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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第16話

 人形ダンジョンの入り口は、どう見ても山の裾野に開いたただの洞窟であった。

「真琴さん、ここであってるの?」

「ゲームの時とは地理が違うから、絶対とは断言できないのよねえ……」

 これでもかというぐらい周囲に何もなく、その上洞窟の見た目が何の変哲もないただの洞穴にしか見えないため、どうにもダンジョンっぽくないその洞窟に、経験者である真琴もどうにも自信を持てない。

 ベリルから乗り降り込みの神の船で五分強、ワンボックスなら三十分、普通の馬車でも二時間から三時間あれば到着するなかなか立地条件のよろしいダンジョンだというのに、中継地点になりそうな村や町も無ければ冒険者が頻繁に出入りする様子もない。これでは、春菜でなくてもここかどうかを疑問に思うのは当然であろう。

「春姉、真琴姉。誰か出てくる」

 念のため、せめてどこかに休憩所になりそうな場所でもないかと、目に見える範囲を確認しながらそんな会話をしていた春菜と真琴に、澪がそう声をかける。

「何人ぐらい?」

「拾った気配は六人。そろそろ見えると思う」

 真琴に問われるまま、分かっている情報を手早く答える澪。澪の言葉が終わるよりやや早く、洞穴から二十代後半ぐらいの六人組の冒険者が出てきた。因みに全員男性、大型の得物を持っているのが二人、軽装なのが二人、魔法使い系らしいのが二人というそれなりにバランスがとれた編成である。

「おっ? 新顔か?」

「珍しいな」

 宏のものほどではないが大型のハンマーを背負った男二人が、アズマ工房一行の姿を認めてフレンドリーにそう声をかけてくる。使っている得物は同じだが、一方はヒューマン種でもう一方は熊系の獣人、それも手の構造が人間の武器を使えるようになっている以外は、ほぼ熊そのものという種族である。

 余談ながら、二足歩行する動物、という外見の種族でも、人間に分類される種族なら男女は大体見れば分かる。何処で見分けるのか、というのは見れば分かるとしか言いようがないのだが。

「珍しい?」

「ああ。ここは稼ぎって観点じゃ、ちっと効率悪いしな」

 達也の質問に、熊男が大雑把な理由を教えてくれる。効率が悪い、という言葉に少し考え込み、ゴーレムの存在に思い至る。

「ゴーレムって、そんなに効率悪いか?」

「ここのは魔法が効きづらい上に硬いからな。どうしても武器の消耗がでかくなりがちで、しかも手に入る残骸がそれほど高く売れるもんでもないんで、敬遠する連中が多いんだよ」

「なるほどな。あんた達はその例外、って訳か」

「ああ。ゴールデンゴーレムがうじゃうじゃ出る穴場を見つけたからな。そこをメインに狩れば、装備の修理代を払っても十分黒字なんだよ」

「へえ。だが、そりゃゴールデンゴーレムを狩れたら、っつう前提条件があるから、そうそう真似できる冒険者はいねえか」

 達也の言葉に、にやりと笑う熊男。実力を認められて嬉しくない人間はそうはいないが、それは彼らも同じらしい。

「ドロップ装備とかは狙わないの? ここ、パペット系も結構出るって聞いてるから、そいつらが化けるアクセサリ系なんかはいい値段で売れてた気がするんだけど」

 ゴールデンゴーレムがメインと聞き、ゲーム時代に人形ダンジョンが人気であった本来の理由を確認する真琴。ゴールデンゴーレムは確かに金策の面では美味しいが、レアドロップのゴールデンハンマーは売ってもノーマルドロップの金塊より安く、性能も所詮純金の塊なので使い物にならない、典型的な外れドロップだった。レアらしい要素を上げるなら、ノーマルドロップの金塊より重量比でのNPC買い取り価格が大幅に高い事ぐらいである。

 むしろ、各種パペット系、それもギミック持ちの奴が二百五十六分の一の確率で落とすアクセサリや特殊装備が、内容こそランダムではあるが極めて優秀な機能を備えているため、プレイヤーはそっちを狙いに殺到していた。それに、アイアンゴーレムなんかのドロップ武器でも、NPCから普通に購入できるものよりははるかに高性能。中堅ぐらいのプレイヤーにそこそこの値段で売れるため、やはりゴールデンゴーレムよりは人気があった。

 隠しダンジョンのゴーレムに至っては、レアドロップが上位金属製の強力な装備のオンパレードだ。流石に上位金属製のゴーレムを乱獲するのはかなりの実力がなければ無理だが、職人たちが引きこもっている現状では他に装備を手に入れる方法がない。それゆえに、人形ダンジョンは極めて人気のあるダンジョンであった。

