは、後から出てきたモンスター肉のあぶり焼きや長粒種の米をいろんな具材と一緒にスープで炊いたリゾットのような料理も同様で、特にリゾットに使われているスープは果物も使っているらしくほのかな甘みがスパイス類とよくマッチしており、微調整すれば割と何処の国でも受け入れられそうな味になっていた。

「同じスパイシーな料理でも、ダールのに比べると物凄く大人しい味付けよね。なんとなくだけど、焼酎との相性は悪くなさそうね」

「ん。辛さが丁度いい」

「このあぶり焼き、醤油ベースの照り焼きとは違う種類の甘辛さやな。肉の種類が分からんから、味のベースが調味料なんか肉なんかまでは分からんけど」

「そう言えば、これは何の肉なんだろうね?」

 などとあれこれ言いながら好奇心に負けてあれこれ追加注文し、店のメニューを二割ぐらい制覇したところで上機嫌で店を出ていく。二百五十イェール、チロル換算で約五百チロルと昼食に出すにはかなり高い金額を支払った一行だが、料理の味に満足したこともあり、誰も使い過ぎたとは思っていない。

 あれだけ神々の晩餐を頻繁に食べているのに、どうやら普通の料理でも満足できる都合のいい味覚を持っているらしい。

 なお、値段が高くなったのは、主に澪が満足するまで食べたのが原因であり、店の料理が高かった訳ではなかった事だけは追記しておく。

「予想しとった事やけど、やっぱ知らんモンスターが結構食われてんなあ」

「そうだね」

「こら、色々楽しみや」

 まだまだ食いつくしていない食材が山盛り食糧庫に眠っているというのに、知らぬ食材や素材となるモンスターの存在に目を輝かせる宏と春菜。余計な探究心に火がついたためか、その後見て回った二軒目、最初の一軒も含めるなら三軒目に早々に拠点を決め、他は見もせずに拠点化のための行動に移る。

 こっそり隠れて付いて回っていた護衛兼監視を堂々と呼び出して使わない建物の鍵を返却、護衛を大いにへこませながらサクサクと転送陣を設置してしまう宏であった。







 宏達がマルクトの工房を魔改造している丁度その頃。

「エルさま、おーじょさま、いらっしゃい!」

「こんにちは、ライムさん」

「お、おじゃまします」

 ファーレーン語習得の一環として、リーファがウルスの工房を訪れていた。誕生日パーティがいい刺激になったか、挨拶だけでなく必要最低限の会話はできるようになったが、幼さゆえにやや滑舌が怪しいライムの言葉を全て聞きとるには不足している。

 しかも、アズマ工房はいろんな単語が飛び出す、言葉という面でも中々の魔境だ。なので、ある意味で言葉の勉強には実に都合がいい。

「ふむ、息災なようだな」

「アンジェリカ様も、お元気そうでなによりです」

「ここに出入りしておれば、我やじーさまのような真祖がそうそうくたばることはあるまいさ」

 オクトガル便で連絡を受けて待っていたアンジェリカが、エアリスと和やかに挨拶を交わす。なお、ヘンドリックは現在、ウルス城から借りた伝承関係の資料を読み込むため、屋敷に引きこもっている。

 マルクトで情報収集する予定だったアンジェリカだが、宏達と一緒に行動すると、王族との面会だの拠点探しだのといった、面倒で手間のかかる用件に付き合う必要が出てくるため、転送陣の準備ができた時にそれを利用して移動することにしたのだ。

「さて、ファム達は納品ということ故、ここに残るのは我らとライムぐらいになるが、どうする?」

 さりげなくリーファに意思疎通の魔法をかけながら、アンジェリカがそう問いかける。何やら緊急事態で、ダールとフォーレから大量の補助アイテムの注文が来たのだ。それとは別口で、中央市場から大口の追加注文があり、三人で手分けして納品に行くことになったのである。

 因みに、納品先はファムがダール王宮、テレスがフォーレ王宮、ノーラが中央市場だ。ファムがダール王宮なのは、緊急事態の対応に疲れが出ている女王が、癒しを求めて指名したからである。

 そういう理由なので、テレスとノーラはともかくファムが今日戻って来れるかどうかはかなり不透明で、エアリスからすれば少々当てが外れた形になったといえなくもない。

「大丈夫! おもちゃ一杯あるの!」

「ふむ、おもちゃとな?」

「たとえばこー言うの!」

 和室まで上がらず、一階食堂のテーブルで会話していたアンジェリカ達に対して、ライムが実に楽しそうに剣玉を用意して見せる。その剣玉を見て、エアリスがなるほどという表情で合掌するように手を叩く。

「ふむ、それはどう言うものだ?」

「剣玉って言って、こーやって遊ぶの!」

 アンジェリカの問いに答え、ライムが実演してみせる。器用に玉をぽんぽんと皿に乗せては弾ませるライムに、アンジェリカが感心の表情を見せる。リーファも、スピーディなライムの動きに目を丸くしている。

