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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ローレン編

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第12話

「ようこそ、イグレオス神殿へ」

「お世話になります」

 宏の誕生日パーティ前日。エアリスはとあるアイテムの準備のため、アルチェムとジュディス、サーシャを伴って早朝からイグレオス神殿を訪れていた。

「そうそう、忘れていた。ジュディス、エルザ様の巫女就任、おめでとう」

「ありがとうございます、ナザリア様」

「様は必要ないよ。巫女に就任した以上、私と君は同格なのだから」

 ナザリアにそう窘められ、酷く恐縮するジュディス。姉・プリムラと違い、ジュディスは物心ついた時からイグレオス神殿のダール分殿に預けられている。イグレオス神殿のシステムや慣習の問題から、見習いとして修業をはじめたのは今のエアリスより大きくなってからではあるが、それでも産まれてからの大部分を神殿で暮らしているため、イグレオスの巫女といえばどうしても崇め奉る対象という意識がぬぐえないのだ。

 しかも、ジュディスがエルザの巫女として選定されたのは先週で、現在はまだ先代から力の移譲を済ませ、なじませ終えたばかり。巫女としての本格的な教育はこれからとあっては、見習い意識が抜けないのも当然といえば当然であろう。

「それにしても、ザナフェル様とイグレオス様だけでなく、エルザ様の巫女となれるだけの素質もあったとは、少々意外だったよ」

「私もです。エルザ様によると、どうもある種の突然変異みたいなものだそうですが……」

「まあ、君のように二柱も三柱もの神に仕えられる素質の持ち主が、そう簡単に何人も生まれて来てはたまったものではないがね」

「私もそう思います」

 ナザリアの遠慮のない物言いに、苦笑を浮かべて同意するジュディス。

「それに、なってみて分かりました。私程度ではハルナさんにはどう頑張ってもかないません」

「彼女こそ例外中の例外だよ。いかに知られざる大陸からの客人とはいえ、何をどうすればあそこまで全ての神との親和性が高い人間が生まれるのか、想像もつかない」

 春菜の事に言及したジュディスに、ナザリアが複雑な表情で告げる。イグレオスの巫女としては、ナザリアの素質は歴代屈指の低さだ。それでイグレオスがどうこうする事は無いが、春菜以外にもエアリスやアルチェムのような化け物じみた素質の持ち主が揃っているこの時代に、ナザリア一人が神殿の外では交信もできないというのは精神的に辛い。

 もっとも、王家の血によって安定して力の強い巫女を輩出しているアルフェミナ神殿と違い、他の神殿は神殿の敷地内での交信どころか、辛うじて必要な祭祀ができるだけという人物が巫女をやっていた時期も珍しくない。それから比べれば、神殿の敷地内にいれば顔を合わせずともイグレオスと会話できるナザリアは、低いといってもアルフェミナの姫巫女を除く歴代の巫女全ての平均ライン近辺には居るのだが。

「ハルナ様に関しては周囲にもっとすごい方が一杯おられたようで、色々と能力面で異常なのはそこに起因しているようです。あの方よりすごい人材がごろごろしている、という環境がどうにも想像できませんが、その環境に慣れてしまってかどうしても色々とご本人の自覚が薄いですね」

 常日頃から春菜が周囲に話していることをもちだし、困ったものだとばかりに春菜の異常性を周知するエアリス。春菜はこの世界に来る前からハイスペックすぎるほどハイスペックだが、この世界に飛ばされることで得た能力を踏まえてなお、彼女がかすむほどの実力を持つ人材が周囲にごろごろ居たらしい。

 そんな環境に身を置き続けた結果、自分が平凡な女だという勘違いこそしてはいないが、特別な能力の持ち主だとも思っていなければそうなろうとも思わないという、十代らしからぬ枯れた考えを持ってしまったのが今の春菜だ。

 宏に恋をしたおかげで、宏の特別になりたいという年頃の乙女にふさわしい野心を持つようにはなったが、それでもなお、いまだに自分がオンリーワンだともオンリーワンになれるとも思っていないのは本当に困ったものである。

 もっとも、春菜のそのあたりの問題を、「困ったものだ」程度で済ませてしまうエアリスも、大概普通から外れた能力と感性の持ち主ではあるが。

「えっと、ハルナさんの事は置いておくとして、儀式には時間がかかりそうですから、早く始めた方がいいのでは?」

 どうにも春菜の話で盛り上がりそうになっているのを見て、アルチェムが本題に引っ張り戻す。

「そうだね。作るものが作るものだけに、手順もややこしければ必要な準備も洒落で済まない。イグレオス様に直接補助していただかなければ、私の素質ではそもそも最後の儀式に到達しないだろうしね」

「私も、アルフェミナ様に降りて来ていただかなければ少々厳しいところです」

「そもそも、アルフェミナ様とイグレオス様が直接協力してくださる事が確定していて、五大神の巫女が二人とダルジャン様の巫女がいる、という条件がそろっていなければ、試すまでもなく失敗するような代物だからね。アルフェミナ様に降りて来ていただかなければ厳しい、なんていうのは当たり前の話だよ」

「ダルジャン様の巫女として断言します。神々の直接的な協力なしで作り上げるなど、最初から不可能です。むしろ、本殿から離れているのにアルフェミナ様をその身におろせるエアリス様がいるからこそ、儀式が成立するのです」

「と、言うか、アルチェム殿もいるんだから、むしろ私はいなくてもいい気がする。オルテム村の神殿でやればアルフェミナ様とアランウェン様の力を最大限に生かせるのだから、四人でやっても十分なのではないかな?」

 巫女としては自己評価の低いナザリアが、冗談交じりに腰が引けた事を言い出す。それに対して、サーシャが即座に突っ込みを入れる。

「それでは属性が足りません。ナザリア殿が巫女としての己に自信が無い事は分かっていますが、この状況で腰の引けた事を言うのは感心しませんよ」

「分かっているさ。そういう意味では本来なら、ここにレーフィア様かソレス様の巫女がいることが望ましいのだが、どちらも本殿がおいそれと連絡を取れる場所ではないのがね……」

