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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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プロローグ

「藤堂さんもフェアクロやっとったとは、結構意外かもしれへん」

「別に、いまどきVRMMOなんて、オタクとかじゃなくても遊んでるじゃない。むしろ私としては、東君が上級生産まで行ってた方が驚いたよ」

「サービス開始初日の混雑にうんざりして、現実逃避的にそこらの人と駄弁りながら草むしりしてるうちに、深みにはまってしもてん」

 意外な状況で顔を合わせた意外なクラスメイトと、しみじみその意外性について語り合う男女。それ自体はネットゲーム、それも数年前からすっかり市民権を得たVRMMOでは、さほど珍しい訳ではない光景である。

 関西弁を話す男の名は東宏あずまひろし。身長百七十一センチの中肉中背と言っていい体格で、眉が太めである事以外にこれと言った特徴のない顔立ちの、別段おかしなセンスの服を着ている訳でもなければ、妙な着崩し方をしている訳でもないのに、どういう訳かどんな格好をしてもダサい、野暮ったいと言われてしまう、全身からヘタレオーラを発散させた高校三年生である。受験生なのにゲームにうつつを抜かしているところを見るまでもなく、割と流されやすいタイプで、ゲーム以外の趣味は読書、それも主にライトノベル系を好む、どちらかと言えば世間一般でオタクと評される人物だ。

 女の名は藤堂春菜とうどうはるな。身長百六十七センチと日本人女子の平均よりは高めの背丈と、海外の血が混ざっている事を示す天然の長い金髪と透き通るような青い瞳が特徴的な、文句なしに美少女と言っていい女の子である。歌手である母親が日本人の血が四分の一の日系イギリス人であるため、イギリス人の血が八分の三混ざっているという、表現に困る血統の少女でもある。イギリス人の血がものを言ってか、やたらメリハリのきいたグラビアアイドルに喧嘩を売って勝てるボディラインは、男達の目を引きつけて離さない。宏と同じクラスの十七歳、本来受験生の身の上である。

「人の事は言えないけど、この時期にゲームなんてしてていいの?」

「心配してくれるんはありがたいけど、これでも予備校には一応通ってるし、一応志望校のA判定にはぎりぎり引っかかってるんよ。それに元々、もうちょっとでスキル一個上げ終わるところやったから、そこまでやったら休止するつもりやったしな。で、聞くまでもないけど、藤堂さんは?」

「息抜き、ってところかな? もう、春休みぐらいから、ログイン自体はほとんどしてなかったし」

 この会話で分かる通り、二人ともゲームにうつつを抜かして受験勉強をないがしろにしている、というわけではない。元々二人の通っている高校が、公立とはいえ成績では県下でもトップクラスの学校であるため、彼らの学力は決して低くない。春菜の方は親譲りの記憶力が威力を発揮してか、全国模試でも常に順位三桁を叩きだしており、目指す大学の合格率A判定はずっと維持し続けている。宏の方もヘタレゆえに毎日コツコツと勉強に励み、一部科目は春菜と互角の成績だ。もっとも、苦手科目が激しく足を引っ張るタイプであり、そこが足切りに引っかからないか、常に不安を抱えている。

 気さくで気配りができる性格の美人と、ヘタレオーラ全開のライトオタク。たとえクラスメイトであっても、本来事務的な会話以外では、一切関わり合いを持つ事はなかったであろう二人。それが事もあろうにネットゲームの中でばったり出会うと言う、微妙に気まずい状況に陥った事が、ある特殊な問題に巻き込まれた彼らの救いになっていたりする。

「しかし、卒業まで、まともに話する機会なんかあらへんとおもっとったのに、こんなところでゲームについて語り合う事になるとか、人生って分からへんなあ」

「東君、私と関わりたくないオーラ全開だったもんね」

「別に、藤堂さんがどうとか言うんちゃうで。単純に、顔の広い女子と一緒に行動すると、碌な目にあわへんっちゅう人生経験のもと、誰であってもリアル女子と関わるんは嫌なだけやで」

