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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第19話

『リーファ様、こちらがアズマ工房を営んでおられます、アズマ・ヒロシ様です。ヒロシ様、こちらが、以前お話させていただいたリーファ様です』

「は、はじめまして……」

「どうも、よろしゅうに」

 パーティ当日。エアリスにウォルディス語で宏を紹介されたリーファは、どうにかファーレーン語で初対面の挨拶をしたものの、どうにも緊張と戸惑いが態度ににじむのを抑えきれなかった。

 アズマ工房の工房主と聞いて、本人を知らない人間が思い浮かべるであろう人物像。残念なことに、宏はそのイメージにかすりもしない男である。

 まず、一般に工房主といえば、どんなに若くても普通は二十歳を超えている。アズマ工房自体が設立から大して時間が経っていないとはいえ、いや、設立が最近だからこそ、普通の人間は若くて三十路、普通は四十半ばを思い浮かべる。独立して工房を立ち上げるためには、それなりの資金とそれを稼ぎ出すだけの腕が必要なので、二十代で立ち上げるのは余程のパトロンがついていても難しい。

 また、最先端・高品質・希少価値の代名詞となっている工房の主だと、大抵は気難しそうないかつい容貌か小国の王になら勝るとも劣らない威厳、もしく他の事には興味ありません、という雰囲気かのいずれかを持ち合わせている。少なくとも、あまりとっつきやすい雰囲気はしていないのが普通だ。

 そういった、大抵の人が思い浮かべるイメージや実際に多い人物像と比較すると、宏は全くそれっぽくない。

『あんまり工房主っちゅう感じやなくて、驚いとるやろ』

『えっと、あの……』

『とりあえず、今日は無礼講っちゅう事で、ちょい砕けた言葉遣いでやらせてもらうけど、ええ?』

『は、はい……』

 そのイメージに混乱している事を当の宏に指摘され、更にリーファが反応に困る。そうでなくても反応に困っているのに、妙に砕けたフレンドリーな言葉遣いと態度で声をかけられたのが、なおのこと困る。

 何より困るのが、最初の挨拶以外はウォルディス語で話しかけられている点だ。恐らくリーファがウォルディス語以外まともに話せない事を事前に聞いていたのだろうが、その情報にあわせて平然と対応してくる時点で、見た目通りの人物ではないのは明らかだ。

 だというのに、どうにも良く言えば人がよさそう、悪く言えば間抜けそうな、飾らぬ表現をするならヘタレっぽい印象と、品質その他はともかくデザイン的には普通の服装なのに妙にダサく見えてしまう外見とに、どうしても騙されそうになってしまう。

 一つ救いがあるとすれば、着ている服の質とそれが意外と板についている事で、ダサくはあっても格好悪い訳ではないことだろうか。むしろ、なんとなく印象がダサいだけで、服自体はよく似合っているし、よく観察すれば意外と風格のようなものがあって、ダサさがそのまま格好良さにつながっている面すらある。

 正直、女性のはしくれとしては、おしゃれな服装が無駄に似合う軽薄そうな人間よりも、こういう人物の方が好感が持てる。

 ただただひたすら、第一印象だけでは凄いと思えない、それだけのことである。

「そろそろ、術を使って構わんか?」

 宏の特殊性に戸惑っているリーファと、いきなり理解できない言語で話し始めた宏についていけていない工房職員達との様子を見かね、ヘンドリックが助け船を出す。職員達は事前に聞かされていたとはいえ、ここまで置いてけぼりだと反応に困ってしまうようだ。

「あ~、せやな」

「とりあえず、王女にだけかけておけば問題なかろう。王女に説明は?」

「昨日のうちに、私から説明させていただきました」

「テレスらにも、昨日のうちに説明はしたあるで」

「では、問題なかろう」

 まだほとんど理解できないファーレーン語のやり取りを不安そうに見ていたリーファが、エアリスとヘンドリックの視線で話の内容を悟り、小さく頷く。

 それを受け、特にもったいぶることもタメを作ることもせずに、ヘンドリックが短縮詠唱でさっくり意思疎通の魔法をかける。

 もっとも、意思疎通の魔法と言っても、あくまでニュアンスがイメージで伝わるだけの魔法なので、実際にはそれほど便利な魔法ではない。元々、言語習得の補助手段として開発されたものなので、身ぶり手ぶりと表情や口調だけで意思疎通を試みるよりははるかにまし、という程度である。

 余談ながらこの魔法、ウォルディス語で会話できる相手にウォルディス語で声をかけた時のように、最初から通じる言葉で会話するときには効果を発揮しない。言葉が通じた所で必ずしもニュアンスが通じる訳ではないので、場合によっては、この魔法をかけた状態で通じない言葉を使って会話した方が、誤解なく言いたい事が伝わるケースもあったりする。

「リーファ様、通じていますか?」

『はい。通じています』

 魔法の発動を受け、エアリスがリーファにファーレーン語で確認する。その内容がイメージでとはいえはっきり伝わってきたことに驚きながら、リーファが反射的に返事を返す。

 魔法などなくともここまでの流れで何を聞かれたかぐらいは推測できたが、そうでなくとも特に問題なく質問が理解できる。その程度にははっきりとニュアンスが伝わってきたのだ。

『皆様、私の言葉が伝わっていますか?』

 同じ部屋で黙って事の推移を見守っていたテレス達に、念のために恐る恐る確認の声をかけるリーファ。そのニュアンスが伝わってきたため、さっとアイコンタクトを交わした後、代表でテレスが返事をする。

《はい、伝わっています》

 術の概要その他から、ファーレーン語ではない方がよさそうだと判断してエルフ語を話すテレス。なんだかよく分からない空間になっている気はするが、今回に限ってはこれが通過儀礼だ。ファーレーン語以外というのであれば、この場にはゴヴェジョンとフォレダンにアルチェム、更にはカカシもいるが、彼らは厳密には工房職員ではないので除外される。

