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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ローレン編

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エピローグ

 目が覚めた時、そこは図書館ではなくなっていた。

「ふむ、目が覚めたかね?」

 宏が目覚めてすぐ、禿頭で筋肉質な肉体を持つ、どうにも人間だとは思えない老人が声をかけてくる。

 もっとも、決して狭くは無い部屋一面を完全に浄化し、神域として成立させるだけの力を常に発散し続ける老人を、人間だと思えるようではいろんな意味で先が思いやられるのだが。

「えっと……」

「ここは儂を祀る神殿の神域じゃ。とりあえず、知らない天井だ、とかその手の定番らしいセリフは言わん方がええ。定番は滑りやすい上に、滑った時のダメージは大きいからの」

「目ぇ覚めた途端に初対面の神様に、言うても無いギャグの駄目出しされるとか、どうなんやろう……」

「それがお主の宿命じゃ」

 妙な宿命を押し付けられ、思わずげんなりした表情を浮かべる宏。エルザ以外、宏達の前に肉体を持って出てきた神にまともな性格をした者がいないのはどう言うことか。

「それはそれとして、我が巫女がまだ起きてこんようだから、一応自己紹介といこうかのう」

「あ、それやったら、他の人間も起こしますわ」

「いや、我が巫女以外は、すぐに起きてくるじゃろう」

 神の言葉が終わるか終らないかのタイミングで、妙に色っぽいうめき声を小さく漏らしながら、春菜が身を起こして頭を軽く振る。ほつれて頬にかかった髪が日頃の残念さを完全に覆い隠して、普段は欠片も存在しない妙なエロスを感じさせる。

 もっとも、色気だのエロスだのに惑わされるには、まだ宏の女性恐怖症は克服しきれておらず、そんな春菜の姿にも反射的に湧きあがる恐怖を抑えるのに手いっぱいで、それ以外の何かを感じる余裕は一切ないのだが。

「……えっと?」

「今から、神様の自己紹介聞くとこや。っちゅうても、この状況で出てくる神様っちゅうたら決まっとるけどな。サーシャさんの事を我が巫女とか言うてはるし」

 起きぬけで状況を把握しきれていない春菜に、とりあえず簡単に現状を説明する宏。と言っても、ここが安全圏であろう事は簡単に分かるので、これから何をするかだけになるが。

 春菜に続いて起きてきた澪達も、夢うつつという表情で宏の言葉を聞く。押し付けられた情報やらスキルやらの量が多く、まだ馴染み切っていないのであろう。どうにも反応が鈍い。

「さて、全員起きたことじゃし、自己紹介じゃな。まあ、予想はついておろうが、儂がダルジャンじゃ。一応、知の神なんぞをやらせてもらっておる」

「ああ、やっぱり。僕らも自己紹介した方がええですか?」

「いや。お主らの情報は、アルフェミナを通してすべて手元に来ておるからの。時間ももったいなかろうし、そこは省略でよかろ」

 くだけた態度で、サクサクと話を進めていくダルジャン。せっかち、という訳ではないようだが、処理すべき案件の多さから、宏達に一定の配慮をしてくれているのだろう。

「さて、まずは、過去にこちらに来た異世界人、そのうちお主らと同じ立場の連中について、答え合わせといこうかの?」

「了解です。兄貴、頼むわ」

「おう」

 ようやく頭がクリアになった達也が、宏の要請を受けて前に出る。

「まずは、最初にファーレーンに現れた三人組からじゃな」

「そうですね。ファーレーンに現れたのは千二百三十一年前、男性が三人。赤阪俊司、十六歳。古賀隆太郎、二十五歳。松波航平、二十一歳。現れた場所は当時のウルス城中庭。すぐにアルフェミナ神殿に保護され、一カ月ほど神殿で当時の社会情勢や一般常識などを教育された後、当時のアルフェミナ様の姫巫女、エルザ様の巫女、レーフィア様の巫女と一緒に大霊峰での異変の解決を行う。

 その後邪神教団の起こしたいくつかの事件を解決し、当時のバルドを近衛の団長や宮廷魔術師、姫巫女などと協力して討伐。大霊峰中腹にあるかつての神域にて帰還の儀式を行い、無事日本に帰還。こちらの世界での滞在期間は、大体全部で十年ぐらいですね」

「うむ。では、ローレンでは、何があった?」

「ローレンに現れたのは八百十九年前、男性三人、女性一人。男性は高岡信輝、三十六歳、常田彰吾、十九歳、水島豊、二十五歳。女性は横山美希、十七歳。場所はルーデル湖北部のセーレ村。村で保護された後、普通に村人の生活に馴染みながら常識を学ぶ。