 余談ながら、剣玉は地味にファム達の自作品だ。木工の練習も兼ねて、端材を使って作ったものである。

「なるほど、面白そうだ。少し借りていいか?」

「はい!」

 ライムの実演を見て興味をそそられたアンジェリカが、剣玉を借りて実際にやってみる。最初数度はいまいちコツをつかめず、初歩中の初歩である一番大きな皿にも玉を乗せられなかったが、試行回数が十回を超える頃には、三方の皿全てに玉を乗せることに成功して見せる。

「ふむ。なかなか難しいな」

「練習すれば、ちょっとぐらいよそ見しててもできるよーになるの」

「そうであろうな、っと」

 見た目の印象より随分と難しい剣玉に、微妙に苦戦しながらもどんどんコツをつかんで行くアンジェリカ。皿から皿へ移すのには最初とはまた違ったコツが必要であり、一回目に成功するまでには倍ほどの試行回数が必要になったが、一度できるようになってみると、拍子抜けするほど簡単に連続で玉を移せるようになる。

「なるほど、な。これはなかなか奥が深い」

 連続で玉を移した後、高めの軌跡を描くように跳ねあげて剣に刺して見せて、アンジェリカがそう感想を告げる。そこから派生する色々な技に思い至り、基本がシンプルゆえにそれほど単純な遊びでもないと認識したらしい。

『奥が深い、ですか?』

「ああ。たとえば、玉の方を持って逆パターンでやってみせたり、糸を掴んで軌跡を変えたり、色々な遊び方ができそうなのでな。まあ、そんな高度な真似は、まず基本系を多少よそ見しても成功するぐらいまで習熟してからになろうが」

 剣玉という遊びの何が奥が深いかという事を説明しながら、アンジェリカがリーファに剣玉を渡す。様子を見るに、エアリスは剣玉の基本ぐらいはできそうだと判断したこともあるが、今日のメインはリーファだからである。

『えっと、あっ、あれ?』

 最初のぶら下げた玉を跳ね上げる段階で、リーファが早くも苦戦し始める。澪と理由や方向性こそ違うが、こういった遊びをした事がないリーファは、澪同様こう言った遊びは中々コツがつかめないようだ。

 結果、なかなか上手く玉が上に飛ばず、数度振り子のように玉を振り回しているうちに何かの拍子で勢いがつき過ぎ……

『あう……』

「だ、大丈夫ですか!?」

「おーじょさま!」

 派手に振り回す形になった玉が大きく円を描き、鈍い音を立てて見事にリーファの額に直撃してしまった。

『……うう、痛い……』

「これは、かなり痛そうだな……」

 かなり痛そうなリーファに、アンジェリカが渋い顔をする。魔法や薬で治療するのは大げさに過ぎ、かといって何もしないのは問題がありそうだ。こういうおもちゃは恐らく、この種の事故を習熟する過程で何度も繰り返すのだろうが、リーファの立場や背景を考えると、どうにもそれはよろしくない気がするのだ。

 実のところ、リーファは宏がマルクトに行く前に作り上げた霊布の服を着ているので、剣玉の玉が頭に直撃したぐらいでは、痛みはともかくダメージは受けない。ただし、こういう緊迫した状況でない時に自爆で受ける痛みは一切軽減しないため、木の玉なんてものが直撃すれば、それはもう痛い。

『こ、この程度の事に……、負けたりしません!』

「いや、所詮遊びなのだから、駄目ならすっぱりあきらめても問題は無いと思うが……」

 どうやら、あまりに情けない流れに、リーファの中で妙なスイッチが入ったようだ。その後もさんざんあちらこちらに玉をぶつけ、見かねたアンジェリカが防御結界を張ってダメージを無効化することになるまでチャレンジを続け、その余りの不器用さにいい加減止めに入ろうかと思ったところで、ついにリーファが最初の一回に成功する。

『あっ』

「おめでとうございます!」

「おーじょさま、できた!!」

「ふむ。見事な根性だのう」

 頭に直撃してから三十分。鬼気迫る表情でチャレンジを続けていたリーファの努力が、ついに報われたのである。

 一度成功すると、今までなぜ苦労していたのかが分からないほど簡単にできるようになるのが、この手の遊びだ。さんざん暴走させたせいかいつの間にか力加減を把握していたリーファは、そこから先は一度も失敗せずに次々と玉を動かし続ける。

「できるようになれば、失敗せぬものだな」

「そうですね」

「それで姫巫女殿。お主は頭や顔に直撃した事は?」

「二度ほど」

「なるほどな」

 春菜同様、見本を見せれば何でもあっさりこなしてしまいそうな印象があるエアリスだが、リーファほどではないだけで身体を動かす作業はそれほど得意なジャンルではないらしい。

