可愛さ余って恐怖になる
「いただきまぁす」
学園ではないのでキリスちっくな口上や十字は切らずに俺はガツガツと飯を食らう。
夕日が沈む前に浜辺に戻った俺は3人にちゃんと謝った。
小枝子になんか泣かれてしまったが、二人は気にしないと言って紛らわしいことをして悪かったと言った(なんと七海もだ)。
別荘にいるのは俺たちプラス運転手兼メイドとコック兼メイドの二人がいる。
だけどメイドはこちらが呼ばない限り渡り廊下を隔てて離れの建物にいる。
つまり、大騒ぎしても大丈夫ということで、つまり…
「あはははは……小枝子、もっと飲めやぁ」
……えー…なんで紗理奈が酔ってんだ?
あれ? このあいだの飲んでるのにセーブして酔わない程度なのはフェイク? 気まぐれ?
別に回りに気を使ってたんじゃないのか?
「あはははは」
「小枝子、もう酔ってんだから飲むな。紗理奈も飲みすぎだ」
「あんだぁ? あたしの酒が飲めねってか? くかかっ!」
何だこいつ。絡むし笑うし手に負えん。
七海は紗理奈をいちべつしてため息。
「もう紗理奈ったら…こんなに酔っぱらって…」
「いいじゃないですか別にぃ。紗理奈様が強いくせにバカ飲みして酔うのはいつものことだし」
い…いつも? てかこの前はお前ら二人が酔ってんのに今日はそうでもないし。
「うにぃ〜…っく…ぷ、あはっ、あはははははっ」
ていうか今日知ったんだが、小枝子は一口で酔ってたな。酒は与えないほうがいいか?
でもまぁ…改めて見ると酔って赤らんでる顔もまた可愛いよな。うるんだ瞳とかはこう…抱きしめたくなるし。
「……は!」
反射的に頭をさげると頭上をコップが通りすぎ、壁に当たって砕けた。
「……あ、危ねー!?」
「ちぃっ」
「っておま、弘美! 危ないだろ! 割れるほど強く俺の頭にぶつける気だったのかよ!」
それとも割りたいのは俺の頭かこの野郎!
ガチで死ぬから!
「うるさい」
「いやいや! 当たり前の抗議だよ殺す気か!」
「避ければいいじゃん」
「当たったらどう責任取るんだYO!」
「普段避けてるくせに…当たるほど何に気を取られてたわけ?」
「はあ? て言うか夕食時にまで襲われると誰が思うねん!」
怒りすぎて口調まで変になってるじゃねぇか!
「もう、そう声をあらげないの。弘美も、危ないことはやめなさい。欠片を誰かが踏んだらどうするのよ?」
「ぅおい!? そっち!? 俺の心配は!?」
「え? どうして?」
「んだから何でそんな不思議そうな顔してんだよこんちきしょう!」
「というより敬語を使いなさいよ」
「俺の命よりお前のプライドの心配!?」
「いやな言い方をしないの。私はあなたが弘美のせいで死んだりしないって確信してるのよ。これは信頼とも言えるわね」
「そんな信頼は微妙すぎる! だいたいお前は俺を軽く考えすぎだ」
「そんなことないわよ」
さらりと否定する七海に俺は今までの散々な扱いからの対比でちょっとジンときた。
「七海……」
「ちなみに、もし皐月様と小枝子様が同時に崖から落ちそうならどっちを助けますか?」
な、また弘美はそんな余計な質問を!
「勿論小枝子よ。だって小枝子の方が有能だもの」
「だってさ」
「ぎゃあ! お前、俺をいじめて楽しいのか!?」
「楽しい」
「せめて『…』をつけて!」
全くこいつらときたら…こんなに美味い飯なのに食欲がなくなるぜ。
俺はやれやれと食事を再開する。
ガツガツガツッ
「皐月、何度も言ってるでしょう。マナーはまだわからなくてもせめて落ち着いて食べなさい」
「むぐむぐ…料理ってのは、んぐ、楽しむもんなんですよ。こんな美味しいもん皆で食べてんすから、七海様も弘美も楽しんだらどうすか?」
「……」
「言い訳くさ〜。あんた自分がマナー面倒だからってテキトウぶっこくのやめなさいよ」
「失礼な。まあ…それもあるけどさ」
「ほらね。紗理奈様、お酒もいいけどちゃんと食べなよ」
そう言いながら弘美は隣の席の紗理奈の前の酒瓶をとりあげ、さらに隣の七海に渡し、七海は机の端に置いた。
「ちょっ…ヒロ…会長ぉ…かぁえして〜」
「駄目よ。目の前の食事がすんだら改めて飲みなさい」
「ちぇ〜」
「紗理奈」
「分かった分かった分かりましたよ。会長は真面目なんだから」
ふてくされながら目の前の食事に紗理奈は手を伸ばす。ちなみにメニューはそれぞれ好きなものだ。
というか、真面目なら酒を飲まないだろと思うのは俺だけか? まぁ俺も今飲んでるし人のことは言えないが、酔わないように気はつけてるぞ。
「あはははは…はぁあ」
「? どうした小枝子、疲れたか?」
壊れたように笑ってた小枝子だが2回目で慣れたし、それほど声が大きいわけでもないのでBGM扱いだったが、止まると気になる。
小枝子は3人と向かい合う形で俺とは隣なので、俺は小枝子の肩を揺さぶってみた。
