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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第20話

「どっせい!!」

 宏がフルスイングで振り抜いたヘビーモールが、人形ダンジョンの表のボスであるジュエルゴーレムの身体を粉々に粉砕する。その一撃で、ジュエルゴーレムは完全に沈黙した。

 パーティの翌日。宏達は速やかにノーマルの人形ダンジョンを攻略すべく早朝、それもウルスでは日が昇る前の時間からダンジョンに潜っていた。

 現在の時刻はそろそろ昼飯時。仕掛けの大半は事前調査で丸裸にしていたが、ボス戦は今日が初めてだったために二時間近くかかってしまった。

「これで終わりか?」

「相手の魔力も消えとるし、多分終わりやろな」

 達也の疑問に対する宏の言葉が終わるより前に、ジュエルゴーレムの残骸が消える。後には、ドロップアイテムとしてラグビーボールより二回りぐらい小さい程度の巨大なサファイアが残されていた。

「すごく大きな宝石だけど、ここまで大きいと逆に有難味ない気がするわね」

「宝石もこのサイズまで来ると、重量その他の問題で使い勝手悪いでな」

 真琴の感想に、宏が頷きながら思うところを告げる。色も形も最高級品のこのサファイア、サイズが大きすぎて普通の宝飾品にはとても使えそうにない。所詮ただの宝石で特殊な能力を持つものではなく、何かの動力にとかそういう方面に使える訳でもないことも、使い勝手の悪さを助長している。

 せめてボスゴーレムがやって見せたように、七色のビームを発射するぐらいの機能があれば、お遊びで使い道もあったのだが、これはそんな能力もないただ綺麗でデカイだけの普通の石だ。

「まあ、回収するだけ回収しといて、サクサク次行ってみよか」

「そうだね。で、宏君」

「なんや?」

「まさかとは思うけど、これ調理したら食べられるとか、言わないよね?」

「パーツの一部やのうてドロップ品やからなあ。やってみんと断言はできんけど、さすがにこのまま調理しても食えんやろう」

 どうやら、解体して得たものでなければ、普通に調理しても食料にはならないらしい。その事に、微妙にほっとする春菜。別に食えるからと言って調理するつもりはないが、こんなものまで食えるとなると宝石を見る目が変わってしまいそうな気がする。

「のう、ヒロシ、ハルナ。ゴーレムのパーツは、食えるのか?」

「私は試したことないけど、食べられるらしいよ」

「ゴーレムとして動いたことがある奴、っちゅう制限はあるけど、機材と料理の腕が揃えば普通に食えるで」

「そうか……、食えるのか……」

「ついでに言うたら、パペット系とかリビングドール系、ミミックなんかも死体さえ残っとったら食えんで」

「……試したのか?」

故郷(くに)におる知り合いがな。調理難易度的には、低い奴でもワイバーン以上やったらしいわ。元来それ単体やと食用にならん無機物の塊食うだけあって、簡単に料理できるようなもんやないんはまあ、分かるわな。ドラゴン肉食うぐらいの手間かけてまで食いたいかは別にして」

 宏の解説を聞き、アンジェリカが何やら考え込む。その顔の真剣さから、かなり重要な事らしい。

「もう一つ、確認したいがいいか?」

「なんや?」

「まさかとは思うが、じーさまのゴーレムも、食えるのか?」

「食えるで」

「……そうか……、……食えるのか……」

 オリハルコン含有のゴーレムすら食える。その事実に、アンジェリカの表情が何処となく絶望的なものになる。

「まあ、食えるように調理できるん、多分うちらだけやろうけどな」

「食える、という時点であまり慰めにはなっていないぞ……」

 何のフォローにもなっていない宏のフォローに、肩を落としながらもそう突っ込んでおくアンジェリカ。あり得ないとは思うが、ゴーレムを食うためにヘンドリックに襲いかかる馬鹿が出て来ないとは限らない。この情報は、ぜひともここだけの話にしてもらわねば困る。

「仕掛け発見。起動」

 宏とアンジェリカがそんな漫才をやっている間、マイペースにボスルームをあさっていた澪が仕掛けを起動させ、隠しダンジョンに入るための入り口と思わしきものを出現させていた。

「予想通り、隠しダンジョンに行くための仕掛けはあったか」

「真琴さん、向こうでもこうだった?」

「あたしの記憶とは違うわね。でも、そもそもボス自体が違うから、同じ隠しダンジョンでも違うルートなのかもしれないわね」

「まあ、向こうでもダンジョンは攻略し尽くされてた訳じゃねえしなあ」

 またしても、隠しダンジョンについて真琴の知識が当てにならない展開。それについて、当人も含めだれも気にした様子を見せない。

 それもある意味においては当然で、そもそもフェアクロの場合は、攻略が定型化されているダンジョンの方が少ない。出現パターンもリポップ間隔もかなりの幅があるモンスターや宝箱に、時折地形が変わる内部構造。個々の戦闘にしても、モンスターの組み合わせが変わるとがらりと行動パターンが変わるケースがあり、しかも何度も通っているとすぐにプレイヤーの動きに対応してくる。

 隠しダンジョンに至っては、ほぼ入り方が確定している物ですら、入るパーティごとに出現するモンスターの種類や能力ががらりと変わるのだ。がらりと変わると言ってもある程度傾向は一致しているので、全く前知識が無駄になる訳ではない。ないのだが、あまり当てにならないのは変わらない。

 それが普通な上、その前提すらゲームの時とは大きな齟齬が出ている事をアイスダンジョンなどで確認しているため、元からあまり当てにしていないのだ。

「澪、こっから先は未知の領域だから、慎重にね」

「ん、分かってる。春姉、マッピングお願い」

「了解」

 ある意味において本番である隠しダンジョン。今まで未発見のルートかもしれないというゲーマーの本能を刺激するシチュエーションに、高揚した気分を隠そうともせずに先に進んで行く一行であった。







「人形ダンジョンで、アシダカ軍曹が出てくるとは思わんかったわ……」

「あたしもびっくりしたわよ……」

 出会いがしらの奇襲に成功した巨大アシダカグモは、宏が反射的にカウンターとして繰り出したポールアックスの一撃で頭から腹までかち割られ、中々グロテスクな感じの死体となって消えていく。その様子を観察しながら、予想外の出来事について、微妙にビビりながら宏と真琴がぼやいていた。