 そもそもの話、懐剣を使っての護身術を毎日訓練しているというのに、いまだに合格ラインには程遠い腕前でしかないのだから、身体を動かすのが得意とは言い難いのは誰の目にも明らかであろう。恐らく、その訓練風景をアンジェリカが見れば、今までの評価をあっさり撤回するに違いない。

「他の遊びもあるよ!」

 リーファがある程度できるようになったと見て、そろそろ違う遊びに移りたいとライムが提案する。持ち出してきたのは、小さな樽と髭の生えた海賊風の男の人形、そしておもちゃのナイフ数本。

「これは?」

「えっとね、こーやって人形セットして、こーやって一人ずつ順番に溝にナイフ刺して……」

 ライムが遊び方を実演するため次々にナイフを刺していき、最後の一本になったところで樽の中にセットされた人形が飛び出す。

「こうやって人形が飛んじゃったら負けなの!」

「ふむ、なるほどな。いわゆる運だめしのようなものか。何処を刺せば人形が飛ぶのか、それは事前に分からないのだろう?」

「そーなの!」

 アンジェリカの質問に、元気よく答えるライム。遊び方も分かったところで早速ものは試しと順番をさいころで決め、一番手になったリーファが樽にナイフを刺すと……。

『あっ……』

 いきなり人形が飛び出す。確率的にそこそこ起こる事ではあるが、起こってしまうと爆笑するか微妙な空気になるしかない難儀な展開。今回は、見事に微妙な空気になってしまった。

「……そうだな。もう一度、最初からやり直すか。王女よ、今のはさすがにあんまりだから、もう一度一番手をやるといい」

『……はい……』

 リーファに気を使ったアンジェリカの言葉に頷き、再度人形をセットして別の場所にナイフを刺す。再び飛び出す人形。

『……』

「……」

 さらに重くなった空気に耐えられず、もう一度セットしてナイフを刺す。またしても飛び出す人形。

 三連続となると、流石に別の遊びにした方がいいのではないか、という気になってしまうのだが、かといって、ここで辞めるとそれはそれで何かに負けた気がする。そんな複雑な心境に、少しばかり全員の動きが止まる。

 ライムでさえ何も言わないのだから、いかに今の空気が重いか分かるだろう。

「……あっ」

 結局、誰も口を挟めぬまま四度目、五度目と無言で繰り返し、六度目についに、リーファの手番が終わる。ナイフを刺して何も起こらなかったその瞬間、思わず安堵の声を漏らしたエアリスをだれも責めることはできないだろう。

「……三千年以上生きているというのに、こんなに緊張したのは初めてだぞ……」

『申し訳ありません……』

「いや、謝られることではないのだが……」

 その後、ライムのナイフで人形が飛ぶまで三周ほどゲームが続き、念のためともう二度ほどやって仲良くアンジェリカとエアリスが一回ずつ人形を飛ばしたところで、どうやら呪いは解けたらしいと緊張まで解ける。

「運だけで決まるゲームは、当分触らぬに越したことはなさそうだな」

「ライム、反省してるの……」

「いや、ライムが悪い訳でもなかろうが……」

「ごめんなさい……」

「王女はそれこそ、何一つ悪くないぞ?」

 どうにも微妙な結果になったゲームに、ライムとリーファが謝罪する。リーファに至ってはわざわざファーレーン語で謝罪するあたり、一連の結果はかなりこたえたらしい。本当に呪いを疑いたくなる結果に、運がかまない遊びは無いのかと、アンジェリカがライムに視線を送る。

 その視線に気がついたライムが持ってきたのは、将棋にリバーシに知恵の輪。ルール説明に手間がかかる将棋を後回しにし、とりあえず知恵の輪をリーファに渡すライム。

 知恵の輪を受け取って、説明を受けるまでもなく遊び方とその意図に気がついたリーファが一分ほどかちゃかちゃといじりまわし、あっさり外して見せる。

「お~!」

『私、割とこれは得意みたいです』

「じゃあ、こっちは!?」

 と、次々と渡される知恵の輪をどんどん外していくリーファ。剣玉の時に見せた不器用さが嘘のような光景である。

「ふむ。……我だと解けるものと解けないものがあるな」

「私も一応一度は全部解いた事があるのですが、得意なものと苦手なものがありました」

「ノーラおねーちゃんが、割とこれ苦手!」

 知恵の輪のおかげで、先ほどまでの空気は見事に払しょくされる。アルチェムが工房の世界樹に呼ばれて顔を出し、テレスとノーラが納品から帰ってくるまで、なんだかんだ言って四人で和気あいあいと遊んでいたのであった。
某危機一髪の勝敗判定、ピンゾロ5連続というサイコロの神様のゆがんだ愛を目の当たりにしたわけですが。
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