秋祭り (7)
次の瞬間、目の前を白い滝が流れていったような気がした。
杏ちゃんのいたところから、上方に向かって白い流れが膨らみ、天井を突き破って空へと伸びた。
わたしはトモに寄り添って、息を詰めてその光景を眺めていた。
気がつくと、吹き飛んだ屋根の上、夜空に白く長い生き物が浮かんでいた。
体からキラキラ光る銀色の微光を発していた。
それは伝説にきく龍に違いなかった。
長さは30メートルぐらいかしら?
その右手に、男が握られていた。
じゃあ、あれは、杏ちゃん?
純白に輝く、きれいな龍。
伝説の……
杏ちゃんの龍は男となにやら話しているようだった。
男が泣きそうになりながら、頭を下げている。二人のやりとりがしばらく続いた。
その間にトモがわたしの腕を縛っていた縄をはずしてくれた。
ようやく自由になった腕で、わたしは着物を何とか直した。
でも、紐は切れちゃってるし帯もできないから、前を合わすぐらいしかできなかったけど。
そのうち、白い龍が器用に体を巻きながら、天井から部屋に入ってきた。
物音ひとつしなかった。
見上げる高さから落とされた男が、床に着地し白い龍のかたわらに正座して私たちに頭を下げた。
男が、土下座しながら言う。
「ただ今のわたくしめの仕儀、誠に申し訳なく、お詫びいたします。この罪、万死に値します。いかように、我が身を罰せられても、お受けいたします」
わあ、初めてきく時代がかった言葉。トモが何か言おうと前にでた。
「待って」
わたしがそれを止める。
振り返ったトモに目配せして、わたしは白い龍に話しかけた。
「杏ちゃん、教えて。一体どんな事情があったのか話して。わたしは、あのベンチであなたの話を聞いたわ。この場所で、その人の話も聞いた」
男が身じろぐ。
「その人は、そうね、ちょっとおかしかったけど、でもあなたのことを愛していると言ったわ。本当に愛していると。でも、もう待ちくたびれたと。それは、どういうことなの? なぜ、その人はやけになるほどになったの?」
白い龍が口を開いた。その声は、やっぱり杏ちゃんの声だった。
「メグさん。話せば長い事ながら……。わたしは、この通りこの池の龍じゃ。この人は、元々人間であった。我らは、古き世に出会った。かれこれ400年近くなるじゃろう」
―――そのころ、わたしは、まだ生まれいでて間もなくであった。この世の中がめずらしく、いろんなものに好奇心を持っておった。特に地上を闊歩しておる人というものに惹かれた。
わたしは、龍神のつとめも果たさず、ちょくちょく、いろんな人の姿で村を歩いた。さっきのような幼き子供の時もあれば、老婆の姿になったこともある。勿論、年若い娘の姿もじゃ。
やがて、我らは出会った。
わたしは、この人に出会って、初めて人の情というものを知った。わずか100年に満たない命のか弱き生き物が、我らを覆い尽くすように大きなものを持っていることを知った。
わたしは、この者とずっと一緒にいたくなったのじゃ。それを、迷いというもの、戯れ言というものも、一族にはいた。
じゃが、わたしは誓約した。この者がわたしのところに来ることは、それ以外のいっさいを捨てることになるじゃろう。だから、もし、彼がそれを選んだら一族全てを敵に回しても、この者を守り抜くと。
……この人は、全てを捨てて池に身を投げ、わたしのところに来た。だから、わたしは戦った。永きに渡り。そして、我らは許嫁と認められたのじゃ。それは、そう、200年ほど前のことかの―――
わたしは呆気にとられていた。
そうか、この人が池に身を投げたんだ。娘さんじゃなかったのね。
それで、ようやく許嫁になって……
でも、じゃあ、なぜ、まだ一緒になれないの?
200年間待ってるって言うこと?
「どうして、一緒になれないの?」
わたしの問いに
「それは……」
白い龍が口ごもる。
そして、かき消えるように変化して、急に元の杏ちゃんに戻った。
その顔がほのかに赤く染まっている。
「それは、わたしのせいなのじゃ。……この人は、一族の横やりだと思っていたようじゃが、そうではない。
わたしは……わたしは、龍としてはまだ未熟なのじゃ。たかだか5、600歳の龍は子供にすぎん。それは、このような人姿にあるときも同じ。姿形は大人に似せられても、本質は変えられん。
だから……わたしは、まだ、この人を……喜ばせることが出来ぬ」
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