ああ、勘違い
「おはよう、皐月様。約束は守ったみたいね」
「…20分も遅刻したお前が開口一番言うセリフではないからな」
11時の約束で弘美も了解したくせに焦りゼロだよこいつ。11時3分に遅れるとメールがきたからまだいいけどさ。
「うるさいわね。仮によ? ヒロが先に来てたらどうするのよ」
仮にの意味が分からないが…俺が遅れてたらってことか? まぁその時は…
「謝る」
「バッカ違うわよバカ。ヒロみたいな美少女がこんなとこに一人でいたら変なやつに声かけられるに決まってるじゃない」
言われて見れば確かに、弘美は可愛いから変なやつ(ロリコンのおっさんとかロリコンのお兄さんとかロリコンのジジイとか)に声をかけられる危険があるな。
「なるほど、最近変態が多いからな。夏は頭のおかしいやつが増えるって言うし」
「…な、ん、で変態限定なのよっ。他にもナンパとかスカウトとかあるでしょ!」
え? ナンパ目的? そいつも勿論ロリコンだな。つまり変態だ。あと問題は…
「……小学生モデルとかもスカウトってあるのか?」
街角の可愛い小学生、なんて聞いたことはないが。
「ヒロは高校生でしょうが! あんた殺すわよ!?」
「いや、見た目の話だし」
「…っ、殺す! すぐ殺す今殺す絞め殺す!!」
「落ち着け弘美、深呼吸だ」
「あんたが怒らせてんのよ!」
少し巫山戯すぎたか…。
一応真面目に答えてるつもりだが、実際に弘美が怒るだろうことも望む答えも察しがついていて言ったのだから同じことだ。
「分かってるって弘美。お前を待たせたら変な男にナンパされまくっちゃうからな。そんなことにならないようにするためなら何時間だって待つよ。むしろ迎えに行くね」
「…分かればいいのよ」
弘美の怒りは収まったようだ。
こいつは意外と単純なので褒めておだてて『可愛いよ』とか言えば機嫌は治る。
「さて、じゃあ行こうか。まずはサッカー観戦だ」
「は?」
「は、じゃない。お前が遅れたせいでもうすぐ試合が始まるじゃないか」
試合会場まではここから歩いて15分だ。弘美の手を引っ張って歩きだす。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
「何?」
「…サッカー観戦?」
「ああ」
「……嫌だ」
「なに!?」
「見るだけなんてつまんないし。それより映画見たい。ほら、行くわよ」
「ええぇぇえ!?」
握った手を逆に引っ張られて困惑する。
俺に決めろと言ったくせになんてやつだ! チケットもう二人ぶん買ったのに!
しかしそう訴えても弘美には「で? 金が欲しいわけ?」と言われるだけで、何かムカつくから
「いるか! こうなったら今日は俺が奢ってやる!」
と言ってしまった。
「さあ、俺を讃えるんだ。具体的には男前とかハンサムとか背が高いとか」
「ワー、オトコマエー」
めちゃめちゃ棒読みだ。しかしそれでも弘美がノってくるなんて珍しいな。
普段ははぁ?とかバカとか言うだけなのに。
「弘美、機嫌いいな」
「は? バカじゃないの? あんたの目は節穴?」
いかにも不機嫌そうに睨まれたが、いくら何でももう弘美の素直でなさにも慣れた。
弘美は嬉しい時も楽しい時も悲しい時もとりあえず怒ってみせるが、怒り方の微妙な違いから見分けられる。
「まぁまぁ、いいから。で? サッカー観戦をふりきって見たい映画って何だよ」
試合はテレビで見るということで妥協する。まぁ日付に合わせたやつだからそこまで見たい試合でもなかったし。
「皐月様が決めていいわよ」
「…殴っていい?」
