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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ローレン編

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第11話

「ようやく、誕生日パーティができるよね」

 島から戻った二日後。朝食を終えてすぐに、春菜がやけに気合の入った顔で宣言した。

「別に無理に誕生日なんざ祝わんでもええやん」

「前にも言ったけど、宏君の立場はもう、それが許されるものじゃないんだよ?」

 微妙に面倒くさそうに言い放った宏に、気合たっぷりで春菜が宣言する。もっとも、立場云々が口実なのは、春菜の顔を見れば一目瞭然ではあるが。

「で、結局いつなんよ?」

「明後日。昨日力尽きる前に仕事終わったってオクトガル経由で連絡入れておいたら、さっきそう決まったって連絡をオクトガルが持ってきたの」

「えらい急やな?」

「私もそう思ったんだけど、あまり後ろにずらすといろいろうるさいから、できるだけ急な方がいいって結論だったみたい。他にもいろいろ事情があるみたいだけどね」

「あ~……」

 春菜の説明に、思わず納得してしまう宏。個人的なものとはいえ、西部三大国の王が集まるパーティだ。政治には何の関係もないと言っても誰も信用しないだろうし、仮にそれを信用したところで、王達の個人的な集まりに参加できるという価値は微塵も揺るがない。

 宏の誕生日にそう言う余計な要素を持ち込ませないためには、日程をできるだけシビアにした上で、パーティの存在をぎりぎりまで伏せておくに限る。

 そこまでして祝わなくても、と祝われる本人は呆れているが、アズマ工房の価値はすでに、そこまでになってしまっているのだ。外野に余計な事をさせないために、牽制としてこれぐらいの事は必要なのである。

 無論、三人の王もレイオット達も、本気で宏の誕生日を祝いたい事は間違いない。ただ、そのためにはどうしても面倒な要素が付いて回るし、王達が祝わなくても政治的な問題は付きまとう。だったら、祝われる当人に面倒をかけるという本末転倒に目をつぶって、余計なちょっかいを出したら自分達が出てくるとはっきり内外に示すのが大国の王として一番の贈り物になる。王達はそう判断したのだ。

「で、春菜さんの方はいけるん?」

「うん、大丈夫。準備自体は、後は前日とか当日に調達したほうがいい類の食材を確保するだけだし、場所はウルスの工房だからいつでも問題ないし」

「さよか。それやったらええねんけど」

 春菜の返事を聞き、とりあえず納得してみせる宏。今まで気の乗らないような態度を見せていたが、別にパーティがいやなわけでも格好つけているわけでもなく、春菜達の負担が増えるのがいやだっただけだ。王族だの国家だのの関係がちょっと面倒くさいとは思っているが、誕生日を祝ってもらう事自体は普通にうれしいのである。

「あと、今回の事件、なくなった皆様の遺体回収も身元確認も終わって、生存者の体調もある程度戻ったから明日国葬だって」

「それ、うちらはどうなん?」

「今回は、直接身内が亡くなった人だけにしてほしいって。だから、私達は事前に献花を届けて終わり」

「なるほど。まあ、大規模災害で亡くなった人の葬式に、ボランティアで炊き出し手伝うた程度の人間が押し掛けたら顰蹙買うわなあ」

「そう言う事だろうね」

 春菜からもたらされた例の事件の追加情報に、妙に納得して見せる宏。

「まあ、そう言う訳だから、ちょっと仕入れと仕込み、始められるものは始めちゃうよ」

「そこは任せるわ。今回は手出しできんやろうし」

「祝われる本人が手を出したらいろいろな意味で台無しだから、今回は諦めてね」

「分かっとるって」

 春菜に釘を刺され、苦笑しつつ一つ頷く宏。やって許されるのはせいぜい、釣りなどで得た食材を保存庫にこっそり追加する程度だろう。

「まあ、今日明日は完全に手ぇあいてもうた事やし、釣り竿新調して釣りでもしてくるわ」

「それはいいが、釣り竿新調するって、何で作るつもりだ?」

「微妙に余ったアミュオン鋼がな、釣り竿と包丁二本作るんにええ感じなんよ」

「おい待てこら……」

 いきなり突っ走った事を言い出した宏に、思わず即座に突っ込みを入れる達也。

「ええやん。釣り糸が霊糸になるんが今に始まったこっちゃないんやし、釣り竿もこれぐらいのスペックで問題あらへんで?」

「つうか、その二つに使う材料合わせたら、まともな刀か何かが一つぐらい作れるだろうが……」

「太刀打つにゃちょっと残りの材料が微妙やし、短剣作っても使うん澪だけやし、そろそろ包丁も新調したい感じやったからええやん」

 宏の返事に、どこから突っ込むべきか悩む達也。達也の突っ込みが途切れた所で、真琴が口を挟む。

「ねえ、宏」

「何やのん?」

「別に包丁新調するのは反対しないけど、前にオリハルコンで新しいの作ってなかったかしら?」

「まあ、作ったんは作ったで?」

「だったら何で……」

 オリハルコンで新品を作ってる事を確認し、なのにさらに上位素材で新しい包丁を作ろうとしている理由を確認しようとしたところで、真琴の中で何かが引っ掛かる。それを確認する前に、春菜が答えを告げる。

「あ、最近ちょっと強いモンスターを料理することが増えたから、包丁の消耗が激しいんだよ。手入れはしてるけど、なかなか切れ味が戻らなくなってきててね」

「その強いモンスターって、ベヒモス?」

「メインはその辺かな? ガルバレンジアとかも、地味に結構包丁が傷むし」

「あ~、納得したわ」

 春菜の申告に、心底納得してしまった真琴。宏達ですら解体に割と手間取ったモンスターだ。調理だってそれ相応の器具がないと厳しいのだろう。

「まあ、そう言う訳やから、解体用も合わせて作れるだけ作っとくわ」

「うん、お願い」

 それで話がまとまってしまい、突っ込みのタイミングを失ってしまう達也。結局、釣り竿についての追及をし損ねた事に気がついたのは、宏が加工を終えて釣りに出た後であった。