 そんなカオスな言語空間にリーファは戸惑いを深めながらも、明らかにファーレーン語でもウォルディス語でもない言葉のニュアンスが伝わってきたことに少し驚き、少しほっとする。

「面白いことになっておるのう」

「じーさまよ、我らもあまり他人事ではないと分かって言っておるか?」

「言葉なんぞ、通じれば細かい事はどうでもいいわい」

 既に三種類の言葉が入り混じっているこの状況を面白がるヘンドリックに、アンジェリカが一応釘をさす。何しろ、彼らが話しているファーレーン語も、ベースは二千五百年ぐらい前のもの。ヘンドリックをはじめとした里の住民がそれなりの頻度でベリルに行くため、各国の最新の言葉もある程度反映されてはいるが、やはりいろんな面で違いはある。

 この場におけるエルフ語やウォルディス語のように、全く通じない相手がいる訳ではないが、まったく同じという訳でもない。アンジェリカの口調が妙に大仰なのも、結局はこのあたりの理由が大きいのだ。

 因みに、二千五百年ほど前のファーレーン語を使っている理由は、ヘンドリックが最後に西方に足を延ばしたのがその頃だからだ。時期が時期だけに下手をすると、彼の記憶の中ではファーレーンの首都ウルスは、まだアグリナ港とウルス城がつながっていなかった可能性すらある。

「さて、確認事項と各種紹介も終わった事やし、今日の予定の説明やな」

 ヘンドリックとアンジェリカがそんな微妙な会話を続けている間に、リーファに対して関係者の紹介を終えた宏が、パーティのスケジュールを説明し始める。

「普段この種のパーティは夜にするもんやけど、今日は企画の都合で昼からスタートやねん。ただ、乗り物使うんやけど、ここやと展開スペースがちょっと微妙やから、乗り降りにウルス城の中庭借りる予定になってんねん」

「そこまでは、私とエアリスが案内しよう。この人数でいちいち転移陣を使ってぞろぞろ移動するのは、いささか目立つ上に効率が悪いからな」

「っちゅう話になってんねんけど、何ぞ質問は?」

 ファーレーンの王太子と姫巫女を、単なる交通手段として使う。割ととんでもないその予定に顔が引きつるリーファをよそに、他のメンバーは特に質問をする様子を見せない。

「ほな、特に質問もあらへんみたいやし、さっくり話進めよか」

「ああ。術を発動するから、もう少し固まってくれ」

「了解や」

 レイオットの指示に従い、宏達日本人がヴァンパイア二人とレラを促しながら一カ所に集まる。あっという間に転移したレイオット達のいろんな意味で手慣れているその様子に反応できず、戸惑っておろおろしているリーファの肩を、ファムがぽんぽんと慰めるように叩く。その横では、ファムの強い要望で参加することになったメリザの娘・ルミナが、訳知り顔でうんうんうなずいていた。

 そんな様子をなんとなく和みながら眺めていたエアリスが、リーファの周りに工房職員が集まったところで人数が揃ったと判断し、さくっと転移を開始する。

 エアリスが転移したのと入れ替わりでレイオットが再び戻ってきて、ゴヴェジョン達をまとめて連れて行く。パーティに参加する予定の人間全員が転移したのを確認すると、留守番役に残ったウルス工房の管理人が工房の入り口に本日休業の札を下げ、普段はどうしても行きとどかない場所の掃除を始めるのであった。







「すごーい!」

「飛んでる! 飛んでるよ!!」

 神の船が離陸を始めると同時に、子供達の歓声がデッキを超え、城の中庭に響き渡った。

「空の旅は、何度経験してもいいものですね」

「空飛ぶの、やっぱり気持ちいいよね」

 ゆっくりと浮き上がる船。徐々に遠くなる地面。それをゆったり眺めながら、子供達の声をBGMに春菜とエアリスがのんびり語り合う。

 既に空の旅の初体験を済ませているエアリスと、既に移動手段として普通になりつつある春菜。二人とも、初めて神の船で空を飛んだ時ほどの感激は無いが、それでもやはり空を飛んで旅をするのは何度経験してもある種の感動を覚える。

 本日何度目かの急展開についていけないリーファは、そんな二人に挟まれて完全に硬直していた。

「あっ、もしかして高いところ、苦手?」

 随分遠くなった地面を見下ろした姿で固まっていたリーファに、不安そうに春菜が声をかける。もしそうであれば、早急に船室に引っ込めなければならない。

『あ、その、高いところは大丈夫、なのですが……』

 春菜に心配され、我に返ったリーファが慌てて首を左右に振る。実際、高いところは特に怖くない。というか、高所恐怖症だったら、ウォルディスから逃げ出す事は出来なかっただろう。そういう種類の道を何カ所も通っている。

『ただ、本当に飛ぶとは思っていなくて……』

「ああ、なるほど」

「確かに、普通は船が空を飛ぶなんて、考えもしません」

 リーファの正直なコメントに、ひどく納得する春菜とエアリス。そもそもこの世界では、基本的に空を飛びまわるのは鳥か虫かモンスターか謎生物だけと相場が決まっている。個人用の飛行魔法は確かにあるが、元来空を飛ぶようにはできていない種族の人間では、謎生物を除くその三種に阻まれると抵抗のしようがない。

 故に、鳥人などの生まれつき空を飛べる種族か、ごく稀に存在するワイバーンなどを手懐けることに成功した人間、後は知能の高いドラゴンと仲良くなった人間ぐらいしか、人間種族が空を飛ぶことは無い。

 そのいずれでもなく飛行魔法を覚える気もないリーファが、自分が空を飛ぶ可能性を一切考えていないのも、ある意味当然といえば当然である。

 なお、謎生物が阻む存在に分類されないのは、そもそも空を飛ぶ謎生物は人間なんぞに興味が無いか、阻むというより一緒に遊ぼうした結果邪魔になっているかのどちらかだからだ。