 モンスターとして言うなら、それほど脅威になる訳ではない。表ダンジョンに出てくるモンスターと比較するならそれほど劣らないが、一番最初のフロアにボスとして出てきたはずのジュエルゴーレムが雑魚としてわらわら出てきている時点で、脅威としては間違いなく最下位争いをしている。

 だが、あくまでも強くは無いだけで、いきなり出て来られるとかなりびっくりするのは事実だ。何しろ、アシダカグモは蜘蛛の中でも相当見た目が気持ち悪い方に分類される。それが二メートル近いサイズになって突っ込んでくれば、余程の強心臓の持ち主でも一瞬はひるむ。

 巨大なアシダカグモの奇襲というだけでも大概だというのに、名前の通り本来なら無機物系のみが出てくるはずの人形ダンジョンという想定外の場所で襲撃を受けたことも、宏達の驚きに拍車をかけている。

 全く心構えがない所に奇襲を食らうとビビって叫びそうになる見た目の何かが襲撃をかける。ドッキリの基本に忠実なその一撃に、見事にしてやられたのだ。

「っちゅうか、完全に奇襲食らった感じやけど、澪は気がつかなんだ?」

「ん。全然気がつかなかった」

「そらまた厄介やな……」

 珍しく引いた表情を浮かべている澪の正直な告白に、宏が頭を抱える。はっきり言って、気持ち悪い以外に全く害は無いモンスターだが、毎回毎回奇襲を受けるとなるとたまったものではない。

「こら、先入観捨てて、古い館とか廃墟とかにおりそうな生き物は普通に出てくる、思った方がええな」

「そうだな。お約束で言うなら、蝙蝠とネズミはいるだろうな」

「あとは、蜘蛛以外の虫、具体的にはムカデとか蟻、それとあまり考えたくないけどゴキブリあたりかな」

「その手のがゴーレムや人形類と一緒に出てくるってのもやな感じよね……」

 達也と春菜が挙げた生き物に、心底嫌そうに真琴がぼやく。真琴としては、蝙蝠なんかはともかく、ゴキブリは勘弁してほしい。

「ふむ。そいつらと遭遇したくないのか?」

「さっきの蜘蛛とかゴキブリとかみたいな、見た目とか動き方とかがキモい奴はちょっと勘弁してほしいのよ」

「まあ、その気持ちは分かる。それに、あの程度の雑魚にいちいち足止めされるのも面倒だ。我が何とかしよう」

「できるの?」

「うむ。これでも三千年ものの真祖ゆえ、そのぐらいの芸は持っておるよ」

 宏達の探索速度が落ちるのは、アンジェリカとしてもありがたくないらしい。話を聞いてそう提案し、掌の上に蝙蝠を呼び出す。

「ヴァンパイアといえば、蝙蝠と狼じゃろう?」

 少し自慢げに微笑みながらそう言うと、呼び出した蝙蝠を飛ばす。

「さて。これでこの一帯は駆除が終わるはず。さっさと次に行くぞ」

「……ぷっ」

 続けて数匹、同じように蝙蝠を送り出すと、ふん、とばかりに胸を張って微妙に偉そうに言い切る。普通なら生意気そうな印象を与えるその態度、残念ながらびっくりするほどわざとらしいので、全然威張っているようには見えない。

 余談ながら、アンジェリカの現在の姿は澪が言うところのロリータモード。故に胸を張ったところで子供が威張っているようにしか見えず、一部の変態と書いて紳士と読む種類の人間以外がエロスを感じるような事は無い。

 その妙に似合うのに絶望的に似合わない態度に、珍しく澪が噴き出す。

「正味な話、いろんな意味で助かるわ。死体が消えおるから、食材にも素材にもならんでただキモいだけやからなあ」

「せめて、どっちかになるんだったら我慢できるんだけどね……」

「……それはそれでどうなのかと思う我はおかしいのか?」

「いや、多分正常だ……」

 嘆くポイントが微妙にずれている宏と春菜に、アンジェリカと達也の突っ込みが控えめに炸裂する。素材にならない死体だから気持ち悪いとか、色々こじらせているにもほどがある。

「で、扉の向こうにドール系が十五。扉に罠と鍵は無い」

「ギミック持ちやったら面倒やな。とりあえず僕が先に入るから、春菜さん、澪、一応準備はしとって」

「ん、了解」

「任せて」

 澪の報告を受けて、宏がそう指示を出しながら突入する。突入した瞬間、人形からいろんな種類の攻撃が宏に殺到した。

「あいたぁ……」

 コントかギャグマンガのように眉間にナイフが突き刺さり、思わず宏が呻く。その間に澪が三体の人形の的を弓で射抜き、春菜と達也が七体の人形を無属性魔法で仕留める。

 残る人形は五体。内一体は射撃を無効化した上で魔法攻撃を反射し、四体はそれぞれ違う形で全ての攻撃を無効化する。そのため、初手で全てを仕留め切る事は出来なかった。

「こういうときは、大抵はこう!」

 この手のギミックでありがちなパターンを確認すべく、春菜が魔法を反射する人形に動き回りながら連続でマジックブリットを叩き込む。必ず撃った相手のいる方向を追尾するように反射する、という特性を逆手に取り、跳ね返されたマジックブリットが他の人形に当たるように動く春菜。

 その狙いは的中し、攻撃が通じなかった人形四体すべてに魔法が着弾、うち二体を粉砕する。そのまま、もうこれ以上用は無いとばかりに一気に踏み込み、春菜は反射人形を一刀のもとに切り捨てた。

「後二体!」

「後はあたしに任せなさい!」

 珍しく殲滅方面で活躍している春菜の声を受け、真琴が残り二体の攻撃に己の身をさらす。相性が悪いギミック持ちの始末が終わり、ようやく出番が来たのだ。

 まずはじめに二体のうち一体、騎士の姿をした人形にわざと攻撃させ、剣闘士風のもう一体を掴んで盾にする。盾にされた人形はあっさり斬り捨てられて真っ二つになり、一瞬で消滅する。

 最後に残った人形が再び斬りかかってくる。それをサイドステップで避けて若干距離を取り、人形と同じポーズをとる真琴。そのまま、パントマイムか何かのように、まったく同じ動きをなぞる。

 完全に同じ動きで数合打ち合い、相手が勝負を決めようと大振りの一撃を入れてきたのに合わせ、ひそかにスキルを発動しながら同じ動きで相手の剣にぶつけるように刀を振り下ろす。スキルの影響で人形の剣は人形本体ごと一刀両断されて消滅し、後にはブレスレットと思わしき何かだけが残された。