「まったく、無事に帰って来てくれたから良いようなものの、正直肝が冷えたぞよ」

「本当に、申し訳ない」

「まあ、王が関与していない事は分かっておるが、流石に少々うかつだったのは間違いなかろう」

「ダールのもフォーレのも、まだ実権を委譲されたばかりの若いのを余り責めなくてもよかろう? 我らとて通った道だし、代替わりして三年やそこらでは、そう言った情報をすぐに調査して止めに入ることも難しかろう。第一、やらかしたのはローレンのではなく元々別組織である冒険者協会で、しかも窓口の職員達が切羽詰まって独断で先走ったのが原因。協会の上層部も冷静な判断ができない状況となれば、王のところまですぐに情報など上がってこんよ」

「そうは言うがの、ファーレーン王よ。これが工房主殿だから帰ってこれたが、そうでなければどうなっていたか」

「確かにそうではあるが、協会に対する処罰も協会内部の処分も済んでいるし、そもそも我らでも今回のような事でもなければ軽々しく介入できん組織なのだから、これ以上の追及は筋違いではないかね?」

 ウルスの時間で十時過ぎ。アズマ工房ウルス本部では、宏とレラ以外が準備に追われて不在の隙間を利用して、ひそかに四カ国会談が行われていた。内容は見ての通り、冒険者協会の行動を止められなかったローレン王の吊るしあげである。

 もっとも、吊るしあげているのは女王とフォーレ王だけで、ファーレーン王はどちらかと言うと擁護に回っている。今回の一件に関しては、直接関わってこそいないがいくつか自身にも痛恨のミスがあり、とてもローレン王を責められないと考えているのだ。

 特に、宏が魔改造品の特大ポメを攻撃手段として使っていると知っていながら、他の組織が似たようなものを作る可能性について何一つ想定していなかった事は痛恨の極みで、己の迂闊さに歯噛みしている。たまたま宏達が滞在しているよその国で事件が起こったために、自国で同様の事件が起こる前にある程度の対処が可能だったが、立場が逆だとどうにもできなかった自覚があるため、女王やフォーレ王ほどは攻撃できないのである。

「確かに、新王殿が未熟なのは仕方のない事実じゃ。公王制というシステムと引き継ぎの都合から、新王殿が王としてまともに活動し始めたのが事実上今年から、というのは十分に情状酌量の余地があろう。公王制の欠点として、どうしても後ろ盾が弱くなりがちじゃというのも分からぬではない。じゃが、それを考えても、あまりにも基盤が弱すぎはせんか?」

「うむ。王というのが絶対的な権力者では無いのは事実だが、それと下を統制できておらぬ事は別問題だ。若いからと言って、状況は待ってはくれぬぞ?」

 余りにも権力基盤も諜報能力も弱いローレン王を、先輩の立場として厳しく叱責する女王とフォーレ王。二人とももっとえげつない修羅場を超えてきただけあって、若いローレン王の頼りなさが腹が立つやら心配やらで気が気で無いらしい。

 しかも悪い事に、諜報能力だけでいえばもっと若く王でもないレイオットの方がはるかに上だ、という事実も既に証明されている。レイニーのような見せ札兼切り札と各地に潜り込ませている本命を巧みに使い分け、複数の筋から確固たる情報を確保して、それに応じて平気で国益のためにあくどい真似をするレイオットは、既に世界中からある種の恐れを抱かれ始めている。

 権力基盤が弱いとか、国内が硬直しているとか、そのあたりはレイオットとローレン王でさほどの差がある訳ではない。それなのに、ここまで能力の差がくっきり出ているのだから、女王やフォーレ王が若き王を厳しく叱責したくなるのも分からなくはない。

「まったくもって我ながら情けない話だが、いまだに先代が築き上げた諜報網すら掌握できていない。それどころか、まともに情報を上げてくれる人間など、辛うじて宰相と外部組織のトップぐらいだ。あまりにも情けなくて、王と名乗ることすら恥ずかしい。ここまで突き抜けてしまうと、レイオット殿下の力を借りてしまった事に、恥じる余裕すらない……」

「王たるものの言葉とは思えんのう。妾が言うのは筋違いじゃろうし、恐らく自覚しておろうが、このままではお主、誰かに殺されるぞ」

「むしろ、私を選んだことが間違いだ。私が殺されたとすれば、その犯人の方が正しいだろうさ」

 暴走する一部貴族を命令を出して止める以外実質的にまだ何もしていないというのに、投げやりな態度を取るローレン王。無責任にそんな態度を取るローレン王に対し女王とフォーレ王の怒気が膨れ上がるのを感じ、これ以上はいろんな意味で誰のためにもならぬと判断して仲裁に入るファーレーン王。

「ダールのもフォーレのもそこまでにしておいた方がいい。ローレンのも、まだ始まったばかりなのだから、そんなに投げやりな態度を取るのは感心せんよ」

「不快な気分にさせたのは謝罪する。だが、本来なら国益の事を考えれば、私が王を続ける事は百害あって一利なし。法による拘束がなければ、とっとと王座を返上してこの首を差し出すものを……」

「ローレンの、余りそう言う事を言ってはいかんよ」

 自身の長男であるアヴィンと大差ない歳のローレン王を、必死に窘めるファーレーン王。ここまでのローレン王の態度には色々と引っかかるものを感じるが、情報が足りなさ過ぎて判断がつかない。

 このローレン王が有能か否かと言われれば、間違いなく現段階では無能だ。他国の王相手にこんな泣き言を言う時点で、王としては失格である。部下の掌握ができているかどうか以前の問題だろう。

 だが、台詞や雰囲気とは裏腹に、ファーレーン王にはこのローレン王が、現状や言動ほど無能な人物には見えない。そもそも、無能な王や有害な王を弾くための公王制である。こんな言動をして、しかもそれに説得力を感じさせる無能が王として選ばれるようでは、公王制を行う意味は無い。

 このあたりの違和感が、どうにもローレンという国ののっぴきならない事情につながっていそうだが、そこを追求するのは特大ポメをまとめて市街地で爆発させるようなものだ。

「皆様方には申し訳ないことだが、今回の一件で、私の実権はほぼ全て無くなった。島を一つ壊滅させ、騎士団と民間人に多数の犠牲を出し、しかも強権をもってランクの低い冒険者を無理やり事件現場に送り込んだのだ。わずかにでも従っていた者達も、これで完全に離れるだろう。いや、それ以前に、ローレンの法にのっとるなら、私はいつ処刑されても文句は言えない」