「……なんだろう、ひどい事言われてるはずなのに、自分でもすごく納得しちゃってるこの理不尽な状況……」

 微妙に落ち込む様子を見せる春菜。その台詞に微妙に引き気味になる宏。元々会話するにしては大きく取っていた距離を、さらにもっと広げようとする。

「藤堂さん自身に心当たりあるとか、やっぱり触らぬ神に……」

「この状況でそれはないと思うんだ、私」

「そやね。そろそろ現実逃避やめて、もういっぺん状況確認しよか」

 そう言いながら、ざっと周囲を見渡す。VRMMO特有の、あえてアニメ寄りに振った現実感が薄い光景ではない、鮮やかな色彩と圧倒的な質感を持つ風景に空気の匂い。ゲームでは散々狩った、現実世界では見た事もないような造形の生き物。そして何より、攻撃を受けた時の、安全規制を超えたやたらと生々しく鋭い痛み。

「やっぱり、ゲームではあり得へんよなあ」

「明らかに、フェアリーテイル・クロニクル、もしくはそれに良く似た世界、だよね」

 あまりによろしくない状況にため息をつくと、顔を見合わせて同じ言葉を発する。

「どうしよう……?」

「どないしようか……?」

 ゲームで染み付いた行動原理に従って、現実だと思い知らせてくれた熊の残骸を処理しながら、ヘタレと才媛は途方に暮れたように語り合うのであった。









 事の始まりは、宏の体感時間で四時間ほど前にさかのぼる。

「ちぃーっす」

『お、ヒロさん、ばんわ〜』

『こん〜』

 親との約束を律儀に守り、宿題と一時間程度の受験勉強もどきを済ませた宏は、ようやく作った空き時間にうきうきとヘッドギアをかぶり、いつものVRMMO「フェアリーテイル・クロニクル」にログイン。グループチャットで挨拶をすると、固定パーティを組んでる面子から次々と挨拶が返ってくる。

 彼らが遊んでいる「フェアリーテイル・クロニクル」というゲームは、宏が中学の頃に正式サービスを開始したVRMMOで、「狩りも農業も何でもござれ」「サバイバルからスローライフまで」「ゲーム内のアイテムはすべて自作可能」などのキャッチコピーで、開始当初から常識外れのボリュームを実装し、宣伝文句に偽りなしの自由度を実現していた事で話題になった、RPG的な意味での職業の概念がない、キャラクターレベルとスキル熟練度のハイブリッド育成システムを採用した作品である。

 本来なら三回か四回ぐらいの大規模アップデートで実装するほどのマップや要素を正式サービス直後から突っ込み、単に実装されたフィールドの情報が出揃うだけでも一年近くかかると言う廃人泣かせの偉業を成し遂げたこのゲームは、たった二回の大規模アップデートで、もはや開発者以外誰にも、全ての要素を把握できないだろうと言う巨大なタイトルに進化を遂げていた。

 もっとも、一番の驚きは、それだけの容量だと言うのに、バグらしいバグやサーバーダウンの類を一度も起こしていないということだろう。何よりも、一部のスキルにログアウト中の自動訓練システムを用意することと引き換えに、外部ツールやマクロの類を全て封じ込め、どんなやり方をしているのかいまだにハッカーに一度も侵入を許していないという、一部の政府より堅固なセキュリティを実現している事が、ほとんどバランス調整などを行わないにもかかわらず、ユーザーの支持を集めている理由であろう。

 もうサービス開始から五年経つと言うのに、いまだにユーザー数、プレイヤー満足度ともにトップクラスを走り続ける化け物タイトル、それが「フェアリーテイル・クロニクル」である。

『ヒロさんヒロさん』

「なんや?」

『ヒーリングポーションとマナポーションの在庫ってある?』

「せやなあ。とりあえずレベル6のやったら倉庫に山ほど積みあがっとるけど、それでええ?」

『十分。てか、市場にゃレベル4ぐらいまでしか出回ってないんだよなあ』

 出回っているものが、いまだ、思いのほか低レベルであることを意外に思いつつ、露店だのオークションだのを長いこと利用していない宏としてはそんなものかと納得するしかない。そもそもレベル4のポーションは、人型の雑魚が結構落とす。落とすだけならともかく、モンスターのくせに普通に手持ちをつかって回復してくる奴も居るから、うざいことこの上ないとは狩りをしている連中のぼやきである。

