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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第18話

 人形ダンジョン攻略開始から三日目。

「ちょっとウルスで用事があるから、一度中断したいんだ」

 その日の攻略を終え、館に戻ってすぐに春菜がそう申し出る。

「それは好きにすればよかろうが、用事とは?」

「うちの工房で雇ってる人たちの誕生日パーティ。まだ若干日はあるんだけど、そろそろ戻って仕込みとかしておかないとだめなんだ」

「なるほどのう」

 春菜の言葉にどこか感じ入ったように、アンジェリカが何度も何度も頷く。

「我らも、大昔は新たな一族の産まれた日を、それはもう盛大に祝ったものよ。もっとも、我の誕生日など、最後に祝ったのはいつだったかという感じではあるが」

「あ~、やっぱりヴァンパイアでも誕生日パーティとかはやってたんだ」

「うむ。我が所領に数百人のヴァンパイアがおった頃は、それはもう毎年盛大に祝っておったよ。ただ、異界化で館を奪われ、所領を外の連中に食い荒らされ、数百人いたヴァンパイアも何百年かでみんな出て行ってしまったからな。祝う人間がおらんようになったからか祝われる人間が歳を重ねすぎたからか、とんと行われなくはなったがのう」

「そうじゃのう。お主と同い年のアルベルトが出て行ったのを最後に、とんと行わなくなったのう」

「残ったのが最年長のじーさまと最年少の我だけ、というのも皮肉ではあるな」

 しみじみと昔を懐かしむヘンドリックとアンジェリカ。タイムスケールがかなりおかしいが、そこはエルフ以上に長寿、人によってはそもそも老衰による死亡がないヴァンパイア。長老クラスになると、百年が人間の一年と同じ感覚になりがちなのだ。

 とはいえ、いかに老衰で死ぬことはなかろうと、やはりヴァンパイアも加齢による影響は避けられない。能力の衰えは無いが、長く生きれば生きるほど物忘れは激しくなってしまうし、日付感覚も曖昧になりやすい。何より、心はどうしても老けてくる。

 もっとも、ヴァンパイアの物忘れは、脳機能の低下というよりは記憶容量の限界が原因だ。昔の比較的どうでもいい思い出などを忘れる事はよくあるが、新しい事を覚えられないという事はあまりない。

「そういえば、儂の誕生日はいつじゃったかな?」

「知らんよ。我が物心つく頃には、じーさまの誕生日など祝わなくなって久しかったからな」

「アンジェリカの誕生日は、いつじゃった?」

「もう忘れたよ。流石にそろそろ、二千年以上前の、それもさして重要ではない事を覚えているのは辛い歳だからな」

 一番上の達也ですらまだ三十年は生きていない日本人一行にとって、非常にコメントしづらい会話を続ける吸血鬼達。内容が完全に老人のそれになりつつあるのが、微妙に突っ込みづらいところである。

「まあ、話は理解した。そういう事情なら無粋な事は言わんが、これでダンジョン攻略は終わり、という訳では無かろう?」

「もちろん。だって、ようやく隠しダンジョンに入る条件が絞りこめてきたんだから、ここで止めるなんてあり得ないよ」

 アンジェリカの懸念を、春菜が明快に否定する。そもそも、マルクトにまっすぐ行かずにあちらこちら寄り道しているのも、基本的には隠しダンジョンが、もっと正確に言うなら隠しダンジョンのボスから手に入る特殊素材が目当てなのだ。余程状況が変わるか相性や実力の問題で攻略できないと判明するかしない限り、目当てのものを手に入れずにダンジョン攻略をやめることなどあり得ない。

「それならば構わん。我としては、あそこを乗っ取った奴にひと泡吹かせられるのであれば、十年や二十年の中断は気にせんよ」

「流石にそんなに中断しないよ」

 長命種特有の時間感覚で物を言うアンジェリカに、春菜が苦笑しながら突っ込みを入れる。もはや老化するかどうかが怪しくなっている宏はともかく、それ以外のメンバーは二十年も時間をかけられない。

 何しろ、二十年後といえば達也が四十七歳、最年少の澪ですら三十三歳だ。この世界の平均年齢からすれば達也はそろそろ老人扱いされる年齢になるし、澪だって普通の冒険者なら引退がちらつき始める歳である。エルフやヴァンパイアの常識にあてはめられては困るのだ。

「いい機会じゃし、いっそアンジェリカも外に出てはどうかの?」

「いきなり何を言い出すのだ、じーさまよ」

「いきなりに聞こえるかもしれんが、これでも数百年は前から考えておったことじゃ。単に、切っ掛けがなかっただけでの」

 ヘンドリックの言葉に驚き、アンジェリカのこぼれおちそうな瞳が大きく見開かれる。ずっと二人で暮らしてきたというのに、ここで話が出るまでヘンドリックがそんな事を考えていたことにまったく気がついていなかったのだ。

「じーさまは……、そんなに前から我を追い出したかったのか?」

「馬鹿な事を言うでない。追い出したいのではなく、ちっとは外を知ってきて欲しかった、それだけじゃ」

 齢三千歳の吸血鬼とは思えぬ、幼子のような表情を浮かべるアンジェリカに、ヘンドリックは諭すように真意を告げる。そのまま、長きにわたりくすぶっていた思いを、淡々と語り始めた。

「ここでの暮らしは安全で平穏じゃが、果たして人生経験を積んでいるといえるのか? この里で生まれた最後の真祖が、このまま外を知らずに穏やかに衰えていくのは、本当にいい事なのか? そんな疑問がずっとあってのう」

 孫の行く末を真剣に案じているヘンドリックの言葉が、重々しくあたりに沁み渡る。何か言わねばならぬ、そう思いながら言葉が出て来ない様子のアンジェリカを眼で制し、喉を湿らせるためにリセットの淹れたお茶を一口すする。