「高いところが怖くないんだったら、折角だから空からの景色も楽しんでもらえると嬉しいかな」

「そうですね。普通に暮らしていては、まず経験できない事ですし」

 春菜とエアリスにそうささやかれ、いつの間にやらずいぶん小さくなったウルス城に意識を戻すリーファ。そのままゆっくり動きだした周囲の景色に視線を向け……。

『うわあ……!』

 今までに見たことのない雄大な景色に、あっという間に心を奪われてしまう。これまでの決して長いとは言えない人生、大半をウォルディスの王宮に閉じ込められ、外の景色を見る機会といえば全て逃避行の最中。そんな偏った、狭い世界しかしらなかったリーファの価値観は、一瞬にして打ち砕かれた。

 今まで知らなかった感動と興奮。それに胸がどんどん高鳴ってくる。世界とは、こんなに綺麗なものだったのか。

「おお!? おおお!?」

 徐々に速度を上げる神の船に、ライムが歓声を上げる。それにつられて、ファムやリーファの口からも声が漏れる。

「ゴヴェジョンさん、大丈夫ですか!?」

「と、と、飛んでるだ。こんな高いところ、飛んでるだよ……」

「落ち着くだ、ゴヴェジョン! 高いだけで特に危ない事はねえだ!」

「ゴブリンはこんな高い所に登らねえだよ……」

 そんなあれこれを台無しにするように、背後からゴヴェジョンの怯えた声が聞こえてくる。空を飛ぶとちゃんと聞いた上で参加したゴヴェジョンだが、実際に飛んでみるとその高さはとてつもなく怖かったらしい。

「ゴヴェジョンの旦那は高所恐怖症か……」

「ちょっと申し訳ない事になっちゃったわね……」

 本気でビビっているゴヴェジョンに申し訳なさそうにしながら、とりあえず達也と真琴が彼を船室に案内する。高いところを飛んでいるという事実は変わらないが、外が見えなければ少しはましだろう、という判断だ。更に、そのゴヴェジョンを介抱するために、アルチェムがつきそう。

 そんな大人達の事情は一切無視で、神の船は海抜二千メートルの上空をゆっくり海上に向けて進み始め、それに合わせて更に子供たちがはしゃぐ。

 他に問題は無いかと状況を確認しようと春菜がデッキを見渡すと、同じく初体験のテレスとノーラは普通に景色を堪能し、ジノ達新人組はこのスペクタクルな状況に遠い目をしている様子が目に飛び込んできた。

 どうやら、空の旅が駄目なのは、現状ではゴヴェジョンだけだったらしい。そう判断して少しほっとする。主役であるテレス達が空の旅を怖がっていたなら大失敗なんて話ではすまないし、それ以外にも三人も四人も怖がっている人間がいては祝いの席としては大問題である。

 ゴヴェジョンには申し訳ない事をしたが、本人も空を飛ぶのが怖いとは事前に分からなかったようなので、今回ばかりは避けようがなかったのは事実だ。事前に一度飛んでチェックすべきだったのだが、スノーレディだの人形ダンジョンだので誰もそこまで頭が回らなかったのは大反省が必要だろう。

 余計なサプライズにこだわるのは失敗のもと、ということだ。

「海ー!!」

「今日は天気良うなってよかったわ。昨日は雨やったから、どないしようか思ったで」

 空から見下ろす海原は、雲ひとつない空を映してキラキラと輝いていた。日の出や日の入りのような美しさとは違うが、そのなんとなく心躍る風景は、やはり見るものに感動を与える。

「親方、ハルナおねーちゃん! おっきな魚!!」

 あちらこちらをうろうろしながら周りの景色に目を輝かせていたライムが、春菜とエアリスのそばに来たあたりでそれを見つけ、わざわざ宏を呼ぶ。

「あ、本当だ。何がいるんだろうね?」

「この距離であの大きさっちゅう事は、大体全長十五メートルから二十メートルっちゅうところか。多分基本はクジラか大型のサメやな」

「大型のサメって、ジンベエザメとかあの類?」

「まあ、基本そのあたりやけど、こっちやと肉食ででかいのもおるからなあ」

 ライムに示された魚影を見て、持てる知識を総動員して宏と春菜が正体を絞り込む。海抜二千メートルから見下ろして普通に見えるサイズの魚影となると、やはりそれほどの種類は無い。

「今は飛んどるからええけど、相手が何やとしても普通の航海で会いたくない種類の魚やなあ」

「普通の船だと、ぶつかったら転覆しかねない大きさだよね、あれ」

「モンスターの可能性もあるしなあ」

 その会話が聞こえた訳でもなかろうに、突如巨大魚が海面から飛びあがり、高度二十メートル付近を飛んでいた何かの群れを襲う。

 いきなり起こったその出来事に、黙って魚影を観察していたリーファから小さく悲鳴が上がる。

「おお!?」

「やっぱモンスターやったか」

「怖い顔してたよね~」

「さすがに、少し驚きました」

 予想通りと言わんばかりの宏の言葉に、さして驚いた様子も見せずに春菜とエアリスが言葉を添える。距離があるからか、それとも元々の性格からか、ライムもいきなり飛び上がったことにこそ驚いてはいても、魚がモンスターであった事はまったく怖がっていない。

『……距離があるから大丈夫と分かっていても、今のはちょっと怖かったです……』

「まあ、この高さまで飛びあがってくるようやったら、普通にレーザーの餌食やけどな」

 本当に怖かったらしく、微妙に顔が青いリーファ。そんな彼女を慰めるように、宏が船の防衛システムに言及する。

『レーザー?』

「光線系の攻撃魔法と同じタイプの攻撃手段やな」

『光の筋? ですか?』

「シュートレイとかあの類の魔法あるやん。この船な、あれの威力でかいやつが撃てるんよ」

 光線系、という単語がいまいちちゃんと伝わらなかったと見て、具体例を上げて説明し直す。固有名詞であるレーザーに関してはどうやら聞き取れたようなのに、光線系魔法でニュアンスが伝わらないところが微妙に不便だ。