「……さて、それはどうかな?」

「実績のない王が初めて強権を振るった結果がこれだ。実際に何一つ強権を振るった訳ではない、などとは言い訳にもならない。これで、実績を焦って被害を拡大した愚王の名声は不動のものになったさ」

 何かを諦めきった、いっそさばさばしたローレン王の言葉に、どうしても危ういものを感じざるを得ない三国の王達。

 確かに結果だけを見れば、彼の言う通りだ。だが、発端が船一隻予定通りに戻ってこなかったという、本来現場レベルで全て完結し、下手をすれば国王には大まかな結果の報告も上がらない種類の事件である。誰がトップであっても、解決までの被害はほとんど変わらないだろう。

 そもそも、報告にあった邪教の施設は追加調査により、下手をすれば先々代の頃から存在したものだということが判明している。その施設が起こした事件なのだから、王の責任を追及すれば即位前に発見・対処できなかった先代以前の無能も追及されねばならない。

 それ以前に、そもそも亜種のポメがまき散らす状態異常自体、宏の作る薬や道具がなければ防げない代物なのだ。最初期にアズマ工房を動かせなければ、どれだけの人員を送り込んだところで被害を拡大するだけで何の解決にもつながらない。

「ローレンの。あの事件は我々にとっても他人事ではない。そもそも、我が国でヒロシがバルド相手に、特大のポメを使ってかなりのダメージを与えていた事を知っていながら、邪神教団やその他犯罪組織が同じような真似をする事を想定すらしていなかったのだから、この件に関しては余もお主を笑えんよ」

「だが、あなたならもっと早期にアズマ工房に協力要請を求めることができただろう? 事件の兆候をつかむにしても、最初の調査隊が行方不明になった時点で、いずれかのルートから手元に情報が上がってきたはずだ」

「情報がどうであれ、騎士団の被害度合いの軽重ぐらいしか差はなかろう。結局誰がやっても島一つ壊滅していたであろう事は変わらんよ。そこはダールのもフォーレのも認めるだろう?」

「確かに、否定はできんがのう」

「うむ。フォーレで似たような事件が起こったとして、船が予定通りに戻ってこなかった、程度の情報だけではアズマ工房に支援要請を求める発想にはいかん」

 ファーレーン王に言われ、女王もフォーレ王もその一点は素直に認める。

「と、まあ、それなりに権力を握っていて経験と実績がある人間でも同じ判断をするのだから、ローレンのが一人で責任を負わされるのをよしとはできん。その観点からも我らはお主を支援するつもりだから、早まった事を考えてはいかんぞ?」

「流石に、まだ自害する気はないさ。暗殺されそうになったとしても、恐らく抵抗はしないが」

「それを、早まったことと言っておるのだ」

 とことんまで危ういローレン王に、ローレン上層部の状況を否が応でも察してしまう三人の王。王として本来、他国の王に言ってはいけない事をぺらぺらと話す彼を見ていると、改革の目途が立ったルーフェウス学院や商業ギルドなどと違い、ローレンの政府はかなり危険なことになっているようだ。

「ローレンとしては、賢王と名高かった先代に瑕疵があってはいけないらしい。それにそもそも私は、全ての公王家にとって都合がいいからという理由で選ばれたようなものだ。罪を押し付けるにはうってつけだろう」

 ローレン王の言葉が、ファーレーン王達三人が予想した今のローレン上層部の状況を、ほぼ肯定してしまう。諜報員達が拾ってきた情報より、はるかに状況が悪くなっているのは間違いない。

「せめて、捨石ぐらいになれればいいのだが……」

 投げやりな口調で、何もかもを受け入れたように物騒な事を言い続けるローレン王。その目はもはや絶望や諦めを通り過ぎ、ある種の悟りに至った人間のものになっている。既に自身の命も名声や権威も、何もかもがどうでもよくなっているのが、手に取るように分かる。

 極端な理想主義者達の派閥争いとそれによる暴走、対立によって硬直化する議会。ローレン王が止めても誰も聞き入れず、その癖暴走によって出た被害は全て命令をしたということにされて責任を取らされる構図。それが邪神教団摘発による司法の浄化から急激にひどくなった結果、今回の事件では誰も命令していないのに宏を無理やり引きこんだ挙句、おそらく必要無かったであろう追加人員を出して大きな被害を出してしまった。

 これで全ての責任を押し付けられるのなら、誰が王になっても同じ。どうせどう転んでも愚王としてローレンの国家としての名声ごと自身の名を貶めるなら、せめて自身の無能さを口実に外部から圧力をかけさせよう、もしくは諸外国が余計な被害を受けぬよう情報を提供しようとしたのが、今回の会談での投げやりな態度なのだろう。

 本来最高権力者であるはずの王をここまでないがしろにし、許可も得ずに勝手にやったことの責任を全て押し付ける。ローレンはファーレーンやダールほどは腐敗しやすくない国だと思っていたが、認識を改めなければならない。

「……分かった。どうやら、現状ではそなたを叱るのは筋違いのようじゃな」

「だが、できれば助けてやりたいところではあるが、儂らも他国の事となると直接口を挟む事は出来ぬ。残念ながら、ローレンの事は、お主が自分でなんとかせねばならん」

「気になさらずに。皆様は、この愚かな若造に巻き込まれぬよう、それだけを考えてくださればいい。何、どうせ首を差し出さねばならないのだから、せめて何か一つぐらいは道連れにしてみせる。それに心配せずとも、工房主殿とライム殿の誕生日ぐらいまでは、どうにか大きな問題を起こさぬように抑えるぐらいは出来ると思う」

 やけに朗らかに言い切ったローレン王の態度に危険なものを感じ、早急に手を打つことを決める三人の王。もはや、他国の事だから口を挟めない、などと寝ぼけた事を言う訳にはいかない。この手の問題は、まず間違いなく関係国家すべてに飛び火する。