「じゃが、そんな事を言う儂とて、まともにベリル以外の場所へ行ったのは、この里を作った時が最後じゃ。まだ他にヴァンパイアが残っておった頃は一日二日程度、どうしても必要になった物資を調達しに飛びまわったこともあったが、それとて二千五百年ほど前じゃし、一日二日でその地域の事を理解しようなど片腹痛い。
 定期的に顔を出すベリル以外に外の様子も分からぬのに、可愛い大事な孫をホイホイと外には出せぬ。それに、アンジェリカはこれで優しい子じゃからな。儂が一人になる事を良しとするとは思えぬ」

「あたし達は会わせてもらってないけど、ここには一応人間に属する種族がそれなりにはいるのよね?」

「いわゆるライカンスロープ系の獣人種が、おるにはおるがのう。ずっとわしとアンジェリカがこの里を守ってきたもんじゃから、どうにも妙な遠慮があってのう」

「あ~、なるほどねえ。確かにそれじゃあ、アンジェリカがヘンドリックさん一人残すのも気になるわよねえ」

「そういうことじゃ。しかも、その人数すら血が濃くなりすぎてずいぶん減っておる。最後に子供が生まれたのも二十年ほど前じゃしな」

 割と瀬戸際まで来ている隠れ里の環境に、顔をしかめる宏達。確かにこれでは、ヘンドリックがアンジェリカを外に出したがるのも、アンジェリカが外に行きたがらないのも分かる。

「正直、丁度いい時にお主らが来てくれて助かった。これ以上先延ばしにすると、ますます離れ辛くなる所じゃった」

「っちゅうか、今思ったんやけど、別にアンジェリカさんだけ連れださなあかん理由もあらへんよなあ」

「話を聞いておったのか? 儂までこの里を離れて、誰が面倒を見るのじゃ?」

「別に、四六時中おっとかなあかん訳でもないんやろ? それやったら、すぐに戻って来れる手段と気軽に出入りできる手段を用意すればええだけやん」

「気軽に言ってくれるが、戻ってくる方は転移魔法でどうにでもなるからまだしも、ここの存在が割れぬようにかつ気軽に方々に出かけられる移動手段など、そう簡単に用意できるものでもなかろうに」

 呆れの含んだヘンドリックの言葉に、宏がにやりと不敵な笑みを浮かべる。

「転送陣張ってええんやったら、ウルスにあるうちの工房に直通にできんで」

「そう口にする以上は転送陣を用意するぐらいお主にとっては容易い事なのじゃろうが、その陣を使って外から攻めて来んと、誰が保証できる?」

「うちの工房の防衛設備、なめたらあかんで。転送陣そのものに使用者限定かけとるし、工房の出入りも許可制やからな。それに、そもそもあっちこっちの国の王都にある支部とか出張所にもつながっとんねんから、つながっとる国の政府が悪用させんようにピリピリしとるわ」

「それでも、たかが工房なのじゃろう? 武力で攻められてはひとたまりもあるまい?」

「うちの工房攻め落としたかったら、要塞攻略する程度の戦力はいんで」

 かつてのオルテム村でのやり取りを思い出し、懐かしく思いながら宏は説得を続ける。

 実際のところ、宏達の側にはこの隠れ里に転送陣を設置するメリットは特にない。恐らく人形ダンジョンはそう何度も攻略する必要があるダンジョンではなさそうだし、ベリルもそれほど用事がある場所ではない。

 だが、こことウルスを繋ぐことでヘンドリックとアンジェリカが比較的自由に動けるようになるのは、後々の事を考えると結構重要なのではないか、そんな気がしているのだ。

 それに、この場所をウルスの工房とつなぐこと自体に大したメリットは無いが、転送陣ネットワークで方々に移動できるようになる事は、地底やオルテム村など、ここと似たような問題を抱えている土地に対してプラスの影響が大きい。上手くいけば、血が濃くなりすぎて、という問題は一気に解決する。

 繋ぐだけなら大した手間ではないし、デメリットの解決手段もとうに確立している。宏達に直接利益が無くても、他の誰かの問題解決に役立つのであれば、宏は転送陣の一つや二つ設置する手間を惜しむつもりなど一切ない。

「それでも心配やっちゅうんやったら、里の隅っこに陣用意して、対角の位置に避難用の別の陣作って、どっちもこれで小屋作って覆ってまえばええんちゃう?」

「……このとんでもない板は何じゃ?」

「オリハルコンとアダマンタイトとヒヒイロカネの複合装甲板や。間にリヴァイアサンの皮挟んで衝撃吸収能力を強化しとる。出入り口を特定の人間以外開けられへん仕様にしとけば、仮にうちの工房が攻め落とされても、この里の人らがもう一個の陣から避難する時間ぐらいは稼げるやろ」

「……確かに、これで覆われた小屋を突破できる奴なぞそうはおらんだろうなあ」

 宏の取り出して見せたあり得ない金属に、ヘンドリックが嘆息する。これを突破できるような存在がウルスの転送陣を使ってこの里に攻め込んできている時点で、最終的に何処へ逃げても同じであろう。

 ヘンドリックはファーレーン自体は知っていても、それが現状どれほど大きな国かは知らない。一度だけウルスに行った事はあるが、それ自体が二千五百年は前のことだ。だが、その程度の知識でも、そんな存在がウルスで暴れたというだけで、世界の危機が深刻であることぐらいは十分想像できる。

 それ以前の問題として、いくら安全保障のためとはいえ、転送陣を設置するための小屋を作るには、いささかオーバースペックすぎるのだが。

「まあ、それを使うのであれば、この里が転送陣のせいで脅かされることもあるまいか」

 宏が持ち出してきた装甲板を念のために再確認し、納得したヘンドリックが許可を出す。

「ほな、あんまりちんたら時間かけんのもあれやし、さっくり小屋作って陣用意してまうわ。春菜さんはその間、晩御飯の準備頼むわ」

「は~い」

 夕飯までに仕上げる気満々の宏の言葉に、春菜が素直に頷いて厨房に向かう。

「あんなものを使って、そんな短時間で小屋など完成するのかのう……?」

「少なくともヒロシはそのつもりのようだし、できるんじゃろうよ」

 そもそも、小屋そのものが三十分や一時間で作れるようなものではない。そんな常識の元、宏の行動を疑わしそうに見ていたヘンドリックとアンジェリカは、食後に小屋に案内されてその常識を木っ端微塵に粉砕されるのであった。