 なお、補足説明をしておくと、シュートレイとはもっとも初歩的な光属性の攻撃魔法である。習得難易度や発動難易度は同じく初歩の攻撃魔法であるブリット系と同じぐらい。ある程度の誘導性があるブリット系と違い、前衛の真後ろから撃つと普通に目の前の味方にダメージを与えた上で貫通するという特性を持つため、若干扱いに癖がある。その分、威力は気持ち程度高めで、上手く使えば疑似的な範囲攻撃としても使える魔法だ。

 名前が~レイとなっていないが、他の属性にも同じランクで同じ特性の魔法はあり、これらはゲーム時代はレイ系と総称されていた。余談ながら、オルテム村のマンイーター駆除で活躍したグランドナパームは、レイ系炎属性魔法の上位派生である。

「こればっかりは、実際に発射して見せんとピンとけえへんやろうけど、何もないところで空撃ちするようなもんでもあらへんしなあ……」

 などと宏が余計な事を口にしたせいか、先ほどから観察していた巨大魚が急に深く潜り、神の船を真下から攻撃しようと一気に飛びあがってきた。

 相対速度の問題で真下からのぶちかましとは行かなかった巨大魚の攻撃は、宏達の目の前を数メートル上まで通りすぎる形で空振りし、悪あがきで甲板に突っ込もうと姿勢を変えた所で速射型のレーザーで撃ち抜かれてグリードフィールドに回収される。

「これはびっくりやな」

 一連の流れにはさすがに若干驚いたらしく、目を丸くしながら軽い口調で宏が驚きを表明する。春菜とエアリスも、二千メートル以上上空の相手にちょっかいをかけられるほどの跳躍力があった事にはかなり驚いたようで、完全に動きが止まっている。とはいえ、驚いてはいてもその表情に恐怖が一切ないあたり、春菜もエアリスも十分な修羅場をくぐり抜けてきた結果であろう。

「すご~い!」

「きゅっ!!」

 突如起こったダイナミックな出来事に、ライムとひよひよが大喜びではしゃぐ。その隣で、青い顔をしたリーファがすとんとへたり込む。その様子を見ていたのか、今まで目立たないように宏の背中に張り付いていた芋虫のラーちゃんが、芋虫とは思えないスピードで宏の身体を下りて、リーファを慰めるように這いあがって行く。

「ヒロシよ、王女を怯えさせるのは流石に看過できんぞ」

「今のは不可抗力やん」

「だが、安全な航路などいくらでもあるだろうが」

「モンスターが絶対出てけえへん空域なんざあらへんで」

 レイオットの苦情に、渋い顔で反論する宏。実際問題、高度を下げすぎても上げすぎても、陸上を飛んでも海上を飛んでも、何らかのモンスターの生息域には入ってしまう。高度二千メートル付近というのは、そういう意味で一番安全な高度なのだ。

「怖かったと思うけど、親方の作った船の中なら絶対安全だから、さ」

「そうそう。それに、本当に危なかったらひよひよちゃんが警告してくれるし」

 完全に腰を抜かしているリーファをなだめようと、ファムとルミナが肩や背中を優しくぽんぽんとたたく。その様子とラーちゃんの挙動により若干余裕が戻ってきたリーファが、まだまだ青い顔のまま口を開く。

『どうして、平気なの?』

「「慣れ?」」

 ファムとルミナの実にたくましい回答に、コメントできなくなって黙り込むリーファ。

「まあ、うちに出入りするようになれば、すぐに慣れるって」

『出入りする、って?』

「レイオット殿下とエル様が連れて来たって事は、多分そういうことだと思う。もうちょっとウルスに慣れたら、多分エル様に頻繁に連れて来られるようになるんじゃないかな?」

『そう、なの?』

「多分、だけどね」

 多分、と言いながらも何処となく確信を持った様子で、ファムが断言する。ファムの妙に力強い断言に、なんとなくリーファもそういう事なのだろうと納得してしまう。

 もっとも、頻繁に出入りするかどうかはともかく、ファムやライムとリーファが仲良くなって欲しい、と意図しての計画だろうとは、この場にいる子供たち全員が、それこそライムですら察している。

 故に、年齢的にあまりそういう空気を読まないライムはともかく、ファムとルミナはリーファと言葉を交わすきっかけを探っていたのだ。

「リーファおねーちゃん! そろそろご飯の用意するから、食べられない物は無いか教えてほしいって!!」

「そーいや、昼にはちょっと遅い時間になってるよね」

「まあ、すぐに用意してもらってても、はしゃぎまわってて食べようって感じにはならなかったと思うけど」

 空の旅に、ゴヴェジョンを除く未経験の人間全員がむやみにテンションが上がっていた事を思い出して、ルミナがそう指摘する。

『食べてみないと分からないけど、今のところ特に食べられないものは……』

「分かった! 親方に言ってくる!」

 リーファの返事を聞き、ライムが元気よく厨房に降りていく。その様子をまぶしそうに見ているうちに、いつの間にか震えも収まり、普通に立てるようになっている事に気がつく。

「今日のお昼はなんだろうね?」

「ファムちゃん達の誕生日なんだし、きっとお昼も凄いものが出てくると思うよ」

 空腹を自覚し、早くも昼食のメニューに意識を向けるファムとルミナに、思わず小さく微笑むリーファ。その様子を見守っていたレイオットが、思惑通り年少組と首尾よく仲良くなってくれそうだと安堵のため息をつく。