小枝子はぼんやりとした視線を俺に向ける。
「皐月さん…」
「疲れたならとりあえずソファで休むか?」
「…皐月さん優しいですねぇ、あは! うふふふぅ」
「笑い方がまた怪しくなったな。まぁ小枝子は笑いながらもご飯は全部食べてるしいいけどさ」
「…皐月さん…」
「どうした?」
「好きです」
「え? あ、ああ…ありがとう」
突然の告白に戸惑いテーブル向かいの3人を気にしながら言うと、小枝子はさらにずいと俺に身をよせる。
「愛してます」
「そりゃ、どうも」
我ながら間抜けな返答になってしまった。
小枝子は不満そうに、だが酒のせいか赤い真顔で俺を見つめつづける。
「……愛してます」
「うん? うん…えっと、言われても俺にどうしろと?」
「…キスしてください」
「は………? 小枝子、大丈夫か? だいたいお前はそんな酔っ払いキャラじゃないんだから無理するなよ」
「むー…いーからキスしてくださいよぉ」
いやぁ…これが二人きりなら考えなくもないがまさかこんな場所で、しかも視線感じまくりの状況でできるわけないし。
「…よし、落ち着こう。うん、お前酔ってるし、寝ろ? もうごちそうさましな? な? はい、ごちそうさま」
「ごちそーしゃま」
「はい、よく出来ました。次はおやすみなさい、な?」
「む〜…ゃすなさ…」
不満そうなまま俺の促すままおやすみなさいを言うとそのまま寝た。というかおやすみなさいになってないが、まぁ寝たしいいか。
「ふぃ…じゃあいったん小枝子を部屋に運んどくよ」
俺は小枝子を抱き上げる。
「ええ、お願いするわ。起きた時のために書き置きを残すのよ」
「何て?」
「そうね、夕食のあとは庭で花火してます、でいいわ」
「分かった」
「あはは、送り狼になるなよぅ〜」
「また無茶苦茶な。なるわけねぇだろ」
「さっさと戻らないと、皐月様のご飯の残り全部食べるわよ」
「いや、食べるから」
いちいちけちをつけるなぁと思いつつ俺はダイニングから出た。
ドアをしめても紗理奈の笑い声が聞こえたのが何だかおかしくて俺はくすりと笑う。
「ん…」
おっと、ゆっくりゆっくり。起こさないようにしなきゃな。
○
「皐月…さん…」
ベッドに寝かしてかけ布団をかけようとすると、小枝子が薄目を開けた。
ううんと身じろぎをする小枝子に、俺はまたいつ笑いだすかと心の準備をしながら挨拶をする。
「おはよう、起こしちゃったか。悪い、もう一回食堂行くか?」
「いえ…お腹いっぱいです」
小枝子はぼんやりしながら答えを返す。半分寝てるみたいだが、酔いは冷めてるようだ。
「そか。じゃあ花火になったら起こしにくるからそれまでもう一眠りしてろよ」
「…いえ……」
「ん? どうした?」
促すが小枝子は続けるでもなく俺の手をとる。
「小枝子?」
「…さっき、どうして…」
「え? あ、あー覚えてんの?」
「……酔ってる時のことも…忘れない…タイプみたい…です…」
「へえ…えっと、キスして欲しいの?」
「……」
小枝子はこくりと頷く。
さっきと違い、急激に体温があがるのは…たぶん俺にその気があるから。
だって今なら俺と小枝子以外誰もいなくて…酔ってる小枝子は、いつもより可愛い。
ヤバい。
俺も、小枝子とキスしたいかも。
「う…あの…でも」
でも、だからって小枝子に恋してるかって言えば違う。それにセックスしたいかっていうとやっぱり怖い。けどキスはしたい。
ああもう! 何で俺ってこんなどっちつかずな優柔不断なんだよ!
「さつ…きさ…ん…好きです」
俺がぐずぐずしてると小枝子は立ち上がって俺の両頬に手をあてて顔を近づけてくる。
「…え…ちょっ、待っ」
「待ちません」
二度目のキスは、日本酒の独特な香りと味がした。
ドキドキと心音がうるさくて、自分の心臓と小枝子の心臓が激しく動くのがよく分かる。
頭の中がぐるぐるする。
どっちがどっちの心音かわからなくなるころ、変化があった。
俺の唇にふれたままで小枝子の口が動いたのだ。
え?
柔らかい小枝子の唇の感触から、何か生暖かい何かに変わる。
俺の唇をわりこんで、歯に触れられてから、ようやくそれが小枝子の舌だと気付いた。
「っ!?」
その瞬間、俺は小枝子を突き飛ばした。
小枝子は俺に押されたままベッドから転がり落ちる。
唇を押さえる。自分の唇が、自分以外の唾液で濡れている。
気持悪い――
それ以外の何でもない。
さっきまで可愛かった小枝子が、とてもおぞましく見えた。
「皐月さ…」
「っ…よるな!」
「え…皐つ―」
「お前なんか嫌いだ! 大っ嫌いだ!」
俺は近寄ってくる小枝子の顔も見ずにただ伸びてくる手を思いきり叩いて、部屋を飛び出した。
恐かった。恐くてたまらなかった。
誰か、助けて。
○
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