挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

123/216

第8話

『うわあ……』

『綺麗ねえ……』

 結婚式当日。神官見習いの鳴らす鈴の音に先導され大聖堂に入ってきた新郎新婦、それも特に花嫁の姿に、春菜達は感嘆の言葉を禁じ得なかった。会場の雰囲気を壊さぬようパーティチャットに切り替えていたが、そうでなければ妙に静粛な会場に、自分達の声が響き渡る結果になっていた可能性があった。

 そんな会場を、参列者たちを一瞬で魅了した新郎新婦がゆっくりと歩いていく。地球の教会式結婚式と違い、儀式そのものは最初から最後まで司祭及びその補助と新郎新婦のみで行われるため、儀式の補助を行う神官見習いが先導するだけで、エスコート役の人間は居ない。他にも、いわゆる賛美歌に当たるものがないため、式の開始を神官が宣言した後は、新郎新婦の入場まで無音である。

 他にも細々とした違いはあるが、新郎新婦の衣装は地球の教会式結婚式とさほど変わらない。新郎の服がタキシードよりモーニングに近いデザインである事ぐらいである。優美な形状ながら過度な装飾を施さぬその衣装は、背筋を伸ばし堂々と歩くアヴィンの男前ぶりに良く映えて、花嫁の華やかさに負けることなく花婿も主役である事を周囲に示していた。

 余談ながら、結局まだ名前が決まっていない芋虫は、外で控えているドーガが預かってくれている。身分的には参列する資格があるドーガだが、今回は何か思う所があってか、控えに回っているのだ。芋虫の名前が決まっていないのは、朝食の時点でその日の予定の話をする際に結婚式がらみでちょっとした事を色々頼まれ、船の名前や船舶登録とセットですっかり忘れてしまったからだ。

『さすがアヴィン殿下や。結婚式って、大概新郎はおまけみたいな感じになるのに、殿下は花嫁さんに全然食われてへん』

『だなあ。やっぱり、王族ってのは大したもんだ』

 見事というしか他ない、実にお似合いの新郎新婦の姿に、宏も達也も称賛の言葉しか出てこない。

 そんな風に会場中がアヴィンとプレセアを音に出さぬよう内心で、もしくはパーティチャットなどの手段で褒め称えている間にも、結婚式は粛々と進んで行く。

 最初の儀式として、祝福のステップを踏みながら司祭と神官、及び神官見習いが朗々と祝詞を謳い上げる。古い儀式用の言葉でつづられた祝詞が終わると、結婚式につきものの誓いの宣誓が始まった。

「新郎、アヴィン。新婦、プレセア。汝らは病める時も健やかなるときも、互いに愛し支え合い、死が二人を分かつまで共に歩みつづけることを誓うか?」

「誓います」

 司祭の言葉に、アヴィンとプレセアの返事が唱和する。その返事を受け、司祭が祭壇に一礼して杯を取り上げ、高く掲げる。掲げられた杯に満たされた聖水が、音も無く浮かび上がり新郎新婦の頭上で薄い膜となる。そして……

「今より、新たに夫婦となる二人への祝福はなされる!」

 司祭の宣言と同時に、薄い膜となった聖水が霧に変わり、新郎新婦を包みこむ。

「神は、二人を夫婦と認めたもうた! 新郎アヴィン、新婦プレセアよ! 夫婦となった事を抱擁にて世界に示せ!」

 霧となった聖水が満遍なく二人を覆い、軽く湿らせた所で司祭が仕上げの宣言を行う。司祭の宣言に従い、熱烈な抱擁を交わすアヴィンとプレセア。その瞬間、聖堂内が拍手と祝福の声で満たされる。

「これにて、新たな夫婦が神と世界に認められた! 皆様も、この新たな夫婦に惜しみない力添えを!」

 拍手に負けぬ声で司祭が最後の宣言をし、結婚式は終わりを告げた。







「予想はしてたが、結局パレード見学するのは俺と真琴だけ、ってか」

「晩餐会に一品出すって話だから、しょうがないんじゃない?」

「まあ、アヴィン殿下と約束してたみたいだしなあ……」

 リュージェントのメインストリートに面した、とある高級宿。王宮側の計らいで用意してもらった、パレードが一番よく見える部屋。その部屋で達也と真琴が、飲み物を片手にパレードの開始を待っていた。真琴の膝には、宏から預かった芋虫がスタンバイしている。

 宏と春菜、澪の三人は、アヴィンとプレセアのたっての願いにより、晩餐会向けの一品を調理している。普通なら厨房に入ること自体許されないのだが、三人とも既に上流階級や料理人の世界ではその名が知れ渡っている料理人であり、アヴィンとプレセアだけでなくエアリスの身分保障もあるのだから、特例中の特例という形で参加が許されたのだ。

 現王家の唯一の直系であるプレセア王女の成婚パレードだからか、メインストリートはこれでもかというぐらい多数の人が押し掛けている。そんな見物客が道を塞がぬように多数の兵士が警備を行い、大道芸人達がルートの確保も兼ねてパフォーマンスを行いながら歩いている。

