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天文24年春 3

二条領において需要が拡大している資源は鉄ばかりではない。

木材に対する需要も常に拡大し続けている。

住居や工場の建設、造船にはじまり、農機具、架橋、工芸品、家具など、二条領の拡大や人口増加に伴い、供給が追いつかない状況が続いている。

それに加え、今度は線路の枕木、製紙業などが加わった。


増え続ける需要に応じるため、良之はチェーンソーの提供について検討を始めた。

だが、調べるうち、この工具が作業者にとって非常に危険なものだと知った。

最も多いチェーンソーによる事故は、作業者自身の身体への裂傷である。

次いで、周囲の人間への被害だが、それらはどのような工具でも本質的には変わらない。


チェーンソーにおける作業者の怪我は、8割以上が自身の下半身、特に足にチェーンソーを当ててしまうことによる重傷である。

高速回転するチェーンソーは、たった1秒足らずの接触でも、深刻なダメージを受けてしまう。

また、高速回転するチェーンソーは、応力が働いてしまうため、回転の力場のタイミングによっては、キックバックという現象を起こしてしまう。

チェーンソーが切断する木材を蹴り上げて、作業者の顔に向かって跳ね上がってくる現象である。

さらに、高速回転とその回転を生み出すガソリンエンジンの振動による両手への神経ダメージも問題になる。


そこで、様々な経験則から築き上げられたチェーンソーの安全対策をしっかり提供した上で、免許制にして教育を施した上で、チェーンソーを提供することとした。


チェーンソーの発動機は2ストロークガソリンエンジンである。

2ストオイルをガソリンに混合し、ピストンやシリンダに潤滑油を供給しながら稼働させる。

チェーン自体は従来の二輪車のチェーンに類似した製品に、木を切るための刃を取り付けて、これをスプロケットで回転させる仕組みである。


2ストロークエンジンは非常にシンプルな内燃機関だ。

4ストロークのような吸排気のバルブのタイミングを取る必要もない。


一般に、チェーンソーのエンジン排気量は、20ccから100cc前後である。

良之は大学の自動車部の手伝いで、ジャンク屋から購入した50ccの2ストロークスクーターのレストアをしたことがあった。

そのため、チェーンソーの仕様を見てすぐに、その構造を理解することが出来た。


ピストン・シリンダー関係はかつて、手押しポンプをプロダクト化した際の工作機械で実現が可能であり、チェーンも構造物は金型プレスで生産可能。もしチェーンソーを生産する場合に新開発する必要があるとすれば、Oリング、2ストオイル、それに、使用者の保安用品といった所だろう。

チェーンソー使用者に身につけさせる安全ズボン。これは、チェーンソーが万一足にあたった際に、内部に織り込んだ化学繊維がブレードに絡みつき緊急停止させる原理で身体を保護する。

また、顔に跳ね上がったチェーンソーの対策は、ヘルメット及びフェイスガードの付いたプロテクターがある。

振動による神経障害については、日本では1日2時間以内に作業時間を限定することで対応されていた。


チェーンソーによる木材の切り出しは、今後の二条領の発展を左右するほどの作業効率の改善が見込まれるため、こちらも夏前の開発完了を目指し、工場の設立を指示した。

また、試作品、設計図、部品などを良之が作り、それらの検討を担当職人たちに行わせた。


チェーンソーによる伐採が木材産業の入り口とすると、製材所における工具の電動化は出口部分にあたる。

以前より大工や木工職人、山方衆などから要望の多かった加工工作機のうち丸のこ、テーブルソー、ドリルなど各種工作機械の開発も良之は指示した。

電源の関係上、発電設備のある岩瀬、金屋などの一帯に製材所を作る必要はあるが、枕木を量産せねばならない関係上、こうした器具の作成は急務だった。


機械を作り出す機械、いわゆるマザーマシンである旋盤、フライス、ボール盤などの工作機械においては、すでに熟練しつつある職人が誕生しているため、良之の指示によってこれら木工用機械の製造はスムーズにいっている。