 何度かのモンスター大発生からセーレ村と近隣の村を守りぬき、村がある地方の領主の後ろ盾を得て出世。全員村や地方都市で伴侶を得、最年長の高岡信輝が八十三歳で、最年少の横山美希が八十五歳で残り二人が七十九歳でこの世を去るまで、ローレン人として過ごす。騎士団のトップと比較すれば劣るといえど、当時としては頭二つ飛び抜けた戦力として地域の治安を安定させることに尽力したため、今でも伝説の冒険者チームとして語られる」

「正解じゃ。ちゃんと、知識は得られているようじゃな。では、デーゼンとデュランセルの連中がどうなったかも、知っておるな?」

 ダルジャンからの問いかけに頷く日本人一同。あまり知りたくは無かった最後に、表情が硬い。

 デーゼンに飛ばされた男女二組は、バルドの暗躍とウォルディスの進攻、その両方に対して矢面に立たされた揚句、終戦協定の時にウォルディスに引き渡されて大罪人として男は拷問、女は凌辱の限りを尽くされた上で見せしめにかなり酷い方法で処刑されている。記録が不自然に消されているのは、その処刑の仕方とそこに至るまでの経緯が、何百年たとうと国そのものの品性やら倫理道徳やらを疑われるほどのものだったからだ。

 特に魔法使い系廃人としてどちらの勢力にも致命的なダメージを与えた女子高生・楠本千秋の最後は壮絶で、とても文章にできぬような殺され方をしたのだ。まったく面識がない相手であり、何があったかの詳細情報を文章として淡々と知らされただけとはいえ、同郷の人間のむごたらしい最後は宏達にとって非常にショックが大きかった。春菜達女性陣など、場合によっては自分達も同じ立場に立たされていたかもしれないと思うと、他人事ではすまない内容である。

 デュランセルの三人も似たようなもので、またしても領土欲に駆られたウォルディスの王を己の身の安全のために全力で阻止した結果、もう少しで帰還できるというところで最後の最後で日和ったデュランセルの手で罠にはめられ、国を守るためという口実で生贄にされている。妙に美化された伝承が残っているのは、デュランセルが自国のために頑張ってくれた日本人を裏切った、という事実を隠すために、真実を捻じ曲げたからである。

 もっとも、どちらの件でもそれぞれの国は相応の報いを受けている。ウォルディスは当時の首都二カ所とそれ以外に三カ所、生き物が立ち入ることすらできず、アンデッドやモンスターすら発生しない土地が生まれているし、デーゼンは既に人口数百人の都市一つとなって国としては滅んだも同然、デュランセルも穀倉地帯が使い物にならなくなって常に飢餓にあえいでいる。

 「フェアリーテイル・クロニクル」が禁書となったのは、これ以外にもとても後世には残せない出来事が多く記載されており、ファーレーンとフォーレ、ローレンの三カ国以外全ての国がすねに傷を持っているために、利害の一致で禁書として封印する事になったのだ。

 記載された事実に関して、実際に起こった事を追体験できるという書物の特殊機能も、禁書指定をせざるを得なかった理由である。

「最後の一人は、予想通り禁書には記載はありませんでした」

「そちらの方は、マルクトに行けばすぐに分かるじゃろう。マルクトには正確な記録が完全な状態で残っておるからの」

「マルクトは、そこまで厳重に記録を管理しているんですか?」

「あ奴は、マルクトにとってはヒーローじゃからの」

 ダルジャンのヒーローという言葉に、微妙な表情を浮かべざるを得ない達也。踊りを広めただけで、何故にヒーローになるのか、どうにも理解できないのである。

「とりあえず、当時の事件については横に置いておこう。今更お主たちにできることなど何もない。特にデーゼンとデュランセル、ウォルディスの件は、もはや大地に呪いとして深く刻み込まれておって、今更時間を巻き戻したところで、どうにもならん状態になっておるしの」

「時間を巻き戻す、ですか」

「アルフェミナなら可能じゃからな。もっとも、世界そのものに呪詛として刻み込まれておる以上、仮に事件を完全に阻止したところで、あの土地が無くなる事はありえんが」

「そこまで、ですか……」

「そこまで、じゃ。無論、刻み込まれた呪詛を払い、土地を清浄化する手段も無くは無いが、愚か者どもに手を差し伸べると、また同じ事になりかねん。理性など持たぬ邪神が触れられぬほどなのじゃし、邪神をどうにかするまでは放置でよかろう、という事で一致しておる」

 余程ウォルディスは恨まれたらしい。第三者の手で淡々と記されただけの禁書の文章ですら鬼気迫るものがあったのだから、当然といえば当然なのだろうが、何とも切ない話である。

