王太子様は語る
※前作『私の命の使い方』を読まないと意味が分かりません。
※若干の下ネタを含みます。
※主人公には子供らしさも可愛げもありません。
「にいしゃま、かあしゃまは……」
「目覚めたみたいです。
ただお会いするのは明日にしましょう」
部屋の中の二人には聞こえないように小声で話す。
ぱあと明るくなる表情は花のようです。
騒ぎたいでしょうが、僕の言葉に可愛い弟妹達は静かに頷きました。
あんな事になって不安だろうにちゃんと言い付けを守れる良い子達です。
さすが僕の兄弟です。ご褒美がてらに頭を撫でておきました。
僕は王太子のハリスと言います。六人兄弟の長男です。
現在、僕は弟妹達を連れて偵察、もとい覗き見中だったりします。
何を見ているのかと言いますと父上と母上の様子です。
先日、母上が父上を暴漢から庇って大怪我を負いました。
そして今日、無事に意識を取り戻しましたが、
その間、仕事を無視して、父上は母上の看病に当たっていたのです。
溜まった執務についてはある程度、
大臣が代理にやってたんで大丈夫なんですけどね。
僕も手伝いましたし、まあたかが八才の子供にできる事なんて限られてますが。
それはともかくご存知の通り、
父上はたいそうな愛妻家な訳ですが、
最近というか、つい先程までそれは母上に伝わっていなかったのです。
母上が度の付くおにぶさんというのもありますが、
父上も人の事を言えない鈍感なんです。
もうここまで来ると笑い話ですよ、アホはどっちなんだか。
勘違いは溯ること、十五年前。
父上と母上が婚約者になった直後、
当時八才だった父上へ母上は尋ねたそうです。
お慕いする方はいらっしゃいますか?と。それに父上は。
「銀に瑠璃の女。年上で長子だからか面倒見が良い。
身分は釣り合う、結婚すれば両国の為になるだろう。
きっと良い妻になる、国母としても文句なしだ」
父上がこんなに長文を語るのは大変珍しい事です。
ただね、これを聞いた時に思いましたよ。
「お前」でいいだろ。
あまりにまどろっこしいのでつい口調が変わりました。
どんだけ回りくどいんですか。恥じらうにも程がある!と。
また最後の願望を込めた一文が大変紛らわしい。
あれ、父上としてはこう言いたかったんでしょう。
「その美しい銀の髪と瑠璃の瞳を持つお前に、
俺は心奪われているんだ。
その淑やかで優しい心根がたまらなく好きだ。
お前がラドゥガの伯爵家に生まれてくれて良かった。
そのおかげで政略結婚とは言え、お前を手にすることができたのだから。
お前は間違い無く幸せな家庭をもたらしてくれるだろう。
だから俺もそれに答えられるよう、お前を精一杯愛してみせるから」
それこそ言えよ!ちなみに盛ってませんよ、一切ね。
基本的に端的すぎるんですよ。父上は。
おかげで父上は大変なすれ違いを招いた訳です。
僕がその勘違いに気付いたのは、
二人目の弟が生まれた五才の時でした。
赤子を抱えたまま、愁いを帯びた表情の母上。
状況的に幸せいっぱいなはずなのに、
何故そんな表情をするのか、わからなくて。
僕はつい聞いてしまったのです。それに母上は言いました。
「私はいつまで城に置いていただけるのでしょうか」
「……何故ですか?世継ぎを三人も設けたのです。
どんな理由があっても、母上を退ける事などできないでしょう?」
ただでさえ父上に寵愛されてるんですし。
それに男児を三人も据えた以上、側妃を呼ぶ必要も無い。
だから母上の発言は奇妙だったのです。次の発言には耳を疑いました。
「幼い貴方にこんな事を告げるのは酷でしょう。
でもいつかは分かることです、今言わせてください。
……陛下には子供の頃からずっと心に決めた方がいらっしゃるのです」
にわかには信じがたい話でした。
熱でもあるのかと思いましたが、母上の表情は至って真摯そのもの。
そして僕にあの原因となった出来事を話した訳です。
僕は頑張りましたよ、そこから。
「母上、僕の顔を見て気付きませんか?」
「陛下によく似てますね、将来が楽しみです」
「僕が生まれた時、母上と父上の年齢は?」
「私が十九才、陛下が十五才でしたね」
「……母上はラドゥガの伯爵家の出ですよね?」
「はい、えっとそれが何か?」
僕は母上譲りの銀髪碧眼でした。
次に年齢を意識させ、それもダメで身分も持ち出しましたが、
筋金入りの天然である母上には全く通用しませんでした。
答えを直に言ってしまえば良かったのかもしれません。
でもそれじゃ根本的な解決にはなりませんよね。
僕が言ったところで慰めとしか思わないのが目に見えます。
父上がわからせなければ意味がない。
早い話投げました。無理です。
ただ焦る必要は無いかなと思いました。
幸いにも二人は睦まじく映るというか、
実際仲良しだったので、おしどり夫婦として扱われていましたしね。
一つだけ文句を言うなら、
城で僕以外この事に気付いている人はいなかったので、
相談相手が居なくて結構心細かったのです。
間違って不仲と思われてもアレなんで、
余所様へ下手に話を持ち出すこともできませんし。
まかり間違っても弟妹にはね、不安を起こすだけじゃないですか。
だからようやく今日消化されて、本当に安心してます。
「父上も今回の一件で気付いてくれたかな」
言葉にすることの大切さを。
これで多少は口下手も直ってくれれば万々歳だ。
急には無理かもしれないけれど、僕は知っている。
治癒魔法の詠唱の所々に愛の告白を織り交ぜていたことを。
あの調子で伝えてくれる事をただ願う。
にしても、余分な物が入ったら魔法って失敗するんだけどなあ。
それでも威力を落とすどころか増していたのは、愛の力故か。
不器用だけど器用なんですよね、父上って。
身も蓋もない言い方をすれば『やればできるけど大方やれないヘタレ』
自分の父親相手に容赦無いとおっしゃられても事実です。
「兄上、どうして閉めるんですか?」
「ここからは夫婦水入らずって事で」
音を立てぬように扉を閉めれば、
すかさず上の弟から問いかけられました。
僕でもあと十年は早いかなってキスシーンをおっぱじめちゃったからです。
とは言えませんよ、口が裂けても。
父上、寝るんじゃなかったんですか。寝るってそういう意味ですか。
四日も徹夜してるのに元気ですね。
それだけ元気なら明日はたっぷり書類を運んであげましょう。
あとヘタレなわりには手早いですね、父上。さすが二十三才で六児父。
あの調子だと近いうちに七児になりそうですけど。
「今日は明日のお見舞いの為に準備しましょう」
部屋の前から離れた僕らは廊下を歩きながら、
クッキーを作ろうだとか、花を摘もうだとか各々の意見を出す。
僕はそれの手伝いをして。それから書類の用意もしなくては。
手のかかる両親を持って大変ですよ、本当に。
でもそんな二人が大好きなので、
僕は時にお節介を焼いて、時に見守っているのです。
明日そこには大量の書類を前に目が死んでる陛下の姿が!