ゆきのお手玉 (6)
その時、後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえた。
振り返れば、そこは龍神池。でも、誰もいない?
「……メグ」
思っていた以上に遠くで声が聞こえた。
はるか池の中程。杏ちゃんが水面に立っていた。
「杏ちゃん! 早く!」
思わず、大声を出した。
杏ちゃんがちょっと首を傾げてから、歩くように水面を移動する。緩やかな波紋が広がった。
池の岸まで歩み寄っていたわたしの腕の中を、杏ちゃんがひょいとのぞいた。その表情が曇る。
わたしはかまわず尋ねた。
「杏ちゃん、この子、どうしちゃったんだろう? たぶん、精霊じゃないかと思うんだけど……」
杏ちゃんがわたしの顔を見る。そして、
「メグ、この者は、雪の精。雪娘じゃ」
雪娘! ああ、それで、ゆきちゃん。
「じゃあ、じゃあ、冷やしてあげればいいのかな? そうすれば、元気になるよね」
杏ちゃんは何も言わない。ただ、気遣わしげにわたしを見てる。
「どうしたら、いいかな? 涼しいところ? じゃあ、とりあえず……」
わたしは日差しを避けて社殿の廊下に移った。
ゆきちゃんをそこに寝かせる。彼女は相変わらず苦しい息をしている。
「杏ちゃん、あと、どうすればいい?」
杏ちゃんがゆっくり近づいてくる。そして、わたしの目をのぞき込む。
「メグ……」
わたしは、なぜだか不安になった。だから目をそらして、
「ねえ、冷たい物を飲ませてあげたらいいかな? それとも……」
「メグ」
「それとも、氷を……」
「メグ!」
杏ちゃんが強い声を出した。わたしは、ビクッとして彼女を見る。
「その雪娘は、もはや……」
杏ちゃんの言葉が一瞬とぎれた。
「……命の時を終わろうとしているのじゃ」
……え?
なに?
なんていったの? よく聞こえなかった。
命の時? 終わる?
それって……それって……
……死ぬっていうこと?
わたしは杏ちゃんの顔をまじまじと見つめた。
聞き間違えじゃ、ないよね?
でも、そんな!
「うそ! うそよ!」
だって、こんなに小さな子なのに。精霊なのに。
どうして、そんな……
杏ちゃんが首を振る。
「メグ、精霊にも寿命はあるのじゃ。確かに、万を越える寿命を持つ者もいる。逆に、朝露の中で須臾の間に消えゆく者もいる。降り来る雪のひとひら、ひとひらにさえ精霊はいるのじゃ。その者、なにゆえか、珍しくも雪娘の生を受けた。しかし、その与えられた時は長くはないのじゃ。それでも、ひとひらの雪の精に比べれば十分長いとも言えるがの」
わたしは、杏ちゃんの言葉を聞きながら、途中からゆきちゃんの方を見ていた。
急に、ゆきちゃんが今にも死んでしまいそうに思えた。
透き通るような肌に蒼白な影が浮かんでいる。
おずおずと腕をさしのべた。そうして、もう一度抱き上げる。
「ゆき……ちゃん……」
返事はなかった。
……寿命だなんて、そんなこと、そんなこと……
「杏ちゃん、なにか、助ける方法はないの? どうにか、できないの?」
杏ちゃんは何も言わない。
でも、何とか……
わたしの力は……
さっきから抱きしめて願っているけど、ダメなのかな?
変わらないよ。くるしそうだよ。
でも……でも……
そうだ!
トモは?
トモだったら、助けられるんじゃないかな?
そう、きっと、そう!
わたしはトモに携帯を掛けた。繋がったトモに訴えた。
「トモ、ゆきちゃんを助けて! ゆきちゃん、雪の精なの! 苦しそうなの……」
「え? ちょっと、なに?」
「杏ちゃんが、杏ちゃんがね……ゆきちゃんが、もう……もう……」
「なに? メグ、わかんないよ。メグ……」
わたしは、悲しさで声が出なくなった。その言葉がのどの奥に引っかかる。
「メグ、もしかして、そこに杏ちゃんいる? もし、いるなら、代わって」
杏ちゃんは、わたしが携帯で話すのを珍しそうに見ていた。
わたしは、自分では無理だと悟って杏ちゃんに携帯を渡す。
杏ちゃんがトモと話し出した。
その姿を横目で見ながら、わたしはゆきちゃんを抱きしめていた。
元気になってと祈りながら。
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