「お兄様、少しよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわない」

 ファム達の誕生日パーティを二日後に控えた日の朝。隠れ里の時間で言うなら、宏がウルスと隠れ里を繋いだ日の深夜。朝食を終えてすぐ、エアリスがレイオットの執務室に顔を出していた。

「とはいっても、大体用件は分かっている。ファム達のパーティについて、もっと正確に言うなら、そこにリーファ王女を連れていくかどうか、だろう?」

「はい。今後の事を考えますと、いずれどこかで、それもできるなら早いうちに、ヒロシ様やファムさん達にリーファ様を紹介しておいた方がいいと思います」

「ああ。それについては異論はない。だが、こちらに落ち着いてからの時間を考えると、少々早すぎはしないかという懸念はある。今でさえ、まだ馴染めているとは言い難いのだから、あまり一度に何人も紹介してもな」

「それはそうなのですが、歳の近い人間が私しかいない、というのも馴染めていない理由ではないかと思いますので、せめてファムさんとライムさんは紹介しておきたいのですが……」

 エアリスの主張に、少し考え込むレイオット。妹が指摘した点は、彼も気になっていた。心身両面の健康のため、歳の近い友人が必要なのは間違いないが、手放しで信頼できる家には丁度いい子供がいない。というより、そんな都合のいい人材がいるなら、エアリスがとうの昔に紹介している。

 単に歳が近いだけならば、レイオットが手配して工房に送り込んだジノや双子がいるが、どちらもエアリス相手に気後れしている時点で、リーファと仲良くするのも無理だろう。

 特に双子の場合、なまじ貴族であるだけに王族や社交界に関して知識があり、自分達の立場の危うさを理解しているから余計にそういう傾向が強い。実家は没落して貧乏しているとはいえ、平民と大差ない、なんて教育は受けていないのだ。

 そんなことをつらつらと考え、とある問題に気がついてしまうレイオット。そのあたりを正直にエアリスに告げることにする。

「……確かに、いずれ手は打たねばならんが、やはり時期尚早ではないか、と思う」

「どうしてでしょうか?」

「よくよく考えれば、王女はまだウォルディス語以外はまともに話せん。大陸中央諸国ならまだしも、ファーレーンではウォルディス語を話せる人間など王宮と神殿、後は港と各地の領主館ぐらいにしかいない」

「あっ……」

 兄の重要な指摘に、エアリスが気がつかなかったという感じで声を漏らす。役持ちの貴族や執事、侍女などは外交の関係もあるため大体の人間はちょっとした会話ぐらいはできるが、一般人はそうではない。港や中央市場の人間はともかく、それ以外の地区にいる人間は、ファーレーン語以外は必要最低限しか話せない人間が大多数である。

 そこはアズマ工房も例外ではなく、基本的に職員はファーレーン語しか話せない。最近はダールやフォーレに出向く事もあり、各地の管理人にダール語やフォーレ語を教わって必要最低限の会話ぐらいはできるようになってきているようだが、ウォルディス語は必要がないため手つかずだ。

 もっとも、この傾向はベリルのような特殊な国か、一部特殊な立地にある小規模な町や村以外は何処の国も似たようなもので、割合の大小はあれど少なからず他の言葉が全く話せない人間は存在する。

「まあ、ファムはともかくライムはそんな事でめげるとは思えんが、それでも軽視できる問題でもない」

「……そうですね」

「場合によっては、それがファーレーン語を学ばねばならない切実な理由になり、王女にとってプラスに働く可能性もある。だが、リーファ王女の自己評価の低さを考えると、あまり追い込むのも不安がある」

 我ながら過保護だと思いながらも、どうにも不安要素の多さを無視できないレイオット。これが部下だったり他の王族だったりするなら、もっと厳しく行くところだ。

 だが、リーファに限っては、目の前の最愛の妹といろんな点で重なっている事、何より本人が健気に頑張っている事があり、どうにも厳しく接しようという気が殺がれる。エレーナやエアリスではないが、今は甘やかして愛情を注ぎ込んで、もう少し正当な自己評価を得られるようにすべきだと考えてしまうのだ。

 本来ならそんな事は当人の家族がやるべきことだ。だが、リーファに関しては、実の親はどちらも既に死んでいる。腹違いの兄弟はどいつもこいつも家族とは呼べず、母親はともかく父親は仮に生きていた所でリーファに愛情など注ぐ人間ではない。

 親の代わり、兄弟姉妹の代わりになる人間は、話を聞く限りはリーファを逃がすために全員命を落としている。その上で辛うじて一緒に逃げ伸びたのがあの二人とくれば、血筋以外の自身の価値も他者から注がれる愛情も信じられなくなって当然であろう。エアリスとエレーナがいなければ、ここまで心を開いてくれはしなかったのは間違いない。

 それらの要素が、レイオットの判断を慎重なものにしてしまう。このあたりは、いかに実力があろうとまだまだ十代の若造であるレイオットの限界だと言えよう。

 もっとも、外交においては結構なタヌキでそれなり以上に修羅場をくぐり抜けてきたファーレーン王ですら頭を悩ませ、ほぼ全面的に王妃たちや手元にまだ残っている二人の娘に丸投げしているのだから、レイオットが対応できなくても仕方がない面はあるのだが。

「……言葉に関して、ですが、ヒロシ様に相談すれば何とかなるかもしれません」

「……あまり何でもかんでも頼りたくは無いのだが……」

「正直、私もこれ以上お世話になるのは心苦しくはあります。ですが、私達がヒロシ様に頭を下げることで、少しでもリーファ様が幸せになれる可能性があるのなら、私達の心証が悪くなるぐらい大した問題ではないと思います」