 他の来賓達も、同じような立地の同じような高級宿で、同じようにパレードの開始を待っている。何処の国もそうだが、王族、それも王位継承者の結婚式となると、当日は城の中が非常に慌ただしい事になる。そのため、結婚式当日はパレードが始まるまで用意された部屋で大人しく待機し、パレードが後半にさしかかったぐらいに茶話会の会場に移り交流を深めるのが、招待された側のある種の礼儀となる。

 なお、こういう時に用意される飲み物は、基本的にノンアルコールのものだ。移動がそれなりに頻発するため、酔っぱらってしまうと主催者も招待客も困る、というのが理由である。故に、この件についても基本的に、誰も文句を言わない。というよりむしろ、選択肢があっても酒は飲まないのがマナー、というより暗黙のルールになっている。

 余談ながら、オクトガルは空気を読んで大人しくしている、なんて事は当然なく、こちらに来ていない、という訳でもなく、パレードにあわせて上空から花びらをばらまく、という悪戯のために待機している。今まで存在を誇示していないのは、話が通じなさそうな偉いさんが結構いるため、結婚式がらみのあれこれが落ち着いてからじわじわと浸透していく作戦のようだ。

 他にも裏でイカと海中で一進一退の攻防を繰り広げている個体もいるが、海の中ではイカの方が一枚上手らしく、捕縛にまでは至っていない。一見無限に増えられるように見えるオクトガルにも限界はあり、海の広さに対して数がまったく足りないため、現状ではリュージェントへの接近を許さないのが限界らしい。

 上空で花びらを撒くために待機している個体が捜索に加われば、という突っ込みは、オクトガルに言っても無駄であろう。どうせその程度の数が増えても焼け石に水なのも事実なので、アランウェンも好きにさせているようだ。

「この景色見る限り、春菜が居たら屋台とか言い出しそうな感じよね」

「そうだなあ。小豆発見したから鯛焼きも完璧なのができるし、確かにやりそうだよな」

「最近炊き出しはやってても屋台はやってないから、そのあたりの欲求不満もため込んでそうなのよねえ」

「そう考えると、学生組が厨房に回ってて良かったよな」

 などと言いながら、手にした飲み物に口をつける。すりおろしたショウガと絞ったレモンを蜂蜜に混ぜて炭酸水で割った、ジンジャーエールの変種のような飲み物だ。蜂蜜の質がいいからかショウガやレモンの品種の問題か、あまり極端にレモンの酸味やショウガの辛さが目立つ訳でもなく、かといって蜂蜜の甘さが強すぎる訳でもないバランスの良い味と、後に残らないさっぱりとした辛さがなかなかの一品である。

 独特のさわやかな香りがするところから察するに、ヨーズの原料となっている香草も使われているようだ。作り方を確認すれば、他にも知らない材料が使われている可能性は高い。

「春菜がこれ飲んだら、やっぱり自家製に挑戦しようとするのかね?」

「ドルーツェンの事を考えたら、まず間違いなく挑戦するでしょうね」

 気に入ったらしくおかわりを注文した達也の言葉に、膝の上の芋虫にお茶受けのナッツを与えながら同意する真琴。スルーするときは徹底的にスルーする癖に、琴線に触れたものには徹底的にこだわる所は、宏と春菜の共通点である。日ごろの言動などから察するに、春菜の方も宏に毒された訳ではなく、元々そういう気質があった可能性が高い。

「おっ、大道芸人の動きが変わった。そろそろか?」

「そうかも」

 達也の言葉に、真琴も芋虫をかまうのをやめて通りに視線を向ける。そのタイミングで、部屋の扉がノックされる。

「どうぞ」

「おじゃまします」

 部屋に入ってきたのは、ドーガを伴ったエアリスであった。

「お疲れ様。そろそろ始まるみたいよ」

「はい。間にあってよかったです」

 真琴の言葉に頷き、隣に並んで通りを眺めるエアリス。元々同じ部屋でパレードを見る予定だったのだが、立場上どうしてもこなさねばならない細々とした用事に手間取り、今までこの宿に入る事ができなかったのだ。

「鼓笛隊が出てきたな」

「出てきたわね」

 禁書庫で身につけた鷹の目スキル。それにより、かなり距離があるはずの城門から出てきた鼓笛隊の姿をとらえる達也と真琴。流石に澪のように、鼓笛隊一人一人の表情を見分けるだけの視力はないが、そもそも見えているだけでもかなりのものなのは間違いない。

 メインストリートといえど、途中に上流階級の住む区画がある以上、普通の人間の視力で城門を捕らえられるような距離に宿など存在できない。今居る宿は最高級の宿の一つだが、それでも一応上流階級区にある、という位置関係だ。メインストリートに面した区画は軍閥系の貴族が陣取っており、彼らが上流区の治安維持も行っている関係上、城に近い位置に宿の配置などできないのだ。

 補足しておくと、城門から約五百メートルほどの区画は今回進入禁止になっていて、そのあたりには人はいない。また、この国の貴族達は、通りに面している軍閥系の貴族に招待されて、屋敷のテラスなどから優雅にパレードを待っている。屋敷の外側には通りに住む貴族の使用人がずらっと並び、パレードが始まれば各家の当主および招待された貴族家の当主が出て来て一礼する予定になっている。平民が見物に来ているのは丁度この宿があるあたりからで、主な見物人は見栄を張るほどではない立場の富裕層だ。