「駄目に決まってるでしょ」
「はぁ…まぁ、分かった、うん、じゃあ映画館に行って飾ってある右から二つ目の広告にしよう」
「それ、めちゃめちゃテキトーね。三流映画だったらどうするのよ」
「気合いで楽しめ」
「無理」
とにかくも駅前の商店街をぶらついてそこそこの大きさの映画館に到着。
右から二つ目〜と。
「…見る?」
「まぁ別にいいけど」
なんか古くさい恋愛ものっぽい映画だった。まさか了承するとは……でもよく考えたら弘美の好み知らないし。
ファンタジーが好きなのかホラーが好きなのかコメディかアクションか知らないし、だから恋愛ものが好きとしても不思議ではない。
「……ぐぅ」
寝た。
○
「ぐぅ」
早っ! ちょっ…いくら何でも早いわよ。まだ誰が主役かかも分からない段階じゃない。
まぁ皐月様のことだから寝るだろうとは思ったが、どれだけ興味ないんだお前。
ヒロは皐月様を睨むが寝てる皐月様に効果があるわけもない。
ほっぺたでも引っ張ってやろうと手を近づけるとぴくりと反応したから動きを止める。
皐月様の顔まで10センチのあたりにヒロの手があるのだが皐月様はなにやら唸りだしたのでイタズラどころではない。
「皐月様? 大丈夫?」
伸ばした手をそのまま広げて皐月様の顔の前で振る。
「ぐぁう」
「は?」
伸ばした右手は掴まれて皐月様の膝の上に無理矢理引っ張られた。
「…皐月様? 寝てんの?」
「〜…むにゃ」
寝てるし。しかもこいつヒロの手ぇ離さないし。
引っ張り返しても全然びくともしない。本当に寝てんのかしら?
『ねぇ、本当なの?』
『お前には関係ないだろう?』
聞こえてきた映画の音声にヒロはまぁいいやと右手を諦めて前を向いた。
『関係ないって何よ! もう…っ知らない!』
女が部屋から出ていくと部屋に残った男はやれやれと肩をすくめる。
『女は仕方のない生き物だ。なぁ山田君』
『今のは君が悪いよ。好きなら好きと言ったらどうだい?』
『人の心ほど不確かなものはない。ましてあいつは素直じゃないからな』
『…彼女も君にだけは言われたくないと思うよ』
内容はありきたりでテンポよく物語は進んでいく。
ヒロは合間合間で、ちらちらと右隣の皐月様を見る。隣にいるだけでも何となく気になると言うのに手まで握っていては意識せずにはいられない。
間抜け面して寝てる……嘘、本当は別に、顔は悪くない。変な変装してない素顔は普通に悪くない。むしろたまにする真面目な顔とかは…わりといい……い、今の嘘! ってあああ心の中でなに言ってんのヒロ!
『あたしのこと好きなら好きって言いなさいよ!』
『そんな無責任なことは言えないな』
『バカ! バカバカバカ!』
スクリーンでは中盤に差し掛かり何だかバカップルなことをしている。
…ヒロ、何でこんなクソつまんない映画見てんのかしら。ていうか、全部皐月様が悪い。
「…バカ」
だいたい何でいきなりスポーツ観戦に行こうとするのよ。ヒロの好み全然分かってない……別に、ヒロのこと知ってほしいってわけじゃないけど。断じて違うけど。
まぁ確かにじゃあ目的地があるのかと言えばそうでもなくて、ただ皐月様と遊ぼうと思っただけで……べ、別に、皐月様一緒にいれるなら他のことはまぁいいかと思ったわけじゃないけど。断じて違うけど。
………これってもしかして、あの、たまにテレビで聞くつん…つんでる? 違うか。けどそんなやつじゃなかったかしら。
どういう意味だっけ? たしか…ちょっと冷たいけど本当は好きみたいな……好き?
ヒロって、皐月様のこと好きなのかな?
