月の雫(11)
街は見渡す限り闇に沈んでいた。
―――ううん、違うな。
月明かりで照らされてはいた。でも、灯りが全然ついてない。地上の光は消え失せていた。
優奈さんの家を飛び出たとき、周りにいた警備の人が倒れているのが見えた。
「杏ちゃん、あの人たち……」
「眠らされておるのじゃ」
「え?」
「全ての者が眠らされておる」
「そうなの?」
「今、この場で動いておるのは、わたしたちと、トモと、あやつ……」
わたしは、前を行く二人を見る。トモが男に近づいていた。
「……そして、今から来るものたちであろう」
え?
今から来る者?
だれが? 来るの?
杏ちゃんが前を指し示す。そこには巨大な月が輝いている。
その中に小さなシミが見えた。
シミはみるみる大きくなって、影になり、影が連なって、増えていく。
それが、何かが近づいてくるのだとわかるのに時間がかかった。月明かりの中でシルエットだけだったからだ。
そして、ようやくはっきり見えて来た。
それは、弓矢を束さんだ狩衣姿の者の列。まるで宙を歩くようにやってくる。
その後ろに一台の牛車が続いている。周りを太刀をはいた者たちが固める。
その全てが薄く銀色の光を発していた。
これは?
「杏ちゃん、あの人たちって……もしかして、月の?」
「そう、月よりの使者じゃ」
月の使者! それって、それって……
わたしの脳裏にぱっと昔読んだおとぎ話の絵本の光景が浮かぶ。
月の使者が迎えに来る光景。迎えに来られたのは……
「かぐや姫!」
「そう、月の住人じゃの」
杏ちゃんが冷静に答えた。
でも、わたしは混乱している。
それって優奈さんが、かぐや姫っていうこと? 月の雫って、かぐや姫のことだったの?
でも、おとぎ話では、かぐや姫は月に帰ったって……
それって、いつの時代の話だっけ? 平安時代? 鎌倉時代? 違う?
「メグ、急ぐぞ」
杏ちゃんの声で引き戻された。
トモが優奈さんをさらった男に追いついてる!
男の前に先回りしたトモが空中で大きく腕を広げていた。
浮かんでいる男の腰に片腕で抱えられた優奈さんの姿。優奈さんは動いてなかった。
「そこをどけ!」
男がいうのが聞こえる。
「ダメです」
トモが冷静にいう。
「じゃまをすれば、ただではすまぬぞ」
「これ以上、行かせません」
その間にもトモの後ろの月の使者たちの姿が大きくなる。男が言った。
「我らの使者が来た。じゃまだてはできぬぞ」
でも、トモも落ち着いて言った。
「僕の友達も来ました」
男が振り返った。
近づくわたしたち、というより、杏ちゃんの白い龍を見て唖然とした顔をする。
そして言った。
「おまえは、だれだ?」
トモが答えるより前に男が動き出す。
さっと上昇し、トモをかわそうとする。
トモの姿が消えた。
と思ったときには男をつかんでいた。うわあ。速い!
杏ちゃんも上昇する。もうふたりの間近だ。
トモと男がつかみ合い、もみ合っている。
トモは男の動きをとめようとしているように見えた。
さすがに優奈さんを抱えた男は片手で動きにくそうだった。ただ、優奈さんを奪われないように彼女を背中に回していた。
「メグ、竹宮さんを!」
近づいたわたしにトモが叫ぶ。
「うん!」
わたしがそう言ったとき、頭上にいくつもの光が瞬いた。
それは、銀色に輝く矢尻。わたしと杏ちゃん目掛けて降ってくる。
「メグ、掴まっているのじゃ」
杏ちゃんの声が聞こえた。
初めて感じる強烈な衝撃。わたしの体に信じられない加速度がかかる。
わたしは必死で杏ちゃんに掴まりながら、ああ、今までは手加減してくれていたんだとチラッと思った。
視界の端をかわされて地上に落ちていく銀の軌跡が見える。
二度、三度と同じ物を見た後で、わたしは信じられないものを見た。
「え? 優奈さん?」
目の前を優奈さんが落下していく!
「わあああ」
夢中で腕を伸ばした。
つかんだ!
と思った瞬間
「ええっ?」
杏ちゃんがまた動いたのだと思う。わたしは空中に投げ出されていた!
「ああああ!」
腕の先に優奈さんの体だけは掴んでいた。
でも、落ちていく感覚。視界に迫る風景。
焦りで苦しくなる胸。思考が飛んでまともに考えられない。
ただ一つ、口から言葉が飛び出した。
「トモォ!」
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