 普段は仲が悪い事が多い軍閥系と財務系も、こういうときはちゃんと協力する。国家の威信にかかわる事なので、こういう事で恩に着せたりといった事はしない。そんな事でもめた日には、それこそお家取りつぶしの危機につながるのだから、当然であろう。

「さて、そろそろ記録記録っと」

 先導役の鼓笛隊が出てきたのだから、間違いなくパレードが始まる。そう踏んで記録用の魔力結晶をいくつか、空に向けて投げる真琴。撮影機とフィルム、投影機の機能を兼ねた高機能品で、姿を消しながら空を飛んで撮影する優れモノだ。無機物なので気配も無く、魔力探知をしなければその所在が分からない、隠し撮りのために存在するとしか思えない撮影機材である。

 もちろん、作った宏は盗撮には使えないよう、無駄に手の込んだやり方で犯罪防止の設定をしているが、作ったのが宏でなければ、主に着替えとかそっち方面で色々問題が発生したであろう事は間違いない品物である。

「それにしても、王族とか貴族ってのは色々大変だな」

「そうね。結婚するのにも色々大げさな話になるし、継承者になるとこんなパレードとか必要になるし」

 徐々に近づいてくる鼓笛隊の演奏を耳にしながら、めでたい理由でとはいえしばらく晒し者にされながら笑顔で手を振らされるアヴィンとプレセアに、微妙に同情めいた気持を持つ達也と真琴。正真正銘の一般庶民である二人にとって、敬意を持って祝ってもらえるといっても、多数の視線にさらされながら市中を連れまわされる立場は正直遠慮したい。

 だが、恐らくアヴィンもプレセアも幼いころから人前に出ること自体はなれているだろうから、こういう形で人目にさらされても大して負担は無いのだろう、という気はする。

 そこまで考えて、ふとエアリスの事で気になる問題が出てくる真琴。丁度いい機会なので、確認しようと口を開く。

「ねえ、エル、ドルおじさん」

「何でしょうか?」

「何じゃ?」

「エルが誰かと結婚する場合、こういうパレードとかはあるの?」

 真琴の質問を聞き、しばらく考え込むエアリスとドーガ。視力系のスキルが無くても目を凝らせば鼓笛隊の先頭が見えてくる、という頃合いまで黙考した後、先にドーガが口を開く。

「そうじゃのう。今のエアリス様の立場じゃと、国外に嫁ぐ可能性は限りなく低い。となると、まず間違いなくウルスで結婚式を挙げることになるじゃろう。となれば、今の慕われ方を考えれば、パレードの一つは必要になってくるかもしれんのう。もっとも、仮に国外に嫁ぐ結果になったとしても、恐らく嫁ぎ先で似たような行事が行われようが」

 ドーガの出した結論に、うわあ、という表情を浮かべる日本人組。それに補足するように、更にエアリスが口を開く。

「恐らくですが、エレーナお姉様も挙式の後パレード、という事になるかと思われます。エレーナお姉様の病状は今では広く知られてしまっていますし、それが解消した事を大々的に証明できる切っ掛けとしては、フェルノーク卿との結婚はうってつけです。それに、ここ数代なかった新たな公爵家の誕生というもう一つの慶事もありますので、ここしばらく揺らいでいたファーレーンという国の威光を再び示すという意味でも、お姉様の結婚パレードは実行されるでしょう」

「エアリス様の婚姻に関しても、やはりそういう面が出てくる。もっとも、さすがにまだ成人すらしておらんから、早くとも三年以上、恐らく最低でも五年は先になるじゃろうがな」

 エアリスとドーガの回答に、宏の前途多難さを思い知る達也と真琴。恐らく想定されているエアリスの相手、その筆頭は間違いなく宏なのだから。

「てかさ、仮に宏とエルが結婚することになったとして、パレードとかして大丈夫なの?」

「まだ二年はたっておらんが、もはやアズマ工房はウルスにほぼ根を張ったと断言できるからのう。先のジズの解体騒ぎで、お主らが短期間でかなりウルスに浸透してしまっておる事は証明されたようなものじゃし、同時にあれだけのモンスターを仕留めて解体できる集団だと言うことも証明した訳じゃ。それだけの集団と王家が縁を結んだ、と宣言できるのじゃから、せん理由がなかろう」

「あ~、なるほど……」

 ドーガの説明に、心の底から納得する真琴。よく考えなくても、迂闊に野放しにできない人間、もしくは集団を取り込むのに、身内と結婚させるのは一番手っ取り早い手段だ。幸か不幸かアズマ工房の場合、基本的に身内で結束しているうえ一番取り込むべき人物である宏が重度の女性恐怖症なので、その種のハニートラップとは縁がなかった。

 だが、エアリスは、そこに楔を打ち込めそうな数少ない外部の人間である。人気や人望、権威がありすぎて迂闊によその国に嫁がせる事ができないのもこの場合プラスに働き、その上身内である達也や真琴ですら、上手く行くならそれもあり、程度には応援しているのだ。歳周りも含めて実に丁度いい組み合わせだと、ファーレーンという国が本気になっても不思議ではない。

