挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

128/225

第13話

 隠しダンジョン初侵入の翌日。

「ふん!」

 三度目のスマッシュを受け、天井に派手に叩きつけられる巨大狼。現在、宏達は絶賛苦戦中であった。

 理由は簡単で、下手に攻撃系のエクストラスキルに頼れないために、百メートル単位の相手を仕留めるにはどうにも火力が足りないのだ。

 宏か達也が攻撃系のエクストラスキルを使えばすぐにけりがつくが、それをすると相手が跡形もなく消滅しかねない。そうなるともう一度やり直しになって面倒くさいので、上限を聖天八極砲ぐらいまでに押さえているのだが、これが色々思わしくない。例外は真琴の疾風斬だが、残念ながらこのサイズになるとマイナス補正が大きくかかるため、開幕直後にイグニッションソウルとオーバーアクセラレートを重ねて使っても頸動脈まで刃が届かなかった。

 この狼には魔力圧縮によるオキサイドサークルは酸素中毒も酸欠も効果がなく、結局殴り合いになってしまったのがケチのつき始めであろう。

 相手の攻撃は見た目から予測できるものだけで、攻撃パターンもそれほど複雑ではない。威力こそ春菜や達也にとっては危険水準だが、慣れたタンクなら自身が死なない限り一切後ろに攻撃を通しはしないと断言できる、比較的対応しやすいものだ。

 巨体の割にスピードは速いが、逆に巨体ゆえにスマッシュなどで攻撃を潰すのは容易く、集中力さえ欠けなければアタッカーが攻撃にさらされる事はまずないのだが、やはり大きいというのはそれだけで強い。

 サイズに見合った防御力と生命力を持つ狼相手になかなかダメージを蓄積させられず、宏達はすでに、一時間ぐらいどつき合いを続けていた。

「このサイズになると、あたしも大概無力だわ……」

 何度目かになる首への一撃を入れ、離脱しながらぼやく真琴。百メートルを超えるサイズとなると、宏が使うような重量武器以外、多かれ少なかれサイズ差によるマイナス補正がかかる。故に、近接アタッカーはこのサイズになると、どうしても無力になりがちだ。

 もっとも、根本的な話をするならば、百メートルオーバーの相手に斬りかかること自体がナンセンスの極みであり、武器や技のマイナス補正など些細な問題に過ぎない。スマッシュで弾き飛ばしているだけとはいえ、その巨体相手に白兵戦を成立させている宏がおかしいのである。

 その宏にしたところで、単にスマッシュで弾き飛ばす事ができるだけで、ダメージを与えられる訳ではない。タイタニックロアを使わない限り、おそらく永久に勝負がつかないだろう。超必殺技以外は大した攻撃力が無い弱点は、今に至っても一切克服できていない。

 今までの超巨大ボスはどいつもこいつも、たまたま釣り糸が首に絡まっただの、衝突し墜落しかかったので落ちないようにしたら首の骨が折れただの、魔力圧縮によるオキサイドサークルが何故か通じてしまっただのといった、まともに戦闘せずに勝負が決まる流れが多かったために実感するきっかけがなかったが、正面からぶつかり合えば、本来この程度には苦労させられるのだ。

「巨竜落としぐらいは、行ってみる?」

「何処を抜くか、だよね」

 澪の提案に、積層詠唱で三つほどの障害魔法を発動させた春菜が問題点を提示する。エクストラスキルで余波によるダメージも大きいとはいえ、巨竜落としは基本的に点の攻撃である。残念ながら、当てる場所が悪いと極端に効果が落ちる。

「……今思ったんだけど、今までこのサイズの相手って、大抵は首の骨をへし折ってとか、そういう感じで仕留めてたよね」

 更に障害魔法をかけて相手の能力を落としつつ、何かに気がついたように呟く春菜。そのつぶやきを聞きつけた真琴が、多少怪訝な顔をする。

「春菜、あんた一体何考えてるのよ?」

「相手の首に短めのロープ巻いて、反対側をがっちり固定してスマッシュで跳ね飛ばせば、自重で首の骨折れるんじゃないかな、って思ったんだけど……」

「……あんた、たまにえぐい事考えるわよねえ……」

 春菜の思いつきに、微妙に乾いた声でそんな感想を漏らす真琴。真琴の反応に、そんなにえぐいかな、という感じで首をかしげつつ、飛びかかろうとしていた狼をスネアでつんのめらせて妨害する春菜。

 いい感じで前のめりにつんのめった狼は、宏がカウンター気味に入れたスマッシュにより壁際まで弾き飛ばされ、脳震盪気味になって動きが止まっている。

「とりあえず、問題点整理」

 しばらくは宏に任せれば問題ないと判断し、軽く牽制の矢を入れた後問題点整理を提案する澪。と言っても、問題になりそうな点はそれほど多くはない。

「まず一点目。誰がどうやって首にロープかける?」

「今と似たような要領で動きを止めた後、宏君か澪ちゃんにオーバーアクセラレートかけて、じゃ無理かな?」

「多分いける」

 実現可能な範囲である春菜の案に頷き、次の問題点を提示する澪。むしろ、こっちの方が問題としては重要だ。

「二点目、あの重量にスマッシュの勢いまで加わって、固定側が外れない?」

「そいつに関しては、俺に考えがある」

「どんな?」

「大図書館で覚えた魔法に、グランドピラーってのとステイシスフィールドってのがあってな。グランドピラーはその名の通り大地属性のでかい柱を立てる魔法で、ステイシスフィールドは指定した対象を一定時間、一切変化しないようにする魔法だ。だから、グランドピラーで頑丈な柱作ってそこにロープを固定、ステイシスフィールドで外界からの干渉を防げば、たとえリヴァイアサンやジズを吊ったところで効果時間内ならへし折れたりしなくなる」

