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     恋のライバル(11)
「それは、違うわ、みつき」

 その声に私たちは驚いて声を上げた。
「優奈!」「優奈さん?」
「メグ、ごめん。みつき、悪いのはあたしだよ」
「優奈さん目覚めてたの?」
「うん。少し前から。たぶん、みつきが動揺したからだと思う。だから、なにがあったか、だいたいわかった」
「優奈、わたしは……」
「みつき、わかったから。あなたの気持ちは、わかったから」
 そうして、優奈さんはわたしを見た。
「メグ、ごめん。あたしが、悪いんだ」
「優奈、違う。わたしが……」
「みつきは、黙って。あとは、あたしの問題だよ」
 それで、みつきさんは口を閉ざした。
 彼女がまだ居るのか、それとも帰ったのか、わたしには分からなかった。

 優奈さんがわたしに告げる。
「メグ。みつきがとんでもない事したんだね。ごめん。あたしが悪いんだ。みつきは、あたしのためにしたんだ。あたしが、あたしが……想いを洩らしたから」
「想い?」
「うん。メグ、あたしね。あたし、御薬師くんのこと……好きになってた」
 ああ、その言葉。
 優奈さんから直接聞く言葉。
 でも驚いたことに、わたしの心は、その時、すっと落ち着いた。
 もやもやしていたものが晴れた気がした。
 優奈さんが続ける。
「だめなことは、わかってた。いけないことは、わかってた。御薬師くんはあなたの恋人で、ふたりは愛しあってて……だから、忘れようとしたの。諦めようとしたの。メグにも、彼にも気づかれないうちに、この想いを消そうとしたの」
 そう言って優奈さんは唇をかんだ。目から涙が溢れそうだった。
「でも、出来なかった。苦しくて、切なくて、悲しくて……だから、みつきに言ってしまったの。泣いてしまったの。みつきは、それを見て、こんな事をしたんだ。あたしのためを想って、こんな事をしたの。だから、悪いのは、みつきじゃないよ。あたしが悪いの。……みつきを許してあげて。お願い、メグ」
 優奈さんが崩れるように床に座る。その手を床に着けて頭を下げた。
「ごめん、メグ。許して」
 涙がぽたぽたと床に落ちた。わたしはつられて床に膝をついた。
 優奈さんの言葉に心の中がまたひっくり返っていた。いろんな感情が飛び交っていた。
 ただ、ひとつだけ、よくわかったことがあった。
 トモを好きな優奈さんの気持ち。その気持ちが昨夜からの自分の想いと重なった。
 頭を下げていた優奈さんが、絞り出すように声を出した。
「あたし、もう御薬師くんに近づかないから。メグとも、あんまり話さないようにするから……だから……ごめんなさい。許してください」

 その言葉を聞いた途端、考えるより先に動いていた。
 優奈さんの肩を掴んで彼女の顔をあげさせる。
 優奈さんの顔は涙でくしゃくしゃだった。
「もう、いいから」
 わたしはそう言った。
「そんな事しなくて、いいから」
「え?」
 優奈さんが小さく聞き返す。
「トモから離れたり、わたしを避けたりなんか、しなくていいから」
「でも……」
「優奈さん」
 彼女が赤い目でわたしを見上げる。
「優奈さんは、トモが好きなんだよね。苦しくて、切なくて、泣いてしまうほど、トモが好きなんだよね」
 見つめるわたしに、優奈さんが少し逡巡してから、こくりと小さく肯いた。
 その姿にまた自分が重なる。だから、わたしは口に出していた。
「だったら、その気持ち、諦める事なんて無いよ。押さえつける事なんて無いよ」
 優奈さんが驚いた表情になる。
「だって、御薬師くんは、メグの恋人で……メグは彼のことがとても好きで……」
「うん。そう。わたしはトモのことが好き。大好き。でもね、だから、わかったよ。優奈さんも彼のことが好きだって。とても好きだって。だから……」
「でも、メグ、あなたに、悪い」
「ううん。優奈さんがそんなにトモのことが好きなのなら、わたし、あなたがトモのこと好きでもかまわない」
 優奈さんが驚いた顔でわたしを見つめた。
「それにね」
 さっきのトモのことが頭をよぎる。
「わたしに優奈さんの心を変えさせる権利なんてない。誰かの心を無理に変えさせるなんて、誰にも出来ないよ」
「だけど、あたし、いけない事してる。だって、御薬師くんは、メグの彼氏で、だから、あたしは諦めないといけなくて……」
 そう言いながら、優奈さんは苦しげに嗚咽を漏らした。頬を涙が流れ落ちる。
 その姿にわたしの胸に一つの想いがわき上がる。
「ううん、優奈さん。好きになるのは自由だもの」
 優奈さんがわたしを見上げた。
「あのね、優奈さん。わたし、あなたがトモのこと好きなんじゃないかと気づいたとき、とても怖かった。不安で不安で、胸がズキズキした。でも、あなたがトモのことを好きって言ってくれて、少し落ち着いたんだ」
「え?」
「なんだかわからなくて、不安のままより、ずっといい。あなたが、ちゃんと言ってくれて、よかった」
「でも……」
 優奈さんが言いかけるのを人差し指で制した。
「だからね、優奈さん……」
 わたしの胸を様々な想いがよぎる。だけど、一番強い想いを信じて、思い切って告げた。
「わたしたち、ライバルになろう」
 優奈さんが、え? という顔をする。
「トモを好きな、恋のライバル」

 優奈さんはまじまじとわたしを見つめた。それから、
「む、無理だよ。メグのライバルなんて」
「ううん。選ぶのは、トモだよ。わたしじゃない」
「そんな! かないっこないよ」
「じゃあ、優奈さんは、本当に諦められるの?」
 その質問に、優奈さんはしばらく苦しそうな表情で目を伏せていたけれど、やがて顔をあげて、小さく、でも、はっきりと首を振った。
 その瞬間、わたしの胸に何かが満ちた。
 わたしは見つめる優奈さんに、黙って肯いた。
 優奈さんは抑えきれないようにもう一度視線を落とすと、肩をふるわせた。
「ごめんなさい、メグ。ごめんなさい。ごめんなさい」
 優奈さんの頬から涙が伝い落ちる。
 優奈さんは何度もごめんなさいと繰り返した。
 わたしは彼女の震える肩を引き寄せて抱きしめた。
 優奈さんのおでこがわたしの肩に当たった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
 しゃくり上げるように泣きながら優奈さんは繰り返した。
 わたしは彼女の背中をずっと撫でていた。
 やがて、泣きやんだ優奈さんは、赤い瞳でわたしを見つめると最後に小さく言った。
「メグ……ありがとう」
 
 その言葉を、わたしは万感の想いで聞いた。
 
 
 
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