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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

世界編

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第3話

「やっと材料揃った事やし、他行く前にまず、エレ姉さんの薬作ってまおか」

 ジズの解体騒ぎの翌日。色々な意味で落ち着いた所で、宏がそんな事を言い出す。もっとも、それを聞いたメンバーの反応は

「やっとエレーナ様の治療ができるんだ」

「思ったより時間かかった」

「これで、王様も一安心だろうな」

「平気そうな振りはしてるけど、たまにものすごくつらそうだものね、エレーナ様」

 といった感じで、むしろとっとと作れ、と言わんばかりの態度なのだが。

「で、作るのは一級ポーションだけ?」

「そのつもりや」

「武器とかは作らないの?」

「ちょっち保留、っちゅう所やな。作るにしても、包丁ぐらいや」

 今日はモノづくりの日にするのかと思っていたところに、肩透かしのような言葉がくる。そんな宏らしからぬ言葉に、宏の背中に張り付いている芋虫にキャベツを与えながら、怪訝な顔をする春菜。

「一級ポーションって、そんなに時間かかるの?」

「普通にやって、大体五十本単位で三十分、っちゅう所やな。短縮もできるけど、今回はこっちでつくるん初めてで機材もちょっとランク落ちるし、念のために慎重にやるから、四十五分ぐらいになると思って。数調整してもほぼ時間変わらんから、材料が足りんとかでない限りは五十本単位で作った方が効率はええねん」

「最初から最後まで、ずっとひっついてないと駄目なの?」

「反応を微調整したらなあかんから、最初から最後までひっついてなあかんねん」

「そっか。ソーマとかは作らないの?」

「大霊窟だけで全部集まる訳やないからなあ。ソーマとアムリタに関しちゃ、あとファルダニアとマルクト方面に行って素材探さんとあかんねん」

 その説明を聞いて、とりあえず一級ポーションだけに絞る理由を納得する一同。そこに、さらに宏がコメントを挟む。

「で、ポーション三種が終わったあたりで昼過ぎやから、世界樹の枝植樹したらジズ料理に手ぇ出そうかな、っちゅう感じやねん」

「あ~、そういえば、世界樹の枝もあったよね。ここの庭で大丈夫なの?」

「ライムが頑張ってくれとるからな。ソルマイセンがきっちり浄化してくれとるわ」

「そうなんだ。だったらいいけど」

 庭に世界樹を植えると言う話を、その程度の会話で終わらせる宏と春菜。相変わらず部外者に聞かれたら大騒ぎになりそうな話を、非常にあっさり流す連中である。

「師匠、魂魄結晶は?」

「ソーマの材料を流用したいから、これも今日はパスやな。同じ作るんやったら、出来るだけええもんにしたいし」

「了解。つまり、午前中はポーション、午後から庭いじりと料理研究?」

「そんなとこや」

 さっくり予定をまとめた澪に頷く宏。まとめてみると何でもないような一日の予定だが、どれもこれも伝説の世界に足を踏み入れているところが実に趣深い。

「で、ファムらがおらんのは何でや?」

「もう、仕事に入ってる」

「私達の打ち合わせに混ざると、聞いちゃいけない事を聞く羽目になるから逃げるんだって」

 素晴らしい逃げ足を見せるファム達。王族がどうのこうのには流石に慣れてきたが、神様がどうだの世界樹がどうだのといった世界の根幹にかかわりそうな話には、正直触らずに済むなら触りたくないのだろう。

「まあ、どうでもええか。とりあえず、さっくりポーション作ってまうわ」

 逃げた弟子達を、どうでもいいの一言で片づける宏。腕が上がって行けば、そのうち嫌でも関わる世界だ。慌てて引きずり込む必要も無いため、放置しておくことにしたらしい。

「じゃあ、私達は撃墜したモンスターを各一体ずつぐらい解体してから、ジズの部位をチェックしてある程度下ごしらえしてみるよ」

「そのへんは任すわ」

 宏が手を離せない間、とりあえず食材に関して色々試してみると宣言する春菜。無傷に近いレッサードラゴンなどは二十メートルは余裕で超えるのだが、今となればそのぐらいのサイズを解体するのは、大した作業ではない。春菜と澪のコンビなら、一体頭三十分もあれば、重要な素材に傷をつけずに解体することもできる。

 もっとも、今までと違い魔導レーザーや魔道ミサイルで仕留めているため、ほとんどの個体はボロボロになっていて、あまりいい素材は取れないのだが。

「俺と真琴は、昨日手伝ってくれた人たちに挨拶してくるわ」

「結局、誰もお金受け取らなかったし、ちゃんとお礼ぐらいはしておかないとね」

 生産活動に関わるには能力が足りない達也と真琴は、年長者として昨日の関係部門や協力者たちに挨拶をして回るらしい。どうしようもないこととはいえ、あれだけ騒いだのだ。誰も損をしてないにしても、ちゃんと筋を通しておかないと評判が悪くなって、自分達の居心地が悪くなる。