「とまあ、こういうふうにやればいい訳よ」

「なんか、妙に脆かった気がするな」

「うん。魔法反射を利用して倒したのなんか、マジックブリット一発で倒せてるし」

「あの手のギミック持ちはね、手順を踏むか弱点をついて倒すと、攻撃の威力に関係なく一撃で落とせるのよ。手順を踏まない場合でも、確かディスペルマジックあたりで解除できたと思うけど、そのやり方だとドロップが無くなる上に戦闘能力が大幅に強化されて面倒だから、あたしは試した事は無いわ」

「なるほど」

 真琴の解説を聞き、しみじみ納得しながら頷く達也と春菜。この手の特殊なモンスターは、決まりに従って戦うと驚くほど弱いのが定番だ。手順を踏まねば攻撃が通じないのだから、それぐらいの弱点があってしかるべきだろう。

 ついでに言えば、特殊能力をキャンセルすれば、大幅なパワーアップを果たすのもお約束といえる点だが。

「で、宏君。このブレスレットは、どんなもの?」

「……今回は、割と当たりやな。魔法抵抗二割アップとクリティカルダメージ一割アップ、それから魔力プールの機能がついた腕輪や。妙なデメリットもあれへん、純粋に強化だけの奴やな」

「魔力プールって、具体的にはどんな機能?」

「この腕輪に、魔力移して溜めとけるねん。容量は数値で言うと千五百ポイントぐらいや」

「結構大きいね。いざという時の保険ぐらいにはなるかも」

 ブレスレットの性能に、春菜が少し嬉しそうに言う。性能としては正直、宏が作ったものの方がはるかに強力だが、この手の性能がランダムの装備で当たりを引くのは、それなりに嬉しいものである。

 特に魔力プールは、魔力消費が四分の一になる今の装備でなら、聖天八極砲を何回か撃ってお釣りがくるだけの魔力を蓄積できる。ポーション換算なら、宏が作る五級マナポーション一本分といったところだろう。切り札として当てにできるほどではないが、いざという時に逃げる時間を稼ぐには十分な程度の魔力量だ。

 達也だと、場合によっては一回の魔法詠唱であっさり使い切る程度なのは、言ってはいけないお約束である。

「新人連中に使わせると、丁度いいかもな」

「せやな。魔力抵抗もクリティカルダメージもうちらに美味しいけど、それやったら同じ方針でもっとええん作った方が早いやろし」

「そういや、魔力プールはもっと容量増やせるのか?」

「素材によるな。神鋼でこのサイズの腕輪やったら五十万ぐらい、そこに魔力結晶組み込んで魔力の蓄積に特化するんやったら上限一千万、っちゅうとこや」

「一千万は多すぎるし、神鋼を使って蓄積特化は勿体ない。作るなら、普通のでいいだろうな」

 五十万でも、こちらに来た当初の達也の魔力より多い。一千万となると、何日かけて蓄えねばならないのか分かったものではない。

「それが、魔力ではなく精気であれば、我も本来の姿で行動できるんだがのう」

「精気関係か。こことマルクトの用件終わったら、ウォルディスの前に研究してみるわ」

「頼んでいいか?」

「頑張ってみるわ。正直なところ、アンジェリカさんが本来の姿でうろうろするんは、割と勘弁してほしいとこやけど……」

「我とて、女性恐怖症のお主に余計な負担をかけるのは本意ではないがな。ファーレーンの王太子の話を聞くかぎりでは、その程度の対策は打っておきたいと思うぐらいには、この地域の現状がきな臭い」

「せやねん。それがあるから、やらんよりはやった方が絶対ええ、っちゅうんが難儀やねん」

 友好的な相手であり、性的な要素も女性的な部分も必要以上には見せぬアンジェリカですら、宏は本能的にどうしても怯えて一歩引いてしまう。まだ一カ月に満たぬ付き合いで、そこまでの信頼関係を築けていないのだから当然ではあるが、アンジェリカのレベルで友好的な相手に過度に怯えてしまうのは、いずれ致命的な事態につながりかねない。

 そういう面では、年齢だけとはいえ外見を自由に変えられ、中身は十分に成熟した誠実な大人であるアンジェリカは、宏の新たなリハビリ相手に都合がよく、本来の姿で普段から行動できるようになればそちら方面も多少は進むかもしれない。

「まあ、細かい事は、用事済ませてからや。まずは、このダンジョンを攻略せんとな」

「そうだな。ここを乗っ取られた時の状況が不自然だったし、この隠しダンジョンには一体何があったか、その手がかりが多少は残っておるかもしれんな」

「残っとったとしても、多分ここを取り返す役には立たんやろうけど……」

「もはや、三千年だ。既に世界に定着してしまっておろうし、我とてそこは諦めておるよ。ただ、手がかりがあって落とし前をつける相手がおるのであれば、そして、それが分かるのであれば、特に文句は無い」

 この館の事は、自分の感傷にすぎない。そう理解しているだけに、アンジェリカは宏達に無理を言う気はさらさらない。たとえ手がかりが残っていなかったとしても、それはそれで仕方ないと最初から割り切っている。

 言ってしまえば、アンジェリカにとって今回ダンジョンに同行させてもらっているのは、三千年も生きていながらいまだにウジウジとこだわっている自分と決別する、そのいい機会だと思ったからだ。屋敷がどんな状態になっているのかがずっと気になっていたのも事実だが、既にそれがどうにもならない事なのも重々理解している。

