本当の友達
「んじゃ、帰りまっす。皐月、小枝子襲っちゃ駄目だよ」
「するかっ」
帰るその瞬間までいらんこと言いやがって。というか、絶対にないと分かってるのに何でこいつはまだ言うんだよ。
紗理奈はここ数日分の衣類などのつまったバックを担いでいる。つまりもう帰ると言うことで……俺も帰りたくなってきたなぁ。
小枝子と弘美と、顔合わせずらいし。
「紗理奈、じゃあまた、学校で会いましょう」
「オッケー」
「え、夏休み明けまでまだ一月近くあるのに会わないんすか?」
「皐月様うざ〜、何であんたってんなべたべたしたがるわけ?」
「いや、普通だろ。お前らが淡白なんだ。なぁ紗理奈?」
「ん〜、ま、部活っても所詮は学園での組織だしね。去年に休みに集まったのは夏休みに3日合宿しただけだったし」
「なにぃ!?」
それは明らかに少ないだろ。いや、まぁ俺は今まで部活とか入ってないしよく分かんないんだけどさ。でもバイトしてても夏休みには毎日のように色んな奴らと会ってたぞ。
「全体では、だよ。 ヒロが遊びに来てたのを無しにしても、もう少し人数いたしね。全員に素で接してたわけじゃないから、集まるのはお義理って感じ」
「じゃあいいじゃん。また集まろうぜ」
「嫌よ。私は抜きにしてちょうだい」
「え〜!」
思わぬ反対に俺は不満を露に七海に近寄る。
「何でですかぁ?」
別に七海がいなきゃ嫌だとは言わないが、いないよりはいた方がいい。これも誰にもいいたくことだが、七海のこと割りと好きだし。
「私、忙しいのよ」
ちぇ、何だよ感じ悪いな。
いいもん別にぃ。
「お前らは、遊ぶよな?」
「メンドイ」
「私は…皐月さんと二人の方がいいです」
こ、こいつら…しかも小枝子、全く人の話聞いてなかったなおい。あの緊迫した時間はなんだったんだよ。
俺は期待を込めて紗理奈を見る。紗理奈はヘリに乗り込んでからにっこり笑う。
「賛同して、あたしだけじゃ結局二人だし意味ないよね」
「……それでもいいから賛成しろよ」
お前、空気読め。いや、読んだから流れ的にNoと言ったのか? お前は誰の味方なんだよ。
「あたしは、あたしの味方さ」
そんなとこだけ空気を読むな!
「え、だって顔に出てるし」
「!?」
おまっ、テキトーなことを言うな! ポーカーフェイスの皐月君と呼ばれた俺に(呼んでたのは一人だけだが)何てこと言いやがる。
「だから、顔に書いてあるの。ポーカーフェイスとはかけ離れすぎだし」
「……」
……ちょっと待て。分かりすぎだろ。『ポーカーフェイスの〜』のくだりまで分かるって俺の顔はホワイトボードか! 黒板か! 昔懐かし伝言板か!
「あっはっは」
「ええい! ナチュラルに俺の顔面と会話するな!」
「顔についてる口を通さなきゃ会話できないって」
「んな問題じゃなーい!」
「分かってるけど?」
小首を傾げるな! 似合うじゃないかちくしょう! …あ、別に羨ましいわけじゃないからな。
「はいはい、漫才はいいから。紗理奈、時間は大丈夫なの?」
「やべ。皐月のせいでフライトに間に合わなかったらどうするのさ」
「はぁ…全く、ヘリで空港まで飛して何とかならないなら、私が飛行機を手配してあげるわよ」
「マジですか!?」
「いいから行きなさい」
「会長大好き! 愛してるぅ! んじゃみんな、またね」
紗理奈は笑顔を振り撒くと飛びたった。
やれやれ、騒がしいやつだ。
○
「ふぃー」
夕飯が終わってダラダラテレビ見ながら交代で風呂に入り、俺と入れ違いに七海がお風呂に向かうのとすれ違い、さてどうしようかと廊下を歩きながら考える。
1:部屋でごろごろ
2:小枝子か弘美を訪ねる
3:ダイニングでテレビ
4:散歩………これだ!
