俺は、俺が嫌いだ
「会長ー、お待た〜」
「あら紗理奈、皐月も具合はもういいの?」
「はい。便秘だっただけです。ご心配をおかけしました」
「そう。じゃあ二組に別れましょうか」
「それなんだけどさぁ。考えてたんだけど、忍びこむなんてちょっと有り得なくないですか?」
「あら、どうして?」
「だってどこから会長の土地か分かってます? そこから人っ子一人いない上に建物には警備システムがあって、さらに入ったとして盗むならもっといい場所があるでしょ。別荘なんて遊び道具以外何もないじゃないですか」
「…でも、実際こうして髪の毛があるのよ。分かっているの? 財産はなくても私たちがいるのよ?」
む、誘拐か。どうする? どうするよ紗理奈(すでに問題を紗理奈に丸投げ)。
「まぁまぁ会長、会長が納得しないのは分かってます。とりあえず見回りしながら話しましょうよ。皐月は皐月たちで検討して、見回ってから決めるってのでどうです?」
「まぁ、私も大事にしたいわけではないからいいけれど……あなたに似合わない楽天的な発言ね」
不思議そうな疑うような七海に俺はなに言ってんだと首を傾げる。
どう見ても紗理奈はかなり楽天的でお調子者ってイメージだろ。
「人間、変わるもんですよ。んじゃ皐月、あたしと会長はこっち行くから君らはそっちね」
「へいよ〜」
俺は頷いて小枝子と弘美に向き直る。
「んじゃ、行こう」
「いいけど何でさりげに勝手に組分け決めてんの?」
「え、ん〜。どうでもいいじゃん?」
俺は七海を急かすように歩きだす紗理奈と反対側の木々に向かいながらそういう。
「いいけどね……」
「皐月さん、体の具合はもういいんですか?」
「え、嘘だし」
「は?」
「あ…」
「ああ、そう言うことですか」
弘美がいるの忘れて素で答えてしまった。だって小枝子が気付いてないのが何でだよって感じなんだもん。
目論見通り小枝子は納得顔だが、弘美は一気に不審顔に。
「え? なに? あんた何してるわけ?」
「え、と…秘密、じゃ駄目か?」
「は? 駄目に決まってんじゃん。あんたさ、最近態度でかいわよ。ヒロをちゃんと敬いなさいよね」
「……」
それ、そんな大真面目に言うセリフなのか?
「まぁ…その、そのうち、話すよ」
崎山皐月だってくらいなら、ネタばらししたっていいか。あのことは紗理奈以外にバラす気はないけど、それくらいなら…な(と言うか黙ってるの面倒になってきたし。先生の件以外はどうでも良くなってきた)。
弘美にならバレたって吹聴しないだろうし。何だかんだ言って、そのくらいには俺は弘美を信用している。
「はぁん? …それ、小枝子様も知ってるわけ?」
「ん? ん〜、知ってるかな」
俺が茶髪なのは知ってるしな。
「…そっ。ま、どーでもいーけどねっ」
えー…何で微妙に不機嫌?
俺は小枝子に疑問をこめて視線をやるとごめんなさいと謝られた。
「すみません…その、皐月さんが具合悪いと、つい他の事に気が回らなくなってしまうんです」
…な、悩むな。どう反応したらいいのか悩む。
「そうか。あー、と…ひ、ヒーロミっ!」
俺は誤魔化すために巫山戯て弘美に覆いかぶさるように抱きつく。
「ちょっ! 何なわけぇ!?」
抵抗する弘美もなんのその、抱きしめながら歩く。
「何で不機嫌なんだよ?」
「別に、不機嫌じゃないし! 離しなさいよ!」
「そう言うなよ弘美〜」
つーか前に一緒に寝た時も思ったけど華奢だなぁ。ちっちゃい。
「何なのよあんたは!」
「っと」
あんまりに暴れるから俺は弘美を離す。
「秘密秘密秘密してるくせに、べたべた甘えんじゃないわよ!」
「な…何だよ。そんな怒るなよ。後で説明するって」
秘密って…確かに隠し事はあるけど、互いに知らないことはまだあるじゃん。知り合ってまだ半年もたってないし。
「…うるさい。うるさいうるさいうるさい! もうあんたなんて破門よ!」
「いや、意味分からない」
「あんたなんて…っ、紗理奈様と小枝子様と仲良しこよししてりゃいいのよ!」
「はあ? おい弘美!」
弘美は言い捨てるとずんずん先に進む。
おいおいおい、訳わかんないぞ? ちょっと、え? 何? 何を怒ってるんだ?