 ヘンドリックではないが、宏達が来た事は、アンジェリカにとっていろんな意味でいい機会だったのだ。

「それで、まずはどこから攻めるか、やな」

「ノーマルの時と同じように、食堂と厨房からにするか」

「せやな」

 特に指標がある訳でもないので、達也の提案に頷く一同。ダンジョンの攻略は、地道に前に進んで行くのであった。







 隠しダンジョン侵入から一週間後。

「この瘴気の濃さ、間違いなくボスルームやな」

 全ての仕掛けを探し出して解除せねばならないという仕様に苦労しながら、ついに一行はボスルームを引きずり出す事に成功した。

「正直、謎かけなのにいわゆるリドルの方じゃなくて日本の古典芸能の方が出てきたときには、ちょっとどうしようか悩んだよ」

「それも、『変態とかけて紳士ととく、その心は』、なんて喧嘩売ってるとしか思えない内容だったわよね」

「俺は正直、その問題に『どっちも子供が好きだ』、とか答えて正解もらった澪が一番どうかと思ったがな。しかも、謎かけになっちゃいねえし」

「むしろ、その後の『横においても盾とはこれいかに?』っちゅう、別ジャンルの問題が即座に飛んできた方が微妙に困ったけどなあ」

「師匠、よく問題出てすぐに『真ん中にかけても橋というがごとし』、なんて回答出てきた」

「そら、問題自体が基本中の基本やねんから、答えも基本中の基本になるわな」

 色々難儀な仕掛けがあった隠しダンジョン。その中でも一番微妙だと思ったことについて、ついついしみじみ語りあってしまう一同。

「あと、結構な頻度でパーフェクトキャンセレーションの出番があったよね」

「まあ、育てられる機会があるなら、育てておいて損は無いしな」

 いくつかの仕掛けは解除に失敗し、春菜がパーフェクトキャンセレーションで仕切り直した事があった。その大半がモンスター関係の仕掛けで、相性の問題から春菜が戦力外になっても影響が少なく、かつ失敗しても単純な殲滅で仕切り直しができることから、割と積極的にチャレンジしていた。

 結果として、後半の巻き返しもあってトータルの勝率は約五割。熟練度も結構伸びてか、反動もクールタイムも二十分をすこし切る所まで短縮されている。

 モンスター関係ではない仕掛けも結構あったが、それらに対しては驚異的な引きを見せて全勝しているあたり、運の振幅が大きい春菜の面目躍如といったところか。

「で、すぐ挑むか?」

「あ、ちょっと待って。そろそろお昼の時間だし、あと三分ぐらいで抜けるけど、反動もまだちょっと残ってるし」

「なるほど。じゃあ、飯にするか」

 春菜の待ったを受けて、あっさり食事の判断を下す達也。いつもの事ながら、ボス戦に対する緊張感は皆無である。

「……のう、ちょっといいか?」

「なんや?」

「ダンジョンでボス戦、というと、もっと緊張感とかそういったものがあるのではないのか?」

「そんなもん、うちらに求められても困んで」

 アンジェリカの一般論とか正論とかそういった感じの質問に、宏が身も蓋もない真理を持って答える。ボス戦だからとピリピリした空気で挑んでいたのなど、もういつのことだったか思い出せない。

 ボス戦の前だろうがなんだろうが、飯の時間なら飯を食う。それが宏達の行動原理であり、どうしても時間を守れないとき以外は一貫してその姿勢は貫き続けている。

 今回のように、食事を済ませない理由がないときは食事を優先するのは、彼らにとっては人間が酸素も水も無しでは生きていけないのと同じぐらい当たり前の事なのだ。

「これから運動することになるし、軽めの方がいいよね?」

「そうね。消化吸収が良くて、激しい運動をしても影響が出ないものがいいわね」

「まあ、何食うにしても、食ってから三十分ぐらいはインターバルを置くべきだろうが、な」

 などと言いながら春菜が用意したのは、餅のグラタンスープであった。わざわざ荷物からオーブンを取り出し、下ごしらえの最中に反動が抜けたと知るやあの手この手で調理にかかる時間を短縮してのけたのだから、こんなときでも食事に手を抜かない女である。

「毎回思うのだが、よくもまあ戦地でこんな手の込んだ料理を用意するものよ」

「私達寿命が普通の人間種族の場合、人生で食べられる食事の回数は、思ってるほど多くないんだよ?」

「言いたい事は分かるが、お主とヒロシが普通の人間種族と称するのは、我としては非常に納得いかぬ所よ」

「いろんな神様から新しい神認定されちゃった宏君はともかく、私はまだ普通の人間、のはず、多分、きっと」

「ファーレーンの姫巫女もそうだが、少なくとも寿命の面では、お前が一般的な人間種族を称するのは無理だと断言してもよいぞ」

「その断言は欲しくない……」

 アンジェリカに嬉しくない断言をもらい、げんなりした表情でグラタンスープを配って回る。宏の事を考えるなら好都合だが、上手く行かなかったときは普通の人の何倍もダメージが大きくなると考えると、とても喜べる条件ではない。

「てか、春菜の場合、寿命がどうであっても食事にこだわるでしょ?」

「だろうな。それこそ、ヒロが素材に見向きもしなくなるぐらいあり得ねえ」

「調理できる状況で料理しない春姉なんて、春姉じゃない」

 アンジェリカの一言だけでもダメージが大きいのに、更に他のメンバーからも追撃が飛んでくる。どれも自覚があるだけに、反論できないのが辛いところである。

「……しょ、食事は美味しく食べるように努力と工夫をするのが、食材になった命に対する最低限の礼儀だと思うんだ、私」

「呆れられてるだけで悪いとは言われてねえんだから、別に言い訳がましい事を言わなくていいぞ」

「むう……」

 言われ放題の現状に抵抗しようとコメントをひねり出し、結局達也に潰される春菜。今回はいろんな意味で分が悪い。

「美味いもん食えるんやから、文句言うたらあかんで」

「別に文句を言ってた訳じゃねえぞ。戦地だろうがなんだろうが、春菜は絶対飯にこだわるだろ、って話をしてただけで」

 珍しく、他人のフォローを兼ねて年長組を窘めに回る宏に、さすがにからかいすぎたかと反省しつつ達也が一応の反論を試みる。美味いものを食えるのに文句を言うな、という言葉そのものには否定も反論もする気はないが、文句を言っていると誤解されるのは少々避けたい。

 そんな宏のフォローに嬉しそうに微笑み、自分の分から宏の分にこっそりチーズを多めに移す春菜。焦げたチーズは、宏の好物である。

「……ちょっと胸やけしそうな光景が目に入ったんだけど……」

「……残念ながら、ボク達は自業自得……」

 春菜のその表情と行動に気がついた真琴が砂糖でもはきそうな顔でぼやき、微妙に出し抜かれた感じでへこむ澪が自分達にセルフで追撃を入れる。ボス戦前だというのに、平常運転にもほどがある宏達であった。