 なお、この日の昼食は宏と春菜、澪の三人が好きな具材を目の前で挟んでくれるスペシャルサンドイッチだったが、目玉の具が五メートルほどの長さに切り落とされたグレータードラゴンの尻尾肉、それをデッキでみんなの前でしょうゆベースのタレをつけながらローストしたもので、リーファはこの日何度目かの度肝を抜かれ、ジノ達新人組に生温かい目で見守られるのであった。







「さて、そろそろあの王女様について、うちらにどないしてほしいんか教えてもらおか」

「……そうだな」

 昼食後の、どこかまったりした時間帯。リーファを含む年齢一桁組が平原の景色に釘づけになっている間に、主要関係者を集めて宏が話をきりだす。

 本来なら祝いの席で話すようなことではなく、祝われる当人であるテレスとノーラに聞かせるような話でもない。そう分かっていても、ちょっとばかり放置できない問題だと宏が判断し、他の日本人組はおろか、当のテレスとノーラも異を唱えなかったため、夜のパーティ本番に入る前にさっさと話を済ませることにしたのだ。

 ファムがこの場にいないのは、子供に聞かせるべきではない話が混ざることも予想されたために、暗黙の了解で話し合いから外れてもらうことにしたからである。ファム本人も、持ち前の察しの良さでリーファやライム、ルミナなどを隔離する方向で協力してくれており、その代わりに、住んでいる地域の問題からヘンドリックとアンジェリカが同席している。

「もっとも、頼みたかったことのうち一部は、既に自主的にやってくれているがな」

 そう言いながら、子供達の方にレイオットが視線を向ける。視線の先には、ライムの言動に目を白黒させつつ、何となく楽しそうなリーファ王女の姿が。ひそかにラーちゃんが背中に張り付いているあたりが御愛嬌だろう。

「そら、ライムの愛され力やったら、あれぐらいは朝飯前やろうな」

「そうだな。そこに期待していたのは事実だが、予想以上だった」

「で、一部っちゅうことは、他にもあんねんやろ?」

「まあ、な」

 ズバッと切りこんでくる宏に、苦笑するしかないレイオット。テレス達の誕生日パーティなどというタイミングでねじ込んだのだから、それで終わりだと思う人間は普通いない。

「非常に身勝手で申し訳ない話になるが、いいか?」

「今更やん」

「それを言われると、返す言葉もないのだが……」

 珍しく切れ味鋭い宏の追及に、レイオットがやや視線を泳がせながら全面的に認めてしまう。申し訳ないかどうかはともかく、身勝手な話ばかりだった自覚はあるのだ。

「まず、前提条件として、ウォルディス関連の情勢とリーファ王女の置かれている立場を説明する。恐らく、お前達にも関わってくる話だろうからな」

 そこを説明しないと話が進まない。そう考えてのレイオットの提案に、その場にいる全員が頷く。

「現在のウォルディスが邪神教団に事実上乗っ取られている事は、お前達も知っていると思う」

「せやな。そこはダルジャン様とかから聞いとる」

「流石にノーラは、そのあたり初耳なのですが」

「私もノーラと同じで、ウォルディスがそんな事になっているとか聞いたことないんですけど」

「せやろうなあ。自分らは、ウォルディスの情勢なんざ関係あらへんから、むしろ知っとる方がおかしいわな」

 いきなり物騒な前提条件を確認され、大慌てで突っ込みを入れるノーラとテレス。一介の工房職員が、他国とはいえ国家の存亡にかかわるような情報を知っている訳がない。

「話進まんから、とりあえずそこはそういうもんやと思っとって」

「ん。どうせそのうちテレス達も、風の噂とかで聞く」

 なおも色々突っ込みたそうなテレスとノーラを、宏と澪がサクッと黙らせる。疑問は色々あるだろうが、そこに答えているときりがない。

「話を続ける。実態として邪神教団に乗っ取られているウォルディスだが、内部事情は少々ややこしくてな。表向きはウォルディス王は健在で権力をふるっているが、実態は偽物らしい」

「偽物? 影武者か何か?」

「いや。王女の目撃証言によると、今の国王は、本物をモンスターが食って入れ替わったものだそうだ。実行犯は王太子らしいが、黒幕はバルドかその上司だろうな」

 春菜の疑問に、正確な情報を伝えることで回答の代わりにするレイオット。そのなかなかえげつない情報に、微妙に顔が引きつる一同。

「ちょっと待って。それって……」

「ああ。ウォルディスの上層部は、現在ほぼモンスターの巣窟になっていると考えた方がいい。絶対とはいえないが、恐らく王太子も第三王子もモンスターだろう」

「うわあ……」

 国家として非常に致命的な情報を聞かされ、春菜が思わず頭を抱える。王がモンスターと入れ替わるぐらいなのだから、最低でも実行犯である王太子に邪教集団が簡単に接触できる状況になっている事は確定している。その方法がモンスターとの入れ替えか瘴気による洗脳かは不明だが、恐らく王権に関わり政治を動かす人間に、まともなままの人物は残っていまい。

「リーファ王女は、王がモンスターに食われる瞬間を目撃し、反逆者として国を追われた。彼女を逃がすために何人もの犠牲者を出し、どうにかマルクトまで逃げ延びて身を寄せる先を探しているところを、我々がマルクトと協力して保護した。その際、害にしかならぬ同行者を放置してきたが、自分一人のために多数の死者を出し、更に信用できぬとはいえ逃げるために力を貸してくれた者達を切り捨ててきた事を、それこそ夢に見るほど悔やんでいる」

「助けてもらった、しかも年齢一桁の子供が信用できねえって判断するとか、一体どんだけだよ……」

「レイニーが念のために映像記録を用意してくれたが、なかなかに強烈だったぞ。間違っても、リーファ王女の従者としてファーレーン国内に連れ込む訳にはいかん、そう判断せざるを得ないぐらいにな」