 つまり、宏がこういうパレードをさせられる可能性は、ゼロではないのである。

「……エルはともかく、宏がああいう格好して馬車の上に立ってるのって、物凄く様にならないわねえ……」

「本人には悪いが、ありかなしかで言うとなしだよなあ……」

 ようやく見えてきたアヴィンとプレセアの姿を見ながら、非常に失礼な感想を言い合う達也と真琴。そんな二人の意見を、困ったような表情で黙って聞いているエアリス。もっとも、それも鼓笛隊が宿の前にさしかかるまでの事。

「アヴィンお兄様もプレセアお義姉様も、とても素敵です……」

「パレードはともかく、ウェディングドレスは女の子の永遠の憧れよねえ……」

「こりゃ、あやかりたいカップルがたくさんいるな、間違いなく」

 威厳を伴ったロイヤルカップルの美麗な姿と遠目にも分かる仲睦まじい様子に、宏とエアリスが結婚する場合パレードするかしないかとか、そんな話はすっかり忘れ去られる。

 宿の前を通過した際、目があって笑顔で手を振ってくれるアヴィンとプレセアに、こちらも笑顔で手を振り返す達也達。そんな足元を、すっかり忘れ去られて食べるものが無くなった芋虫が這いまわり、さりげなく落ちているこの部屋の人間の抜け毛をひそかに食むのであった。







 パレードの裏側では、厨房が戦場となっていた。

「駄目だ駄目だ! こんなもん両殿下の晩餐会に出せるか! 皮むきだからって雑な仕事しやがって! やり直せ!」

「おら、下っ端ども! 今日は特別な日だ! いつもみたいにだらけた仕事してたらクビだからな!!」

 アヴィンとプレセアの結婚式。その特別な晩餐会に向けて、熱意が溢れすぎてもはや殺気となった気配を振りまきながら、主任ぐらいの立場にいるベテランたちが下っ端一同を叱り飛ばす。

 彼らが殺気立つのも無理はない。今から用意すべき料理は、晩餐会のものだけではない。茶話会に出す軽食、晩餐会の裏で来賓の部下に提供する食事も、彼らが作る。

 普段なら、茶話会の軽食はともかく部下に出す料理は使用人の食堂で提供するのだが、今回だけは待遇が違う。そもそも来賓の部下といっても、中にはドーガのように本来なら晩餐会に参加してもおかしくない身分・立場の人間も少なからずいる。なので、貧相な食事を出せばファルダニアという国が恥をかくのだ。

 結果として、日頃は余程の規模のパーティでも作らない量と種類の料理を作る必要が出ており、どうあがいても戦場とならざるを得ないのである。

「……私達が厨房を借りて、大丈夫?」

「両殿下の御指名ですし、皆様のご高名は我々の耳にも届いております。気にせずにご自由に、思うままに料理してください」

 殺気だっている厨房の片隅、それなりのスペースを占有することになって不安そうな春菜に、にこやかに断言する副料理長。笑顔ではあるがその目は真剣で、宏達三人にたいする隔意こそなかれど、生半可なものを出したら承知しないという意思と、盗める技は何でも盗んでやるという向上心がほとばしっていた。

 そんな彼が見ているからか、この一角だけは料理長すら近寄らぬ一種の真空地帯となっていた。もっとも、その料理長の背中は未練たらたらで、全体の指揮がなきゃそこに立ってたのは俺だったのにと雄弁に語っているのだが。

「それでえっと、食材は私達の持ちこみで?」

「毒見はさせていただきますが、それで問題ありません」

「作るのは、メインの肉料理でいいのかな?」

「可能であれば、他に作っていただいても結構です」

 副料理長と打ち合わせをする春菜の横で、予定されているメニューに目を通して食材を吟味する宏と澪。出した結論は

「バランス考えたら、使えてガルバレンジアまでやな」

「ん。ベヒモスとかは他の料理を駆逐しかねない」

「あと、デザートと魚料理もうちらが担当した方がええかもしれんでな」

「同意」

 というものであった。

「ほな、肉料理はガルバレンジアのヘレ肉を素直にステーキにするとして、魚料理とデザートはどないする?」

「魚料理は砂ガツオのたたきとか?」

「それだけやと弱いから、砂牡蠣のカルパッチョも添えよか」

 実にサクサクと決まって行くメニュー。そこに、春菜が待ったをかける。

「ガルバレンジアのステーキは、ちょっと簡単過ぎないかな?」

「ほな、ヘレカツにでもするか?」

「そうだね、それでいいかも。ソースはとんかつソースとデミグラスソース、おろしポン酢の三種類って感じで」

 春菜の主張を聞き入れ、若干手間をかけたメニューに変更する宏。といっても、衣をつける手間が増えた程度で、実質的にはそれほど違いは無い。

「でも、そうするとポン酢が続く」

「ほな、魚料理を変えるか。砂漠ロブスターのグラタンあたりか?」

「それか、ローザリアのソテーあたりだよね」

 出てくる意見にあわせて、どんどん食材を並べていく宏。巨大な食材も多いため、瞬く間に調理台の上が食材で埋まる。

 なお、ローザリアというのはルーデル湖で獲れる最大級の魚類モンスターで、二メートル以上の大きさと腹部にあるバラのような模様が特徴の巨大なイワナである。トロール鳥よりは数段調理が難しく、数が獲れないこともあって、料理できる人間が比較的少ない高級食材だ。