「ヒロシは甘い男だから、王女の事を知れば別に気を悪くすることもなく頼みを聞いてはくれるだろう。むしろ、そういうことに関しては積極的に頼れ、と言ってくる男だ。おそらく、我々が勝手に心苦しく思うだけだろうな」

「リーファ様の事で頼る分、ファーレーンの事や私達個人の事を頼らぬように頑張ればいいのではありませんか?」

「そうだな。向こうが厚意でこちらが口にする前にしてくれたことはありがたく受け入れるにしても、こちらから頼みごとをするのはしばらく控えるべきだろうな」

 エアリスの決心を受け、レイオットもそう決断を下す。国家として考えるなら、間違いなくトップ失格の判断であろう。だが、そもそもの話、国家の重大事を、たかが民間の工房に何度も助けてもらっている事の方が問題なのだ。

「連中が了承し、言葉の問題を解決できるのであれば、リーファ王女を連れていくのは問題ないだろう。父上達にそのための根回しをするのは、私がやっておく。ただ、問題はヒロシ達とどうやって連絡を取るか、だな」

「そういえば、今は皆様は不在でした」

「オクトガルに頼めば、連絡の一つぐらいはつけられるが、事が事だ。直接話し合った方がいい」

「分かっています。とりあえずオクトガルの皆さんに頼んで、いつこちらに戻るかを確認していただこうかと思います」

「ああ。そのあたりの段取りは頼む。まあ、パーティの準備もあるのだから、遅くとも明日には戻ってくるとは思うが」

 レイオットの言葉に頷きつつ、そんな不確かな予想に頼る訳にはいかないと便箋を一枚貰って手紙をしたためるエアリス。手紙を書き終えるとすぐ、なんだかんだで常備しているオクトガル用のタコつぼに軽く合図を送ってオクトガルを呼び出す。

「呼んだ~?」

「はい。ヒロシ様の所へこのお手紙を運んで、返事をいただいてきて欲しいのです」

「りょうか~い」

 エアリスに頼まれ、二つ返事で宏のもと、もっと正確に言うならば、達也の持つタコつぼに転移するオクトガル。これで後は返事を待つだけ、と思っていると、即座にオクトガルが戻ってくる。

「向こう深夜~」

「あら」

「宏ちゃん達寝てた~」

「そうですか。でしたら、お手数をおかけしますが、向こうが朝になったぐらいに向かってください」

「りょうか~い」

 エアリスの言葉に従い、オクトガルが手紙を持ったままタコつぼの中で待機する。それを見届けた所で、借りていた椅子から腰を上げ、優雅に一礼する。

「それでは、失礼します。お兄様、お時間ありがとうございました」

「この後はどうするつもりだ?」

「とりあえず、お昼までは神殿で修行と業務の予定です。お昼の食事を済ませてから、一度工房の方に顔を出そうかと思っています」

「分かった。何かあったら、いつでも来るといい」

 レイオットの言葉に再び一礼すると、エアリスは優雅な足取りで執務室を出ていく。それを見送った後、朝のうちに決裁が必要な書類を全て終わらせて立ち上がり、伝令に声をかける。

 オクトガルが常駐するようになったといっても、毎回毎回オクトガルに伝言を頼むわけではない。なので、伝令役の仕事はなくなっていない。

「父上にリーファ王女の事で話がしたいと伝えてくれ」

「かしこまりました」

 指示を受けて出ていく伝令を見送り、自分付きの侍女であるセレナに声をかける。

「セレナ、すぐに王女に新しい服を用意できるか?」

「問題ありません。どのようなデザインになさりますか?」

「そうだな。まず大前提として、金をいくらつぎ込んでも構わないが、一目で高価だと分かるものは避けてくれ。それから、用途がファム達の誕生日パーティだから、過度にフォーマルなものは駄目だ。エアリスが変装して遊びに行く時に着ているような、多少気合を入れる外出着、といった感じのものが好ましい」

「かしこまりました。他に何かありますか?」

「詳細は本職の目に任せるが、王女の性格を考えるなら、あまり派手なものは駄目だろう。かといって、王女の容姿を考えるなら、地味なものでは印象が暗くなる。難しい注文かもしれないが、一見控えめに見えながら、本質的にはある程度華やか、というものがいい。色は、王女の髪が黒だから、白がベースなのがいいな。エアリスやハルナと被ると完全に印象が食われるだろうから、彩として足す色は青系統の色は避けたほうが無難だろう」

 リーファの姿を思い浮かべながら、基本となる衣装のアウトラインを指定する。

 ファーレーンに保護されるまでの苦労でやつれてはいるが、リーファは美少女の範囲に十分入るだけの容姿はしている。だが、美少女といったところで絶世の、なんて冠詞をつけるにはかなり足りない程度で、ファムと並べればリーファが勝つが、春菜やエアリス、ライムなどと比べるのは比べること自体が無謀というレベルである。

 地顔がそれぐらいなのに、春菜やエアリスのように自身の容姿を磨く努力なんてものもしていないのだから、服の印象が被るとかなり悲惨なことになる。

 今までの環境的に、容姿なんぞにまわすリソースが無かったこと自体はしょうがない。しょうがないのだが、あまり見た目に格差がつくと、いろいろと面倒な事になる。幸い、素材は悪くないので、方向性を工夫し、印象を変えてしまえば一方的に負けることは無いだろう。

「以上でよろしいでしょうか?」

「ああ。色々注文はつけたが、あまりこだわる必要はない。本職の意見を最優先で」

「かしこまりました。午前中に王女殿下へお届けいたします」

「頼む」

 レイオットの割と無茶な注文を笑顔で聞き入れ、一礼して手配のために出ていくセレナ。

 リーファを保護してから一週間ほど。優秀な城の使用人たちは、この種の注文がいつ来てもいいように、大方準備は済ませている。服飾部門は既に、リーファの現在の体格体型に合わせたマネキンを作っており、金に糸目をつけなくていいのであれば、これに合わせてサイズ自動調整のエンチャントをかければ、何着でもすぐに用意できるのである。

