猫被りな弘美
「弘美、どれがいい?」
「……」
俺が機嫌よく話しかけても返事はなく、ひたすら不機嫌を無理矢理塗り潰したかのような作り笑顔を向けてくる。
「弘美ー?」
「……ストロベリーをお願いします」
…何で敬語? …店員と距離が近いからか? マジで何でこいつ…こんな猫被りなんだ?
「580円です」
「ん〜、よし、ちょうどだ」
「ありがとうございます」
財布から小銭を出して払い、ソフトクリームを二つ受けとる。
弘美にイチゴを渡し、俺はチョコバニラに舌をはわす。
うん、うまい。
「……ちょっと」
「ん?」
弘美は珍しく自分から俺にぴたりと密着して小声で話しかけてきた。
「何でここに入ったのよ」
「ここって…ただのデパートだぞ?」
そう、何のへんてつもないただのデパート。
「なんでヒロが、こんな人混みに入らなきゃいけないのよ」
今回改めて思い知ったが、弘美は筋金いりの人混み嫌いだ。つまりいつも車移動。
今日は俺プロデュースなので勿論徒歩。さっきの映画館に行くのも公園に行く時も、いちいち人通りが少ない道を遠回りした。
そんな嫌がる弘美を無理矢理込み合うデパートに連れてきてみた。
弘美は案の定、道を歩くならともかく買い物を人混みでするなんて絶対に嫌だと言うが、俺が本気を出せば弘美のようなちびっこを連行するのはわけない。
「いいじゃないか。ちょっと君、人見知りを治しなさいよ」
「なにその口調、バカじゃないの。つか誰が人見知りよ。ヒロは、愚民どもがうようよしてるとこに来たくないだけよ」
「ぐ、ぐみん…? お前、そんなキャラだっけ?」
「黙れ」
弘美は不機嫌さを隠したいのか口元をひきつらせながらもニコリと笑い、一歩、元の距離まで離れた。
「これからどうするんですか?」
「…映画の時は文句言わなかったじゃん」
「人少ないし、暗いしみんな黙ってるんだから別です」
「…そんなに、人混み嫌? 出たい?」
弘美はこくりと頷く。
うむむぅ。仕方ない。そこまで嫌なら、無理はよくないな(ここまで無理矢理連れてきたのは俺なんだが)。
「分かったよ。出ような。適当にカラオケでも行くか? そこなら他に人こないし」
「…うん」
おお、素直だ。こういう姿見ると、やっぱり可愛いな。妹ってこんな感じなのかな。
俺はソフトクリームを持ってない方の手で弘美の空いてる手をひいた。
「あれ? 皐月?」
「あ、ホントだ。どしたの? あ…」
「げ…武富、勇馬…」
タイミング悪く俺に声をかけてきたのは、社交会で知り合った二つ上の二人組だった。
「おま、女連れかよ!」
弘美に気付いた勇馬がテンション高く話しかけてくる。
「…誰ですか?」
あああ…さっきようやくゆるんだ弘美の雰囲気がまたトゲトゲしくなってるよ。
「俺の友人、かな」
弘美の手を握ったまま軽く引き寄せて小声で、男のな。と付け加える。
ちなみに二人を簡単に説明するとテンション高いのが勇馬で眼鏡かけてるのが武富だ。
「へぇ」
小さく鼻で笑う弘美は、しかし二人に向き合うとやはりいつもの猫被りな笑顔を見せた。
「はじめまして、弘美です。皐月様のご友人ですね。よろしくお願いします」
「よろしくな、おちびちゃん。俺は勇馬。こいつは武富。」
うわ、おちびて…。
「勇馬様に武富様ですね」
怒ってる。確実に怒ってる。八つ当たりされるのやだなぁ。
「彼女か?」
「ん、あー、はいはい。そうそう。じゃ、そゆわけで」
「テキトーな返事だな。そんなにその、弘美ちゃん? と二人きりになりたいのか?」
彼女かと聞いてきた勇馬に返事をすると武富がにやにやしながら聞いてきた。
「なぬ! ロリコンは犯罪だぞ皐月!」
そして自分が先に言い出したくせに何故か驚く勇馬。こいつマジでうぜぇ。
「……こいつ、高校生だからな」
「マジで!?」
「え!? 小学生じゃなくて?」
おま…小学生は酷いだろ。武富…勇馬より大人しい顔してさりげに毒舌家だからなぁ。
「おちびちゃん…こんなちっちゃいのに皐月と年変わらないのか」
「ていうか皐月もちっちゃいけどな。僕ら、2年前でも身長は170あったよな」
「俺が176で武富が173だったっけなぁ」
「今は僕の方が勇馬より高いけどね」
「どっちも高すぎだ。何センチだよ」
「180…7、8?」
俺が160前半だから20センチちょい差があることになる。
…く、性別差があるとは言えムカつくなぁ。
「…と、そろそろ行くか。んじゃお前ら、またな。」