「随分と、待たせてくれたな……」

 ボスルームに入って開口一発、玉座のようなものに座っていた一人の男がうんざりした顔で文句を言ってきた。

「別に、飯ぐらい食うてもええやん」

「普通、ダンジョン攻略に来て、ボス戦の前に飯を食う冒険者が何処にいる……?」

「目の前におるんやから、あきらめ」

 凄まじい量の瘴気をばらまく、明らかに並のモンスターではない男。威厳たっぷりの態度に凄まじいまでにマイナス方向の生命エネルギー。ボスとして十分な貫禄があるはずなのに、宏との問答がその貫禄をあっという間に全て奪い去っていた。

「見覚えのある顔だと思うたが、貴様フィリップか?」

「ああ、そうだ。というか、アンジェリカも来ておったか……」

「人の思い出の屋敷を奪い取った憎き仇敵、その手がかりがつかめるかもしれんと思うたが、まさかお主がその手がかりだったとはな」

 いきなりボスと緩い会話を始めた宏を軽く制し、憎悪のこもった眼でアンジェリカがボスを問い詰め始める。その様子に、何やら複雑な事情があるらしいと嫌でも悟らざるを得なかった宏達は、口をつぐんで話の推移を見守る。

「おかしいと思っておった。当時まだたかだか千歳に満たぬ若いヴァンパイアだったとはいえ、じーさまは曾じーさまから屋敷と一族の長を引き継ぐ程度の実力はあった。ダンジョン化するほどの瘴気を無策のまま放置して屋敷を乗っ取られるような、そんな間抜けが長として認められるほど、我らは甘くは無い」

「ふん。身内の裏切りに気がつかぬ時点で、ヘンドリックなぞただの無能よ。それが分からぬ、いや、孫としての視点でしか物事を見えぬあたり、三千年たっても小娘は小娘か」

「じーさまは我を慮って口にはせなんだが、常々身内が瘴気に魅入られている可能性に気がつき、苦悩しておった。おそらく、貴様かダイアナかのどちらかが手引きしていたことも、当時の時点で気がついておっただろうよ」

「気がついておったところで、防げなければ何の意味もない。あのような無能が旗振りをしておったのだから、今頃我ら真祖もほぼ滅亡しておるのだろう?」

「たとえ獅子身中の虫に気がついておったところで、あの長老どもがおる限り簡単に動けなかったことなど、貴様とて理解していように。いや、むしろ、貴様こそが一番理解しておっただろう。
 我が生まれた時点で、既に一族には限界が来ておった。誰が長を継いでおっても、早いか遅いかだけで我らは集団としては滅んでおっただろうよ。それでも、屋敷と領地をダンジョンに奪われていなければあと千年は維持できておっただろうが、な」

 年月を重ねた種族、その因縁を感じさせるシリアスな会話に、宏達は完全にギャラリーと化す。自分達の世界に入り込んでいるため、アンジェリカもフィリップというらしいボスも気がついていないが、いつの間にか飲み物の入った紙コップを手にくつろぎモードに入っており、緊張感は完全に台無しになっている。

 何より台無しなのが、唐突に食欲に目覚めたラーちゃんに、春菜が神キャベツの葉を与え始めたところであろう。片手間にラーちゃんに餌を与えながら、その視線は吸血鬼同士の会話に釘付けなのが色々残念な絵面である。

 一応宏達の名誉のために言っておくなら、アンジェリカが「あと千年は維持できていた」と言っていたころまでは、臨戦態勢を維持していたのだが、その後も延々と続く因縁の会話、それが五分を超えたあたりから自分達の世界に入ってしまった二人に付き合うのが辛くなってきたのだ。結局、澪がジュースを取り出したあたりでどうでもよくなって、完全に芝居の観客に徹することになったのがこの状況である。

「それで、フィリップよ。誰にそそのかされた?」

「そそのかされたのではない。己の意思で選んだのだ」

「では、誰にこの道を示された?」

「……バルドという男だ」

「それで、貴様は何を得た? この屋敷か? それとも、オリハルコンゴーレムを一蹴できる力か? だとすれば、笑わせる」

 アンジェリカの言葉に、フィリップの表情が憎悪と絶望に染まる。どうやら、今の言葉の中に、絶対に言われたくない何かが含まれていたようだ。

「……何も、何も得てはおらぬ。ああ、何も得ることはできなかったさ!!」

「ほう? 貴様、己の意思で選んだ道に、後悔しておるのか?」

「後悔しているさ、しているとも! 手に入れたとはとてもいえぬ有様の屋敷! 増幅されてもせいぜい長老どもをくびり殺せる程度の、普通に三千年も鍛えれば簡単に手に入る程度でしかない力! そんなもののために人をやめ、ダンジョンに縛りつけられた己の迂闊さを、死んでも死にきれぬほど後悔しているさ!」

 血を吐くような表情、地獄の底から絞り出したような声で己の悔恨を吐き出すフィリップ。その生々しい表情が、本当に己の選択を後悔し、その道を選ばせた自身の一族に対する恨みと憎しみに置き換わっている事をいやというほど見せつける。

「来る日も来る日も誰も訪れぬ屋敷から外へ出る事はおろか、この部屋からすら出ていくこともかなわず、死ぬことも狂うこともできぬこの苦しみ、貴様らには分かるまい!」

「はん、自業自得だ愚か者」

「ようやく冒険者が挑みに来たと思ったら、扉を呼び出すだけ呼び出して一向に入ってこず、入ってきたと思ったら人様の問答を肴に飲み物片手にくつろぎ、挙句の果てに芋虫に餌を食わせる始末! 三千年幽閉され、やっとボスとしての仕事ができるとせめてボスらしく蹂躙してやろうと意気込んでいたというのに、蓋を開けてみればこの扱いだ! この屈辱、この悲しみが青臭い事ばかりさえずる貴様には分かるまい!!」

「……すまん。流石にそこは反論の余地もなければフォローも出来ぬ」

 ここまでのシリアスな内容を最後の最後で粉砕する、フィリップの魂の叫び。ほとんどの内容は自業自得だと切って捨てられるが、最後の一言だけはフィリップを憎しみ蔑んでいるアンジェリカですら、どうにも申し訳ない気持ちになる。

 何が申し訳ないかと言って、この空気、この流れを作る片棒を担いでしまった事が申し訳ない。いくら相手の事が心底嫌いであっても、否、嫌いであるからこそ、この件で相手に対して「ざまぁ」とかそういうことは言えない。

