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    ボランティア(4)
 
「ねえ、きみ! 御薬師くん!」
 公民館でシャワーを使わせてもらって、タオルを肩に廊下を歩いていたトモは呼ばれて足を止めた。
 開いている扉の向うから、ボランティアサークルの女性たちが手招きをしている。
 えっと? なんだろう?
 明日の打ち合わせでもあるのかな?
 そう思ってトモは扉に近づいた。

 その部屋はもともと会議室のようで結構広い部屋だった。
 でも今は床に宿泊用の布団やら毛布が広げられていた。
 部屋の中には、詩織たちのグループの他にも別のボランティアの人がいて、10人程度泊まっているようだった。
 もちろん、この部屋は女性ばかりである。トモはその雰囲気にちょっと部屋の中に入るのを躊躇した。
「あの、なんでしょう?」
「明日の予定なんだけどぉ」
 詩織が言いかけて、
「どうしたの? 入って、入って」
「そうそう、こっち、こっち」
 瑞希佳子がぶんぶん手を振って言葉を添える。
 その手に握られてるカンは、えっと? 
 戸惑いながらトモは部屋に入った。
 サークルの3人の女性たちは、布団の上で車座になって翌日の相談をしていたようだ。
「失礼します」
 トモもその輪の中に入って座った。
 みんなの膝元には、いくつかのビールの缶。
 これって、ひょっとして単なる飲み会なんじゃ?
 そう思って見ていると、瑞希佳子がごくっと手に持つビールを飲んでから言った。
「君も飲む?」
「え? えっと、僕は……」
「こら、佳子、未成年に勧めちゃダメでしょう」
 立花亮子が真っ当な意見を吐く。その顔は真っ赤に染まっていたけれど。
「じゃあ、しおりんはどうなの?」
 佳子の反論。
「ふえ?」
 詩織が自分のことを話題にされて驚いたように顔をあげる。
「しおりんだって、まだ未成年だよ。ね?」
「うん。あと、一ヶ月」
 赤い顔で詩織が答えた。
「いや、まあ、詩織は手遅れだから」
 亮子がすまして言う。
「ひどーい。亮ちゃん。手遅れじゃないもん」
「じゃあ、ジュースにする?」
「……やだ」
「あははは」
 トモは女性たちの会話を呆気にとられて聞いていた。
 えっと……明るい人たちだよなあ。でも、明日の予定なんて話してたのかな?
「みんな、彼が、あきれてるわよ」
 瑞希佳子がもう一度話をトモに振った。
「あ、いえ、えっと……楽しいです」
「あははは」
「そう?」
「飲む?」
「だからダメだって!」

 そんなこんなで脱線続きだったが、話は本当に翌日の予定のことに移った。
 午前中は仮設住宅などを回って子ども達を訪問すること。
 午後は今日と同じように広場でいろんな遊びをすること。その準備などを確認した。
「でも、きみが来てくれて、良かったよ」
 立花亮子が落ち着いた口調で言う。
「そうですか?」
「うん。やっぱり男の子と走り回るのは、体力がある若い子が必要だからね」
 確かにそうだろうな、とトモも思った。今日一日だけで相当体力がいった。詩織がすかさず言った。
「明日もよろしくね」
「あ、はい」
「さてと……ところでさ」
 瑞希佳子がにやっと笑った。トモの背中にやばい予感が走る。
「君って、恋人いるんだよね?」
「え? あの……」
「聞かせなさい!」
 佳子が力を込めて言うと、亮子も冷静に突っ込む。
「白状しちゃいなさいな」
「わたしも聞きたーい」
 詩織も好奇心に目を輝かせた。
「あの、いや、えっと……」
 トモは焦った。
 年上の女性に囲まれて、なんだかまた質問攻めにされそうだ。どうすりゃいいんだ?
「ナニナニ、同級生? それとも、下級生?」
「えっと、あの……」
「じゃあ、年上なんだ」
「……違います」
「ふーん。同級生かあ」
 いや、えっと……なんで、わかるんだ?
「どうやって知り合ったの?」
「同じクラス?」
「同じクラブとか?」
「いや、あの……同じクラス……というか、小さい頃から知ってて……」
「なに? それ?! 幼馴染みっていうこと?!」
「あ、はい」
「きゃあああああ!」
 突如上がった悲鳴のような声にトモはビックリした。周りの関係ない人たちも振り返る。頬が熱くなってきた。
 そんなトモにはおかまいなしに、女性たちは楽しそうに言葉を続ける。
「幼馴染みかあ。いいなあ」
「わたしもそんな出逢いが欲しい」
「あんた、今からじゃ、もう遅いわよ」
「うー、亮子のいじわる」
「あははは」
 トモは、さすがによけいなことを言ったような気がした。
 もう、これ以上は話さないようにしよう。そうしよう。
 ……にしても、この場から逃げないと、どんどん白状させられそうだ。
 えっと、どうやって逃げればいいんだろうな?
 ちょうどそのとき、誰かの携帯の着信音が聞こえた。
 気づいた詩織が携帯を取り出して画面を確認する。少し眉根を寄せて、
「ちょっと、出てくる」
 そういって詩織は立ちあがった。
「あ、すみません、僕も」
 トモもすっと立ちあがった。
「受験生なので、これで失礼します」
「ああ、そうだったわね」
 佳子が残念そうに続けた。
「じゃあ、また明日、よろしくね」
「はい」
 そう言って、トモは廊下に出た。


