初日からホームシック
「はい、これを読んでちゃんと淑女がなんたるかを知るのよ?」
「…ありがとうございます、七海様」
寮の玄関で別れ際ににっこり渡された2センチほどの分厚さの本には『淑女とは』と書いてあった
歴代の淑女会会長の直筆でしたためられた、淑女についてのレポートのような持論のようなものがつらつら書いてあるらしい
誰が読むかと思ったが、あれだけ説教されたし猫被りもひどいし淑女を押し付けられて、俺にすれば迷惑やつだが、それでも親切心から言ってるのは分かるから、何とか笑い返した
生徒手帳で確認して自分の部屋に向かう。そういえば七海の話では部屋の位置にも優劣があるらしい。向かって右の最上階から左の一階までにお家柄順で入るらしい
胸糞悪い話だ。というか我ながら結構覚えてるもんだな
自分の部屋に入るとまず内装に辟易した。母さんの乙女趣味と爺ちゃんの理想の孫娘の趣味が合わさり、ピンクやフリルや人形など、いちいち女の子向けの部屋だった
「……はぁ」
少女趣味は趣味じゃないけど少しでも二人の存在を感じられるのは嬉しかった。でも、なければ良かった。そっけない部屋なら、こんなに、二人を思い出して泣きたくなんかならない
「っ…は、腹減ったなぁ」
一瞬視界が滲んで、慌てて俺は自分を誤魔化す。母さんから夜10時以降にしか電話をしてはいけないと言われてるから、まだ電話はできない。メールは送るが10時まで返事はない
厳しいなぁ。でも…頑張らないと。母さんも何をかは知らないけど頑張ってるそうだ。母さんは嘘は言わない人だ。ただ、誤魔化したり本当のことを言わないことは多々あるけど
自覚すると本当にお腹が空いた。とてつもなく空いた。よくよく考えたら緊張していて朝も昼も軽くしか食べてない
食堂の時間を確認するととっくに開いているのでさっさと向かう。ちなみに無料だ。『無料』は大好きだから嬉しい
「大盛りでお願いします」
カウンターで料理を受け取る時に品のよさそうな配膳のおばちゃんにそう頼むと、にっこり笑って大盛りにしてくれた
「ありがとうございます」
トレーを持って空いてる席に座る。とても疲れたしお腹は減っていた。俺は手を合わせようとしてはっとした
キリスト教系で朝の聖堂でのお祈りとか色々あるってたな。ちょっと回りを見回すと『いただきます』とは誰も言っていない。別の何かを言ってから十字架をきっている
だがそんな文句なんか知らないし、何より今日のメニューはなんと海老フライ! これは神が可哀想な俺へのご褒美に違いない。3人で料理したことを思い出しちょっとセンチメンタルな気分になりながら俺は箸を持った
食べようとすると何やらキャーキャー騒がしく、仕方ないので顔をあげると悪魔な3人組が登場していた
「ああ…相変わらずお美しい」
「あの気品ある立ち振る舞い、見習わなくては」
頬をそめて感嘆のため息ながらにそういうあんたらこそ可憐だよ
つか猫被りども! みんな騙されてるんだ!