「今日の晩御飯は新しい材料を使った料理になるから、あんまりお酒飲み過ぎないでね」

「分かってるって」

 春菜に釘を刺され、苦笑しながら軽く手を上げる真琴。あいさつ回りのたびに宴会のような真似をしてくる真琴は、こういう時全然信用がない。

「ほな、やるか」

 年長組が出て行った所で、気合の声とともに生産活動開始を宣言する宏。世界を飛び回るための準備は、少しずつ進んで行くのであった。







「さて、全種五十本ワンロットは作っとくとして、どう分配するかやな」

 芋虫を背中に貼りつけたまま、一級ポーション全種類で使う基本素材、ロクスタン草の下処理をしながら、作ったポーションの納品先をどうするか思案する宏。今までの経験から、一級ポーションを迂闊に特定の国に供給すれば、それこそ戦争の引き金になりかねない事は理解している。

 一年と少し前にこの世界に飛ばされてきたとき、一番初めに出会ったこの世界の住民であるランディとクルトから同じ事を説明されているが、当時はピンとこなかった。流石に国家上層部となると、一級ポーションぐらいは普通に生産・確保しているだろうと思っていたのだ。

 だが、現実は厳しかった。ファーレーンほどの大国でも、自国で生産可能なのはせいぜい四級まで。それとて十本作って二本できればいい方で、安定して作れるのは五級が精いっぱいという体たらく。ポーション関連で最も生産能力が高いローレンですら、三級以上は生産不能でほぼ伝説の品となっている。

 そんな環境で、生きてさえいれば三種使う事で病気と呪い以外全てを完治できる一級ポーションなどばらまけば、冗談抜きで奪い合いの戦争になりかねない。

 しかも、一級ポーションが生産可能であれば、病気や呪いを含む状態異常の類をほぼ全て治療できる一級万能薬も作れるのだ。トラブルの種にならない訳がない。

 流石に一級と言っても色々限界はあるが、その限界は邪神クラスから直接攻撃を浴びでもしなければ起こり得ない要素なので、気にするような問題ではないだろう。

「とりあえず、本拠地がある以上ファーレーンはある程度優遇するにしても、ダール、フォーレ、ローレンの三国にどんだけ融通するかが問題やな」

 ロクスタン草の下処理を終え、薬効の強い苔であるバルセラを取り出して処理をしながら、しばらく考え込む。材料自体は十分確保してある以上、もめそうなら追加で作ればいいのかもしれないが、それはそれで新たな火種になりそうなのが厄介なところである。

 しかも、現在は直接縁を結んでいる国がその四カ国だけだが、この後マルクトとファルダニアには間違いなく顔を出す。そちらとも縁を結ぶ事になるならば、一級ポーションはもっと数が必要になるだろう。

 それに、自分達が使う分も考えなければいけない。となると、五十本ワンロットずつなんて数では、明らかに少なすぎる。

 そんな宏の悩みを知ってか知らずか、テーブルの端の方をのたのたと這いまわる芋虫。地味に作業スペースから遠ざかって行く所を見ると、一応邪魔しないように配慮しているらしい。

「今日はまあええとして、世界巡業終わったら本腰入れてがっつり作らんとあかんな、こら」

 なかなか膨大な数が必要になりそうだと判断し、頭の中で素材収集も含めて色々検討する宏。その間も、ポーション製造の手は一切止まらず、膨大な魔力も一瞬たりとも止まらずに注ぎ込まれ続ける。

 毎度のことながら、物を作る作業と言うのは、下手な戦闘よりはるかにエネルギーを消耗する。たとえ、体力や魔力の消費が最大値比例ではなくなっていても、そもそも一個作るのに要求されるエネルギー量が恐ろしい事になっているのだから、コストが軽くなっている訳ではない。

 単に、宏にとって最大値の一パーセントより一般人が一秒持たずに枯渇するコストの方が圧倒的に軽いために、相対的に大幅に楽になっているだけで、上級スキルで生産できるものが八級や等級外のポーションより軽い消耗で作れるなんて事はあり得ない。と言うよりそもそも、宏の技量で六級以下のポーションを作る場合、何万個作ろうと体力も魔力も一切消費しない。

 考えてみればいくら不慣れといえど、それほど極端なロスが出るのは不思議な話ではあるが、そこはもう物理法則とかその類のものが違うと言う事にしておくのが無難だろう。

「今回ばかりは、ゲームの倉庫にあふれかえっとった在庫が恋しいでな……」

 ロクスタンとバルセラのペーストを混ぜ合わせ、そこにいくつかの薬草やモンスターの肉などを処理したものを加え、生命の海で薄めて基本原液を作りながら、久しぶりにゲームでの倉庫の中身に思いをはせる。スキルを上げるために各種一万本以上作った一級(ゲーム内ではレベル8表記)ポーション。どうせ使い切る当てなどないのだから、今欲しいと切実に思う。

 各国に納得できる範囲でばら撒くとなると、それぐらいの数は必要になりそうなのだ。

 もっとも、こっちの倉庫もかなり混沌とした状態になっている事を考えると、向こうの倉庫の中身などこっちに持って来た日には、更に大勢の人間の頭を抱えさせることになりそうなのが難儀ではあるが。

「まあ、ええわ。とっととスタミナポーション作ってまお」

 他の素材も処理を終え、ジェルト草から作った基本素材を混ぜて原液をスタミナポーション用に調整する。このジェルト草、もしくは同等品は、基本原液同様全ての一級ポーションに使うのだが、ポーションの種類ごとに配合比が変わる実に面倒な材料である。しかも混ぜるとすぐに反応を起こすため、後から足りない分を足して調整、なんて真似はできず、反応が終わる前に作るポーションにあわせて必要量を投入しなければならないのだ。