「話を戻すとして、こちらの世界で死んだ異世界人がどうなったか、じゃがな。ザナフェルが健在の頃はザナフェルの手で、ザナフェルが邪神の破片とともに封印されて以降はアルフェミナが、こちらに飛ばされてくる直前の状態まで巻き戻した上で、可能な限り双方の世界に影響が出ない形で元の世界に戻しておる。ウォルディスに殺された日本人達も、あの国に負わされた魂の傷を全て癒し、あった事を全て忘れさせた上で、ほぼ元通りの時間軸に戻しておる」

「……そんな真似が、できるのですか?」

「今は不可能じゃ。じゃが、たかが舞台装置とはいえ、儂らも神じゃからな。この世界の住民はともかく、他所の世界の住民は死後のルールの適用範囲外じゃから、魂の保全さえしておけば、蘇生して戻す事はさほど難しくは無いんじゃよ」

「今は不可能、というのは?」

「簡単じゃ。お主らの世界との道が閉ざされておる上、お主らの中に、魂の保全が完全では無い者がおる。あえて明言はせんが、保全が完全ではないのが誰の事かは想像がつこう?」

「……なんとなくは」

 ダルジャンの言葉に、宏と春菜を見ながら乾いた声で答える達也。最終試練の件を考えれば、この二人はいろんな意味で毛色が違うのが確実だ。

「道については、月に至った邪神をどうにかせんと、こじ開けるのも難しい。お主らのおかげで状況がこちらに傾きつつあるから、お主らが天寿を全うするまでにはどうにかできようが、なかなか時間がかかりそうではある」

「その場合、向こうでの我々はどうなっています?」

「今は時間軸が切り離されておるからのう。十分程度経過した時間軸に戻る、という事になるはずじゃ」

 つまり、ほとんど影響は出ない、という事だ。

「逆に、何らかの形で今から戻った場合、どないなります?」

 話を黙って聞いていた宏が、気になっていた事を切りだす。向こうでの経過時間は十分ほどでも、こちらで過ごした時間はもっとも短い達也と澪ですらもうすぐ一年だ。特に澪は、色々厄介な齟齬をきたす羽目になりかねない。

「つじつま合わせのために、肉体的にはこちらに飛ばされる直前の状態に巻き戻されることになる。お主らの前に戻ったファーレーンの三人とマルクトの一人も、元の世界での十分後の状態に肉体を変更されておるからの」

「こっちで身につけた能力とかは、どないなります?」

「魂に馴染んでしまったものは、肉体を巻き戻した程度では消えぬ。戻ったものもこちらで死んだ者も、一割から三割ほどは向こうの世界に戻ってからも持ち続けておるはずじゃ」

「澪の身体とかは……」

「安心せい。戻る事さえできれば、いずれファーレーンにおった頃ぐらいには動けるようになる。時間はかかるがの。その程度には、こちらでの肉体の情報が魂に定着しておる」

 向こうに戻る選択をする上で、一番懸念となっていた澪の身体。それについて、非常に明るい未来を聞かされ、表情を明るくする一行。

「まあ、チビちゃんにとっては、全面的にプラスという訳でもないじゃろうがの」

「……おいしいご飯と怠惰でただれた生活、確かに悩ましい問題」

 折角の明るい情報を、当の本人が残念な発言で叩き潰す。照れ隠しもあるとはいえ、結構少なくない割合で本音なのが本当に残念である。

「しかし、何らかの形で戻った場合、というのを聞くという事は、戻る当てがある、という事じゃな?」

「正確には、行き来できるかも、っちゅう話ですけどね」

「行き来をする、という事に覚悟はできておるかの?」

「覚悟?」

 いきなり物騒で重々しい事を言い出したダルジャンに、怪訝な顔をする宏。単に道具を作るだけの話なのに、何故覚悟を問われなければいけないのかが理解できない。

「行き来をする、という事は、お主に限っては今の力を百パーセント魂に定着させる、という事じゃ。定着させてしまって、向こうで元通りの生活なんぞできるのかの?」

 ダルジャンの重い問いかけに絶句し、パニックに陥りそうになる思考をどうにか御して結論を出そうとする。

「ねえ、宏」

「……なんや?」

「普通の人間に近い状態で戻れるに越した事は無いのは事実だけど、今の宏の能力で一割定着と全部定着だと、向こうに戻った時の差ってそんなに大きくないんじゃない?」

 結論になっていない結論を口にしようとした宏に、真琴が妙な指摘をしてくる。言われた意味を理解できずにしばらくぽかんとする宏。その宏を差し置いて、他のメンバーが先にその言葉の意味を理解する。