「っ」
山なので傾斜と繁っている木々に弘美は容易くつまづく。追いかけてた俺は簡単に間に合い、腕をつかんで転びそうなのを助ける。
「何やってんだよ?」
「うるさい…」
「だいたい、何怒ってんのか知らないけどよ。俺、弘美のこと好きだし仲良くしたい、てか、仲良くしてるつもりだったんだけど…違った?」
「…うるさい。さっさと見回ったら戻るわよ」
「おい、侵入者がいるんじゃないのか?」
また歩きだす弘美に俺はそう言って言外に一緒に歩けと言うと弘美は俺に顔も向けなまま
「あんたはいないと思って、紗理奈様に手を回したんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、いないんじゃない」
と言い足を進める。
「…まぁ、いないけどさ」
俺は小枝子に目配せして弘美を追いかける。
何だよ、本当に。俺のことうっとうしいのか、信じてんのか、どっちなんだよ。
○
テキトーにぐるりと回ってから別荘の玄関に戻るとすでに紗理奈と七海がいた。
「紗理奈、どうなった?」
「ん、とりあえず、ガードマン呼んですますことにしよっかな〜ってなった」
「そうか。ありがとう」
「? どうしてあなたが礼を言うのよ?」
「え、あー…うん? 聞き間違いじゃない?」
「あなたは私をバカにしてるのかしら?」
「いや、その…実は俺、警察苦手なんですよ」
年齢偽ってバイトしてたらすぐに連行しようとするし、苦手意識は嘘じゃない。
「そう。あなたって変わってるわね」
「そうですか?」
誰だって苦手じゃないか? 権力ふりかざして偉そうにしてるとことか。男どもが偉そうにしてるだけでいらつくし。
「いいけど…じゃあ連絡するわ。あなたたちは勝手に海にいくなりして遊びなさい」
「うぃーす」
七海が中に入ると弘美も中に入る。
「弘美? 行かないのか?」
「暑いから今日はパス。シャワー浴びるわ」
「…そうか。じゃあ二人はどうする?」
「あたしもパス。夕方に出るからね〜。海だと時間忘れちゃうし」
「私は…皐月さんが行くなら海に行きます」
主体性ないな〜。
「じゃあ…俺はテキトーにぶらぶらする」
最後だし紗理奈に付き合ってもいいが、別にもう会えないわけじゃないしな。
「私も付き合います」
「ん…いいけど、日焼け止めと虫避けはちゃんとしろよ」
「はいっ」
だからさぁ…必要以上に喜ばないでくれよ。
○
「おりゃっ」
俺はパンッと音をたてて虫とり網を木に叩きつけるが…蝉はすでに逃げていた。
「…むぅ、捕まらないなぁ」
「そうですねぇ」
七海に許可をもらい物置をあさって見つけた虫とり網で昆虫採取をしようと思ったが、うまく捕まらない。
ちぇっ。つまんないの。
虫とりは初めてで、全然うまくいかない。小枝子に尋ねると小枝子も初めてらしい。
「小枝子、小枝子もやる?」
「いえ、見てるだけで楽しいですよ」
「ふ〜ん? そう?」
一匹も捕まらない虫とりを見て楽しいとは思えないけどな。
「はい。だって皐月さんと一緒ですから」
「…あのさ」
「はい?」
俺は次の獲物(蝉)に目標を定めながら小枝子に言う。
「そういうの、止めてくれないか?」
「え?」
バシッ―
ジジジジジー
「よし! 捕まえた!」
「あ、おめでとうございます!」
「ありがとう。でさ、これはいいんだけど…」
逃げないように網を半回転させてから引き寄せる。木が高いからどこか遠くから鳴ってる印象だったが、やはり近くではリアルにうるさい。
「うるさっ。逃がしちゃえ」
てなわけで逃がす。手を離すと蝉は飛んで行く。
「んで、小枝子、俺のこと好きなんでしょ?」
「はい」
「でもさ、その、あからさまな態度がうっとうしいんだよね」
「え…」
「普通の友達として接して欲しいんだ」