 一級ポーションのレシピはゲーム中でも自力開発が必要だったもので、ジェルト草および同等品の配合比率の割り出しはポーション職人総出で非常に苦労しながら行った事は、宏の記憶に新しい。需要がありそうな全てのポーションの配合を割り出すまでに、宏一人ですら実に三千本分ほどの材料を無駄にしたのだから、レベルの高いアイテムを作り上げるのは実に大変である。

 これらのレシピは基本的に職人の間では公開されているが、公開してある掲示板に入る条件が上級生産スキルを複数持っている事となっているため、あまり広く知られている訳ではない。別に無条件で公開しても特に問題はないのだが、引きこもっている経緯の問題により何処で何を採取しているかを一般人に知られたくないため、公開条件を絞っているのだ。

 恐らくこちらでも公開条件は絞ることになるだろうが、そもそも作れる領域に達するのが何人いるかが怪しい。それ以前に、大霊窟に行く必要がある事を考えると、アズマ工房の人間以外がレシピを知ってもまず生産は不可能であろうが。

「とりあえず、これでスタミナポーションは完成。誰かにエレ姉さんとこ持ってってもらおうか」

 そんな益体も無い事を考えながら、スタミナポーションを完成させる。作業開始からきっちり四十五分。途中で思い出した瓶の加工は、三級ポーション用のものを神力付与でいじって一級用に強化して誤魔化したので問題ない。触媒なしでほぼ全てのエンチャントが可能なエクストラスキルの恩恵を、最大限に活かした形である。

 瓶一つでもこれだけ手間がかかるのだから、宏以外が一級ポーションを作れる日は遠そうだ。

「オクトガルはおる?」

「呼んだ~?」

「おう。悪いんやけど、これエレ姉さんとこに届けてもろてええ?」

「りょうか~い」

「昼時に来てくれたら、ジズ肉料理の試作品を報酬にできんで」

「分かったの~」

 ポーションの配達を誰に頼むか考え、面倒だからオクトガルに託す事にする。人を介して渡すと手続きが色々ややこしい上に大々的に一級ポーションの存在をさらす羽目になりそうだし、かといって宏が直接行くのも手間がかかる。達也と真琴に連絡を取ることも考えたが、下手をするともう城への挨拶は終わっている可能性があり、二度手間になりかねない。

 そう言ったもろもろの面倒くささを確実に回避できるのが、オクトガル便の大きなメリットの一つである。オクトガルは神の眷族だけあって、危険物の宅配だけは絶対に行わない。当人が断固として断るので、彼女達が持ってくるものは基本的に安全だと保証されている。そのため、手っ取り早く余計な詮索を受けずにものを渡したいときは、オクトガルに頼るのが一番面倒がないのだ。

「さて、これでエレ姉さんには確実に届くし、次行ってみよか」

 一仕事終えた気分になりながら、とりあえず使用頻度の高そうなマナポーションの生産に移る宏。その間、いつの間にか戻ってきていた芋虫はずっと、宏の背中に張り付いて大人しくしていたのであった。







 王宮にそのオクトガルが現れたのは、お茶会を終え、達也と真琴が席を立とうとしたそのときであった。

「オクトガル急便で~す」

「あら、誰から?」

 いつものように唐突に現れるオクトガルに、慣れた様子で対応するエレーナ。同席していたレイオットとエアリスも、よくある事なので特に驚いた様子は見せない。

「宏ちゃんから~」

「ヒロシから? もしかして、ポーション?」

「せいか~い」

 丁度今のお茶会で話題に上がっていたもの。それが早くも届けられたことに目を丸くするエレーナ。

「タツヤとマコトから今日作る、とは聞いていたけど、もうできたの……」

「慎重にやるから四十五分ぐらいかかる、と言ってたから、その前の機材の準備だなんだを踏まえりゃ、丁度今ぐらいになるか」

「そうね。確かにそれぐらいの時間ね」

 余りに早くに届けられたポーション。それに戸惑うエレーナとは対照的に、達也と真琴はタイムスケジュール的にそんなものかと納得している。

 恐らく、わざわざオクトガルに届けさせたのも、達也と真琴が王宮を出ている可能性があったからだろう。通信で連絡を取って確認すれば済む話ではあるが、オクトガルを呼んだ方が手っ取り早いのも否定できないので、ここでは特に何も突っ込まない事にする。

「飲んで飲んで~」

 エレーナの戸惑いをよそに、どこに収納していたのか分からないお届けものを取り出して手渡し、飲む事を要求するオクトガル。渡された、栄養ドリンクの半分ぐらいの大きさの瓶を戸惑った様子で見つめるエレーナ。以前に見る機会があった三級ポーションのそれより、更に恐ろしい魔力を発散するポーション瓶。恐らく、中身は間違いなく二級以上のポーションであろう。

「姉上……」

「お姉様……」

 戸惑った表情のまま動かないエレーナに、心配そうな表情で声をかけるレイオットとエアリス。弟と妹の視線を受け、意を決して言葉を紡ぐエレーナ。

「これ、本当に私が飲んでしまって、いいのかしら……」

「……何を気にしているかは知らんが、それはヒロシがあなたのために作ったものだ。姉上が飲まないで、誰が飲むのだ?」

「でも、これは相当な貴重品よ?」

「どれほど貴重な品でも、使うべき時に使わないようでは何の意味も無い。それに、ヒーリングポーションはまだしも、マナポーションとスタミナポーションは、そのランクになると回復量が過剰すぎてな。こういう事でもない限りは使いどころがあまりない」

