広い海 青い空 プライベートビーチ
「うーみぃーーだあぁーーーっ!!」
俺は車からおりて生まれて初めての水平線に思わずそう叫ぶ。
「皐月様うるさい」
「海ぐらいではしゃがないの」
「そんな言い方はないでしょう? そういう無邪気なのは皐月さんの魅力じゃないですか」
軽口にすぐに反応する小枝子。ていうか照れるからやめて。
でも小枝子も何だかんだ言って七海たちに慣れたのかな?
「まぁまぁ、でも確かにずいぶんハイテンションだね。もしかして海、初めて? なんてね」
「初めてだ。話には聞いてたけど、海ってデッかいなぁ」
「…え、マジで?」
「ああ。それに綺麗…凄いなぁ。…俺、海にきたんだなぁ」
女として、水着も持って。
まさかこんな日がくるなんてな……まぁそもそも爺ちゃんが現れるのだって想定外だったんだけどな
「てか、今夏なのに人いないなぁ。もしかして穴場?」
本当に全くいない。道の途中あたりからいつの間にか車も人もいなくなったし。
何か独占してるみたいで気分いいなぁ。
「バァカ、七海様のプライベートビーチよ。じゃなきゃこんな綺麗な海に人がいないわけないじゃない」
「……え?」
待てお前ギャグか? いやマジで? 金持ちってマジでそんなのアリなわけ?
てゆーかみんながそんなもん所有してたら、国有地はどこへいくんだ。
疑問をこめて小枝子と紗理奈を見ると苦笑された。
「白雪でもそこまでのお金持ちはそんなにいませんよ」
「あたしやヒロもプライベートビーチなんてないしね」
「へぇ…七海様、やっぱすげぇ金持ちなんだな」
「私が、ではないわ。両親もあまりそういうお金の使い方はしないし。お爺様からいただいたの」
さらりと言う七海だが…お前どんだけ溺愛されてんだよ。
「どんだけ溺愛されてんすか」
半眼で率直に尋ねると嘆息しながら七海は答える。
「まぁ私、お爺様の孫の中で唯一の学生だからでしょうね。じゃなきゃ理由がないわ」
「他は独立してるってことすか」
「一番年が近いお兄様は26歳だから。唯一のお姉様は36」
うわ…そりゃ可愛いわ。しかも優秀だしで、理想の孫かよ。
あー…俺なんか我が侭しか言ってないし何も返せないし、ただ唯一の孫ってだけか…
「…はぁ。七海様って将来どうするんすかーぁ? 女医? お爺さん継ぐとか?」
とりあえず流れ的に聞くが正直どうでもいい。
「お爺様は株でお金を稼いでるから跡継ぎとかはないわ。あと、『女医』って差別用語よ」
「え、なんかエロイ響きだしよくない? 会長にはぜひあたし専属の女医に……あ、あはは。なんてねー」
紗理奈はカワイコぶって舌をだし笑うが、目が笑ってない!
こいつ、絶対本気だったよ。
恐ろしい子…っ!
同性愛者なのはいいが見境と理性は持てよ。
いつからお前はエロキャラに転向したんだ。戻ってこいカムバック!
「紗理奈様、寒っ。オヤジかっての。じゃあ、とりあえず荷物おこう。七海様、どこに置けば?」
冷たい態度の弘美が気を取り直して尋ねる。
七海は紗理奈の発言を全く気にしてないようで、一人平然としている。
「ええ、あそこに別荘が見えるでしょう?」
言いながら七海は何故か山の方を指差し、つられて見ると山の中腹に電波塔のようなものと真っ白な建物が見える(頂上にはさらに別に建物もあるが、七海の指差した方角は頂上より海よりなので、中腹のあの建物であってるだろう)。
「え? …あれ…ってか、山…?」
勝手な思い込みだが、海辺の建物と思ってた。てかここがプライベートビーチなのにちょっと遠くないか?