 そんなアンジェリカの居心地の悪さを、香しいコーヒーの香りが一層増幅する。

「というかお主ら、いつまでくつろいでおるつもりだ?」

「ちょい待って、澪がもうちょいで飲み終わるから」

「ふざけるな!!」

「いやいや、大真面目に鑑賞しとったで」

 三千年にわたる因縁とはいえ、あくまでもそれは当事者にとっての事。所詮他人事に過ぎない宏達からすれば、単なる見世物にしか過ぎない。

「っちゅうか自分ら、話が長いねん。何ぼ何でも三十分ぐらい経っとんで」

「くっ、こんな奴とそんなに話し込んでしまったか……」

「こんな奴とは言ってくれるな!!」

「というか、結局この空気も貴様の愚痴と恨み言が長かったのが一番の原因だろうが! ばーさまがじーさまに嫁いだのも、母様が父様に惚れたのも、当人が納得しての結果だ! 振られ男がグダグダグダグダうるさい!」

「言うな!」

 三十分の長きにわたってののしり合っていた内容も、要約すればその程度らしい。結局、重要な情報はなんとなく三下臭が漂っているフィリップが、バルドにそそのかされたらしいというただ一点だけである。

 動機や行動を聞いていれば、フィリップがヘンドリックにことごとく敗れ、しかも長老にも相手にされなかったのも当然だとしか思えない。ボスらしい扱いを受けない事を憤るにしても、そもそもベースが色々駄目すぎる。

「もういい! 貴様ら全員ヴァンパイアにして、とことんまでいびり抜いてやる! この屋敷に永遠にとらわれる苦しみ、貴様らも味わえ!!」

 敵からあれこれ駄目出しを食らい、フィリップが逆切れして戦闘モードに入る。そのまま襲いかかってくるかと思いきや、彼が最初にとった手は眷族の召喚であった。

 召喚を妨害されぬよう防御結界を張り、眷族を呼び出すための詠唱を続けるフィリップ。宏達はそれに対応するために補助魔法をはじめとしたあれこれを発動しながら、行動方針を決めるために話し合いを始めた。

「へっぽこ臭は漂ってるが、あれでも一応アンデッドのヴァンパイア、その中でも上級の存在だ。間違っても弱くは無いはずだが……」

「弱くは無いどころか、三千年分の怨念でノーライフキングまで進化しておる。あそこまで行くと、灰にしたところで即座に再生しかねん」

「そいつは面倒だな……」

 アンジェリカからの情報に、達也が顔をしかめる。ゴーレムのように純粋に防御力が高くてダメージが通りにくいのも厄介だが、いくらダメージを与えてもすぐに元に戻るのもやりづらい。

 そんな情報を聞いてか聞かずか、アンデッド対策の基本とばかりに春菜が般若心経ゴスペルを高らかに歌い始める。

「ぐう!!」

 般若心経ゴスペルが響き渡ると同時に、フィリップがうめき声を上げる。流石にカースドールのように最初の三音で浄化されることは無いようだが、全く影響を受けずに済ませることもできなかったらしい。

 それでも、三千年ものの怨念は伊達ではないらしく、フィリップは根性で眷族の召喚だけは済ませてのけた。

「ぴぃ!!」

 フィリップが眷族を召喚したと同時に、ラーちゃんが鳴き声を上げる。芋虫なのに鳴き声、などと突っ込むより先に、ラーちゃんの口から大量の糸が吐き出された。

「何ぃ!?」

「あ~、一応あれも聖属性だったか……」

 単に絡め取るだけでなく、眷族の蝙蝠や狼にダメージを与えている様子から、ラーちゃんの糸が聖属性であることが判明する。一応、神の眷族候補という事なのだろう。

「まあ、いい! サクサク仕留めるぞ!」

 なし崩しに優勢になった状況を維持すべく、達也が一声吠えて獄炎聖波を発動。一気に敵の眷族を殲滅してフィリップにダメージを与える。

 もっとも、ノーライフキングともなると、たかが獄炎聖波では大したダメージにはならない。ラーちゃんの糸が若干残っており、春菜の歌が場を支配しているが故に一瞬で再生とまではいかないが、ダメージを蓄積させる、というところまでは至っていない。

 何より、いくら間抜けに見えようと、フィリップも一度はヘンドリックを出し抜いているのだ。印象ほど無能でもなければ弱くもない。

「なめるななめるななめるなあ!!」

 獄炎聖波を気合で振り払い、ありとあらゆる属性の攻撃魔法を前が見えないほどの密度でばら撒き始めるフィリップ。眷族が全滅しているため、流れ弾も何も気にせずに撃てるだけ撃っている。

 それらのほとんどはタイミングを合わせて前に出た宏に阻まれ、後ろにいる春菜達のもとへは届かずにキャンセルされるが、特殊な軌跡を描いて飛ぶ一部の魔法は、宏の鉄壁のガードをすりぬけて他のメンバーに着弾する。

 ガーディアンフィールドによって威力を削られ、霊布の服をはじめとした各種高位防具に阻まれながらも、メンバー全員にわずかながらダメージを与える攻撃魔法。ガーディアンフィールドも防具の魔法防御も効果を見せていているところを見ると、どうやら防御関係の補助魔法を無効化しているようだ。

 それを予期していたか、宏より後ろにいた人間の中ではアンジェリカだけが、自前の魔法抵抗と対魔法系防御魔法で自身に飛んできた魔法をすべて無効化して無傷でしのいでいた。もっとも

「フィリップはどこだ!?」

 今の弾幕と防御魔法の影響で、アンジェリカはフィリップの姿を完全に見失い、無防備な姿をさらす羽目になるのだが。

「甘いで!」

「何っ!?」

 無防備な姿を見せるアンジェリカの首筋を狙い、転移能力を使って背後に回ったフィリップを、宏がスマッシュで跳ね飛ばして迎撃する。いくらなんでも今のタイミングを見切られるとは思っておらず、思わず狼狽した声を上げるフィリップ。

「すまん、助かった!」

「あんなバレバレな転移なんざ、何ぼでも防げるから安心しい」

 あっさりフィリップの転移を潰した宏の、気負いのない一言。その絶対的な安心感に、アンジェリカの中で宏の印象が上方修正される。

 今までも、侮っていた訳ではなかった。職人としてはもちろんのこと、壁役としても超一流としてちゃんと認識はしていた。だが、予兆もない転移系の攻撃を平気で潰してのけるほどとは思っていなかったのだ。

