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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界で言われた「大嫌い」

作者: リック

「ようこそ、勇者――様達(・・)


 ここは大広間だろうか。部屋いっぱいに俺を含む、何十人の人間が居並びオロオロしていた。そして一段高い所に、おそらく一番偉い人間――かなり若いが、王様だろうか――が立っていた。


「魔王が復活した。既に街がひとつ滅ぼされている。だが私達の手に負えない。そこで異世界から戦える人材を呼ぶこととなった。諸君、魔王を倒した暁には、私の名にかけてこの世界の英雄になってもらう。私達を助けてくれまいか?」


 召喚者達は、最初は呆然としていたが、徐々に「俺が英雄?」 「人助けなら仕方ないよな」 とざわめき始め、最終的には全員承諾した。もちろん俺も含め。

 そうだ、自分が世界を救うなんて話、断ったら男じゃない。そう思って俺も話を受けた。


「ありがとう、勇者達よ。――さて、今宵はもう遅い。部屋を提供するから休むといい。それと明日の予定だが――選ばれた者だけが引き抜けるという剣が中庭にある。全員でそれを試してくれ」


 そう言って若い王は去った。残された俺達は部屋へ移動する。移動する最中に、召喚者達の中に一人だけ女――それもかなり若い――が混じっているのに気がついた。周りは勇者として召喚されるだけあって屈強な男達が多いから、その少女はかなり目立った。興味を覚えて、話しかけてみる。


「ん? お前も勇者として召喚されたのか?」


 少女はびくっとした様子で、おずおずと俺の質問に答える。


「う、うん。そうだよ。地球の日本から来たの。五十嵐(いがらし)さつきです」

「俺はシモン。見たところ、お前と一番年が近いみたいだな。仲良くやろうぜ」


 そう言って挨拶がわりに手を差し出すが、さつきはいつまで経っても握り返さない。


「ご、ごめんなさい。私のとこ、そういう習慣がなくて……」

「あ、そうか。悪かった」


 少し決まり悪く感じながらも、手を引っ込める。さつきは手を身体の横に戻すのを確認して、シモンに話しかける。


「……シモンくんは、勇者になるの? 勇者になって、魔王を倒すの?」

「ん? まあそりゃあ、困ってるっていうし」

「それだけ? 英雄になってちやほやされたいとかないの?」

「何だよその営利目的みたいな言い方は……。つーか、終わったら俺帰るよ。故郷には年とった母さんもいるし。ここで少し出稼ぎでも出来ればいいかなって」


 その話を聞いたさつきは、安心したように笑って謝った。


「ごめんなさい。変なこと聞いて。いきなり知らない場所にいて、ちょっとナーバスになってたの」

「おいおい、これから魔王退治なのに大丈夫かよ。これだから女は……でも勇者の一人として召喚されたんだから、お前も何かあるんだよな? 回復係か?」

「えっと、料理くらいなら……」

「……まあ、ありか? 食は基本だからな」


 そんな話をしていると、遠くから「皆さんとっくに別室に移動されましたよ」 という王の臣下の声がかかる。慌てて駆け出すシモンの後ろで、さつきはぽつりと呟いた。


「彼で……いいかな」


◇◇◇


 その夜、逃亡防止に魔法がかけられた扉を容易く開けて、さつきは中庭に降り立った。召喚仲間は興奮のすえすっかり寝入っているから誰も気づかない。魔法をかけたことで安心したのか警備の薄すぎる城内を悠々と歩き、目的の剣のところへ立つ。


「……解除」


 さつきはそう言って剣の刺さった岩にそっと触れる。そんな些細な動作を終えたあとは、また部屋に戻って部屋のすみで雑魚寝した。


◇◇◇


 翌朝、召喚者達は中庭に集合していた。やはり高いところには王がいて、指示を出している。


「さて、誰から試すかという問題だが……」


 王のその言葉に、さつきはすかさず提案を出す。


「王様、迷っておられるなら、年齢順で行ってみては? 若い人間から試すのです。私はどうみても戦士でないので除外で」


 名前の順、異世界の順でやると発音やらどこが一番ハイテクかやらで揉めそうだし、年齢の順ならまあ子供優先という建前がつく。王はその提案を受け入れて、一番若いシモンに抜かせた。


 シモンは、もし抜けたらすごいよな、と思いながら、あっさりと剣を引っこ抜いた。拍子抜けするほど、召喚者達のリーダーは一発で簡単に決まった。ざわつく中庭で、あのさつきだけがそれを冷静に観察していた。



◇◇◇


 召喚者達は全部で二十人ほどいたが、魔王の居城までの旅の最中、さつきは文句一つ言わずパーティー全員の料理洗濯を行った。手の皮がぼろぼろになっているのを見かねたシモンがそれをちょくちょく手伝った。


