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    ゆきのお手玉 (3)
 参道から鳥居をくぐりしばらく歩いた。
 土塀に囲まれた静かな旧家が広がっている。
 このあたりは古い神社町だから、土塀の高さも2メートルぐらいある。
 その上にも雪が積もって、今日は白い壁が続いていた。
「ねえ、トモ。この後どうする? どっか行く?」
「そうだね。あったかい、茶店にでも、い……」
 トモの腕につかまりながら、足元の雪を気にかけて歩いていた。
 だから、トモが言いかけて、途中でやめた理由が分からなかった。
 トモが足を止めた。
「え?」
 不審に思って顔を上げる。トモが見上げるその先、土塀の上を……
 小さな女の子が歩いていた。

 はあ? どうして?
 後ろ姿の女の子は、どう見ても幼稚園児ぐらいだ。
 白いリボンで髪を両側に纏めている。かわいいヒラヒラのスカート。赤い長靴が鮮やかなアクセントになっていた。
 女の子は雪の積もった土塀の上を、実に軽やかに歩いていた。なんだか踊り出しそう。
 でも、なんで、こんな土塀の上を歩いてるんだろう?
 不思議に思っている私たちの前で、女の子がいきなり足を踏み外した。
 うわ! あぶない!
 わたしが思うより早く、トモが駆け出していた。
 女の子がバランスを崩して塀の上から落下した。
 トモは、落ちてくる女の子に腕を伸ばしながら、飛びつく。
 その腕の中に女の子が落ちた―――
 と思った瞬間、跳ねるように飛び上がって雪の上に綺麗に着地した。
 トモは、そのまま雪の中にダイブしていた。
「ぶはー!」
 トモがゆきまみれの顔を上げる。
「あははは……おみくじ当たったね? 大丈夫?」
 わたしが近づいていくとトモは、その場で座り込んだ。
 その前に、キョトンとした顔の女の子。私たちを見つめている。
 その顔の、なんていう、かわいいさだろう。
 大きなくりくりした瞳。透き通るような白い肌。ほっぺが桃色に染まっている。
「大丈夫?」
 トモが声を掛けると、女の子の表情がみるみる変わった。瞳がキラキラ輝くようだ。
「あのね、おにいさん。おねえさん。あ、そ、ぼ」
 女の子がいきなり言う。
「え? え?」
 トモが絶句していた。
 わたしはちょっと屈んで、のぞき込む様にして訊く。
「こんにちは。あなた、だあれ?」
 女の子は、うれしそうに言った。
「ゆき。わたし、ゆき」
「この近くの人?」
 ちょっと首を傾けて、それから答える。
「この近くで生まれたの。ここで」
 ふうん。このあたりのお家の子供かな。
「家の人は? なんで一人で、塀の上なんか歩いてたの?」
 少女はまたちょっと考えて答えた。
「わたし、ひとり。遊んでたの」
 塀の上で? 遊んでた? 
 わあ、おてんばだ。
 立ち上がったトモとわたしを見ながら、少女がにこにこして言う。
「あそんで。あそんで」
 そんな顔で言われたら、断れないよ。ほら、トモもそんな顔してる。
 いいよ。遊んであげようよ、トモ。
 でも、わたし着物だからね。分かってるわよね。
 わたしが目配せしたら、トモに伝わった。
「じゃあ、ゆきちゃん。なにして遊ぼうか?」
 ゆきちゃんの目の輝きがさらに強くなった。
 かわいい!


 ……えっと、なんで、羽子板もどきだけどしてるんだろうな? 着物なのに……
 動きづらいし、裾がじゃまで、転けそうになるんだから……
 だからあ、トモ、伝わってないじゃん。
 とか思いつつ、なんだか夢中で遊んでいた。
 私たちは、ゆきちゃんと一緒に神社の境内のおもちゃ屋台に行った。
 ゆきちゃんはそこに並べられている玩具を珍しそうに、大きな目でのぞき込んでいた。
 こんな小さな時ってなにして遊んだんだっけ?
 お正月の遊びは……羽子板、凧揚げ、お手玉、手鞠……
 みんなで出来そうなのは、手鞠ボールとか?
 でも、下が雪だから手鞠はやめて、羽子板がいいかな?
 結局、ゆきちゃんが打ちやすいように、プラスチックのラケットにバトミントンの羽根つきのおもちゃを買った。だから、羽子板もどき。
 でも、そんな気遣いいらなかったんじゃないかしら?
 私たちは、近くの公園で3人で打ち合った。
 ゆきちゃんは、驚くほど身が軽かった。少なくとも着物のわたしより、はるかにまし。
 わたしやトモのあげる羽根を見事に打ち返した。
 なんだかラケットの方が大きいぐらいなんだけどね。
 さすが塀の上を軽々歩いていただけのことはある。

「えっと、わたし、休憩」
 さすがに苦しくなってきて(帯がね)、わたしは二人から抜けて、ベンチに腰掛けた。
 ゆきちゃんとトモは、しばらくそのまま羽子板をしていたけど、今度はトモが音を上げた。
「えっと、ゆきちゃん、タイム。ちょっと休もう」
「えー! もっと、もっと」
 ゆきちゃんがそう言ってせがんだ。トモが珍しく、ちょっと困った顔をしている。
「じゃあ、今度は、おねえさんとあそぼ」
 ゆきちゃんの表情が、たちまち明るくなる。
 わたしはゆきちゃんを手招きして一緒にベンチに座ると、足元から雪をつかんで雪玉を二つ作った。
「いい、見ててね」
 お手玉のようにそれを投げ上げる。
 二つの雪玉が宙を舞う。
 それを最初両手で受け、次に片手で投げ上げる。そして、最後に手の甲で受け止めた。
「わー、すごい! わたしも、やりたい! やりたいよー」
「うん、うん。やってみて。あ、ゆきちゃん用に、もう少し小さな玉にしようね」
 そう言って、少し小さくした雪玉を彼女に渡してあげた。
 ゆきちゃんはそれをうれしそうに受け取って、投げ上げ始めた。
 彼女の手はちっさくて、かわいくて、その手の上で雪玉が白く輝いた。
 最初、ぽろぽろ落としていた雪玉も、次第にうまく受けられるようになって、ゆきちゃんは二つの雪玉を同時に投げ上げられるようになった。
「わあ、すごいなあ」
 そばで見ていたトモが言った。ゆきちゃんは、とってもうれしそうに微笑んだ。
 雪玉は何度も投げていると、溶けはしないけど途中で割れてしまうので、何度も作り直した。
 そのたびに、ゆきちゃんはちょっと悲しそうな顔をする。わたしは、思い出していった。
「ゆきちゃん、今度、わたしのお手玉あげる」
「ほんとう?」
「うん。むかし使ってたのあるはずだから」
 
 その後で、今度は、ゆきちゃんとトモが、雪の日の遊びの王道、雪合戦をした。
 わたしは、休息。て言うか、着物でしちゃダメでしょ。
 トモは手加減してるようだったけど、ゆきちゃん素早い。
 歩きにくいはずの雪の上を、いとも簡単に動いていた。足跡もついてないよ。
 ゆきちゃんの投げる玉には、さすがに勢いがなかったので、時々わたしが援護した。
 えい! 命中。
 トモが恨めしそうな目を向ける。
 すかさず、ゆきちゃんが玉を投げ込む。トモが頭から雪にまみれた。
 
 
 
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