夜は長い
「…んあ!? …あ?」
「ぅん…ああ、皐月ぃ…起きたんだ…ひっく…」
「紗理奈、さん…俺、確か紗理奈さんと話して…途中でまた寝たのか…あ、皆…寝てる?」
てか紗理奈と何を話してたんだっけ? …まぁ、酔ってたしろくなことじゃなさそうだ。忘れとこう。
「うん。でも皐月が起きたならそろそろ起こそう。ヒロはどうせ起きないから柚子先生頼むよ。あたしは小枝子起こすから」
「はい」
すやすやと子供のように寝ている柚子先生を揺さぶると、わりと楽に目を開けた。
「ん〜、皐月さん〜?」
「はい。パーティーは終わりました。監督役ご苦労様でした。後片付けはやるのでどうぞ先に部屋に帰ってゆっくりなさってください。」
「ん…じゃあお願いねぇ」
「はい」
柚子先生はいつもと変わらないように立ち上がり、いつものように歩いて普通に出て行った。
本当に酔ってたのかなぁ? あの人は…よく分からないな
「小枝子〜。駄目だ。起きないや。皐月、あたしは小枝子を運んでそのまま部屋に戻るから。皐月は会長を起こしてヒロを運んだら部屋に帰っていいよ」
「え、片付けは…?」
「業者に朝一でやるよう頼んでるから大丈夫。じゃ、よろしく」
言いながら紗理奈は小枝子の腕を自分の肩に回して担ぎ、食堂のドアを開ける。
「はい、お休みなさい」
紗理奈はひらひら手を振ってから部屋を出た。
よし、じゃあ俺もさっさとやっちまおう。
「七海様、七海様」
「ん…皐月?」
「はい。皐月です」
「なんでここにいるのよ?」
は? 何をわけのわからんことを真顔で言ってんだこいつ? 寝惚けてんのか? 酔ってんのか?
「いやまぁ、普通にです」
「普通に私の部屋に忍びこむなんていい度胸ね。いますぐに舌を噛みきるか私に撲殺されるかを選びなさい」
「選ばねぇよ! てかお前、じゃない…あなたの部屋じゃありませんよこの寝惚すけが」
「え…ああ、そうか、そうね。宴…ね」
何でそう古臭い言い方をするんだお前は。
七海はあたりを見回してから俺を見ると、すっと立ち上がる。
「…私はもう少し飲んでいるわ。あなたはヒロを連れて部屋に戻りなさい。いいわね」
「はいはい」
「はいは一度よ」
「はいはいはいはいはい×2」
「何よそのテンションは」
「お前が強要した結果だよ」
「はあ? あなたね、訳の分からないことを言わないでくれるかしら?」
「ああはいはい! 私が悪ぅございましたよ!」
「当たり前でしょ」
「どうせ七海様が不快になられるのも、恐竜が絶滅したのも、世界から戦争がなくならないのも私のせいですよ!」
「当たり前でしょ。責任をとって私の奴隷になりなさい」
「なんでだよ!!」
本当に、心底言おう。
なんでだよ!
だいたい自虐的な皮肉を肯定するなよ。俺のせいなわけないし、しかもお前の奴隷の意味がわからん。
「もう…うるさいわねぇ。良いからさっさと行って」
「分かりましたよ」
酔っ払いに付き合ってられねーよ。
弘美を揺さぶるが意味不明な呟きのみでやはり起きない。しかたないので背中におぶる。
「んじゃ七海様、テキトウに飲んだら寝てくださいよ」
七海は俺を無視してビールを飲む。あれの何処がうまいんだかなぁ。
食堂を出て弘美の部屋に入る。弘美の部屋には何度かきたことがあるが相変わらずぬいぐるみが多い。でも、だからといって大切にしてるわけでもなく無造作に置いてある。
内装は淡い黄色や緑が基調だ。ピアノが一台あるが開けられた形跡はない。
本は一冊もない部屋で机にはパソコンやコンポが置いてあり、本棚にはCDが並んでいる。
とまぁそんな感じだ。
弘美をベッドにおろし、上から布団をかける。
「ん―――」
と、薄く目を開けた。バッチリ視線がからまり、俺は失敗したなと思いつつ声をかける。
「すみません、起こしちゃいました?」
「…―…」
「?」
何だ? 確実に目があってるのに、何か変だ。
「弘美さん?」
「…パパ…」
「え…」
死んだって言う父親か?