「それで、そのような状況であれば工房主殿の誕生日パーティに出席するのは障りがありそうじゃが、どうするのかえ?」

「どうせ無能なのだから、外交ぐらいはきっちりやって来いと言われている。それに、今は決裁印を押す以外の権限は凍結されているから、どちらにしても私がいても何も変わらないのだがね」

「そ、そうか……」

 その後あれこれ話しあっておきたい事をいったん棚上げし、表面上は和やかに宏の誕生日をどう祝うかを話し合うのであった。







「はりきって、一杯あつめるの!」

「きゅっ!」

 ルーフェウス近郊にある湖畔の森。採取籠を背負ったライムが、頭上のひよひよと一緒に気勢を上げていた。

 学校の方は何やら宏の講義の影響で色々再編とかが発生しているらしく、付与魔術や生物学を中心に、結構な数の講義が休講になっている。アズマ工房の職員が受けている講義で休講にならなかったのは元々編入生向け短期講座の歴史ぐらいで、それも前回の講義で一区切り、別の講師にバトンタッチというタイミングだったため、年に何度かある新入生受け入れ期間まで休みが入る。

 結果として全員手が空いており、丁度いいからと久しぶりに皆で採取に来たのだ。

「ライム、ひよひよ。あまり遠くへ行っちゃダメ」

「このあたりのモンスターは、まだちゃんと把握できていないのです。ジノ達の面倒もみなければいけないので、できるだけ大人しく採集してほしいのです」

 気合が空回りしがちなライムを窘めながら、萎縮している新米達に視線を向けるテレスとノーラ。ウルス近郊で結構あれこれやらかした経験のある新米達は、新たな土地で採取となるとどうしてもビビってしまうのだ。

 正直なところ、ウルスだろうがダールだろうがルーフェウスだろうが、大都市の近郊にある森や草原で、命にかかわるような凶暴なモンスターなどそうそう出てこない。それ以前に、積極的に人間に攻撃してくる生き物自体、そんなに多くはいない。採取などの時に間違って刺激を与えたりしない限り、普通は反撃を食らったりはしないし、反撃を食らっても等級外ポーションでも飲めばすぐに治る程度の怪我をする程度である。

 それなのにそこまで萎縮してしまうあたり、ジノ達新人組がどれほどやらかしたか想像できよう。

「それにさ、ライム。あたし達が取れるような素材だと、親方が喜ぶようなレベルじゃないんじゃない?」

「そんなことないもん!」

 姉から言われた否定的な一言に、力一杯反発してすぐ目の前のしげみに突撃するライム。自分の一言で突っ走り始めたライムを、大慌てで追いかけるファム。だが、そんなファムの気持ちをよそに、既に何かを見つけていたライムは手早く根っこを掘り返して、何かの草を一株丸ごと回収する。

「これ、じょういへんかんで三級のポーションに使える材料なの!!」

「きゅっ!」

 胸を張って堂々と宣言するライムに、小さくため息をつくテレスとノーラ。ライムが見つけたのは、セルファ草の希少品種であった。通常のセルファ草に混ざって生えているもので、その割合は百株に一株未満といったところ。知識があっても見た目に区別できるような差がほとんど無いため、特別な名前は特につけられていない。

「……いきなりレア素材とか……」

「……まあ、予想はしてたのです。してたのですが……」

 ひよひよと一緒に行動するようになってから、ライムのレア発見率は更に上昇している。もはや、発見しているというより引き寄せていると言った方が正しいほどだ。

 だが、いかにレア素材といえども、正しい知識がなければただの草だ。それを次々と発見できるという事は、ライムはそれだけの知識をちゃんと身につけているという事でもある。

 実際、彼女の頭の中には、宏の膝の上で聞いた説明と見た手順のほとんどが刻み込まれている。今でこそ魔力量も制御能力も体格も足りないため実践できないが、あと三年も成長すれば、魔力制御の訓練程度で六級ぐらいは失敗せずに、五級でも普通にある程度安定して作れるだけのものをライムは身につけているのだ。

 レア素材とはいえ、大都市近郊で取れるものを探すぐらい、ライムにとってはそれほど難しくないのである。

「いいのどんどん集めるの!」

 初手からレア素材を確保したライムが、更に気合を入れてしげみの中をあさり始める。そのまま、次々とレア素材を発見し、枯渇させない程度に回収していく。

「……ノーラ達は、普通の素材を回収するのです」

「レアなのはライムに任せておけば十分集まるだろうしね」

 物凄い勢いで貴重な素材を回収していくライムをファムに任せ、新米達の指導も兼ねて普通の素材を採取していくテレスとノーラ。レア素材は基本的に、素材ランクより上のものが作れたり適正ランクのアイテムの品質を良くしたりはするが、採集の腕を上げるという観点では、普通の素材となんら変わらない。腕の伴わない新人を鍛えるなら、ごく普通の素材を倒れるまで採取させる方が早いのだ。

「あの……」

「質問なのですか?」

 早速採取に入った新人達。しばらくして落ち着いたところで貧乏貴族の双子の片割れ、兄のジェクトが恐る恐るノーラに声をかける。

「さっき、ライムが採ってたのって、どういうものなんですか?」

「あれはセルファ草の希少種なのです。主な使い道は、六級から五級のポーションなのですが、早生りのティムベリーと混ぜて錬金術で上位変換すると、三級のポーション素材その他に使う、ウィロートという物質になるのです。もっとも、ウィロートは他の組み合わせでも作れるので、希少種セルファ草にこだわる必要は無いのです。というより、無駄に難易度が上がるので、その手の材料は適正素材を反応させてつくるのが普通なのです」

 ノーラの解説に、ほへ~、という擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべるジェクト。まだ等級外ポーションもまともに作れない彼からすれば、そんな高度な素材をあっさり発見できるライムも、用途を普通に解説できるノーラも、凄すぎて反応に困るのだろう。

「正直に言うのです。早生りのティムベリーはまだしも、希少種セルファ草はまだまだノーラ達の手には余るのです。その上のウィロートなんて、それを使ったアイテムをいつ作れるようになるのか想像もできないのです」

 ジェクトの表情に苦笑を浮かべながら、自分の技量を正直に白状するノーラ。ノーラもテレスもファムも、六級は成功率が半分に届くか届かないかである上に材料の歩留まりが悪すぎ、安定したという七級ですら実は九割前後の成功率であるため、なかなか腕が上がらずに足踏みが続いているのだ。

