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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ローレン編

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第8話

「確か、いよいよ今日だよな?」

「どんな内容なのかしら?」

 宏の特別講義当日。ルーフェウス学院は、浮足立った空気に支配されていた。

「ねえ、テレスさん?」

 その空気は、直接関係ない歴史:西方地域の教室でも同じらしく、何人かの学生がそわそわした態度でテレスに声をかける。

「えっと、親方の特別講義に関してなら、私達はまだその力量に達していないからって理由でほとんど何も教えてもらっていませんが……」

「えっ? そうなんですか?」

 テレスの回答を聞き、目を丸くする学生達。アズマ工房で初めて雇った職員だという事で、そのレベルに達しているものとばかり思っていたのだ。

「そもそも、私達もアズマ工房に雇ってもらってから、まだ一年たっていませんし」

「親方にひろってもらったの、きょねんの十一月まえなの」

 テレスとライムのカミングアウトに、絶句する学生達。常識的に考えて、もっと長く働いているものとばかり思っていたのである。

「というか、アズマ工房自体、独立した工房として開業したのは去年の九月ごろですし」

「工房自体、一年経ってないんですか……」

「経ってないんですよ」

 更にとんでもない事実に、声も出ない学生達。何をどうすれば、一年未満で西部三大国家の王家に食い込み、更にルーフェウスにまで支部となる工房を作ることができるのか。一般人である学生達には理解できない。

「流石にそれは、嘘だろう……?」

「嘘だといいんですけど、残念ながら、工房ができるきっかけに、私とノーラも関わっていまして……」

「多分へ―かとかでんかとかがしょーめーしてくれるとおもうの」

 聞けば聞くほど物騒な言葉が出てくるアズマ工房成立当時の話。これ以上聞くのはいろんな意味で危険だと悟りつつ、どうしても好奇心が抑えられなかった一人が、ライムに恐る恐る確認を取る。

「ねえ、ライムちゃん? へーか、って、国王陛下、とか言わないわよね?」

「こくおーへーかであってるの」

 明るい口調できっぱり言い切ったライムに、質問した学生は思わずめまいを感じて椅子にへたりこむ。ライムがこういう事では嘘を言ったり見栄を張ったりする子供ではない事は、これまでの付き合いで十分理解している。それゆえに、平静を保てずにへたり込んでしまったのだ。

「残念ながらそもそも、親方たちは知られざる大陸からの客人で、こっちに飛ばされてきてから自体が一年前後だそうです。ですので、一年以上こっちで工房を営む事は物理的に不可能なんです。これは、ウルスにきちっとした記録も残っています」

「知られざる大陸からの客人でしたか。それならば、並外れた能力をお持ちでも不思議ではありませんね」

「正直、何をどうすればこんな短期間であっちこっちの深刻なトラブルに首を突っ込む、もといトラブルを呼び寄せることができるのか、こっちが教えてほしいぐらいなんですけどね……」

 どこか遠い目をするテレスに、その場にいる全員がかける言葉を失い、沈黙してしまう。

「まあ、そういう訳ですので、私達の力量ではまだ理解できない内容が多分に含まれていまして、今回は中身を教えてもらってないんです」

「さいてーでも六級のポーションが失敗せずに作れないとダメなんだって」

「私達は、ようやく七級が安定したところですから、資格に全然届いてないんですよ」

「ライムまだ八級しか失敗しないで作れない。危ないから七級はまだ触っちゃダメって言われてるの」

「いやいやいやいや!!」

 テレスとライムの説明に、薬学科がメインの幾人かが揃って突っ込みを入れる。まだ製薬を初めて一年未満の人間が七級を安定して作れたり、まだぎりぎり六歳になってない子供が八級を作れたりするのは、誰がどう見ても異常だ。

 そもそも、そんなに簡単にポーション類が作れるのであれば、七級ポーションが五百クローネなんて言う値段にはならない。七級ポーションがそんな値段になる原因は、間違いなく作れる人間が少ないことによる供給不足が一番大きいのだから。

「まあ、とりあえず、ですね」

 学生達の言いたい事を理解しているテレスが、苦笑をにじませながらも無理やり元の話を続ける。恐らくこの件で脱線すれば、いつまでも話を元に戻せない。

「アズマ工房といえども、知られざる大陸からの客人以外はその程度ですので、職員に限って言えばまだまだルーフェウス学院の学生には及びません」

「むずかしいことはまだまだできないの」

 テレスとライムのフォローなんだかとどめなんだか分からない一言に、妙に打ちひしがれてしまう薬学科の学生達。残念ながら、彼らはまだ七級どころか八級でも安定しているとは言い難いのだ。

「……五歳児に負けた。俺、五歳児に調薬の腕で負けたよ……」

「……心配するな。俺の同期も誰一人勝ててないから」

「……てか、いくらエルフの人が長生きでいろんな経験を活かしやすいっつっても、習い始めて九か月程度の人に手も足も出ないとか、泣けてくるわ……」

「って、ちょっと待ってよ? ライムちゃんはともかく、姉のファムちゃんは七歳だけど正規の職員だよね。って事は、もしかして……」

 打ちひしがれていた薬学科の学生達のうち一人が、気がついてはいけない禁断の事実に気がついてしまう。それでも、一縷の望みをかけてテレスとライムに視線を向けると、

「残念ながら、ファムは私と同じで、七級を普通に安定して作ります」

「おねーちゃん、若いのにいい腕だっていつもほめてもらってるの」

 非常に申し訳なさそうなテレスと、ニコニコといつもかわいい笑顔のライムに容赦なく止めを刺される。

「……俺らの今までの勉強って、一体……」

「つうか、ルーフェウス学院の薬学初級、かなり存在意義が怪しくなってないか……?」

「あたし、何かこれからやっていける自信無くなってきた……」

 テレス達の正直な説明に、どうやら完全に心をへし折られたらしい薬学科の学生一同。鼻っ柱やプライドならともかく、心までへし折るのは流石にやり過ぎだと、テレスに非難の視線が集中する。