「よしっ」
夜なら涼しいもんな。昼間に森を散策した分、夜との差が分かると言うものだ。
俺は玄関に行き、少し迷ったがしっかり虫よけスプレーをしてから出た。
○
「あ」
「え…あ、皐月、さん?」
空が綺麗で、改めてここの星空を眺めていた。窓から見るのも悪くないけれど、この、山の端っこのような海に面した場所から見るのが好きになった。
昼間、皐月さんに着いてきた時に紹介しようと思ったけど、ここまでくる前に帰ってしまった。
ここを見つけたのは昨晩で、来るのは2度目だ。
「…皐月さんも、星を見にきたんですか?」
「ああ……あの、隣、いいか?」
「はい」
私は座っていた切株の上のお尻をずらして皐月さんのぶんを空ける。皐月さんはゆっくりと私の隣に座る。
とく、とくとく―
皐月さんを見なくても、そこにいることがわかる。そんな肩が触れそうな距離に、心臓が静かにスピードを上げる。
皐月さんは、分かってない。恋がどんなものか、私の想いがどれだけか…全然分かってない。
好きだ。
諦めることも、隠すこともできないくらいはっきりと、私は皐月さんが好きだと頭でなく心と体が訴えてくる。
「今日…」
「はい」
「ごめんな。酷いこと言って」
「…はい」
確かに、今日の皐月さんは少し酷いことを言った。
別に皐月さんが私に気がないなら私の行動を迷惑に思うのはそうおかしくない。ただ皐月さんが優しいからより酷く感じただけだ。
ここで、ここで謝る皐月さんだから、好き。本気で自分が悪いと思って謝るから好き。優しいから、酷いことをしたと思ってる。
皐月さんが酷いことをしたと全く思わないような人なら、私は好きにならなかった。
「あのさ、俺のこと好きだって言ったじゃん?」
「…はい。好きです。愛してますっ」
思わず、力が入ってしまう。どんなに回を重ねても、想いを伝える時はドキドキする。
「…うん。ありがとう。俺、思ったんだ。」
「え…何を、ですか?」
「俺には、小枝子にどうこう言う権利はない。むしろ、こう言うべきなんだ」
「え…?」
「ありがとう」
え? どうして、笑って、そんな…え? 言うべき? え?
「俺を、俺なんかを好きになって、そして今も好きでいてくれて、ありがとう」
「そんな…お礼なんて…」
どうして…? 私は…
「だって、人を好きになるのって、凄く素敵なことだと思う。俺には恋がよく分からないけど、それでもその相手に選ばれて、好きだと言ってもらえることを、俺は誇りに思うよ」
「……」
「だから、ありがとう。小枝子の行為は、その好意は、本当は少しだけ重いけど、でも、凄く嬉しいことは本当だ」
「…はい」
私は、何と言えばいいのだろう。今、何を、思っている? 嬉しい? それとも…悲しい?
「小枝子」
「はい」
「都合がいい話だ。俺を嫌っても軽蔑しても構わない」
そんな事はありえない。ありえない。ありえないのだけど…言葉は、出てこなかった。
「だけどさ、もし小枝子さえ良ければ、もう一度やりなおさないか?」
「…何、を?」
「もう一度、初めから、初めから、友達になろう。小枝子が俺を恋愛感情で見ても、軽蔑の目で見ても、それでも変わらず隣にいられるような、嫌いでも憎めないような…そんな関係になりたい」
それは…究極だ。私たちは、そんな関係になれるのだろうか。皐月さんは私の想いを煩わしく思い、私は皐月さんが振り向いてくれないことをいらいらするだろう。
そんな…クリーンな関係……私たちに、いや、私に、できる?
「俺はまだ恋愛は分からない。けどもしかしたら誰かを愛するかも知れない。もしそれが小枝子でも、そうじゃなくても、小枝子とは別れたくない」
…分からない。別れたくないと言われてるのだから喜ぶべき? それとも都合のよい友達宣言だと悲しむべき?