 残念ながら注文も命令も無しに勝手に作る訳にはいかないため、今回は備蓄してある既製服を流用することになる。だが、熟練の腕を持つお針子達の手にかかれば、ベースとなる既製服をイメージに合わせて改造するぐらい、三十分もあれば十分だ。

 余談ながらこの既製服の備蓄、今回のようなケースや宏達のように平民がなにがしかの功績で王族と面会するケースなどで、急遽服が必要になった時のために作り置きしてあるものだ。大体はこの服を微調整し、若干飾りをいじる程度で十分に使える服ができる。

 故に、レイオットの注文は、別に無茶というほどのものではないのだ。

「さて、後は父上がいつ面会できるか、だな」

 時間を作るために終わらせておく必要がある仕事を確認し、スケジュールを組み直しながらそう呟いたその時、執務室の扉がノックされる。

「誰だ?」

「陛下からの伝令です」

「入れ」

「失礼します。陛下が、すぐに執務室に来るようにとの事です」

 入ってきた顔なじみの伝令が、扉のすぐ前で深々と一礼し、礼をしたままの姿勢で部屋の主の許可を待たずに伝言内容を告げる。

 その一見無礼に見えなくもないやり方に、特に気を悪くする様子もなく一つ頷くレイオット。伝令なのだから、入ってきたらすぐに伝言内容を伝えるように、と通達したのはレイオット自身なので、気を悪くする理由がないのだ。作法だなんだのまどろっこしい事に時間を割いていられない、というのがその主張である。

「分かった。すぐ行く」

 伝令が頭を上げるのと、レイオットの返事はほぼ同時であった。そのまま立ち上がってさっさと出て行こうとするレイオットのために、伝令がドアを開けて待機する。

 恐らく、呼び出しの理由は自分が面会を求めた理由と同じだろう。そのレイオットの予想は正しく、国王の執務室で苦笑しながら自分達が親子だと再確認し合うのであった。







「エルが来とるって?」

「うん!」

 ウルスでの昼過ぎ。隠れ里で朝食を済ませ、ウルスの工房に戻ってきた宏達に、ライムが元気よく来客を告げる。

「まあ、こっちから会いに行く予定やったし、好都合っちゃあ好都合やねんけど」

「よっぽど相談したい事ってのが急ぎなんだろうなあ……」

 オクトガルから受け取った手紙、その簡素な内容を思い浮かべながら、妙に焦りを感じさせるエアリスの行動に面倒事のにおいを嗅ぎとってしまう宏と達也。エアリスの持ちこむ面倒事なら喜んで引き受けるが、そこまで焦っている理由が少々怖い。

「ビビっとってもしゃあない。さっさと済ましてまおう。エルは和室か?」

「うん!」

「ほな、ついでやからこっちの客人も紹介するか。ライム、ファムとテレスとノーラに、和室来るよう言うてきてくれるか?」

「は~い」

 宏に頼まれ、元気よく他の人間を呼びに行くライム。その後ろ姿を見送って、ヘンドリックが口を開く。

「めんこい娘じゃが、あれもここの従業員なのか?」

「ちょっと色々あって、家族まとめて保護しとってなあ。そのつもりはなかったんやけど、気ぃついたら立派な従業員になっとってん」

「無理やり働かせている、という訳でもなさそうじゃの。そういう環境であるなら、あそこまで屈託なく笑えん」

「手伝いたいっちゅうから、あんまり危なあなくて難しない事からやらせとったら、いつの間にか立派な戦力になっとってなあ。今ん所がっつく必要ないからやりたいときにやりたいだけ仕事したらええ、っちゅう感じで好きにやらしとるけど、いつの間にか八級ポーション作れるようになっとるから、子供っちゅうんは成長早いわあ」

「ほう」

 宏の言葉に、ヘンドリックとアンジェリカが実に興味深そうな顔をする。所詮八級のポーションなのでそれ自体は大した話ではないが、それをまだまだ幼児、という年齢の子供が作っている事は十分に驚くに値する。

「因みに、ここの労働条件は?」

「三食昼寝つきの出来高払い、勉強したかったら工房の金で勉強してええ、っちゅう環境やから、多分大概の職場より待遇ええと思うで」

「実にいい待遇だな。見習いをそこまで甘やかしている工房なぞ、少なくとも我は知らぬ」

「薬作るんは、作業そのものがむちゃくちゃきついからな。緩める所は緩めなもたんで」

 工房全体の緩い空気を正当化するように、宏が言い訳する。だが、言い訳とはいっても嘘をついている訳ではない。職人作業で危なくないもの、きつくないものなど存在しないとはいえ、薬や戦闘用アイテムと武器防具は、ちゃんとしたものを作らないと他人の命にかかわってくる。

 特に薬は使う状況そのものが生死に直結していることも珍しくない。それゆえに作業のきつさや危なさだけでなく、精神的にもきわめてきついものだ。宏や澪ぐらいになればともかく、そこまで行かない連中は適度に休憩を挟み、ある程度緩い空気でやらないと身が持たない。

 その証拠に、見習いに立場が近い春菜や、若干程度は製薬を触っている達也が、宏の言葉にしみじみと頷いていたりする。

「それにな。特にライム見とって思ったんやけど、人間、興味持ってやっとる事って、言われんでもさぼらんと本気でうちこむし、その方が最終的に腕もようなるみたいでな。そら、厳しくやらんとあかんこともあるけど、何でもかんでも厳しい締め付けたらええ、っちゅうもんでもないで」

「まあ、ここの職員はみんな、宏に恩があるか物凄い人からの紹介かで、全員揃いも揃って他に行く所もないから、放置気味でもみんな真面目にやってくれるのも大きいとは思うけどね」