「えっとまあ、色々と常識とか投げ捨てなきゃいけない環境なので、私たちみたいに後がなかったならともかく、普通の人にはちょっと過酷なんじゃないかな、と思う訳でして……」

「ヒマなタツヤおにーちゃんとマコトおねーちゃんが毎日モンスター狩ってくるの。それが毎日ご飯になるの。変な材料結構あるの。普通食べないモンスターも結構食べるの」

「常識投げ捨てなきゃいけないの、それだけじゃないからね、ライム」

 聞けば聞くほど、色々とおかしな話が出てくるアズマ工房。結局その後は、藪蛇を恐れて誰も深く追求しなかったのであった。







「まったくもって、儂の半生は一体何だったのやら……」

 朝起きて再び行った実験。その結果に、オルスター教授が燃え尽きたような表情で呻いていた。彼の目の前には、素材の上位変換で作られた五級の素材・メルヒャンデがあった。

 このメルヒャンデは古語でメルヒの石という意味を持つ、一部地域に生息するちょっと上位の鳥系モンスターが、時折内臓に持っている石である。初めて発見されたのがメルヒと呼ばれている大型の鳥系モンスターの腎臓からなので、メルヒャンデと呼ばれるようになったらしい。これまで合成や変換などで代用品を作ることは不可能だと言われていた、五級の壁となる素材の一つである。

 オルスター教授も代用品を作るのは不可能だという定説に挑んで敗北した一人で、かつては定説を覆せるものを探して研究していたのが、いつの間にか定説が正しい事を証明するために実験を繰り返すようになっていた。

 その過程で幾人もの前途有望な若者の才能を潰してきたのだが、ここにきてついに自分が潰される側に立ってしまったのである。

「しかも、よりにもよってこんな簡単なことに気がつかずに失敗していたなど……」

 メルヒャンデの合成は、教授の力量があれば楽勝と言っても問題のないものであった。問題となったのは、素材が二つも下のランクの組み合わせであったことと、合成の過程で行うエンチャントの触媒の種類。特に触媒は重要で、これを間違うと難易度が跳ね上がる。

 素材の合成や変換は、錬金術の基本である。ただし、今まで合成・変換に成功したのは元となった素材のランクと同等か下位のものだけ。それゆえに、メルヒャンデと同じ、もしくはそれ以上となるランクの素材ばかりを組み合わせて実験をしていたオルスター教授は、七級程度の素材と触媒の組み合わせでメルヒャンデの合成など試してすらいなかったのである。

 更にいやらしい事に、同じ組み合わせで触媒を変えると、何種類かほかの素材ができるのである。むしろそっちの用途が多い上、今回使ったエンチャントの触媒が極端にマイナーなこともあって、恐らく誰も実験していない。

 もっとも、オルスター教授の腕ならば楽勝でも、七級素材をメインで扱う人間では良くて成功率二割といった難易度だ。実験しても成功せず、組み合わせとしては成立していないと結論が出ている可能性は否定できないのだが。

「何故、何故あと十五年早く現れてくれなかったのか……」

 己の不甲斐なさを嘆きつつ、そんな泣き言が口からこぼれおちるオルスター教授。もはや老害となってしまってはいても、老境にさしかかるまで研究者としてやってきたのだ。現象を確認し再現性がある事を証明できれば、ある程度の理論は構築できてしまう。それがまた、悔しい。

 恐らく、今頃はレスター教授も同じ気持ちを味わっているだろう。そう考えると、自分の派閥に引きずり込んだのは悪い事をしてしまったのではないか、そう思えてならない。

「……だが、この後悔を味わっているだけ、儂はまだマシなのかもしれんな……」

 自身の技量なら、十度やれば十度同じ結果を出せる新たな理論。その前にすっかり屈伏してしまった事に思い至り、苦笑とともにそう呟いてしまうオルスター教授。往生際悪く抵抗しようと思わないだけ、まだ自分は研究者であり続けているのだと思えば、それほど悪い気分ではない。

 みっともなくあがくであろう、数名の正真正銘老害である権威主義者の顔を思い浮かべると、どうしてもそんな皮肉な気分になってしまう。錬金術上級の講義を受けている学生なら、この資料の内容をある程度再現することは不可能ではない以上、あがけばあがくほど立場を失うのは間違いないのだから。

「いつまでもみっともなくうじうじしても仕方あるまい。さっさと引導を渡されてくるか」

 準備その他の都合で、初日の特別講義は二コマ目にスタートだ。その二コマ目がそろそろ始まる。その時間になったことで教授の腹が決まる。当初の予定では、何人かの教授と一緒に最後尾に潜り込み、授業に難癖をつけるつもりだったのだが、もはやそんな気分にはなれない。