 余談ながら、宏達の食材ストックにあるローザリア。珍しく自分達で仕留めて調達した食材ではなく、アズマ食堂開店当時の嫌がらせで仕入れが滞った時に、唯一普通に調達できた食材がローザリアだったという珍しい流れでストックに入っている。十匹ほど仕入れたものの、値段的にも食材の調理難易度的にも食堂では使えず、一匹二匹調理して試食した後は完全に死蔵していたのだ。ローザリアの仕入れだけ妨害が無かったのも、それが理由なのは想像に難くない。

 使えないと分かっていて仕入れた理由が、嫌がらせが解決した時のために仕入れルートを維持しておきたかったからだったあたり、なんだかんだで春菜もなかなかしたたかである。漁師の方も珍しく大漁だったローザリアをもてあまし気味だったため、使えないにもかかわらず十匹も仕入れてくれたアズマ食堂には恩を感じている。今でもその恩に報いるため、毎日その日一番いい魚の一番お手頃な値段のものを優先して納品してくれている。

「ガルバレンジアとのバランス見るなら、ローザリア?」

「せやな。ガルバレンジアが濃い目の料理やから、ローザリアをさっぱり目にしたった方がええやろ」

「師匠、春姉。デザートどうする?」

「カツにあわせるから工夫した方がいいけど、プリンをベースにちょっとした盛り合わせでいいと思う」

 それで、大体のメニューが確定する。それまでの流れを黙って見ていた副料理長が、その見事な食材の数々に思わずため息を漏らす。

 流石に彼ほどの腕になると、並べられた食材が自分の手に負えるものかどうかぐらい一目で分かる。出てきたもののうち確実に美味しく調理できると断言できるのは砂牡蠣ぐらいで、砂ガツオは今すぐに調理しろと言われても美味しく調理できる自信は無い。

 砂漠ロブスターとローザリアは調理そのものはできそうな気がするが、何度か試作をしてみない事には、まともな料理を作れるとは思えない。調理できる腕がある事と実際に調理できる事との間には、料理をしない人間が思うよりはるかに大きな距離があるのだ。

 ガルバレンジアに至っては、この城に勤めている料理人は、誰一人火を通すことすらできないだろう。宏達は何事も無いかのように切り分けているが、たとえ彼らが使うアミュオン鋼製の包丁を借りたところで、素材を駄目にしないように適量を切るのはこの城の料理人には不可能だ。

 この時点で、副料理長は宏達の事を完全に認めていた。

「参加者は確か、僕ら含めて五十人やったよな?」

「うん」

「ほな、試食とか含めて、肉の量はこんなもんか?」

「それぐらいでいいと思う」

 副料理長の気持ちをよそに、平常運転で下ごしらえを進めていく宏達。宏がヒレカツを作って行く横で春菜がローザリアのソテーを調理し、澪が両方の料理に添えるつけあわせを用意する。

 もはや熟練の域に達したそのチームプレーには一寸の迷いも無く、瞬く間に肉料理と魚料理が一皿完成した。

「念のために、試食お願いします」

「……承りました」

 春菜に声をかけられ、彼らの調理作業を脳に焼き付けることに集中しきっていた副料理長が我に返る。正直な話、それらが今回の晩餐会に出される中で最もうまい料理である事は、一片たりとも疑っていない。だが、料理人としてどれほどの味なのかが気になるのは、別の話である。

 春菜の申し出に渡りに船、とばかりに料理の説明を聞きながら、手始めにその気になれば一口で食べられるサイズのヒレカツを更に小さく切り分け、まずは何もつけずに口にする。

「……素晴らしい」

 肉のうまみが凝縮されたヒレ肉をカリカリサクサクの衣が包みこみ、食感と味わい両方で口の中を楽しませる。正直、これだけでも十分なのだが、折角出されているからと三種類のソースをそれぞれ試してみる。

 とんかつソースはカツという料理に特化したソースだけあって、コメントのしようがないぐらいにヒレカツとの相性がいい。デミグラスソースの場合は肉のうまみを更に引き立て、あくまで主役はヒレ肉なのだと納得させてくれる。おろしポン酢はそれまでの二種類とは逆に、揚げ物の宿命である脂っこさを消し、さらにほのかな酸味により食欲が増進され、いくつでも食べられそうな気にさせてくれる。

 甲乙つけがたい三種のソース。最終的には好みであろうが、副料理長はオーソドックスなとんかつソースが気に入った。折角なのでもう一つ、と思って皿を見ると、あと三つあったはずのカツが一つになっている。

「人によって評価が分かれそうですが、私はデミグラスソースがこの料理の本分にあっている気がしますな」

「オレは、このおろしポン酢ってのが気に入ったが?」

 数が減った事に副料理長が微妙に呆然としていると、いつの間に来たのかその犯人である料理長と身分の高そうな男性が、口々に感想を言い合っていた。

「料理長! スチュワート殿下!」

 副料理長が、勝手につまみ食いをした料理長と身分の高そうな男を叱りつける。ただし、料理長が仕事を放置してつまみ食いをした事を叱っているのに対して、身分の高そうな男性はそもそも厨房に入ってきた事を叱っているので、微妙にニュアンスは違うのだが。

