バレンタイン・チョコ (3)エピローグ
「メグ、来て」
メグがふるふると頭を振る。目に怯えがある。
「メグ、君が必要だ」
「わたし……わたし……ダメだよ、トモ」
「君が必要だよ」
「ダメ、なんにも出来ない。わたし、また、助けられない……だから……」
「メグ、とにかく来て」
僕は彼女の腕を強引に引っ張って、倒れている少年のところまで連れてきた。
「メグ、この子の傷、治さなきゃ。このままじゃ、危ない」
メグがまた涙を浮かべる。そしていやいやするように首を振った。
「ダメだよ、トモ。わたしには出来ない。わたしには、もう、自信がないの。ゆきちゃんを……彼女を、助けられなかったから」
「メグ、ゆきちゃんのことは、どうしたって仕方なかったんだ。もう、どうすることも出来ないんだ。……でも、メグ、今、君に出来ることがある。……ううん、君にしか出来ない。この子を助けられるのは、メグだけだよ」
メグが僕の顔を見る。まるで救いを求めるように。涙が伝い落ちる。
「でも……わたし……」
僕はもう一度メグを引き寄せて抱きしめた。メグの嗚咽が聞こえる。
「メグ、自分を信じて。君なら、出来る。……絶対、出来るから」
メグが身じろぎする。体の震えが伝わる。
この震えを、どうしても止めてあげたい。いつものメグに戻してあげたい。
僕は、もう一度メグを強く抱きしめる。そして、
「メグ、よく聞いて。君に出来ることは、僕が知ってる。僕は、君を信じてる。……僕が、そばにいるから……絶対大丈夫だから、ね」
メグが涙に濡れる顔を上げて、僕を見つめた。
その瞳が揺れて、ほんのしばらくの逡巡の後、小さくうなずいた。
それから、ふたりでしゃがんで少年を見た。
僕はメグを抱きかかえるように支える。その肩が、まだ少し震えている。
メグが少年の頭の傷に恐る恐る手を触れる。僕もメグの手の甲に自分の手を添えた。
彼女が目を閉じて集中する。
じっと見ていると、流れていた血は止まり、傷口も塞がったようだった。
メグが手を離したときには、もう傷口が分からないほどになっていた。
メグは、そのまま放心したように、ボーとしていた。
そんなメグを道の端に連れていって座らせた。もう、震えは止まっている。
それから、僕が119番通報をした。
救急車が来て、少年を運んでいった。少年の意識も戻っていた。
その間、メグは、ずっと道ばたに座っていた。
救急車の対応を終わって、メグのところに近寄った。
「メグ」
僕の言葉に、ハッとしたように彼女が顔を上げる。
その瞳に、僕ははっきりといつものメグの輝きを見た。
彼女は、ホッとしたように、照れたように、涙の跡の残る顔で柔らかく微笑んだ。
心臓が、ドクンと鳴った。
その笑顔。
今まで見たメグの笑顔の中でもっとも素敵な笑顔だと思う。僕も自然と微笑み返していた。
メグが言う。
「トモ、ありがとう。わたしをひっぱってくれて……」
僕は彼女の隣に座った。
「わたし、もうダメだと思っていたの。自分にできることなんかないって。……でも、こんなわたしでも、まだ何か出来るのね。よかった。本当に、よかった……」
メグの瞳から、もう一度涙があふれた。
でもそれはもう、悲しみの涙じゃない。
だから、いつものように、メグの瞳はキラキラ輝いていた。
僕はその涙を指で拭ってあげながら、彼女が大切そうに抱え込んでいる、さっき渡したチョコレートの包みを指さした。
「メグ、それ食べよう。開けてみて」
「うん」
メグが包装を開けた。中には長方形にカットしたチョコが何本か入っている。
「トモ、ありがとう」
そういって、メグがチョコに手を伸ばす。それを口に含んだ。
「……ああ、おいしい。紅茶味」
メグがうれしそうに言って笑顔を見せた。
ああ、もう大丈夫。
その笑顔が普段通りで、僕はメグがもう大丈夫だと確信した。
そして、僕もチョコを一本とった。その端を口にくわえる。
それから、メグにちょっと合図した。
メグは初め怪訝な顔をして、それから瞬間で頬を赤らめた。
ごめん、そんなに恥ずかしそうな顔しないでよ。僕も恥ずかしいんだから。
そう思っていたら、メグは目をつむって顔を近づけてきた。
僕のくわえているチョコの先をくわえる。
ふたりの唇がふれあった。
チョコは、ふたりの暖かさで融けていった。
後には、メグの唇の柔らかな感触がしばらく続いた。
第十話 バレンタイン・チョコ
おわり
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