 深い喪失感と挫折感。それと同じぐらい爽快な気分になりながら、オルスター教授は自身の進退を問いに学院長の元へ向かうのであった。







「ようこそおいでくださいました、エアリス様」

「本日はお世話になります」

 時間は少し戻って、同じ日の早朝、ダルジャン神殿。アルフェミナの姫巫女であるエアリスと、ダルジャンの巫女であるサーシャがひそかに合流していた。

「それで、ヒロシ殿に見つかったりは……」

「地底の転送陣からこちらに来たので、恐らく大丈夫だと思います」

 宏を驚かせる、ただそれだけのためにわざわざ手の込んだ移動ルートを通って来たらしいエアリス。今まで述べる機会がなかったが、地底の遺跡とアズマ工房は転送陣でつながっている。地底の転送陣もちゃんと厳重に管理されているが、エアリスは大地の民とも懇意にしているため、当然のごとくフリーパスである。

 もう一つの障害となるであろうルーフェウスの工房の鍵は、オクトガルに壁の向こうへの短距離転移で運んでもらうことで解決した。基本的にオクトガルは、セクハラ禁止と守秘義務が絡む情報を教えてくれの二つを除く大体の頼み事は無条件で聞いてくれる。なので、さほどエネルギーを使わない短距離転移など、断られる理由もほぼ存在しない。

 そして、ほんの数分とはいえダール国内に入ることについても、女王にはちゃんと許可を取ってある。わざわざ手の込んだ事だが、実のところ宏を驚かせるため、以外にもこんな真似をする理由がちゃんと存在している。

「そういえば、エアリス様はルーフェウスは初めてだったと記憶していますが、この神殿までの道はすぐに分かりましたか?」

「アルフェミナ様が教えてくださったので、問題ありませんでした」

「そうですか……」

 噂にたがわぬ能力の無駄遣いぶりに、サーシャのポーカーフェイスが若干揺らぐ。それでいいのかアルフェミナの巫女、などと考えかけて、そもそもお告げの類はアルフェミナから一方的に送ってるケースが多い事を思い出す。この場合、ケチをつけるなら溺愛しすぎて過保護なアルフェミナの方かもしれない。

「それで、ヒロシ様の特別講義は十時ごろからでした?」

「十時半からですね。抜き打ちの視察には、ちょうどよろしいかと思われます」

 そう、エアリスがわざわざ手の込んだルートを通ってこっそりルーフェウスに来た理由。それは、ルーフェウス学院の視察のためであった。

 当然、意味もなく視察などしない。アズマ工房の転送陣により、西部三大国家の王族がルーフェウス学院に「通学」できるようになったため、今の学院がどうなのか確認しようと言う話が国王達の間で決まったのである。エアリスなのは、こういうとき一番身軽に動けるからだ。

 本来なら、レイオットとマークはそろそろ実務を一旦他の誰かに引き継ぎ、ルーフェウス学院に二年ほど留学する予定だったのだが、一足先に留学を終えた第一王子アヴィンとマグダレナからの評価を聞き、保留にしていたのである。

 余談ながら、ファーレーン王家でルーフェウス学院に留学した経験があるのは、現状ではアヴィンと第一王女マグダレナだけである。第二王女であるエレーナは暫定の姫巫女として色々やっていたために留学を後ろに倒し、第三王女マリア以下は元々アヴィンと入れ替わりで留学の予定だったため、アヴィンの報告を聞いて保留にした結果、結婚したり体を壊したり討伐されたりとレイオットより上の王女三人は留学に行ける状況ではなくなってしまったのだ。

 もっとも、半分は結婚相手を見つくろう事が目当ての留学なので、あっさり結婚してしまったマリアにはあまり必要がなかった可能性は高く、恐らくレイオットの腹心であるユリウスとの結婚が力技で決まるであろうエレーナにしても、体調の悪さを押してルーフェウス学院に行く必要はなさそうではある。マグダレナに至っては、同盟関係であるダールの女王からの頼みで、留学の時に選定した相手とまったく関係のないダール王太子に嫁いだのだから、留学した価値は非常に薄かったようだが。

「それで、アヴィンお兄様のお話では余り環境が芳しくない印象を受けましたが、今のルーフェウス学院はどのような雰囲気なのでしょう?」

「そうですね。アヴィン殿下が留学にこられた頃は、ある意味で最悪の時期でしたから、その頃と比較すれば今の学院は十分改善しているかと思います」

 サーシャの回答に、裏のようなものを感じ取るエアリス。もう少し突っ込んで質問しようとすると、唐突にサーシャがにっこり微笑む。

「恐らく、今私が把握している話をお伝えしても、あまり役には立たなくなるかと思われます。何しろ、ルーフェウス学院はこれから大きく変わるのでしょうから」

「……やはり、ヒロシ様でしょうか?」

「ええ。ヒロシ殿ですね。本日からの特別講義、恐らくルーフェウス学院を大きく変えるきっかけとなるでしょう」

 サーシャの回答を聞き、大いに納得するエアリス。ローレンに対してこれと言って重要視するようなしがらみがない宏が、ルーフェウス学院内部の派閥だのなんだのに配慮した講義をする訳がない。依頼があった内容で、これでもかというぐらい中身が濃い授業をやって、受講者の常識やアイデンティティを粉砕してのけるに決まっている。

「少なくともしばらくは、他国からの留学生を巻き込んでの派閥闘争など、しようと思ってもできないでしょうね」

「もしかして、アヴィンお兄様は……」

「アヴィン殿下に限らず、あの時期に留学に来られた方には本当に申し訳ない事をしてしまいました。留学の大きな目的である人脈形成を、学院の教授達が自身の勝手な都合で妨害してしまったのですから」