 とある事情があって、このゲームの職人たちは、自分が作ったアイテムを市場に流さない。そのため、露店やオークションに出回るのはドロップ品やクエスト報酬程度である。また、上級の素材は上級の職人がモンスターを解体しないと手に入らない仕様ゆえ、そう言う素材も市場には出回らない。彼らのレベルになると、職人同士のネットワークがきっちり出来上がっているため、あまっている素材は直接物々交換をするのが普通である。ゆえに、宏のような職人はほとんど露店やオークションを利用せず、結果として自分達が作る物の希少価値を理解していない。

「さよか。まあ、レベル5は安定して作ろう思ったら、中級カンストするぐらいの腕はいるからなあ」

『うげえ、そんなにきつかったのか……』

 宏の言葉にうめく友人A。因みに、カンストとはネットゲーム用語でカウンターストップ、つまりは上限に達した事を指す。この場合は、中級をマスターした、と言うのと同じ表現である。

「まあ、生産は慣れと諦めと根気やからなあ。で、どんぐらいいる?」

『とりあえず、どっちも百本ぐらい欲しいけど、ある?』

「余裕余裕。百でええんやったらレベル8でもいけるで?」

 冬休みにスキルあげのために山盛り作った、ポーション作成スキルで製作可能な最高レベルの物を提示してみる。ぶっちゃけ、倉庫一マスに格納できる限界数で三マス分はあるので、誰かが食いつぶしてくれた方がありがたい。

『いやいや、6で十分。てか、レベル8なんて使った日には、目立ってしょうがねえよ。で、いくら?』

 素材集め以外でダンジョンに潜らない宏は知らぬ事だが、レベル8のポーションは現状、上級プレイヤーの回復魔法を超える回復量を誇る。それ一本でどうにかなるほど甘いゲームではないが、中級ダンジョンのボスぐらいなら、上手いアタッカーと組めば回復魔法なしで落とせる程度の性能はある。もっとも、ある理由により生産スキルを鍛えているプレイヤーが非常に少ないこのゲームでは、生産か人型の希少モンスターから奪う以外手に入らないレベル5以降のポーションは、結構な貴重品である。

 一般に知られている最高レベルであるレベル6の各種ポーションなど、市場に出回った瞬間に上級の連中に買い占められるレベルだ。おかげで、大半がキャラクターレベルが人口的にボリュームゾーンの範囲に居る宏の身内は、誰もレベル6ポーションの相場など知らなかったりする。しかも、どういう仕様なのか、レベル5以降のポーションはNPCが買い取ってくれない。

「せやなあ。どうせスキル上げで作った奴やし、一本五百でええわ」

『安!!』

「いやまあ、正直なところ、出回って無いんやったらNPC売りの値段以外、相場とかあって無きが如しやし、ドロップ系の素材は皆からカンパしてもろとるしなあ」

『まあ、懐にあんまり余裕無いから、安いのはありがたいんだけどね』

「ほな、今から着払いで送っとくわ」

『了解。いつもサンキュ』

 倉庫から取り出したポーションを、宅配便システムで着払い指定にて送りつける。因みに、一本五百と言うのは、NPCから普通に買える上限である、レベル2ポーションの値段である。序盤から中盤の狩りに必須となってくる回復剤だが、必要とされる頃にはかなり痛い値段だ。それでも生産スキルで作るぐらいなら狩りとクエストで稼いで買い集めた方がいい、と言うところから、最初のころの生産スキルの不遇さは推して知るべしである。

