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堺へ 9

山崎で十河一存にもらった馬を返し、船便で渡辺津、乗り継いで堺まで下る。

帰りは、早い。二日で堺に船は着いた。


五箇所の鋳物師広階ひろしな美作守を堺に呼び寄せた。

「帝より勅許を得ました。遠里小野についても三好筑前守殿より土地を譲られましたので、住民と対立しないよう注意しながら銅座をお作り下さい」

「承知しました……ところで、鋳物師の勅許の方は……」

「そちらも解決しました。真継家ほか鋳物、鍛冶に関わっていた蔵人のうち、私腹を肥やしていた数家は、勅勘を被りました」

「ははぁ」

「代わりに俺が大蔵卿として人事権を持ちました。まあその辺は追々やりましょう」

「承知しました」


同席させた武野紹鴎にも

「船尾の地と信太山からの干拓土の採取、銭で人夫を雇っての工事の許可も取りました。安堵状をお預けしますので、こちらはお任せします」

費用は足りていますか? と良之が聞くと、顔料の錆がよく売れているそうだ。

「当座はなんの問題もおまへん」

と太鼓判を押してくれた。


「御所様」

難しい顔をして紹鴎が身を改めた。

「信太の民についてはいかがするお考えですやろか?」

良之には意味が分からない。

「どう、って。お金払って工事手伝ってもらって下さい。あ、もしかして、山の高低差が必要な仕事とかあるんですか?」

「いえ……」

紹鴎はどうにも歯切れが悪い。

「当家の商いはご存じですやろ?」

「皮屋。ああ」

やっと良之は察した。


この時代、仏教文化がある種の成熟を迎えている。

つまり、革職人、猟師などは穢れた存在として、他の業種からいわれのない偏見と差別を受けている。

良之は不思議でしょうがない。

討ち取った敵の首をかっ斬るような連中でさえ、河原者などと彼らを揶揄するのである。

「もしかして、信太って紹鴎殿に縁のある土地でしたか?」

「商いの大事な職人の村ですな」

なるほど。

良之もうなずいた。

「たとえば、土をもらい受けた後の更地を彼らに提供するとかは?」

「それは問題ありますまい。あの、追い出すんやのうて?」

「まさか。もし翌年の農作業に影響があるなら、皮屋さんの方で作物の保証をして下さい。その金も必要な経費ですんで」

山を崩し、木を切って運んだ後、新田を起こすのならついでにやってもいいし、大きな工房を作りたいなら、その費用を出してもいい。

良之はいった。

「そもそも、やれ穢れだのなんのと言っておいて、革製品をありがたがってるのが不思議でしょうがありませんよ、俺には」

公家でさえ、衣服のヒモやら靴。弓や馬の鞍。武家や百姓には鎧甲冑から財布巾着に至るまで、革製品がなくてはならない必需品である。

その上、彼らの生産する膠なども、この時代、欠けてはならない接着剤や繊維、漆器、紙業の原材料である。


紹鴎はその言葉にほっとしたようにうなずいた。

「とにかく、彼らの不利にならないよう、よく目を光らせておいて下さい。それと、協力してもらったら、きっちり金銀で報いましょう」

「承知いたしました」


「一番大変な立ち上げ時で申し訳ありませんが、俺はそろそろ旅に戻ります。伊賀と甲賀に出ている家中の者が戻り次第、出立する予定です」

すでに旧暦8月に入っている。