 だが、こちらの冒険者たちはそうでもないらしい。新顔が珍しい、という発言からも、そういう思想で行動する冒険者はほとんどいないのだろう。

「一体何体狩れってんだよ。ゴールデンゴーレムのハンマーですら、一年やってて今日ようやく二本目だぜ?」

「パペットやストーン以下のゴーレムから剥げるアイテムなんざ、レアドロップ以外売りもんにならん」

「出るかどうかも分からんアイテムのために、延々とゴミを量産できるほど、懐に余裕はないんでな」

 真琴の質問に、次々と否定の言葉が投げかけられる。やはり、確率が問題らしい。

 ある意味当然ではあるが、生活がかかっている連中は、基本売り物にならない物しか出さない相手を、一日に千体二千体なんてペースで狩ったりはしないようだ。

「そういや、ゴールデンハンマーって実物見たことあらへんねんけど、どんなん?」

「ん? 見たいなら見せてやるぞ?」

「見せてもろてええ?」

「おう」

 二人いる魔法使い風の男のうち、白いローブを着た方が取り出したハンマーを受け取り、しげしげと観察する宏。その表情が、だんだんと興味深そうなものに変わっていく。

「なるほど。これ、素体になる武器やな。改造せんと、ただの金塊や」

「どういう事だ?」

「やって見せた方が早いんやけど、改造してもうてええ?」

 宏のその突然の申し出に、戸惑いの表情で顔を見合わせる冒険者達。お人よしそうな連中で今持ってる男が比較的挙動が鈍くて取りかえすだけなら簡単であり、レアというだけでサイズ的に金銭的な価値が大したことがない代物だから見せるぐらいはしたが、改造となると二の足を踏むところだ。

 金銭的な価値は大したことがないと言っても、金塊は金塊。六人で分配しても普段よりちょっとグレードの高い宿に一週間泊って、普段食っているものよりいい飯と酒で豪遊できるぐらいの金額にはなる。

 それがお釈迦になる可能性があるとなると、さすがに簡単にうんとは言えないところだ。見ず知らずの相手を、そこまで信用するのは難しい。

「なんやったら、失敗したら買い取りっちゅう形でもええで。このまま売ったら相場どないなもん?」

「四万イェールぐらいだな。金塊としてよりも、飾りとして高く売れてるのが実情だ」

「っちゅうことは、八百クローネぐらいか。ほな、迷惑料も含めて千クローネで。春菜さん、それぐらいはあるやんな?」

「うん。というか小銭不足だから、むしろ金貨一枚で払える千クローネきっちりの方が助かるよ」

 宏に問われて頷きながら、春菜が千クローネ金貨を取り出す。あっさり出てきた千クローネ金貨に、だが冒険者達も大して驚いた様子は見せない。

 普通のドロップ品の金塊は、平均してその金額の倍から三倍の値段で売れるのだ。その程度の額の金貨など見慣れているし、目の前の連中が千クローネやそこらの金をぽんと出せるであろう事ぐらい、立ち居振る舞いを見れば簡単に分かる。あくまで簡単なのはハンマーを取り返す事だけで、戦って勝てる気がしない程度には、冒険者達も宏達の実力を見抜いている。

 むしろ驚くべきなのは、見慣れているだけで彼らにとっても決して少ない訳ではない千クローネという金額を、宏が改造に失敗した場合の後始末としてぽんと支払おうとする春菜の態度とそれに異を唱えない他のメンバーについてであろう。

「……そうだな。オレ達も興味があるし、失敗した時に買い取ってもらえるなら改造してくれて構わない」

 結局、好奇心に負けて改造を頼むことにした冒険者達。決め手は、春菜達の態度である。

 余りに平然としている目の前の連中に、暴力に訴えてなかった事にするつもりかとうがった事も考えはした。だが、そのつもりなら最初からさっさと仕掛けて来るだろうし、わざわざ千クローネ金貨なんて見せる理由がない。

 恐らく、改造が失敗する可能性など、誰一人として考えていないのだ。それだけの自信と信頼があり、万が一失敗しても尻拭いに千クローネ差し出すぐらいどうという事がないと言い切れるだけの人間関係ができているのであろう。

 冒険者達も、そこに賭けてみようという気分になったのだ。

「ほな、ちょっと待ってな」

 GOサインが出た所で、宏がサクサクと作業に入る。鞄の中から魔石を取り出し、紙やすりや砥石でサイズと形を調整してくぼんだ所にはめ込んでいく。大小八個の魔石を取り付け終えた所で、導通ラインを繋いで魔力を軽く流してやる。

 何度かオンオフをして導通を確認すると、組み込んだ魔石を再び外してもう少しすり合わせを行う。微調整を終えると、魔石の表面にちょっとした模様を刻みこんで再び導通チェック。その作業を十分ほど繰り返す。

 作業内容を説明すると非常に簡単そうに見えるが、そもそも魔石をヤスリなどで成型すること自体が、それほど簡単なことではない。魔石を使ったバッテリー式の魔道具が比較的高価になりがちのも、魔石の加工や成型がわりと難しい事に起因する。

 少なくとも、この手の比較的難易度が高いダンジョンに挑戦しようとするような冒険者が、鼻歌交じりにその場でやってのけるような作業ではない。

「おっし。問題無しや。ほな、実験やな」

 魔道具としての機能を持たせることに成功し、ちゃんと想定通りの動作をするかのテストに移る宏。荷物からクズ鉄や微妙な分量の端材、上手くつなぎ合わせなければ使い物にならない皮といった使いどころに困っている物を取り出し、次々に並べていく。