「言われてみりゃヒロの場合、一割でも普通に超人だわな」

「師匠の一割って、慎重に隠さないと変な組織に目をつけられるレベル」

「ごめん、宏君。否定したいけど全然否定できない……」

 真琴の指摘を受けた達也と澪の言葉に、春菜が申し訳なさそうに同意する。もっとも、当の宏ですら

「確かに、包丁で刺されて死なんのとミサイルとか食らって死なんのは、日本で日常生活する分には大差あらへんなあ……」

 などと納得してしまったりするのだが。

「ふむ。まあ、それもお主の宿命か」

 妙な方向で納得してしまった宏達を、ダルジャンが生温かい目で見守る。実際のところ、変な組織に目をつけられるとかそんなちゃちな問題ではないのだが、手遅れになってみないと実感できない種類のものでもあるので、ここでごちゃごちゃ言うのはやめておく。

「ダルジャン様。とりあえず何でもかんでも宿命で片をつけるのは、あなたの悪い癖かと思いますよ?」

「おお、起きておったか、我が巫女よ」

「答え合わせが始まった時点で起きていましたよ。口が挟めるような状況では無かったので黙っていましたが」

 重々しく呟いたダルジャンの台詞に、サーシャから鋭い突っ込みが飛ぶ。

「あ、サーシャさん、身体は大丈夫?」

「ええ。なぜ今更と言いたくなる魔法を覚えたおかげで動けるようになるまでに時間がかかりましたが、とりあえず特に問題はありません」

「そっか、それなら良かった」

「やはり皆様と違って、基礎能力の低さがもろに響いてきます。守護者のやり方で大きな魔法とかを身につけさせられると、なかなか体に定着しません……」

「多分、あのやり方がおかしいんだと思うんだ、私……」

 毎回目覚めるのが最後になる事を、地味に気にしているサーシャ。もっとも、そもそも巫女の中で冒険者並の身体能力を持っている人間など、アルチェムと辛うじて新米のジュディスぐらいなものなので、宏たちと比較すること自体がおかしいのだが。

「まあ、それはそれとして皆様、ダルジャン様の宿命という言葉については、あまり真に受けない方がよろしいかと思います。ダルジャン様は、何でもかんでも宿命の一言で片づける癖がありまして、言ってしまえばオクトガルの遺体遺棄という言葉と同じようなものなのです。仮にも神の一柱たる方から宿命と言われて気にしないというのは難しいでしょうが、どうせ大抵の事には大して意味がありません」

 サーシャのかなり酷い言葉に、思わずあっけにとられる宏達。いくらなんでもオクトガルと同じというのは酷くは無いか、と思うのだが、あいにくサーシャの顔は百パーセント本気である。

「お主、儂の巫女の割に言う事がきつくないかの?」

「いちいちいちいち何でもかんでも宿命宿命と言い放って、言われた人が何か意味があるのかと困惑したり悩んだりするのを見てにやにやしている方に、優しく掛ける言葉の持ちあわせはございません」

「別ににやにや何ぞしとらんぞ? どのような選択も、それが宿命じゃと言っておるだけじゃ。それによってどんな影響を受けようが、それこそそ奴の宿命じゃろう?」

「それは要するに、ダルジャン様のおっしゃる宿命という言葉にまったく意味がない、と白状しているのと変わらないという事です。それとも、知の神を名乗っていながらそんなことも分からぬとおっしゃりますか?」

「本気で、お主はきついのう……」

「それこそ、歴代の巫女の宿命です」

 なかなかに遠慮のないやり取りをする神と巫女に、口を挟めずにぽかんとしてしまう宏達。割と気安いやりとりをしている神と巫女はこれまでにもいたが、ここまで一方的に自身が仕える神をぼろくそにこき下ろした巫女は初遭遇である。

「儂にはきつい癖に、小僧にようアタックせんのはどう言う訳じゃ?」

「どうアタックすればいいのか、情報を集めているのです。女性恐怖症の方に、むやみやたらとアタックしても碌な事がありませんので」

「その結果、目立った動きができずに埋没する訳じゃな」

「うっ……」

 ダルジャンからのきつい突っ込みをうけ、言葉に詰まるサーシャ。自分でも思っていた事だけに、反論ができない。分の悪さを悟ったサーシャは、話題を変えて話を進めることにした。