「私としては、やっぱり出来なかった事ができるようになる楽しさと、それが社会的にものすごく評価されてるって言うのが一番なんじゃないかな、って思う」

 宏のコメントに、真琴と春菜がそれぞれの思うところを口にする。

 現実問題として、この世界の雇用は縁故によるものが一般的だ。それゆえに、余程の事がない限りは、紹介者の顔に泥を塗るような真似はしない。そんな真似をすれば、下手をすれば次がない。

 特に、アズマ工房の職員は、宏達によって助け出された上に手に職までつけてもらったか、ファーレーンの王太子をはじめとした大物の紹介によるものかのどちらかなので、そもそも怠けるとか裏切るとかそういう発想がない。ファム達に関してはそんな事が思い付かないほど恩を感じているというのもあるが、それをするとどうなるかを理解できないほど愚かな人間なら、とうの昔に何らかの形で排除されていただろう。

「ふむ、なるほどのう」

「この工房が、これだけ清浄な理由も良く分かる。正直我は、最初ここに入ったとき、工房ではなく神殿に来たのではないかと思った」

「清浄なだけではないぞ。この工房は精気に満ち溢れておる。ここでならアンジェリカ、お主が本来の姿に戻っても全く支障なく行動できるじゃろうな」

「うむ。我もそうだが、じーさまもガタが来た部分が微妙に良くなったのではないか?」

「そうじゃのう。ここに定期的に出入りすれば、あと千年は記憶以外衰えずに生きられそうじゃ」

 などとヴァンパイア的な会話を続けるヘンドリックとアンジェリカをなんとなく生温い視線で見守っているうちに、一同は目的地である和室に到着した。

「この部屋は、靴を脱いで入るんだ」

「それは珍しいのう。儂が知る限り、この大陸の東端あたりの一部地域以外、そういう文化風習は持っておらんかったはずじゃ」

「あ~、一応あるんだ」

「世界は広いからの」

 などとヘンドリックの妙な博識さに感心させられつつ和室に入って行くと、中では背筋を伸ばした状態でエアリスが待機していた。

「おかえりなさいませ」

「待たせてもうたみたいやな。すまん」

「いえ、私が勝手に待っていただけです。むしろ、勝手にここで待たせていただいて、申し訳ありません」

「今更そんなこと気にする仲やあらへんやん」

 頼みごと、とやらの内容がよっぽど重大なのか、いつになく態度が固いエアリス。その態度に、宏が苦笑する。

「とりあえず、頼みごととやらの前に、紹介しておきたい人がいる。こちら、ヴァンパイアのヘンドリックさんとアンジェリカだ。人形ダンジョンの近くにある隠れ里に住んでてな」

「どっちも多分三千歳超えてる。アンジェリカは今は合法ロリモードだけど、合法ロリ巨乳モードと怪しい魅力のアダルトなお姉さんモードがある」

「ミオよ。人の事を妙な説明しないでくれるか?」

「ん、事実」

 折角達也がまともな紹介をしたというのに、澪がいきなり台無しにする。その澪に対するアンジェリカの突っ込みが、なんだかんだでお互いそれなりに気安い間柄になっている事を証明している。

「で、こっちがエアリス。ファーレーンの正室腹の王女で、アルフェミナ様の姫巫女をやっている。姫巫女ってのは、アルフェミナ様の巫女だけそう呼ばれる、らしい」

「エアリスと申します。真祖の方々にお会いできて、光栄です」

 達也に紹介され、ヘンドリックとアンジェリカに深々とお辞儀するエアリス。その言葉に、頭を下げられたヘンドリックとアンジェリカが驚きの表情を浮かべる。

「我らが真祖だと、よく分かったな?」

「お二人のお姿を見れば、一目瞭然です」

「こいつらは分かっておらんようだが?」

「ヒロシ様達は、知られざる大陸からの客人です。そういった知識や常識には、どうしても疎い面があります」

「なるほどの。澪が時折理解できない事を言うのも、そういう事情か」

 色々納得した様子のアンジェリカに、ここで初めてエアリスが苦笑を浮かべる。分かっていてやったのか天然かはともかく、アンジェリカのおかげでややエアリスの緊張が解けたようだ。

「それで、頼みごとってのは?」

「皆様に紹介したい方がいるのですが、ファムさん達の誕生日パーティに参加させていただいても問題ないかを伺いたい、というのが一点」

「そんなん、気にせんと連れてきたらええで。僕らかて、こっちの二人参加させるつもりで連れてきてんねんし」

「てか、エル。今までの態度からすると、その人、あたし達に紹介するのに何か問題があるのよね?」

「はい。その方の名前はリーファ様。ウォルディスの王女様で、第二王位継承者です。現在九歳ですが人柄は好感が持てる方で、日々立派になろうと努力なさっておられます」

 エアリスの説明を聞き、酷く納得する宏達。確かに、エアリスが緊張するのも当然であろう。

「ウォルディスの王女様かあ……。エルちゃんの事は信用してるけど、あの国っていい話何も聞かないよね」

「まあ、エルが紹介しよう、っちゅうぐらいやから、本人は特に問題ないんやろう」

「どっちかって言うと、ウォルディスとのごたごたにあたし達が巻き込まれるって事の方を気にしてるんでしょ?」

 真琴の言葉に一つ頷くと、エアリスは本当の意味での本題を切りだす。

「本来なら、皆様を国家と国家のごたごたに巻き込むような真似は慎むべきなのですが、リーファ様はその身一つでファーレーンまで逃げ延びた身の上。近い歳の御友人もおらず、馴染もうと必死に努力されているお姿を見ていると、どうにかしてお力になれないか、とつい思ってしまいまして……」