「別にいいじゃないか。神々がバックについてると噂のアズマ工房が、ちんけな王族なんぞにわざわざ毒を盛ったりしないだろう?」

「いやいや。飯は美味しくいただくもんやから、相手に関係なく毒なんぞ盛りません」

「そんなもの入れたら、味が崩れて美味しくない」

 スチュワート殿下と呼ばれた身分の高そうな男の、間違いなく叱る理由をわざと曲解したコメント。それに対して宏と澪が抗議の声を上げる。

 料理人としても職人としても、料理に毒を盛るなんてもってのほかだ。試作以外で食えないものを作って食わすのは料理人失格で、毒を入れることによって料理の本来の機能が根こそぎ奪われる事が職人的には許せない。

 故に、食事に毒を盛って相手を排除するなど、良心と職人の誇り、両方の理由で宏達にとっては絶対取れない手段なのだ。

「そもそも私は、高貴な身分の方が厨房に入ってつまみ食いなどするな、と申し上げているのです!!」

「姫巫女殿は、自ら厨房に立って百人以上の朝食を調理すると聞いたが?」

「修行の一環で調理を行っておられる姫巫女様と、つまみ食いのためだけに入ってくる殿下とを一緒にしないでください!!」

 まるでコントのようなやり取りに、なんとなく明後日の方向に視線を泳がせつつ遠い目をする宏達。三十路に入った色男の癖に悪ガキのような真似をするスチュワート殿下もどうかと思うが、エアリスをやけに持ち上げる副料理長の言葉も妙に肩身が狭い。

 確かに修行の一環というのは嘘ではない。だが、そもそもの発端は宏と春菜がせっせと餌付けをした結果、美味しい食事に目覚めてしまったから、である事を知っている身としては、世間でエアリスが料理をする事に対する高評価を聞くたびに、なんとなく居心地が悪くなるのだ。

「ふむ、このソテーは不思議な味わいですな。ショウガの風味が良く効いているのに、辛みがなくさっぱりしている」

「料理長!!」

 副料理長がスチュワート殿下に気を取られている間に、こっそりローザリアのソテーに手を出す料理長。薄味なのにしっかりした味わいのローザリア。その素材の味を引き立てるショウガベースのソースをかけたソテーは、この後に出てくるガルバレンジアのヒレカツの伏線として、非常に有効に働く印象がある。

 またしても横からかっさらわれた副料理長の顔が、完全に鬼のそれになる。

「料理長、向こうの作業が完全に止まっているようですが、間に合わなくなったらどうなさるおつもりですか?」

「す、すまん……」

 怒りのあまり完全に棒読みになった副料理長の台詞に、料理長がそそくさと自らの職務に戻って行く。それを見届けた後、再びスチュワート殿下に向き直る。

「それで殿下、まだ何か御用ですか?」

「あ、その、あの。少しだけ、この三人と話をしたいのだが、かまわないか?」

「御三方もまだ仕事が残っています。手短にお願いします」

「すまん」

 副料理長の言葉に頭を下げると、宏達に向きあうスチュワート殿下。

「さて、自己紹介がまだだったな。オレはスチュワート。プレセアの叔父で現陛下の弟だ。そっちの自己紹介はいい。昨日の謁見、オレもいたから誰が誰かは分かってる」

「あ、これはどうも。それで、スチュワート殿下のお話とは?」

「お前達に、礼を言いたかったんだ」

「お礼、ですか?」

「ああ。アヴィンの母親は、オレの従姉でな。その縁で、チビの頃のアヴィンやエレーナとはそれなりに親しくしてたんだ。だから、馬鹿が考えなしの行動を起こしてエレーナが死にかけたって聞いた時にはどれだけ腹が立って、それがお前達のおかげで完治したって聞いた時には、どれだけ嬉しかったか」

 不思議そうに首を傾げる春菜に、いくつかある礼を言いたかった内容、そのうち最初の一つを告げる殿下。

「小さい頃は、っていう事は、今は?」

「ファルダニア内部も、継承権関係で色々きな臭くなってたからな。下手に会いに行くと、オレに無断で勝手に旗頭にして兄上に対して反乱をおこしかねない馬鹿が結構いたもんで、カタリナが生まれた頃ぐらいから自重せざるを得なかったんだよ」

「……それはまた、大変でしたね……」

「おかげで迂闊に結婚もできなくて、この歳で独身だ。なんかこう、もう今更結婚なんかしなくてもいいんじゃないか、って気になってるんだが、誰も同意してくれない。参ったもんだ」

「……そこは、ノーコメントでお願いします……」

 コメントしづらい殿下のぼやきに、かなり困った表情を隠さずに言葉を濁す春菜。

「で、エレーナが無事に完治して、アヴィンがこっちに婿入りしてくれたからな。ようやくオレも自由の身になれそうだ。そのことも感謝してる」

「あの、殿下が結婚を控えざるを得なかった理由を考えると、確実にとはまだ言えないんじゃないかと思うんですが……」

「お前達が、アヴィンとプレセアに子供ができやすくなる寝具をプレゼントしてくれたと聞いた。若くてあれだけ愛し合ってるんだから、来年には懐妊したって報告が聞けるだろうさ」