驚いてると弘美はぽとりと涙を流した。目は開いてる。
けど、見てるのは俺じゃなくて、夢の中の父親なんだ。
「……行っちゃダメ…行ったら…ヒロ、パパに二度と会えなくなっちゃうよ…っ」
俺は、そっと手を伸ばして弘美の目のふちの滴を拭う。
弘美の小さな手が、そっと俺の手に添えられた。
「パ…パ?」
「……」
本当は、いけないのかもしれない。俺にそんな権利はないのかもしれない。
だけど、彼女が目を覚ましたら絶対に望む人はいないんだ。
だから―
「そうだよ。ヒロ、可愛いヒロ、愛しい娘、どうか泣かないでくれ。」
―父親のふりをすることにした。
知りもしないくせに。
顔も声も名前すら知らないくせに。
でも、多分父親は弘美を愛していたんだろう。
「パパ…っ、いか、ないで」
「行かないよ。ヒロを置いてどもにも行きはしないよ。」
目が覚めたら余計に悲しくなるだけの残酷な嘘だ。
だけど、目の前で泣かれたら、笑顔にしたい。
弘美は我が侭でどうしようもない俺様でしょっちゅう怒るし俺に酷いことばかりするけど、泣いて欲しくない。
悲しい涙なんて、嫌いだ。
「側にいるから、安心して眠りなさい」
「…ん、パパ…大好き。ずっと、ここにいてね」
にっこりと、本当に寝てるのかと言いたくなるくらいにはっきりと微笑む弘美に、見とれた。
握られる手に、熱がこもる。
待て、今更だろ? こいつが中身に反して可愛いなんて知ってる。なのに今更、あまり可愛くて抱きしめたいと思うなんて。
大好きと言う言葉に、ドキドキした。
自分に向けられた訳じゃないのに恥ずかしいほど熱くて、自分にじゃないのが悔しかった。
「ああ、いるよ。ずっと一緒にいる。愛してるよ」
「…ん、お休みなさいパパ」
「お休み」
「……すぅ…」
弘美は眠ったようだ。規則正しい寝息と共に、握られていた手がゆっくりとほどけて行く。
俺は、静かに部屋から出てから深く息を吐く。
まだ少しだけ、動悸が早い。
やれやれ、相手は女だってのに。どうやら母さんの予言は当たるらしい。
勿論弘美が好きってわけじゃない。好きは好きだが、特別ではない。
俺の特別はまだ母さんだけだ。
だけど母さん相手にはこんなにドキドキしない。
なんなんだろうこの感じは。小枝子の時にも感じた、異様なドキドキ感。
「…はぁ」
このまま自室に帰っても眠れそうにない。
仕方がないので食堂に行くことにした。何だかんだで20分程度はたっているし七海ももういないだろう。
水でも飲んで落ち着こう。
○
明かりも消えている。やっぱりいないな。
そっとドアを開けたが木製の古いドアはきぃ、ときしんだ。
静かな闇に響いて誰か起きやしないかと一瞬ひやりとしたが、よく考えると食堂は個室とは廊下ではつながっているが建物は別だし、何より全室に防音完備なのだから聞こえるわけがない。
だが、聞いた人物はいた。
「っ、誰―ってなんだ皐月なの。まだ寝ていなかったのね」
勿論俺のせいで起きてしまったわけではなく、聞いたのは酒癖の悪い、姫の皮を被った悪魔だった。
「それはこっちのセリフなんですけど…」
まだいたのか。
しかもまだ飲んでる。
「飲みすぎじゃないですか?」
「ふん、私の勝手でしょう」
「まぁそりゃ七海様が肝臓痛めて入院しようと勝手ですけど。けど会長の責務も果たせなくなりますよ」
「うるさいわねポチのくせに」
「皐月です。それにまだあります。七海様が入院すると、ちょっとだけ、寂しいですからね」
「…え」
「な、何なんですかその反応は。はぁ…素直なのはガラじゃないですけど」
「いえバカ正直なのは明らかにあなたの悪癖よ」
「殺すぞバカ野郎」
「ほらね」
「……」
「まぁいいじゃない。悪癖だけど…私もそんなあなたを嫌いではないわ。あなたのように嘘が下手であけすけで駆け引きベタなのも、ほんの稀にうらやましいと思う時があるもの」