「それで、ダルジャン様。一応皆様は試練を乗り越えられたのですが、その程度の情報だけでお茶を濁す、という事はありませんでしょうね?」

「それこそまさかじゃ。それに、まだ情報提供自体、全て終わった訳ではないからの」

「では、宿命だなんだと遊んでいないで、さっさと全部済ませてください」

「そうじゃの。お主らが何故こちらに飛ばされてきたか、そのからくりを説明せねばならん。そこそこ長い話になるから、サーシャは茶でも用意して来てくれんかの?」

「分かりました」

 ダルジャンに頼まれ、お茶を入れに神殿から出ていくサーシャ。自身の巫女が出て言ったのを確認した後、神が再び口を開く。

「お主らがこちらに飛ばされてきた理由じゃが、先に断っておくと、ゲームの開発や運営は一切かかわってはおらぬ。お主らが遊んでおったゲームとこの世界が酷似しておるのは、単純にデザイナーの中にこの世界と波長があった人間がおった、それだけの話じゃ」

「波長があう? そんな事が起こりおるんですか?」

「お主らの世界でも、創作物に対するアイデアが浮かぶ事を、電波を拾うだの神が下りてくるだのと言う事があるじゃろう? あのゲームのデザイナーの場合、その拾った電波、もしくは降りてきた神というのが、この世界を俯瞰した情報じゃった、という所じゃ。架空の物語全てがそうではないが、創作物に関してはこのパターンは割と多くての」

 説得力があるのか無いのか、いまいちよくわからないダルジャンの説明に、どう返すべきか悩む宏達。そんな宏達の反応を無視し、話を続けるダルジャン。

「ただし、ゲームがお主たちをこの世界に結びつけた、その因果関係は否定せん。何しろ、あれだけ精緻に作られた電脳世界じゃ。縁を繋いで引きずり込むのにうってつけじゃからな」

「引きずり込む、という事は、人為的な何かが関わっていると考えていいんですか?」

「うむ。とはいっても、この世界では無く別の世界の神で、しかも犯人は完全に滅んでおるがな」

「滅ぶ?」

「自身の世界で生まれた邪神をよう御せずに、他所の世界、つまりこの世界に押し付けた揚句に偶然を装ってゲームの中でたまたま波長があったお主らをこちらに引きずり込み、後始末を全て丸投げした、というのが大雑把な事の真相じゃ。ゲームのグランドクエストという奴がこちらの現状に酷似するようにデザイナーを誘導したのも、そ奴のやった事よ」

 無責任にもほどがある話を聞かされ、絶句するしかない日本人一同。押し付けられたこの世界も、後始末に巻き込まれたプレイヤーたちも、正直たまったものではない。

「元々この世界は少々境界が緩くての。昔から違う世界の人間が流れ着きやすい面はあった。そこを見事に利用されたという訳じゃな」

「そこまでやって、その神様は何で滅んだんです?」

「愚かにも、世界の共通ルールを犯した揚句に、お主らをこちらの世界に引きずり込む術式が暴走した事で、ゲームの時の能力がお主らに宿る、という形で力を大きく奪われての。自身の存在を維持するのが怪しくなって、邪神の破片が戻って来た時に対応できず、共倒れしおった」

 達也のもっともな問いに、ダルジャンが身も蓋も無い事実を告げる。その情けない終わり方に、再び絶句する日本人一行。

 この時ダルジャンはあえて告げなかったが、実はその神が自身の存在を維持できなくなった原因には、少なからず宏達も関わっている。

 一部に人間では無い関係者がいる春菜を引きずり込もうとしてしまったため、予防線として張られていた防御システムに盛大に引っかかり、物凄いエネルギーを浪費させられたのだ。迂闊にも一度発動するとキャンセルできない種類の方法を使ってしまったため、随分身を削らされてしまったのである。

 術式が暴走したのも、その防御システムと相互干渉を起こしたためだ。結果、妙な相互干渉により、二十人もの英雄級、及びその手前の人間を生み出す事となり、春菜を引きずり込もうとした消耗と合わせて存在を維持すること自体怪しくなるほどの力を持っていかれたのだ。その中に宏という神に匹敵しかねない人間が一人、真琴と楠本千秋というあと二歩か三歩で神の領域に届く人間が二人もいたことも、犯人の神にとっては運が悪かったといえる。

 自身の手に負えなくなった邪神を他所の世界に追い出し、複数の世界に対して余計なちょっかいを出したのだから、滅ぶのも自業自得といえなくもないだろう。

 なお、創造神クラスの存在にその身を削らせるほどの防御システムを用意できる存在が、何故現在こちらの世界に手出ししていないかと言うと、今のタイミングでは双方に対して致命的な影響を出さずに干渉できないから、という、もはやスケールが違い過ぎて、はいそうですか、としか言いようがない理由からだ。