 部屋の消灯を抜け出して、トモはロビーの低い机に問題集を広げた。
 女性たちに『受験生』と言ったのは、ただの言い訳ではなく、ちゃんと勉強道具は持って来ていた。
 ただ彼は、それをぼんやり見つめながら、一つため息をついた。
 ボランティア一日目は、どうやら無事終わりそうである。
 実際にここに来るまで、なにができるかも分からなかった。ただ、じっとしていられなかったんだ。
 あの地震に遭遇して閉じこめられた経験。自分と同じように多くの人が被災した現場。
 なにか出きればと思っていた。
 でも、来てみて、漠然と思っていたこととは、かなり違うことをしている。
 それでも、来てよかった。トモはそう思った。
「さてと……」勉強、勉強。
 意識を切り替えて問題集に目を向けたとき、離れたところから大きな声が聞こえた。
「イヤだよ! そんなのだめ!」
 ん? なんだ? 
 トモの意識が声のする方に向く。それはロビーの奥、見えない壁の向うのようだった。
「勝手に、そんなこと決めつけないで! わたしは……」
「三和さん?」
 その声は三和詩織の声に聞こえた。さっき携帯に着信が在ったことも、その予想を裏付ける。
 誰かと揉めてるんだろうか?
 トモは聞くとはなしに聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「分かってる。もうすぐ二十歳なんて、そんなこと分かってるよ。でも、そんな簡単に決められないんだから。だって、わたしは……」
 詩織がなにかを考え込むような沈黙。それから、
「おかあさん、この話は、もう終わり。それは、わたしが決めるから、勝手に決めないでよね。わかった?」
 そこで会話は途切れた。
 しばらくして詩織がロビーの奥から現れた。長椅子に座っているトモを見つけて、驚いたように、すこし困ったように眉を寄せた。
「べ、勉強?」
「あ、はい」
 トモも、聞いてはいけない話のように感じ、聞かなかった振りをする。
「じゃあ。がんばってね。受験生君」
 詩織は少しぎこちなくそう言うと、部屋に向かってトモの前を横切った。
 けれど途中でふっと立ち止まると振り返った。そして、
「君の、恋人にも、よろしくね」
 もう立ち直ったのか、すでに口元には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「あ……」
 その言葉にトモは忘れていたことを思いだした。
 詩織が手を振って遠ざかって行くのを見送りながら、トモは慌てて携帯を取り出した。

 コールは一回。繋がった。
「もしもし」
「バカ! トモ! 遅いー!」
「うわ!」
 いきなり大きな声が響いた。
「ご、ごめん、メグ」
「なにやってたの? もっと、早く掛けて来てよ! 約束したでしょう?」
「うん。ごめん。いろいろあって、遅くなっちゃったんだ」
「もう、仕方ないなあ。それで、どうだったの?」
「え?」
「ボランティアよ! うまくいってるの?」
「うん。大丈夫だよ。うまくいってる」
「そう。よかった」
「今日ね、子ども達と遊んだんだ」
「はあ? 誰と遊んだって?」
「……子ども達」
「トモ……遊びにいったんじゃないわよね?」
「え、いや、えっと、これも、ボランティアの一つでさ」
「ほんとにぃ?」
 疑わし気なメグの表情が脳裏に浮かぶ。トモは慌てて子ども達と遊ぶ意義を説明した。
「ふ〜ん。そうなんだ。それも大切なことなんだね」
「うん」
「そうかあ。あ〜あ、やっぱり、わたしも、行きたかったなあ」
「メグ……」
「あ、大丈夫だよ。言ってみたかっただけ。わたしはわたしで、ちゃんとしてるから、だから、トモもがんばってね」
「うん。わかった。そうするよ」
 たったそれだけの会話だったが、話し終わったトモは自分が自然と元気になっていることに気がついた。
 心に暖かさとやる気が満ちてくる。
 トモは改めて持って来た問題集に向かった。
 
 
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