 ある程度並べ終えた所で、ハンマーの機能を起動し、片っ端から殴って行く。

「何……だと……!?」

「こいつにこんな機能があるのか!?」

 宏が殴ったゴミアイテムの変化に、ギャラリー達が目をむく。

 そう。ハンマーで殴られた物は、全て同じ大きさの金に化けたのだ。

「相手の強さ次第やけど、人間とかモンスターでも金に化けるで」

「……それ、ヤバいんじゃねえか?」

 非常に怖い事を言い出す宏に、思わず震える声で突っ込みを入れる達也。触れるものがすべて金になる呪いを受けた王様の悲劇とか、そのあたりの物語を思い出したらしい。

「一般人やったら簡単に金になるやろうけど、七級ぐらいの冒険者やと一発で腕一本とかが限界やろうな」

「いや、十分やばいわよ、それ……」

「まあ、一般人でも、全身金にする前に魔石の魔力が切れるやろうけど」

「人体が金になるって時点でやばいって言ってんのよ……」

「因みに、人体やったら呪い除去とか石化治療とかのやり方で治せるから」

 真琴の突っ込みをうけて、いまいち救いになっていない対応策を教えてくれる宏。どうやら、このハンマーの機能は、状態異常・石化の亜種らしい。

 錬金術で金を作るのは効率が悪いと言っていたはずなのに、状態異常系の変形でやればそこそこのコストパフォーマンスで可能などという抜け道があるのはどうか。ルーフェウス学院の学生たちがこのシーンを見ていたら、恐らく全身全霊をもってそう問い詰めに走ったに違いない。

「っちゅうわけで、改造は成功したから、注意して使い倒したって」

「あ、ああ。分かった」

「モンスターとか生きもんに使う場合は所詮状態異常やから、あんまり過信とか悪用とかしたらあかんで」

「分かってる。どうしようもない屑アイテムを換金する、とかその手の用途で使い潰すさ」

 達也と真琴の突っ込みを受けるまでもなく、このハンマーの危険性を重々承知しているらしい。完成状態でハンマーを返却された冒険者が、そんな風に言い切る。ついでに言えば、ハンマー自体の存在をできるだけ隠すつもりでもある。

「で、改造費をいくら払えばいい?」

「情報料と迷惑料っちゅうことでええで」

「迷惑料?」

「うちらはこのダンジョンの隠し狙いやねんわ。その調査の過程で、そっちの狩り場と被る可能性があるし、場合によっちゃあ邪魔せんとあかんかもしれへんから、その迷惑料っちゅうことで」

「狩り場かぶりは気にしないが、まあそういう事なら」

 宏の説明を聞き、素直に無料で受け取ることにする冒険者達。このハンマーの製作費と性能を考えるなら、一週間やそこら狩りの邪魔をされても十分におつりがくる。

「色々ありがとよ」

「中のモンスターは妙なのが多いから、気をつけて探索しろよ」

「何かあったら言ってくれ。いくらでも手を貸す」

 期待していなかったレアドロップが大化けした冒険者たちが、口々にアズマ工房一行に声をかけながら立ち去る。宏達は空からだったために発見できなかったが、徒歩で一時間ほどの所に乗合馬車の停車駅があり、ここで活動している冒険者達はそこから最寄りの町まで移動しているのだ。

 それを見送った後、再び宏が口を開く。

「そうそう。こっちに何ぞ、それなりの頻度で人が出入りしとる跡があんで」

 そう言いながら宏が指さした先には、ちょっとした踏み跡が。オルテム村をはじめとしたあちらこちらでの探索経験から、いい加減この種の道を見分けることには慣れている宏達には明らかな違いだが、そっち方面での活動をメインにしている冒険者でなければ、恐らく普通の茂みにしか見えないであろう道である。

「ふむ。このあたりの状況とかを考えると、かなり不自然だな」

「せやろ。ちょい気になってなあ」

「なら、まずそっちから調べるか」

 宏同様不自然さが気になったか、達也が踏み跡の調査を優先させると宣言する。他のメンバーも誰も反対しないあたり、やはり気がついてしまうと気になってしまうのは全員同じらしい。

 山の裾野、それもダールのような乾燥地帯ではないだけに、植物は大いに生い茂っている。その中に入って行くには、少々準備が必要だ。

 手なれた動きで森林踏破の準備を整え、一行は人形ダンジョンを完全にスルーして脇道に突入するのであった。







「今回は、ご苦労だったな」

 マルクト某所。リーファ王女がある程度落ち着いたとの連絡を受け、マルクトアサシンギルドの幹部は自称お兄様をねぎらっていた。

「ファーレーンの密偵ちゃんが上手くやってくれて、俺もホッとしてるよ」

「ああ。リーファ王女に含む所は無いが、厄介事が一つ減って助かったというのが我々の正直な気持ちだ。王女の境遇を考えると申し訳ないとは思うがな」

「そりゃしゃあねぇさ。あの王女ちゃん、本人の人格とかそういうのと関係なく、存在そのものが厄介事だからなあ。流石に見過ごせなくていろいろやっちまったが、俺以外だったら強制排除の判断に走ってもおかしくなかったし」

「それがあるから、お前に振ったんだよ。マルクトの目先の事だけを考えるなら、強制排除という判断も間違いだとは断言できん」

 幹部の言葉に、肩をすくめる自称お兄様。各国の思惑や内情をある程度知る立場だけに、ギルド幹部の大変さが身につまされる部分がある。

 本人達は警戒していたつもりだったようだが、実の所船でマルクトの領海に入った時点で、リーファ王女一行は既にマルクトの盗賊ギルドとアサシンギルドにマークされていた。手を出さなかったのは単純に、彼らがどんな情報を持っているかが分からず、それを直接的な手段で引きだしてしまって大丈夫かの判断ができなかったからだ。

