桜色の贈りもの (9)
お父さんはまだ帰ってきてないので、おかあさんと三人の食事になった。
「もういいの?」
おかあさんはそう言っただけで、特に何も聞かなかった。
トモはどんな説明をしたのかしら?
それより、やたらトモの料理を褒めるのは、なんだかおかしい。
彼の作るものがおいしいことは、わたしは、とっくに知ってるもの。
そのうち、なぜか、トモが兄のことを訊いた。
「実さんは、ずっと、東京ですか? ながいこと会って無いなあ」
「そうね、仕事忙しいみたいよ。今年のお正月には帰ってくるかしら。トモ君も、会いたかったら、遊びにいらっしゃい」
「はい」
「あの子もね、もう三十前だってゆうのに、いい人いないのかしら。これじゃあ、あなた達の結婚の方が早そうね」
トモが、飲んでいたお茶を吹き出した。
「おかあさん、何いってるの! トモが困ってるじゃない!」
わたしは、驚いて叫んだ。
「あ、いや、困ってるわけじゃないけど……びっくりしたあ」
トモがこぼしたお茶を拭き拭きそう答えた。
わたしの胸の鼓動が早くなる。
何、言ってるのよ、トモ。おかあさんの前で……誤解されるじゃない。
……あっと、誤解じゃないか?
あれ? いいのかな?
うわーん。顔が熱いよう。
きっと、今、真っ赤だ。どうしよう?
「メグ、メグ」
トモがそんなわたしを呼ぶ。
「どうしたの? 顔赤いよ。まだ調子悪い?」
あ〜ん。バカ。そうじゃないわよ。
それとも、知っててからかってる?
わたしはトモの顔を見る。その表情は真剣だった。だから、
「あ、うん。大丈夫。なんでもない」
そう答えるしかなかった。
おかあさんがくすっと笑った。
あ、もう、おかあさん。娘で遊ばないの。
わたしはもう一度うつむいて、心を落ち着かせた。
食事の後、トモは帰っていった。
何かあったらすぐ駆けつけるからと言って。
ありがとう、トモ。大丈夫よね。
昼間寝ていたせいか、夜遅くなっても全然眠くならない。
わたしは仕方なく、机で本を読んでいた。時計の針が午前二時になろうとしている。
そろそろ寝ないとなあ。
本から顔を上げて、一つ伸びをする。
それから立ち上がり、何か飲みにいこうと思って部屋の扉を開けた。
「あっ!」
息をのんだ。
わたしは、外にいた。
部屋の外という意味ではなく、街角に立っていた。
葉の落ちた街路樹が街灯に照らされ、寒々としている。
ただ、パジャマに上着姿でも、寒さは感じなかった。
出てきたはずの扉も消えてしまっていた。
ど、どこだろう? 何があったの?
ハッとして、気がつく。
わたし、また、引き込まれた? あの、おじいさんに?
予想は当たった。
揺らめくように闇が現れて、それが消えると、おじいさんが立っていた。
「お嬢さん。待たせたね」
わたしは、反射的に回れ右して走り出そうとした。
ところが、いつ、そうなったのかわからなかったのだけど、おじいさんがわたしの前に立ちふさがり、わたしの腕をつかんだ。
その瞬間、また動けなくなった。
逃げることも、叫ぶこともできない。
おじいさんが、にやりと笑った。ひどく嫌らしい笑い方。わたしの背筋に悪寒が走る。
トモ、助けに来て。わたしのいるところがわかる?
椋の彦さんはちゃんとわかってるのかしら?
不安が、胸に拡がっていく。
部屋から、いきなりどこかにつれてこられたもの。わかっているのかしら? 大丈夫なのかな?
おじいさんの手がわたしの体を探る。
いやだ。ふれてほしくない。やめて!
でも、声が出ない。わたしは必死で顔を背けた。
また胸のあたりが熱くなっているのを感じた。
ひょっとして、杏ちゃんの雫?
チラッと思った。けれど、それとは関係なく、おじいさんの手がわたしのパジャマのポケットからピンクの卵を取り出した。
精霊の卵。
山桜の精。
おじいさんの顔が歓喜に歪む。
わたしは、不安と、焦りでいっぱいになった。
遅い、遅いよ、トモ。取られちゃったじゃない。
早く来て。早く。
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