 サーシャに言われた事を、苦笑しながら肯定するナザリア。その二柱に仕える巫女に関しては滅多なことでは表に出て来ないこともあり、代替わりしたばかりだったり神殿から簡単には動けなかったりするこの場の巫女達には、連絡を取る手段がない。

「とりあえず、時間もそんなにありませんし、早く儀式に入りましょう」

 またしても横道にそれそうになったナザリアとサーシャに対し、とりあえず釘を刺して話を元の流れに戻すアルチェム。エロトラブル要因とオクトガルが存在しなければ、基本的にものすごくまともなエルフである。

 流石にここからはナザリアもごねるような態度を取る事は無く、ようやくここ十年ほどで一番大きな儀式が始まるのであった。







「とりあえず、現時点で報告する事はこんなところ」

 昼過ぎ。レイニーはレイオットに最新のローレン王宮の内部状況を報告していた。

『すまんな、助かった』

「わたしもあの国王陛下は嫌いじゃないし、ハニーの助けになるなら問題ない」

『面識があるのか?』

「学食の時にちょっと」

 やけにローレン王に好意的なレイニー。その理由を聞き、一応納得するレイオット。あの頼りない王は、あれで意外と人たらしだ。それも、宏やレイニーのような、ある種癖の強いタイプに人気が出やすい人種である。

『それにしても、見事にローレンの公王制の欠点が浮き彫りになっているな』

「今のローレン王宮には、王を補佐して自分の実績を作る視点がない」

『元暗殺者ごときにそれを言われるあたり、いろいろと終わっているな。しかも、私の目から見ても否定の余地がまったくない事実なのが、救いようがない』

 レイニーの厳しい一言に、更にえぐりこむようなコメントを重ねるレイオット。それぐらい、今のローレン王宮は終わっていた。

『そもそも解せんのが、現王に実績がない事を口実に、諜報部隊がまともに働かん事だ。ローレンの場合、即位三年目の王には基本的に実績などないし、これまでの調査報告を信じるなら、少なくともかの国王陛下が諜報部隊をないがしろにした過去は無かったと思うが……』

「王様サイドに関しては、原因になりそうな要素は見つからなかった。そもそも、即位するまで隊員と接点なかったし。だから、もしかしたら、部隊丸ごと、どこかに抱きこまれてるのかもしれない」

『だとしたら、とんだ売国奴どもだな』

「おかげで、いろんな意味でフリーパス」

 レイニーの一言に、ローレンの未来の暗さを思って小さくため息を漏らすレイオット。カウンターインテリジェンスすらまともに行わない諜報部隊など、何の存在価値もない。

『諜報部もだが、他の連中も大概醜いな。自分達で選んでおきながら実績を理由に何一つ指示を聞かんくせに、失敗したり問題が起こったりしたらトップの責任論にすり変えて国王に責任を押し付ける。こんな事を続ければ、民からの信頼を失って早晩国が崩壊する事も分からんらしい』

「仮にも国の顔に自分達の失敗をなすりつけるとか、現場の人間からはかなり反発買ってる。ハニーが送り込まれた島の一件は別として、最近王さまの責任にされてる失敗は、ほとんどが王さまとか宰相とか良識派の大多数の貴族とか現場の責任者から止められてるのに、自分達で勝手に強行しようとして現場の反発や王さまからの中止命令で派手に失敗した事を、王さまがやろうとして自分が止めた事にしてるパターンだし」

『それで、実際に彼の国王陛下が直々にやらかした失点にされてしまっているのが、なお解せんな。ローレンでは責任の所在をはっきりさせるために、緊急時および問題が起こっても影響が少ない一部例外を除き、基本的に口頭での指示は無効という扱いだったはずだ。それとも王の命令は例外扱いになったか、明確な証拠として命令書が出て来ているのか?』

「どっちも違う。法制局が王様がやったと認定し、現場や実行犯をおとがめなしにした。むしろ、王様からはちゃんと禁止命令が出てるし、その命令書もある」

『なるほど、な。邪神教団の影響で足を引っ張られたか』

「因みに島の件は、前例踏襲だって。邪神教団に思考誘導されてた頃の悪い前例でも、前例は前例だから、って言ってた」

 レイニーの報告を聞き、深々とため息をつくレイオット。それで裏事情を全て察してしまったのだ。

 恐らく、命令無視をした人間をおとがめなしにしたのは、王が私利私欲のために圧政をおこなおうとした時の対抗措置として設定された条項を、そのまま適用したのだろう。国を守るために必要な条項ではあるが、王に正当性が無いと断言できる状況にのみ適用するよう、厳密に運用しなければ国の秩序の崩壊につながる条項でもある。それを、恐らく今の法制局は自身の独善的な考え方で恣意的な運用をしているのだろう。

 ドルテ島の事件に関しては、現在機能不全を起こしている司法では、間違っていると分かっていても前例を踏襲するしかないようだ。そんな事をしていれば、機能不全から回復する頃にはその問題の多い判決が正しい事になってしまうのだが、それが分かっていてもどうにもできない状況になっているらしい。

 現王にとっては、ある意味最悪のタイミングで島の事件が起こったと言えよう。国家を転覆させるという目的を、自分達がほぼ駆逐された後で達成しそうになるあたり、ローレンの邪神教団は有能なのか無能なのか判断に困るところだ。もっとも、宏以外はだれもやろうとしなかったポメの魔改造をある程度成功させ、自滅したとはいえローレンに大きな被害を与えたのだから、まったくの無能という訳ではないだろう。

 何にせよ、不可抗力による避けられない被害や現場の勝手な暴走を、全て王一人の責任にして弾劾する現状は論外だ。現場の暴走を止める事ができなかったトップが全責任を負うべき、という考えもあるだろうが、それでも暴走した現場にもちゃんと処罰は必要である。