『ヒロ、従妹が今度VR解禁になったからって、このゲーム始めるって言ってたんだけど、初心者向けにいい装備って無いか?』

「せやなあ。雑魚ドロップよりはええナイフと服ぐらいはあるけど、それで問題ない?」

『ちょっとスペック見せて』

「こんな感じやで」

 倉庫を漁って引っ張り出した服とナイフのデータを、メールに転写して送りつける。

『悩ましいところだな』

「もっとええ奴の方が良かったか?」

『いや、その逆だ。初心者に渡すには、ちょっと性能が良すぎるかもしれない』

「これ以下やったら、NPCから買うた方が早いで」

『そうか、了解。じゃあ、最初は適当に安い奴を買っておいて、適当なタイミングでこいつをプレゼントするか。いくらだ?』

「せやなあ。NPCに売って千五百やから、三千かなあ」

『だから安いって』

「倉庫に積み上がったあまりモン押し付けとるだけやし、気にせんといてや。ついでに余ってる練習用ポーションとレベル0ポーションも一スタックずつあげるわ」

 そう言って、もはや使い道も存在しないほど微妙な回復量しかない最下級ポーションを大量に押し付ける。役に立つのがチュートリアルから初心者クエストを完了し、最序盤の作業を終えるぐらいまでと言う寿命の短い、だが安定して作れるようになるのにレベル2ポーションが欲しくなるころのパラメーターが必要と言う、生産スキルの不遇さを象徴するようなポーション類である。しかも、ポーションには中毒というシステムがあり、特にマナポーションとスタミナポーションは中毒発生率が高いため、大抵はチュートリアルや初期のクエストで貰った分を余らせている。

 容器が必要な割にNPCに売ろうにも低性能すぎて買い取ってもくれず、なのに使っても容器が回収できる訳でもないと言うふざけた仕様で、どうしても赤字を出したくないのであれば、他のスキルで容器から作る必要があると言う、自由度をうたっている割には入り口からプレイヤーを門前払いしているとしか思えないバランスが通好みだとは、宏と同期のポーション職人の言い分だ。

 もっとも、ほとんどのプレイヤーから生産が敬遠されている理由はその前の部分にある。何を作るにも必須と言える材料集めが、死ぬほどきついのだ。何しろ、最初のころは草一本手に入れるにしても、顔を近づけてじっくり確認して、使用可能な部位を正確に切り取る必要がある上に、スタミナ値の最大値に限らず、初期は十分作業をすればスタミナが枯渇し、五分は休憩しないと作業に復帰できないのである。素材を加工するスキルも大概MPやスタミナの消費は激しいが、こちらはそもそも材料がなければ先に進まないため、現実にはそれほど目立たない。

 しかも、VRMMOとしての特性を生かして、プレイヤーが本当に疲れて動けなくなると言うマゾ仕様だ。その上、スタミナが減れば減るほど作業効率や成功率が目に見えて落ちるため、実際には五分程度の作業で休憩しないとまともな作業にはならない。熟練度が一定ラインを超えると、そこから加速度的にその問題は解消されるのだが、そこまでが本当にしんどい。

 その、変にリアルな設定に加え、生産品目のランクが上がるにつれ、他の生産スキルで作る高ランク生産品が必要となって来たり、そもそも複数の生産スキルを同時に使って加工する必要がでてきたりと、無駄に凝ったものづくりの設定がなされているため、初級のスタミナと作業の煩雑さの壁を乗り越えても、中級の半ば辺りで折れるプレイヤーが多い。その上で、先に記したように、中級に入るまではせいぜいNPCから購入できるレベルのものしか作れない、と言う達成感の無い仕様とくれば、よほど深みにはまって意地になった人間以外、普通は早々に切る。

 ぶっちゃけた話、この無駄にえげつない生産の仕様が、フェアリーテイル・クロニクルのユーザにとって、唯一にして最大の不満点である。しかも、職人達が市場に製作物を流さなくなったのと同じ理由で、そうでなくても他のゲームに比べて比率が少ない生産キャラの人数が大きく減っているのだから、せめてもう少し育成はやりやすくしてほしい、という要望は何度も出されている。

『前から思ってたけど、いっぺんヒロさんの倉庫の中身、見てみたいよね。』

「見せてもええけど、生産品と採取系の素材でうまっとるから、貴重品はほとんどあらへんで」

『いやいや。その山とあふれてるって言うレベル8ポーションが、すでに普通に貴重品だから』

「上級生産やってる連中の倉庫は、みんな似たり寄ったりやで。多分、売りに出したらあっという間に値崩れするんちゃうか?」

『そんなにすげえの?』

「そら、レベル8作れる連中は二十四人もおるんやし、一人一種一万は持っとるやろうから、それだけで各種が最低二十四万本やで?」

 一見して物凄い数だが、プレイヤー総数や消費量を考えると、あまり多いとも言えない。何しろ、一回のダンジョン攻略で、普通に五十や百は食いつぶすのだ。

『まあ、それはそれとしてさ。ヒロさん、これからダンジョン潜らない?』

「おー、ええなあ。そろそろドロップ系の素材使い切りそうやし、今日か明日ぐらいに受験のためにちょっと休止する予定やから、今からやる作業が終わったら混ぜてもらうわ」

『今、なに作ってるの?』

「後でのお楽しみや」

 人を食ったようにおどけながら、作業を続ける宏に、とりあえず集合場所と開始予定時間を告げて自分の準備に移る友人達。そんな彼らを横目に、ひたすらちまちま作業を続け……。