車、何で返したんだ。
俺たちを海岸横の道路におろした車はさっさと何処かへ行った。
「言ってなかったかしら? このビーチは一部よ。あの山を中心に海の…ほら、あの小島まで私の私有地よ」
「……は? どうやって行くんですか? つか浜辺につくってくださいよ」
さすがの弘美も呆れてツッコミをいれる。
「あのね、どうしてここで雑談してると思ってるのよ」
「え?」
急に風が強くなり、最近になって聞き慣れてきたうるさい音が近づいてくる。
「ヘリをとりに行かせてたのよ」
○
「…っ、う、わー…」
俺の素足を自動的に波がすり抜けていく。
冷たくて気持良いのにくすぐったくて、なんだか変な感じだ。
波がひいていく。
背中の毛を逆だてられたような感覚にゾクゾクする。
「おーい皐月様ぁ、何してんのー?」
なんて言いながら、俺の予想より早く走ってきた弘美は飛び蹴りをしてきたから、片足で受け止める。
「んっ。つかいい加減奇襲は諦めろ」
よほど何かに気をとられてるか気をぬいてなきゃ分かるっての。
お前の場合、気迫? なんかそういうので何となく分かるんだよな
「悔しいからヤダ」
「はいはい」
「んじゃお先に!」
いい加減飽きてきた言い合いをしてると紗理奈が走って海に飛込んだ。
これで遠浅とかだったら笑えるんだが、すぐ近くからしっかり深さはあるようで、紗理奈はえらい早さて泳ぎだす。
「早っ」
「紗理奈! ちゃんと準備運動をしなさい! 戻りなさーい!」
振り向くと紗理奈を追って、浜辺にパラソルやシートを置いて七海と小枝子がやってくる。
え、俺は荷物持ちしてないのかって?
珍しく七海が先に行っていいって言ってくれて建物からここまで走ってきたから、手ぶらだ。
山だから遠く見えたが実際には5キロくらい(直線距離で)か。
つっても傾斜がキツイから車で行くのを想定してないのだろう。獣道しかない。
先に出て走ったとは言え、相手はヘリコプター。一人で海を感じてたのは2分くらいだ。
「皐月さん、本気でスクール水着なんですね…」
俺だけ先に来たので互いに水着姿初披露だ。
「キャップまでかぶって…バカっぽいしダサいよ」
そう、俺だけまるで競泳選手のように帽子を持ってきた。
と言うのも理由がある。このカツラがいくら精巧と言っても泳いで、もし引っ張られたりしたらとれるに決まってる。
だからカツラの髪をまとめて上から帽子を被ることにより、泳いでもカツラがとれないようにしたのだ。
「こらー! さぁりなー!」
こいつ、本気で怒ってるよ。
てか……改めて見ると
「お前ら、水着似合ってるなぁ」
「え、あの、私も、似合ってます…か?」
「当たり前だろ? すすめたの俺だし。可愛いよ」
大人びた普段の小枝子は綺麗系だが、顔を赤らめたりする照れ笑いをする仕草は可愛い。
「ちょっと皐月様、それでまさかヒロは可愛くないなんて言わないわよね」
「んなこと言ってないだろ…てか、お前『ら』って言ったのを聞けよな」
いちいち怒るなよな。そういう短気で我が侭なとこさえ無ければ、お前にだって素直に可愛いって言うっての。
やれやれと海に入ろうとすると腕に何かが触れとっさに振り払う。
「何よその態度」
弘美だった。
「急に触るから驚くんだよ。で? 何だよ」
「………さっきの話だけど…ヒロ、可愛い?」
急にしおらしく上目使いで聞いてくる弘美に、ドキッして俺は慌てて視線をそらす。
「う…ま、まぁ…可愛…い。てか、いちいち言わせんなよ。分かるだろ?」
「わかんないわよ」
「あのな…お前ら4人とも見た目は可愛いんだから当たり前だろ。ちょっとは自覚しろ」
「……皐月様がどう思うかなんてヒロにわかんないんだから、聞くしかないじゃん」
はぁ? 別に俺の意見なんか聞く必要ないだろ。世間一般で誰から見たって可愛いっての。
ああもう! わけわかんないっての。
わけわかんないんだけど…そんな殊勝な態度されると強気に出れねぇじゃん。
「…可愛い。可愛いって。真面目に可愛い。…これでいいか?」
うぅ…普段ならなんてことないのに、改まるとなんでこんなに照れるんだよ。
「…ふん、当然でしょ。次はそんな当たり前のことは顔を見て一番に言いなさいよ」
「……はいはい」
お前なぁ…はあぁ
ま、いいか。むしろこっちの方が弘美らしいか……あ、なんか俺毒されてる。
……別にいいか。
「さて、泳―」