 ウォルディス内部の情報はいまだにまともに入って来ない。マルクトの裏組織がリーファ王女の存在を察知できたのも、ウォルディスを出た後マルクトまで必ず一カ所経由する港があり、そこに常時潜伏している人間が船に乗っている事に気がついたからで、ウォルディス国内となると現状、どんなにマルクトよりの辺境でも情報の収集ができていない。

 そんな情勢でなければ、恐らくリーファ王女は首都アルファトの土を踏むことなく、ドロワーテの時点で国外に追い出されていたか、最悪さっさと排除されていたであろう。

 結果として、リーファ王女は持っている情報のおかげでその存在価値が急上昇し、今後の対ウォルディスにおける大義名分や勢力形成などのためにも傷一つつけてはいけない人物になったが、もしその情報を引き出すために拘束だの尋問だのをしていたらと思うとぞっとする、というのが各国上層部及びマルクト裏組織連合の一致した意見である。

「それで、ディフォルティアのお姉様に割く時間を犠牲にしてまで頑張ったんだ。王女ちゃんがその後どうなってるかぐらいは教えてもらっていいよな?」

「ああ。と言っても、まだ大して時間は経っていないからな。ファーレーン王家のお姫さま方が頑張ってかまい倒しているから、ここまで落ち延びてきたときより大分精神的に落ち着いているらしいが、まだまだ年相応に、とはいかないようだ」

「なるほど。まあ、情が深いファーレーン王家に保護されたんだからさほど心配しちゃいなかったが、まずまずってんなら俺も頑張って王女ちゃんのメンテした甲斐があったよ」

「冗談抜きでそれに救われた面があるのが、頭が痛いところなのだがな……」

「そこを見越して、俺だったんだろう?」

「いや、お前だと、リーファ王女の存在を察知したら、同胞を排除してでも王女の体調管理に走りそうだったから、とりあえず先手を打っただけなんだが……」

 頭が痛そうな幹部の言葉に、良く分かっていらっしゃるという表情を浮かべる自称お兄様。その素顔は大層な美形なのに、いろんな意味で表情が台無しにしている。

 実際、農閑期暗殺者の集団であり癖の強い人間が多いマルクトアサシンギルドの構成員の中でも、この自称お兄様は五指に入るほど扱いづらい人物だ。

 条件さえ整えばカタールでワイバーン、それも外皮が硬く首が太く、サイズすら平均して一回り大きい黒のワイバーンの首すら一撃で刎ね飛ばす戦闘能力に、まるで神にでも愛されているかのような潜伏能力、そして無駄に幅広く身につけている技能の数々と、単体での実力は五指どころか三本の指に入るだけに、余計に扱いにくさが際立つ。

 必要とあらば自分が手塩にかけて磨き上げた女性の首を淡々と躊躇い無く刎ね飛ばし、それに特に罪の意識など感じないあたりはやはり暗殺者ではあるのだが、そこに持っていくまでに大層手間がかかる。

 マルクトアサシンギルドの方針が政治闘争のための暗殺は受けない、それ以外の方法がない限りマルクト人の暗殺は受けない、というアサシンギルドとは思えない代物ゆえに産まれた珍種ではあるが、幹部としてはどうにかならんのかと嘆きたくなるのはどうしようもないことだろう。

 余談ながら、自称お兄様が先ほどから口にしているディフォルティアとは、マルクト三大特殊部隊の一つ、侍女騎士団ディフォルティアという組織の事である。歌って踊れて家事万能、侍女としても踊り子としても、無論戦士としても一級の実力を持つ女性のみで構成された、アルファト城をはじめとした主要な施設の内部を守る特殊部隊だ。

 なお、残りの二つはディフォルティアの男性バージョンである執事騎士団セバスティアンと、このマルクトアサシンギルドの事になる。見て分かる通りマルクトアサシンギルドは国の上層部とずぶずぶの関係なので、暗殺をメインとする非合法活動専門の国設部隊という認識がギルドとマルクト上層部、双方において一般的だったりする。

 なぜそうなったのかは、マルクトアサシンギルドの成立過程や農閑期暗殺者の集団となっている事にも関係しているのだが、長くなるのでここでは割愛する。

「で、残りの二人はどうするんだ?」

「経過観察だな。特にタオ・ヨルジャは、王女抜きでどんな悪あがきをするかによっては、マルクトにとって有益な結果になる可能性がある」

「なるほどねえ。ま、おっさんの方はともかく、侍女の姉ちゃんに関してはできるだけ他の奴に振ってくれや。ありゃあ単なる素人だから、やろうと思えば誰でもやれるしな。おっさんはなかなか手ごわい。アフターケアって事で、やるんだったら俺がやってもいい」