「なるほど」

 達也の提案も、どうやら無理なく実行可能だろう。そうなってくると、一番の問題は……。

「条件は整ったけど、スマッシュぐらいで首の骨、折れる?」

 という、一点に尽きる。ロープでくくるといってもそこまできっちり固定できる訳ではなく、常にロープがピンと張る訳でもない。衝撃で締まるように、と言っても、相手の体格やら皮の厚さやらを考えると、スマッシュで一回二回弾き飛ばしたぐらいでそこまで絞まるとも思えない。

「むしろそこは、落とし穴にはめたらええんちゃうか?」

 最後にして最大の問題に対し、あろうことか宏がそんなとんでもないアイデアを披露する。現在狼がまだ立ち直っておらずやや余裕があるようで、視線を相手に向けたまま引き続き会話に参加する宏。

 確かに自重を活かすなら落下ダメージが一番手っ取り早い。それは間違いない。だが、二百メートルを超える狼をはめる落とし穴など、簡単に作る手段があるのだろうか?

「師匠、落とし穴なんかどうやって?」

「そら簡単や。使える人間全員でピットフォールの魔法使えば、そんぐらい余裕で掘れるやん。なんやったら、特殊陣で拡大してもええし」

 言われてみれば、という方法に、目からうろこが落ちる思いの澪。どうやら、春菜のアイデアを実行するのに、障害となる要素は無いようだ。

「ほな兄貴、グランドピラーって奴頼むけど、それって壁から壁って形でできるか?」

「できなくはねえが、何でだ?」

「穴の真ん中あたりでぶら下げた方が、効果あるやん絶対」

「ああ、確かになあ……」

 宏の意見に頷き、天井付近にこっそり柱を通す達也。できた柱の上にのぼり、玉掛けの要領で霊糸ロープを柱にくくりつける澪。

 それに気がつかず柱の下を通り過ぎ、懲りもせずに宏に襲いかかろうとする狼。飛びかかるとカウンターを受けると学習したからか、前足を振りおろして押しつぶす方針に切り替えたらしい。

「甘いっちゅうねん!」

 振りろされた前足を、タイミングを合わせてスマッシュ系の技でなぎ払う宏。もう一つぐらいバリエーションがあった方が便利だろう、という理由で習得した、水平方向へ特化した技であるスマッシュホライズンだ。

 そのまま、バランスを崩した狼の位置を調整するため、威力を加減して通常のスマッシュで弾き飛ばす。上手い具合に柱の下まで飛ばされた狼に、澪が飛びかかる。

「オーバーアクセラレート!」

「ステイシスフィールド!」

 澪が飛びかかるのを見て、打ち合わせ通りに魔法を発動する春菜と達也。魔法を受けて加速し、あっという間に首にロープをかける澪。後の作業のためにさっさと離脱し、魔法を解除することで準備完了を知らせる。

「ほな行くで! ピットフォール!」

 宏の魔法を合図に、ほぼ同時に達也と春菜の魔法も発動する。恐らくそのままだと足りないと思っていた宏だが、どうやらそこに関して達也はちゃんと考えていたらしい。魔力圧縮により効果を増強し、更に同時展開で発動数を五つにし、更に宏と春菜のピットフォールと相互作用を発生させることで、ほぼ広場全域を深さ一キロほどの「落とし穴」に作り変えた。

 一瞬にして足場が消失し、穴に落下していく狼。数メートル落ちた所でロープの長さの限界が訪れ、そのまま首吊り状態になる。その際に鈍い音が響き渡り、狼の首と胴体があり得ない角度にねじれる。

「……どうやら、終わったみたいね」

「手ごわい相手やった」

 一分ほど観察し、再生する様子も動く様子もないと確信できたあたりで、肩の力を抜いてため息を漏らす真琴と宏。できるだけ死体を残して、なんて色気を見せると途端に難易度が跳ね上がる事を思い知らされ、どうにも先が思いやられる気分である。

 ここまで苦労してこれと言って役に立つ素材が取れなかった日には、真琴あたりが暴動を起こしそうで困る。

「で、これどうやって引き上げるの?」

 宙ぶらりんになってぷらぷら揺れている狼の死体を見て、春菜が根本的な問題に言及する。重機でも持ち上げられるかどうか怪しい重量のそれを引き上げるのは、いくら人間ではなくなっている宏がいても相当苦労するのは間違いない。

 だが、その問題に関しても、宏があっさりと答えを出す。

「確か、ピットフォールって効果時間過ぎたら地面戻ったはずやで」

「そうだっけ?」

「春菜さんは、あんまり使ったことあらへんの?」

「というか、エルザ様から貰うまで、習得自体してなかったの。スネアと同じで使える環境が限定されるし、上手く使わないと味方巻き込むしで、私みたいに半固定パーティって感じの人間だと、連携の問題もあってどうしても使い勝手悪い気がして、ね」

「なるほどなあ」

 魔法系は片っ端からという感じでスキルを習得している印象が強い春菜だが、どうやら意図的にスルーしていたものも結構あるらしい。

 いくらスキル習得に上限がなく習得するのに特にポイントなどが必要なくても、教えてもらうのに時間も報酬も必要なのだから、ある程度の取捨選択をするのは当然ではある。だが、工夫次第でいろんな使い道があるこの魔法をスルーしていたのは、春菜らしくなくて少々意外だ。