「まあ、それはかまへんねんけどな。なんかこう、ウォルディスとは絶対ひと悶着ありそうな感じやし。多分その王女様の事関係なく、色々巻き込まれるやろうし」

「そう言っていただけれるのはありがたいのですが、我々の勝手で皆様に余計なリスクを背負わせることになるのは……」

「余計なリスクっちゅうか、王女様の歳考えるとリスク背負うんは主にファムとライムやろうし、エルが気にしとるんもそこなんやろうけど、それに関してはある意味今更やし」

「今更、ですか?」

「うちにおる人材で、一番弱そうに見えるっちゅうたらその二人やん。詳しゅうは把握してへんけど、どうせあっちこっちから狙われてると思うで」

 宏にずばりと言われ、エアリスは反論の余地なく黙り込んでしまう。そこに更にリスクが上乗せされる、と考えるべきなのだろうが、ウォルディスという国の特性を考えるに、宏達が把握していないだけでとうの昔にちょっかいを出していることだろう。

 リーファの事は、表立って行動を起こす口実にはされるだろうが、それで何が変わるかと言われると微妙なところである。

「っちゅうか、他になんか気にしとるやろ? 言うてみ?」

「その、リーファ様はお国での立場がそれほど強くなかったようで、あまりちゃんとした教育を受けておられず……」

「あ~、そういうことか。ウォルディス語しか話せんねんな?」

「はい。今現在、ファーレーン語を一生懸命学んではおられますが、まだこちらに来て一週間ほどしか経っていません。どうにか朝晩の挨拶はできるようになっておられますが、まともな会話となると……」

「っちゅうか、一週間でまともな会話できたら、そっちの方が驚きやで」

 事情を察した宏が、それはしょうがないと一つ頷く。今まで地味に言葉で困った事は無いが、それは単にゲームの時の蓄積とファーレーン語が通じる国が多いという事情に助けられたものだ。言葉を一から覚えるとなると、最低限の日常会話ができるようになる程度になるまででも、少なくとも半年ぐらいは覚悟が必要だろう。

 ゲームでも、なんだかんだでそれぐらいの時間はかかっていた。

「要するに、言葉が通じなくとも意思疎通ができればいいんじゃろう?」

 話を聞いていたヘンドリックが、唐突に横から割り込んで、重要となっている要素をズバッと口にする。もろもろの情報から、単に通訳の魔法や道具では駄目だろう、と思ったらしい。

「一日程度ならば、儂がその王女に意思疎通の魔法をかけよう。言葉が通じる訳ではないが、なんとなく何を言っているかのニュアンスは相互に伝わるようになる、という魔法じゃ」

「……あえて不便な所に落ちつける、ってわけね。あたしの浅い考えだと、さっくり通訳の魔法でもかけちゃえばいい気がしたんだけど?」

「今の国際情勢など全く分からんが、話を聞いている限りでは、その王女はそれなりに長い間、この国におる事になるのじゃろう? だとすれば、この国の言葉が話せん不便を下手に解消してしまうと、後が良くなかろう」

 ヘンドリックの言葉に、黙ってエアリスが頷く。もう一つ付け加えるなら、その不便はファム達がウォルディス語を覚えようとする動機になるかもしれない。そういう面でも、あまり不便を綺麗に解決しすぎてはいけないのだ。

 何より、この国に馴染もうと言葉を学んでいるリーファの努力を、結果的に踏みにじった形になりかねないのがいただけない。勝手な事を言っている自覚はあるが、エアリスとしてはそこは出来れば譲りたくない点である。

 恐らく、ちゃんと話せば宏もそのあたりを考慮してはくれるだろうが、せっかくヘンドリックがいい具合に落としどころを示してくれたのだ。そう考え、エアリスはヘンドリックの提案に乗ることにした。

「お願いできますか?」

「うむ。その代わりと言っては何じゃが、儂もアンジェリカも長い間隠れ里に引きこもっておっての。たまに買い出しに行くからベリルとマルクトぐらいは分かるのじゃが、それ以外の国となると二千五百年ほど前で止まっておる。一つ、この年寄りどもに現在の国際情勢を、どこにどんな国があるのかも含めて教えてはもらえんか?」

「それぐらいであれば、喜んで」

 ヘンドリックの頼みを、エアリスがにっこり微笑んで引きうける。その後、話が終わるのを待っていたファム達も交えて、エアリスの「基礎から分かる国際情勢講座」がスタートするのであった。







 同時刻、ウルス城。

「急な面会を受けていただき、感謝します」

 ガチガチに緊張しているリーファに対し、レイオットが作法に従い、実に優雅に挨拶する。その様子を、セレナとリーファ付きの侍女は半ば微笑ましく、半ばはらはらしながら見守っていた。

「あの、どのような御用件でしょうか?」

「実は、王女にあるパーティに出席していただきたく、こうして参上しました」

 レイオットの言葉に、リーファの肝が微妙に冷える。世話になっている身の上なので、社交の場に出て欲しいと言われて断るつもりはないが、さすがにもう少し勉強し足場を固める時間は欲しかった。

 と、そこまで考えて、午前中に目の前の人物から贈られた服の事を思い出す。

「もしかして、先ほどの服は……」

「はい。その席に出席していただくために、勝手ながらこちらで用意させていただきました。パーティと言っても、内輪で行うあの服で十分なぐらいの規模と格式のものですので、さほど身構えなくてよろしいですよ」

 センスのいい服ではあったが、正直普段着にするには少々気合が入りすぎ、かといって夜会などに出る系統のデザインでもない物だった。使うとすれば多少おしゃれをして出ていきたい時の服、という感じだったが、リーファにはそのシチュエーションがピンとこなかった。

 まさか、内輪で小規模と言っても、パーティのためなんて理由で用意されていたとは思わず、本来なら分かりやすいはずの伏線を見事に見落としてしまったのだ。

「パーティというのは、どなたのものですか?」

「私やエアリスが親しくしているアズマ工房、そこの従業員の誕生日パーティです。従業員のものですので、正装は必要ありません」

「……」

 アズマ工房と聞いて、リーファが言葉を失う。アズマ工房に関しては、マルクトに逃げ込んだころですら名前ぐらいは聞き覚えがあり、こちらに来てからは高品質・高性能・最先端・希少価値の代名詞となっている存在だと教えられている。