いい加減真面目に、弘美をほったらかしにするわけにいかないしな。
まぁ…弘美がいなけりゃ、こいつらと一緒にいてもなんの問題もないと言うか、むしろ一緒にいて楽しいからいたいくらいだが。
どちらかと言うなら勿論、弘美を選ぶ。こいつらはいいやつだが、男であると言うだけで俺にとって一番にはならない。
「手までつないで、熱いねぇ」
「小学生かよ」
「だが皐月はいつも僕らと触れ合うのを嫌うよな」
「…誰が好き好んで野郎と手を繋ぐか」
「なるほどね」
武富は納得したが勇馬はむぅと顔をしかめて俺に顔を寄せてくる。
…気持悪い。こっちから触れたり、ちょっと触れられるくらいなら大丈夫になったはずなのに、顔が近寄るとキモイ。
女だとそんなことは全く思わないし、頬や額にキスしたって大丈夫なのに。
これってやっぱ…トラウマのせいだよなぁ。
友達なのに、そう思ってるのに、嫌悪してしまう自分がとてつもなく嫌だ。
「…なんだよ勇馬」
「…もうヤったのか? お前は男になってしまったのか? どうなんだ!?」
「…武富、バカの始末よろしく」
「オッケー」
「ぐ、離せ武富。俺は真実を求めるラブハンターなんだ」
…大学生って、バカでもなれるんだな。
武富に拘束される勇馬に哀れみの視線をなげてから俺は今度こそ二人に手をふる。
「んじゃな」
「またメールするよ」
「真実を…真実を言うのだ皐月よ!」
「では勇馬様、武富様、さようなら」
○
「ふぅ…」
デパートから出た俺たちは暑さをしのぐため近くの喫茶店に入り奥に座った。
「なに? あれ。皐月様の知り合いだけあってバカなのね」
向かいの俺には聞こえるが他のやつらには聞こえないだろうくらいに声を抑えながら弘美は息をつく。
「う…うぅん、否定できないのが悔しいが、イイヤツはイイヤツなんだぞ?」
「大人のくせに騒いじゃって、バカみたい」
「まあまだ18だし…。弘美は、大人だよな」
「当たり前でしょ。あんたたちと一緒にしないで」
「…なんで、弘美ってそんな猫被りってか…んー、何て言うか、しっかりしてる?」
「あんたらがガキなだけよ」
「いや、まあ…けど、いくら何でもお前は猫被りすぎだろ」
「別に。つか、被ったほうがいいからよ」
「?」
意味がよく分からない。猫被ってたら友達できないじゃん。
首を傾げる俺に弘美ははぁとまた息をつく。
「あんたホントバカねぇ。世界は…あんたが信じてるほど綺麗なんかじゃないんだからね」
「え…」
世界は綺麗なんかじゃない。
吐き気がするほど醜くて、理由のない悪意が存在する。
それくらい…知ってるつもりだ。
「何か…あったのか?」
もし辛いことがあると言うならば、救うことはできなくても、助けることができなくても、せめて慰めたい。
そう思うのは偽善なのか。
「別にないわよ。ただ、凡人やってたあんたには分からないかも知れないわね。金持ちには金持ちのクソみたいな常識があんのよ」
「金持ちの常識?」
「お金は個人の意思より尊い」
「…は? ちょ、は? なに言ってんだよ」
「本当よ。そりゃ…全員が全員じゃないわ。けど、金のないやつらよりは当たり前にそうなの」
「なんで?」
「…そうね、きっと、大義名分があるからよ。『家のため』。家の名前のためにある程度お金がないと駄目、お金のためなら個人はいらない。そんな感じね。お家のために政略結婚、実子がいても家のために優秀な養子をとったり、役に立たない子供は隔離したり…そんなの、珍しい話じゃないわ」
「……」
そんなのおかしい。絶対に変だ。
変…だけど、それをどう言葉で伝えればいいのか分からない。
「…そんなの、変だ。なんか…おかしいだろ」
そのままに分からないままに伝えるが、弘美はそんなひねりのない俺をバカにするでもなく、くすりと笑う。
「そうね。ヒロもそう思う。こんなのバカみたいよね」
けどすぐに俺から視線を外す。
「けど本当よ。上っ面だけの付き合いで腹の探りあいして、自分の利益のために裏切る。大人だけじゃなくて子供もそんなふうに育てられてるの。あんたみたいに自分をさらけだして誰でも彼でも信用してたら…全て失うわよ。崎山なら、なおさらよ。金があるところにアイツラは集まるから」
………なんで、なんでそんなこと言うんだよ。
なんで…そんな顔で言うんだよ。達観したみたいなことを、そんな寂しそうに言うんだよ。
「……俺は…」
「何よ、このヒロに意見したいわけ?」
