拒絶しないで
「もしもし、爺ちゃん?」
《なんじゃ?》
「変装してることがばれた。…帰りたい」
とりあえずこんな状態で授業なんて冗談じゃないので、そばかすは付け足して柚子先生に早退の許可をもらい寮に帰った
俺はカツラ装着のまま共同風呂で体と頭を洗い、湯船の中から爺ちゃんに電話をかけた(もちろん携帯電話は完全防水だ)
風呂はマジで広くてちょっと感動したが、それは俺を引き留める要因にはならない
「マジで…ヤダ。帰りたい。…母さんは……」
《ゆ、優希は…買い物に…》
焦った爺ちゃんの声に俺はやっぱりと確信して、半ば分かってた上でここに来たと言え会いたい思いがあるのは変わらず、ため息をつく
「いないんでしょ? 分かってる。10時からって時間区切りがある時点で分かってるよ」
何より何かは知らないけど頑張るらしいから、家で今までのようにのんびりしてるなんて初めから思ってない
《…分かってて、そこに行ったのか?》
何故か驚きよりも厳しいような口調で尋ねられた。戸惑いながら電話越しで見えないと理解しつつ頷く
「母さんが家にいてもいなくても、学園に行かなきゃならないのは変わらないからね。それに…母さんはああ言ったけど、元々週末に気軽に帰れる距離じゃない」
《ああ……そうじゃな》
「母さんがいなくても爺ちゃんがいるならいい。変装して騙して…元々俺に女のフリなんて無理なんだよ。ねぇ…帰って、いい?」
《…駄目、じゃ》
「…え? ご、ごめん爺ちゃん、もう一回言って」
《皐月、そこを卒業しろ。ばれようと別に学園長とグルなんじゃし退学になるわけじゃない。しっかり通え。今は授業時間じゃろ? ワシも皐月からの電話は週末しか受けん。休みになら、ワシに会いに帰ってもいいがワシが仕事をしていたら諦めろ。優希とは携帯電話でしか連絡は無理じゃ。よいな? しっかりと励めよ》
プッ――
電話は、きれた
ぽちゃん
音がしてから、俺は携帯電話を風呂に落としたことに気付いたが、とりあえず水からあげてタイルに転がした
「……嘘だろ…」
信じられない
爺ちゃんに、拒絶された
そんな大袈裟なものじゃない。そう人は言うかも知れない。母さんだって俺を拒絶したようなものだ
でも、でも俺には、ショックだったんだ
爺ちゃんは、少なくとも今の俺の辞めさせる気はなく、弱音を聞く気もない
「…母さん」
母さんに会いたい
「母さん…母さんっ」
母さんの声が聞きたい
「っ……会いたいんだよ」
温もりが、欲しい
どうして俺から離れようとするんだよ
みんな…俺のこと嫌いになっちゃったの?
いつだって母さんや爺ちゃんは俺のために動くけど、でも俺は嫌だ。寂しい
こんな思いをして何になるんだ
どうしてただ側にいたいなんて簡単なことが叶わないんだ
昔は俺が辛いならいつだって抱きしめてくれた母さん
いつからだろう
俺が母さんに心配させたくなくて頑張って頑張って、中学に入ってようやく、アノ時の夢を見ては泣かなくなったころか
〜〜しない?
そう母さんは言って、俺に色んなバイトをやらせた
俺はずっと家計を助けたかったから何とも思わなかった
だけど今考えると、男に慣らすと同時に俺の独り立ち…すなわち俺の母離れを企んでいたのかも知れない
ピピピピピ―!
携帯電話が音を立て、俺は緩慢な動作で風呂から出て携帯電話を操作する
《ヒロ キトク スグカエレ》
「………?」
差出人は…登録していない人間からだった
ヒロ…ヒロ……弘美か?
何故に危篤? つか誰だよ。俺のアド知ってるなんてこの学校には七海と佐枝子しかいないが七海のわけないし…
佐枝子…弘美と知り合いじゃないよな?
あれ? 七海とは知ってたっけ? でも一方的に知ってるだけかもだし…ないな
プロフィールに書いてあったのか? あ、でもそしたら七海が気づくはずだ
「……えーっと…」
まぁメアドのことはおいといて、来いってことだよな
差出人はヒロ、または淑女会の誰かだろうし淑女会室に来いってことか?
授業は…あ、もう終わってる
「…行く、か」
凄く嫌だが…ここにいなきゃいけない以上、あまり目立たないほうがいい
まぁ…今はこのメールに感謝しよう。俺、落ち込むとマジで際限ないから
でも危ない…母さんやアノ時のことを思い出したら、泣くかも
それか…また、あの後はみたいになったらどうしよう
「嫌だな…」
嫌だ。あんな自分にはもうなりたくない
弱く弱く、風にさえ怯えて震えるしかないような、ちっぽけな俺
まだ心の隅っこで、あの時のままちっぽけな俺が住んでいて、時々顔を出す
最近は…爺ちゃんと会ってからは一度もなかったのにな
分かってる。学園にいるという当たり前のことから逃げるのを禁じられるのも、全部俺が弱いから
そもそも逃げるような弱い俺を何とかしようと母さんと爺ちゃんが頑張ってる
分かってる。それでも
二人が
二人が俺を拒絶するのは嫌だ。そんな二人が、嫌なんだ
だって、俺には味方が二人しかいない
俺を思ってくれる、俺を見てくれるのは、二人しかいないんだ
だから辛い
大袈裟なんかじゃなく、辛い
俺の世界の全てが二人で
世界から拒絶された俺は
どうすればいいんだ?