「女の事だというのに、珍しく淡白だな」

「ありゃ、王女ちゃんとは違う意味で死人みたいなもんだからな。いくら俺でも、言葉が通じない種類の死人にしてやれることはほとんど無いんだよ」

 自称お兄様の言い分に、幹部が妙に感心した様子を見せる。どうやら、変態の癖に妙に洒落た言葉を言った事に感心したらしい。

「それで、次の依頼は?」

「今回の件の後始末って事で、もうしばらく待機だ」

「了解。じゃあ、待機中に通信講座で、また何か資格でもとるかね」

「あれだけ取って、まだ足りないのか?」

「女性の美を追求するためにゃ、まだまだ足りないからなあ。……よし、前に時間が足りなくてあきらめたメーキャップアーティストにしておくか」

 幹部の呆れ顔を完全スルーして、新たな資格を選定するお兄様。あくまでも、女性の美を追求する姿勢は変えないつもりらしい。

「まあ、資格なんぞいくらでもとってくれて構わんし、それで荒稼ぎするのも自由だがな。そっちにかまけてこっちの仕事に穴あけるんじゃないぞ、コードネーム・バースト」

「分かってるさ。綺麗なお姉ちゃんやかわいいお嬢ちゃん達が安心して美と将来を追求できるよう、そっちの仕事に手を抜くつもりもないからな」

 そう言って、必要事項を書き込んだ申込用紙をぴらぴらさせて出ていく自称お兄様ことコードネーム・バースト。その後ろ姿を呆れた様子を隠そうともせずに見送り、肩をすくめていつものように報酬がらみの手続きを進めていくアサシンギルド幹部であった。







「こらまた見事な隠れ里やなあ……」

 獣道とすら呼べぬ踏み跡をたどった先には、並の農村など目ではないほど立派な村が広がっていた。

「オルテム村ほど大きくは無いみたいだけど、でも二千人から三千人ぐらいは自給自足できてそうな規模だよね」

「せやな。途中に人払い系の結界らしいのがあったり空から見えんかったりするあたり、ここも色々小細工してる感じや」

 ざっと見た里の広さに感心しつつ、人の姿がないかを探す宏と春菜。畑がある以上、二足歩行する人型に近い姿の種族は必ず存在するはずなのだ。

「お前さん達の反応からしても多分違うんだろうが、ここは神域じゃないんだよな?」

「まず間違いなくちゃう。神域はもっと清浄な感じや。ここも結構瘴気の類は少ないけど、神域っちゅうには程遠いで」

「って言われてもなあ。俺じゃあ、せいぜいなんとなくそうなんじゃないかって程度で、そこまで細かい違いは分からねえんだよ……」

「あたしだってその程度よ?」

 そろそろ分かるようになっていないのか、と言わんばかりの態度の宏に、思わず苦情が漏れる年長組。一般人よりは鋭くてもシーフ系ほどの感知能力は無く、またそういう生活を続けていてある程度敏感になっている神官たちほど瘴気の感覚に馴染みもない身の上としては、この里ぐらいに瘴気が少なくなると神域との区別は難しくなるのである。

「師匠、人の気配」

 微妙にもめそうな状況をぶった切り、澪が探知結果を告げる。

「何人ぐらいや?」

「二人、プラス人型の何か一つ。まだ一キロほど先だけど、こっちに向かってきてる」

「敵対的な存在やなかったらええんやけどなあ」

 思いのほか近くまで来ている事を知り、できればこうあってほしい願望を口にしつつどう対応するか悩む宏。相手がどんな存在か分からない上、自分達は言ってしまえば不法侵入者。相手がどんな対応をして来ても文句は言えないのだ。

 しかも厄介なことに、人払いの結界をはじめとしたあれこれのおかげか澪のセンサーも少々安定しないようで、本来よりも大幅に探知できるレンジが短い。おかげで、いつものように気配だけで大体の種族を割り出す、などという真似もできないようだ。

「とりあえずガーディアンフィールドの維持だけはしといて、念のために武器は仕舞っとこか」

「そうだね」

 できるだけ争いの口実になりそうな理由を潰すため、いそいそと武器を荷物に仕舞いこむ一行。ガーディアンフィールドの維持は保険だが、畑があるおかげで保険として展開したままにしていたと言い訳がしやすいのがありがたい。

 何しろ、この世界の畑は結構な危険地帯なのだから。

「そろそろ向こうから見えてる」

 武器になりそうなものを全部鞄に詰め込み、ついでに不意打ちの危険を避けるため作物の種類を遠目で十分ほどじっくり観察していると、常に位置を探っていた澪からその報告が入る。

「作物は一応、攻撃性のない奴ばっかやな。品種改良の仕方次第では普通にアクティブになりおるけど」

「夜中に散々普通のトマトとかを突然変異させた男の言う事は説得力あるわねえ」

「やってみんと分からへんねんからしゃあないやん」

「そういう理由で、そういう危険な真似を宿の部屋とかでやるなっつってんのよ。で、別に作物触る気は無いにしても、警戒はしておいた方がいいのかしら?」

「その必要はない」

 宏と真琴のやり取りが聞こえていたのか、姿を見せた隠れ里の住民がそう声をかけてくる。

 現れたのはドーガと変わらぬぐらいの年頃に見えるロマンスグレーのダンディな紳士と、エアリスと同年代に見える美少女、そしてどこからどう見てもまごう事なきパーフェクトなメイドの三人。ただし、澪の言葉が正しいのであれば、少なくともこの中の一人は人型であるだけの何かということになる。