 王太子であるレイオットの言葉に、だがなおも動かないエレーナ。その表情にはわずかに不安の色がにじんでいる。

「お姉様、それはヒロシ様が作ったものです。絶対にちゃんと効果があります」

「それは、そんなに疑っていないの。ただ、三級のスタミナポーションがまるで効果がなかったから……」

「三級では、時間が経ちすぎていて治せなかっただけです。アルフェミナ様も、今回は絶対大丈夫だと太鼓判を押してくださっています」

 エレーナの不安を敏感に感じ取ったエアリスが、そっと姉の手を取って言葉を重ねる。エレーナが抱えている不安。それは周囲の、と言うより、この国の人間にとって杞憂でしかない。

 そもそも、いくら貴重な品だと言って、現王の正室の子を治療するために使う事に文句を言う人間は、貴族にも平民にも存在しない。王族の治療にできうる限りの事をするのは常識であり、また、それだけの事をする力が王家にあると諸外国に示す機会でもあるのだから、今のファーレーンのように現王家のもとに結束を固めている国で文句が出ることなどあり得ない。

 また、エレーナを苦しめている後遺症は、現時点では緩和する方法すら見つかっていない。それだけ厳しい症状なのだから、仮に一級ポーションが駄目だったとしても、落胆はしても無駄だったと怒る人間はいない。

 第一、現時点で宏は費用を請求していない。費用が発生していないものを使って成功しようが失敗しようが、悪化さえしなければ文句を言う筋合いはないのだ。宏が治せなかった事をエレーナに謝罪する事はあるかもしれないが、少なくともエレーナが責められる事はないし、宏とて本質的には謝罪する必要も無い。

 それ以前の問題として、そもそもエレーナ以外誰一人として、治らないとは欠片も思っていないのだが。

「……分かったわ」

 エアリスの真摯な瞳に負けて、覚悟を決めて思い切ってポーションを飲み干す。一級と言っても、味自体は他の等級のポーションと同じなのだな、などと思ったのもつかの間。スタミナポーション特有の、全身に活力がみなぎる感覚とともに、全身をさいなんでいた脱力感、倦怠感、断続的に襲ってくるしびれや痛みなどがすべて、最初から存在しなかったかのようにあっさり消え去る。

 宏が作ってくれたアクセサリで緩和されてなお行動を阻害し、エレーナの食欲を削り取っていたそれらの要素が、約一年ぶりに全て消えてなくなった事に、最初すぐには気がつかなかった。

「えっ?」

 一年以上縁がなかった健康。それを取り戻したことに理解が及び、戸惑いの声を漏らすエレーナ。後遺症としては短いとはいえ、一年もあれば健康だった頃のことなど忘れてしまう。そのため、自身を蝕み苛む感覚がすべてなくなった事に対し、どう反応していいのか分からないのだ。

「お姉様?」

「えっ? あっ、ちょっと待って」

 余りに反応がないエレーナに不安を募らせたエアリスの呼びかけに、ようやく我に返って震える手で宏の作った補助具を取り外す。

「……痛くない。……だるくない。……どこもしびれない」

 全ての補助具を外した状態で一分ほど様子を見、震える声で結果を告げるエレーナ。

 間違いない。完全に治っている。そう確信すると同時に、じわっと涙がにじむ。

「お姉様、おめでとうございます」

「ヒロシの作ったものだからさほど心配はしていなかったが、あまりに反応がなかったから少しばかり焦ったぞ」

 半ばあきらめていた健康な身体。月のものこそちゃんと訪れているものの、もはや子をなす事に耐えられないのではと半分覚悟を決めていた事もあり、それ以上喜びを言葉にできないエレーナ。そんな姉を笑顔で抱きしめるエアリスと、同じく笑顔で冗談めかして苦情と言う形で喜びを伝えるレイオット。

 こうなる事を確信していたとはいえ、ちゃんと結果が出た事を見届け、心底ほっとする達也と真琴。

「あ、そうだ、殿下」

「なんだ?」

「今日ね、ジズの肉使って色々やるって言ってたから、エレーナ様の快気祝いも兼ねて工房に来たらどうかしら?」

「それは素敵ですね」

「……そうだな。折角だから、ご馳走になろう」

 真琴の誘いを受けて、三人の夕食の予定が決まる。その事を通信で宏達に連絡し、次の挨拶に向かう達也と真琴。

「……ユリウス」

「何でしょう?」

「これで、私も胸を張って、あなたのもとへお嫁にいけるわね」

 達也と真琴が立ち去った後、今まで護衛として黙って控えていたユリウスに、にっこりほほ笑んで告げるエレーナ。互いにまだ愛情と呼べるものは存在しないが、そうでなくても外堀を埋めて強引に婚約を決めた手前、一つでも引け目となる要素が減るに越した事はない。