 流石に先ほどのような飽和攻撃は、根本的な身体の面積の問題で取りこぼしが出るのは仕方がない。だが、逆に言えば、相手が単独であるなら、それ以外の理由で攻撃を防ぎきれない事はあり得ない、それほどの力量を見せつけられた。

 ならば、自分も最低限の防御以外は考えず、リソースをほぼ全て攻撃に回しても問題ないだろう。そう考え、アンデッドにとって天敵とも言える攻撃の準備に入る。

 その間にも達也が聖天八極砲を叩き込み、澪が弓で大技を放ち、真琴が幾度も斬りつける。再び何か魔法を使おうとしたフィリップを、春菜が歌に混ぜたパーフェクトキャンセレーションで妨害する。

 そうして、何も出来ぬまましつこくしつこく再生を繰り返していたフィリップに止めを刺すべく、ついにアンジェリカの大技が完成した。

「ハルナには感謝だな。よもや、瘴気漂うダンジョンの中で、我のこの技が可能だとは思わなんだ」

「なっ!? 貴様、まさか!!」

「そのまさかよ。神聖なる世界!」

 周囲に漂う浄化の力。それを束ねて圧縮し、自身の持つ精気と混ぜ合わせて増幅してフィリップに叩き込む。肉体的な問題から、現在では真祖と呼ばれる古きヴァンパイアの一族にのみ可能な、浄化系の技としては巫女が使うものを除き最高位の一撃が、アンジェリカの全身から放たれる。

 その一撃を、無防備なまままともに食らうフィリップ。これが外であれば、恐らくこの時点で勝負は決まっていただろう。だが

「な・め・る・なあ!!」

 消滅寸前まで追い込まれながら、なんとフィリップは己の気合と怨念のみで、神聖なる世界を振り払って見せたのだ。大本はただの逆恨みと八つ当たりとはいえ、ここまでくれば立派なものである。

 残念ながら、元が元だけに誰も褒めてくれないのだが。

「ちっ、足りなかったか!」

「残念だったな! その技は精気を大きく消耗する! これで貴様らにはこのフィリップを倒す手段は無くなっただろう!?」

「あ~、確かに微妙なとこやな」

 予想以上のしぶとさを見せるノーライフキングの生命力に、微妙に困った様子を見せながら宏が同意する。

 まず断言できるのが、ゲーム的な言い方をすると、恐らくノーライフキングは単純に生命力をゼロにするだけでは倒せないこと。それゆえ、恐らく純粋な物理攻撃で、しかも攻撃としては単なる斬撃でしかない疾風斬・地では仕留め切れないし、基本は点の物理攻撃でしかない巨竜落としも同様に決め手にはならないだろう。

 相手を欠片一つ残さず消滅させうるタイタニックロアやエナジーライアットなら、もしかすると可能性はあるかもしれない。だが、それとて確証はないし、タイタニックロアはともかく、エナジーライアットは達也が戦闘不能になりかねないためリスクが大きい。

 では、タイタニックロアはというと、どうにも人間サイズの相手には、見た目ほど威力が伸びない印象がある。あくまで宏が感覚的に理解しているだけなのだが、タイタニックロアの大型に対する威力は、相手が大きい事で多段ヒットしていることが理由のようなのだ。故に、疾風斬のように減衰しないというだけで、サイズが小さい相手ではそれほどダメージが伸びない。

 更に、破片すら残さず消滅させたところで、相手が復活しないという保証もない。そこを悩んでいると、疲弊した感じのアンジェリカが宏の傍まで寄って来て、小さく囁いた。

「ヒロシよ、少し頼みがあるが、かまわんか?」

「……なんや?」

「すまんが、お主の精気を少々、分けてはもらえんだろうか?」

 その言葉に驚いて、思わずアンジェリカを凝視する宏。

「厚かましい頼みだと自覚しておる。この状況で味方の、それも攻撃を食い止めてくれている人間から精気をもらおうなど、普通なら自殺行為だということも。そもそも、女性に恐怖しておるお主にこんな頼みをするなど、非常識で恥知らずにもほどがあろう。……」

「……今それを言う、っちゅう事は、何ぞこの状況をひっくり返す手段があるんやろ?」

「……ああ。先ほどの手ごたえから考えて、恐らく本来の姿で最大出力ならば、再生なんぞ許さずに浄化しきれるはず。正直な話、最初からそうしておけばよかったのだが、消耗が激しすぎて、つい二の足を踏んでしまってな……」

「まあ、分からんでもないわ。で、僕に言うっちゅう事は、僕しかあかんっちゅう事やな?」

「……ああ。先ほどのミスが響いておってな。他の者から譲ってもらう場合、全員戦力にならない所まで譲り受けても必要量に足りん。その状態で一撃でも貰うと命にかかわるし、かといって半端に貰っても意味がない。本当に、情けないミスをしたものよ……」

「やってもうたもんはしゃあない。それが確実や、っちゅうんやったら、やるしかあらへんわな」

 目の前の状況を示しながら、宏が断言する。宏とアンジェリカが話しこんでいる間に、既に真琴が疾風斬を放ってフィリップを斬り刻み、達也が聖天八極砲の連射でダメージを蓄積させにかかっていた。だが、疾風斬は予想通り即座に復活され、聖天八極砲は若干ではあるが再生を上回ってじわじわと削ってはいるものの、地脈接続なしではそこまで無茶は出来ない。

 このままでは、いずれ押し切られる。それなら、宏が防御に回らずとも押さえこめている今のうちに、アンジェリカの準備を整えた方がいいだろう。そう考え、アンジェリカを促す宏。

 そのいろんな意味で覚悟を決めた表情に頷き、申し訳なさそうにしながらアンジェリカは宏の背に軽く触れた。

「っ……!」

 アンジェリカに触れられた瞬間、ゾクリとした感触と本能に根ざした恐怖心、それに精気を吸い上げられることに対する反射的な拒絶反応が同時に起こり、ほんの一刹那、身をこわばらせる。覚悟を決めていても、短期間といえど、やはり女性に触れられるのは宏にとって恐怖だ。

 だが、今回だけはそれではいけない。春菜やエアリスと比較するとはるかに恐怖心は強いが、そんな事を言っている状況ではない。敵が根性と執念で耐え抜いているのだから、こちらも気合と根性で対抗するしかない。

 気合と根性で対抗する方向性がどうか、とか、根性入れてやってる事は幼女に触れられる事か、とか、この絵面はいろんな意味で外聞が悪いのでは、とか、色々余計な事をあれこれたくさん考えてしまったが、どうにかこうにか根性で恐怖心を押さえこむことに成功する。