「……そんなに、酷かったのですか?」

「まだ在位中だった先代の陛下が、怒りのあまり数名の教授を強権で排除したことから察してください」

「まあ……」

 基本的にルーフェウス学院に非干渉のローレン王が強権を持って介入するぐらいだから、よほどひどかったのだろう。その情報からその時の様子を想像して、思わずアヴィンに同情しそうになるエアリス。

「学説による派閥ができるのは、まだ許せます。歴史など大図書館にも資料がほとんど無い時代もありますので、複数の学説が発生するのは当然ですし、対立が起こらないなどあり得ませんから」

「そういうものなのですか?」

「ええ。学説で対立した上で、激論に激論を重ねてすり合わせるのが学問というものです。ですので、そう言った健全な派閥闘争は構わないのですが、研究費の割り当てをはじめとした政治的なものはいただけません」

「何処でも、そういう話はあるのですね」

 何処となくしみじみとしたエアリスの言葉に、恥ずかしそうに頷くサーシャ。もっとも、対抗派閥であるカタリナ派から名誉を奪われるだけでなく命まで狙われ、政治的、社会的にだけでなく、生存レベルで相手を壊滅させる以外どうしようもなかったエアリスのそれに比べれば、ルーフェウス学院の派閥闘争などまだまだ可愛らしいものではあろう。

 とは言え、いくら可愛らしいレベルでも、外部の留学生にまったくメリットのない派閥闘争に巻き込むのはいただけない。人脈を作っていった結果、自然と派閥闘争のようなものが発生する事はあるだろうが、それを教授が強要しては何のための学校か分かったものではない。

 プレセアという将来の嫁を捕まえることができたアヴィンはまだいいが、派閥闘争に振り回されて単なる時間の無駄に終わったマグダレナはいろんな意味でたまったものではなかっただろう。

「何にしても、今のルーフェウス学院で派閥闘争に巻き込まれるとすれば、おそらく学派による学術的な意味での派閥闘争になるでしょう。その目玉となっているのが、外部から勉強に来たはずのアズマ工房の皆様なのが面白い話ではありますが」

「……まだ一月ほどですのに、なぜ派閥ができているのでしょう?」

「ライムさんの魅力と実力にころっとやられてしまった教授や学生が、結構な人数いるとの事です。もしかしたら、エアリス様が通われるようになれば、新たに外来の派閥ができあがるかもしれませんね」

「流石に私は、アズマ工房の皆様ほどの学力も見識もありませんから、恐らく大丈夫ではないかと思います」

 自身のカリスマをいまいち理解していない様子のエアリスに、サーシャが内心でため息をつく。流石に聖女的な立場にいるだけあって、エアリスは居るだけで自然と人を従えてしまうような空気がある。本人はいろいろ懲りていて政治的な事に口を挟む事はないが、成熟が早いこの世界ですら年齢に見合わないと言い切れるその見識の深さは、学問的な意味でも政治的な意味でも新たな派閥を作り上げるに十分なものである。

「……まあ、エアリス様が通われることになるかどうかは視察の結果次第でしょうし、決まったとしてすぐに実現する訳でもないかと思われますので、この話はここで終わりにしましょう」

「そうですね。それで、朝食はどうしますか? よろしければ、手土産として持ってきたものがあるのですが……」

「ふむ。アルフェミナ様の姫巫女であらせられるエアリス様の手土産、ですか」

「好き嫌いとか地域性などがありますので無理にとは申せませんが、一度試していただけたらと思いまして」

 エアリスのちょっと下手に出た発言に、考えるまでもなく結論を出す。

「でしたら、それをいただきましょう。姫巫女様の手土産、大変興味がございます」

「そうですか。では、準備いたしますね。食堂はどちらでしょう?」

「今、案内いたします」

 エアリスに問われ、巫女専用の食堂に案内するサーシャ。半ば来客用のその部屋に着いたところで、エアリスが鞄からどんぶりと箸、それからスプーンとフォークを取り出して並べる。

「これは、どのようなものでしょう?」

「おそばと言いまして、最近ウルスのアルフェミナ神殿で食されているものです」

「エアリス様のお好きなものなのでしょうか?」

「ええ。私がヒロシ様とハルナ様に助けていただいた時にご馳走になった食べ物です。お二人と一緒に食べた初めての料理でもあります」

 エアリスの言葉に、ちょっとばかり羨ましそうな顔をするサーシャ。実際には、同じテーブルについてはいても宏と春菜は食事を終えており、食事中のエアリスに付き合って食後のそば湯を嗜んでいただけなので、一緒に食事をしたといえるかどうかは微妙なところなのだが。

「とりあえず、お箸を使わない国の方でも食べやすいよう、麺の長さとかは工夫してみましたが、お口に合うかどうか……」

 エアリスの心配そうな態度に押され、とりあえずまずは味見とだし汁に口をつけてみることにするサーシャ。醤油の独特の香りが少々鼻につくが、我慢できないほどでもないので無視して口の中に流し込む。

「……ふむ。この香りに慣れることができれば、ルーフェウス住民の舌にもあうかもしれません」

「そうですか、それはよかったです」

 サーシャの態度に、ほっとした様子を見せるエアリス。ちょっと前の夕食で春菜から、醤油や味噌、米の香りがルーフェウスでは受けが悪いと聞いていたので、多少心配していたのである。

 受けが悪いと聞いていたため、ゆずに似た果物であるリュージィの皮を香りづけに使い、その他にも極力醤油が存在感を発揮しないように色々工夫はしていたが、それでも心配は心配だ。