「まあ、兄貴のがちょっとばかり怪しいけど、それも魔法解除すれば分かるやろ」

 そう言って、自分のピットフォールを解除する宏。宏にならって春菜と達也も解除する。解除した瞬間地面が盛り上がり、穴の中にあった物がすべて地面の上に押し上げられる。

「あとは、柱消したらロープの回収は楽やな」

「だな」

 てきぱきと後始末を終え、サクサク狼の死体を解体し始める宏。時間短縮のため、重要そうな場所以外は非常に大雑把に解体を済ませ倉庫に送り込むと、少し違和感があった腎臓と肺を丁寧にばらす。

「やっぱり、変な結晶があったで」

「それで、何が作れる?」

「多分、肺にあった方が磨いてから浄化したベヒモスの血に漬け込んでシリウスハート、腎臓の方が磨いて普通のベヒモスの血に漬け込んでフェンリルブラッド、っちゅうとこやな」

 宏の回答に、真琴が棒でも飲んだような表情になる。

「それ、どっちも神器の材料なんだけど、そんな方法でないと手に入らないとかふざけてるわね」

「ゲームん時はどうか知らんで。そもそも、あの狼もゲームやとちゃう場所におるやろうしな」

 他の素材も仕舞いながら、真琴の感想にそう突っ込みを入れる宏。そもそも、素材を加工する発想の職人プレイヤーと、ドロップ品をそのまま使う戦闘系プレイヤーとでは、入手方法が根本的に違う。

 戦闘系プレイヤーの場合、完成素材として落とすのを狙うしか方法がないが、逆に死体を残す必要がないので倒すだけなら楽にはなる。今回のような加工前の素材など、手に入れた所で加工できないのだから当然だろう。

「しかし、素材としては微妙に外れやな」

「そうね。シリウスの方はレイピアに使えるけどフェンリルの方は槍だっけ?」

「基本的にはせやな。残念やけど、作ったところで使えそうなんがドーガのおっちゃんぐらいや。もう一個春菜さん向けのんが作れるんやけど、春菜さんが使いこなせるかどうかっちゅうと微妙な感じやし」

「もう一つ? それってどんなのよ?」

「マインゴーシュや。今春菜さんの左手空いとるから丁度ええっちゅうたら丁度ええんやけど、今まで使うてへん武器を今から使うんは微妙やん」

「あ~、確かにね」

 非常に贅沢な宏の言い分に、普通に納得してのける真琴。いかに性能が破格であろうと、使いこなせない武器に価値は無い。器用で物覚えがいい春菜なら、恐らく少し訓練すればすぐに使いこなすだろう。だが、それでも戦闘スタイルが大きく変わる以上、いろんなところに齟齬が出る可能性は高い。

 たとえ神器であっても、そのリスクを埋められるほどなのかは分からない。作って無駄にはならないだろうが、恐らく邪神との全面対決が迫っているであろう今からとなると、少々躊躇いが出る所ではある。

「まあ、こいつについては保留にしとくわ。もしかしたら、他の使い道も思いつくかもしれんし」

 とりあえず、現状では微妙な神器素材について棚上げすることに決める宏。そもそも同等の素材である金剛心玉にしたところで、重鎧の神器素材に使うのが一番向いているから神鎧オストソルの素材だというだけで、他に使えない訳でもない。

 ゲームだと使い道が固定されていたが、それは結局データに縛られざるを得ないゲームの限界によるものであり、現実でありデータに無いものでも平気で製作可能なこちらの世界でまで、そのあたりの設定に縛られる必要もない。

 むしろ、この手の素材でゲーム時代には作りようがないようなものを作ることこそが、職人としての真価を示す方法であろう。

「とりあえず、処理は全部終わったし、奥までいこか」

 作業終了を宣言する宏に従い、恐らく神域になっているであろう奥の通路へ足を進める一行。ダンジョンに入ってから今まで、ラーちゃんは羽毛の中でグースカ眠り続けるのであった。







『我が巫女よ』

 宏達がアイスダンジョンを踏破したその時、ウルスの旧スラム区にある田んぼ周辺で米に関する作業を進めていたアルチェムに対して、アランウェンからの神託が下った。

「アランウェン様?」

 千歯扱きでの作業中にアランウェンに声をかけられ、思わず手を止めて空を見上げるアルチェム。別に空の向こうにいる訳ではないのだが、色々分かりやすいためついついこういう挙動をしてしまうのだ。

「アルチェム?」

「どうしただ?」

 そんなアルチェムの様子に、オルテム村から派遣されてきていたチェットとゴヴェジョンが不思議そうな表情で声をかける。

 アルチェムがアランウェンの巫女である事は重々承知しているが、アランウェンの性格が性格だけに、それっぽい事をしているシーンに遭遇することが滅多にないため、どうしてもアルチェムが唐突に動きを止めたようにしか見えないらしい。

「えっと、アランウェン様から神託が……」

「そうか。んだば、作業はおらが代わるだ」

「あ、お願いします」

 アルチェムの言葉を聞いたゴヴェジョンの申し出に甘え、運んでいた最終の稲わらを預け、田んぼから外に出て神託に集中する。

 面積である程度カバーはしたが、正直今年の旧スラム区の米は、はっきり言って大した収穫量ではない。同じ面積で比較するなら、オルテム村の約一割といったところである。故にアルチェム一人抜けた所で、全体の作業が滞る事は無い。

 そもそも今年の米は、土壌や気候、水質などを確認し、ちゃんと育つかどうか調べるために栽培した面が大きい。この後次の田植えのシーズンまで時間をかけて、来年のために土を調整する、その指標として今収穫したコメが重要になるのだ。