目があうとこっちに来た。罠か! うう…。キラキラ光ってるのかと思いたくなるくらいに綺麗な笑みを浮かべる悪魔たち
「皐月さん、さっきはお疲れさまです」
ボーイッシュな紗理奈が猫を被ってお嬢様言葉なのは、すでに中身を知った今は似合わなく感じる
「私たちが相席してもよろしいかしら」
「七海様に…紗理奈さん…ヒロも…っぃ!」
自分で言ってるので呼んで欲しいのかと思いヒロ、と言った途端にぎゅっと足を踏まれた
「あ、すみません皐月様。足が滑ってしまって………馴れ馴れしく呼ばないでよね、皐月様ぁ?」
にっこり笑顔で、最期は俺にだけ聞こえるように言われた
恐っ! マジで…恐い
「いえ、お気になさらずに。弘美さん…。みなさんも、どうぞお座りください」
寮内はスリッパなので靴ほど威力はないが、完全に隙をつかれたので結構真面目に痛い
…帰りたい。母さん、爺ちゃん…ううぅ
海老フライに二人を重ねて己を慰めてみる。6人がけの机なのに隣に紗理奈と七海、向かいは弘美でと完全に囲まれた。端に座れば良かったと後悔したが、時は戻らない
「あら、あの方はどなたかしら。淑女会の皆さまと面識があるようですけど」
お、俺のことは気にしないでくれ〜
「確か転入生ですが…」
「皐月さんは今日から淑女会の一員なんです。私とも同じクラスです。皆さん、よくして差し上げてください」
「まぁ!」
「淑女会の!」
うおっ、何だこの反応は…!? 一気にざわめく食堂
「学園長の推薦がなければはいれないのに…何処の高貴な出なのかしら」
生まれと育ちは庶民だ。つか淑女会ってんな凄い風に思われてんのかよ!
「皐月、あなたお祈りがまだよね」
「…はい」
「なのに食べようとしたわね」
「……はい」
「あなたそれでも淑女になりたいと言えるのかしら?」
猫被りで中身はこんな姑みたいなやつが会長なのに…
「………すみません」
なりたくないんです。けど謝ってしまう。強い女性に弱いのは俺の弱点だ
「会長、お腹も空きましたし食べましょうよ。冷ましてしまうと作り手に失礼じゃありません?」
相変わらず猫を被りながら言う紗理奈に、同じく猫を被って微笑んでる弘美が賛同し、俺を責めながらも常に笑顔で声が聞こえなければ完璧なお嬢様を演じていた七海も……とにかく全員猫をかぶっている
「紗理奈…そうだったわね。ごめんなさいね」
「天におられる我らの主よ
ここにある食物を私たちの心と体の糧とすることをお許しください
私たちの主の御名によって
アーメン」
声を揃えていう3人が右手で十字架をきる。その動作は洗練されていて、猫被りだと分かってても一瞬みとれた
くそぅ…こいつらが下手に可愛いから悪いんだ。ムカつくなぁ
とりあえず、食べ始める
「う…」
美味い…寮食だと侮っていたぜ。三ツ星だ
「? 皐月様どうかいたしましたか?」
「いえ、美味しいですね」
好きな食べ物は最後に残すタイプなので海老フライを残しつつ料理をかきこむ
「あら? 皐月様海老フライ残してますか?」
「え、それは私が海老フ―」
「私が食べて差し上げますわ」
「え」
食われた…ちびっこに。まだ食事は半分も終わってないのに嫌って残してるとは普通思わない
要するに、嫌がらせ
キレた。相手は女だ。小さいし可愛い。だからどうした?
世の中には許されることと許されないことがある
知らないとかなんて関係ない。俺の思い出を土足で踏みにじったお前は…死刑だ
「弘…っ」
しかし手を怒りで握った瞬間、視界が歪んでポツリと目から液体が落ちた。不覚だった
寂しい、悲しい、悔しい。色々な感情が混じって、何がなんだが分からない
分厚い眼鏡と長い前髪で目は隠してるから、素早く机に落ちた一滴を袖で拭う
「っ…気分が悪いので、失礼します」
俺は席をたった。誰かが俺を呼んだけど、知らない
知らない。知りたくない
帰りたい。帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい
ここにきて1日もたたない癖に、俺は帰りたくて仕方ない。今までにだって修学旅行とかで数日離れたりした
だけど今回は違う。週末に帰ったって多分母さんは家にいない。母さんは俺を甘やかさない
いつ会えるか分からない不安。誰にも心開けない寂しさ。先の見えない焦燥
俺は、部屋に戻って鍵をかけようとしたが、ドアには何もなかった。そして思い出す
『淑女たるものいついかなる時も人に見られてもいい状態を保つために、寮の個室に鍵はない』
ここでは、一人にもなれないのか。自由は…ない
ドアにもたれて座り込み、ファンシーな内装を見ながら、ただ静かに泣いた
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