「本気で、一体どんだけだよ……」

 真顔で断言するレイオットに、達也が渋い顔をする。子供らしくない何もかもに警戒した態度が気になっていたが、そんな経験をしていれば警戒もするだろう。

 対応したのが誰が見てもヘタレで善人にしか見えない宏で、レイオットやエアリスが全面的に信頼している事を態度で示していたからこそ短期間で打ち解けてくれたが、恐らく達也や真琴が前面に立っていれば、まだ警戒されていたに違いない。

「現状、リーファ王女が持ち込んでくれた情報以外にウォルディスの内部事情を推測できる手がかりは無く、その情報も既に何カ月か前のものだ。故に現在はおそらく大幅に情勢が変わっているだろうが、それでも近いうちにウォルディス内部での内紛が原因で、外征か内戦が始まる事は断言できる。それが明日にでも始まるのか、それともまだ数カ月程度は猶予があるのかまでは分からんが、な」

「大体状況は理解した。で、結局僕らに頼みたい事って、何なん?」

「いざウォルディスが戦争を起こした時、リーファ王女を保護してもらいたいというのが一点目。金はいくらでも出すから、王女の身を守るための装備をできるだけ早めに用意してほしいのが二点目。三点目は、王女の同行者であったタオ・ヨルジャという男、マルクトに行った時にそいつが接触してきても、言うことに耳を貸さずに無視してほしい」

「どれも特に問題はあらへんけど、そもそもウォルディスからファーレーンまで、一足飛びに戦争とか仕掛けに来れるん?」

「さすがに、ウルスに対してダイレクトに攻撃できはしないだろうが、それでも転移魔法で大軍を送り込んでくる可能性は否定できん」

「あ~……」

 カタリナの乱の時を思い出し、宏が渋い顔をする。バルドの転移魔法ならば、それなりの規模の軍勢をファーレーンの領土に送り込む事ぐらいできるだろう。ウルスに限らず、軍勢の実態がモンスターの集団であるなら街に直接転移する事は出来ないが、それでも周囲を囲んで籠城を強いる事ぐらいはできる。軍の正体が普通の人間であった場合、厄介なことに街を守る結界は機能しない可能性が高い。

 ウルスに関しては王家と神殿の力である程度ガードできるが、比較的フリーな港の方から進入されると、ウルス城はともかくウルス市街は安全とは言い難い。

 そう考えると、リーファ王女の安全を確保するために、アズマ工房で保護の上どこかに避難させることも考慮しておいた方がいいだろう。

「後、申し訳ない話になるのだが、恐らく、どう転んだところで、お前達をウォルディスとのごたごたに巻き込むことになる。本来、この手の政治的な事に知られざる大陸からの客人であるお前達を巻き込んではいかんのだが……」

「っちゅうかレイっち、邪神教団っちゅう時点で、うちらが関わらんですむ未来とか考えてへんやろ?」

「……すまん」

「まあ、目ぇつけられてもうてるから、ある程度しゃあないわな」

 宏に言われ、もう一度レイオットが頭を下げる。邪神教団と聞いた時点で、どう転んでも一緒だと宏達を積極的に巻き込むことにしたのは事実なので、その身勝手さについてはいくら頭を下げても下げ足りない自覚がある。

 本来なら、どう転んでも一緒だとしても限界まで回避する段取りをするのが、為政者というものだ。マークやユリウス、ドーガなど身内や部下ならまだしも、宏は友人ではあっても基本的に部外者だ。むしろ、国としては守るべき対象である。

 なのに、巻き込む前提でリーファ王女を連れてきているのだから、頭を下げる程度では全然足りない。足りないのだが、現状他にできる誠意の見せ方が無いのでとりあえず頭を下げ続ける。

「とりあえず、王女の避難先は、大霊窟の先にある神域でええやろう。あそこはバルドどころかその上司でも簡単に侵入できひんし」

「テレスもノーラも、そのときはチビ共連れて一緒に避難するのよ?」

「分かってます。まず大丈夫だと思いますけど、そうなったときは私とノーラで手分けして、全員さっさと避難させます」

「ノーラはこれでも、そのあたりの危機管理は得意なつもりなのです」

「その時は場合によっては、儂かアンジェリカが王女の護衛をしてもええぞ」

「ああ、そうだな。我かじーさまがついておれば、少々の相手は鼻で笑ってやれる」

「せやな、頼むわ。装備については、今日帰ったら取り急ぎ霊布の服ぐらいは作っとくわ」

 レイオットの内心など知った事かとばかりに、今決められる段取りをサクサク決めていく宏達。ヘンドリックとアンジェリカもやけに協力的だ。

「それはそうと、王太子殿下よ。一ついいかの?」

「何かな?」

「折角里の外へ出やすくなった故に情報収集をしたいのじゃが、アンデッドの方のヴァンパイア、その絡みの伝承や目撃情報を集めることはできんか?」

「ファーレーン国内のものは、大した手間ではない。だが、何のために?」

「何。里から出た若い衆の末路が分かるかもしれんし、もしアンデッド化した状態で生きておったら、儂らの手で葬り去るのが筋だと考えただけじゃ」

 若い衆の末路、及び自分達の手で葬り去るのが筋、という言葉に、レイオットの眉が軽く跳ねる。その言葉の裏にある情報に、宏達も妙に渋い顔でヘンドリックを見る。

「ヒロシ達にはアンデッドのヴァンパイアは儂らとは無関係というたが、あれは正確には嘘じゃ。種族としては全くの別物であるのは事実じゃが、残念ながら発生そのものには儂らが関わっておる」