 故に、さほど無理をしている様子も見せずに評価をしてくれたサーシャの態度に、酷くほっとしてしまうエアリス。

 運よくサーシャにアレルギーが無かったため、この時、エアリスはそばアレルギーの可能性に最後まで気がつかなかった。この日の視察が終わってからその事をアルフェミナに指摘され、大いにあわてることになるエアリスだが、結局手遅れだから結果オーライで終わらせたのは触れてはいけない話だろう。

「薄めですがしっかりした味がついていますから、方向性としてはルーフェウス人の好みですね。食べた事のない味ですが、私はこの味は好きです」

「お口にあって、何よりです」

「ええ。ルーフェウスでも時間をかければ、いずれは受け入れられるかと思います。流石に、郷土料理にとって代わる事はあり得ないでしょうけどね」

「それは当然だと思います。材料が豊富に採れるウルスですら、まだまだ海産物でダシを取るこの味付けが浸透しきったとは言えないのですから」

 もてはやされているように見えて、まだまだ日本食が完全に受け入れられている訳ではないウルス。調味料の流通量だけでなく、やはり伝統的な食文化にこだわる人も少なくないのが理由だ。

 もっとも、ファーレーンの伝統料理と日本人が持ち込んだ調味料やダシの文化が自然な形で融合するのは、恐らく時間の問題ではあろうが。

「この香りも、だんだん悪くないと思うようになってきました」

「気に入っていただけましたか?」

「ええ。もう少しいただきたいところですが、食べ過ぎてしまいそうですのでこれぐらいで」

「分かりました。食べたくなったら、いつでも連絡してください。オクトガルの皆様にお願いしてお届けしますので」

「お心遣い、感謝します」

 割と心の底からそばが気に入ったらしいサーシャの態度に、これまた心の底から嬉しそうにそう告げるエアリス。その後、昼食の時間に冗談半分でそばが食べたいとオクトガルに言ったら本当に届いて、大いに驚き慌てつつもついそばを堪能してしまうことになるのは別の話である。

「さて、そろそろ視察の準備に入りましょう」

「ええ。お願いします、サーシャ様」

「お任せください」

 朝食を済ませた所で、そろそろ関係者を集めて打ち合わせを始める時間になる。数年後にダルジャン神殿にそば文化を根付かせた最初のきっかけを与えて、本来の役割に戻るエアリスであった。







 現れた特別講師の姿に、教室中がざわめく。

「今回特別講義を担当する、アズマ工房の東宏や。一応工房主やっとる」

 まだ年若い、何処となくダサい雰囲気を持つ男の自己紹介に、教室の戸惑いとざわめきは最高潮に達する。

 アズマ工房の工房主といえば、色々な噂が飛び交う正体不明の人物である。二メートルを超える大男だの、もはや年齢が分からないほどの年寄りだの、凄い美形だの、いや二目と見れないほど醜い男だの、好き放題言われている。

 それが、蓋を開けてみれば何処にでもいそうな割と平凡な容姿の、よく言えば優しそう、悪く言えばヘタレくさい人物が出てきたのだ。反応に困ってざわめきが生まれるのも、当然といえば当然であろう。

 また、服装が突っ込みに困る。物凄く奇抜な格好をしているなら、まだ突っ込みようもあるのに、この男が身につけているのは生地と仕立てこそ王族が身につけているものすら足元にも及ばないほど高品質なものではあるが、デザインは無難としか言いようがないのだ。

 これが単純に似合わないのなら、恐らくここまで困惑も広がらなかったであろうが、似合わない訳ではないのがまた困る。似合わない訳ではないが、年齢や貫禄の問題で板についておらず、どうにも浮いているのが妙にもったいない。

 総じて、評価に困る人物と言えよう。

「まあ、こんなガキが講師やっちゅうて出て来ても色々困るやろうから、まずはその辺証明するために事前配布資料のおさらいからいきたいんやけど、ええかな?」

 教室の空気を敏感に察した、というより元より予想していた宏が、器材を鞄から取り出しながらそんな提案をする。実のところ、この日は事前配布資料のおさらいと関連内容の講義で終わるだろうと予想しているのだが、受講者が嫌がるなら内容はいくらでも変えるつもりはある。

 予想していたのと違い、教授陣が一人もいない事は不思議ではあるが、空気自体は事前に想定していたのとまったく同じ。故に、むしろかえってやりやすい面がある。

「その前に、質問よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 宏が講義を開始しようとしたところで、教室の中ほどに座っていた男子学生が手を上げる。宏が質問を許可すると、立ち上がって真剣な顔で挑発的に質問内容を口にする。

「今回は錬金術を主体とした講義と聞いています。ですので錬金術について質問させていただきます。錬金術はその名の通り、金を作ることが目的のひとつですが、いまだに金を合成する手段は発見されておりません。先生は、錬金術で金を作ることは可能だとお考えでしょうか?」

「その質問は、実際にやって見せた方が多分早いやろうなあ」

 口でどちらだと答えても揉めそうな質問に、とりあえず実践して見せることにする宏。

 実際のところ、『フェアクロ』で金を作るのは可能だ。難易度も錬金術上級さえ持っていれば、魔力切れだのスタミナ切れだのをやらかさない限りはまず失敗しない。器用と感覚の数値、そしてメイキングマスタリーの熟練度次第では、中級の熟練度八十ぐらいでも普通に成功する範囲である。現在失敗する要素がほぼない宏が、気軽に実践して見せるのも当然であろう。