 恐怖心や本能レベルでの拒絶を根性で押さえこみ、アンジェリカがやろうとしている事を受け入れてすぐ、宏の身体から何かが物凄い勢いで流れ出ていく。感覚的に言うなら、高い位置にある巨大な湖から小さな用水路を引き、堰を軽く開いただけ。それも、ちょっとした事で溢れてしまう分を、水路という形で別の場所に移しただけである。

 それゆえに凄い勢いでと言っても、宏の側には大した影響は無い。神鉄を鍛え神鋼製のアイテムを作っている時の方が、何十倍も消耗する。

 宏からすればその程度の消耗でも、アンジェリカの側には多大な影響があった。

「これは、すごいのう……」

「どないや?」

「これほどまでに精気を取り込んだことなど、これまでの生涯で一度もない」

「そうか? こっちはさほどなんかを抜かれた感じはあらへんけど……」

「時間が短かったからな。……しかし、軽く触れてほんの少し余剰分を分けてもらっただけでこれか。お主の血など飲んだ日には、どうなるか分かったものではないな」

「怖い事言わんといて、って言いたいとこやけどな。直接噛むんだけ勘弁してくれるんやったら、どうしても必要な場合は軽い切り傷ぐらいは作るで?」

「……いや、不要」

 宏のありがたい申し出に一瞬酷く心がぐらつき、だが鋼の意思力でその誘惑を断ち切る。そのまま、今にも破裂しそうなエネルギーを使うべく、本来の姿に戻る。

「血をもらいうけるのは、これで駄目だった時に考える。もっとも、たかがノーライフキングごときに、耐えられる威力ではなかろうがな」

 恐ろしいまでの全能感に酔いそうになりながら、どうにか自分をコントロールしてなすべき事に集中する。ほぼ里にこもったままだったとはいえ、三千年以上生きているアンジェリカだからこそ、暴力に酔わずに済んだといえよう。

 結果、フィリップにとっては残酷な結末が待ちうけることになった。

「アンジェリカ、貴様! その姿はどう言うことだ!?」

「ばーさまにも母様にもよく似ておるだろう? 少々燃費が悪いが故、日頃は滅多にさらせん姿だがな」

「貴様! たばかったのか!?」

「常識で考えろ。三千年以上生きておって、幼女の姿のまま成長しないなど、あり得んだろうが」

 大人になったアンジェリカの姿に、フィリップが大いに動揺する。達也達の猛攻に耐え、何かの技の溜めに入っていたことすら忘れてわめき散らす。

 そんなフィリップに取り合わず、アンジェリカは再びの大技を発動すべく淡々と準備を進めていた。

「我も使うのは初めてだが、どうやらこれが完全な神聖なる世界らしい。もしこれに耐えたのであれば、貴様の怨念も執念も認め、そのあり方をたたえてやろう」

 本来の姿に戻った際にリセットされたか、それともこの姿で放つ場合は別の技扱いなのか、本当なら必要なはずのクールタイムを完全に無視して、再びアンジェリカが神聖なる世界を発動する。

 技を解きはなった瞬間、ボスルームは神域もかくやというほどに浄化され、ありとあらゆる怨念を食らいつくし、アンデッドに安らぎを与えんと圧倒的なまでに神聖な圧力がその場を蹂躙し尽くした。

「凄い……」

「さすがに、これを食らって己を保てるアンデッドはおらぬか……」

 存在そのものを根こそぎ浄化され、己を保てずに消滅したフィリップ。そのあっけない最後に呆然とつぶやいた春菜に答えるように、子供の姿に変わったアンジェリカが疲れをにじませながら言う。

 そのアンジェリカの言葉に我に返り、フィリップが消滅した後に残された宝玉を拾い上げて確認する澪。

「師匠……」

「ナイトメアソウルやな。魔法の増幅周りの機能が強いから、素直に兄貴の杖に回せば問題ないやろ」

 宏から宝玉の正体と使い道を聞き、今回は当りかと微妙にほっとする一同。フェンリルブラッドが微妙に外れだったため、また外れだったら次は何処のダンジョンに行くべきか、また頭を悩ませるところだった。

「今回は済まんの。いろんな意味で世話になった」

「いやいや。こっちも最後のがなかったら倒せとったか分からんかったし」

「いや、なに。あれは我に譲ってくれたのだろう? それが分からんほど、耄碌はしておらんよ」

「確かにまだ手札はあったけど、それで倒せる保証は無かったんやけど……」

 やけに高く評価してくれるアンジェリカに、宏達の顔が少々渋くなる。あの異常な再生能力の前には、宏達は冗談抜きで手詰まりになりかけていたのだ。

 実際のところは、どうしようも無くなればオクトガル通信でエアリスに頼んで、超強力聖水を大急ぎで十本ほど用意してもらうという裏ワザに走っていただろうが。

「それにしても、コアになってそうな奴を根こそぎ消滅させても、ダンジョンはダンジョンのままか」

「流石に遅すぎたのだろうな。まあ、仇は討てたし、我はそれだけでも満足しておるよ」

「思い出の家なんだろう?」

「三千年も、思い出にすがってきたのだ。いい加減卒業せんと、情けないにもほどがある」

「別に、情けないとは思わねえが……」

 色々と思うところはあったが、妙にさばさばしたアンジェリカの表情に、達也はそれ以上何かを言うことはやめる。本人が心の整理をつけたのだ。外野が余計な事を言う必要もない。

「さて、これからの事だが、これだけ世話になったのだ。我もじーさまとともに、ウォルディスへの対応を手伝おう。さしあたっては、マルクトでの情報収集、お主らとは別ルートで協力させてもらいたい」

「協力してくれるのはありがたいけど、アンジェリカはマルクトの事、何も知らないんでしょ? 」

「実際、そっち方面は、あの王太子の部下やお主らがやった方がよかろうがな。これでも歳だけは取っておるから、いろいろ手札はある。それに、千年以上生きた長命種でなければ分からん感覚も、世の中には結構あるものよ」

「まあ、確かにそれはそうかも」

「もっとも、マルクトの場所も道も分からぬ故、そこまでは同行させてもらうことになりそうだがの」

 シリアスに世間知らずな事を言い出すアンジェリカに、一同から笑いが漏れる。こうして、宏達に当面の同行者が増えるのであった。
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