 こうやって土づくりも含めた米作りのノウハウを、ファーレーン中から集めた農家に三、四年かけて蓄積させるのが今回の米作りの主目的なので、一年目の収穫量が少ない事は特に問題にならない。むしろ、一年目から豊作だった場合、そのあたりのノウハウを得るのが難しくなるので、実験農場の趣旨からいえばそちらの方が困る。

 ファーレーンの米作りに向いた地域全域に派遣するとなると、オルテム村のエルフでは少々数が足りないのだから。

「アランウェン様、ご用件は何でしょうか?」

『我が巫女よ、早急に大霊窟にある神域へ向かえ』

「大霊窟、ですか?」

『アズマ工房の転移陣を使えば、山登りなどせずともすぐに到着する。なので、身を清めたらすぐに向かえ』

「はあ……」

 何の前触れもなく、唐突に大霊窟へと追い立てるアランウェン。いつにないその性急さに、なんとなくきな臭いものを感じるアルチェム。

「とりあえず、すぐに工房に戻ります」

『うむ』

 結局一切詳細を告げず、さっさと会話を切り上げるアランウェン。その様子に、先ほど感じたきな臭いものについて、確信を深めていくアルチェム。

「すみません。アランウェン様の命令で、ちょっと出かけることになりました」

「んだか。こっちは気にしねえでええだで」

「んだんだ。一年目だからしゃあねえだが、今年は余りできさ良くねえでな。それに後は単純作業だで、一人抜けたぐらいどうとでもなるべ」

 申し訳なさそうに途中で抜ける事を告げるアルチェムを、気を悪くすることなく送り出すチェットとゴヴェジョン。実際、千歯扱きでの作業はほぼ終わっており、後は籾摺り後に唐箕で選別、そのまま袋につめて倉庫に運び込むだけ。難しい事は何もしない。

 それ以前の問題として、今日の作業自体が若干コツが必要なだけでほとんど単純作業なのだが、そこは突っ込まないお約束である。

「じゃあ、後はお願いします」

 最後にもう一度頭を下げ、大急ぎで工房に戻る。風呂場を借りて手早く泥汚れを落とし、風邪を引かぬようきっちり乾かしてから、念のために限界まで防寒着を着こんで転移陣へ。

「寒っ!」

 大霊窟前の転移陣へ移動した瞬間、極端な寒さがアルチェムを襲う。緯度も標高も高い大霊窟前では、転移陣を保護するためだけに建てた小屋の保温機能など、あってないようなものらしい。

 工房職員ではないアルチェムは、宏がエンチャントを施した衣服など持ち合わせていない。それゆえまともに動ける限界まで防寒着を着こんできたのだが、大霊峰の山頂付近は、その程度の防寒対策など無駄だと嘲笑うほど寒かった。所詮、普通の防寒着では大霊峰の前には無力だったようだ。

「は、は、早く用件を済ませないと、と、と、凍死するかも……」

 ガタガタ震えながら、大霊窟に飛びこむアルチェム。結局、余りの寒さに行き倒れそうになっていたアルチェムを見かねてか、象ほどある大きさの狐が彼女を回収し、自身の毛皮にくるんだ上で子狐(と言っても成人男性ぐらいのサイズは普通にあるのだが)でプレスし寒さから保護して神域まで運んでくれる。

 余談ながら、こういう状況で何故か服が自然に脱げていくのがアルチェムの特徴だが、今回はそうなったら死ぬからか、最後まで服はしっかり着用した状態のままであった。

「あ、ありがとう、ご、ございます……」

 凍死を免れ目的地まで無事に運んでもらったアルチェムが、震えながら礼を言う。毛皮で十分温めてもらったとはいえ、芯まで冷え切った身体はこの短期間では十分に温もりきらなかったようだ。

「あれ? このあたりは暖かい……?」

 震えながら神域に足を踏み入れ、いきなり大きく気温が変わったことに驚き不思議そうにつぶやく。外気温二十三度。丁度過ごしやすいぐらいの温度に汗がにじみ始め、慌てて外套を脱いで鞄に仕舞う。上に着た三枚ほどを脱ぎ、普通の冬服ぐらいの格好になってから、明らかにアランウェンの用件に関係あるであろう、宏達の話に出てきた世界樹だと思われる巨木に向かって歩いていく。

 服に関しては、あとセーターぐらいは脱いでおかないとまだまだ暑いのだが、これ以上脱ぐとあとで困りそうな気がして暑さを我慢している。

『よくぞ来られた、森の巫女よ』

 巨木の前、あと数十メートルという所まで歩いたところで、アルチェムは唐突に何かから声をかけられた。

「あ、守護者の方ですか?」

『うむ。話はアランウェン様から聞いている。あの方の気性を考えると恐らく何の説明も受けてはおられぬだろうが、世界樹に触れればすべて分かる。残り時間が少々短いので、早速触れていただければ助かる』

「分かりました」

 守護者らしき巨大狼に驚く様子も見せず、言われた通りに素直に世界樹に触れるアルチェム。触れた瞬間、アルチェムの中に圧倒的な量の情報が流れ込んできた。

「……あ~、なるほど。アランウェン様が急かす訳です」

『うむ。今を逃すと、次に周期が合うのがいつになるか分からぬからな』

「でも、世界樹の知恵を、私が継承してよかったんですか?」

『別に、それで世界樹から何かが失われる訳ではないからな。それに、新神様が邪神に挑もうかというこの時期に、双方の周期が一致したのだ。継承せん理由もなかろう』

 巨大狼の言葉に、それもそうかと頷くアルチェム。

 世界樹の知恵の継承は、アランウェンの巫女にのみ許されたある種の特権のようなものだ。それも、いつでも行える訳ではなく、世界樹の準備が整った上で、巫女が受け入れ可能な周期の時でかつ受け入れられるだけの資質と能力を持っている事、という条件が整って初めて可能となる。