「…それ、誉めてるつもりですか?」
喜んでいいのか反応に非常に困る。嬉しくなくもないが、こんな言葉くらいで喜ぶと本当に七海のペットになったようで嫌だ。
「ポチには上等でしょう?」
七海は綺麗に笑う。窓からの月光のもとで、幻想的な美しさに俺は目を奪われた。
同時に、心臓が再びせわしなく動きだす。
くそ―悔しい。こいつらは揃いも揃って、綺麗なんだ。偉そうで尊大な態度を許せてしまうくらい綺麗で、時々ふいに優しい。
そのせいで好きになってしまう。無理矢理だ。無理矢理に好きになってしまう。
「まぁ、それはともかく。」
話題を変えることにする。
「深酒はやめてください。ほら、部屋に戻りますよ」
「分かったわよ。にしてもあなた…ヒロと一緒に眠らなかったのね」
「そりゃ前はしましたけど、本人の意識がないのに潜り込んだら殺されますって」
「そうかしら…まぁいいけれど。じゃあ私を送りなさい」
「は?」
「…あなた、酔っ払いを一人で帰えさせるつもり?」
自覚があったのか
別に良いけど…けどなぁ、こんなピンピンしてるくせに送れとか言われてもなぁ。
「ちなみに抱き上げることもおぶることも禁じます。いいから黙って肩をかしなさい」
「分かりましたよ。って臭っ」
近づいて座ってる七海の横に膝をつき腕を肩に回し顔が近づくと、あまりに酒臭いので眉をしかめた。
すると月明かりで分かるくらいに七海は顔を真っ赤にしてますます俺に顔をよせてくる。
「な!? 失礼よ! 私は毎日2回は入浴してるしトリートメントだって手を抜いたことはないのよ! 香水だって嫌味にならない程度につけて―」
「じゃなくて! 息が! 飲みすぎですよマジで」
耐えきれなくて七海の言葉を遮って言うと七海は少しばつが悪そうに「そう…」と呟く。
「早く、部屋に連れてってよ」
「…了解」
七海の腰に手を回し肩からまわした腕を握り立たせる。
てか殆ど足に力入れてないなこいつ。抱き上げたほうが楽だっての。
七海の部屋には行ったことがないので七海の誘導の元、俺は再び食堂をあとにする。
あ、水を飲むの忘れた…まぁ、良いか。喉が渇いてるわけじゃないし。
○
「ここですか」
最上階の一番端の部屋に(ちなみに紗理奈は一つ下の2階の右側。小枝子は俺の丁度上で2階だ。弘美は純粋に出かけやすいと我が侭を通したので1階だ。)ついた。
しかし何か他のドアとは違うような気が…?
「そうよ。鍵はこれね」
七海はごそごそと鍵をだして俺に向け―
「…鍵?」
鍵はないんじゃないのか?
俺は鍵を受け取らずにドアノブを回したが
「……開かない」
「だから鍵」
受け取り使うとあっさり開いた。さっきの違和感は鍵穴があったからか。
「七海様…私んとこに鍵はないんですけど」
部屋に入りながら尋ねる。
「私は会長よ? 大事な書類も置いてるのに開け放せるわけないじゃない」
まともな理由なのに職権乱用な気が激しくするのは何故だろう。
こいつの性格故か。
室内はわりとシンプルだ。ただ淑女会室の会長机と同じように机にはパソコンとプリンタがある。
本棚には普通に本がある。紗理奈の部屋と違って漫画はない。
白が基調、と言うか白だらけでどこか潔癖なほどの清潔感がある部屋だ。
「ほら七海様、横になってください。」
「ん…そうね。寝る時間だものね。皐月」
「はい、何ですか?」
「優良様が帰ってしまい寂しいでしょう? 寝ていきなさい」
「…は?」
「何よ。嫌なのかしら?」
「いや…そうじゃないですけど」
今は平気だが確かに、いまから部屋にいき一人きりになると寂しく感じるかもしれない。
だが何だか恥ずかしい。多少なら我慢できるのだから戻るか?