また、電気関係も丹治善次郎に一任出来る状況になっているので、動力源については彼に任せ、こちらも春以降の本格稼働に向け、準備してもらうことになった。


マザーマシン系については、工業化の当初から徐々に築きつつあった徒弟制寄宿学校を、まずは富山において専従的に開校させている。

一種の専修学校であるが、講師陣は持ち回り。100人程度の若者たちに、旋盤やフライス盤などの操作方法を伝授している。

工場の生産ラインで新人を育成するとどうしても生産効率や品質が落ちてしまうため、修行の場がどうしても必要になったのである。


ここで修行した若者たちは、親方衆のリクルートごとに引き抜かれて現場に入っていく。

そのため、入学も学期制ではなく随時補欠が編入されていく。

地道な活動ながらも、こうした設備もまた、二条家の工業力の底上げに寄与しているのである。




良之は、新たな食の楽しみとしてサンドイッチを考えはじめた。

南蛮貿易商アルメイダによって、様々な野菜や果物の種や苗がもたらされているが、そのうち玉ねぎは、まだ煮物以外には使われていない。


玉ねぎは本来中央アジアの作物だが、なぜか東洋には伝播しなかった。

一方、ヨーロッパや北アフリカなど地中海沿岸では大変に好まれた。

辛い玉ねぎのイメージが強い人には信じられないことだろうが、玉ねぎの糖度はリンゴに匹敵するとさえいわれる。

日本人の食卓に登るようになったのは、遙か明治中期まで遅れた。

理由は分からない。

少なくとも江戸初期には確実に長崎に入っているのであるが、全く普及することはなく、せいぜい観賞植物として珍重されたに過ぎなかった。

日本人の食の好みに沿わなかったのかも知れない。


玉ねぎは二条領では主に肉じゃがに用いられている。

その玉ねぎをみじん切りにしてハンバーグも提供している。

二条領の若手には大変人気のある食品だ。


その玉ねぎを用いた新たな食品を良之は作った。

ひとつは、玉子サンドである。

固ゆでにした卵の殻をむき、白身はこま微塵に切る。

玉ねぎは生のままみじん切りにしてよく塩もみをして水出しをする。

そして、夏の収穫期に甘酢で瓶詰めにして置いたキュウリのピクルスも玉ねぎと同じサイズにみじん切りにして、ふきんで絞る。

玉ねぎもよく水切りして、塩コショウ、カラシを加えてマヨネーズで和える。

これを具として、バターを塗った食パンに挟めば、玉子サンドのできあがりである。


そして、玉ねぎを使った食品、というより調味料であるが、良之はウスターソースの作成をはじめている。

室町期においてはすでに良質の酢が入手可能だったため、マヨネーズ作りは容易だったが、ソースに関しては南蛮商人がもたらすスパイスなしではなかなか風味がおぼつかない。


ソースの原料は、玉ねぎや人参、セロリ、トマト、エシャロット、ニンニクなどの野菜と、唐辛子、コショウ、チョウジ、ナツメグ、シナモン、コリアンダーといった舶来もののスパイスである。

原料の野菜は全てフードプロセッサーで粉砕し塩と酢で味付けする。

そして砂糖を鍋で焦がしてカラメルを作り野菜と煮込む。最後に砂糖でさらに甘みを加えた後、全てのスパイスを加えて熟成させる。

これがウスターソースの作り方である。


良之が作るウスターソースは、日本においては中濃ソースやとんかつソースと呼ばれる濃度のものである。

この濃度区分は日本独自のもので、西洋においてはさらさらなウスターソースも、どろりとしたとんかつソースもどちらもウスターソースとして扱われている。


サンドイッチを作るためにソースを作る理由。

それは、カツサンドのためだ。

とんかつやチキンサンドにこのソースをよく絡めて食パンに挟む。

良之の学生時代の大好物のひとつだった。

同じくアルメイダに輸入させたキャベツの千切りを一晩水に晒してザルに上げておいたパリパリのものをカツと一緒に挟んで食べる。

思い出の味だった。


「よし、完成」

「……」

いつもながら、あまりに器用に料理を作る良之に女性陣は言葉もない。

「お肉がダメな人は玉子サンド、そうじゃなかったらカツサンドも食べてみて」

大量に作り上げたサンドイッチを前に、良之は得意気に全員に振る舞った。


「カツサンド、美味しいです」

「ほんとにこれはうまいねえ」

アイリと越後殿は、がっちりとカツサンドに食いついている。

山科阿子や普光女王はまず玉子サンドからトライしているようだが、こちらも一口食べたあと、その美味しさに心を奪われたようだ。

「カツサンドも美味しいですが、玉子サンドもすごい!」

フリーデは、どちらも甲乙付けがたい、と双方おかわりして食べている。

釣られて、一同は全ての試食品を一周しているようだった。


「阿子、どうだった?」

良之は、従来肉食にあまり好感情を持たない公卿の息女である阿子に聞いてみた。

「……美味しいです」

複雑そうな表情でカツサンドを頬張り、阿子は答えた。

「そう、よかった」

良之は心の中で小さくガッツポーズをとった。

食肉の風習に忌避感を示すのは宗教的な感情なのでそれを矯正させるつもりは毛頭ないが、良之としては、健康上の理由としても、可能であれば食べて欲しいと考えている。

「近い将来、カツオの缶詰を開発してカツオのサンドイッチを作ろうと思ってるから、それが出来たら肉食が出来ない人たちにも満足してもらえるとおもうよ。ツナサンドっていうんだ」

「早く食べてみたいねえ」

越後殿は肉食系女子のまぶしい笑顔で、にっと笑った。


「そうだ、もう一つ新しいサンドイッチを作ろう」

良之は木下智に食パンをトーストさせ、その間にトマトの輪切り、キャベツの千切りを用意させ、豚バラベーコンと鶏もも肉の千切りを塩コショウでローストして、いわゆるクラブハウスサンドを作って試食させる。

また、ハンバーグを薄くのばしてミートパテにして、デミグラスソースにしっかりまぶしてコッペパンに挟んで出してみた。

挟んで添える青菜は、ちしゃ菜と呼ばれる中国から伝来した葉レタスの一種である。

つまり、簡易なハンバーガーである。


「これも美味しいねえ」

「はい、ハンバーガー、美味しいです」

「さ、さすがにもう食べられません……」

他の全員が食べ過ぎて苦しがる中、越後殿と望月千は、けろっと全ての試食品を平らげ、幸福そうにおなかをさすっていた。



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