 そんな喜びあふれるエレーナの笑顔に、珍しく親しいものにしか分からない程度に照れくさそうな様子を見せるユリウスであった。







「今度こそ、正真正銘特大卵のプリンやな」

 うずらサイズから人間大まで数十種類ある卵を見て、そんな事を宣言する宏。どうやら、ひよひよが入っていた卵でプリンを作れなかった事を、未だに覚えていたらしい。

 そろそろ昼食の準備に取り掛かろうかという時間。宏はポーションを作り終えて、料理組に混ざっていた。

「そうだね。デザートはそれでいいとして、他にどんなもの作ろうか?」

「うずらサイズがあるんやったら、リヴァイアサンのエビとベヒモス肉、神白菜とか神人参とか使うて八宝菜とかどない?」

「あ、美味しそう」

「後は、鳥肉の味を見たいんやったら、焼き鳥と唐揚げは必須やろ」

「うんうん」

 宏の意見に同意するように頷き、メニュー予定に加える。

 余談ながら、リヴァイアサンの部位に関しては、エビ以外の何物でもない部位はリヴァイアサンのエビ、調理するとアジフライやアジの開きになる部位はリヴァイアサンのアジ、などというように、リヴァイアサンの○○という名前で倉庫に入っているものが異常に多い。

 リヴァイアサンのアジフライ定食も、結局倉庫に入っている部位がリヴァイアサンのアジとなっていたためリヴァイアサンのアジフライ定食と呼ばれていただけである。

 単にリヴァイアサンのフライ、だけだと無駄にバリエーションが多いが故の事情と言えよう。

「八宝菜するんだったら、リヴァイアサンのひれ使ったふかひれスープなんかいいかも」

「せやな。ほな、ベヒモス肉とかリヴァイアサンのエビとか貝柱とかで餃子にシュウマイも作るか?」

「そうだね。それにエビチリと麻婆豆腐か麻婆茄子も入れれば、定番どころは大体揃いそう」

「後は、鳥肉サラダとシーフードサラダで野菜も水増し」

 宏と春菜の間で焼き鳥以外はなんとなく中華方面でメニューが固まりかけた所に、澪がそんな風に口を挟む。確かに、少々野菜が足りないかもと思っていたところだったので、澪の提案を受け入れる宏と春菜。

「晩飯はこんなところか?」

「だと思う。余りいろいろ作っても食べきれないだろうし、後はご飯ものとして中華粥か何か作っておけばいいんじゃないかな?」

「ほな、昼は鳥やから旨煮あたり作ってみよか」

「美味しいよね、旨煮」

 昼から作るにはやや手間がかかるものを提案する宏に、あっさり賛成する春菜。メニューの決定に関しては、誰かが食べたいものを言ってくれる方がありがたい。なので、春菜や澪の恋愛感情とは関係なく、宏が旨煮と言いだした時点で自動的に旨煮に決定する。

「そうそう。ドラゴン類も解体したけど、あれどうするの?」

「せやねんなあ。所詮レッサー、ええ所でグレータードラゴンやから、革素材としてはベヒモスとかリヴァイアサンの方が上やねんなあ」

「あ~、やっぱりそうなんだ」

「ベヒモスはまあ、うちらのとこにあるんは若い個体やから、最終的にはグレータードラゴンとは大差あらへんねんけどな。そんなんでもリヴァイアサンとジズの皮も使うて合皮にしたら、その上はネームドのドラゴンロードを仕留めるしかなくなってきおるねんわ」

 無駄にはできず、そのくせ非常に扱いに困る素材の話に、どうしたものかと考え込む宏。その間も、とりあえず料理の手は止めない。

「せやなあ。ドラゴンスケイルメイルでも量産して、ファーレーンとかダールあたりの騎士団に押し付けるか?」

「それ、絶対レイオット殿下とかが文句言う」

 困った時は全部国家に押し付ける。そんな方針で行動しようとする宏に、澪が呆れた顔で突っ込みを入れる。いくらファーレーンがお金持ちでも、国家財政にはちゃんと限界が存在する。かといって、自分達が処分に困っている、なんて理由で毎回毎回無料で動くのも、それはそれでお互いのためによろしくない。

 本来なら、一級ポーションの無償譲渡自体が大問題になるのだ。たくさん作ったうちの一本だけ、目的が宏達と仲のいいエレーナの治療で、技術力をアピールするために無償で行ったという名目があったからこそ問題にならないだけで、普通なら無償でそんな事をすればファーレーン王室かアズマ工房かのどちらかに対して付け入る隙になりかねない。

 もっとも、西部三カ国の政府とアズマ工房は、既にずぶずぶの関係にあるといえる。今更一級ポーション一本やドラゴンスケイルメイルごときで問題視されることなどなかろうし、行動原理が基本的に好き放題作って処分に困ったものを押し付ける、なのだから、何でもただで言う事を聞く、などと勘違いできるほど各国の政府も愚かではない。

 そういう意味では、少なくとも今のメンバーが上を抑えている間は、宏が何をしたところで大した問題にはならない。ただ、大した問題にはならないが、政府の方は色々胃の痛い思いをする羽目になるので、できれば大人しくしてほしいのが本音であろう。

「っちゅうたかて、流石に作ったから売ります、っちゅう訳にもいかんやん」

「それ以前に、どうやって値段をつけるの?」

「知らんがな。うちは工房やけど商売人やないんやから」

 宏の製作物の前に立ちはだかる、相場の壁。元々相場があってないようなもので、しかも消耗品だから大した影響がない各種ブーストアイテムぐらいならまだしも、武器や鎧に同じような感覚でいい加減な値段をつけた日には、いろんなところから文句が飛んでくること間違いなしだ。

 大武闘会の時にやってるじゃないか、と言われそうだが、あの時は本命以外はそこまで突飛な性能はなく、未熟な春菜の腕で作った武器をエンチャントで誤魔化して一級品にしているだけだったので、ある程度許される範囲ではあった。そのぐらいのものなら中古市場に結構出回っていて、ピンからキリまで色々出回るバザーや見る目のない武器屋でも、似たような値段で同等程度の品物が同じぐらいの数売られている事はよくあるからだ。

