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    夏海パニック (4)
 わたしたちは、これからすぐに帰ってしまうという親子の連絡先を聞いてから、一艘のボートを借りた。
 ボートに二人で乗り込んで、わたしが貴重品とトモの例のカプセルの入ったポーチをパーカーのポケットに入れた。
「このへんだったかな?」
 トモがこいできたオールを止めた。岸から100メートルぐらい。
 たぶん、わりと沖だったからこのぐらいじゃないかな。
 トモが船縁から海に滑り込む。
「メグ、カプセルちょうだい」
「わかった」
 わたしはポーチを開いて中を見る。
 3種類ぐらいのカプセルが、チャック付きのビニール袋に入っていた。
 トモは相変わらず几帳面だなあ。
 見慣れた白いカプセルを出して、トモに手渡そうとした。
 そのとき、急に波でボートが揺れた。
 わたしの手から離れたカプセルが、トモの手をそれて波間に消えていった。
「あっ!」
 しまった。
「どうしよう……」
 トモが困っているわたしに声をかけてくれる。
「もう一つあるでしょ。それをくれよ」
 あっ、ほんとだ。袋の中にもう一つ白いカプセル。用意がいい。
「じゃあ、これ」
 今度は慎重に彼の手の中に入れる。
 トモはそれを口に入れて、それから深呼吸して潜っていった。

 時計を持っていなかったから、どれぐらい時間が経ったか分からない。
 トモが潜ってから、1分? 2分? なかなか上がってこない。
 大丈夫かなあ? 見つからないのかなあ? 
 わたしは少し心配になってきた。
 覗き込もうかと思った時、30メートルぐらい先でトモが顔を出した。
 ちょっとキョロキョロして、わたしを見つけた。
「あったよ」
 右手を上げて髪飾りを見せる。
 よかった。
 トモが泳いできて、まず髪飾りをわたしに手渡し、それからボートに這い上がってきた。
 かなり揺れる。わたしはバランスを取った。
「やったね。あの子も喜ぶだろうな」
 トモもうれしそうな顔をしてる。

 その時、突然目の前を何かが飛んだ。いや、何かというより、明らかに魚。
「トビウオ?」
 そう思って顔を上げると、信じられない事に、あっちでもこっちでも魚が飛び跳ねている。
 しかもこれって、トビウオじゃないよね?
 トモもきょとんとした表情でそれを眺めている。
 わたしたちのボートの周りかなり広い範囲で、やたらに魚が飛び跳ねていた。
「きゃっ!」
 また目の前を魚が横切った。わたしはボートの中で、低い姿勢になった。
 トモが、上からかばってくれる。
「痛ってー」
 トモにぶつかったようだ。
 頭を上げてみると、さらに凄いことになっている。
 海一面に魚が飛び跳ねている。
 いったいどの位いるんだろう? 数え切れない。海面が魚で黒く見える。
「えー! どうなってるの?」
 わたしとトモは顔を見合わせた。
「もしかしたら……」
 トモがつぶやく。
「さっき落としたカプセルのせいかも……」
 そ、そうか! あの薬、魚にも効くんだ。
 でも、この状況って……
「信じられない!」

 二人で顔を見合わせている間にも、ますます魚のジャンプが増えていくような気がする。正直このままだとあぶない。
「トモ、漕いで逃げよう」
 トモがオールを持つ。
 その時、ボートの近くで大きな黒い影が飛んだ。しかも複数。波がボートを揺らす。
「トモ、あれ!」
 それは、見事に跳躍する複数のイルカだった。空中で飛び跳ねる魚をくわえている。
 あ、また!
 次々イルカが飛び跳ねる。ボートの上をかすめて飛んでいくのもいる。
 いったい何匹居るの?
 まるで、水族館で見るイルカショーのように、高く、速く、複数のイルカが同時にジャンプする。見ようによっては一大イベントだった。
「イルカにも効くっていうことは……」
 トモが考えながらつぶやく。
 その言葉が終わらないうちに……ボートがふわりと持ち上がった気がした。

「うわわわ……」
 声にならない声が漏れる。そして落下。
「きゃあ!」
 わたしはボートにしがみついた。
「あ、やばい!」
 トモが叫ぶ。
 オールが片方外れて漂っている。
 また、浮き上がる感じ。
 とっさに海面を見る。そこに何か居る。とても巨大な……
「やっぱり、クジラ!」
 トモが叫んだ。
 ええっ! どうして、こんなとこにクジラが居るのよ! 嘘でしょ!
 ボートが浮き上がる。わたしはうつ伏せになって必死に掴まる。
 トモがわたしの上から同じようにボートに掴まって寝そべった。
 かたわらで、ものすごい水しぶきが上がる。体中に海水がかかる。
 でも、ボートが揺れて掴まっているのが精一杯だった。
 あーん、どうすればいいんだろう? このままじゃひっくり返っちゃうよ。
「トモ!」
 わたしはたまらず叫んだ。
「ちゃんと、つかまってろ!」
 トモがやっぱり必死にいう。
 ほんとに、もう、どうなっちゃうんだろう?
 5分? 10分? ボートの揺れがおさまらないまま、私たちは必死にボートに掴まっていた。
 それから、不意に体が今までになく浮いて、わたしはボートから投げ出された。
 
 
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