 もっとも、学院の教授や学生に言わせれば、一年未満でそのランクに到達する方がおかしい、ということになるのだが。

「とりあえず、真面目に一生懸命やれば、等級外ポーションぐらいすぐに作れるようになるのです。ジノだって、まだ一カ月は経ってないのです」

「そのために、まずは自分で使う材料は自分で集められるように鍛えること」

 ライムに色々度肝を抜かれて、微妙に動きが悪くなった新人たちに喝を入れるノーラとテレス。テレス達三人にも、同じような時期があったのだ。惰性で毎日こつこつやっているうちに、いつの間にかここまで腕が上がったにすぎない。

 物作りは、慣れと根気と諦めと惰性なのだ。

「一杯とってきた!」

「きゅっ!」

 しばらく新米達を指導しながらよく使う素材を集めていると、ライムが元気一杯に嬉しそうに戻ってきた。ライムの頭上では、ひよひよがドヤ顔で胸だと思われる部位を張ってみせている。

「……で、これを誰が使うの?」

「わかんない! でも、素材はあればあるだけせんたくしが広がるの!」

 元気一杯に山盛りのレア素材を見せびらかすライムに、呆れたように肩をすくめるテレスとノーラ。確かに高度なアイテム作りに使うものばかりではあるが、春菜や澪はともかく、宏が使うには物足りないものばかりである。

 これでは、使いきるのになかなか手間がかかりそうだ。

「それで、ジノ達はどんな感じ?」

 ライムに呆れるテレスとノーラを放置し、新米達に現状の成果を確認するファム。自身の出自もあってか、新しくできた後輩に対し、早く食っていけるだけの腕を身につけさせたい、と、ある種の使命感を抱いていたりする。

「えっと、こんな感じです」

 ファムに促され、ほぼ満杯になった籠の中身を見せるジノ。その中には、最高クラスの品質を誇る素材が何種類も入っていた。実に丁寧な作業で採取されており、仕分けも完璧に行われている。三週間前は採取しながらの仕分けなんて考えもしなかったのだから、成長すればするものである。

「大分たくさん採れるようになったんじゃない?」

「そうですか?」

「うん。前は半日やっても、この半分も取れてなかったじゃん」

 ジノの成果を見て、そう褒めるファム。実際、丁寧に作業して二時間で籠をほぼ一杯にするというのは、なかなかの作業速度だ。現に、他の新人たちは三人合わせて籠半分というところで、ウルスでファム達と一緒に採取している人間でも、最上級の品質を維持できるほど丁寧な仕事をして、二時間で籠を一杯にできる人物はあまりいない。

 もっとも、それが、ジノのポジションを浮かせる原因になっているのは皮肉な話ではあるが。

「じゃあ、そろそろ戻ってご飯、かな?」

「今日は親方が釣りでいないので、誕生日パーティに出す料理の試作品にすると言っていたのです」

「そりゃ、絶対気合入ってるよね」

 ノーラからもたらされた情報に、期待半分不安半分という感じでファムがコメントする。春菜にとって、恋い焦がれる男に対する数少ないアピールの機会だ。気合の一つや二つを入れた所で、まったく足りないだろう。

 問題なのは、その結果何を食わされるか分からないことだ。春菜の料理は何でも美味だが、残念ながら彼女自身は食って死なない・病気にならない、倫理的に食うのに拒否感が無い、食う事が苦行にならない、という条件が揃っていれば何でも食べる人種である。

 それこそ人肉レベルの拒否感がなければ、食えないほど不味くなくかつ、食っても毒・病気的な意味で問題がない限り、ゴキだろうがダイオウグソクムシだろうが平気で食う春菜が、これ以上ないほど気合を入れて創作料理に励む。彼女の技量や味覚は信用できるため、出てくるものは間違いなく美味いだろうが、その分何が材料になっているかが予想できないのが怖い。

 深海生物クラスの不気味さを持つ生き物も勘弁だが、ベヒモスのような生き物として隔絶した存在の肉をふんだんに使っていたりするのも勘弁願いたいところである。特に後者に関しては、美味すぎてしばらく他のものが食えなくなるという、非常に贅沢な悩みが発生するのもつらい。

「まあ、いろんな意味で覚悟決めるしかない、かな」

「美味しいものを出されて文句を言うのは、間違っているのです。それがたとえ、イビルタイガーだろうがヘルハウンドだろうがベヒモスだろうがマナイーターだろうが、ノーラ達が文句をつけていい事ではないのです」

「という訳だから、皆も覚悟しておくように」

 テレスとノーラの言葉を引き継いで、ファムが新米達に覚悟を促す。ライムは覚悟も何も、食事の基準が春菜に近いので何が出て来ても大喜びだ。

 そんなこんなで、職員一同は期待と不安を胸に工房へと帰って行くのであった。







「さて、ここいらでええか」

 昼時。一時間ほど前に王達を送り出し、食材その他を調達しに出ていた春菜と澪が帰ってきたのを見届けた宏は、作り上げた釣り具一式を手に、ルーデル湖の中心付近にある、直径四キロほどの全体がほとんど平地になっている島に上陸していた。昼食は上陸前に、潜地艇の中で済ませている。

 ルーデル湖は地球で言うカスピ海を超える面積のある湖だ。大部分が淡水である事と、ルーフェウスがあるあたりの河がルーデル湖から流れ出ている事、そして所在地が内陸部でありダルジャンが湖だと言い切った事がなければ、ルーデル湖では無くルーデル海と呼ばれていた可能性が高い、そんな湖である。

 当然、湖には無数の島があり、大都市と呼んで差し支えのない規模の都市を築き上げている島もあれば、今宏が立っている島のように、面積は割と大きいのになぜか無人島、という島もある。

 もっとも、宏が釣り場として選んだこの島に関しては、周辺の水域に妙に巨大な水棲モンスターが多く、気象状況によっては完全に水没してしまうという、無人島になる明確な理由がある。潜地艇で水中を進んできたから分かり辛いが、島を取り巻く水面近くの水の流れも割とおかしい。