 やけに自信たっぷりに言い切るスチュワート殿下に、流石にそれはどうかと懐疑的な顔になる春菜達。あくまでも確率を上げるだけで、絶対にという訳ではないのだが、もはや確信を持っているスチュワート殿下にどう告げれば納得してもらえるかが分からない。

 実のところ、この三カ月後にはどう計算しても初夜に授かったとしか思えないプレセアの懐妊が発覚し、一人目が生まれてから一年後に二人目を、三年後に三人目と四人目を授かって一気に王族の人数不足を緩和してしまうのだが、プレセアがすぐに子供を授かると確信しているスチュワート殿下も、さすがにそこまでの予想は出来なかったのは言うまでも無い。

「とにかく、オレはお前達に感謝してる。正式に継承権を放棄するから大した力は無いが、オレにできる事なら何でも言ってくれ」

「そうですね。何かあったら……、あっそうだ」

「なんだ? 何かあるのか?」

「あのですね、殿下。殿下の王位継承を煽っていた人達の中に、バルドって言う人間はいませんでした?」

「ああ、そいつなら、既に処刑されてる。ファーレーンと違って人前に出るほどじゃなかったんだが、調査してるとあっちこっちでそいつの情報が引っ掛かったから、浄化鑑定もした上で適当な理由をつけて殺しておいた」

 春菜の問いかけに対して、あっさり怖い事を言ってのけるスチュワート殿下。その回答に、微妙に引く日本人一同。今までいろんな形で撃退されてきたバルドだが、今回初めて権力者が権力を使って処分したケースに遭遇したのだ。その容赦のなさに、やはり権力者という奴は怖い、と思うのも仕方があるまい。

 もっとも、これはファルダニアがファーレーンに比べて王家の権力行使に制約が少なく、裏で善からぬ事を画策している小物を、この程度の強引な権力行使で始末することに反発する人間はいないからできた事だ。別に、ファーレーン王家よりもファルダニア王家の方が優秀だと言う訳ではなく、あくまで法体系やここ半世紀ほどの政治環境の変化による違いでしかない。

 そもそも、ファーレーンやローレンのように、最高権力者であるはずの王が明確な反乱分子を罰するのに問題が生じる法体系を取っている国の方が少ないのだ。ファルダニアのように普通の国であれば、余程無能ぞろいでない限り、ファーレーンほど大胆に動いているバルドを排除できない方がおかしいのである。

 まあ、派手に動けば排除される事を踏まえたうえで徐々に中枢を腐らせる方向で活動するのがバルドの仕事なので、国がある程度健全なうちに排除できるかどうかは、その国の政治を評価する上である程度の指標にできるのかもしれないが。

「それにしても殿下、何っちゅうか微妙にガラ悪いしゃべり方しますなあ。まあ、フォーレの王様も大概っちゅうたら大概やったんですけど」

「オレは王位にふさわしくない、って思わせるためにやってたら、染みついちまったんだ」

「色々苦労してますなあ……」

「その苦労も、もうすぐ終わりだ。本当にありがたい」

 余程色々あったらしい。しみじみと解放される喜びを告げ続けるスチュワート殿下。そんな様子に、掛ける言葉が思い付かない一同。先ほどから小言がうるさい副料理長すら、御労しいという態度を崩さない。

「さて、これ以上手を止めるのは流石に申し訳ない。要らん邪推も呼びそうだし、オレはこれで出ていくよ。手を止めて悪かったな」

「あ、殿下。よろしければ、これをどうぞ」

 微妙に料理に未練を見せながら立ち去ろうとしたスチュワート殿下に、ストックしてあったお菓子を差し出す春菜。とっさに取り出したため、出てきたのが某キノコ型とタケノコ型のチョコ菓子だった事については突っ込んではいけない。

「おう、ありがとう。正直、腹が減ってんだ」

 春菜から渡されたチョコ菓子を遠慮なく受け取り、今度こそ厨房を去るスチュワート殿下。この後用意したプリン・ア・ラ・モードは再び副料理長を魅了し、先の二品と合わせて晩餐会を席巻、アズマ工房の名をこれでもかと植えつけるとともにアヴィンとプレセアの権威を高めるのに一役買うのであった。







「本当に、色々と間が悪いものですなあ……」

「やはり、海路で行くべきだったのです!」

「そうは言いますがね。海路も今回はかなりの遅延が起こっております。山越えのルートだったために被害は小さくて済みましたが、大きな嵐が二つも直撃しておるのです。下手をすれば途中で海の藻屑になっていた可能性すらありますぞ」

 宏達が晩餐会の準備をしていたちょうどその頃。ようやくマルクトの首都アルファトに到着したウォルディスの王女一行は、宰相と当てにしていたコネが既にファルダニアに出向いている事を聞かされて、大いにもめていた。

 一行がアルファトに到着した日程は確かに予定をやや踏み倒していたが、その間に海路は二度も台風系の嵐で足止めを食らっていたため、アルファト‐ドロワーテ間の海路も大幅に遅延していた。陸路で遠回りをした一行と、同じ日にドロワーテを出航した船がほぼ同時期に到着していると聞けば、どれほど派手な嵐が直撃したかが分かろうものである。