 だが、ドラゴンスケイルメイルだのレッサードラゴンの牙を使った槍や剣だのといった、今となっては作れる人間自体がほぼ絶滅している装備品となると、話は別である。どんな見る目のない素人でも見ただけで恐ろしいものだと分かるし、買える範囲の値段であればと注釈こそ付くが、どれだけふっかけても絶対買う人間がいると断言できる代物なのだから、当然だろう。

 そんなものを、魔鉄製の全身鎧よりは高い、とかそんな面倒くさがって何も考えずにつけたと断言できる値段で売り出した日には、間違いなく商業ギルドから苦情が大発生する。かといって、妥当そうな値段をつけて売れた所で、今度はその収益を持て余すのも分かり切っている。

 せめて周囲がもう少しレベルアップしてくれないと、いろんな意味で困るアズマ工房であった。

「なんかこう、考えれば考えるほど、使い道に困んねんなあ」

「日ごろの生活にお金がかからないのも、善し悪しだよね」

「稼いでも、使い道あらへんからなあ」

 結局のところ、一番の問題はそこにある。宏達の生活は既に費用なしで完結しており、食料も生活雑貨も外部から一切調達せずにやっていけるだけの物資と生産能力を持ち合わせている。金を稼いだところで税金や港湾使用料、各種手数料程度しか出費がなく、ため込む一方になってしまって経済に悪影響を与えるのが確実なのだ。

 しかもこの傾向、宏達主要メンバーだけでなく、ファム達職員も同じだ。一応もらった給料でちょっとした食べ歩きやおしゃれ着の購入などはしているが、衣食ともにその気になれば倉庫に山積みになっている素材でどうとでもできるため、最悪一銭も使わなくても生活が成立する。

 娯楽にしても、残念なことに金を使って遊ぶような事にはファムとライムが一切興味を示さない。今の彼女達の最大の娯楽が、仕事であり勉強であるのがいろんな意味で残念すぎるところだ。テレスとノーラは観劇などに行った事があるが、似たようなものが多くてすぐに飽きたので、最近は普通に仕事と勉強に全力投球である。

 賭博関連はガラの悪い場所か無駄に高級感あふれる場所かのどちらかにしかないので、職員達は恐れをなして最初から近寄ろうとしていない。それ以外の遊びとなると子供だけで近場を走り回るとか地底に行ってアスレチックで遊ぶとかなので、やはりお金はかからない。

 一応調味料を作る材料は市場から、魚介類は港から買っているが、その程度の出費では莫大な稼ぎを循環させるには足りない。本拠地であるウルスは基本汚職に厳しく、袖の下は通じないのでそっち方面での出費も無く、贈り物はそれこそ自作の調味料やアクセサリ、化粧品などの方がありがたがられるので、交友費用も大して使わない。

 恐らく税金と調味料の材料仕入れ以外で、アズマ工房関係者で一番金を使っているのは真琴の飲み代であろう。前二つと比べるといきなり桁が二つぐらい落ちるあたり、アズマ工房の経費の少なさは実に困ったことになっている。

 正直な話、仕事と勉強ばかりしていて金を使わないから、テレスとノーラの春が遠いのではなかろうか。

「結局、衣食住に娯楽、全部無料で賄えちゃってるのが問題なんだよね。あんまりお金貯め込んでも、いい事ないし」

「いっそ、ドラゴンスケイルメイル量産してレイっちに押し付けて、どっか土地でも貰うか?」

「土地貰ってどうするの?」

「神の城、建ててまいたいから丁度ええかな、っちゅう感じやねんけど」

「あ~、それもあるんだっけ。建てるの、どれぐらいかかる?」

「多分、一カ月ぐらいや」

 ゲーム時代を通して、いまだにスキル習得クエスト以外で誰も建てた事がない神の城。ついにそれを建てるための行動を考え始める宏。神の船の性能から、どうせまたとんでもない代物になるんだろうな、とぼんやりと考えながら旨煮を作り始める春菜。

「まあ、そこら辺はおいおい考えるとして、もう一品ぐらい作るか?」

「ボクはあった方がうれしい」

「ほな、せやなあ。高野豆腐と豆を卵とじにしよか」

「うん」

 結局澪のこの一言により、味噌汁にご飯、鳥肉の旨煮、高野豆腐と豆の卵とじ、香の物の組み合わせでこの日の昼食が完成する。

「野菜が足りないからかな? まだスキルが生えてきたような気がしないよね」

「まあ、晩飯で生えるんちゃう?」

 一応卵とじの豆や旨煮の野菜、みそ汁の具などは神域で収穫したものを使ったのだが、使った量が少ないからか、それとも肉がジズのものだけだからか、作業中にエクストラスキルが使えるようになった気がしない宏と春菜。

