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     春のお出かけ(2)
 木漏れ日がきらきらと輝いて、薄いピンクの花弁のあいだから漏れてくる。
 桜の下に立って見上げると、目の届く範囲すべてが、桜の花に埋まって見えた。
「素敵ね」
「うん」
 彼も同じように桜を見上げていた。

 わたしは、ふと思い立って桜の幹に顔を寄せた。
 腕をのばしても抱えられないぐらい大きな幹。頬に温かな感触が当たる。
 目を閉じて、そっと耳を澄ます。
 幹の中で、こぽこぽというかすかな音が聞こえた。
 ああ、やっぱり。水の音!
 桜の木が命の水を運ぶ音。一度、聴いてみたかったんだ。
「ねえ、トモ、桜の音が聞こえるよ」
 目を開けて、トモを見る。トモがにこにこしながら、わたしを見ていた。
 ちょっとドキッとした。
 えっと、なに?
 わたしの顔、なんか変?
「どうしたの?」
 わたしが訊くと、トモが頬を掻きながら言った。
「えっと……かわいいな、と思って」
 え?! なっ、
「なに、いきなり、こんなとこで……」
 わたしは慌てた。
「僕らしかいないよ」
「そうだけど……」
「メグ」
 トモがもう一度わたしを呼ぶ。
「なによ」
「さっきの続き」
 え?
 トモの手が肩にかかる。抱き寄せられる。
 耳元で、
「好きだよ」
 という声が聞こえた。
 心臓がはねる。
 顔が熱くなる。
 わたしは、目を開けていられなくなった。
 えっと、トモ、どうしちゃったの? 誰もいなくったって、恥ずかしいよ。
 心臓がドキドキして暴れだしそう。
 トモの言葉と共に唇に柔らかな感触。
 わたしは彼の背に腕を回した。
 彼をたまらなく愛しいと想う自分がいる。
 
 キスの後、お互い頬をあわす。
 春風が気持ちいい。
 わたしはそっと目を開けた。
 彼の肩に預けた顔が少し上を向いて、満開の桜が目に入る。
 木漏れ日に花びらが揺れて、桜が舞った。
 その枝の上に……少女の微笑みを見た。
 え?
「えー!?」
 ガバッと、トモから離れる。
「トモ、トモ、あそこ!」
 トモも振り返って上を仰いだ。
 そこに、美しい少女が、うふふと微笑んでいた。
「あ、あなた……」
「ふふ……あいかわらず、仲がいいのね」
 そう言って、少女はまるで舞うように枝から飛び降りた。
 ふわりとわたしたちの前に降り立つ。
 年の頃は、わたしより少し幼め。きらきらとした匂い立つような美貌の少女が、そこにいた。
 優雅に挨拶する。
「お久しぶり。メグさん、トモさん、ようこそいらっしゃいました」
 わたしは呆気にとられていた。
 この人って……えっと……やっぱり、
「桜の精さん?」
 トモが思わず声を漏らした。
「ええ」
 少女が微笑した。
 その笑顔で思いだした。あの時の小さな小さな桜の精の笑顔を。
「わあ、お久しぶりです。本当はそんなに素敵な、お姿だったんですね。びっくりしました」
 わたしがいうと、桜の精が答えた。
「そう……あの時はまだ小さかったから。今は、もう元に戻りました」
 そうして彼女は桜の木を見上げ、この木もねと言った。
 ああ、そうだったんだ。
 彼女の宿りし山桜。だからこの木も、こんなに大きく、そして、
「綺麗ですね」
 少女がにっこり微笑んだ。

 それから、彼女はちょっと視線をあげると、
「来たようよ」
 といった。
 わたしたちがその視線を追って振り返ると、野原の向うから、がやがやと何人ものひとが、やってくるのが見えた。
 大人も子供もいるようだった。
 みんなまるで平安時代の絵画から抜け出たような格好をしている。
 そして、皆、何やら荷物を持っているようだった。
 手や肩にぶら下げ、なかには数人で運んでいるものもあった。
 なんだろう?
 そう思ってよく見ると、先頭にいる数人の男の子の中に、わたしは知っている顔を見つけた。
「椋の彦!」
 わたしが呼ぶと彼が手を振った。

 ふわりと桜の精が前に出る。
「さあ、行きましょう」
 彼女がわたしたちを振り返って、にっこり笑った。
 トモがわたしの手を取って、わたしたちは桜の精の後ろを並んで歩き出した。
 やってきた人たちが、わたしたちの前で立ち止まる。
 椋の彦が一歩前に出て、わたしとトモに目で笑いかけた。
 なんだろう? 何が始まるのかしら?
 彼はおもむろに声を上げた。
珠桜しゅおうさま。今年も満開の言祝ことほぎをさせていただきたく、我ら七北山の精霊ども、参上致しました。珠桜さまのおかげで、つつがなく過ごすことができ、いかように感謝しても足らぬことと思っております」
 そこで椋の彦はちらりと後ろを振り返った。やってきたすべての人たちが、声を合わせた。
「おめでとうございます」
 ああ、そうなんだ。
 みんな、桜の精、珠桜さまだっけ? のために集まってきたんだ。
 そう言えば、千年桜は、山の守り神だっていってたっけ……
 桜の少女は優雅に微笑んで言った。
「ありがとう。うれしくおもいます。特に今年は、皆と……このお二人のおかげで、今日を迎えられました」
 え? わたしたち?
「天の姫御前さま、王の薬師さま、誠にありがとうございました」
 みんながそう言って頭を下げた。
 わたしは、びっくりした。傍らで、トモがにこにこしている。
 顔を上げた椋の彦が言った。
「メグさん、トモさん、ようこそお越し下さいました。皆も喜んでいます。今日は我々のささやかな宴を楽しんでいってください」
「うん、ありがとう。お招きに預かって、うれしいよ」
 トモが返礼する。
 あれ? トモ、知ってたの?
 わたしはトモの脇腹をつついた。トモがウインクしながら言う。
「みんなが、メグにお礼を言いたいってさ。だから椋の彦と相談したんだ」
「そんな! ほんとに?!」
「珠桜さまが復活なされたのは、あなたのおかげ。一同、感謝致しております」
 年嵩の男の人が言うと、皆、口々に言ってくれる。
「天の姫御前に祝福を!」
「ありがとうございます」
「感謝致します」
 わあ! うそみたい。
 こんなことって、こんなことって、すごくうれしい!
 わたしの力なんてちっぽけなのに。こんなに喜んでもらえるなんて。
 胸が熱くなった。
 みんなの祝福がくすぐったかった。
 フワフワと夢のようで、でも、とってもうれしく感じた。
 トモが優しく微笑んで、わたしを見てる。
 うん。トモ、ありがとう。
 わたしは、しあわせだよ。
 
 
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