王の代人 (5)
夜の公園のベンチに少女は座っていた。
その横に杏ちゃんが並んで座っている。
青年は少女の傍らに立ち、トモも杏ちゃんの側に立っていた。
トモが見た青年は、強い意志と優しさを兼ね備えているように見えた。その眉が苦悩で染まっている。
杏ちゃんが言った。
「そなたらを捜す輪は、もはや閉じられた。いかに、空を駆け地中に潜るとも、逃げおおせることは出来まい」
ふたりが顔を見合わせる。
「のお、翠よ。逃げ隠れてなんとするのじゃ? それでは、なにも得られまい」
「しかし、どうしろというのだ。そなたの場合とは違うのだぞ」
青年の言葉に少女が震えた。その目に光るものが浮かぶ。
「わたくしが……」
少女がこらえきれずに口を開いた。
「わたくしが、翠さまをお慕いしなければ、このようなことにはならなかったのです……」
「何を言う、晶。それは違う。違うぞ。わたしには、おまえが必要なのだ。おまえの笑顔がわたしの全てなのだ。だから、そのようなことを言ってくれるな」
少女が涙を拭いながら、はいと言った。
トモは、その姿を見ながらメグのことを思い出していた。メグのとびっきりの笑顔を。
そして、青年の言葉に、そうだよな、と心の中でつぶやいた。
じっとその姿を見ていた杏ちゃんが、再び口を開いた。
「翠よ。この乙女を守るために、そなたは戦えるか?」
「もちろん」
青年が怒ったように言う。
「ならば、もはや逃げ隠れせず、両族と闘うのじゃ」
杏ちゃんが青年の瞳をじっと見つめる。
「ただし……それは、両族を結びつけるためにじゃ」
杏ちゃん以外の3人が、唖然として杏ちゃんを見つめた。
青年が一番に我に返った。
「無理だ! そのようなこと、出来るはずがない!」
「なぜ、無理とわかる?」
「我らと、かの族との争いは永く、もはや修復は不可能」
「誰が、そう言った?」
「皆が」
「皆とは、だれじゃ?」
「それは……」
「そなたもか?」
青年がハッとしたように目を見開いた。杏ちゃんが厳しい瞳をしている。
「この乙女を愛しているそなたが信じずに、誰が信じるのじゃ。わたしは信じていたぞ。全ての同族に反対されても、信じていたのじゃ」
そう言って、杏ちゃんは目をつむった。
トモの心に、杏ちゃんの想いが染み込んできた。トモは自分の胸が震えるのを感じた。
杏ちゃんが瞳を開く。
「だから、そなたは信じるのじゃ。この人のためにな」
そう言って、杏ちゃんは傍らに座っている少女の手を取った。
少女は涙に濡れながら杏ちゃんに頭を下げる。
青年がおずおずという。
「しかし……どうすればいいのだ? そのようなこと……どうすれば出来るのだ?」
杏ちゃんが穏やかな声で言う。
「我らとかの族が争い始めたは、さほど、いにしえのことではないのじゃ。わたしはこう聞いている。王の御代には両族合い助け合ったと」
「それは、しかし……すでに、王亡く時も立ち……」
杏ちゃんが、遮るように言った。
「いや、我らには最後の希望がある」
青年が、いぶかしげに杏ちゃんを見た。そして杏ちゃんが静かに言った。
「この、トモのことじゃよ」
……は?
え〜と……はい?
突然自分の名を告げられて、トモはまったく理解できずに固まった。
最後の希望? て、なんのこと?
なんで、僕の名前が、そこで……?
トモは、そこでみんなに見つめられていることに気がついた。
あわてて杏ちゃんを見る。
杏ちゃんは、にこっと笑って、すぐに普通の表情に戻った。
その微笑みで、トモは自分の気持ちも落ち着いた。
「えっと、杏ちゃん。僕が希望って、どういうこと?」
「トモ、そなたは王の薬師じゃ」
その一言で、青年と少女の目に驚きが浮かぶ。
「そは、いにしえの王の宰相。王の代人の資格を持つ」
「ちょっと、待って」
トモは慌てていった。
「ごめん、杏ちゃん。王の薬師のことは、みんなに言われて知ってるけど、それが、なんなのか、僕はなにも知らないんだ。とうさんやかあさんは知ってるのかもしれないけど……」
杏ちゃんはうなずいた。
「だから、こんな僕に何か出来るんだろうか? この人たちのために役に立つの?」
「トモ、そなたが持つのは資格にすぎぬ。しかし、それは得がたい資格なのじゃ。それが意味を持つかどうかは、そなた自身に関わってくるし、わたしも分からぬ。じゃが、わたしは、そなたに賭けていいと思っておる」
杏ちゃんにそう言われたとき、トモの心は決まった。
僕に出来るのならば、やってみよう。
僕が役に立つならば……このふたりを助けることが出来るのならば。
「わかった。やってみるよ」
杏ちゃんは微笑み、ふたりの若者は驚きの声を漏らした。
次の瞬間、杏ちゃんがさっと空を見上げた。
「来た!」
青年も同時に声を出した。杏ちゃんが素早く言う。
「翠、場所を変えるぞ。ここでは万一の場合被害が大きすぎる」
青年が少女の腰を抱いた。
杏ちゃんがトモの手を握る。
たちまち、二匹の龍が天空に駆け上がった。
白い龍にはトモが、そして、深い翠に輝く龍の手には少女が守られていた。
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