 それでも昼飯はとてつもなく美味で、心の底から味に満足できたアズマ工房の人たちであった。







「中華から攻めたのか?」

「ウズラの卵ぐらいの大きさの卵があったから、八宝菜なんかいいかも、って話してたら自然にこうなった感じ」

 夕食時。食堂にこれでもかと並べられた料理を見て正直な感想を告げる達也に、メニュー決定までの流れを春菜が説明する。

「で、エレーナ様が来るって言ってたから、一応病み上がりに配慮して、ご飯ものは中華粥、って言うか薬膳粥っぽいものにしたよ」

「普通に美味しそうだし、別にいいんじゃない?」

 春菜の説明を聞きながらも、既に視線は餃子とシュウマイをロックオンしている真琴。真琴的に酒と一番相性がいいのは、そこら辺の料理なのだ。

「で、一応中華だから、お酒は紹興酒っぽいのを即席で用意してみたんだけど……」

「春菜、愛してる!」

「即席で醗酵のさせ方がいい加減だからあまり味は保証できないって、作った宏君は言ってるんだけど……」

「それでもいいの!」

 春菜の説明に、力一杯力説する真琴。未成年で飲めない癖に、宏が仕込む酒はどれも高級感があって非常に美味い。若い酒は若い酒なりに、ちゃんと熟成されたものは熟成されたものなりに素晴らしい味を見せる。醗酵のさせ方がいい加減といったところで、恐らく中堅どころの酒蔵が作る酒より美味いだろう。

「後、デザートに一番大きな卵で作ったプリンを用意してあるから、一応お腹は空けておいてね」

「普通の白ご飯も用意してるから、八宝菜と麻婆豆腐はどんぶりも可」

 続いての春菜のメニューの説明に、澪が補足をする。白ご飯もあり、という言葉に、粥とどんぶりのはざまで悩む達也。割と中華丼が好きではあるが、粥も実にうまそうなのが悩ましい。

「唐揚げとかは好きなだけ食べてね。後、スープもおかわりがあるから、欲しかったら言ってね」

「相変わらず、試作とは思えない見事な料理だな」

「本当。思わず食べすぎちゃいそう」

 春菜の説明が終わったところで、中華主体の比較的珍しいメニューにため息交じりに感想を告げるレイオットとエレーナ。味付けを失敗したとかその種の料理をここの連中が客に出す訳もなく、見た目通り、もしくは見た目以上に美味いのは既に保証されたようなものである。

「ほな、飲みもんもスープも行きわたったし、そろそろ食べよか」

「その前に、我々にも振舞ってもらえるとありがたいところだな」

 宏がいただきますの挨拶をしようとしたその時、唐突に表れたアランウェンが自分達の分も要求する。

「あら、アランウェン様」

「食事時にすまんな、姫巫女よ。この匂い、さすがにこらえきれん」

「私は別に気にしないのですが、アルフェミナ様が少々へそを曲げておられますわ」

 唐突に表れたアランウェンに、平然とした態度で対応するエアリス。素晴らしく慣れた態度である。

「そもそも、ここにきているのは私だけではないぞ」 

「実は吾輩もいるのである!」

「イグレオス様もおるっちゅう事は……」

「うむ。儂もおるぞ。儂だけではなく、エルザも来ておる。アルフェミナは遠慮して姫巫女の味覚を共有することで、現時点でお主らと縁を繋げておらぬ神達の不満をそらそうとしておるようじゃ。恐らく、無駄な努力になるじゃろうがな」

 イグレオスに続いて現れたダルジャンの言葉に、実に恥ずかしそうにおずおずと出てくるエルザ。恐らくエアリスの身体に降りて来ているであろうアルフェミナも含むなら、宏達が出会い、縁を結んだ神々が全員揃った事になる。

「で、皆様の分を用意するんは全然問題あらへんのですけど、こらまたどういう騒ぎで?」

「知れた事よ。数千年ぶりに用意された、神々の晩餐にふさわしい料理。時間も空間も超えて我々の領域まで届くその匂いに、どうして辛抱できよう?」

「しかも用意したのが知人であり、我らが少々食しても十分な量用意されておるのじゃ。食いに来るのが宿命じゃと思わんか?」

「要するに、美味そうな料理にホイホイされたって訳ですか……」

「そうとも言うのである!」

 非常に好き勝手さえずる神々に、呆れて突っ込みを入れる達也。そんな同僚の姿に恥ずかしそうにしつつ、それでも料理をロックオンしたまま視線を外さないエルザ。

「まあ、量は十分に用意してありますし、テーブルにも余裕がありますし、好きなだけ召し上がって行ってくださいな」

 少々あきれをにじませながらも、食糧庫から取り出した料理を、神様用テーブルに並べていく春菜。その様子に、ますます申し訳なさそうにするエルザ。常識神っぽい彼女をして食欲に勝てなかったあたり、自分達はとんでもない料理を作ってしまったのではないかと、内心で微妙に慄いているのはここだけの話である。

 それ以前の問題として、神様オールスターズの登場には、日本人一行とエアリス、ライム、それからひよひよと芋虫という神の存在に慣れている面子以外は完全に委縮してしまっているので、自分達が作った料理におののいている春菜などは可愛らしいものだが。

「そういう事のようですので、アルフェミナ様もいらっしゃって問題はないかと思います」

「……分かりました。無駄な抵抗は諦めます」

 エアリスの呼びかけに応え、ついに心が折れたアルフェミナが食卓に現れる。その姿はかつて、エアリスがライムへのプレゼントを使って大人になった時のそれと同じである。

「作った宏殿と春菜殿、それから澪殿の御三方を除く皆様。食べる際には覚悟しておいてください」

「覚悟?」

「ええ。これを食べてしまえば、この工房で供される以外のどんな料理も、二度と感激できるほど美味しいと感じられなくなります。無論、達也殿にとっての奥方の料理のように、例外が無いとは言い切れませんが」

