桜色の贈りもの (6)
「たとえば、こんな風にじゃよ」
おじいさんが頬を膨らませるのと、トモがわたしの手を引いて、
「逃げるよ!」
と叫ぶのが同時だった。
さっきまで、私たちの立っていた空間に、薄桃色の花びらが舞っている。
すごい量の花びら。花弁の乱舞だ。
その花びらが、風に乗ったように、横道に入った私たちを追いかけてくる。
まるで、生き物のように渦になって。
わたしは、トモと並んで、とにかく駆けた。
考えるのは後。走るのだったら、トモにも負けない。だって、陸上部だもん。
狭い路地をいくつか曲がり、後方から追いかけるものがなくなったのを確認したとたん、わたしとトモは、呆然として立ち止まった。
「なんで? ここに……」
絶対こんなはずがないんだけど、私たちは、元いた道の反対側にいた。
「くそ。やっぱり」
トモがつぶやく。
その時私たちの後ろから、笑い声が聞こえた。
「無駄じゃな。逃げられんて」
振り返ったすぐそばに、おじいさんが立っていた。
トモが、わたしを押しのける。
勢いで、よろけ、なんとか立ち直ったところに、トモの体がぶつかってきた。
「あわぁ!」
耐えきれず膝をついた。
かたわらで、トモが苦しそうにうずくまっている。
その手に、おじいさんがつきだした杖の先を握っていた。
「トモ!」
思わず叫んでいた。
「やれやれ。お嬢さんの従者のつもりかね。さて、おまえさんにそれが務まるかな?」
「う〜んと。どうなんでしょうね?」
トモが、この状況で軽口を叩いている。こんなトモ、初めてみる。
わたしは少し落ち着いてきた。
「おじいさん。一つ訊いてもいいですか?」
トモが、あくまで冷静に言う。
「預かりものを、彼女が持ってるって、どうしてわかったんですか?」
おもしろそうに老人が笑った。
「まあ、足取りをたどったまでじゃ。造作もない」
「じゃあ、なぜ彼女に預けられたか知ってますか?」
「さあてな。そこまでは気にせなんだが……それがどうしたかの?」
「ああ、わかりました。じゃあ、やっぱり……」
そういいながらトモがわたしにウインクした。
「守らなきゃね」
トモが杖を押しながら老人に向かってダッシュした。同時に、わたしに向かって叫ぶ。
「逃げろ!」
けれどわたしは、動けなかった。
トモをおいて、逃げ出せるわけないじゃない!
でも、トモとおじいさんのやり取りは、ほんの一瞬で決まっってしまった。
口から吹き出された花弁に視界を遮られたトモは、老人の繰り出す杖をよけることが出来なかった。
まるで何かになぎ倒されるようにトモが吹っ飛んで倒れた。
老人のどこにそんな力があるんだろう?
びっくりして駆け出そうとするわたしの目の前に、老人の杖が、すっと伸びてきた。
動けなかった。
わたしは心配と、悔しさで、体がカーと熱くなった。
「トモ!」
わたしの叫びに返事はなかった。
「さて、お嬢さん。渡して貰おうかの」
どうしたらいいんだろう? こんな事って……こんな事って……
トモの具合が心配だった。すぐにでも駆けつけたい。
わたしが行けば、大丈夫なんだから……
もう、渡しちゃって、それで……
右手がポケットにかかる。その時……
―――じゃあ、守らなきゃね
そう言ったトモの表情が脳裏に浮かんだ。わたしの手は、そこで動かなくなった。
「お嬢さん。これ以上は、わしも待てんでな。覚悟しなされ」
急に体が硬直した。声も出ない。
杖をおろしたおじいさんがわたしの腕に手をかけようとした。
なぜだか、胸が熱く感じた。
ああ、でも、もうダメ。
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