「よっしゃ、スキルカンスト!」

 作業の目的を達成し、最近クエストでゲットした特殊スキルをマスターした事を確認する。集合場所に向かうために移動しようと倉庫から転移石その他もろもろを取り出したところで、メールが届いた事を示す効果音が鳴る。

「ん?」

 メールボックスを覗くと、明らかに文字化けしたと思われる、よく分からないタイトルのメールが三通。即行で削除しようかと思ったが、念のために知人友人に声だけ掛ける。

「なあ。誰か今、僕にメール出した?」

『いや、出してないけど、どうした?』

「何ぞ、文字化けしたメールが三通ほど届いてなあ」

『……それ、触らない方がいいぞ』

 宏の言葉に、一番年上のメンバーが忠告する。

「やばそうやから中身を見るつもりもあらへんかったけど、何で?」

『最近、文字化けメールでクライアントが破壊されるトラブルが何件かあったらしくてな。公式でも注意が出てる』

「へ〜。そんな致命的なバグが出るって、初めてちゃうか? お、ほんまや。運営からのお知らせにのっとるわ」

『だから、運営に連絡したら、削除も含めて絶対触らないようにしておけ』

「了解。注意してくれてありがとう」

 礼を言ってGMコール、文字化けメールについて連絡。運営の方にもスクリーンショット付きでバグ報告として通報。念のために件の文字化けメール以外のバックアップを取り、今度こそダンジョンに潜りに行こうと転移石を起動させた瞬間に、異常が発生した。

「なんじゃこら!?」

 文字化けメールがメールボックスを埋め尽くし、それ以外のウィンドウにまで侵食を開始する。

『どうした?』

「文字化けメールがメールボックスからあふれ出しおった!」

『どういう事だ!?』

「僕に言われても! って、何で触ってもないのに勝手に開くねん!!」

 宏の悲鳴を聞きつけたチャットメンバーが、慌てていろいろ声をかけてくる。だが、それに答える余裕すら与えず、文字化けメールはどんどん視界を埋め尽くす。転移石の行き先選択表示に文字化けした地名が追加され、そこが勝手に選ばれる。

「まてい! 移動キャンセルや!」

 宏の叫びもむなしく、転移石が起動し、目の前がエラーとアラートで埋め尽くされる。不規則に表示され続けたその二つの警告表示が、まるで魔法陣のような図形に並んだところで、宏の意識は途絶えたのであった。







「……なんじゃこら……」

 あたりを見渡し、顔をしかめながらつぶやく。目が覚めた時、見覚えがあるようなないような森の中に倒れていたのだ。森、といっても、それほど深い場所に入っている訳ではないらしく、ちょっと明るいほうに歩けば、すぐに開けた草原が見える。どこをさして森の入り口というかは曖昧ではあるが、入り口付近という認識で問題はなさそうである。

「本気で、どないやねん……」

 周囲をじっくり観察して、突っ込みどころの多さにため息をつく。森を構成している植物が、全く知らない物ばかりならまだ良かった。元々、草木の種類など見分けがつくほど知識はない。なのに、この森の植物について、ほぼすべての名前を知っているのだ。それも、現実にはないであろうものが多いという有り様で。

「しかも、この格好。何ぼ何でもこれはないで……」

 服装が、ヘッドギアをかぶる前の物でも、ゲームの中で着ていたものでもなく、シンプルなシャツの上にこれまた作りのあらい前合わせの作務衣のようなものを羽織り、スラックスと呼ぶのもおこがましい粗っぽい縫製のズボンと、裸足よりまし、程度のまともな靴底もない靴を履いている。記憶にある、フェアリーテイルクロニクルの初期衣装だ。ぶっちゃけ、みすぼらしい。

