秋祭り (4)
頬に冷たい感じがして眼を開けた。
顔が板の間についていた。
そこかしこに明かりがついている。でもぼんやりとした明るさ。灯籠だろうか?
その明かりの中で、自分がお堂のような板敷きの部屋に横たわっていることがわかった。
ここって何処だろう?
あ、あれ?
起き上がろうとして、腕が後ろ手に縛られていることに気がついた。
どうして……?
わたしはしばらく呆然とする。
うまく起きあがれずに、顔だけで辺りを見回した。
板の間の向こう、頭を上げた先に、さっきの男がいた。
やっぱり、やつれた表情で下を向いている。
わたしは腹が立ってきた。
「ちょっと!」
男がわたしを見る。
「どういうつもりよ! これ、ほどいてよ」
男はすたすた歩いてくると、わたしの肩に手をかけて上半身をおこし、
わたしを座らせると、そのまま離れた。
え? どういうこと?
「ほどいてっていってるのに……」
その時、男がポツリという。
「あんたが、ちゃんと話を聞いてくれないから……逃げようとするから」
なに? わたしのせい?
「だって、あなた、おかしいわよ。あんな小さな女の子のことで……」
「あれは……俺の……俺の許嫁なんだ」
男が絞り出すように言った。
え?
杏ちゃんが? この人の許嫁?
ほんとに?
一体いくつ歳、離れてるんだろう?
ううん、そんなことより、
「あなたが? 許嫁? 信じられない。……もしそれが本当なら、なんで隠れて彼女のこと見てたりするのよ。おかしいじゃない」
男は、ううっと詰まって、それから話し始めた。
「俺は、彼女の許嫁だ。本当なんだ。……だが、もうずっと許嫁のままだ。いつまで待っても俺達は一緒になれない。それもこれも、一族のものが承知しないからだ。くそ! 俺は、全てを捨ててあいつを選んだんだ。あいつを愛したんだ。それなのに……それなのに……」
「なに? どういうこと? 杏ちゃんはまだ幼いじゃない。もしかして、生まれたときから許嫁って決まってたの? それでも、まだ10年ぐらいでしょ。ちゃんと、彼女が大きくなるまで、待ちなさいよ」
男が、調子外れに笑い出した。
「あはははは……。10年、10年だと? しょせん人にはわからない。100年に満たない命しかない人間にわかるわけがない。俺の苦しみがわかるわけがないんだ」
わたしは背筋がぞくっとした。
この人の話していることは、まともなことなんだろうか?
それとも、妄想?
もしまともだとしたら、この青年はヒトじゃないんだろうか?
もし妄想ならば、捕まったわたしはどうなるんだろう?
徐々に恐怖感がわき出てくる。
男がつぶやくように話している。
「……俺は、あいつを心から愛してきたんだ。あいつのために出来ることは何でもしてきたんだ。一族の許しを得るために努力してきたんだ。なのに……。まだ、待てだと。……まだ待たせるのか? 一体いつまで待てばいいんだ? いつになったら、俺はあいつと一緒になれる? ……俺は、疲れた。もう、待ちくたびれた。あいつの気持ちも分からなくなって……」
ハッとしてわたしは声をあげる。
「杏ちゃんは……杏ちゃんは……あなたのことを想っているのよ。ちゃんと、あなたを好きでいるわ。そう言ってたもの」
「嘘だ! あいつの最近俺を見る目、あれは、以前とは違う……」
「杏ちゃんは、あなたが避けてるって思ってるのよ。違うの?」
男が、悲しげに言う。
「あいつに会うのがつらいんだ。顔を合わせるのが……」
「なに言ってるのよ、しっかりしなさいよ、あなた、杏ちゃんの許嫁なんでしょ!」
わたしは思わず怒鳴っていた。
男の顔が、苦悩で歪む。
「俺は……俺は……もう、我慢できない。もう待てない……」
それから、急に顔色が変わった。口元に笑みが浮かんだ。
「俺は、もうあいつのことは忘れる。忘れてやる……。かわりに、おまえを貰っていこう」
え? ちょっと。冗談。
男が近づいてくる。
わたしは、膝をつかって後ずさった。
けれど、うまくいかず体勢を崩してまた横倒しになった。
「冗談言わないでよ。なんで、わたしがあなたに……」
「知っているか? 今日は龍神祭りの日だ。昔は、処女が生け贄に捧げられた日だ。おまえが今日の贄だ」
男の手が伸びてきた。
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