「何よ」
「…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
ちらと見ると七海の視線が子供が拗ねてるようだったので、そう返事をした。
それによく考えずとも七海や弘美は親が来なかったのだ。寂しいのは二人の方だろう。
七海なんて両方いるのにこないんだし。医者ってやっぱ相当忙しいんだろうな
「始めから素直にそう言えばいいのよ」
七海は満足気に微笑んだ。
○
七海と一緒にベッドに入るはいいが、問題があった。
と言うか、問題だらけだ。すっかり忘れてたが俺は相手から触られるのは駄目なんだ。
だから弘美の時にも自分から思いきり抱きついたのだが…
「ちょっ、やめなさい。誰がポチごときに私を抱きしめる権利を与えると言ったのよ。いい? 私に触れたら明日の朝日は拝めないと思いなさい」
と言うわけで息が聞こえるほど近いがギリギリ触れ合わない距離だが…
「…んぅ…」
「!」
相手から触れてこようとする場合はどうすればいいんですか七海さん
「…七海、七海?」
「ん…」
「起きろ、起きないと大変だぞ(俺の心臓が)」
「…うるさい黙りなさい犬ぅ」
「……はい」
いや、起きてるな? 起きてるだろ? むしろ起きろ。
しかし俺の願望とは裏腹に七海は俺の声かけに反応はすれど目を覚まさない。
つか揺すったら起きるんだろうが、触れるなって言われたしなぁ。どうするか。
「……」
すぅすぅと規則正しく息をしながら七海は俺に手を伸ばしてくる。そしてがしっと力強く俺の腕を捕えた。
一瞬、息が止まった。
触れたらいけないと言われたことや、相手が七海なのも忘れて叫びたくなった。
拒絶したくてでも動けなくて、心臓が痛いほど鳴る。
落ち着け、落ち着こう。
大丈夫。何もない。無意識だ。
相手は弱い、弱い女で、七海だ。だから何もない。
何があったって、俺が勝つ。負けない。だから
怖くなんて、ない。
「っ…はぁぁ」
大丈夫。大丈夫だから。
大丈夫。何も、恐ることなんてない。
深呼吸をして、七海を見る。本当に誰が見たって完膚なきまでに寝てる。
「…バカ」
お前の思いつきで、お前の動作一つで、こんなに俺が怖がってるなんて知らないだろ、
こんなに弱くて、むしけらみたいにちっぽけな俺。
誰にも知られたくない。誰にも俺が汚れてるなんて知られたくない。
誰にも、俺がこんなに弱くてどうしようもない役立たずだなんて、知られたくない。
ふいに、涙が溢れた。
違う。俺じゃない。
七海だ。
「おとぅさまぁ…おかぁさま…いかないで」
普段から想像のできない舌足らずな口調に俺は心の中で叫ぶ。
俺を散々バカにしたくせに、お前らだって結局親が好きなんじゃねぇか!
それこそ、夢に見るほどに。
夢に、本気で涙を流すほどに
好きなんだろ
だいたい、泣くなよな。
何が悲しくて一晩で二人の涙に立ち合わなきゃならないんだよ。しかも本人の承諾無しに。
俺はさっきの恐怖なんて捨てて弘美の時と同じように涙を拭ってやる。
「どうして…白いとこに行っちゃうの?」
ん? 白?
「白…きらい。おとうさまとおかぁさま…とっちゃうから。白に行ったら、二人とも…夜になってもかえってこない」
もしかして…病院のことか? 親が二人とも勤めてるもんな。
「わたしのこと…きらいだから、だから白のとこいくの?」
「違うよ。大好きだから行くんだよ」
「すき…?」
「うん。大好きだから七海が幸せに暮らせるように頑張るんだ」
「わたし…おとうさまとおかあさまがいなきゃ、幸せじゃない」
「寂しい思いをさせているね。ごめんね。でも、七海を幸せにしたいように、他にもたくさん私たちを必要としてる人がいるんだ」
医者は何となく一人称が「私」だろうという偏見でキャラを作って見る。
「…ひつよう?」
「うん。でもね、ちゃんと七海を愛してるよ。七海は真面目だし頭がよくて聞き訳もできるいい子だね」
「…うん、わたし、いい子」
七海の頭を優しく撫でてやる。小枝子よりもずっと長い髪なのに少しも痛んでない。
自分でトリートメントとか言うだけはあるな。
目を瞑ってて、寝てるのか起きてるのかも分からない。
だけど涙を流す寂しそうな表情は、そんなの関係なしに慰めたくなる。
たとえ夢でも、起きたら忘れるささいなことだとしても、悲しい思いはして欲しくない。
まして涙を流すなんて…悲しすぎる。寂しすぎる。
「でも少し、いい子すぎるんじゃないかな?」
「…え…?」
「たまには我が侭を言ったっていいんだよ。大丈夫。少しくらいなら、笑って抱きしめるから。辛いなら、支える。泣いたなら、笑わせてやる。七海のこと、みんな大好きだから」
「……………」
ん? 返事がないぞ。
「……寝てる? クソ、何だよ恥ずかしいなぁ」
一人芝居ですか。ていうか無駄に恥ずかしいっての!
いや寝てるのは始めから分かってたし始めから一人芝居なんだが…夢うつつでも聞いてるかどうかはだいぶ違うだろ。
「ったく…」
撫でる手をそのまま七海の後頭部にまわして額にキスをする。
「お休み、七海」
抱きしめて、もう恐くない。
温かい体温がむしろ心地よくて、俺は眠った。
○
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