 世界樹が継承可能な周期というのが五十年単位であり、巫女の方も個人個人でその周期が違う。場所が大霊峰の頂上だということもあり、周期があっていても継承を行わないことも多い。また、周期が来たとしても継承可能な期間はその回によってばらばらで、半年ほどと長い時もあればわずか数秒という時もある。

 周期と言いながら結構誤差も大きく、色々な組み合わせの妙によりたった数十秒のずれや遅れで継承不可能だったなどというひどいケースもある以上、継承可能であれば継承しておくべし、という狼の意見は実に正しい。

 しかも、現在は嵐の前の静けさ、という種類のきな臭さを感じさせる情勢だ。アルチェムがパワーアップするのは、決して無駄にはなるまい。

「後は工房に戻って、とりあえず世界樹の若木のお世話、なんですけど……」

 洞窟の方を見ながら、小さくため息をつくアルチェム。もう一度命がけで大霊窟を抜け無ければいけないのが、非常に気が重い。正直、突破できる気がしないのが困る。

『ふむ。ならば、我の分体をつけよう。そろそろお主にも専属の護衛が必要だろうが、オクトガルは便利ではあるが護衛には向かん』

「えっと、いいんですか?」

『まず間違いなく、必要になるだろうからな。さしあたって、大霊窟を抜けるための防寒具代わりにするといい』

 アルチェムの憂鬱を察し、十五メートルほどの大きさの分体を用意する狼。アルチェムが埋まれるように、今回は毛を長めに調整している。

『その大きさが最大だが、それ以下なら子犬サイズまで自由に変更できる。それ以外にも、毛皮の毛の長さなど細かいところもある程度自由に変えられるようにしておいた。巫女殿の意識とリンクするよう調整したから、必要な大きさに随時変更してくれ』

「お手数をおかけします」

『何、問題ない』

 そう言って、畑作業に戻る巨狼。それを見送り、脱いでいた防寒具を着こんでから、狼を三メートルぐらいのサイズにして背中にしがみつくアルチェム。ポジションが落ち着いたところで、十メートル程度まで大きくして、顔以外が完全に狼の毛皮に埋もれるようにする。

「さて、早く帰らないと」

 アルチェムの声に反応して一つ鳴くと、大霊窟を粛々と進んで行く狼。帰りはどうにか、寒さにやられずに小屋まで移動することができたアルチェムであった。







「完全に、神域だよね、ここ」

「せやな」

 ボスルームの奥に現れた通路は、間違いなく神域につながっていた。

「問題は、なんで隠しダンジョンの奥にあったか、よね」

「アイスダンジョンは、大霊窟とは明らかにタイプが違ってるしなあ……」

「神域と瘴気系ダンジョン、普通は両立しない」

 真琴が口にした腑に落ちない点に対し、達也と澪も気になっている所を告げる。内容的にはどれも言うまでもない事なのだが、誰でも絶対持つような疑問でも、口に出して認識のすり合わせを行い考察を重ねるのは、こういうケースでは割と重要だ。

「ありそうなんは、神域に入るための入り口を、このダンジョンが塞いでしもたとかやな。エルザ神殿の時も、定期的に思いっきり全力で浄化しとるはずの神殿行くためのトンネルが、瘴気で完全に異界化しとったやん」

「あの時は、エルザ様の先代の巫女にかけられてた呪いを利用して、バルドの上司が通路をダンジョンに変質させたんだよね?」

「エルザ様の話やと、そんな感じやったな」

「じゃあ、今回もそうなのかな?」

「分からん。そこはアイスダンジョンの成立過程を知っとる人に聞くしかあらへん」

 宏が立てた仮説その一を、春菜が色々と質問や確認をして補強する。そこそこの説得力があるその内容に、一つ頷く一同。

「もう一つありそうなのが、偶然発生したアイスダンジョンを、神域を守るために神様が利用している」

「なりふり構わない神域の守り方を考えると、そっちもありそうだな」

 澪が出してきた第二の仮説にも、同じように頷く達也。他のメンバーも、両方ともありそうだと納得する。

 大霊峰の神域にある世界樹のように、神域にはそれぞれ、外界とできるだけ接触を断とうとするに十分な理由がある。離島の神域に関しては何が抵触するのか不明だが、偶然辿り着いた遭難者を殺してまで守り抜こうとする秘密がある事は間違いない。

 そう言った要素を考えると、アイスダンジョンがあるから神域をこっちに作る、という真似をしないとは言い切れない。

「まあ、結局どっちにしても、成立過程を知っている存在に話を聞かないと詳しい事が分からないのは、変わらないかな?」

 仮説を立てた事で疑問点の抽出もできたと見て、結論を出す春菜。この程度推測を立てて疑問点を抽出しておけば、守護者をはじめとしたこの件に関わりがある存在と話をする際に、スムーズに事を運ぶことができるはずだ。