「なんか、酷く都合のいい話に聞こえるんですが、単にゲームやってて引きずり込まれたってだけで、そんな力を得るほどの影響なんて出るもんなんですか?」

「これが、VR技術を使わぬ、普通にコントローラーやキーボード、マウスなどで遊ぶ種類のゲームであれば、あの程度の術式暴走でお主らがそれほどの能力を得ることはあり得なかったじゃろうな」

「VRだと、違う?」

「うむ。特にお主らの世界のものは、精神にダイレクトに接続するタイプじゃからのう。魂に対する影響力も大きいんじゃよ。その上、お主らが遊んでおったゲームは、他のゲームに比べても自分の身体を動かして蓄積する比重が高い仕様じゃ。必然的に、単なるデジタルデータとしてだけでなく、色々な情念を伴った情報として魂や世界に刻み込まれやすくなるんじゃ」

 達也の問いかけに、ダルジャンが観念的な要素を伴う説明をする。

「お主らの世界のネットワークシステムとVR技術は、もはや新たな世界を作り上げていると言っても過言では無い。故に、こういった事件や事故が起きた時、複数の世界にまたがっている存在と定義されやすく、ゲーム側の影響を受けやすくなる。それ以前に、お主ら自身も日常生活で肉体的にゲームの影響を受けていると実感した事があったじゃろう?」

「……確かに、思い当る節はありますわ。それも結構ようさん」

「まあ、本来なら、思い当たる節がある、程度で大したことにはならんが、そこに下級とはいえ創造神の行いが絡めば話は別じゃからな」

 そこまで話したところで、サーシャが血相を変えて戻ってこようとしている事を察するダルジャン。どうやら、全ての話をするには少々時間が足りないようだ。

「さて、本来なら邪神についても詳細を話しておきたいのじゃが、どうやら今日は時間切れになりそうじゃ。今ローレンが色々とややこしい事になっておっての。アルフェミナの姫巫女のおかげである程度落ち着きはしたが、まだまだ火種が残っておる。お主らも無関係とはいかんが故に、この後はそちらを優先せねばならんかもしれん」

「そんなややこしい状況になっとるんですか?」

「おう。詳細は我が巫女や関係者から聞いておくれ。儂が話すと、余計な情報まで流してしまいそうじゃからな。で、時間が無いので、先にお主らに必要となるであろう技を伝授しておく。まあ、正確に言うなら、既に習得しておってロックがかかっておる技を、ロックを外して使えるようにするだけじゃがな」

 そう言って、どこからともなく取り出した杖を軽く掲げて、宏達全員に光を浴びせるダルジャン。光を浴びた宏達が、どこか戸惑った視線をダルジャンに向ける。何か変わったような気がしないのだ。

「これで、自分の意思で一時的に心身双方のリミッターを外せるようになったはずじゃ。小僧のタイタニックロアのように、自由に使えなかった技も使えるようになるじゃろう」

 長らく使用条件不明であった宏のエクストラスキル、タイタニックロア。その使用条件がようやく明らかになる。それだけではない。

「あ、私も使えなかったアルフェミナ様の魔法、使えるようになったみたい」

 春菜も四つのうちの最後の一つ、今までどうやっても発動しなかった障害魔法が使えるようになる。

「要するに、宏のも春菜のもリミッターを外せないから使えなかった、って事かしら?」

「多分そうだと思う」

「そうなんやろな」

 恐らく、今まで宏が発動できていたのは、無意識に一瞬だけリミッターを外していたからなのだろう。そう結論をつける。

「どうやら、無事にロックが外れたようじゃな。それ以外にも、禁書庫の最後の試練で神の技を身につけておろうから、落ち着いて確かめておくといいじゃろう。中には、儂から伝授するつもりじゃったものもあるからの」

 ダルジャンのその言葉が終わると同時に、サーシャが神域に駆け込んでくる。

「ヒロシ殿、皆様! 三日前に国王陛下が王室の解体と王制の廃止を宣言なさり、その責任を取って自害する、と!」

「そらまた、えらい騒ぎやな……」

「幸い、エアリス様のご尽力により、陛下は自害の意思を取り下げてくださっておりますが、情勢はまだまだ流動的です! おかしなことに巻き込まれぬよう、情勢が落ち着くまでウルスにお戻りください!」

「ダルジャン様の話、全部聞いてからやとあかんの?」

「申し訳ありませんが、私がもう戻ってきている事が知られてしまっています。今戻らねば、神域を出た瞬間に妙な勢力に捕まる可能性すらあります!」

 宏達が禁書庫に潜っている間、ローレン全域を揺さぶった一連の騒動。必要な粛清は大方終わっているのだが、一部の大物が行方をくらませていたりとまだまだ全てが終わっている訳ではない。