 そのため、このあたりを通る船はほとんどおらず、無茶な釣りをするには絶好のポイントとなっていた。

「このあたり、えげつないほど水深深いみたいやし、岸からは距離取って釣りした方がええやろうな」

 潜地艇の水深計を思い出して、釣りの仕方を決める宏。条件のいい島を探すためそんなに深くは潜らなかったが、魚探レーダーなどの数値を見るに最低でも七百メートル以上、恐らく千メートルを超える深さはあるはずだ。

 陸が水面すれすれなのでまだマシだが、水面下は少なくとも水深三百メートル付近まではほぼ九十度の崖となっており、その地点からの全天短距離魚探レーダーでは深さが分からない程度には深いため、落ちたら這い上がるのはなかなか難しそうな気配がする。

「仕掛けはこんなもんとして、大物狙うんやったら餌はやっぱりこれやろう」

 荷物からベヒモスの脂身を取り出し、人の顔面より巨大な針にさしながら宏がつぶやく。本日狙うのは、水深千メートル以上の水底に住むと言われている、アクアドレイクと呼ばれる水棲レッサードラゴンの最上位種。雑食で何十メートルという体を持つそのドラゴンは、釣り人にとっては最上級の目標である。そんなでかいものを人間が竿で釣れる訳がない、という常識は、ゲームで実際にゲーム最強の釣りバカプレイヤー(釣りスキルはカンスト、ただしエクストラスキルは未習得)が釣り上げたという現実の前には無力である。

 狙う獲物が獲物であるため、限界まで強度を強化したアミュオン鋼の竿と巨大な針を用意し、更に釣り糸は霊糸を特殊加工して伸縮自在にしたものをわざわざ作っている。糸が霊糸でなくワンランク下の金属ワイヤーだった事を除けば、当時釣りバカが使っていた釣り具とまったく同じものだ。

 同じものなのも当然で、ドラゴン釣りチームに宏も関わっており、釣り竿を作るのに協力していたのだ。ゲーム内で製造チームを組んで作ったのが一年以上前なので、同じ作り方をしても性能はこっちの方が二割ほど上ではあるが。

「さて、何が釣れるか勝負行くで!」

 仕掛けを組み立て、餌のセットを終えた所で、顔を一つ叩いて気合を入れる宏。そのまま、水辺から十メートルほど離れた所で針を投げ入れる構えを取り、

「そおい!!」

 釣り竿を全力で振り抜く。その威力にあわせて竿の先が一気に伸び、湖岸から約百メートルの所で餌が湖に落ちる。湖に入った瞬間に錘の重量が一気に増え、凄まじい勢いで湖底目指して餌を沈めていく。

「フルプレートモード、展開や!」

 目測で糸の長さが五百メートルを超えた所で、フルプレートモードを展開して色々な事に備える。環境が環境で、餌が餌だ。何が食いついてきても不思議ではない。

「そろそろ、糸の長さが一キロ超えるな」

 湖の水深としては恐らくほぼ上限であろう深さ。それを過ぎてもまだまだ伸び続ける糸を不審に思いながら、竿にかかる手ごたえに集中する宏。延々と糸が伸び続け、その長さが三キロを超えた所で強烈な、という表現が生ぬるいほどの衝撃が竿全体にかかる。

「ヘヴィウェイト! スパイク展開!」

 体を持っていかれないように固定し、踏ん張りながら糸を巻き上げては緩めを繰り返す。アミュオン鋼の釣り竿でも油断すればへし折られそうな圧倒的なパワーを前に、宏は地道に繊細な糸の操作を続ける。

 宏が簡易エンチャントで耐久性を強化していなければ、竿か靴のスパイクかのいずれかがへし折れて終わっていたであろう圧倒的なパワー。熟練度が最大まで育っていて、かつメイキングマスタリー上級によってがっつり強化された釣りスキルの補正がなければ、いかな宏の筋力でも初手で間違いなく竿を持っていかれていた。その事実から、最低でもアクアドレイクの一番大きなサイズのものなのは確定である。

「なんか、島でも釣っとるような感触やな……」

 どちらかといえば土木作業の時に感じるような手ごたえに、思わずそんな事を呟く宏。引きずり込もうとする衝撃が波打つように断続的に、かつ四方八方にランダムにかかることから、間違いなく釣り針に引っかかっているのは生き物ではあろう。その矛盾した感想に、背筋に少々冷たいものが走る。

 もしこの時ステータス画面を見ることができたのならば、とあるスキルを習得している事で、一体何を釣り上げようとしているのかがすぐに分かったであろう。そのスキルが現在進行形でものすごい勢いで上昇している事が、絶対の確信を与えていたに違いない。

 だが、残念ながらこの世界はゲームでは無く、必然的にステータス画面を見ることなどできない。結果として、やめ時を見失った宏は延々と釣りを続けることになる。

「とりあえず、かかっとんのは間違いなくアクアドレイク程度のちゃちな生きもんやないな……」

 今更竿を手放す判断もできず、かといってこのまま続けても釣れる気がしない。そんな理由でうだうだやりながら、ひたすら繊細な動きで竿を振り、糸を操り続ける。

 フルプレートの男が巨大な竿をちまちま動かしながら糸を手繰る。そんな外から知らぬ誰かが見ていれば、見なかった事にするか下手をすれば不審者として排除されてもおかしくない光景が三時間ほど続き、宏もそろそろ惰性でこの勝負を続けることを疑問に思い始めた所で、無尽蔵とも思える体力で暴れていた島ほどの大きさの何かの動きが、急に衰えを見せ始める。

「何や、いきなり弱なってきおったな……」

 手ごたえが弱くなった事に首をかしげつつ、とりあえずまた復活されてはたまらないと糸を巻き上げる宏。弱くなったといったところで並のフォレストジャイアントではびくともしないほどの重さなのだが、今までが今までだけに非常に落差が大きく感じられる。

「何ぞ、嫌な予感しおんで……」

 巻き上げているうちに完全に抵抗が止まった事に、何とも嫌な予感が止まらない宏。何がいやかといって、完全に抵抗が止まってなお、島でも釣っているのではないかという感触が消えていないことだ。それこそ、小島ほどの大きさの亀でもひっかけたのではないか、そんな事を考えているうちに、水面が津波のように荒れ狂い始める。