 それすらできないようであれば、現場はしたい放題になり、秩序も何も無くなってしまう。原因が圧政であろうが王権の弱体化であろうが関係なく、誰かの極端な暴走を止められなくなった時点で、国の滅亡は確定するのだ。

『しかし、この報告書が正しいなら、我々はまだ、下手に手を出さん方がいいな』

「うん。ハニーを引っ張りこんで、邪神教団に浸食されてた司法の清浄化とルーフェウス学院の改革を成立させた事はちゃんと大きな実績として認定されてるし、新しい司法の長官は、今まで王の責任とされていた事件について、内容を精査したうえで判決を破棄して、本来の責任者に責任を問う方針だって言ってた」

 全部実際にやったのは宏かレイニーなのだが、そもそもアズマ工房と友好的な関係を結んで頼みを聞いてもらえたのは、今の王の功績だ。少なくともレイニーは、自分の成果が国王の功績になる事に対して、まったく不満は無い。

『なら、やるとすれば新しい司法の長官が害されぬよう、西部の人間でひそかに護衛をするぐらいが妥当か』

「あとは、王様が早まった事をしないように注意するのと、すっかり存在意義をなくした諜報部隊を作りなおす手伝い辺り?」

『そんなところだな。特に、彼の陛下が早まった事をしないように、というのは注意しておいてくれ』

「了解」

 レイオットの指示に頷き、通信を終えようとするレイニー。そこに、忘れていた事を伝えようと声をかけるレイオット。

『ああ、すまん。明日のヒロシの誕生パーティだが、羽目をはずして宏を襲おうとしないのなら、参加しても問題ない。今回はそれぐらいの実績は積んでいるし、ハルナ達からも許可は出ているからな』

「いいの?」

『ああ。功績には報いんとな』

「……嬉しい……」

 思いがけず参加が許された宏の誕生日パーティ。その事に、心底感激して見せるレイニー。基本かなりの変態だが、意外と純粋に恋する乙女もやっていたりする。

「明日の晩まで、仕事頑張る」

『ああ、頼む』

 やけに気合の入ったレイニーの言葉に、仕事に打ち込んで成果を出してくれるのはありがたいと思いながらも、宏に迷惑がかからないように本番ではきっちり手綱を握らねばと覚悟を新たにするレイオットであった。







「とりあえず、試食のためにリヴァイアサンをお造りにしてみたんだけど……」

「トロに赤身、白身まではまだいいとして、何でホタテとかシャコガイの貝柱みたいなのまであるんだ?」

「分かんないけど、倉庫の表示はまぎれもなく『リヴァイアサンの貝柱』だったよ?」

「一体どういう生態してんだよ……」

 レイニーが報告をしている同じ時間帯。春菜がリヴァイアサンの各部位を、とりあえず刺身にしてテーブルに並べていた。

「なんかこう、海鮮丼が作れそうなラインナップね……」

「それは私も思ったよ。今回は純粋に味見だからやらなかったけど」

 赤身も白身も複数の種類があるリヴァイアサンの刺身を見ての真琴の感想に、春菜が真顔で同意する。鮮度ばっちりの魚肉だ。海鮮丼にすればさぞかし旨かろう。

「春姉、赤だしは?」

「用意してるよ。ちょっとまだ解体が甘いからあら汁にはできなかったけど」

「むしろ、師匠一人でここまで解体してる方が驚き」

「だよね」

 何もかもスケール違いの生き物に、ありきたりの感想しか出て来ない春菜と澪。そもそもが釣るのを成功している時点でおかしいのだが、異世界で部分的に物理法則とかが違うから、の一言で納得する事にしている。

「まあ、折角やからはよ食おうや」

「そうだね。はい、宏君」

 宏に言われて、用意した赤だしを配っていく春菜。宏の元に赤だしを置いた際、その距離はちょっと工夫して約七十五センチだった。かつては配膳のためであってもその距離では身構えていた宏だが、今回は特に目立つ反応を見せなかった。その事に内心、やっとここまで来たかと感慨深いものを覚える春菜。

 生物学的に女性である人物で、この距離に入って警戒されずに済むのは春菜とエアリスとライムのみ。宏の膝に座れるライムは別格としても、次点の真琴と澪ですらまだ九十センチの壁を突破しきれていない事を考えれば、春菜とエアリスはかなり特別な立場にいるといえる。

「それにしても、やっぱテレス達にゃまだ、生魚食わすんは無理やったかあ……」

 今日の昼は別のものを食べると力強く断言したテレス達を思い出し、思わず苦笑する宏。今頃は自分達でも調理できるトロール鳥か、ちょっと背伸びしてロックワームあたりを使った料理を作っているはずである。

 なお、ひよひよは生魚を食うのに特に抵抗がなかったからか、調理中の春菜から各種一切れずつ刺身をもらっている。ライムも好奇心はあったようだが、姉を含む数名からかなり強く制止され、試食するのは諦めていた。

「そこはもう、文化の違いだもの」

「まあ、そうやねんけど、基本何食わせても平気そうな顔しとる春菜さんが言うても、あんまり説得力無いねんなあ」

「二人で一緒の部屋にいた時は、割と食材の見た目に引いてたと思うんだけど?」

「確かに見た目が原因で引いとったけど、あんとき春菜さん引いとったんって見た目の問題っちゅうより、日本人のうちらが食うて体に害がないかどうかっちゅう方面やったやん」

 宏の指摘に、微妙に視線をそらす春菜。実際問題、春菜も来た当初はウルスの夏の食材にかなり引く物を感じていたが、それは単純に見た目の問題では無く、むしろ食って死なない・病気しないという点に引っかかるかどうかが判断しきれないため、食べるのを躊躇していたのだ。