「それほどですか……」

 誰かが呟いた疑問に、丁寧に答えるアルフェミナ。その仰々しい内容に、微妙に顔が引きつるジノ達新米職員達。逆に、他のメンバーは何をいまさら、と言う表情を浮かべている。

 特にファムとライムにとっては、もはやこの工房で食べる料理が家庭の味だ。どっちに転んだ所で、これ以上美味いものを食べられる事はあり得ない。

「恐らく、皆さんが思っている以上の味ですが……」

「こればかりは、食うてみん事には理解できんからの。それが宿命じゃ」

 エルザとダルジャンの追い打ちに、流石の王宮組も少々不安になってくる。逆に、ある種悟りきっているのか、ファム、ライム、テレス、ノーラの直弟子組とエアリスは平然としたものだ。

「いい加減我慢の限界なのである。早く食わせるのである」

「せやな。ほな、今度こそ、いただきます」

 宏の号令に従い、いただきますが唱和する。そして一口食べた瞬間、調理をした宏と春菜、澪を除く全員が、あまりの美味に言葉を失う。

 本当に美味いものを食べると、味のコメントなどできない。ただただひたすら美味いとしか言えない。いや、そもそも、美味いという言葉すら出てこない。言葉にならない言葉を漏らしながら、ひたすら料理を食べ続ける一同。調理していない人間で比較的冷静なのは達也だけで、その達也ですら静かに好物の八宝菜を食べ続けている。

「やはりですか……」

「ライム、これも美味いぞ」

「うん!」

「これも美味いのである!」

 予想通りの反応に小さくため息をつくエルザをよそに、いつの間にか拉致して膝の上に乗せたライムにひたすら料理を与え続けるアランウェンとイグレオス。神様二人から餌付けされつつ、どんどんと料理を平らげていくライム。

 ひそかに取り皿に分けてもらった八宝菜の白菜を芋虫が食んでいるが、もはや半分風景なので誰も気にしていない。

「ちょっと覚悟が甘かったのです……」

「でも、材料があるんだから、これを目標にすればいいんじゃない?」

「ファム達はそれでもいいけど、私はちょっとどころじゃなく厳しいんだからね?」

 ようやく多少落ち着いたところでそう洩らしたノーラに、ファムがそんな身の程知らずな言葉を告げる。どうやら年齢と慣れもあってか、ライム同様他のメンバーよりは影響が少なかったようだ。

 ファムの身の程知らずな言葉にかなり大ダメージを受けている様子を見せるテレスが、実に哀れを誘う。

「何にしても、気に入ってもらえてよかったよ」

「今後、他の貴族から食わされそうなものを褒めるのに苦労しそうだがな……」

 自分達の覚悟などまったく役に立たなかった食事を終え、春菜の言葉に答えるようにしみじみとぼやくレイオット。間違いなく、これより美味いものなど食う機会はない。実に面倒だ。

「おぬしらも大変じゃが、むしろ今後一番大変なのは、そっちの小僧じゃろうな」

「そろえるだろうとは思っていましたが、本当にそろえてしまうと、いろいろと思うところがあるものですね」

 レイオットのぼやきに、一杯やりながらエビチリを堪能していたダルジャンとアルフェミナが、やれやれという感じで口を挟む。それを聞いた一同の視線が、神様席に集中する。

「宏殿。あなたはもう、完全に後戻りできなくなりました。覚悟はいいですか?」

「いや、覚悟ってなんの?」

「それはもちろん、本当の意味で人でなくなる覚悟です」

「ちょいまち、それ後戻りできんなったって、怖すぎるんやけど!?」

「何、おぬしは前から既に半分後戻りできんところまで来ておった。辛うじて人間だったのが人間でなくなるだけで、さほどかわりはせんよ」

「多分大違いやで、それ!」

 宏の悲鳴交じりのツッコミを流し、普通に宴会に突入する神々。邪神がらみでストレスがたまっているからか、なかなか派手にはしゃいでいる。

 実のところ、現段階ではまだ、全ての能力が宏という存在に定着している訳ではないため、ほぼ神になったといってもまだまだ境界線上をふらふらさまよっている段階なのだが、神々からすれば時間の問題なのでこういうもの言いになっているらしい。

 余談ながら、この時宏が身につけたのは料理のエクストラスキルである「神々の晩餐」だけでなく、メイキングマスタリーのエクストラスキル「神の匠」もあるのだが、この時点ではその事実に気がついているのは神々だけである。

「ねえ、宏君」

「なんやのん……」

「私の気持ちは、宏君がどんな存在になっても変わらないから、ね」

「私もですわ、ヒロシ様」

「いや、それ何の慰めにもなってへんから」

 いろんな意味で死刑判決のような神々の言葉に、更に正直な気持ちをぶつけて更に追い討ちをかける春菜とエアリス。ひそかに同じことを考えつつ、あえて言わなかった澪は正解なのかどうなのか。

 そんな宏達を無視して、ひよひよからもらったサラダのレタスを黙々と食べる芋虫。食物連鎖的に考えるとなかなか奇妙な光景なのだが、正直どうでもいい事なので誰も気にしていない。

 こうして、宏がいろんな意味で人間のカテゴリーから外れる事となる、そのきっかけとなった食事会は、ファムとライムがエクストラスキル「神々の晩餐」を習得するフラグを立てつつ終わるのであった。
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