 もっとも、どうせ詳しい話を聞いているうちに、新たな疑問点が出てきて話が横にそれるのは間違いないのだが。

「で、その成立過程を知っている存在って、誰よ?」

「候補としては、この先にいるであろう守護者とこの神域を担当している神様、この国の王族、後はデータベースであるダルジャン様かな?」

「この国の王族は、情報源としてはさほど当てにならないんじゃねえか?」

 真琴の疑問に対する春菜の回答、そこに達也の突っ込みが炸裂する。

「えっと、それはまたどうして?」

「ダンジョンの成立年代が古すぎる。千年っつったら、情報が劣化したり変質したりするのに十分な時間だと思うんだが、どう思う?」

「あ~……」

 達也の言い分を、まったく否定できない春菜。歴史なんて、紙の記録が残っていても二百年もあれば正確な中身は伝わらなくなる。それが千年となると、どう変質していてもおかしくない時間だ。

 エルフのように長命な種族でも、千年と言うと当事者が生きているかどうかが怪しい。ましてや、クレスター王国の王族は普通にヒューマン種、しかもファーレーン王家のように寿命が長い一族というわけではない。過酷な土地ゆえにむしろ平均寿命が短い事を考えると、まず間違いなく伝言ゲームで正確な情報は残っていない。

 国家としての記録は、当てにできないと考えて間違いないだろう。

「まあ、この先に守護者もしくは神様が確実にいるはずだし、そっちから聞けばいいじゃない」

 そろそろダンジョンの出口という事で、真琴がそう提案する。現実問題として、ダンジョン内の間引きの合間に政務をおこなうという多忙な日々を送っている王族より、もう目の前まで来ている神域にいるであろう守護者に会う方が明らかに早い。

 真琴の提案に対して反対する理由も特になく、出口から差し込む光が見えてきたこともあり、一旦会話を終えて先を急ぐ一行。

 ダンジョンの外は、予想とはやや違う景色が広がっていた。

「……民家やな」

「……というか、集落だよね」

「でも、間違いなく神域」

 ダンジョンを出てすぐの場所から一望できる神域の様子に、戸惑った様子を見せる学生組。今までになかったパターン故に、反応を決めかねているようだ。

 では、年長組はどうかと言うと、こちらはどうにも微妙に嫌な予感がするらしく、特に達也が妙に身構えている。

 見えているのは、雪に覆われた藁ぶき屋根の民家が十数戸ほど立ち並ぶ、小さな集落。日本の昔話にでも出てきそうな、妙に和風っぽいその家々がよろしくないらしく、達也の警戒心は最大を突破している。

「……どないする?」

「まわれ右、する訳にもいかねえか……」

「兄貴がそうしたいんやったら、別にかまへんで」

 達也の警戒心が移ったか、宏も微妙に先に進むことにためらいを見せ始める。そういう空気は伝染するもので、女性陣もこのまま引き返そうかという考えに至ろうとしていた。

 もっとも、こういう時まごつくと、大抵手遅れになるのが世の中というもの。今回も、既に手遅れが近くまで来ていた。

「お客さん、いらっしゃい!!」

 どんな手段を使ってか、宏と澪のレーダーをかいくぐって、ライムと同じか若干年上ぐらいの女の子がダンジョンの入り口の上あたりから宏に飛び付く。後ろを警戒していなかったこともあり、完全に虚を突かれて接触を許してしまう宏。

「ひぃ!!」

 明らかに子供とはいえ、女体に唐突に飛び付かれて、宏が本気の悲鳴を上げる。レーフィアの巫女のように無駄に巨乳だったりする訳でもなく、普通に年相応の幼児体型の女の子なのだが、宏が悲鳴を上げて拒否反応を示すぐらいには女の子らしい。

「えっ? えっ?」

「むう、居るのに気がつかなかった……」

 突然の事に驚きあたふたする春菜をしり目に、険しい顔を隠さずに宏から女の子を引きはがす澪。氷のように冷たい身体の女の子は、抵抗らしい抵抗を見せずに澪に引きはがされる。

「……なんかこう、見た目の年齢と印象が全然噛み合わない子ね……」

「……なあ、真琴。子供でこれ、ってのが物凄く嫌な予感がするんだが、どう思う?」

「あたしも同感……」

 澪によって引きはがされた子供をさっと観察し、お互いの認識の一致を確認し合う達也と真琴。どう見ても着物、それもやはり日本の昔話の子供が着ているような、外気温を考えると非常に寒そうなそれを身にまとった女の子は、やたら滅多ら妖艶で男を惑わす雰囲気を発散していた。宏が悲鳴を上げてガタガタ震えるのも、当然であろう。

「うわ~、こんなに警戒されたの、初めて」

 一行の警戒心を感じて、面白そうにニパッという擬音がつきそうな笑顔を浮かべる子供。一見無邪気な様子なのに、やはりやたらと男の性欲やらなにやらを刺激する。

「なあ、ここ、本当に神域か?」

「瘴気は全然ないから、神域なのは間違いないと思うんだけど……」

 目の前の幼女に戸惑いながらも、達也の問いに答える春菜。そんなアズマ工房一行の様子がおかしかったのか、けらけらと笑いながら幼女が答えを口にする。

「心配しなくても、ここはちゃんとダイン様の神域だよ。あたし達はそのダイン様に保護されてる種族で、スノーレディって言うの。保護されてる理由は、多分もう分かってるんじゃないかな?」

「……スノーレディって事は、雪女ね……」

「日本の伝承と同じような感じだとすれば、そりゃあ隔離されて保護もされるか……」

 幼女の言葉に、いろんな意味で納得する日本人一同。雪女と一口に言っても色々と伝承はあるが、男の精気をすすって命をつなぐ、だとか、女しかいない種族ゆえに子をなすために男をさらう、だとか、そういう内容が多いのは事実だ。