酷いことを言ってる自覚はある。告白を断って友達でいろと言ってしかも態度まで変えろと言ってる。
けど、なんか嫌だ。小枝子の俺を好きだという仕草一つ一つが露骨に感じる。
好きだと言う、その全てに俺は性的なものを感じてしまう。勿論前と同じと分かってても、嫌だ。
普通にしてる時は普通だけど、「皐月さんが―」とかって特別扱いされるとどうしても深読みしてしまう。
「と…友達、ですよ?」
「なんか俺だけ特別扱いじゃん」
「それは…親友だからです。紗理奈さんだって、皐月さんのこと優遇したりするじゃないですか」
「そうか? あんまそんな気はしないけど…。とにかく、小枝子が紗理奈に対するように俺に接してくれ」
「……私の気持ちは、迷惑ですか?」
「……」
そんなこと、聞くなよ。
迷惑って…でも迷惑って要するに小枝子の行為に困るかってことだし……。
「め、迷惑」
でもなんか『迷惑』って凄いキツイ言葉じゃないか? 小枝子、傷つくんじゃ…。
「…そう、ですか」
「あ、別に嫌いじゃないぞ。友達の小枝子は普通に好きだって」
ただ恋人になりたいと言うその感情と態度がいらないだけだ。
小枝子の優しさや温もりを忘れたわけじゃないけど、だからって性交したいわけじゃない。
「…でも、そんな自分勝手な皐月さんも好きです」
「……」
ぷち―
「それを止めろって言ってんじゃんか! 何で小枝子はっ、俺を苦しめるんだよ!」
全く人の話を聞いてないかのような小枝子の言葉に俺はカッとなって怒鳴る。
「っ、そんな…っ!? わた、私だって! 私だって苦しいです! 辛いです! どんなに思っても報われない苦しみが皐月さんに分かるんですか!?」
「うるさい! なら俺を嫌いになればいいだろ!」
もういい! 友達にならなくたっていい! お前なんかどっか行け!
「っっ! なんなんですか! なんなんですか!? 私がどれだけ皐月さんを思ってると思ってるんですか! 私は皐月さんのために淑女会にだって入ったし! 皐月さんのことなら何だって許してきたのに!」
「恩着せがましいんだよ!」
「……!」
小枝子と視線が合う。
とっさにやばいと思った。明らかに言い過ぎだ。
だいたい好意にあぐらをかいていたのは俺だ。
助けられたくせに、恩を仇で返すなんて最悪だ。
「……ごめん。言い過ぎた」
「…いえ…あの、私こそ、すみませんでした」
気まずくなって目をそらす。
ジジジジジー
沈黙したことにより蝉の声が目立つ。
「だけど」
小枝子が顔をあげるから俺もつられて顔をあげる。
「だけど、私はあなたが好きです。それを忘れないでください」
「……」
「態度は…できる限り普通にします。けど、私はあなたに都合よい人形じゃない。私は私が思うように行動します」
その言葉に、俺はショックを受けた。
だって、誰より嫌だった『人を物扱い』することをしてしまった。
しかも、当たり前みたいに。
小枝子は友達なのに、好きだと言ったくせに、傷つけると分かって酷いことを言った。
「…そう、か。分かった。ごめん。俺が、悪かった。」
どうして、俺はこんなに最低なんだ。
俺は、どうしてこんなに汚いんだ。自分勝手で、嫌になる。
「いえ。確かに、少し押し付けがましかった気がします。何かと付いてこられるのも、うっとうしかったかも知れません」
小枝子が言ってるのは正論だ。俺には小枝子をフることはできても、行動を制限することはできない。
…はぁ、なんで俺は、そんなことも忘れて偉そうに言ってんだよ。何より嫌いなことを、人にするなよ。
ああもう! なんで俺はこんなクソ野郎なんだよ!
「…帰るか」
「はい」
行きの気まずさを感じるほどの距離から、一歩空いた間隔で俺と小枝子は歩き出した。
|