「まだあと五十メートルぐらいあるっちゅうのに、この騒ぎか。マジでなに釣ったんや?」

 余りの水面の状況の派手さにビビり、今まで以上に巻き上げ速度を落としてゆっくり繊細に獲物を引っ張り上げる宏。そのまま更に二時間ほどかけて、全身に波を浴びてずぶぬれになりながらついに獲物の一部を水面まで引っ張り出す事に成功する。

 引っ張り出された獲物は、顔の面積だけでも一万平方メートル以上はあろうかという、ドラゴンのような頭部の巨大な蛇であった。

「何でこんなところにこんなもんがおんねん……」

 竿とスパイクを外し、島の中心部まで移動しながら思わずぼやく宏。

 このサイズ、この顔、間違いない。釣り上げたのは、いわゆるリヴァイアサンと呼ばれる生き物だろう。ゲームのときは運営からスクリーンショット付きで存在が明言されていたが、結局今に至るまで所在不明のままのボスモンスターである。

「急に抵抗が弱なったんは……、ああ、なるほど。首に糸が絡んで窒息したんか……」

 首に何重にも絡まった釣り糸を見て、そんな風に結論を出す宏。厳密には、霊糸の持つ特性で魔力や瘴気の循環が狂って意識を保てなくなっただけなのだが、結果としてはあまり変わらないのでそれほど問題は無いだろう。

「胴周りはだいたい直径八十メートルぐらいか? 全長は……、この島が大体直径四キロぐらいやから、二千メートル以上三千メートル未満っちゅうとこやな」

 魚拓を取ろうにもばかでかすぎて不可能な生き物を、妙に冷静に観察し続ける宏。サイズを見極めるのに、神の城スキルを利用しているのはここだけの話だ。

 宏達が仕留めた同じ神の食料品シリーズであるベヒモスに比べると桁違いのサイズだが、意外にもゲームの時は戦闘能力自体はベヒモスと大差ない、と運営が明言していた。

 もっとも、このサイズだ。設定されている数値がそうであっても、実際の攻撃力にはサイズ補正が入る。宏達が食材呼ばわりした若い小型のベヒモスとは、補正値自体比較にもならないだろう。

 実のところベヒモスも能力的に最上位のものは未踏破の特殊なダンジョンの奥地にしかおらず、そのサイズも全長で二千メートルぐらいは普通にある、どう見ても山としかいえない生き物なので、リヴァイアサンと大差ない戦闘能力というのも間違ってはいないのだが。

「とりあえずまだ生きとるし、とっとと止めさしてばらすか……」

 腹を上にした状態でまだぴくぴく動いているリヴァイアサンを観察して、そう結論を出す宏。実際、息を吹き返して動き出されるとしゃれにならない。

「とりあえず新作の包丁使わんと無理やな……」

 霊糸のロープで要所要所を固定した後、来る前に打った二本の包丁のうち、出刃包丁型の一本を取り出してモードチェンジで刃渡り一メートルぐらいまで伸ばす。マグロなどの大物を解体するのに使うモードだが、むろんその程度ではリヴァイアサンを解体するどころか、止めを刺すのも不可能だ。

 その長い包丁をリヴァイアサンの頸動脈があるあたりに食い込ませ、刃の八割ほどを潜り込ませたあたりで更にモードチェンジ、刃の長さを百メートルオーバーまで伸ばす。そして、

「ふんはあ!!」

 柄を持って全力で包丁を押し込みながら五十メートルほど全速力で走って、一気に刃を引く。その一回で頸椎を断ち切った感触が手に伝わり、首が六割ほど切り落とされる。その際に一度意識を取り戻したリヴァイアサンの尻尾が大きく跳ねそうになるが、気にしている余裕などない。

「もう一丁!」

 包丁を押しこんで元に戻し、更にもう一度走って完全に首を切り落とすと、包丁を元の長さに戻して距離を置き、死後痙攣が治まるのを待つ。いかに完璧に固定していて暴れることはできないといっても、サイズがサイズだ。単に痙攣するだけでも島全体が揺れるほどのエネルギーがある。

 余談ながら、普通ならまだ生きているリヴァイアサンの頭部を、単なる包丁でこんなにあっさり切り落とす事などはできない。解体スキルは本来、ちゃんと止めを刺した相手にしか効果を発揮しないからである。

 ただし、釣り上げた魚を料理スキルを持っている人間が捌く場合に限り、生きている相手に対して解体スキルが効果を示す。その場合、ゲームの時は一から十まですべて手動で作業するマニュアルモードと、通常の獲物の解体のように解体用ナイフか料理用の包丁を突き立てるだけで完全に素材に分解されるオートモードから選択できるのだが、この世界だとそもそも、解体作業自体が一から十まで全部自分の手で行わなければいけないので、マニュアルモードも何も関係ない。

 もしオートモードがあったならば、このサイズのリヴァイアサンですら、ナイフを突き立てて三十秒ほどで全て素材に変わるのだが、現実はそこまで甘くは無い。

「とりあえず、次は胴体開くか」

 切り落とした頭部に血抜きする魔法をかけ、折角だからと超大容量タンクにつながった袋に血を流しこみながら次の工程を決める。本来なら胴体からも血抜きすべきだろうが、サイズがでかすぎるので開いてからにする予定である。

 こうして、宏ですら三時間以上かかるという想像を絶する手間をかけて、リヴァイアサンは大まかなブロックごとに解体されてしまうのであった。







「師匠、遅い」

「本当、何釣ってるんだろうね?」

 宏がリヴァイアサンの解体に手こずっていた頃。釣りに出たまま一向に帰ってこない宏を、春菜と澪が心配していた。夏だというのに既に日もとっぷり暮れ、ライムの就寝時間まであと何時間もないのにまだ戻ってこないとなると、いくら宏が頑丈だといっても、心配の一つもしてしまうのである。口には出さないが、達也と真琴もかなり気になっているようだ。

「ちょっと連絡取ってみたら?」

「そうだね」

 春菜達同様、少々心配になってきた真琴の提案を受け、春菜が冒険者カードのパーティチャットモードで宏を呼び出す。もし取り込み中だったら、邪魔したら悪いと思って控えていたのだ。