 この季節はアルファト‐ドロワーテ間は嵐が多く、十日ほどの海の旅が三倍四倍に伸びるのは当たり前、というのがマルクト人の常識なので、実は物流はそれほど混乱していない。現在、既に三つ目の台風がドロワーテを直撃しており、再び海運が遅延しそうだという情報が入っている。その対策のためにあちらこちらから物資を買い集めている所なので、政府や商業ギルドはなかなかに忙しいようだが、これも毎年の事なので慣れたものである。

「それにそもそも、彼らがファルダニアに発ったのは一月も前の事です。海路が順調だったとしても、最初から間に合いはしませんでしたぞ」

 中年男に正論を指摘され、ぐっと詰まる女性。中年男が当てにしていたコネは、宰相の懐刀である。残念ながら、今回のような慶事に宰相が出るのであれば、必然的についていくことになる立場なのだ。

 余談ながら、マリア王女は現在妊娠約七か月半。出発の頃は悪阻などから体調を崩し気味で、長い船旅に耐えられるかどうかとなるとかなり怪しかったため、ドクターストップがかかってお留守番になったのだ。そのため、奥方命の宰相を一人で行かせるのに、王宮が非常に苦労したのはここだけの話である。

「ですが、マリア王女はこの地に残っているという話です! どうにかして会う事は出来ないのですか!?」

「できる訳がないでしょうが。相手は高貴な身分である上に人妻、それも妊婦ですよ? それに、マリア様は確かにファーレーンの王女でしたが、既に嫁いで縁が切れております。仮に会えたところで、宰相閣下がおられぬ現状では、ファーレーンとの橋渡しは厳しいでしょうな」

 そんなことも分からんのか、と微妙に蔑んだ目で女性を見ながら、嘆息交じりにそう答える中年男。その言葉と態度に一瞬たじろぎ、更にヒステリックにわめく女性。そんな女性を無視し、リーファ王女が口を開く。

「まず、前提の確認」

「何でございましょうか?」

「ここは、どの程度安全?」

「そうですな。邪教はともかく、ウォルディスが直接手を出してくるのが不可能な程度には安全ですな」

 男の返事に、小さく頷くリーファ。ついで、重要な質問を続ける。

「宰相と、あなたの伝手が帰ってくるまで、どれぐらいかかりそう?」

「恐らく、最長であと一月という所ですな。結婚式の日程までは聞いておりませんが、船足や出発時期を考えると、遅くとも数日以内には始まりましょうし、その後の細々とした外交関連も、マルクトから持ち込むようなものはさほどないと聞いております。それらが終われば、恐らく転移陣か長距離転移魔法で帰ってくるでしょうから、余程何か妙なトラブルに足止めされない限りは二週間程度で戻ってきましょう」

「あなたの伝手は、間違いなくその時一緒に帰ってくる?」

「帰ってくる時期はともかく、共に帰ってくる事だけは間違いないと断言いたします。奴は常にそばに置いておく用途の人間です。同じ宰相の切り札的な人材でも、置いていく用途の人間は別に連れて行っておりますので大丈夫でしょう」

 日程以外の部分は、自信を持って断言する中年男。結婚式自体が予定に入っていなかった上に、式がらみがどんな日程で動いているのかの情報も無いため、そこを断言できないのは仕方がないことだろう。

 宰相が転移魔法で帰ってくると断言できる理由は単純、奥方がいつ産気づくか分からないのだから、とっとと帰ろうとするのは夫として当然だからである。ついでに言えば、一応いなくてもちゃんと回るようにしているとはいえ、宰相なんて重職についている人間が長期間国を開けるのは少々具合が悪く、特権で転移系の手段を使わせても誰からも非難が出ないのも大きな理由の一つだ。

 懐刀も一緒に帰ってくる理由も、さほど複雑ではない。中年男の伝手である懐刀は、いわばサーバーの増設ユニットのような存在なので、余程の理由がない限りは宰相とセット行動なのだ。懐刀本人は切り離して別の所に配置しても十分以上役に立つが、もっとも高性能な存在である宰相が最大限のパフォーマンスを発揮するためには、彼が一緒に行動していた方が効率がいい。

 それが宰相自身も含むマルクト政府全体の共通認識であるが故に、宰相が帰ってくるのに懐刀だけ現地に残る、なんて事はあり得ないのである。

「じゃあ、最後の質問」

「どうぞ」

「ここは、その想定される期間ずっと、身の安全を確保できる場所?」

 リーファ王女の最後の問いかけ、それに少々困った顔をする中年男。

「そう、はっきりとはいえないのね?」

「絶対に、となると断言はできませんな。ただ、今までに経由したどこよりも安全である事だけは断言しましょう」

 中年男の言葉に、小さく頷くリーファ。どうやら、しばらくは気を抜く事は出来ないな、などと考えながらぼんやり部屋を観察するのであった。
流石に、結婚式に乱入させるほどレーフィア様も甘くはありませんでした。

後、宏の台詞の「ヘレカツ」は、方言なのでこれであってます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