「どうせ、ヴァンパイア族の死体が瘴気吸うてアンデッド化するんが、アンデッドのヴァンパイアの一番最初の発生原因や、っちゅうんやろ?」

「そういうことじゃな。ついでに言うと、ヴァンパイアの死体を灰にしてばらばらにし、流水に流したり別々に埋めたりしなければ止めをさせん、というのは、正確には儂らの死体をアンデッド化させないための対策じゃな。
 そもそも所詮アンデッドゆえ、ヴァンパイアといえども強力な浄化を食らえば一発で消滅するから、そちらの方が早いしの。確かに単純に仕留めただけでは復活しおるが、灰にした上でバラバラにして流水に流したところで、やはり普通に復活しおるから意味は無い」

「何ぞその表情見る限り、レイっちも知らんかったんか?」

「性質の近さから関連があるかもしれん、と疑ったことはあったが、残念ながらアンデッドのヴァンパイアなど、めったにお目にかかる機会が無いからな。もっとも、関連は疑っていたが、ヴァンパイア族が黒幕だとかは考えていなかったが」

 ヘンドリックの告白に、宏とレイオットが思うところを言い合う。その会話に、懸念していた事が杞憂で済んだと悟る吸血鬼組。アンデッドのヴァンパイアはかなり厄介な性質をしているため、関連があると告白することで白眼視されるかも知れないと覚悟していたのだ。

「ご老人、どうやらアンデッドの性質の悪さから自分たちが攻撃の対象になる可能性を心配していたようだが、そもそもアンデッド化した死体など、始末する手間の差や手ごわさの違いはあれ、総合的な性質の悪さはさほど変わらん」

「確かに、心配しすぎたようじゃのう。では、心配ついでに一つ」

 レイオットに諭され、若者達を見くびっていたことを反省しつつ、わざわざこの場で余計な告白をした理由を告げようとするヘンドリック。正直なところ、かなり重要な問題だ。

「先ほどまでに説明されて現在の地理は大体把握したがの。この老骨の記憶違いでなければ、うちの若い衆が結構な数、現在ウォルディスと呼ばれている地域に入っておったはずじゃ。あの地域は昔からあまりよい話がなくてのう。ずっと気になっておったんじゃが、長時間里を空ける余裕をなかなか作れなんでなあ……」

「そうなのか、じーさま?」

「ああ。残念なことにのう。故に、ウォルディスの現状が話の通りであれば、アンデッドのヴァンパイアが使役されておってもおかしくない。正直な話、あの地域の特性を考えるにこの時代まで生き延びている可能性は低かろうが、もしそうであれば、生き延びた揚句に殺されて、という最悪のケースもありうる」

 ヘンドリックが懸念している内容を、杞憂と笑い飛ばせない一同。しかも厄介なことに、アンデッドのヴァンパイアは、吸血によって数が増える。単に血を吸っただけでアンデッドになる訳ではなく、また一番簡単な増殖方法だと、世代が下るにつれて加速度的に能力が落ちるが、それでもアンデッドの中では数が増えやすいのがヴァンパイアなのだ。

 ヘンドリックの懸念が当たっていたとすれば、村の十や二十、ヴァンパイアになっていても不思議ではない。彼が顰蹙を買う覚悟をしてまで、わざわざこの話をしたのも納得できる。

「……アンデッドなら、うってつけの手段がある。そうだろう、エアリス?」

「はい。とても簡単で、非常に効果的な対抗策があります」

「……ねえ、殿下、エルちゃん。もしかして私の歌を録音した奴の事を言ってるのかな?」

「他にあるか?」

「効果は折り紙つきです」

 ダールでの宏の悪戯。それが今になって再び日の目を見そうになっていることに、春菜はどうにも泣きたい気分になってくる。

「てか、効果は折り紙つきって……」

「どうしても必要な事態がありまして、背に腹は代えられない状況でしたので、申し訳ないのですが勝手ながら一度だけ使わせていただきました」

「報告では、大量に発生したワイトが綺麗に一掃され、三日ほどで土地もアンデッドが足を踏み入れると即座に昇天するほど浄化されたと聞いている」

「……やっぱりそういう使い方されてるんだ……」

 音波兵器か何かと同じ扱いというのは、春菜的には本当に勘弁してほしい。春菜がそういう使われ方を嫌がっていると知っているエアリスが使わざるを得ないと判断するぐらいだから、相当厄介な事態だったのは分かる。それゆえに責めるつもりはないが、ヴァンパイア対策にまで使われるとなると、本気で泣きたくなってくる。

「それはもうわらわら出て来た時の最後の手段っちゅうことにして、一応ある程度対応策は考えた方がええやろな」

「春姉が怖いし、耐性つけられたら厄介だから師匠に一票」

「っちゅうわけで、ヘンドリックさん。後でアンデッドのヴァンパイアについて、もうちょい情報教えてや」

「そうじゃな」

 宏の鶴の一声で、ヴァンパイア関連の話は終わる。

「あと話しておくことは……、そうだな。リーファ王女は今後、ある程度定期的にそちらに顔を出す事になると思う。その時は、できるだけ一緒に食事をとってもらいたい」

「お安い御用なのです」

「というか、自然にそうなると思いますよ」

「そうだろうとは思うが、ここまで勝手に話を進めていたのだ。そこはちゃんと頼んでおくのが、筋というものだろう?」

「そこまで気にする必要は無いのです。ついでに先に言っておくなら、特に費用とか貰う必要もないのです。どこかの誰かさん達のおかげで、消費しきれていない食材があふれかえっているのです。むしろ、王女様が一緒に食べてくれるなら、消費量が増えてありがたいのです」

「肉類も野菜類も、本当にあり余ってますからねえ……」

 主達をジト目で見ながらのノーラとテレスの言葉に、日本人一同、この件については特に主犯格である達也と真琴がそっと目をそらす。物量だけで言うなら宏が一番問題を起こしているのだが、種類に関しては達也と真琴が群を抜いている。