「宏君」

『あ、春菜さんか? 悪い、ちょっと解体に手間どっとって、連絡すんの遅なったわ』

「無事ならそれはいいんだけど、手間取ってるって、何釣ったの?」

『それはまあ、倉庫見てもろた方が早いんやけど』

「倉庫?」

 宏に言われ、倉庫のリストを確認する春菜。

「……」

『まあ、そう言う事やねん。全長が二キロ近うあるもんやから、まだ解体が半分ぐらいしか終わってのうてなあ……』

 リストを見て絶句する春菜に、どことなく申し訳なさそうに宏が告げる。確かにこれなら、帰ってくるのが遅くなるのも当然であろう。

「……釣れたんだ……」

『釣れてしもてん……』

 ようやく絞り出した春菜の言葉に、苦笑がちに宏が答える。その二人の会話を黙って聞いていた他のメンバーが、倉庫の収納品リストを確認し、同じように絶句する。

 何しろリストの中には、「リヴァイアサンの血液:三万トン」「リヴァイアサンの卵:一万トン」「リヴァイアサンの白子:一万トン」など、なんじゃそらと叫びたくなるものがずらずらと並んでいたのだから。

 なお、血液が妙に少ないのは、解体の最中に壮大に無駄にしているからである。出た血で身体が流されそうになるのも、リヴァイアサンの解体が進まない理由だろう。

 そもそも、腹の上に乗るだけで高層ビルの屋上ぐらいの高さになるのだから、解体スキルの補正がなければ上に登るだけでも一日がかりになるだろう。その高さを五、六歩で登れるのだから、解体スキルさまさまである。

「というか、よく倉庫に入ってるよね……」

『拠点ごとに収納庫とか倉庫とか増設しとってよかったわ、本気で』

「流石に何万トン単位になるとねえ……」

 ベヒモスの時に空き容量を食いつぶしそうになった反省から、スティレンの拠点やルーフェウスの拠点に関してはかなりの容量の倉庫を作ってあり、オルテム村にも一つ大きな蔵を作らせてもらっている。それら全てを合わせれば、もう一匹ぐらいベヒモスあたりを仕留めても辛うじて余裕がある。

 が、今後も何を仕留めるか分からないとなると、流石に色々と心もとないものはある。リヴァイアサンの魚肉は明らかに消費しきれないのが分かり切っているのだから、なおのこと容量には注意が必要になる。

『正直、半身ぐらいはほってもうてもええとは思うんやけど、ものがものだけに放置するが怖いねんわ』

「だよね」

『まあ、そう言う訳やから、こっちはまだまだかかりそうや』

「了解。手伝いに行こうか?」

『解体に使える包丁がこれしかないから、春菜さんらは待っとってくれたらええわ』

「あ~、そっか……」

 宏に言われ、待機するしかないと判断する春菜。その時点で、重大な事に気がつく。

「もしかして、包丁作ってなかったら……」

『多分、こいつ止めも刺さんとここに放置やったな……』

「うわあ……」

 最悪な事を言う宏に、思わずうめく春菜。達也達三人の顔も引きつっている。

『まあ、そう言う訳やから、飯とか済ませとって』

「了解。宏君の分も、食べやすいもの何か作っておくよ」

『助かるわ』

「気にしないで。とりあえず気をつけて、無理しないでね」

『分かっとる』

 そう言って、会話が途切れる。会話の最中にも解体の手を止めていなかったのは、中身が増えている倉庫のリストや会話中の騒音から、この場にいる全員が察している。それゆえに春菜が無理しないでねと言ったのだが、恐らく聞きはしないだろう。

「まあ、そう言う事なんだけど……」

「怒るべき、なんだろうがなあ……」

「本人の口ぶりからも、これが予想外の状況なのは事実みたいなのがねえ……」

 春菜に話を振られ、どうにも判断に困る、という表情を浮かべる達也と真琴。わざわざアミュオン鋼の釣り竿と釣り針を作っていくあたり、最初から常識外れの大物を狙っていたのは間違いない。だが、流石にこんなものが釣れるとは予想していないのも、これまた間違いない事実であろう。

 恐らく、狙っていた獲物はクラーケンとかそのあたりの分かりやすい大物か、その上でもせいぜいアクアドレイクあたりの水蛇系の大物で、いいところ全長で五十メートルに届かないぐらいのものだっただろうとは予測できる。水蛇系はどいつもこいつも水から出れば極端に戦闘能力が落ちるし、タコイカ系は実は調理技能と包丁の組み合わせが天敵なので、さほど心配は必要なかった。

 それが、蓋を開けてみればこの始末。無事だったのはいいが、そもそもかかった時点で釣ろうとせずにあきらめてリリースしてしまえ、と言いたくなるのは人間として当然であろう。

「まあ、誕生日だし、今回ぐらいはいいんじゃないかな?」

「達兄、真琴姉。ここは無事を喜ぶところ」

「……まあ、そうだな。連絡一つよこさなかった事だけはしっかり絞り上げるとしても、無事だった事は喜んでおくか」

「そうね。せめて、今後はちゃんと連絡するようには締め上げておかないとね」

 春菜と澪の意見を受け入れ、方針を決める達也と真琴。結局、宏が帰ってきたのが二時間後だったこともあり、軽い説教で終わらせることになるのであった。
釣りエクストラスキル「神の釣竿」取得条件:
1.釣りスキルの熟練度をMAXまで育てる
2.リヴァイアサンを釣る(正確には、リヴァイアサンがかかった状態で一定時間粘る)

実は、フェアクロで一番取得条件が厳しかったり。
あと、普通のリヴァイアサンは500メートル未満が一般的です。
このリヴァイアサンは世界最大ですので、これ以上が釣れる事はありません。
リヴァイアサンを釣る条件は、本編に出てきた以上のものはありません。
なお、引っ掛けた時点でスキルが生えたのは、このリヴァイアサンが規格外だったから。
普通なら、かかった瞬間に釣竿もって行かれるので、
そこで踏みとどまるだけでもものすごい能力値と補助スキルが必要となります。
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