 本能では大丈夫だと分かっていても、理性が未知の病気を警戒してしまう。それぐらい、ウルスの夏野菜は妙な色合いや形のものが多かったのである。結局、達也達と合流するまでの一カ月ほどで、本能が大丈夫だと判断したものは絶対大丈夫だと確信を得たため、今では家族や親戚に鍛え上げられた悪食を発揮して何でも食べている。

「毎度のことながら宏、あんたそう言うところはよく見てるわねえ……」

「身の安全のために、危険生物をよう観察するんは当然やん」

「危険生物って……」

 かなり改善してきた様子はあるが、相変わらず宏にとっては女性は危険生物らしい。そんな様子に、分かっていながらも微妙に落胆を隠せない真琴。

「師匠、春姉、真琴姉。早く食べる」

「せやな。ほな、いただきます」

 宏の宣言にあわせて、全員昼食を食べ始める。リヴァイアサンの刺身は、どれも極上品であった。

「一体の生物からこんだけいろいろ取れるってのが理不尽で気になるが、流石にどれも美味いなあ……」

「うん。白身も赤身も貝柱も、全部それぞれの特徴が一番美味しくなる形で出ててすごく美味しい。これだったら明日のパーティ、魚のメインはリヴァイアサンに決定だよね」

「肉のメインがベヒモスで魚のメインがリヴァイアサンって、一体どこの神の食卓だよ……」

「本気で料理のエクストラスキルとか生えてきそうなメニューね……」

 宏の誕生日に出されるメニューを聞き、本気の呆れをにじませてそんな感想を口にする達也と真琴。全部自分達が狩ったり釣ったりして調達したものとはいえ、そんなとんでもない食材で誕生日を祝われるとか、宏はいったい何者なのかという感じはする。

「だといいけど、多分生えてないかな?」

「せやな。多分生えてけえへんな」

「うん。ボクも生えてこないと思う」

 そんな達也と真琴の台詞を、生産をやってる学生組が否定する。余りにきっぱり否定するものだから、どうにも理由が気になってくる年長組。

「その根拠は?」

「食材のバランスの問題。獣肉と魚だけ突出して価値の高いものになってて、鳥肉と野菜が普通の範囲に入っちゃってるから、どうしてもアンバランスになるんだよね。特にベヒモスの肉料理に添えるつけあわせが痛いよ」

 真琴のその問いかけに、やたらときっぱり理由を答える春菜。その理由には、年長者二人も納得せざるを得ない。

 実際、春菜の卓越した技で味のバランスは取っているが、それでも存在感という面ではどうしても野菜中心の料理が大きく負けてしまう。

「とりあえず、午後からはそのあたりの研究かな。それにしても……」

 食事を終え明日の料理を頭の中で検討しつつ、そろそろ見過ごせなくなってきた問題に少しばかり悩ましそうな声を漏らす春菜。その次に来るであろう言葉を予想し、少々気まずそうにそっと春菜から視線をそらす宏。

「流石に各部位が何万トンとかの単位になってくると、百人とか二百人で食べても何十年単位になるんだけど、どうしようか?」

「てかそれ、ベヒモスの肉の時点でいつ食い終るか分からなくなってただろう?」

「うん。そこに追い打ちかけちゃったのが、ね……」

「腐らねえのが救いとはいえ、流石に倉庫の圧迫が洒落にならねえわなあ……」

 色々合わせて容量の九割強を食いつぶしてしまった現在の倉庫事情は、いろんな意味で心もとない。しかも、そろそろ容量拡張を重ねがけして誤魔化すのも限界が近い。

「とりあえず、倉庫の容量に関しては最悪、考えとる事があるからどうにかなるにしても、や。肉の消費は厄介な感じやなあ」

「不可抗力とはいえ、ほぼお前のせいだぞ?」

「分かっとるよ。せやけど、調子に乗りすぎたベヒモスん時はともかく、リヴァイアサンはあんなもん放置もできんやん」

「まあ、分からんではないがなあ……」

 開き直った宏の一言に、渋い顔をする達也。当初の予定のアクアドレイクぐらいなら、せいぜい二カ月もあれば料理と薬と錬金術で消費しきれる予定だったのだ。アクアドレイクも巨大は巨大だが、単品の物量はベヒモスに遠く及ばないのだから、それなりに目途は立てられる。

 だが、各素材が万トン単位になるリヴァイアサンは、宏の生産能力を持ってしてもそうそう使いきれない。調理にしても、リヴァイアサンやベヒモスをまともに扱えるのは、現状では宏と春菜のみ。澪ではメイキングマスタリーの補正が入ってなお若干足りないため単純に焼くぐらいしかできず、それとて焦がしたり生焼けにしてしまったりとなかなか成功しない。

 そして何より、下手に大々的に商売として売りに出してしまっていいのか、という問題もある。肉の量はいくらでもあるといっても、調理できるのが二人では供給量が知れているし、普通に屋台や店で食わせるには少々美味に過ぎる。値段を上げると量をさばけず、値下げすると付近の飲食店に大ダメージを与えてしまうし、何よりたかが肉の消費のためだけに、宏と春菜の手が完全にふさがってしまうのが厳しい。

 実は、地味に結構なピンチだったりするのだ。

「まあ、どうせ腐らへんから、ちょっと開き直ってテレスらがそのうち調理できるようになるやろう、ぐらいで済ますか?」

「その間にもう一匹釣ったりしないよね?」

「あり得へんとは言い切れんなあ。そもそも、何で湖なんぞにリヴァイアサンがおんねん、っちゅう話やし」

 春菜に突っ込まれて、渋い顔でその懸念を肯定してしまう宏。実際、いかに巨大な湖とはいえ、淡水湖に全長がキロ単位の生き物がいること自体がおかしい。湖なのに、リヴァイアサンが食いつくまでに三キロ以上の糸の長さが必要だったのも気になるところだ。

 実のところ、これについてはちょうど宏が釣りポイントにしたあたりは、底の方が異界化してダンジョンになっていたという事実がある。要するに、このリヴァイアサンはダンジョンボスだったのだ。