 ダンディな紳士はなかなかの威厳と気品を持ち、美少女もエレーナあたりとお茶でもさせればさぞ絵になるだろうというぐらいには上品なのだが、メイドも含めて三人揃って大きなかごを背負い、首に手ぬぐいをぶら下げているのが色々と台無しである。服装自体はどう見ても正装に見えるものを身につけているから余計にであろう。美少女の方は日本で魔改造される形で発祥したタイプのゴスロリ衣装を着こなしており、それがやたら似合っているのだからシュールさは青天井だ。

 どうにも、色々と出落ちの気配を漂わせている三人。それが初見での澪の評価だった。

「人払いの結界を抜けて、しかもわざわざ武装解除した上で作物の観察をしながら待っておるとは、珍しい客人よのう」

「あ~、勝手にお邪魔してしもうてすんません」

「いやいや。空間隔離を行っておる訳でもない以上、迷い込むこともあろうて。それに、敵対的な存在であれば、とうの昔に門番と戦闘になっておるしな」

「門番?」

「こいつだよ」

 宏の問いかけに答えるように、紳士が手に持っていた鍬の柄で地面を軽くつく。すると、地面が盛り上がってゴーレムが生み出される。その数二十。しかも

「師匠。あれ、オリハルコンゴーレム?」

「せやな。少なくとも、表面はオリハルコンや」

 そのゴーレムはかなり上級のそれであった。

「うむ。と言っても、オリハルコンの含有量自体は重量比で五パーセント程度、中身はほぼ魔鉄の塊という単なる張りぼてではあるが、な」

「表面コーティングしてあるだけでも、九割の人間にとっては絶望的だと思う」

 二十体ものオリハルコンゴーレム、そのからくりをあっさり暴露する紳士に対して、武器の特性上九割の側に入ってしまう澪が淡々と突っ込みを入れる。春菜のレイピアと澪の弓は、ゴーレム系にどうしても相性が悪い。それが表面だけとはいえオリハルコンでコーティングされ、中身もほぼ魔鉄の塊となると、戦闘そのものを回避すべきと判断せざるを得ない相手になってくる。

「お主らがその気になれば残りの一割に入れる事ぐらい分かっておる。こんなものを出したところで、こけおどしにもならんだろう?」

「いやいやいやいや」

 えらく過大に評価してくれる紳士に、大慌てで首と両手を左右に振る春菜。硬さとパワーが自慢のゴーレムに三百六十度ぐるりと包囲されている状態は、宏以外にとっては半ば詰んでいる。こけおどしどころか、今の状況は普通に全滅コースである。

「じーさま。いつまでも立ち話してないで、自己紹介を済ませてさっさと客人を家に案内すべきではないか?」

「おお、そうだな」

 茶目っ気たっぷりに脅しにもなっていない脅しをかけて遊んでいた紳士を、美少女が呆れながら止めに入る。その際、心証を悪くしかねないゴーレムをとっとと元に戻すあたり、なかなか抜け目がない。

「儂の名はヘンドリック。この隠れ里の主をやっておるヴァンパイアだ。三千年ほど前に住んでおった屋敷をダンジョンに乗っ取られるような間抜けだが、よろしくやってくれるとありがたい」

「その間抜けの孫で、アンジェリカだ。そろそろ自分より長生きしているエルフもおらんほどの年寄りになってしまったが、あまり婆扱いしないでくれると嬉しい」

「お二人にお仕えしております、オートマタのリセットと申します。御用があれば、何でも申しつけください」

 なかなかに衝撃的な自己紹介をしてくれた紳士達。普通なら突っ込みどころが多すぎて何処から突っ込むべきか悩むところなのだろうが、紹介を受けたのがそろそろ百戦錬磨と呼べるようになりつつある宏達だ。もはやこのぐらいでは驚くにも値しない。

「これはこれはどうもご丁寧に。ウルスでアズマ工房っちゅうんをやっとります、東宏と申します」

 ごく普通に自己紹介を始める宏に続き、春菜達も順番に自己紹介を済ませていく。その様子に、驚きもしくは突っ込みを期待していたらしいヘンドリック達は、思惑を外され露骨に残念そうな顔をする。

「ヴァンパイアと聞いてもその反応なのは、さすがに少々さびしいぞ」

「いやいやいや。何が地雷かも分からんのに、下手な反応できませんやん」

「もう何千年も生きておるのだから、大概の失礼に怒るほど心は狭くないつもりだぞ?」

「じーさま、ドッキリに失敗したのだから、往生際の悪い事を言わんように」

 どうにも悪乗りが過ぎる祖父を、孫娘が諭す。その様子に、思わず宏達が生温かい視線を向けてしまったのは仕方がない事であろう。

「とはいえ、じーさまの言う通り、我々もいい歳だからな。恐らく普通に疑問に思うであろうことを聞かれたぐらいで怒るほど心は狭くないから、気になることがあったら何でも聞いてほしい」

「もっとも、質問しづらそうなのも分からぬでもないからのう。良くある質問で一般的にもっとも失礼だと思われそうなことについて、先に教えておくか。儂らは栄養源として生き物の血を吸うが、アンデッドではない。少々ややこしい事に、アンデッドの種類にもヴァンパイアとしか呼べん者がおるが、そちらとは無関係じゃ。
 そ奴らとの一番大きな違いは、別に血を吸わんでも命を保てることと、血を吸うことで数を増やす訳ではないことかの?」