「儂の話は情勢が落ち着いてからでも間に合おう。……そうじゃな。現在仮免中の新たなエルザの巫女が、もうじき本免許の試験を受けることになる。その試験にお主らも立ち会う事になるじゃろうから、それが終わった後にエルザ神殿の方に出向いて話す事にしようかの」

「それでええんやったらそれでお願いしますわ。このままやと何ぞ面倒なことに巻き込まれそうやし」

「うむ。後、これは出血大サービスじゃ。工房の転送室まで送ってやろう」

 ローレンの些事に宏達を余り拘束してはいけない。そういう判断が働いたか、空間系は専門外のダルジャンがそう申し出る。専門外といえども、自身が直接守護するルーフェウス内ぐらいなら、どれほどガチガチに転移防御がかかっていても人を送り込む程度は問題ない。

 そのまま、宏達がその申し出に対して返事をする前にさっさと転移を発動させて避難させる。

「さて、サーシャよ。あえて情報を遮断しておった意味、分かるな?」

「はい。とりあえず、自分の目で現状を確認した上で、ダルジャンの巫女として態度を決めさせていただきます」

「うむ」

 どうやら、サーシャもローレンの中枢に関わる話に宏達を関わらせるつもりは無いらしい。さっさとけりをつけるべく、巫女としての毅然とした空気を身にまとって神域を出ていく。

「さて、此度はどんな宿命なんじゃろうな」

 あとに残されたダルジャンの意味深な呟きは、誰にも聞かれる事無く神域に溶けていくのであった。







「とりあえず、どうにか目処はたったな」

「これで、陛下が心を煩わされる必要もなくなりましたな」

「まだ、ケリがついたわけではないから、油断はできんが……」

 宏達が禁書庫から出てきた翌日の午後。ローレンの国王の執務室では、穏やかな表情になった国王が学院長相手にようやく終わりが見えた王家の問題について語っていた。

「一ヵ月後から一部を除く権限と責任を三年かけて議会に譲渡、緊急時の指揮権および外交に関しての権限と責任は十年を目処に各省庁へ譲渡。それ以降国王は議会および各省庁への監視のみを仕事とする、か。連中がよく飲んでくれたものだ」

「王家がなくなるよりははるかにマシですからな」

「そこまで王家の存在に依存するのであれば、あれほどまで命令無視を繰り返さねばいいものを……」

「まったくです」

 拘束を終え、一部の処刑がはじまった反乱勢力と、彼らに対して日和っていた連中を思い出しながら、ため息混じりにぼやきあう国王と学院長。

「なんにしても、私の役目はあと十五年程度だ」

「そうなりますな」

「ここまで、何の力もなかった若造を、よく支えてくれた」

「いえ。この老いぼれは、結局何一つできませんでした。陛下があそこまで追い詰められていながら、後ろ盾としてルーフェウス学院すらまとめられなかった無能な爺です。今の結果は、陛下自身が捨て身の覚悟でもぎ取ったものでございます」

「だが、学院長がいなかったら、私は恐らくあそこまでの覚悟は決められなかった。国を見捨てて、さっさと自害していただろうな」

 自身の無力を懺悔し、国王の捨て身の行いこそが難局を切り開いた。そう告げる学院長に、本音のところを漏らす国王。

「学院長。政治の場において、あなただけが、この後ろ盾のない若造に常に味方してくれた。正直、あなたがいなければ、ローレンなんてどうなってもいいと投げ出していただろう」

 国王は知っていた。学院長だけは、常に国王の味方をしてくれていた事を。陰に陽に、国王のために動いてくれていた事を。

 いかに各方面に影響力があるルーフェウス学院の学院長といえど、所詮は学者でしかない彼の力では、人のいうことを聞かない連中をどうにかすることはかなわなかったが、王が最後まで国に対するダメージを最小限に抑えようと努力したのは、そんな学院長の献身があったからである。

「学院長、今までありがとう」

「いえ、いえ。そのお言葉だけで十分です。無能な老いぼれに、そのお言葉はあまりにも過分です……」

 王の心からの言葉に、感激の涙をこらえる学院長。実の祖父と孫のような空気を作り上げる二人をオクトガルが観察していた事に、彼らは最後まで気がつかなかった。







「……何や、三日ほどでえらいいろいろあったんやな」

「本当に、いろいろあってな……」

 工房に戻った宏達を出迎えたレイオットに事情を聞き、その目まぐるしさに呆れたような言葉を漏らす宏。なお、レイオットがタイミングよく工房にいたのは、エアリス経由でダルジャンからの伝言がファーレーンの王室に届いていたからである。