 ただし、ダンジョンに入るためには水深一キロぐらいまで潜る必要があるため、潜水艇の類が無いこの世界では発見されていないのだ。潜地艇を使ったとはいえ、宏が進んだのは一番深い場所でせいぜい水深三百メートル付近。当然ダンジョンの存在には気が付いていない。

 もっとも、そもそも釣りスキルでダンジョンの外まで引っ張り出されるダンジョンボス、というのも非常にシュールな話ではあるが。

「あと、船の素材に骨と皮使うから、何十トンかはすぐに減らせんで」

「船?」

「いわゆるファンタジー的な飛行艇作るつもりやねん。動力の目途さえ立てば、そろそろ他の材料は何とかなりそうやし」

「前に言ってた飛行手段って、それ?」

「せやで。いわゆる神の船、っちゅうやっちゃな」

 春菜の問いかけに答える形での宏の宣言に、微妙に顔を見合わせる一同。それを作るという事はすなわち……

「そっか。長距離の移動はワンボックスじゃなくなるんだ」

「空を行くって事は、南部大街道ぐらいの距離じゃ一日はかからない、ってことか?」

「南部大街道ぐらいやったら、一時間はいらんやろ」

 という事になる。

「ただまあ、神の船作っても、ファルダニアにゃ一回は普通の船で行く必要あるんやけどな」

「ファルダニアって、遭難して救助されたケース以外は、一度は公的な船で公式の航路を通って入国しないと入れてくれないんだよね、確か」

 宏の指摘に、そう言えばという顔で頷く春菜。海洋国家であるファルダニアは、入国管理の厳しさで有名だ。建国当時、海を渡ってきた犯罪者の集団密入国に色々えらい目にあわされたため、自衛手段として必然的に航路や入国の管理が厳しくなったのである。

 そんな国に空飛ぶ船で侵入などした日には、それこそ大騒ぎで総攻撃を受けかねない。

「まあ、何にしても、船作るんは最短でも禁書庫終わってからやけどな」

「そうだね。さて、倉庫の問題はここで話してても解決しないし、少しでも中身減らすために、ちょっと料理の開発を頑張ってくるよ。焼け石に水でも、やらなきゃ絶対減らないし」

「せやな。こっちも肝とか骨とか胆石の類から、素材になるもん取り出せんかもうちょい頑張ってみるわ」

「おう。俺達は今日は大人しくしてるわ」

「じゃあ、ボクは春姉のお手伝い」

 とりあえず味だけは極上だったリヴァイアサンのお造り定食を平らげ、決めた予定にあわせて行動する宏達であった。







 そして、パーティ当日。

「今日はもう人数が多いから、立食形式にしたよ。給仕する人もいないから、王室の皆様には申し訳ないけど、自分で好きな料理を勝手に取ってね」

 参加者が三十人を超えるとあって、早々に色々ギブアップした春菜が、会場に料理を並べてそう宣言した。人数が人数だけに、会場もウルスの工房では無くルーフェウスのアズマ食堂を営業時間が終わるのを待って使っている。会場設営はレラ達管理人組がやたら気合を入れて全力で行ったため、営業時間終了後の短時間で仕上げたとは思えない立派なものが出来上がっていた。

 何しろ、今回はアズマ工房所属の人間だけでも管理人を含めて十八人。そこに各国の王室関係者として、ファーレーン王室から国王とレイオット、エレーナ、エアリスが、ダール王室から女王と王太子、マグダレナ王太子妃が、フォーレからフォーレ王が、ローレンからはローレン王が参加する。そこに神殿関係者としてアルチェム、プリムラ、ジュディス、サーシャが、オルテム村からゴヴェジョンとフォレダンが、更には特別許可の枠としてレイニーまで参加するのだ。仮にビビって参加を見合わせたメリザ親子や何組かの冒険者達も来ていれば、五十人の大台に乗っていた可能性もある。

 仮にレラ以外の管理人に給仕をやって貰ったとしても、正直手が回るとは思えない。

「ルーフェウスで広い場所押さえとって、助かったやんなあ」

「本当だよ。ウルスの工房はいい加減、そろそろ拡張スペース怪しくなってきてるし」

 給仕はしないと宣言しておきながら、宏のためにせっせと自信作を盛りつけていく春菜。その様子をほほえましそうに見守る年長者達。使う皿がアズマ食堂の安物である点は御愛嬌だろう。

「全員飲み物とかは行きわたった?」

「主役が面倒な挨拶とか嫌いだから、さっさと始めるぞ。春菜」

「あ、うん。宏君、いろいろあって遅くなっちゃったけど、誕生日おめでとう。それから、私達と出会ってくれてありがとう。乾杯!」

 達也に振られて自分のグラスを手に取り、万感の思いを込めてそう祝いの言葉を告げ、乾杯の音頭を取る。春菜の一言にあわせ、参加者全員がグラスを掲げて乾杯のあいさつを唱和し、極上の酒と料理、そして珍しいソフトドリンクが揃った、ファーレーン王でも経験した事のない贅沢な宴が始まった。

「ヒロシ様、おめでとうございます」

「おう、ありがとう」

 乾杯が終わって、早速エアリスが宏のもとに祝いの言葉を述べに来る。そのエアリスに、実に嬉しそうに礼を述べる宏。春菜同様七十五センチ。宏がプレッシャーを感じないぎりぎりの距離をきっちり守ってニコニコと微笑むエアリスに、周囲の人間も自然と更に顔がゆるむ。

「それでヒロシ様。五つの神殿の巫女、及び神殿関係者全員で共同という形になってしまいましたが、プレゼントを用意しました。受け取っていただけますか?」

「そら当然やで。面倒やったやろうに、ありがとうな」

「いえいえ、用意するのは当然の事ですから。むしろ、受け取ってくださってありがとうございます」

 自分のような面倒な人間にプレゼントを用意し、しかも受け取った事に対して感謝を述べるエアリスに、思わず涙がこぼれそうになるほど感激する宏。向こうの世界で関わった女性の大多数と比べて、エアリスのなんと善良なことか。

