ゆきのお手玉 (7)
トモがいつやってきたのか、わたしは気づかなかった。
ゆきちゃんを抱きしめていたわたしの肩に手がおかれた。
「メグ……」
いつもの声が聞こえる。
ううん、いつもより優しい声。
わたしは振り返った。
トモがわたしとゆきちゃんを心配そうに見ている。
杏ちゃんが少し離れてトモの後ろに立っていた。
「あのね、トモ。ゆきちゃんね、精霊なんだって」
わたしは淡々と告げる。腕の中のゆきちゃんは、もう、ぐったりしていた。
「雪の精なんだって……それでね、それで……」
だんだん声が震えてくる。
「もう……もう……」
胸が苦しくなる。
「うん。知ってる。杏ちゃんに聞いたよ」
トモがそう言ったとき、押さえていたものが切れた気がした。
「トモ〜、助けてあげて。わたしじゃダメなの。わたしじゃ助けられないの。でも、でも、トモなら、大丈夫よね。何とかなるよね。ねえ、トモ、お願い!」
一気にそれだけいってトモの顔を見る。トモの顔は厳しいままだった。
「とにかく、やってみるよ」
トモが、持ってきたカプセルを慎重に中央から割った。
意識のないゆきちゃんの口を開かせて、中に薬を入れる。
それから、ペットボトルの水を少し垂らした。でも、ゆきちゃんの口から水があふれ出た。
「くそ、ダメか……」
トモがつぶやく。
「貸して!」
わたしはペットボトルをトモから奪い取り口に含んだ。それから、ゆきちゃんの口に近づける。
「メグ、絶対飲まないで」
トモがそれだけ言う。
わたしは、ゆきちゃんと唇を合わせた。
冷たい唇。それが普通なのか、そうじゃないのかさえ、わたしには分からない。
わたしの口から、含んだ水がゆきちゃんに流れ込み……
彼女が、ごくんとのどを鳴らした。
「ゆきちゃん……」
口を離し、彼女の様子を見つめる。トモも杏ちゃんも一緒に見つめていた。
ぐったりしていたゆきちゃんが、少し身じろぎした。
わたしの腕の中で、手足を伸ばすようにして、そして……
目を開けた。
その目がわたしを見て、唇が動く。
「お、ねえ、さ、ん……あそ、ぼ」
ほっとした。
よかった。助かったんだ。
「うん、うん、遊ぼうね」
そう言いながら、ありがとうと言おうと思ってトモを見た。でも、トモの表情は……
え?
なんで、そんな深刻な表情?
助かったんでしょう? 助かったんだよね?
見つめるわたしに、トモが静かに言った。
「メグ。その薬、体の活動を限界まで抑える薬なんだ。本来なら、冬眠や仮死状態になるような。杏ちゃんから聞いて、もしかしたらと思って持ってきた。でも、メグ……」
トモの声が低くなる。
「それで、ゆきちゃんの……精霊の寿命が延びるわけじゃない。……ただ、少し、遅らせただけなんだ」
トモが悔しそうに黙り込む。
そんな、そんなこと……じゃあ、
「もっと、薬を使えば……」
「ううん。無限に遅らす事なんて……出来ないよ」
わたしは救いを求めて、杏ちゃんの方を見る。
でも、杏ちゃんも暗い顔で首を振った。
「おねえさん」
その時、ゆきちゃんが呼んだ。
わたしの方へ両腕を伸ばしてくる。
わたしは彼女をもう一度抱きしめた。ゆきちゃんの腕がわたしの首に掛かる。
「あそぼう」
ゆきちゃんの声が、耳元で聞こえる。
「う、うん。そうね……。そうだ」
思い出して、ポケットからお手玉を取り出す。それを、ゆきちゃんの小さな手の平に置いた。
ピンクとオレンジのカラフルなお手玉が、彼女の両手におさまる。
ゆきちゃんがそれを見て、にっこり微笑んだ。
「きれ〜い」
「うん、うん。これ、ゆきちゃんに……それでね……遊ぼう」
わたしは、ゆきちゃんの手を握って一緒にお手玉を放り投げる。
落ちてくるお手玉を両手で交互に投げあげた。
ゆきちゃんがキラキラする目で、それを見ている。
投げあげるお手玉が、涙で揺らいできた。
手の中から、お手玉が転がり落ちた。
「おねえさん……」
彼女の姿が、また苦しそうに変わる。
いつの間にか、彼女の影が薄くなってくる。
「楽しかったの……」
そして、体が、透き通ってきた。
「ゆきちゃん……」
待って!
わたしは、もう一度彼女を掻き抱いた。
「……うれしかったの」
待ってよ!
「遊んでくれて……」
お願い、いかないで!
「……ありがとう」
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