 残念ながらその境遇から政治的な事にはまだまだ疎いリーファでも、そこに自分を連れていく意味ぐらいは分かる。故に、思わず絶句してしまったのだ。

「実のところ、これはエアリスのたっての希望です」

「……どういう事、でしょうか?」

「あそこには、王女と歳の近い従業員が二人います。どちらも善良で義理堅く、その上いろいろと面白い人物ですので、王女の無聊を慰める役に立てば、と思ったのでしょう。私も、時期が少々早すぎるかと思っただけで、紹介すること自体は賛成でしたし」

 どうやら、色々と気を使わせてしまったらしい、と悟るリーファ。わがままを言わないのは、かえって周りに気を使わせる。その事は何人もの人間からいろんな表現で釘を刺されていたが、その実例が今まさに降りかかってくると色々と反省せざるを得ない。

「その、パーティはいつでしょうか?」

「明後日になるようです。現地までは私とエアリスでエスコートしますし、細々としたものはこちらで全て準備しますので、王女は身支度だけしていただければ問題ありません」

「随分と、急なのですね」

「日程自体は事前に聞いておりましたが、先方と連絡が取れ、確約が得られたのが先ほどの事でして。我々が最後に先方と連絡が取れたのも、王女をお迎えする前のことでしたし」

「そういうことでしたか……」

 そこまでして紹介したい、となると、別の意味でも覚悟を決めねばなるまい。そう、内心でリーファは気合を入れる。

 エアリスのおかげで瀬戸際で救われたとはいえ、今のリーファはごく軽度ながら対人恐怖症に近いものを患っている。面識のない相手と接することにたいして、苦痛とは言わないがどうしても普通の人より身構えてしまうのだ。

 やはり、今でも毎日のように見る悪夢が間違いなく響いている。他人が怖い、というより、親しくなった人が自分のせいで大きな被害を受けたり、命を落としたりしかねないのが怖い。その結果、責められたり拒絶されるのがとても怖い。

 先ほど、というのが五分ほど前、しかもオクトガル通信で連絡されたものだと聞けば、流石のリーファも気合を入れるより先に呆れが先だったであろうが、彼女がその事を知る機会は永遠に訪れなかった。

「大丈夫。今の貴女である限り、彼らは最後まで貴女の味方をしてくれます」

 リーファの不安を察してか、レイオットにしては珍しい、優しい笑顔でそう励ます。レイオットが初めて見せた、作り物ではない心からの表情に、今までとは違う意味でリーファが硬直する。

 そう。レイオットの表情は、やはり彼がエレーナやエアリスと両親を同じくする人間であることを、見ている誰にも確信させうるだけのものだったのだ。

「そうだ。折角ですので、先ほど送った服を着て見せていただけませんか?」

「は、はい……」

 悪戯を思いついた、という感じの妙に生き生きとした表情のレイオットに、どうにもドキドキしながらおずおずと了承の言葉を返す。

 そのまま別室で身支度を始めるのをじっと待っていると、幼いとはいえ女性の身支度とは思えないほどの短時間で着替えを終えたリーファが出てきた。

「……さすがに、よく似合っておられます」

「……本当、ですか……?」

「嘘はつきません」

 チャイナドレスに似たウォルディスの伝統衣装をベースに、下半身をややタイトなスカートにする事でファーレーンのデザインを取り入れたその服は、お世辞抜きでリーファによく似合っていた。合わせの半分を白、半分を黒にする事でエキゾチックな印象を補強し、いろんな赤であちらこちらに散らされた模様は年端もいかぬ少女の可憐さを引き立てる。

 流石はプロの技、これならば本気で着飾った春菜やエアリス、ライムなどと並んでも印象が食われることがなく、方向性がまったく違うために見劣りするということもない。しかも、レイオットが出した指定を全て満たしているのだ。これについてはレイオットのセンスが良かったのか、それとも本職の実力なのかは微妙なところではあるが。

 着飾った女性など見慣れているレイオットだが、今回は無理に褒め言葉を絞り出す必要などなかった。身内と春菜を除けば、実に久しぶりに素直に心から褒められる。それがレイオットの本心であった。

「……そうですね。明日までに、髪飾りを用意します。そうすれば、もっと魅力的になるでしょう」

「……あの、そこまでは……」

「こちらの勝手で急な予定を組み込んだのですから、あなたが恥をかかないようにするのは我々の義務です。それに、折角だから、もっと魅力的になった姿も見てみたい」

 どう考えても口説いています、という台詞をさらっと言い、伝令に呼ばれて辞去するレイオット。後には、顔をリンゴのように真っ赤にしたリーファだけが残された。

「あれは、反則です……」

「そうですね。レイオット殿下は女性がお嫌いですので、ああいう褒め言葉を口にする事は滅多にありません」

 ドキドキする心臓をなだめようと口にしたリーファのぼやきに、侍女が余計な補足説明をしてくれる。

「正直、相手を女性として見ていないのであれば、本心であってもあまりああいう口説き文句のような言葉を残すのはどうかと思いますが……」

「……本当に、優しいのに残酷な方ですね……」

 相手にその気はまったくない。そう理解していても、先ほどの短時間で刻み込まれたレイオットの顔がちらつき、どうしてもリーファは正常ではいられない。どんなになだめようとしても、心臓の鼓動は早くなる一方だ。

 もしかして、これが恋というものなのかも。そう微妙にませた事を考えていたリーファは、誕生日パーティで最低でもあと二種類、違うドキドキを味わうことになるとは予想だにしていないのであった。
リーファ王女の相手は、サイコロの神様にお伺いを立てました。
具体的には

1.6:宏
2:レイッち
3:マーク
4:お兄様
5:その他の誰かを捏造

で、見事に2が出てこうなりました。
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