良之は冬が来る前にせめて東海道には入っておきたかった。


ひとまずは、紹鴎、親方、良之で綿密に計画を詰める。

それを良之の祐筆が成文化させる。

場合によっては良之が図面を引いた。


最初は筆で描こうとしたのだが、あまりに不便なので鉛筆で引いた。

「な、なんですそれは!」

職人である広階親方、商人である紹鴎には、その道具の利便性が一目で分かった。

「舶来品ですが、明や南蛮のものではありません」

そんな風にごまかしたが、良之から奪うように浚うと、親方と紹鴎は競って試用した。

「あ」

とばかりにうっかり親方が先を折ってしまう。

そこで、良之が筆箱に入る小さな鉛筆削りで先を整え、手渡す。

「少将様。これは便利な発明品でございますな」

親方が感心して見入っている。

「よもや、大蔵卿様はこれの作り方をご存じなのですか?」

「ええ、知っていますよ。というかお二方も墨の作り方は知ってますよね?」

「ええ」

「あの墨を作るのと同じです。膠の代わりに、焼き物に適さない焼いても固まらない土ってありますよね? あれを混ぜて焼くんです。それを木にくるめば出来ます」

口で言えば簡単だが、できあがったものを見ればどれほどの試行錯誤と年月がかかったのか、職人である親方には察することが出来る。

それをいうと、良之は

「そういう人生を賭け一生を費やした努力なら、お二人だってそうじゃないですか」

といって、話を切り上げ図面を引いた。


紹鴎も親方も、鉛筆の利便性には感動したが、良之のそういう公達(わかぞう)らしくない洞察力に、感激するのだった。




「銅座の運営費を稼ぐための副業どすか」

「ええ」

紹鴎の問いに良之は答える。

「実は……」

と紹鴎と親方に、日本中の分銅を全て一元生産し、それらを官許品として品質を維持することで、金屋や鋳物屋、鍛冶屋、銭替え屋から果ては米問屋に至るまで、全ての秤の信頼性を上げるプランについて説明した。

「それはすごい」

目を輝かせたのは紹鴎である。

彼には、この分銅が一体どれだけの富を生み出すのか、聞いただけで察しがついたのだ。

「確かに……」

暗い表情をしたのは親方だった。

彼は、聞いただけでどれほど重労働で、大変な役割かが想像出来たのだろう。

「分銅自体は鋳物です。ほんの少し重く作って、研ぎながら計って校正したらいいと思います。問題は材質です」


秤の分銅は、腐食したり酸化すると目方が変わってしまう。

本来は素手で触る事自体禁忌とされるのだが、この時代でそうした教育まで施すのは難しいだろう。

本来、もっとも分銅に望ましいのはステンレスである。硬度があり、耐腐食性に優れ、素材が希少金属に比べ安価である。

材質自体の重さも申し分ない。比重の軽い金属で作るとどうしてもサイズが大きくなる。

だが、さすがに現状ではステンレスは望むべくもない。素材はともかく製鉄精度の問題でである。

この時代に入手出来る素材で作ろうと思うと、やはり洋白か白銅だろうと良之は思う。

ただ、ニッケルの単離はこの時代、世の東西含めまだ実現していないはずだった。

つまり、輸入が難しいのだ。

一般に、和名の付いていない金属、アルミニウム、ニッケル、コバルト、クロム、イリジウム、チタン、ルテニウムなど、例を挙げればきりが無いが、こうした素材は、単離が遅いか、まだこの時代に未発見だったりするものが多い。