「俺は…お前を裏切らない。絶対、絶対だ。だから…悲しいこと言うなよ」
「…当たり前でしょ。あんたはヒロの下僕なんだから」
「………ああ」
下僕だろうとなんだろうと、俺が裏切らないと思ってるならいいか。
ああ…でも、やっぱりそんなことを言って欲しくないし、思って欲しくない。
1つしか年は変わらないけど、こんなに弘美は小さいのに…そんなこと言うなよ。
「なぁ弘美。だから人混みも嫌いなのか?」
「人混みは…それとは別」
「そうなのか?」
「ん…ちょい待ち」
弘美は俺を制し、何事かと思って振り向くとウエイトレスがいた。
「お待たせしました、アイスコーヒーとオレンジジュースです」
「ありがとうございます。はい皐月様、どうぞ」
…変わり身には驚くより感心するな。しかし、それも処世術ってやつなんだよな。
でも…さっきから思ってたが学園外で『様』づけするの目立つぞ。丁寧だけど普通使わないからな。
ウエイトレスは不思議そうな顔をしてから戻っていった。
「…で? なんで人混みとか嫌なの?」
「…愚民とまぎれるのがい―」
「はいはい、それはいいから」
「……嘘じゃないわよ。ただ、やっぱり人混みだと誘拐とかで危ないじゃない」
「…え?」
ゆ…ゆうかい? ん、聞き間違いだよな?
「妖怪?」
「誘拐だっつの」
「え…は? …お前より七海のが金持ちじゃん」
「バカ。七海様クラスになると本人が知らなくったって外出時はボディガードがつくのよ」
だからヒロくらいが手頃で狙われやすいの。という言葉になるほどと納得しかけ、ふと以前のことを思い出す。
「…前に七海に街で会った時は一人で、たちわるい男にからまれてたけど」
「……知らないわよそんなの。バレないように、そのくらいなら手を出さずに見てたんじゃない。たまにいるのよね。ボディガード嫌がる人が」
たまに…というか、そんなにボディガードつけてるやつ多いのか?
「ああ…まぁヒロも一応いるわよ。運転手兼ねてるからいつもは一緒。今日は皐月様が一緒だから大丈夫かと思って」
「え、そんなに俺を頼りにしてたの? いやぁ照れるなぁ」
「は? あんた崎山家の一人娘のくせにボディガードつけてないの?」
「……だ、大丈夫、俺強いから」
そういう意味か。いやまぁ…でも、そのへんの男には負けない自信はあるし、何よりゴツイ男が側にいるなんて最悪だ。
「は、マジで連れてないわけ? それでヒロをあんな人混み連れまわしたわけ?」
「大丈夫、俺が守るって」
「……呆れた。あんた自信過剰すぎ」
「ま、まぁとにかく、ボディガードいるなら人混み大丈夫じゃん」
「…うるさいなぁ、黙れないの?」
「え?」
「少しはそのうるさい口を閉じなさいよ」
またまた突然の暴言だが、俺は怒らない。いい加減、分かってる。
こいつがいきなり不機嫌なふりをするのは、自分に都合が悪かったり、本当のことを言いたくない時だ。
「分かったよ。じゃあこれからどうする? ボディガード呼んで、隔離部屋で買い物でもするか?」
「隔離言うな。ビップルームと言いなさい。いらない。買いたいものないし」
こいつには暇つぶしに買い物と言う概念がないのか…。そりゃそうか。限られた部屋に要望の品を入れてもらって選ぶなら、ウィンドウショッピングなんて言葉も知らないのかな。
「…じゃあ、散歩しよう。人通り少ないとこ選ぶから」
「…まぁ、いいけど」
弘美はしぶしぶと言った風に頷く。よしよし。クーラーの部屋でごろごろするのも好きだけど、たまには外を動きまわりたくなる。
って、あれ?
ふと思ったんだが、人通り少ない方が普通、誘拐の危険は高いだろ。
………騙されてる、よな? 本当はなんで人混み嫌なんだろ。う〜ん?
猫被りは要するに心を許さないためにだよな。人混み……何故だ?
「なぁ弘美」
「ん? 何?」
ずず、と弘美はオレンジジュースをストローで飲みながら視線を俺に向ける。
「…いや、ここの代金は俺がもつよ」
誤魔化した。
隠してるのを無理に暴くことはない。だって、今だって猫被りだった理由を教えてくれたんだ。
いつか、もっと仲良くなったら教えてくれるだろ。
「当たり前でしょ」
「だよな。男が女に払わせるなんてカッコわるいしな」
「…じゃなくて、あんたがヒロの下僕だからよ。性別メスでしょ」
「ぐ…」
素で発言しただけに、指摘されると恥ずかしい。
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