○
「失礼します」
「……」
そばかすもしっかり描いて、眼鏡が絶対に落ちないように俺は真っ直ぐ3人を見る
「…皐月」
「何ですか?」
「あなた…変装してるの?」
3対1の面接形式で席につくと直球で言われた
「いいえ」
「…そばかすは、偽物?」
「いいえ」
「……嘘をつくのはやめなさい。淑女はみだりに偽りを言うべきではないわ」
「どうして偽りだと思うんですか? 淑女はみだりに人を疑っていいんですか?」
「なら確認しましょう。ここに濡れタオルがあるわ。眼鏡をとって顔をふきなさい」
「嫌です。私にそんなことをする義務はありません」
「そん―」
淡々と感情を込めずに言う俺に怒ったのか3人は眉をしかめ、弘美が何かを怒鳴ろうとするが俺はそれを遮る
「淑女会もやめます。と言うか、部活でしょう? 入部届けも出していない私には、呼び出しに応じる義務もないはずです」
「っ…あんた偉そう!」
「弘美さんほどじゃありませんよ」
「生意気!」
うるさい…俺は、お前の玩具じゃないんだよ
「あなたに人のことが言えますか?」
「っ! あんたなんかっ…あんたなんかヒロの犬のくせに! あんたなんかっ…ヒロの下僕じゃなきゃなんの価値もないの! あんたはヒロの言うことを聞かないなら無価値なんだから!!」
「! …無…価値…?」
その言葉は、ずっと昔に閉じ込めた『あたし』を引き出す鍵のうちの一つ
止めて。あたしは…俺になったんだ。俺には母さんが…爺ちゃんが…
《拒絶されたんだろ?》
っ!?
ねっとりとした、大嫌いになった声が頭の中に響く
「そうよ! あんたにはヒロの下僕じゃなきゃ価値はないの!」
《お前は俺の命令に従えばいい。じゃなきゃ、お前みたいなやつは誰にも好かれない。誰もお前を愛さない。誰もお前を必要としない
ただ命令を聞くなら、俺だけは求めてやる
お前は無価値でどうしようもないゴミだ
いいから俺に従え》
「……違う」
「あ?」
「違う! 違う違う違う! 価値がなくなんてない!」
「うるさい! 下僕じゃないあんたなんて誰も必要としないのよ!」
《誰もお前なんか必要としない》
「っ」
《誰もお前を愛さない
誰もお前を求めない
誰もお前を必要としない》
それは呪いの言葉
俺をいつまでも縛りつける
「ヒロ、言い過ぎだよ」
「そうね。皐月、ヒロは沸点が低くて口が悪いから気にしないほうがいいわ」
「……違う」
「…え?」
「違う違う違う違う違う!」
「ちょっ、落ち着きなさい」
「違う!!」
《お前の家族さえ、お前を拒んだんだろう?》
違う。こんなことは『先生』に言われてない。だからこれは俺の勝手な被害妄想
だけど、俺にとっては…紛れもない『現実』だ
「あ…あぁあ…違う…違うっ……」
《違わない
お前なんか無価値なゴミだ
誰も、求めない》
「俺は…」
「皐月…?」
「俺は…誰にも…求められない?」
「皐月、あなた何を言って―」
「俺は…いらないの?」
コンコン。ドアがノックされた
○
8つの瞳が私に向く。足がすくみそうで、ドアを閉めたかった
弘美さんとの約束では七海様と紗理奈さんにばれないようになら聞いてもいいと言うものだった
約束を破ったのは初めてだったけれど、私は後悔しない
「皐月さん」
「…ぁ…さ、えこ…佐枝子は…俺を……俺を…」
捨てられた小犬のように弱い声。今度こそ、私が彼女を支えたい
私は震える彼女を躊躇わずに抱きしめた
私の登場に驚く3人は無視をする。皐月さんをいじめるなら、淑女会の方だって関係ない
「大好きです。私には、皐月さんが必要ですよ」
「…ほん、と? 俺のこと、見捨てない? 俺のこと、価値があるって思う?」
私より少し身長も高いのにまるで子供のように呟く皐月さん。可愛いと思った
無性に腹立たしかった。彼女がこうなった原因に。彼女をこうした過去に
だけどそれより今大事なのは皐月さんで、私はにっこり微笑んで皐月さんの背中を撫でる
「はい。私は昔皐月さんに何があったかなんて知りませんし、無理に知ろうとは思いません
私は、今の強くて弱い皐月さんが大好きですよ
無価値じゃありません。私には、皐月さんは世界と同じくらい大切です
きっと皐月さんのお母様もお爺様もそう思っていらっしゃるに決まっています」
「俺のこと…拒絶しない?」
「あなたが求めてくださるならその全てに応えます」
「…嘘じゃ、ない?」
「はい」
「母さんも爺ちゃんも、俺のこと…嫌いになってない?」
「はい」
証拠があるわけじゃない。直接話をしたわけじゃない。だけど以前パーティーでお三方がお話ししていられるのを見た
とても優しい目で、本当に仲がいいんだろうと思ったものだ
それは、まさに理想の家族愛だった。簡単に消えない。そんなわけがない
何があったか知らないけれど、それは絶対だ
少なくとも、私が皐月さんを嫌わないのと同じくらいには絶対
「佐枝子は…俺のこと…」
「大好きですよ」
「…ぅん。…ありがとう」
やっと、皐月さんは、小さくだけど微笑んだ
それは迷子の子供が、やっと見知った道を見つけたような
「俺も、大好き」
囁く皐月さんは、とても可愛くていとおしく、やっぱり私は皐月さんが大好きなんだ
○
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