「ほんで、結局のところどないなん?」

「まず、国王陛下の自害、もしくは処刑の目は無くなった。制度に関しては混乱を避けるため、十年ほどかけて徐々に権限と責任を移行しながら王政を廃止。ただし、王家および公王選は、伝統という事もあって今後も続ける予定だ。要するに、王を単なる象徴として政治と切り離す選択をしたらしい」

「それで、自殺まで考えた王様は納得しとんの?」

「あの御仁も、責任逃れのために自殺や処刑を強要した訳ではないからな。単純に王家を解体してしまえば、ローレンという国家の屋台骨が揺らぐ可能性も重々承知している。今回は、そのリスクを取ってでも荒療治をせねばならなかったらしい」

「なるほどなあ。でも、そこまで話がまとまっとんねんやったら、僕らがここに隔離される必要あらへんのんちゃう?」

「お前らが下手に何かを言うと、今回粛清される連中がその言葉を捻じ曲げて都合のいいように利用しかねんのでな。粛清されると言っても、現時点ではあくまで身柄の拘束と、せいぜい潰す事が決まった家の財産の没収が終わった程度だ。そいつらの処罰が完了するまでは、日和見している連中がどちらに動くか分からん」

 レイオットの解説に、うへえという顔をする宏。正直、高校も卒業していない人間には手に余る。

「とりあえず、僕らは蚊帳の外、っちゅうこっちゃな」

「ああ。さんざん政治利用した私達が言う事ではないが、本来ならお前達の立場で政治に関わるなど、あってはいけない事だからな。エアリスを保護した関係上、否が応でも関わらざるを得なかった我が国と違い、ローレンの政治家のために骨を折る必要もあるまい」

「あの王様は嫌いやないから、多少骨折るぐらいはええんやけどなあ……」

「少なくとも利用されつくすだけだった状況から抜け出すきっかけをお前達が与えたのだから、既に多少骨を折っていると思えばいい」

 今までの流れからか、ある程度政治がらみの事でも動く必要があると思い込んでいる節がある宏を、どうにかなだめようとするレイオット。自分達の影響力を過小評価しすぎている宏が下手に動くと、余計な方向でこじれそうなのが厄介だ。

 本人は自覚がないが、既に宏はルーフェウス学院に自身の派閥を持っている。特別講義で金を作り出したのが決定打で、一部の教授を除き、対抗派閥ですらその存在と実力、及び発言内容については一定以上のラインで認めているのだ。恐らく彼がルーフェウス学院に対して何か発言すれば、学院の教授や学生の七割はその言葉を支持するだろう。

 ルーフェウス学院において七割の支持を得られる、という事は、それだけでもローレンの政治に対して無視できないインパクトを与える。

 故に、今宏に下手な事を言わせてはいけないのだ。

「っちゅうか、そこまでやらせるような引き際もわきまえてへん連中を、先代とかは何で野放しにしとったん?」

「先代は急病でそこまでの余力がなかったらしい。元老院は現王の能力を知っていたが故に、下手に自分達が解決して実績を横取りする事を恐れたとのことだ。自分達が実権を握っている間に、司法の連中がそこまで狂っていたとは思わなかったらしくてな」

「またええ加減やなあ……」

「そんな事情でもなければ、あの王の実力であの馬鹿どもを排除できない訳がなかろう? 国の内外問わず、どの勢力にも一切悟らせずに王家解体の準備を完了させるような王だぞ?」

「まあ、せやねんけどなあ……。そもそも、そんなアホどもが国の上層部にひしめいとったこと自体が理解できんで」

「少なくとも、十年前は有能だったようだ。父上やフォーレ王が、その有能さにいろいろ苦労させられたと言っていたから、間違いないだろう。昔は有能だったが、時代の流れについていけず偏った思想で周囲を認めずに暴走する、やたらと影響力と実行力だけはある無能な働き者の年寄、なんてものはいつの時代、どこの国にも珍しくは無い。たまたま、そういう連中が集中しただけだろう」

 正直、国としてはたまったものでは無い話を淡々とするレイオット。実際に珍しく無い話である上、そういう人間ほど後進に道を譲らないために上がつかえてしまうのが難儀な話である。

「それにしても、結局僕らは、何のために王様の頼みごと聞いたんやろうなあ……」

「彼に馬鹿と戦うための実績を与えるためだろう?」

 宏のぼやきに、身も蓋も無いコメントをするレイオット。結局、宏達が最後まで蚊帳の外のまま、ローレンの政治に吹き荒れた嵐は深い爪痕を残して去っていくのであった。
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