「まず、ちょっとどんな素材から作るか見せるから、ちょっと回したって」

 そう言って、両手で包んでやや余る程度の石英の塊といくつかの植物素材、モンスターの爪や肝を取り出して受講者に回す。あっさり実践すると言われて動揺しつつ、渡された素材をじっくり観察して別の人間に渡していく受講者たち。流石に薬学や錬金術を学んでいるだけあってか、グロテスクなモンスターの肝を見せられても特に引く様子は無い。

「アズマ先生、少々よろしいでしょうか?」

 素材が戻ってくるのを待っていると、教室の扉がノックされて少々上ずった男性の声が聞こえてくる。

「どうぞ」

「失礼します」

 宏の許可を得て中に入ってきた、恐らく事務局の男性と思われる人物は、明らかに何やら動揺していた。

「どないしましたん?」

「実は急な視察が入りまして、今回の特別講義も見学したいとの要請が来たのですが……」

「別に構いませんで。ただ、それなりの知識がないと、内容がちんぷんかんぷんやとは思いますけど」

「そうですか、ありがとうございます」

 急な要請を快く飲んでくれた宏に礼を言い、慌てて出ていく男性。恐らく視察に来た人を、外で待たせているのであろう。外で何やらごそごそやっている彼らを待っているうちに、素材の最初の一点が宏のもとに戻ってくる。

「ちょっと視察に来た人らが見学するそうやけど、ただ見とるだけやから気にせんように」

 視察、と聞いて微妙に浮足立った空気が流れる。ここにいる学生は、基本的にルーフェウス学院寄りの立場だ。自分達の授業態度で学院の評価が変わるとなれば、意識するなと言う方が無理だろう。

 気配を探ったことで誰が来たのかのあたりをつけてしまった宏は、こんな事で大丈夫なのかと他人事ながら心配になってしまう。

「アズマ先生、よろしいでしょうか?」

 教室の中がちょっと落ち着いたのを見計らって、先ほどの男性が入ってくる。

「見学やったら、いつでもどうぞ。今やったら、まだ最初の実演が始まってへんのでええ感じやと思いまっせ」

「そうですか。では見学させていただきます」

「どうぞどうぞ」

 宏の許可を受け、男性が外に待たせていた視察団を招き入れる。視察団と言っても、実際には二人だけ。だが、その二人がかなり問題ではあるが。

「お邪魔します」

「本日は無理をお願いして、申し訳ありません」

 入ってきたのは二人の女性。言うまでもなく、サーシャとエアリスである。

「お務めごくろうさまです、サーシャさん、エアリス殿下」

「驚かれないのですね」

「気配でなんとなく分かっとりましたから」

 微妙にドッキリが不発した事に、どことなく残念そうなサーシャ。それとは対照的に、エアリスは実に上機嫌である。そんな二人を前に、呆れをにじませながらも平常運転の宏。

 もっとも、受講生たちはそうもいかない。カタリナの乱からもうじき一年。アルフェミナの姫巫女であるエアリス王女の顔と名前は、既にローレンにも知れ渡っている。現代の聖女の一人として着実に名を上げている少女の存在を前に、平静を保てというのは無茶ぶりもいいところだろう。

 サーシャに至っては、ローレン人全ての敬愛を集めるダルジャンの巫女だ。特に知に重きを置くルーフェウス学院の学生にとっては、エアリス以上に緊張を強いられる相手である。

「ヒロシ様、実演をなさるという事ですが、何をなさるのでしょうか?」

「こいつを金に変えますねん」

 戻ってきた石英の塊を見せて、そう解説する宏。それを聞いて、好奇心に瞳を輝かせるエアリス。表面上は平然として見せながらも、内心では唖然とするサーシャ。

「まあ、正直、錬金術で金作るんって、ごっつ割に合わんのですけどね」

「そうなのですか?」

「素材にワイバーンの肝とイビルタイガーの爪を使うもんやから、このサイズの金作ったぐらいやと全然割に合わんのんですよ」

「ああ、なるほど」

 素材を聞いて、あっさり納得するエアリス。サーシャも、錬金術で金を作る方法がルーフェウス学院で失われた理由を理解する。

 はっきり言って、たかが手のひらサイズの金塊で相手をするには、ワイバーンは割に合わない。せいぜいがイビルタイガーがいいところであろう。

「あ、あの……」

「なんや?」

「見た瞬間にとんでもないものなのは分かっていましたが、本当にワイバーンのものなのですか?」

「まあ、信用できんのはしゃあないわなあ。っちゅうて、証明のしようもないんが困りもんやけど」

 そう言いながら、地味にまだ残っていたワイバーンの翼の皮を鞄から取り出して見せる宏。取り出された皮に、幾人かが卒倒しそうになる。残っている魔力だけでも、そいつがワイバーンかそれに準ずる強さの生き物の一部であることがはっきり分かったからだ。

 なお悪い事に、この講座を受けている学生は、みな魔力の扱いには長けている。故に、先ほど見せられた肝とその翼の魔力が、同じ生き物のものであることも瞬時に理解してしまったのである。

「因みに、他の素材を上位変換して代用品作るんもできん事は無いけど、ロックボアとかトロール鳥とかの肝を二百キロぐらい集めて凝縮して変換したらんとあかんから、やっぱり率は悪いで」