本来、鉄にメッキが一番廉価だろう。

だが、この時代の鋳物は精度が出ていないし、クロムは鉱山の調達から始めないとならない。

青銅だと緑青によって目方が変わりそうだ。


「あの、ひとまずはわしらに扱えるもので出したらどうですやろ?」

悩み出して口数の減った良之から事情を聞いた親方がおずおずと言った。

「……ああ、すいません。そうですね」

自分が1人で思考の中に沈んでいたことに気づいて良之は苦笑した。


「青銅でお願いします」

青銅、日本人にとっては10円玉としてもっとも見慣れた銅合金だろう。

寺の銅瓦、梵鐘などでもよく見る。

銅と錫の合金である。

だがひとつ問題がある。日本には錫鉱石が乏しい。

「紹鴎殿。錫は明から輸入できると思います。輸出品はいろいろ研究してみますんで、可能な限り確保してもらえますか?」

「わかりました」

先に良之が生産した水晶玉と錆顔料だけでも、明との貿易の軍資金としては充分だ。

だが、値崩れを防ぐためにはどうしても放出量を抑えねばならない。

一定量を安定的に供給してこそ、持続的な価格維持が出来るのだ。


「ところで、1(もんめ)の基準に、これを使って欲しいんですが」

良之は、用意してあった5円玉を親方に手渡した。

日本の5円玉は、正確に3.75グラム=1匁として生産されている。

この時代でもすでに1匁を10等分すると分。10倍すると両になる10進法で計量される。


もし分銅を公定し各種の商人に義務づけるとするのなら、

50両、30両、20両、10両

5両、4両、3両、2両、1両

5匁、4匁、3匁、2匁、1匁

5分、4分、3分、2分、1分

以上の19種類の分銅が必要になる。

40両が含まれないのは、利用頻度と勘案してのコストカットだろう。


こうして、武野紹鴎・広階ひろしな美作守による南蛮絞り、公定棹銅、そして公定分銅作りは、研究段階に入った。




良之は今後旅に出るつもりなのだが、こうやって京・堺・遠里小野・船尾と活動範囲が広がると、どうしても各地の連絡員が必要になる。

三々五々集結してくる伊賀・甲賀の者達や望月三郎や滝川彦右衛門が集める浪人たちを見て、良之は、各所に用人――用心棒兼連絡員として配備したらどうかと考えている。

将来の人材化としても有効だし、雇用の拡大という意味でも、リーダー格である服部や千賀地、望月、滝川の影響力が増えて悪い事ではない。


8月中旬にはやっと全員が顔を揃えられたので、一同を集め相談して見た。

出席者は、リーダー格一同に、広階の親方と武野紹鴎、今井宗久、それに隠岐である。

ちなみに、隠岐については今後、良之の名代も努めてもらわねばならない関係上、良之が持つ職掌権の中からいくつかの官職を与え、正五位大蔵大丞としたいと、二条関白に手紙を送ってある。

彼によって奏上され認可されれば、隠岐は正式に大蔵大夫を名乗ることが出来るだろう。

もっとも否決されることもないだろうから、すでに公然と名乗っているのだが。


「つまり、京の二条邸に10人、皮屋さんに10人、遠里小野の鋳物の里に10人、ですか?」

三郎が確認すると、

「わてはこの際、京にも新しう店を起こそか思います」

と紹鴎は言い出した。

「だんなさま、それは?」

宗久が慌てた表情で問うと

「二条大蔵卿様の御用掛として京に店を起こしたらええんやないかと思うてました。どや? 宗久。京の店を切り盛りしてみんか?」

「旦那様……おおきに!」

「ということは、京の皮屋にも10人くらい必要になるのですか?」

三郎が確認する。

「うちと京に新しく出す店の人数は、こちらで給金を用意しましょ。普段は働いてもろたらええ」

「ありがとうございます」

良之は礼を言った。


この時代、伊賀も甲賀も貧しかった。

大きな理由は、やはり平地が少なく、農業生産量がなかなか増加しないことにあっただろう。

狭い農地に細かい土地の豪族たちが身を寄せ合っているので、どうしても生き方としては他国での出稼ぎが主になる。

そうした状況から、忍者が生まれたのだろう。

戦働きでも、槍働きのほかに、素破(すっぱ)乱破(らっぱ)と呼ばれる工作員がいた。

それとは別系統に存在していたのが、「草」や「影」と呼ばれる諜報員である。

彼らの多くは、故郷を出て様々な地方に奉公に上がる。

主には商家であるが、庄屋や職人、場合によっては公家や寺町などにも潜り込んで、一生を過ごす。

そこで得た様々な情報を流し、場合によっては直接伝達を行う。

伊賀者・甲賀者の見識の広さと情報の速さは、こうしたネットワークから生まれている。


良之は、各家に配置する者達を服部、千賀地、望月の三家に一任し、滝川と下間に紀伊までの旅に必要な物資の買い出しを命じた。

隠岐には、本願寺別院に寄宿する小者たちへの動員を命じた。

いよいよ、明日、堺を旅立つ。



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