 それに近い種族特性をしているならば、色々とトラブルのもとになる。隔離されるのも仕方がないと頷けるだろう。

「微妙に誤解されてるっぽいけど、あたし達が男から精気を吸う必要があるのは、普通の人間種族が暮らしているような暖かい環境に居るときだけだよ。そうしないと熱にやられて溶けちゃうんだよね」

「で、その結果、吸い過ぎて死人が出る、と」

「そうそう。厄介なことに、何でか人間種族の男からしか吸えないもんだから、あっちこっちの国で睨まれちまってさあ。背に腹は代えられないってご先祖様がたぶらかし過ぎたせいで、半分魔物みたいな扱いだし」

 あっけらかんと笑いごとで済ませられないような事を言い出す幼女に、思わず額を抑える達也。宏はまだ、微妙に立ち直りきっていない。

「で、そんなこんなで子供作るとき以外は、基本神域から出ないことにして自衛してるって訳なのさ」

「吸い過ぎないようにする、って訳にはいかないの?」

「命の危機に、そんな加減なんて利く訳ないじゃん。しかも、吸わせてもらえるような間柄って事は、要するにそういう関係なんだから、死なないように加減できるほどの数囲うって簡単な話じゃないし。第一、男の側も自制効かなくなるし」

 種族的に仕方がないとはいえ、幼女の口から聞きたくない言葉がガンガン飛んでくることに、思わず顔を引きつらせる真琴。

「あたしたちだってね、恋もすれば独占欲もあるんだ。誰でもいいって訳にはいかないんだよ」

「その結果、こんな所に隔離されてりゃ世話ないわよね」

「そこがもう、あたし達の業の深いところって訳」

 そんな事を言いながら、一行を案内するように集落の方へを足を進める幼女。その幼女の態度に、どうにも今更引き返すとはいえない空気を感じて、しぶしぶ後に従う宏達。

「因みに、あたしは年齢は見た目通りだけど、実はもう子供だけは作れるんだよね。種族特性上、どうしても相手が一期一会になりがちだから、五歳ぐらいで子供作れるようになって、それから背とか胸とかおっきくなるのさね」

 聞かれてもいないのに、子供に口にされると反応に困る情報を嬉々として語る幼女。

「そういう訳だからさ。お兄さん達のうちどっちか、あたしに子種くれてもいいんだよ?」

 そのまま、やけに堂に入った流し眼をくれる。まともな男なら一発で誘惑され、変態だの犯罪者だのというレッテルをものともせずにそのまま襲いかかりそうな、やけに色気とエロスたっぷりの妖艶なそれを受け、宏がビビって春菜と澪の後ろに隠れ、達也の顔がいらだたしげに歪む。

「それとも、内心は無茶苦茶やりたいくせに、子供相手にそういうことするのは、なんて真面目ぶってんの? だとしたら意気地なしだねえ」

「あのさ。うちの男性陣はそういう話大っ嫌いだから、それぐらいにしておいた方がいいわよ」

「え~?」

「てかね、あんまりしつこくやると、多分達也が本気で怒るだろうし、それ以上に普段は温厚で物凄く優しいはずの春菜お姉さんが鬼になるから、そこでやめておくことをお勧めするわ」

「尾てい骨が砕けそうな尻叩きを受けたくなかったら、そろそろ黙るべき」

 調子に乗って、相手の様子もまともに観察せずに誘惑を続けるお子様に、真琴と澪が心の底からの忠告を向ける。なまじ見た目が子供故に、達也からすれば非常にイラッと来るらしい。相手が子供で、真琴が一応注意しているから今は春菜も大人しいが、あまりしつこく宏に迫り、宏が嘔吐でもした日にはどう変貌するか分からない。

 宏が関わると、春菜はやたらと過激になる事がある。澪の言葉ではないが、オーバーアクセラレート状態で相手にハイパーリジェネートをかけたまま、延々と尻を叩き続けるとかその手の体罰で反省を迫る可能性は否定できないのだ。

「子供のすることだから、ここまでは見逃してやる。が、これ以上は無いからな」

「……あっ、その、ごめん……」

「ガキがそういう話をするな。するんだったら、ちゃんと大人になってからにしろ」

 真琴と澪の窘めるような言葉に反発し、更に言葉を重ねて誘惑しようとしたところで、心底イライラしていたらしい達也の珍しく非常に迫力のある言葉に完全にビビって頭を下げる幼女。それを見て、今までちょっと困った様子だった春菜が、ほっとしたように小さくため息をつく。

 正直な話、ファムやライムと変わらないような子供がそういう話をするのは余りいい気がしなかったのだが、種族の性質などを考えると注意していいのか分からずに困っていたのだ。かといって、そのままだと宏がどんどん精神ダメージを蓄積させてしまうので、放置するのも難しい。

 年長者である達也がそのあたりをズバッと言ってくれたため、いけないことだと思いつつも本音の部分では助かったという意識が強い。

「しかし、この歳の子供でこれって、宏とはとことん相性が悪そうな種族ねえ……」

「大人はもう少し、節度がある事を願うしかねえな」

 達也に本気で怒られてようやく大人しくなった幼女を見て、深々とため息をつく真琴と達也。ダールのミシェイラ女王も似たような性格ではあるが、付き合いが浅かった頃には見極めをミスってはいたが、基本それほど本気ではないのとちゃんと引き際がある事を心得ているのとで、この幼女よりははるかに付き合いやすい。

 そもそも、ダール女王はここ最近、宏や達也にそういう性的なネタを持ちかける事は無くなっている。真琴や澪とはたまにエロトークで盛り上がっているようだが、春菜相手には九割の人間が洒落ですませてくれる範囲でしかそういうネタを振らない。恐らく、非公式の場でああいうネタを振るのは、人品を見極めるための彼女なりの手段なのだろう。