「皐月!」
「え?」
鋭い呼び声に振り向くと頭からびしょ濡れの七海と、七海に捕獲されてる紗理奈。
「勿論、あなたは準備運動するわよね?」
「………はい」
泳いで追い掛けたのか。…準備運動をさせるためだけに…。
「はぁっ、はぁー…会長、早すぎだよぉ。あたし自信あったのにー」
「あなたが準備運動をしないからよ」
「はぁい」
凄いなお前ら。
いや、いろんな意味で。特に七海が。
○
結論から言おう。
「げほっ、ごほっ」
「ほら、ちゃんと顔をあげて呼吸しないからそうなるのよ」
「はぁ、はぁ」
俺、泳げなかった。
俺と小枝子が泳げないことが判明したので俺は七海に、小枝子は紗理奈に教わることになった。
正直、んな面倒なことしたくないが泳げるにこしたことはないので了承した。
だが正直上手くできない。水に入るのも小枝子みたいに恐いなんてことはないが、息継ぎが上手くできないのだ。
なんて言うかタイミングが難しい。鼻とか口に海水が入ると辛くて辛い。
「はぁ…もういいですよ。泳げなくったって死にませんし」
七海はふてくされる俺を見てため息をつく。
「もう、少しは小枝子を見習いなさい。今だって頑張―」
「だ、だめ! てててて手、手ぇ離さないでくださいー!!」
俺たちの横を紗理奈に手をひかれる小枝子が通りすぎていく。
「じゃあスピードあっ〜ぷ」
楽しそうな紗理奈は後ろ向きで小枝子の手を引いてると思えない早さで進む。
「いやああぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!」
「あはははは!」
「………」
沖に向かってて岩にぶつかる心配はないが…止めてあげろ。
「七海様…小枝子が、可哀想なのは俺だけですか?」
「……弘美は? 紗理奈が暴走しないように頼んだのに」
浜辺に目をやる。
パラソルの下で寝転がってアイス食ってやがる。
「…殴りてぇ」
「とりあえず、止めてくるわ。あなたは息継ぎの練習をしていなさい」
「…へい」
俺が助けたかったが、水の中であんなスピードで走れないし、泳げない俺ではおいつくこともできないから素直に返事をする。
「返事は『はい』よ!」
七海はそう言ってから勢いよく泳ぎだした。
「はー、早いなぁ」
それとも泳いだことがないから早く感じるのか。
よく分からない。
でも、泳げるのも悪くないかも知れない。
と、恰好よくクロールで紗理奈に追いつく七海を見て思った。
「なぁに見てんのよ変態」
声と同時に俺の顔に手が伸びてきたが、声で弘美とわかってるから避けない。
「弘美、いつの間…に…離へ」
頬肉をひっぱられた。うん、やっぱ避ければ良かったな。
でも最近では相手がわかってる場合のみ、向こうから触ってきてもわりと大丈夫になってきた。これってかなり進歩だよな。
振り向くと予想通りに弘美がいていつものごとし(この言葉がむしろ悲しいな)さげすんだ目を向けてくる。
「バァカ。あんたみたいに水の中で無様に歩くしかできないやつと一緒にしないでよ。ヒロだって普通に泳げるし」
「…じゃあなんで浮き輪持参なんだよ」
しかも猫のイラスト入り。このお子様が!
「楽だから」
「……」
「ほら、さっさと練習したら?」
「…よこせ」
「は?」
「ちょっとそれよこせ」
弘美がほうけてる隙に浮き輪を上に投げてキャッチ。
よっし、これで俺も今日から泳げます!
「って、ちっさ!?」
頭から浮き輪をかぶろうとしたが、肩でつっかかる。
先に腕を通して無理矢理やってみる。
「くっ…うぐ」
ぎゅっぎゅっ、とナイロンと肌の擦れあう音がする。
「ちょっ! やめろバカ! やぶれる〜!」
「いや、あとちょっとで―」
「ダメ! 絶対ダメ! それヒロのお気に入りなんだから!」
弘美は容赦なく俺の胸をぐーで叩いてくる。
ちょ、普通に痛いから。
「わ、分かったから殴るなって」
仕方ないので浮き輪を弘美に返す。
弘美はもうっ、とぷりぷりしながら浮き輪を装着。
しかしまあ…似合うなぁおい。
ぷぷ
「ん? なによあんた」
「いや、別に」
鋭いやつだな。お子様のくせに。
「さて、小枝子は大丈夫かな〜。って……マジで大丈夫か?」
沖の方では小枝子をかつぐ紗理奈と、説教をする七海が見えた。
○
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