 持ち物も、着てる服以外にはちゃちなナイフが一本だけ。財布も鞄もない。元の服装でも財布は持っていなかったから、ナイフがあるだけましと言えばそうかもしれないが、それにしてもやってられない状況である。

「さて、どないしたもんか……」

 一通り状況確認を兼ねた現実逃避を終え、ぼやきながらも今後の行動指針となりそうなものを探す。冗談抜きで命がかかってくる可能性があるのだから、ここは真剣に探した方がいい。などと、じっくり環境を観察していると、唐突に女のものらしい悲鳴が聞こえてくる。女の声、という理由で、反射的に声が聞こえた方から逃げ出そうとした宏だが、状況の変化の方が早かった。

「いやーーーーーーーーーー!!」

「ちょいまてい!」

 声が聞こえてから十秒と経たずに、森の奥からなんとなく見覚えのある金髪の少女が、叫びながら必死の形相で走ってくる。普通の人間が出せるとは思えないスピードで走る彼女の後ろには、三メートルはあろうかという巨大なクマが。少女の姿を見て震えながら硬直していた宏は、足を取られてバランスを崩し、熊に追いつかれそうになった彼女を見て、頭で何かを考えるより早く、両者の間に割り込んだ。

「逃げて!!」

 聞き覚えのある声で、見覚えのある容姿の美少女がそう叫ぶより早く、体に染みついた動作でナイフの柄を熊の腹に叩き込み、力一杯吹っ飛ばす。すでに頭の中は真っ白、全身の震えはおさまらない。女という生き物に対する、体の芯まで染みついたトラウマと、巨大熊という物理的な危機、双方に対する恐怖に理性も感情もすっかり委縮しているのに、本能は熊を脅威だと認めていない。怖いからこそ、とにかく前に出る。

 東宏は、収まらぬ震えと怖気を抱えながらも本能に押され、体に染みついた動きで巨大熊の動きを封じ込めにかかった。







「藤堂さんも、文字化けメールが来たんか」

「東君も、か……」

「僕の時は、転移石が最後のトリガーやったみたいやけど、藤堂さんは?」

「私は、ウルス東門の転移ゲートをくぐろうとしたとき」

 熊の解体を終えた二人は、肉を分け合ってざっと調理し、それで腹を満たしながら直前の状況を確認し合う。やはり、会話をするには結構距離をあけていて、しかもいまだに身構えている様子があるが、そういうものだと理解した春菜は特に突っ込みもいれない。

「何ぞ巻き込むだけ巻き込んどいて、装備もアイテムも金も全部チャラとか、ものすごく不親切な話や」

「だよね。しかも、安全地帯を探してたらいきなりバーサークベアだし……」

「藤堂さん、案外ついてないんやな」

「本当にね……」

 宏と再会した時の状況を思いだして、しみじみとため息を漏らす。宏と同じようにここに飛ばされてきた春菜は、安全地帯を探している最中に熊に襲われ、パニックになって全速力で逃げだしてしまった。だが、どれほど身体能力があったところで、パニックを起こしていればその能力を十全には発揮できない。結局、少し走ったところで石に躓き足をもつれさせて、巨大熊に追い付かれそうになったと言うのが先ほどの状況である。そのあとは二人とも当事者であるため、これと言って語るような事は無い。

 戦闘自体は、がくがく震えながらも懸命に相手の攻撃を受け止めて見せる宏を必死で補助魔法でフォローし、ゲームでの初期装備である貧弱なナイフで二人がかりで攻撃して、どうにか多少の怪我ぐらいで急場をしのいだ。幸か不幸か能力とスキルだけはゲームのそれと同じだったらしく、貧弱な初期装備でもボス熊ぐらいは余裕で始末できたのである。

「そもそも、今にして思えば、別にこの貧弱なナイフでも、あれぐらいソロで始末できたんだよね……」

「そうやな。ありがたい事に、レベルとスキルとパラメーターは、ゲームからそのまま引き継いどるみたいやし」

 さっきの戦闘と、その後の治療の事を思い出して頷く。実際、バーサークベアは初心者殺しのフィールドBOSSだが、中堅ぐらいのプレイヤーキャラから見れば、ダンジョンの雑魚より劣る程度の相手でしかない。