『…好き。私あなたが好きよ。あなたが私を好きでなくたっていいから…お願い、キスして』
『バカ』
頬を染めた女の告白に男はさらりと言って女の鼻を抓む。
そういえばこのヒロインとヒーローの名前はなんだっけ。…ヒロ、どんだけ皐月様に気ぃとられてたのよ。
『っ、何よ! あたしに気がないなら優しくしなきゃいいじゃない!』
あ…。
唐突に映画に同調した。それだ。ヒロが皐月様に普段いらいらするのは、そのせいだ。
どうせヒロより他の人が好きなくせに。ヒロに対等な態度をとるし、ヒロを好きだと軽く言うし、ヒロを怒ってすぐ笑うし。
そんなことをされたら、嫌でも戸惑ってしまう。今までにいないタイプだ。
そんな皐月様を少しでもいいとか思ったら、女同士なのに気の迷いで好きとか考えてしまう。
女同士なんてどうせ学園を出るまでの暇つぶしで遊びの延長みたいなものでくだらないし、女同士なんて社会的に認められてないし子供もできないし非生産的だし。
…なのに何で、皐月様を独り占めしたいとか思うんだろ。
ヒロってバカだな。
『言っただろ。不確かなことは嫌いなんだ。だから』
男はポケットから小さな箱を取り出して女に向けた。
『俺と結婚してくれ。愛してるなんて言わないし幸せにするなんて不確かなことは言わないが、事実として俺にはお前を養う能力がありまたお前を世界一必要としている。』
『…バカ! 愛してる…っ!』
『不確かなことを言うのはいいが、それより愛の証を受け取って契約書にサインしてくれ』
『バカ、婚姻届けまで持ってきてたの』
『いつでもお前に交渉できるようにと思ってな』
…くだらない。くだらないけど、約束されたハッピーエンドがあっていいななんて思ってしまった。
全く持ってわからないのだが…ヒロは一体、隣で寝るこのバカのどこが好きなのだろうか。
○
目を開けるとすでに明るくなっていた。
「ふわぁ」
「おはよう皐月様、よぉく眠れたみたいね」
「…ぁ…あ〜…いや、起きてましたよ?」
大きく欠伸をしてから慌てて俺は口を閉じた。やばい。めちゃめちゃ寝てた。
「…『…好き。私あなたが好きよ。あなたが私を好きでなくたっていいから…お願い、キスして』」
「…は?」
こいつ今、何て言った?
しかし弘美はうつ向いていて顔は見えない。
え? あれ? 告白されてる?
「あ…!」
弘美に!?
うぇえ? 何で? えっと、全く気付かなかった。俺のことうざいとかならともかく好きとは…。
と、とりあえず、気持ちは嬉しいが断らないと。一応キスはするか。断る時の慣習みたいなもんだし。
「弘美」
俺はうつ向いてる弘美の顔を両手ではさんで上げさせてキスをした。
○
「…は?」
くくく。驚いてる驚いてる。
勿論本気ではなく、起きてたなんて嘘をつくからからかったのだ。笑ってるのがバレないようにうつ向いているし、ヒロの意図は皐月様ごときにはよめないはずだ。
案の定、絶句する皐月様。
確かにヒロは多少、皐月様をいいなとか思ってしまう精神病にかかってるが、それを伝える気なんて毛頭ない。
だってそんなの、気の迷いに決まってる。
「あ…!」
ん? 何かに気付いたかのような声にそろそろ止めようかと思いながら皐月様の気配を伺う。
「弘美」
名前を呼ばれ返事をしようとすると顔をはさまれ上げさせられた。
これはひょっとするとあのシーンだけ起きてたのだろうか。さっきの「あ…!」は思い出したのか。
だとしたら…鼻をつままれるのか。
「んぅ…っ!?」
は? はぁぁ!? な、え、お、は!?
な、ななななななんでキスされてんの!?
おま、ちょっ…
『…お願い、キスして』
言ったぁぁ! ヒロこのバカにキスしろとか言いました!
ってぇ! 間に受けるバカがどこにいんのよ!
このバカ! バカバカバカバカバカバカバカ!
「…弘美?」
ヒロが固まってるとしばらく唇を押し付けてきてた皐月様は顔を離し、ヒロの顔を見て首を傾げる。
「ぁ…〜、な、何してんのよバカ!」
「は? お前がしろって…」
「あんたマジ寝過ぎ! 映画でやってたセリフそのまま言っただけよ!」
「!? …うわ、俺、やっちゃった?」
てへへと照れ隠しに笑う皐月様。
うぐ、可愛いかも。ってお前調子にのるなー!
○
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