「お前な、いくら他に出来る事がないからって……。つらいならつらいって言ってもいいんだぞ?」

「大丈夫。シモンくんこそ、リーダーなんだから無理しちゃだめだよ。つらかったら言って。聞くくらいは、できるから」


 シモンは思う。自分がリーダーに決まったとたん、我こそは選ばし者と思っていた召喚仲間達が、手の平返してあらゆる責任を押し付けてきた。滞在先で頭下げたり、揉め事が起きたら俺がとりあえず謝ることになったり。……当然といえば当然だし、些細といえば些細かもしれないが、他にこれをやる奴はいない。

 それに比べてさつきのなんと控えめで優しいことか! 思ったままを言ったら、さつきは腹を抱えて笑った。


「……あはは! 私が優しい!?」


 告白に近い言葉を笑われたシモンは、顔を赤くしながら恥じ入る。


「ごめん。でも……すごい誤解なんだ。私、そんな人間じゃないよ」



◇◇◇



『さつき、どうして逃げた?』


 魔王の城では、着くなり魔王からそう言われた。全員がさつきのほうを向くが、さつきは光の無い目でじっと魔王を見ているだけだ。


『お前には恩がある。私の正妃にしてもいいとまで言ったのに逃げるなんて。しかも逃亡先はあの王のところだと。さつき、あの王は……』

「シモンくん!」


 魔王がお喋りに夢中になっている間に、シモンが剣を振りかざして一刀両断にする。物語なら、ブーイングを浴びそうなほどあっけない最後だった。


『……あの王は、裏切り者の子孫……本当なら、王は私だったのに……姦計にかかって……私は……』


 何やら因縁めいたことを話して、魔王は息絶えた。静かになった部屋で、シモンが沈黙が破る。


「さつき、魔王と知り合いだったのか?」

「……知らない。とにかく、街を滅ぼすような魔王はいなくなったんだよね? ……帰ろう」


 疑問は残るが、とにかくこれで王の命令を果たしたのだ。全員が入り口まで戻り、扉を開けようとした時に異変は起こった。


「おい、開かないぞ?」


 召喚仲間の一人がそう言った。続いてまた一人が言う。


「おい……何か焦げ臭くないか?」


 また一人が慌てて高い所にある小窓に走る。そこから見えたものは……。


「ご苦労だったな。まったく、今さら遥か昔の王位継承なんて蒸し返されてもいい迷惑だ。ゾンビもどきが人間面しやがって……」


 魔王討伐を命じた、王がそこに居た。そしてその周り、魔王城を取り囲むように枯れ木の山が積まれぶすぶすと燃える光景がはっきりと目に映る。扉は丸太や岩で封鎖されている。


 ここにいる全員を焼き殺す気だ。そう察した城内は騒然とした。小窓から悲痛な叫びが王の耳にもたらされる。


「王様! 一体どうして!」

「倒したら英雄にしてくれるって……」


 召喚者達の声に王は、面倒くさいと言いたいかのように気だるげに返した。


「今してるだろう? 英雄なんていうのは大概、死んだ者に送られる称号だ。大体お前ら、異物のくせに異世界でもてはやされると本気で思ってたのか? 何で俺が国民でもないお前らのために国費を割かないといけないんだ。お前ら、異世界者の自分達に人権があるとでも思ってたのか?」


 召喚者達の顔に絶望の色が浮かんだ。彼らは口々に「恨んでやる」 と王に向かって罵る。


「異世界人のお前達を、殺すことで死後も称えられる英雄にしてやってるのに贅沢な。……それに、元凶はそこにいるだろう? そもそもは召喚とは無関係にこの世界に来た、流れの人間が魔王の封印を解いたからこうなったんだよ」


 城内では、一斉にさつきに目が向けられる。その様子を知らないまま、王は言葉を続ける。


「滅ぼされた街も、魔王からすれば生前の自分を殺した地で憎かったんだろうが、とっくに代替わりした後だろうがお構い無しとは。ああ全く嘆かわしい。不安に駆られた国民達により景気は落ち込むし、これで異世界人にまで金をかけてたまるか。封印を解いたのも異世界人だしな。恨むならそいつを恨みな」


 そう言って王は、燃え盛る城から離れていった。


 城内は地獄絵図だった。


「全部お前のせいか!」 と怒りに駆られた男がさつきの髪を掴み、「俺達を帰せ! 妻の、子供達の所に帰せ!」 と別の男が力任せに顔を狙って殴りかかる。倒れたところをシモンのぞく数十人で殴る蹴るの暴行。怒声の中でさつきの「ごめんなさい、ごめんなさい」 という高くか細い声はよく目立った。