 いい加減もはや、春菜やエアリスが向けてくる気持ちを欠片たりとも疑っていない宏ではあるが、疑っていない事と受け入れる事は別問題だ。理性でも本能でも感情でも春菜達は大丈夫だと分かっているのに、魂の奥底では彼女達を受け入れることができない。一時期派手に血迷っていた春菜もどうにか感情に折り合いをつけたらしく、周囲ともどもあせりを見せなくなったために状況は安定しているが、それでもいまだに物理的に接触すると全身を恐怖が支配しようとする。

 こんな情けなく、しかもどこまでも失礼な男を見捨てずいまだに慕い続けてくれるこの年下の少女に、どうにも宏の中を申し訳なさが暴れまわる。だが、宏を祝うこの場で、宏がそんな気持ちを表に出すのは失礼だなんだという次元をぶっちぎる。なので、嬉しい、楽しい、ありがたいという気持ちをできるだけ素直にストレートに出す事にする。

 宏にとってはそちらの気持ちも嘘ではないため、特に苦労せずにそう言う表情を出す事に成功する。

「それで、えらいエネルギー量やけど、何くれたん?」

 渡された、とんでもない量のエネルギーを放出する箱を手に、首をかしげながらそう質問する宏。その質問に、エアリスが満面の笑みでとんでもない答えを返した。

「森羅結晶です。予行演習で作った小さなものと、本命の大きなものが一つずつ入っています」

「……マジで?」

 エアリスから告げられた言葉に硬直し、その後絞り出すように確認の言葉を漏らす宏。

 森羅結晶。森羅万象の力を凝縮し、結晶化した究極のエネルギー源。森羅万象の力を常に取り込んで凝縮するため、世界が滅びぬ限りはエネルギー切れを起こさない、ある種の永久機関。

 これがあれば宏が作ろうとしている神の船、その動力部は完成したも同然である。

「はい。今日いらっしゃる事がかなわなかったナザリア様のお力も借りて、みんなで頑張って作りました」

 ニコニコと微笑みながら、宏からの問いかけを全肯定するエアリス。慣れたものが見れば、微妙に褒めて褒めてというオーラが漏れている事が分かるだろう。もし仮に彼女が長い尻尾を持つタイプの獣人だったら、その尻尾は一生懸命褒めて欲しいと自己主張していたに違いない。

「これ、むっちゃ助かるわ。ほんまありがとう」

「喜んでいただけて、何よりです」

 褒めてオーラが幸せオーラに変化するエアリス。まだまだ長い時間触れあう事が不可能な現状では、恋する乙女にとって心からの感謝の言葉は何よりのご褒美なのだ。

「親方~、ライム達、一杯集めてきた!」

「きゅっ」

 エアリスのプレゼントが終わったのを見て、ライムが駆け寄って来てリストを渡しながらそう主張する。

「お~、ほんまやな」

 ライムから手渡されたリスト、そこに並んでいる素材を見て素直に感心する宏。どれもライム達の力量では採取に若干不安が残る素材で、しかも技量の問題がなくても集め辛いものばかりだ。そのどれもが八級ぐらいの下級アイテムから一級や二級の高性能品にまで幅広く用途があるもので、今後消費量が跳ね上がることが確定している。

 特に詳しく教えた訳でもないのにこのチョイス。恐らくそう言う考察が得意なノーラか、やたら勘がいいライムかのどちらかが主導したに違いない。

「これも色々助かるわ。ありがとうな」

「うん!」

 宏に礼を言われ、満面の笑みでしがみついてぐりぐり頭をすりつけるライム。こういうスキンシップが取れるのは、現状彼女だけだ。

「ヒロシさん、おめでとうございます」

「ヒロシさ、おめでとうだよ」

「んだ、めでてえべ」

 工房代表のライムがどいたところで、今度はオルテム村代表のアルチェム、ゴヴェジョン、フォレダンの三人が声をかける。

「おう、ありがとう」

「巫女としてはエアリス様が代表して贈り物をしましたので、こちらはオルテム村として持ってきました」

「この時期の特産野菜と果物だべ」

「食いきれねえ分は、食堂の飯にでも使ってけんろ」

「サンキューな。肉は種類あるんやけど、野菜類はあんまりバリエーションないから助かるわ」

 オルテム村からの贈り物に、これまた非常にありがたそうに言葉を告げる宏。現実問題、ベヒモスやリヴァイアサン、それに達也と真琴が狩りまくっている各種モンスターのおかげで肉類にはまったく困っていないが、野菜は案外種類が無くてレパートリーを広げるのに苦労していたのだ。

 使うのは宏より春菜の方が多くはなるだろうが、彼女の機嫌がいいのは宏にとってもありがたい。別に不機嫌を周りにぶつけたりはしないが、それでもそういう感情はどうしても周囲に伝わる。そうなると、宏は自分が悪い訳ではないのに非常に圧迫感を感じる羽目になるのだ。

 それが分かっているから、春菜は極力不機嫌を工房に持って帰らない、持ち込んだとしても理由をはっきりさせる、理由のない、もしくは分からない小さな不機嫌は外に出さない、気分転換してすぐに発散する、というのを心掛けてはいる。が、人間のやる事なので、完璧という訳にはいかない。

 その気分転換として新作料理の開発をよく行っているので、野菜の種類が増えるのは本当にありがたいのだ。

「誕生日おめでとう。自分達が扱いきれないものを厄介払いするようで申し訳ないが、我々はこんなものを用意してみた」

「色々と悩んだのじゃが、工房主殿ならこの手の珍しい素材が一番じゃと判断して、三カ国合同で用意したのじゃ」

「儂とて、もしお主ほどの腕があったなら、この鉱石に寝食を忘れて挑む自信がある。お主なら、宝石だの権威付けの宝飾剣だのよりこちらの方が嬉しかろう?」

 その後、かつて数百年前にオリハルコンの精製に使う炉で精錬できなかった複数の謎の鉱石を三カ国の王からプレゼントされたり、

「おめでとうございます。お酒ぐらいしか用意できなかったので、妹の贈り物と違ってヒロシ殿にはまったく恩恵がないのが心苦しいのですが、何もしていないのに神殿枠という理由で手ぶらで来るのも心苦しくて……」