「…わかりません」
何も…わかりません。
○
「…わかりません」
小枝子は意気消沈、と言った風にうつ向きながらそう言った。
わ…わからない? いや…その返事のがよく分からないんだが…。
俺はただ…変にギクシャクするのが嫌だから、今度こそ友達としてやり直したかっただけだ。
そもそも友達と言いながら今まで小枝子に甘えたりキスをしたから、小枝子に勘違いさせて一昨日みたいなことになったんだ。
だから…ちゃんと、友達になりたい。このまま何となく嫌いになったり何となく離れるのは嫌だから。
「…駄目か?」
「いえ駄目っ…って、わけじゃ…ない、です…けど」
小枝子は否定のため顔をあげたが俺と視線が合うとすぐにまた下を向いた。
「けど?」
「…よくわかりません。自分でも、どうすればいいのか…」
「……じゃあ、とりあえずやり直すとか…駄目?」
かなり勝手なことを言ってみる。けど、本音だ。小枝子とやり直したい。キレイで対等な関係になりたい。
「…一つ、条件があります」
「う、うんっ。なに?」
とても複雑そうな顔で小枝子は言うから、俺はどうしても頷いて欲しくて何だってしてあげようと決める。
「あの夜…あの、私があなたに告白した夜から、やり直していいですか?」
「じょ…条件って、やり直す時期、だけ?」
少々拍子抜けしながら尋ねると、小枝子はこくりと真面目な顔で頷く。
「あなたが私に頼るでもなく、私があなたを独占するでもない、正しく友人な関係に……なれるでしょうか?」
「俺はそうなりたい」
不安そうな小枝子を後押し、いや、むしろ自分に言い聞かせるように答えると小枝子は苦笑する。
「…私は、あのままでも恋人になれるなら構いませんでした。特別に甘えてもらえるのも、悪い気はしません。可愛い皐月さんも好きです。ただ…やっぱり、対等でないと駄目だと思います。恋人も、友人も」
「さ、小枝子…」
なんて…なんてイイやつなんだ。どうしてそんなに優しいんだ。どうして、そんなに俺と同じ意見を言ってくれるんだ。
小枝子が勘違いするように、俺だって勘違いするじゃないか。
まるで小枝子は、何があっても側にいてくれるんじゃないかって。まるで…母さんみたいだなんて、思ってしまうじゃないか。
「ありがとう、小枝―」
「しっ」
「え…」
小枝子は俺の唇に人差し指をつきつけ俺を黙らせる。真剣な目に俺は大人しく小枝子の言葉を待つ。
「皐月さん、好きです。中学の時からずっと、あなたのことを思い続けています」
「…ありがとう。ごめんな。その気持ちには、応えられない。でも、友達になりたい」
小枝子の意図に気づいて俺は笑顔でそう言う。だって告白をする小枝子自身、夜に分かるほど頬を染めているのに笑っている。
「はい!」
良かった、これでようやく…
「皐月さん」
「え…」
小枝子は黙って目を閉じた。
ちょっ…確かにあの時したけどさ! けど…
「これきりですから。それとも…嫌ですか?」
「…そんなこと、ないよ」
母さんでは、ない。優しい小枝子、俺を好きな小枝子、でも決して、母さんではない。
だって、母さんには唇にキスをするのも全然恥ずかしくなくて、ドキドキもしないから。
「ん…」
そっと唇を合わせる。一瞬だけ、もしかしたらまた舌を入れられるのではと恐れたけど、けどその疑念は振り払う。
だって、このキスはただのケジメ。これから俺たちは、本当に本当の友達になるんだから。
「…やっぱり、好きですよ」
「…お前、男を見る目がないな」
「じゃあきっと、女を見る目があるんですよ」
小枝子は笑って立ち上がる。俺も立ち上がり、並んで歩き出す。不自然でもぎこちなくもない、一歩分の距離感で。
○
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