 それと比較すると、百パーセント本気で言っている上に、相手の都合や性格など一切気にかける気はなさそうな目の前の幼女は、達也からすれば性質が悪いなどという言葉では収まらない。子供だから仕方がない部分はあるが、宏が本気で怯えているのに達也が怒るまでやめる気が無く、年長者からたしなめられても一切聞く耳を持たない部分は看過できるものではない。

 種族特性上、性に関して緩く積極的なのはある程度仕方がないにしても、せめて大人は相手の反応をちゃんと見て自重してくれる事を心の底から祈ってしまう年長組。

 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、集落の奥にある少し立派な建物から出てきた二人の女性が、宏達の前に進み出てきた。

「ようこそおいでくださいました」

「どうやら、里の子供が粗相を働いたようで、申し訳ありません」

 顔も背丈も瓜二つな女性が、全く区別がつかないほどそっくりな声でかわるがわる挨拶をする。

 もっとも、顔も背丈もまったく同じだが、二人を区別することは難しくない。一方はかなりメリハリの利いたグラビアアイドル体型で、もう一方はちゃんと凹凸は存在するが基本的にはすらっとしたスレンダーな、いわゆるモデル体型をしているからだ。

 恐らく元よりそういうデザインなのであろう、かなり着崩した感じの着物を身につけているが、不思議と二人ともだらしないという印象は無い。やたら妖艶な雰囲気を身にまとっているのは、もはやそういう種族だからとしか言いようがなさそうだが。

「わたくし達がこの里の代表者であり、ダイン様の巫女をさせていただいております。フローラと申します」

「アクアと申します。フローラとは双子で、わたくしが妹になります」

「恐らく疑問に思われるでしょうから先に説明しておきますと、わたくし達は少々特殊な資質の受け継ぎ方をしておりまして、二人揃って初めて巫女としての役割を果たせます」

「ですので、わたくし達は、二人で一人となります」

 一息に自己紹介を終える二人の女性。フローラと名乗った方がスレンダーなモデル体型で、アクアと名乗った方がグラビアアイドル体型である。

 一歩間違えればだらしないとかふしだらだとか言われそうな服装なのにそういう印象が無いのは、どうやら仮にも巫女だからなのかもしれない。もっとも、種族的なものか、清楚という単語からは大きくかけ離れているが。

 余談ながら、色気に関して言えば間違いなくレーフィアの方が上だ。なのに、宏が比較的レーフィアに対して平気だったのは、その前の土下座から始まる一連のあれこれで限界一杯引いていたため、余り色気がどうとかそういう問題が気にならなくなっていたからだ。

 もっと言うなら、やっている事が余りにポンコツすぎる上に会うに至った理由や状況が不憫すぎて、ライムとは別の意味で女性カテゴリーからスピンアウトしてしまったというのが実情だろう。色気はあっても色仕掛けは出来そうもないところも、宏の警戒心が薄い理由かもしれない。

 女性としての行動を直接的にやってくる分、宏にとってはスノーレディの方がよっぽど性質が悪いのだが、色気たっぷりなのに女性にカウントされなくなったという珍しい存在のレーフィアは、喜ぶべきなのか落ち込むべきなのか微妙である。

「それで、一つ確認させていただきたいのですが……」

「……なんでしょう?」

 フローラが恐る恐るという感じで質問する許可を取ってきた事に、思わず身構えながら質問内容を確認する達也。顔はものすごく神妙な表情を作っているが、目が明らかにくだらない悪戯を考えている事を訴えている。この二人、明らかに中身は見た目とも雰囲気とも違う。間違いない。

 そんな風に身構える達也に対し、質問を許されたと判断したアクアが姉の言葉を引き継いで、まったく同じ表情で質問の言葉を口にする。

「新神様がわたくし達に子種を授けてくださると伺ったのですが、事実でしょうか?」

「分かってて言ってるだろう、あんた達!」

 予想通り碌でもない事を口にしたアクアに、やはりこの二人もスノーレディかと思いつつ激しく突っ込みを入れる達也。

「てか、それ誰から聞いたのよ?」

「ダイン様から、新神様の故郷では、こういう場合にはこういう事を言うのがお約束だと伺いまして」

「そっちかよ!!」

 真琴からの突っ込みに対して悪戯大成功とばかりにしれっと答えるフローラに、更に突っ込みを重ねてしまう達也。悲しき突っ込み体質としか言えない。

「もし、事実だと答えてたら?」

「もちろん、本当に子種をいただくに決まっています」

「わたくし達が限界まで精気を絞り取っても大丈夫な殿方など、長い歴史の中でも数えるほどしかいませんでしたし」

「それ以前に、神に仕える身としては、神から子種をいただけるなどこれ以上の誉れはございません」

「もし本当にいただけるのであれば、意地でも一発で孕んでみせましょう」

「この人たち最悪……」

 返って来るであろう答えを大体悟りながらの澪の質問に、予想通りの答えを返すアクアとフローラ。宏は聞いてすぐにビビって春菜の後ろに隠れているから問題ないが、もしこれでノリ突っ込みでもしようものなら、それで言質を取られたことになりそうなのが性質が悪い。

 もっとも、最悪などと言いながらそれはそれで突破口になるかもなどと考えている澪は、正直スノーレディを非難できる立場ではないのだが。

「もうやだ、この人たち……」

 冗談の内容すら子作りに持って行きたがるスノーレディ達に対し、疲れたようにそうコメントする春菜であった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