「錬金術で金を作るのは、効率が悪いのですね」

「せやから、作る手段が廃れたんやと思いますわ」

 エアリスの正直な感想に、宏が現状を補足する。エアリスがその内容に納得しているうちに、さっさと素材をすべて回収して作業に入る宏。

「多分気になっとるやろうからついでに説明しとくと、この花びらはデルショっちゅうファーレーンの一部地域で普通に咲いとる花を、押し花にして魔力で処理したもんや。こっちの粉末はバウトートっちゅう木の皮を乾燥させてすりつぶした奴で、調達場所はフォーレの首都スティレンの裏、大霊峰に連なるバルブレア山の中腹。生育場所行ったら一杯生えとる普通の樹や。ただ、乾燥させる時にいろいろ注意が必要で、そこで失敗すると素材としては使いもんにならんのよ。処理についての具体的な話は、明日にでも回すわ」

 宏の追加説明に、半ば魂が抜けていた受講者たちがそれでも概要をノートに記載する。

「ほな、実演すんで」

 素材に魔力を通しながら宣言した宏に、ようやく気を取り直した受講者たちが作業に意識を集中させる。その様子を見て、余計な口を挟まずに見学モードに入るエアリスとサーシャ。

「まずは、触媒としてバウトートの粉に魔力通して、変換対象の石英とイビルタイガーの爪の間にラインを繋いだる。この時、魔力をそんなに大量に流しこんだらおかしなことになるから注意な」

 宏の言葉の通り石英とイビルタイガーの爪の間にしっかりしたラインがつながったのを、受講者たちが食い入るように見守る。その期待にこたえるように、流れるような手つきで次の作業に移る宏。

「で、次は細かく切ったワイバーンの肝に、魔力通しながら指ですりつぶしたデルショの花びらを混ぜて、イビルタイガーの爪にラインを繋ぐ。これ、順番間違えて先イビルタイガーの爪とワイバーンの肝を繋いでしもたら、石英との間にラインがつながらんから注意な。あと、先にワイバーンの肝とデルショの処理やってしもうてから石英とイビルタイガーの爪のライン繋いで、ってやると今度、ワイバーンの肝の方の重要な反応が終わってまうからそこも要注意やで」

 更に説明を続けながら、反応を促進させる宏。目の前で光が強くなり、ワイバーンの肝とデルショの花びらの混合物がイビルタイガーの爪に吸い込まれ、そのままの勢いで石英を飲み込んで行く。

「ちょっとタイミングがシビアやったから口頭での説明が遅れたけど、肝が光った時に渦を巻くように魔力を流したると、さっきの反応が起こるんよ。で、石英とイビルタイガーの爪がいっしょくたになった瞬間に、今度は十字に分割するように魔力を流したると、最後の反応が始まる」

 その説明の間にも、宏の手の中にある石英の塊は強い輝きを放ち続ける。数秒後、反応が終わって輝きが消えると、宏の手の中には金塊以外には見えない黄金色の塊が存在していた。

「とりあえず、これがまごう事なき金やっちゅうのんを証明してもらうために、エアリス殿下とサーシャさん、それから上流階級っぽい自分にちょっと確認してもらおか」

 そう言って、最後に適当に決めた男子学生を含む指定した三人を手招きで呼び寄せ、無造作にほいっと金塊を手渡す。

「これは、間違いなく純金です」

「そうですね。この柔らかさ、純金以外にあり得ません」

「……何で、何で本当に純金なんですか、先生……」

 それぞれ違う立場の三人が、同じ結論を伝える。特に三人目の、上流階級っぽい受講者の泣きそうな言葉が印象的である。

「とまあ、材料が勿体ないんを気にせえへんかったら、金作るんは大した作業やないんよ」

 大した作業じゃない、と言い切る宏に思わず総突っ込みを入れそうになり、エアリスとサーシャの存在を思い出してしぶしぶ黙り込む受講者たち。色々と災難である。

 エアリスのように、宏が行った作業がまったく理解できなかったのなら、どれだけ幸せだっただろう。サーシャのように、最初からそういうものだという覚悟ができていれば、どれほど気分が楽だったか。

 なまじ宏が丁寧に分かりやすく作業してくれたものだから、自分達でもやろうと思えば運が良ければ成功する範囲だと理解してしまったのが、彼らにとっての一番の災難であろう。

「ただ、金っちゅうんは金銭的な価値を横に置いとくとしたら、銀には届かんけどほとんどのもんよりは上回る程度の魔力導通性と、ミスリル銀と勝負行く変質のしにくさ以外にこれっちゅうて特徴は無い金属やから、錬金術でわざわざ手間かけて作るもんやあらへん」

 実際に作ることができる人間のシビアな一言に、作業を見せられた受講者たちは同意せざるを得ない。たかが金を作るためにこれだけの技術を使うのは、勿体ないにもほどがある。

 宏は省略したが、本来なら延性の高さや導電性など、他にもいろいろと金の評価点は存在する。だが、導電性は地球でならともかくこちらの世界ではほぼ意味がないし、延性の高さも宝飾品を作るならともかく、この世界においてはそれ以外の項目ではあまり用途がない。省略されてもほぼ変わらないといえる。

「錬金術の金っちゅうんは、価値があるもんの総称や。この場合の価値っちゅうんは貴金属的なもんやなくて、普通やったら存在せえへん、有益な特徴・特性を持った物質やねん。せやから、自分らにとっての金が僕にとっての金とは違うても問題あらへん。この道を志すんやったら、最終的にはそこをよう考えた方が成長できると思うで」