 プリムラから達也や真琴が喜びそうな少々珍しいお酒をもらったり、

「ヒロシさん、おめでとうございます。この会場の準備を、私達に任せてくださってありがとうございます。ヒロシさんにはファムとライムの事も含めて、どれほど感謝してもしきれません。これからもよろしくお願いします」

 レラを筆頭に管理人達からお祝いとお礼の言葉をもらったり、

「宏ちゃん、おめでとうなの~」

「遊びに来たの~」

「ライスシャワー~」

 オクトガルが遊びに来たりと、和やかでうれしい時間が過ぎていく。

「ハニー、ハニー」

「おう、レイニーか。今日は大人しいやん」

「本当は飛びついて押し倒してペロペロしながらおっぱい揉んでもらいたいけど、それすると出禁になるから我慢する」

「……相変わらず、ブレへんなあ……」

「ハニーへの愛が原動力」

 プレゼント攻勢が収まったところで、特別許可枠のレイニーがようやく宏に挨拶をする。

「ハニー、誕生日おめでとう」

「ありがとう。そういや、レイニーの誕生日って、いつになるんやろうなあ?」

「知らない、どうでもいい」

「……まあそうかもしれんけど、もうちょい気にしてもええやん」

 余りに自分の事を気にしないレイニーに、なんとなく苦笑する宏。レイニーにとって、自分の事で気にする必要がある内容はあくまで任務と宏に関係する要素だけなのだろう。以前の体重関係も、究極的にはその二つの理由から気にしていただけで、多分諜報員という仕事をしておらず、宏に変態的とはいえ恋心を持っていなければ、どれだけ太ってもまったく気にしなかったのは間違いない。

「すまんな。矯正できるどころか、一般常識を身につけるほど、何故かお前に関しては悪化していく感じでな……」

「まあ、今更普通になられても、それはそれでものっそい違和感ありそうやけど……」

 いろんな意味で余りにぶれないレイニーについて、保護者として申し訳なさそうに謝罪するレイオット。宏が絡まなければ本当にまともになってきているだけに、その落差は非常に頭が痛い。

「そうだ、ハニー。ローレンの王様は好き?」

「さいころの神様に愛されとるし、あの人自身はごっつ真面目でええ人やからな。嫌う理由が特にないで」

「だったら、ハニーへのプレゼントとして、あの王様がやりやすいようにいろいろ頑張る」

「ほどほどでええで、ほどほどで」

 やる気なのか殺る気なのか分からない種類の気合を入れるレイニーに、苦笑しながら釘を刺す宏。完全に止めようとしないのは、政治的な事に興味がない宏ですら、今のローレン王宮に対して色々と思うところがあるからなのだろう。

 現に、このパーティに出席しているローレン王の様子が、なんとなくほんの少しだけおかしい。祝いの場である以上、突っ込んだ事を聞いても答えてはくれないだろうが、漏れ伝わってくる彼の王を取り巻く状況を考えると、どうにも気になるところである。

 故に、宏はレイニーの本気を窘める気がなく、レイオットも特に何も言わない。

「それにしても、毎度のことながらお前達の作る料理はどれも美味いな。肉類はベヒモスとして、この魚肉の煮つけのようなものは何だ?」

「ああ、それリヴァイアサンや。一昨日釣れてんけど、魚肉が万トン単位であって、どない消費すればええか悩んでんねん」

「……大きさについて伝承が正しいとすれば、よく釣り上げるのに成功したな……」

「マジで、よう釣り上げたもんやと思うで」

 半ば絶句しながら感心して見せるレイオットに、しみじみとそう答えるしかない宏。そもそも、解体途中でも切り分け方が大雑把すぎると重すぎて運搬できず、百トンから二百トンぐらいのブロックに切り分けて収納していたのだ。普通に考えて、それより何千倍、下手をすると何万倍の重さがあるものを陸まで引っ張り上げることなんてできる訳がない。

 恐らくスキルの恩恵が物理法則を超えたのだろうが、まったくもって恐ろしい話である。

「主役がこんな隅で何してるの?」

「ヒロシさん、楽しんでいますか?」

「何や、エレ姉さんとアルチェムとは珍しい組み合わせやな」

「でもないわよ。アルチェムは基本的にエアリスにくっついてるのだから、私と行動する機会もそんなに少なくは無いのだし」

 その後もレイニーがやきもちを焼くまで宏とレイオットが話し込んでいると、何故かアルチェムを伴ってエレーナが顔を出す。よく見ると、アルチェムはまだ体がやや不自由なエレーナを、さりげなくサポートしているようだ。