「じーさま。口調が取りつくろえてない」

「む、失敗したか」

 途中から老人口調になっていたヘンドリックに、アンジェリカが容赦なく突っ込みを入れる。その様子に、どうやら本当に少々のことなら問題ないらしいと判断し、春菜が時間的に気になっていた事を確認することにする。

「えっと、これもちょっと失礼な質問かもなんですけど、ヴァンパイアって日光を浴びると致命傷を負うっていう伝承が多いのに、お二人はこの時間に畑仕事とかして大丈夫なんですか?」

「アンデッドの方は不可能じゃろうが、儂らは分類上は人間じゃからな。産まれてから五十年ほどは皮膚が弱くて強い日光を浴びるとやけどを負うが、百年もすれば普通に小麦色の肌を持つこともできるぞい」

「あれは本当につらかった。夏場はちゃんときっちり遮光をしておかんと、あっという間に水膨れになって痛いのなんのって。かといって、やはり太陽の光の心地よさは抗いがたい魅力を発してくるし、あの五十年は本当に地獄だった」

「やけどが辛いのはなんとなく分かるとして、小麦色の肌……?」

「うむ。健康的な小麦色の肌にはあこがれるが、どうにも体質的になかなか日に焼けてくれん。その肌の白さからして、ハルナとやらもそうであろう?」

「あ~、ものすごく、覚えがあります……」

 中学二年の一時期、小麦色の健康な肌にあこがれて日焼けサロンなども駆使して頑張り、白人特有の抜けるように白い肌の前に完全敗北した春菜は、アンジェリカの言葉に同意せざるを得ないらしい。今では特に肌の色にこだわりなどないからいいのだが、あの時のみじめさは筆舌に尽くしがたいものがあった。

 春菜にも、やはり妙なコンプレックスはあったのである。

「後、流水を渡れんのと鏡に映らんのは、アンデッドの方の特徴じゃな。にんにくは個人差の範囲、心臓に杭はそれをやられて死なん時点で、既にまともな生き物では無かろう?」

「心臓に杭は、むしろそれで死なん奴を教えてくれっちゅう突っ込みした事ありますわ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 なんだかよく分からないことで意気投合する宏とヘンドリック。既に口調を取り繕うのは諦めたらしい。

「後、この里って、どれぐらいの人がいるんですか?」

「飲食が必要な人口という意味では、現時点では三百人程度であるな。オートマタやゴーレム、パペットなどを含めるなら千は超えるが、子供が生まれづらい種族ばかり集まってしまっておるから、どうしても縮小傾向になるのは避けられぬ」

「その中でヴァンパイアは?」

「この里で純血なのはじーさまと我だけよ。今更同じ種族の婿を探すのも難儀ゆえ相手にはこだわっておらぬが、いかに我々が死ぬまで子供を産める種族だと言っても、さすがにこの歳になると相手がおるようでおらんのがなあ……」

 里の規模から気になっていた人口とヴァンパイアの数についての春菜の質問に、アンジェリカがどこか遠い目をしながら答える。そのアンジェリカの回答に何かを察したのか、澪の目が輝く。ただしその輝きを擬音で表わすなら、キラキラ、ではなくキュピーン、であるが。

「それを嘆くって事は、もしかして処女?」

「当たり前であろうが。好いた男もおらんというのに、婚前交渉なんぞする訳がなかろう。色狂いのスノーレディや男をくわえこむのが存在意義のサキュバス、子育てが終わった途端にそこらが緩くなるエルフどもなんぞと一緒にするな」

 澪が口にした失礼にもほどがある言葉に呆れ、地味に失礼な言い分で切り捨てるアンジェリカ。その蔑んだ目まで含んだアンジェリカの存在に、澪が歓喜に震える。

「ちゃんと処女の合法ロリ、キター!!」

「やかましい!!」

 そのまま、感極まって駄目な事を絶叫する澪の後頭部に、達也が即座にフルスイングでハリセンを叩き込む。その動きは、もはや熟達の域に達している。

「ふぉっふぉっふぉ」

「どうやら不名誉な事を言われているであろう孫の事を、容赦なく笑ってくれるなあじーさまよ……」

「他人事じゃからのう」

「このジジイ、言い切りおった……」

 遠慮も容赦もなく笑い飛ばすヘンドリックに、思わずがっくりと肩を落とすアンジェリカ。元々大して気分を害している訳ではないが、さすがにここまで豪快に他人事扱いされると寂しいものはある。

 もっとも、祖父と孫として連れ添って三千年と百年ちょっと。年齢差が七百歳ほどはあるが、そんなものはあってなきがごとし。もはや熟達を通り越して化石レベルに達している関係を考えると、今更孫だからといって可愛がり倒したり、侮辱されたことに怒ったりはしないのも仕方がないことではあるが。

「それで、その合法ロリというのが我が幼女の姿をしている事を指しているのであれば、単に燃費がいいからこの姿になっているだけにすぎんよ。本来の我は、こういう感じだからな」

 どうにも子供の姿をしているから不名誉な事を言われたらしいと察し、省エネのために取っていた小学校中学年程度の容姿をやめ、本来の姿に戻って見せるアンジェリカ。

 二十歳前後の女性の姿になったアンジェリカは、大人の女吸血鬼のイメージ通り、長身でボンキュボンという感じの美女になっていた。見た目相応の妖艶さは持ち合わせているが、年齢のせいか落ち着いた雰囲気のせいか、どうにも色気とかエロスとかそちら方面はほとんど感じさせない。