 おかげで食料には一切困らないのだが、今度は自分達が採取の過程で仕留めたモンスターの処分に困るという弊害が出てきている。

 別に冒険者協会やメリザ商会を通じて売りさばいてもいいのだが、あまり現金が増えるのはそれはそれで問題があり、当事者にとっては結構深刻な問題となっているのだ。

「まあ、そういう訳ですので、子供一人増えるぐらい、いくらでも面倒見ます」

「ライムも懐いていて、ファムにも新しい友達ができるのです。年上として、あれこれ世話を焼くのはやぶさかではないのです」

「……助かる」

 テレスとノーラの気前がいい言葉に、レイオットが心底ありがたそうに頭を下げる。

「殿下、殿下。二人に感謝の贈り物」

「言われずとも、何か要望があるならいくらでも聞き入れるつもりだが?」

「だったら、合コンのセッティング」

「……合コン? なんだそれは?」

 折角綺麗に話が終わりそうだったのに、唐突に澪が余計な事を言い出す。合コン、という聞いたことのない言葉に首をかしげるレイオットとは裏腹に、言葉は初耳ながら内容を悟って微妙に慌て始めるテレスとノーラ。

「合同コンパの略。要は、男と女の出会いの場を作る。大体は居酒屋なんかで飲みながらやる」

「……つまり、二人にふさわしいであろう男を紹介し、語り合う場を設定しろ、ということか?」

「ん。二人とも出会いが無いのを嘆いてる」

「ミオさん!!」

「色々みじめになるので、そういう話を勝手に進めないでほしいのです!!」

 色々と容赦のない澪に対し、テレスとノーラの絶叫が突き刺さる。結局、知らぬところで妙な男に引っかかるぐらいならなどと、澪と同等ぐらいにデリカシーのない言葉とともにレイオットが引きうけてしまい、地味にレラまで巻き込んでのファーレーン王家主催の第一回アズマ工房合同コンパは、開催が確定してしまったのであった。








 一方その頃、子供達はというと……。

「王女って、レイオット殿下の事好きでしょ?」

『えっ?』

「あ、うん、やっぱり。その反応で分かった」

『そ、そんな。私がレイオット殿下となんて恐れ多い事、考えてもいない……』

 ファムのその台詞がきっかけで、恋バナの火ぶたが切って落とされていた。

「オルテム村行く前のハルナさんの反応に似てるけど、自覚してる感じがする分王女の方がマシかも」

「ハルナおねーちゃん、親方の事チラチラ見てた!」

「うんうん。王女様もハルナさんみたいに、殿下の事今もチラチラ見てるもんね」

 ファムにライムにルミナ、三人の総攻撃を受けて、リーファがたじたじになる。よもや、この状況で恋バナに発展し、挙句に退路を断たれた状態で総攻撃にさらされるとは思っていなかったのだ。

 正直な話、レイオットの事を見るとドキドキするのは事実だし、恐らくこれが恋愛感情だと言われれば認めざるを得ないのだが、かといって己の年齢と中途半端さを顧みると、とてもではないがその気持ちを素直に認めてぶつけるような真似はできない。

 そんな悩みを言ったところで、多分目の前にいる三人には通じまい。そんな悩みを知ってか知らずか、ファムは遠慮なく話を続ける。

「折角好きになったんだし、子供だからとか言わずにアタックしちゃってもいいと思うよ。アタシは恋とかしたことないけど、こういう機会を逃しちゃうとテレスとかノーラみたいになって焦ることになりそうだし」

『うっ……』

 ニュアンスだけのコミュニケーションだが、それ故にファムの言いたい事がダイレクトに伝わり、リーファが言葉に詰まる。詳しい事は知らないが、テレスとノーラの二人が出会いのなさを嘆いている事は、それをフォレダンにからかわれているのを聞いてなんとなく把握している。

 そんな二人と同じ状況になる、というのは、なんとなく避けたい。理性でも感情でもなく、本能の部分で反射的にそう考えてしまい、言葉に詰まってしまったのだ。

「条件だけで言えば、ファムも時間の問題なんだけどなあ……」

「まあ、まだ七歳だから、焦る歳でもないだろうよ」

 そんな子供達の会話を聞くともなしに聞いていたジノとジェクトが、訳知り顔で無責任な会話をしてジェクトの妹・シェイラに睨まれる。シェイラも条件だけで言えば似たようなもので、年齢的なタイムリミットは澪より若干年下である事を考えても、色々分が悪い所にいる。

「つうかさ、殿下と王女の組み合わせって、世間的にどうなんだ?」

「ジノが気にしてるのは年齢差だろうけど、王族や貴族の場合はそんなに問題にならないぞ?」

「そうなのか?」

「ああ。ダールの女王様は十二の時に当時二十歳の先代国王様に嫁いだ上に王太子殿下を身籠ってるし、マグダレナ様だって十八の時に当時十三歳の王太子殿下に嫁いでるしな」

「なるほど。俺みたいな庶民だと、そこまでの年齢差は犯罪じゃないのかとか思っちまうけど、貴族だとそうでもないんだな」

「まあ、さっき出した事例みたいに何か特殊な事情がない限り、実際に結婚するとなると、最低でもあと三年か四年は待たないと駄目だろうけどな。いくらなんでも、今のままじゃ幼すぎる」

 リーファのバックボーンとなっているあれこれを知らぬジノとジェクトの会話。それが、この世界の王侯貴族の一般的な結婚事情なのだが……。

「ジノもお兄ちゃんも不潔!!」

「何でだよ!?」

「オレはただ、ジノに貴族の結婚について説明してただけだぞ!?」

 シェイラに大声でなじられて、子供達に不思議そうな眼で見つめられ、カカシに不憫だと同情され、散々な目にあうジノとジェクトであった。
新人たちの設定メモを猫に消されたせいで
ジェクトの双子の妹の名前何にしたか分からなくなった件について。
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