 シモンは、ただショックで、へたり込んでいた。ほのかに好意を抱いていた相手が、全ての元凶――。そう思うと、いくら殴られていても助ける気にはなれなかった。


 しかしそれも数分たつと、煙に巻かれて激しい暴行をしていた者から次々と倒れていった。じりじりと熱くなっていく中、地面に倒れているさつきとただただ俯いていたシモンだけが意識が鮮明だった。死に瀕して人恋しくなったのか、無意識にシモンは横になるさつきににじり寄る。それをどう解釈したのか、さつきはシモンと会う前のことを話し始めた。


「急に、知らない場所にいたの……」


 さつきによると、召喚されたら魔王の居城だった。とにかく外に出ようとあれこれいじっていたら、弾みで封印を解いてしまった。蘇った魔王は自分に好意的だった。しかし手始めに近くの街――生前の自分を殺した地を滅ぼした。どんな事情であれ、こんなことをする者と一緒にはいられないと咄嗟に思った。しかし出口は見つからない。城の中を彷徨い色々いじっているうちに、気がついたら知らない場所にいた。転送装置に触ったのかもしれない。自分は封印を解く能力があるのだろうとぼんやり思った。そして顔をあげると、王様と名乗る人が「ようこそ、勇者――様達」 と。


「疑うことを知らないような人を勇者にしようと思った……後暗いことがあったから……」


 腫れ上がった顔で言うさつきに、シモンはまず憎しみを募らせる。


「お前が……考えなしに行動したから……ここにいる全員、無駄死するんだ!」

「ごめんなさい……」

「何で最初に言わないんだ! おかげでこのザマじゃないか!」

「ごめんなさい……」

「俺の母さんも、ここの人達の家族も……お前一人のせいで何十人も苦しむんだ! お前のせいで! お前のせいで!」

「ごめんなさい……」


 言葉でさつきを傷つける。良心をえぐって傷つける。重傷の状態でも構わずに。


 それでも……。



『……さ……つき』


 魔王の声だ。シモンは反射的に剣を向けて――この行動が何の意味があるのだろうと自嘲した。ここにいる皆、騙されていたのに。


『私が……一番の考えなしだ……った。でも、せめてあなただけは……』


 そう言いながら、魔王は何かのアミュレットを差し出す。


『これに祈れば……一人なら戻れる』


 長い廃城暮らしで目が退化したのか――そう思いながらシモンはそのアミュレットを奪い取る。


「どうもな、魔王」


 その様子を、さつきは口の端だけで笑いながら見ていた。腫れ上がった顔は動かそうとすると激痛が走るのだ。


「よかった……シモンくんだけでも、助かるのね……」


 さつきのその諦めたような答えに、助かろうと微塵も思ってない言い草に、見捨てた自分を逃がそうと考えているその様に、シモンの怒りが今度こそ爆発した。


「誰が? 俺が? 冗談じゃない!」

「……?」

「俺はリーダーだ、一人だけ助かるような、誰かを騙すようなクズと一緒にするな!」


 責められてるんだな、と解釈し、さつきは大人しくそれを受け入れる。


「全部お前のせいだ! この悲劇は全部……誰もお前を許さない。俺もお前をきっと一生許さない」


 城の焼ける音をBGMに、その言葉を厳かに聞く。


「大嫌いだ、顔も見たくない。だから……お前なんか消えちまえ!」


 アミュレットがさつきの手に握らされた。驚くさつきを尻目に、シモンは目に涙を浮かべながら何事か呟く。徐々に消えていく身体に最後に聞こえた言葉。


「大嫌いなのに……しい」



◇◇◇



 数ヶ月行方不明だった女子高校生が無事保護された、というニュースが新聞の片隅に載った。次の日にはテレビのニュースになった。何でも酷い暴行を受けた痕があったらしい。事件として警察は動いたが、少女――さつきは戻って以降、抜け殻のようになってほとんど喋ろうとしない。喋るとしたら、一日に何回か涙ぐみながら、「ごめんなさい」 と繰り返すくらいだ。


 世間も忘れた頃、さつきは親友にだけそっと語った。


「異世界に行ってたの。私が原因で、たくさんの人が死んだの」


 親友の少女は、母親に「さつきちゃんは可哀相なんだから、優しくしなさい」 と言われていたので、内心引きながらも顔つきだけは神妙に聞いていた。


「それでね、分かんないの。一番恨まれていた人がね、最後にね、『大嫌いなのに、愛しい』 って言ってたように聞こえたの。あれは、空耳だったのかな」


 倒錯的な変態に監禁されていたのかな、と親友は推測するだけだった。

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