 宏の実に講師らしい一言に、黙って頷く受講者たち。もはやその目に、宏を侮る色は欠片も存在しない。そんな様子に、宏に対して更に深く惚れ直すエアリスとサーシャ。

 たった一度の実演で、宏は錬金術師としての実力も、講師としての能力も理解させてしまったのであった。







「あ、エルちゃん来てたんだ」

 宏に引っ付いてきたエアリスを見て、春菜がそんな風に声をかける。結局、最初の一コマを最後まで見学したエアリスたちは、宏に頼んでルーフェウスの工房で昼食をとる事にしたのだ。

「そっちの人は?」

「ダルジャン様の巫女でサーシャさんや」

「ダルジャン様の巫女をさせていただいております、サーシャと申します。今後ともよろしくお願いします」

 宏に紹介され、一つ頭を下げるサーシャ。

「藤堂春菜です。よろしく」

 サーシャにあわせて自己紹介し、同じように頭を下げる春菜。宏に一目ぼれしたと聞いて色々想像していたが、会ってみると綺麗ではあるが割と普通のカテゴリーに入る女性で、表にこそ出さないが内心ではその事に大層驚いている。

「それで、ここに来たって事は、ご飯だよね?」

「まあ、せやな」

「すぐ準備するから、ちょっと待っててね」

「せかしてもうてごめんな」

「いいよ。試作品で良ければすぐに出せるし」

 試作品、と聞いて目を輝かせるエアリス。その態度で、自動的にメニューが決まる。

「エルがこの調子やから昼はそれでええとして、試作って今は何作っとんの?」

「留学生向けに、お国料理シリーズをね。まずはお隣のフォーレから、ドワーフスープを作ってみました」

「ああ。あのこれでもかっちゅうぐらい芋類とソーセージ突っ込んで煮込んだ、スープなんかシチューなんか分からん奴か」

「そそ」

 春菜に言われてフォーレで何度か食べた、とにかくボリューム優先の、豪快と雑との境界線上にある料理を思い出す宏。味付けは塩とソーセージからのダシのみだが、複数の種類のソーセージから出るたっぷりのうまみ成分で、意外といい味になるのである。

「ローレンで、そんなようさんのソーセージ仕入れれんの?」

「フォーレから移住してきたソーセージの職人さんを見つけてるから、そこから仕入れたらどうにかなるかな、って」

「ほな問題ないな」

 ちゃんと仕入れについてあたりをつけているらしい春菜。普通に飲食店の経営ぐらいはできそうである。

「で、宏君。講義はどんな感じ?」

 アズマ食堂で出す予定の組み合わせで昼食を準備し、配膳しながら春菜が問う。それについて宏が口を開くより先に、サーシャが答える。

「特別講義が終われば恐らく、これ以上ヒロシ殿の手を煩わせずとも自力で改革を進めていくかと思われます」

「そっか。教える能力に関しては心配してなかったけど、どうしても実演する以上の事はできない感覚的な話も多いから気になってたんだ」

「その感覚的なものを実演を見ても理解できない人間は、そもそも募集段階で弾かれていると聞いています。ですので、問題ないはずです」

「それなら大丈夫かな?」

 サーシャに保証され、納得して自分の分に手をつける春菜。塩とソーセージだけに頼らず、キノコ類を追加して味を整えたドワーフスープは、見た目の豪快さとは裏腹になかなか深い味わいがある。ソーセージもダシがらにならずちゃんと味が残っており、キノコの味もいい感じに移って単品をあぶって食べるのとはまた違った旨さがある。

「ん。なかなかいい出来かな?」

「そうですね。これならルーフェウスでも普通に売れると思います」

 一見薄味ながら具材にちゃんと味がしみ込んだドワーフスープは、生粋のルーフェウスっ子であるサーシャにもなかなか好評なようだ。エアリスは言うまでもなく、目をきらきら輝かせながら嬉しそうに料理を堪能している。二人とも、その表情が何よりも雄弁に料理の感想を告げている。

「後は肝心のフォーレの人の反応だけど、これについては夜にでもカカシさんのところに差し入れとして持っていけばいいかな?」

「せやな。宴会にでも差し入れしたら一発やろう」

「だったら、夕飯の前に持ち込みだね。ついでだから、夕飯も試作品でかな?」

「別に、僕はそれでもかまへんで」

 まだ初日の講義すら終わっていないというのに、もう夕飯の話をしている宏と春菜。その夜、春菜が開発したドワーフスープを持ちこんだクレストケイブでは、一見薄味に見えてその実、酒との相乗効果がとことんまで高いことが判明し、アズマ食堂二日分の分量が一回の宴会で消費尽くされるという珍事が発生、ドワーフ達にどこかにこのスープの店を出してくれと懇願される羽目になるが、本筋とは関係ないので詳しくは割愛する。







 そして、三日後。

「アズマ先生! 私を弟子にしてください!」

「あ、ずるいぞ! 私もお願いします!」

「いや、ぜひ私を!」

 特別講義終了と同時に受講生に囲まれた宏は、全員から弟子入りを要求されてとことんまで困らされた結果、

「これから別件で忙しなんのに、そんな余裕あるかいな! それにそもそも、自分らの役目は、このルーフェウス学院を発展させる事やろうが!」

 と、全員まとめて拒否。なおも食い下がる彼らに、王家と学院の許可を取った上で自力で三級ポーションを作れと条件を出して追い払う。

 最終的に、彼らは誰一人その領域に到達する事はできずテレス達にも力量で逆転されるが、それでもルーフェウス学院の学問の発展に大いに貢献するのであった。
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