「そういや、今ちらっとレイっちから話聞いとったんやけど、エレ姉さん、ユーさんと結婚するんやって?」

「まだ確定ではないのだけどね。話自体はもう五月ごろには出ていたのだけど、フェルノーク家の当主がなかなか首を縦に振らなくて」

「なるほどなあ。ユーさんのおとんやったら、多分ごっつ頑固やろうからなかなかやろうなあ」

「そうなのよねえ……」

 結婚の障害として、親の反対は何処の世界でもよくあるものだが、王族が臣下に娘を嫁がせるのですら、親に阻まれるというのは少々意外であった。

「そういや、エレ姉さんはユーさんでよかったん?」

「恋愛感情を持てるかどうかはともかく、ユリウスを嫌がる理由が特にないもの。それに、他の相手を探してたら間違いなくいき遅れになるし」

「なるほどなあ。国全体で言うたらどう言う空気なん?」

「フェルノーク伯爵以外、どこにも反対する人間はいないな。むしろ、頑固者のフェルノーク伯爵を説得しているところだ」

「せやったら、時間の問題やな」

 国全体で頑固者一人を説得している、となると、それこそ時間の問題だろう。

「ほな、僕も早いとこ材料揃えて、エレ姉さんのその後遺症抜かなあかんか」

「別に、急がなくてもいいと思うのだけど?」

「いんや、いい加減長い事不便させすぎや思っとったし、丁度ええきっかけや。ベヒモスとリヴァイアサンのおかげで、必要な材料も後は知れとるし」

 無理をする必要はないと言わんばかりのエレーナに対し、きっぱりそう告げる宏。元々作る予定だったのだし、残りの材料を集めに行くのも、神の船を造ってしまえばそれほど負担でもない。

「ヒロシさん、私に手伝える事はありますか?」

「ハニー、必要な事があったら何でも言って。おっぱいお化けだけにいい格好はさせない」

「お、おっぱいお化け……」

 少しでもいいところを見せようとアピールしてきたアルチェムに、レイニーからの横やりが入る。その余りにストレートでひどい言い分に、思わず納得しつつ苦笑を漏らす宏とレイオット、エレーナの三人。

「レイニー、あれはパイ拓とるかもぐのがいいと思う」

 近くで会話を聞くともなしに聞いていた澪が、唐突に余計な事を口走る。どうやら、料理を食べ歩いているうちにここまでたどり着いたようだ。

「パイ拓?」

「おっぱいに墨汁を塗って半紙を押し付けて写し取る伝統美術」

「それ、自分のでやったらハニーにアピールできる?」

「レイニーは……、丁度境界線上の微妙なライン?」

 そのまま、こんな場所でそんな話をするなと言いたくなる会話に移る澪とレイニー。何気に結構仲良しだ。

「宏君、ずいぶん話し込んでるけど、ちゃんと食べてる?」

「ご飯食べるの~」

「お腹がすくとイライラするの~」

「イライラすると胃が悪くなるの~」

「胃が悪くなるとご飯が食べられなくなるの~」

「食べないと餓死するの~」

「遺体遺棄~」

 ずっとレイオットと話し込んだまま、これと言って食べている様子を見せない宏を見とがめた春菜が、何体かのオクトガルとともに宏達のところにやってくる。エアリスは、姉でダール王太子妃のマグダレナに近況報告をしているようで、こちらに来る様子は無い。

 なお、オクトガルの連想ゲームが遺体遺棄につながるのはいつもの事なので、今回は全員完全にスルーだ。

「まあ、ぼちぼち食うてんで」

「だったらいいけど」

 と言いながらも、綺麗に料理を盛りつけた新しい皿を宏とレイオットに差し出す春菜。彩りも栄養バランスも味のバランスも完璧なそれを受け取り、特に文句を言わずに食べ始める宏とレイオット。そこそこ食べていたとはいえ、若い胃袋を満たすほどしっかり食べていた訳ではないので、春菜が持って来てくれた料理は結構ありがたい。

 なお、春菜がレイニーに持っていかなかったのは、レイニーがこういう場での食べ過ぎを気にしている事を知っていたからだ。運ぶ手が足りないぐらい、春菜にとってはカバーできない問題ではない。こういう細かい気配りができるあたり、澪やアルチェムが春菜に勝てないという意識を持ってしまう原因であろう。

「……おっぱいお化けもう一人」

「春姉のは、いつかもぎたい」

「こらこら、物騒な事言わないの」

 登場を確認すると同時に物騒な事を言うレイニーと澪を、困った顔で窘める春菜。だが、ここまでの会話で色々と温まっていたレイニーと澪は、ここでブレーキをかけたりはしなかった。

「ミオ、いつもぐ?」

「今でしょ」

 訳の分からないノリで、いきなり行動を開始するレイニーと澪。春菜とアルチェムに襲いかかり、

「わわっ!?」

「きゃっ!」

 不意打ちを成功させて乳房をわしづかみにする。

「痛い痛い痛い痛い!!」

「やめて痛いやめて!」

 わしづかみにした乳房を、冗談で通じない力で引っ張り始めるレイニーと澪。流石にもげる事はなさそうだが、かなり痛そうだ。

「やめんか!」

「ヒロがおびえるから、こういうときにそう言うネタで暴れるな!」

 本気でもぎにかかるレイニーと澪に、レイオットと状況に気がついて止めに来た達也が一撃入れて力技でひきはがす。

「流石にびっくりしたよ……」

「痛かったです……」

「すまん、対応が遅れた」

 胸をかばいながらため息交じりに漏らす春菜とアルチェムに、深々と頭を下げるレイオット。宏は既におびえて、テーブルの下にもぐっている。

「と、とりあえず、ハルナ。ちょっと気になってた事があるのだけど、いいかしら?」

「何?」

 とりあえず空気を変えるために、エレーナが春菜に質問する。がっつり説教を食らっているレイニーと澪、それから便乗してセクハラ攻撃を入れまくっているオクトガル達は完全放置だ。

「あなた達は、ヒロシに何をプレゼントする予定なの?」

「結局いいのが思い付かなかったから、一週間自由にものづくりをしていい権利にしたの」

「また、思い切ったわね……」

 春菜の回答に、思わず遠い目をするエレーナ。そんな彼らの様子を

「俺達、本当にとんでもない所に雇われてるんだなあ……」

「ジェクトはまだいいよ。俺なんて正真正銘庶民の出だぜ……?」

「ジノ、こっちだって貴族の出ってだけで、王族と直接話したことなんてないのよ……?」

「私達は、あとどれぐらいこういう事で驚かされればいいんでしょう……」

 新人たちが死んだ魚のような目で見守るのであった。
パーティのシーンで出番がなかった出席者については、こぼれ話で触れる予定です。
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