 スノーレディを見てしまったからか、あれと比べてはるかにまともそうだという理由で宏が余り警戒していないのが面白い所である。

「春姉、春姉、大発見」

「……何?」

「大人で妖艶でボンキュボンでも、ゴスロリ似合う人が実在してる。いかがわしいお店みたいになってない」

「……澪ちゃん、そろそろいろいろ自重しようね……」

 澪の言いたい事を理解し認めながらも、いい加減失礼を重ねすぎだと窘めに入る春菜。年の功かもともとそういう性格なのか、相手が大概失礼なことを言っても怒らない人物なので問題になっていないが、だからといって何を言ってもいいという訳ではない。

 もっとも、春菜に及ばないながらもどどーんとした胸とアルチェムを越え達也に迫る背丈を持っているのに、フリルたっぷりのゴスロリが痛くないのが希少価値なのは事実であろう。どうにもその手の服装は宿命的に、外見が対象年齢から外れると途端にいろんな意味でいかがわしい感じになりやすい。妖艶な大人の女性がゴスロリを着て、特殊な風俗みたいになっていないのは奇跡だと言われれば、そうかもしれない所である。

「別に、この服が今の我の趣味という訳ではないよ。単に、本当にさっきぐらいの外見だった頃好んで着ていた服で、里の仕立屋達がその頃のイメージのままで服を作るものでな。何度言ってもこのタイプしか作らんので、諦めてそのままにしておるだけよ。性能面は素晴らしい故、あまり文句をつけるのも心苦しいのでな」

「それって、基本子供の姿でいるせいじゃないの?」

「そうかもしれんなあ。まあ、もうおしゃれだ美容だと頑張るのも気分的に辛い歳ゆえ、別にこれで構わんという気分にはなっておるがなあ」

 真琴の指摘にテンション低く答え、面倒くさそうに省エネモードに戻るアンジェリカ。先ほどのように十歳前後の姿になって、やれやれと一息つく。

「……ん? どうした?」

「胸、大人のまま?」

「ん? ああ、いつも大雑把に年齢設定をしておるのでな。一年前後ずれるから、背丈はともかく胸の大きさは割と幅がある」

 どうでもよさそうに言って、リセットが背負っている籠の中からサクランボのようなものを取り出し、一口で食べて掌に種を吐き出す。

「久しぶりに戻ると、加減が利かんでエネルギーを使う。じーさま、種も吸ってしまっていいか?」

「別に、一つぐらい気にせず吸えばよかろうに」

「じゃあ、そうする」

 念のために一応祖父の許可を取り、種に含まれていた生体エネルギーを一気に吸収するアンジェリカ。エネルギーを全て吸い上げられた種は、瞬く間に塵となって崩れ落ちる。

「一応言うておくが、血を吸わせてもらうかこの姿のまま過ごしておれば、別にこんな真似は必要ない。そもそも、ドレインが可能なのは刈り取りが終わった後の麦わらとかの後は死にゆくだけのものか、普通の卵ぐらいから下の大きさの生き物かのどちらかに限られる。それ以上になると、軽く拒絶されるだけでレジストされて、というより心の底から許可してもらわんと吸収できん」

「もっとも、儂らがわざわざ隠れ里に引きこもっておるのも、吸血よりむしろこちらの方が原因じゃがのう」

 種に対して起こった出来事に対する宏達の驚きを察し、アンジェリカとヘンドリックが先ほどと変わらぬ態度でそう説明する。先ほどまでと打って変わって、微妙にシリアスなネタが入ってきているのだが、その割には一切空気が変わっていない所が食えない。

「まあ、節度守っとる分、スノーレディよりはええんちゃう?」

「確かに皮膚接触で精気を吸収する所は変わらんが、あれと我らを一緒にするなというに」

「というかヒロ、あいつらは精気うんぬん以前の部分で駄目だろう」

 驚きつつも大して警戒した様子も見せずに結論を出した宏に、アンジェリカと達也からの突っ込みが突き刺さる。スノーレディを引き合いに出すのはヴァンパイアに失礼だという認識は共通らしく、春菜や真琴はおろか澪までそれは駄目だろうという表情をしているあたりが興味深い。

 結局、目の前の地味にスペクタクルな光景に驚いていただけで、宏達は誰一人としてヴァンパイア達を恐れていないようだ。

「さて、長話になってしもうた上に、あらかた話すべき事は話したが、一応休憩のお茶ぐらいには付き合ってくれんかのう?」

「さすがに、立ち話だけで帰るとか寂しい事は言わんよな?」

 ヘンドリックとアンジェリカの微妙に切実さをにじませた要望に、苦笑しながら頷くアズマ工房一行。こういう所に住んでいる種族が外部の話相手に飢えている事ぐらいは今までの経験で熟知しているし、友好関係を結んで損は無い相手である以上断る理由もない。

 どうやら、人形ダンジョンに入るのはもう少し先の事になりそうだ。そう思いながらも特に気にも留めずにヴァンパイア達とのお茶会に臨む日本人チームであった。
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