「あの、東君」

「何?」

「私、アバターの外見は結構いじってたんだけど、今どうなってる?」

「どうって、服装以外はごく普通に、いつもクラスのムードメーカーやっとる藤堂さんやけど?」

「……やっぱりか……」

 春菜のため息交じりの台詞に、いまいち何をがっくり来ているのか理解できない宏。

「こんなよく分からんところに飛ばされる異常事態に比べたら、外見がどうとか大した問題やないと思うんやけど……」

「とは言うけどさ。こういう不特定多数にある程度個人情報が流れるゲームで、すっぴんの素顔を晒すのは結構抵抗あるよ」

「あ〜、藤堂さんやったら、そういう意味では気をつけた方がいいかもなあ」

「分かってくれた?」

「うん。親が有名人っちゅうのも大変や」

 そう言いながら春菜の姿をもう一度確認し、結構アレな問題に気がつく。

「今思ってんけど……」

「ん?」

「このゲームの初期衣装って、リアルやと案外目のやり場に困るなあ……」

「……言われてみれば……」

 アバターの時には気にならなかったが、ゲームの初期衣装はゆったりしたデザインのため、意外と隙間が多い。一応見えてはまずいところは見えない作りだが、それでもポーズや角度次第では、胸の谷間ぐらいは見えなくもない。そして、春菜の体型はゲーム中の中一の頃から設定をいじっていない洗濯板なそれでは無く、現実と同じグラビアアイドルに喧嘩を売って勝てるレベルであり……。

「ファンタジーの衣装って、結構いろいろ問題があるよね……」

「一応、作ろう思ったら服も作れん事はないで?」

「裁縫もやってるの?」

「裁縫も、って言うか、上位生産に行こう思ったら、基本的に全部やらんと厳しいで」

「そうなんだ?」

「そうやねん」

 いろいろな事情があって、生産の仕様だとか作れるものだとかは、それほど一般には知られていない。少なくとも、ゲーム中に存在するものはすべて製作可能、と言うキャッチコピーが事実である、と言う事は職人以外は知らないだろう。

「まあ、とりあえずは街に入るにしても、お金どうするかやな」

「初期設定どおり無一文とか、本当にひどいよね……」

「鞄もあらへんからなあ……」

 そうぼやいたところで、ざっと処理したクマの毛皮が目に入る。着の身着のままでほっぽり出されたも同然の状況では、宝の山と言えなくもない熊の残骸を前に、いろいろ作れそうなものを思い浮かべる宏。

「せやなあ。これで鞄作るか」

「そんな事、出来るの?」

「まあ、それほど問題はあらへん。とりあえず、糸と針がいるけど、糸はそこらうろうろしとるウサギの毛でどうにかするとして、針は……、川があったから、魚の小骨でどうにかしよか」

「それでいけるんだ……」

「鞄作るぐらいやったら、多分何とかなると思う。まあ、そういうわけやから、ウサギから糸作るから、悪いんやけど藤堂さん、自分僕より料理スキル高いみたいやし、魚捕まえて骨取ってくれへん?」

「了解。ついでに干物にでもしよっか」

 そう言って、川の方に向かう春菜を見送り、手当たり次第ウサギを捕まえて毛皮から糸を紡ぐ。この地域のウサギは、アンゴラウサギのようにふかふかの毛皮を持っているため、糸を作るのに向いているのだ。さらに言うと、高レベルの紡織スキルがあれば、道具がなくても最低ラインの糸を紡ぐ事は出来る。さすがに、布を織るのは厳しいが。

「この感じやと、当分は野宿でサバイバルやなあ……」

「そうなるよね……」

 素手で作れる限界まで細く糸を紡ぎながら、ついついぼやきを漏らしてしまう。捕まえてきた魚を捌き終え、スモークする準備をしながら、春菜もため息交じりに同意する。

「とりあえず、道具がある程度揃えば、売りモンになる程度の薬とかは作れるから、そこ自作するところからか……」

 必要量を紡ぎ終えた糸と最低限の加工を済ませた針を手に、深いため息を漏らす。道のりの長さにうんざりしながら、異世界生活初日は更けていくのであった。
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