秋祭り (8)
杏ちゃんの顔に、ぱあっとピンクのベールが広がったようだった。
恥ずかしさに下を向いている。
かたわらで男がぽかんと口を開けて、そんな杏ちゃんを見つめていた。
トモを見ると、やっぱり間抜けな顔だ。
わたしは、なんだか笑い出したくなった。
この二人って、この二人って……なにやってるんだろう。バカみたい。
男が正気に戻ったように、杏ちゃんの肩に手をおいて、話しかける。
「そ、そんなことは、俺には、どうでもいいことなんだ。おまえと共にいられることが、俺の望み。それは、かなえられないのか?」
杏ちゃんが首を振る。
「これは、龍族の掟。まだ結ばれぬものが共にすむことは出来ません」
男が頭を抱える。
わたしは訊いた。
「杏ちゃん、あとどのくらいしたら、あなたは大きくなるの?」
「そう、およそ、200年」
200年! そんなに!
でも、でも、仕方ないわね。それなら……
「トモ、わたしに彼の罰を決めさせて」
話の展開についていけてなかった彼が、曖昧にうなずく。わたしはすかさず言った。
「あなたへの罰をあげるわ。今後200年、彼女以外の女の人に決して手を出さないこと。彼女にいつも尽くすこと。一緒にいられなくても、弱音を吐かないこと。それを守れば、わたしを襲ったことを許してあげる」
男がわたしの顔をまじまじと見ている。
「でも、もしそれを守れなかったら、トモが、あなたをやっつけるから」
「え? 200年だよ」
トモが情けなさそうな声を出す。いいの。
「もし、私たちがいなくなってても、私たちの子供がやっつけに行くから、覚悟しなさい」
男は、ぽろりと涙を流した。それからもう一度深々と頭を下げた。
「それでいい?」
トモに訊く。
「ああ」
うなずいた。
それからもう一度、今度は杏ちゃんに話しかけた。
「杏ちゃん。これで、200年後までは保証したわよ。あとは、あなた自身の努力と魅力だからね。油断しちゃダメよ。男って、バカで浮気っぽいんだから。わかった?」
杏ちゃんがはにかんだように微笑む。
横で、トモの大げさなため息が聞こえた。
微笑でいた杏ちゃんが、ちょっとおもしろそうに口を開いた。
「トモが、やっつけに来るのはいいが、この者、元は人とはいえ、今では立派に龍の力を宿しておる。わたしのように姿形はかわらんがな。普通の人間にはまともに立ち合うことも出来ぬはず。先ほどの、動き、力。そなた達は、いかなる由縁のものじゃ?」
トモが、いつものように困った顔をする。
「ただの薬師の末裔ですよ。ちょっと変な薬師だけど」
杏ちゃんがわかったというようにうなずく。
「さしずめ、姓は御薬師であろう」
「あたり」
わたしが答えた。
その瞬間、男がもう一度驚いたようにトモを見て、額が床に着くほど頭を下げた。
「あ、あれ?」
トモが驚いた声を出す。
「御薬師。王の薬師。400年の時を隔てて、その末裔に出会おうとは……」
杏ちゃんが感慨深そうに目を細める。男が、感極まったように下げた面から声を出した。
「彼の日、彼の時、全てを捨てて、龍女の住む池深く向かうため、わたしにおぼれぬ薬をくだされたのは、王の薬師様でありました。その家の方に無礼を働くなど、なんたる愚かさ。わたしは、本当に愚か者だ」
そうなのか? そんな昔から、トモの家はあって、やっぱりちょっと変な薬をつくってたんだ。
まあ、いいか。昔も人助けをしてたんだね。
杏ちゃんが許嫁の言葉を引き取った。
「この愚か者のために、お二人には大きな迷惑をかけた」
そう言いながら、着物の懐から何か小さなものを取り出した。
杏ちゃんが手を広げる。その手の中に、深い深い群青に輝く涙形の石がのっていた。
「メグ。これをそなたに。石に開いた穴に紐を通して身につけよ。そは、我が龍の雫。今日の祭りのお礼と、我らが忠心の謝罪の証じゃ」
そう言って、わたしに差し出した。
わたしは、ちょっとためらったけど、杏ちゃんの真剣な眼差しに、それを受け取った。
月明かりをうけて、きらきら輝いている。
「ありがとう、杏ちゃん。大切にする」
わたしがそう言うと、彼女は、そっと手を髪に持っていった。
そこには今日のお祭りで買って彼女にあげた、赤い小さな髪飾りが揺れていた。
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